夏目漱石「草枕」 八 山口雄介朗読

夏目漱石「草枕」 八 山口雄介朗読

28.77
May 01, 2018

御茶の御馳走ごちそうになる。相客あいきゃくは僧一人、観海寺かんかいじ和尚おしょうで名は大徹だいてつと云うそうだ。ぞく一人、二十四五の若い男である。
老人の部屋は、余がしつの廊下を右へ突き当って、左へ折れたどまりにある。おおきさは六畳もあろう。大きな紫檀したんの机を真中にえてあるから、思ったより狭苦しい。それへと云う席を見ると、布団ふとんの代りに花毯かたんが敷いてある。無論支那製だろう。真中を六角に仕切しきって、妙な家と、妙な柳が織り出してある。周囲まわりは鉄色に近いあいで、四隅よすみ唐草からくさの模様を飾った茶のを染め抜いてある。支那ではこれを座敷に用いたものか疑わしいが、こうやって布団に代用して見るとすこぶる面白い。印度インド更紗さらさとか、ペルシャの壁掛かべかけとか号するものが、ちょっとが抜けているところに価値があるごとく、この花毯もこせつかないところにおもむきがある。花毯ばかりではない、すべて支那の器具は皆抜けている。どうしても馬鹿で気の長い人種の発明したものとほか取れない。見ているうちに、ぼおっとするところがとうとい。日本は巾着切きんちゃくきりの態度で美術品を作る。西洋は大きくてこまかくて、そうしてどこまでも娑婆気しゃばっけがとれない。まずこう考えながら席に着く。若い男は余とならんで、花毯のなかばを占領した。
和尚は虎の皮の上へ坐った。虎の皮の尻尾が余のひざの傍を通り越して、頭は老人のしりの下に敷かれている。老人は頭の毛をことごとく抜いて、頬とあごへ移植したように、白いひげをむしゃむしゃとやして、茶托ちゃたくせた茶碗を丁寧に机の上へならべる。
今日きょうは久し振りで、うちへ御客が見えたから、御茶を上げようと思って、……」と坊さんの方を向くと、
「いや、御使おつかいをありがとう。わしも、だいぶ御無沙汰ごぶさたをしたから、今日ぐらい来て見ようかと思っとったところじゃ」と云う。この僧は六十近い、丸顔の、達磨だるま草書そうしょくずしたような容貌ようぼうを有している。老人とは平常ふだんからの昵懇じっこんと見える。
「このかたが御客さんかな」
老人は首肯うなずきながら、朱泥しゅでい急須きゅうすから、緑を含む琥珀色こはくいろ玉液ぎょくえきを、二三滴ずつ、茶碗の底へしたたらす。清いかおりがかすかに鼻をおそう気分がした。
「こんな田舎いなか一人ひとりでは御淋おさみしかろ」と和尚おしょうはすぐ余に話しかけた。
「はああ」となんともかとも要領を得ぬ返事をする。さびしいと云えば、いつわりである。淋しからずと云えば、長い説明が入る。
「なんの、和尚さん。このかたはを書かれるために来られたのじゃから、御忙おいそがしいくらいじゃ」
「おお左様さようか、それは結構だ。やはり南宗派なんそうはかな」
「いいえ」と今度は答えた。西洋画だなどと云っても、この和尚にはわかるまい。
「いや、例の西洋画じゃ」と老人は、主人役に、また半分引き受けてくれる。
「ははあ、洋画か。すると、あの久一きゅういちさんのやられるようなものかな。あれは、わしこの間始めて見たが、随分奇麗にかけたのう」
「いえ、詰らんものです」と若い男がこの時ようやく口を開いた。
「御前何ぞ和尚さんに見ていただいたか」と老人が若い男に聞く。言葉から云うても、様子から云うても、どうも親類らしい。
「なあに、見ていただいたんじゃないですが、かがみいけで写生しているところを和尚さんに見つかったのです」
「ふん、そうか――さあ御茶がげたから、一杯」と老人は茶碗を各自めいめいの前に置く。茶の量は三四滴に過ぎぬが、茶碗はすこぶる大きい。生壁色なまかべいろの地へ、げたたんと、薄いで、絵だか、模様だか、鬼の面の模様になりかかったところか、ちょっと見当のつかないものが、べたにいてある。
杢兵衛もくべえです」と老人が簡単に説明した。
「これは面白い」と余も簡単にめた。
「杢兵衛はどうも偽物にせものが多くて、――その糸底いとぞこを見て御覧なさい。めいがあるから」と云う。
取り上げて、障子しょうじの方へ向けて見る。障子には植木鉢の葉蘭はらんの影が暖かそうに写っている。首をげて、のぞき込むと、もくの字が小さく見える。銘は観賞の上において、さのみ大切のものとは思わないが、好事者こうずしゃはよほどこれが気にかかるそうだ。茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃くあまく、湯加減ゆかげんに出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落してあじわって見るのは閑人適意かんじんてきい韻事いんじである。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭ぜっとうへぽたりとせて、清いものが四方へ散れば咽喉のどくだるべき液はほとんどない。ただ馥郁ふくいくたるにおいが食道から胃のなかへみ渡るのみである。歯を用いるはいやしい。水はあまりに軽い。玉露ぎょくろに至ってはこまやかなる事、淡水たんすいきょうを脱して、あごを疲らすほどのかたさを知らず。結構な飲料である。眠られぬと訴うるものあらば、眠らぬも、茶を用いよと勧めたい。
老人はいつの間にやら、青玉せいぎょくの菓子皿を出した。大きなかたまりを、かくまで薄く、かくまで規則正しく、りぬいた匠人しょうじん手際てぎわは驚ろくべきものと思う。すかして見ると春の日影は一面にし込んで、射し込んだまま、がれずるみちを失ったような感じである。中には何も盛らぬがいい。
「御客さんが、青磁せいじめられたから、今日はちとばかり見せようと思うて、出して置きました」
「どの青磁を――うん、あの菓子鉢かな。あれは、わしもすきじゃ。時にあなた、西洋画ではふすまなどはかけんものかな。かけるなら一つ頼みたいがな」
かいてくれなら、かかぬ事もないが、この和尚おしょうの気にるか入らぬかわからない。せっかく骨を折って、西洋画は駄目だなどと云われては、骨の折栄おりばえがない。
「襖には向かないでしょう」
「向かんかな。そうさな、このあいだの久一さんののようじゃ、少し派手はで過ぎるかも知れん」
「私のは駄目です。あれはまるでいたずらです」と若い男はしきりに、はずかしがって謙遜けんそんする。
「その何とか云う池はどこにあるんですか」と余は若い男に念のため尋ねて置く。
「ちょっと観海寺の裏の谷の所で、幽邃ゆうすいな所です。――なあに学校にいる時分、習ったから、退屈まぎれに、やって見ただけです」
「観海寺と云うと……」
「観海寺と云うと、わしのいる所じゃ。いい所じゃ、海を一目ひとめ見下みおろしての――まあ逗留とうりゅう中にちょっと来て御覧。なに、ここからはつい五六丁よ。あの廊下から、そら、寺の石段が見えるじゃろうが」
「いつか御邪魔にあがってもいいですか」
「ああいいとも、いつでもいる。ここの御嬢さんも、よう、来られる。――御嬢さんと云えば今日は御那美おなみさんが見えんようだが――どうかされたかな、隠居さん」
「どこぞへ出ましたかな、久一きゅういち、御前の方へ行きはせんかな」
「いいや、見えません」
「またひとり散歩かな、ハハハハ。御那美さんはなかなか足が強い。このあいだ法用で礪並となみまで行ったら、姿見橋すがたみばしの所で――どうも、善く似とると思ったら、御那美さんよ。尻を端折はしょって、草履ぞうり穿いて、和尚おしょうさん、何をぐずぐず、どこへ行きなさると、いきなり、驚ろかされたて、ハハハハ。御前はそんな形姿なり地体じたいどこへ、行ったのぞいと聴くと、今芹摘せりつみに行った戻りじゃ、和尚さん少しやろうかと云うて、いきなりわしのたもとどろだらけの芹を押し込んで、ハハハハハ」
「どうも、……」と老人は苦笑にがわらいをしたが、急に立って「実はこれを御覧に入れるつもりで」と話をまた道具の方へそらした。
老人が紫檀したんの書架から、うやうやしく取りおろした紋緞子もんどんすの古い袋は、何だか重そうなものである。
「和尚さん、あなたには、御目にけた事があったかな」
「なんじゃ、一体」
すずりよ」
「へえ、どんな硯かい」
山陽さんようの愛蔵したと云う……」
「いいえ、そりゃまだ見ん」
春水しゅんすいの替えぶたがついて……」
「そりゃ、まだのようだ。どれどれ」
老人は大事そうに緞子の袋の口を解くと、小豆色あずきいろの四角な石が、ちらりとかどを見せる。
「いい色合いろあいじゃのう。端渓たんけいかい」
「端渓で※(「句+鳥」、第3水準1-94-56)※(「谷+鳥」、第3水準1-94-60)くよくがんここのつある」
「九つ?」と和尚おおいに感じた様子である。
「これが春水の替え蓋」と老人は綸子りんずで張った薄い蓋を見せる。上に春水の字で七言絶句しちごんぜっくが書いてある。
「なるほど。春水はようかく。ようかくが、しょ杏坪きょうへいの方が上手じょうずじゃて」
「やはり杏坪の方がいいかな」
山陽さんようが一番まずいようだ。どうも才子肌さいしはだ俗気ぞくきがあって、いっこう面白うない」
「ハハハハ。和尚おしょうさんは、山陽がきらいだから、今日は山陽のふくを懸けえて置いた」
「ほんに」と和尚さんはうしろを振り向く。とこ平床ひらどこを鏡のようにふき込んで、※(「金+粛」、第3水準1-93-39)さびけを吹いた古銅瓶こどうへいには、木蘭もくらんを二尺の高さに、けてある。じくは底光りのある古錦襴こきんらんに、装幀そうてい工夫くふうめた物徂徠ぶっそらい大幅たいふくである。絹地ではないが、多少の時代がついているから、字の巧拙に論なく、紙の色が周囲のきれ地とよく調和して見える。あの錦襴も織りたては、あれほどのゆかしさも無かったろうに、彩色さいしきせて、金糸きんしが沈んで、華麗はでなところがり込んで、渋いところがせり出して、あんないい調子になったのだと思う。焦茶こげちゃ砂壁すなかべに、白い象牙ぞうげじく際立きわだって、両方に突張っている、手前に例の木蘭がふわりと浮き出されているほかは、とこ全体のおもむきは落ちつき過ぎてむしろ陰気である。
徂徠そらいかな」と和尚おしょうが、首を向けたまま云う。
「徂徠もあまり、御好きでないかも知れんが、山陽よりは善かろうと思うて」
「それは徂徠の方がはるかにいい。享保きょうほ頃の学者の字はまずくても、どこぞにひんがある」
広沢こうたくをして日本の能書のうしょならしめば、われはすなわち漢人のせつなるものと云うたのは、徂徠だったかな、和尚さん」
「わしは知らん。そう威張いばるほどの字でもないて、ワハハハハ」
「時に和尚さんは、誰を習われたのかな」
「わしか。禅坊主ぜんぼうずは本も読まず、手習てならいもせんから、のう」
「しかし、誰ぞ習われたろう」
「若い時に高泉こうせんの字を、少し稽古けいこした事がある。それぎりじゃ。それでも人に頼まれればいつでも、書きます。ワハハハハ。時にその端渓たんけいを一つ御見せ」と和尚が催促する。
とうとう緞子どんすの袋を取りける。一座の視線はことごとくすずりの上に落ちる。厚さはほとんど二寸に近いから、通例のものの倍はあろう。四寸に六寸の幅も長さもまずなみと云ってよろしい。ふたには、うろこのかたにみがきをかけた松の皮をそのまま用いて、上には朱漆しゅうるしで、わからぬ書体が二字ばかり書いてある。
「この蓋が」と老人が云う。「この蓋が、ただの蓋ではないので、御覧の通り、松の皮には相違ないが……」
老人の眼は余の方を見ている。しかし松の皮の蓋にいかなる因縁いんねんがあろうと、画工として余はあまり感服は出来んから、
「松の蓋は少し俗ですな」
と云った。老人はまあと云わぬばかりに手をげて、
「ただ松の蓋と云うばかりでは、俗でもあるが、これはその何ですよ。山陽さんようが広島におった時に庭に生えていた松の皮をいで山陽が手ずから製したのですよ」
なるほど山陽さんようは俗な男だと思ったから、
「どうせ、自分で作るなら、もっと不器用に作れそうなものですな。わざとこのうろこのかたなどをぴかぴかぎ出さなくっても、よさそうに思われますが」と遠慮のないところを云って退けた。
「ワハハハハ。そうよ、このふたはあまり安っぽいようだな」と和尚おしょうはたちまち余に賛成した。
若い男は気の毒そうに、老人の顔を見る。老人は少々不機嫌のていに蓋を払いのけた。下からいよいよすずり正体しょうたいをあらわす。
もしこの硯について人の眼をそばだつべき特異の点があるとすれば、その表面にあらわれたる匠人しょうじんこくである。真中まんなか袂時計たもとどけいほどな丸い肉が、ふちとすれすれの高さにり残されて、これを蜘蛛くもかたどる。中央から四方に向って、八本の足が彎曲わんきょくして走ると見れば、先にはおのおの※(「句+鳥」、第3水準1-94-56)※(「谷+鳥」、第3水準1-94-60)くよくがんかかえている。残る一個は背の真中に、しるをしたたらしたごとく煮染にじんで見える。背と足と縁を残して余る部分はほとんど一寸余の深さに掘り下げてある。墨をたたえる所は、よもやこの塹壕ざんごうの底ではあるまい。たとい一合の水を注ぐともこの深さをたすには足らぬ。思うに水盂すいううちから、一滴の水を銀杓ぎんしゃくにて、蜘蛛くもの背に落したるを、とうとき墨にり去るのだろう。それでなければ、名は硯でも、その実は純然たる文房用ぶんぼうようの装飾品に過ぎぬ。
老人はよだれの出そうな口をして云う。
「この肌合はだあいと、このがんを見て下さい」
なるほど見れば見るほどいい色だ。寒く潤沢じゅんたくを帯びたる肌の上に、はっと、一息懸ひといきかけたなら、ただちにって、一朶いちだの雲を起すだろうと思われる。ことに驚くべきは眼の色である。眼の色と云わんより、眼と地の相交あいまじわる所が、次第に色を取り替えて、いつ取り替えたか、ほとんど吾眼わがめあざむかれたるを見出し得ぬ事である。形容して見ると紫色の蒸羊羹むしようかんの奥に、隠元豆いんげんまめを、いて見えるほどの深さにめ込んだようなものである。眼と云えば一個二個でも大変に珍重される。九個と云ったら、ほとんどるいはあるまい。しかもその九個が整然と同距離に按排あんばいされて、あたかも人造のねりものと見違えらるるに至ってはもとより天下の逸品いっぴんをもって許さざるを得ない。
「なるほど結構です。て心持がいいばかりじゃありません。こうしてさわっても愉快です」と云いながら、余は隣りの若い男に硯を渡した。
久一きゅういちに、そんなものが解るかい」と老人が笑いながら聞いて見る。久一君は、少々自棄やけの気味で、
「分りゃしません」と打ちったように云い放ったが、わからん硯を、自分の前へ置いて、ながめていては、もったいないと気がついたものか、また取り上げて、余に返した。余はもう一ぺん丁寧にで廻わしたのち、とうとうこれをうやうやしく禅師ぜんじに返却した。禅師はとくとの上で見済ました末、それではき足らぬと考えたと見えて、鼠木綿ねずみもめんの着物のそでを容赦なく蜘蛛くもの背へこすりつけて、光沢つやの出た所をしきりに賞翫しょうがんしている。
「隠居さん、どうもこの色が実にいな。使うた事があるかの」
「いいや、滅多めったには使いとう、ないから、まだ買うたなりじゃ」
「そうじゃろ。こないなのは支那しなでも珍らしかろうな、隠居さん」
左様さよう
「わしも一つ欲しいものじゃ。何なら久一さんに頼もうか。どうかな、買うて来ておくれかな」
「へへへへ。すずりを見つけないうちに、死んでしまいそうです」
「本当に硯どころではないな。時にいつ御立ちか」
二三日にさんちうちに立ちます」
「隠居さん。吉田まで送って御やり」
「普段なら、年は取っとるし、まあ見合みあわすところじゃが、ことによると、もうえんかも、知れんから、送ってやろうと思うております」
御伯父おじさんは送ってくれんでもいいです」
若い男はこの老人のおいと見える。なるほどどこか似ている。
「なあに、送って貰うがいい。川船かわふねで行けば訳はない。なあ隠居さん」
「はい、山越やまごしでは難義だが、廻り路でも船なら……」
若い男は今度は別に辞退もしない。ただ黙っている。
「支那の方へおいでですか」と余はちょっと聞いて見た。
「ええ」
ええの二字では少し物足らなかったが、その上掘って聞く必要もないからひかえた。障子しょうじを見ると、らんの影が少し位置を変えている。
「なあに、あなた。やはり今度の戦争で――これがもと志願兵をやったものだから、それで召集されたので」
老人は当人に代って、満洲のに日ならず出征すべきこの青年の運命を余にげた。この夢のような詩のような春の里に、くは鳥、落つるは花、くは温泉いでゆのみと思いめていたのは間違である。現実世界は山を越え、海を越えて、平家へいけ後裔こうえいのみ住み古るしたる孤村にまでせまる。朔北さくほく曠野こうやを染むる血潮の何万分の一かは、この青年の動脈からほとばしる時が来るかも知れない。この青年の腰にる長きつるぎの先から煙りとなって吹くかも知れない。しかしてその青年は、夢みる事よりほかに、何らの価値を、人生に認め得ざる一画工の隣りに坐っている。耳をそばだつれば彼が胸に打つ心臓の鼓動さえ聞き得るほど近くに坐っている。その鼓動のうちには、百里の平野をく高きうしおが今すでに響いているかも知れぬ。運命は卒然そつぜんとしてこの二人を一堂のうちに会したるのみにて、その他には何事をも語らぬ。

青空文庫より

2018年5月27日

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