朗読カフェ第6回ライブ「ありときのこ」宮沢賢治 朗読喜多川拓郎 別役みか 福山美奈子

朗読カフェ第6回ライブ「ありときのこ」宮沢賢治 朗読喜多川拓郎 別役みか 福山美奈子

ありときのこ

宮沢賢治

こけいちめんに、きりがぽしゃぽしゃって、あり歩哨ほしょうてつ帽子ぼうしのひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大きな羊歯しだの森の前をあちこち行ったり来たりしています。
こうからぷるぷるぷるぷる一ぴきのあり兵隊へいたいが走って来ます。
まれ、だれかッ」
だい百二十八聯隊れんたい伝令でんれい!」
「どこへ行くか」
「第五十聯隊 聯隊本部ほんぶ
歩哨はスナイドルしき銃剣じゅうけんを、こうのむねななめにつきつけたまま、そのの光りようやあごのかたち、それから上着うわぎそで模様もようくつのぐあい、いちいちくわしく調しらべます。
「よし、通れ」
伝令はいそがしく羊歯しだの森のなかへはいって行きました。
きりつぶはだんだん小さく小さくなって、いまはもう、うすいちちいろのけむりにわり、草や木の水をいあげる音は、あっちにもこっちにもいそがしく聞こえだしました。さすがの歩哨もとうとうねむさにふらっとします。
ひきあり子供こどもらが、手をひいて、何かひどくわらいながらやって来ました。そしてにわかにこうのならの木の下を見てびっくりして立ちどまります。
「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」
「家じゃない山だ」
「昨日はなかったぞ」
兵隊へいたいさんにきいてみよう」
「よし」
二疋の蟻は走ります。
「兵隊さん、あすこにあるのなに?」
「なんだうるさい、帰れ」
「兵隊さん、いねむりしてんだい。あすこにあるのなに?」
「うるさいなあ、どれだい、おや!」
「昨日はあんなものなかったよ」
「おい、大変たいへんだ。おい。おまえたちはこどもだけれども、こういうときには立派りっぱにみんなのおやくにたつだろうなあ。いいか。おまえはね、この森をはいって行ってアルキル中佐ちゅうさどのにお目にかかる。それからおまえはうんと走って陸地測量部りくちそくりょうぶまで行くんだ。そして二人ともこううんだ。北緯ほくい二十五東経とうけいりんところに、目的もくてきのわからない大きな工事こうじができましたとな。二人とも言ってごらん」
北緯ほくい二十五東経とうけいりんところ目的もくてきのわからない大きな工事こうじができました」
「そうだ。では早く。そのうち私はけっしてここをはなれないから」
あり子供こどもらはいちもくさんにかけて行きます。
歩哨ほしょうは剣をかまえて、じっとそのまっしろな太いはしらの、大きな屋根やねのある工事をにらみつけています。
それはだんだん大きくなるようです。だいいち輪廓りんかくのぼんやり白く光ってぶるぶるぶるぶるふるえていることでもわかります。

 

2016年7月29日

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