2018年7月
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夏目漱石「草枕」 十一 山口雄介朗読
28.50 Jun 27, 2018
山里の朧に乗じてそぞろ歩く。観海寺の石段を登りながら仰数春星一二三と云う句を得た。余は別に和尚に逢う用事もない。逢うて雑話をする気もない。偶然と宿を出でて足の向くところに任せてぶらぶらするうち、ついこの石磴の下に出た。しばらく不許葷酒入山門と云う石を撫でて立っていたが、急にうれしくなって、登り出したのである。
トリストラム・シャンデーと云う書物のなかに、この書物ほど神の御覚召に叶うた書き方はないとある。最初の一句はともかくも自力で綴る。あとはひたすらに神を念じて、筆の動くに任せる。何をかくか自分には無論見当がつかぬ。かく者は自己であるが、かく事は神の事である。したがって責任は著者にはないそうだ。余が散歩もまたこの流儀を汲んだ、無責任の散歩である。ただ神を頼まぬだけが一層の無責任である。スターンは自分の責任を免れると同時にこれを在天の神に嫁した。引き受けてくれる神を持たぬ余はついにこれを泥溝の中に棄てた。
石段を登るにも骨を折っては登らない。骨が折れるくらいなら、すぐ引き返す。一段登って佇むとき何となく愉快だ。それだから二段登る。二段目に詩が作りたくなる。黙然として、吾影を見る。角石に遮られて三段に切れているのは妙だ。妙だからまた登る。仰いで天を望む。寝ぼけた奥から、小さい星がしきりに瞬きをする。句になると思って、また登る。かくして、余はとうとう、上まで登り詰めた。
石段の上で思い出す。昔し鎌倉へ遊びに行って、いわゆる五山なるものを、ぐるぐる尋ねて廻った時、たしか円覚寺の塔頭であったろう、やはりこんな風に石段をのそりのそりと登って行くと、門内から、黄な法衣を着た、頭の鉢の開いた坊主が出て来た。余は上る、坊主は下る。すれ違った時、坊主が鋭どい声でどこへ御出なさると問うた。余はただ境内を拝見にと答えて、同時に足を停めたら、坊主は直ちに、何もありませんぞと言い捨てて、すたすた下りて行った。あまり洒落だから、余は少しく先を越された気味で、段上に立って、坊主を見送ると、坊主は、かの鉢の開いた頭を、振り立て振り立て、ついに姿を杉の木の間に隠した。その間かつて一度も振り返った事はない。なるほど禅僧は面白い。きびきびしているなと、のっそり山門を這入って、見ると、広い庫裏も本堂も、がらんとして、人影はまるでない。余はその時に心からうれしく感じた。世の中にこんな洒落な人があって、こんな洒落に、人を取り扱ってくれたかと思うと、何となく気分が晴々した。禅を心得ていたからと云う訳ではない。禅のぜの字もいまだに知らぬ。ただあの鉢の開いた坊主の所作が気に入ったのである。
世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやな奴で埋っている。元来何しに世の中へ面を曝しているんだか、解しかねる奴さえいる。しかもそんな面に限って大きいものだ。浮世の風にあたる面積の多いのをもって、さも名誉のごとく心得ている。五年も十年も人の臀に探偵をつけて、人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思ってる。そうして人の前へ出て来て、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を教える。前へ出て云うなら、それも参考にして、やらんでもないが、後ろの方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと云う。うるさいと云えばなおなお云う。よせと云えばますます云う。分ったと云っても、屁をいくつ、ひった、ひったと云う。そうしてそれが処世の方針だと云う。方針は人々勝手である。ただひったひったと云わずに黙って方針を立てるがいい。人の邪魔になる方針は差し控えるのが礼儀だ。邪魔にならなければ方針が立たぬと云うなら、こっちも屁をひるのをもって、こっちの方針とするばかりだ。そうなったら日本も運の尽きだろう。
こうやって、美しい春の夜に、何らの方針も立てずに、あるいてるのは実際高尚だ。興来れば興来るをもって方針とする。興去れば興去るをもって方針とする。句を得れば、得たところに方針が立つ。得なければ、得ないところに方針が立つ。しかも誰の迷惑にもならない。これが真正の方針である。屁を勘定するのは人身攻撃の方針で、屁をひるのは正当防禦の方針で、こうやって観海寺の石段を登るのは随縁放曠の方針である。
仰数春星一二三の句を得て、石磴を登りつくしたる時、朧にひかる春の海が帯のごとくに見えた。山門を入る。絶句は纏める気にならなくなった。即座にやめにする方針を立てる。
石を甃んで庫裡に通ずる一筋道の右側は、岡つつじの生垣で、垣の向は墓場であろう。左は本堂だ。屋根瓦が高い所で、幽かに光る。数万の甍に、数万の月が落ちたようだと見上る。どこやらで鳩の声がしきりにする。棟の下にでも住んでいるらしい。気のせいか、廂のあたりに白いものが、点々見える。糞かも知れぬ。
雨垂れ落ちの所に、妙な影が一列に並んでいる。木とも見えぬ、草では無論ない。感じから云うと岩佐又兵衛のかいた、鬼の念仏が、念仏をやめて、踊りを踊っている姿である。本堂の端から端まで、一列に行儀よく並んで躍っている。その影がまた本堂の端から端まで一列に行儀よく並んで躍っている。朧夜にそそのかされて、鉦も撞木も、奉加帳も打ちすてて、誘い合せるや否やこの山寺へ踊りに来たのだろう。
近寄って見ると大きな覇王樹である。高さは七八尺もあろう、糸瓜ほどな青い黄瓜を、杓子のように圧しひしゃげて、柄の方を下に、上へ上へと継ぎ合せたように見える。あの杓子がいくつ継がったら、おしまいになるのか分らない。今夜のうちにも廂を突き破って、屋根瓦の上まで出そうだ。あの杓子が出来る時には、何でも不意に、どこからか出て来て、ぴしゃりと飛びつくに違いない。古い杓子が新しい小杓子を生んで、その小杓子が長い年月のうちにだんだん大きくなるようには思われない。杓子と杓子の連続がいかにも突飛である。こんな滑稽な樹はたんとあるまい。しかも澄ましたものだ。いかなるこれ仏と問われて、庭前の柏樹子と答えた僧があるよしだが、もし同様の問に接した場合には、余は一も二もなく、月下の覇王樹と応えるであろう。青空文庫より -
江戸川乱歩「灰神楽」二宮 隆朗読
59.80 Jun 25, 2018
アッと思う間に、相手は、まるで泥で拵えた人形がくずれでもする様に、グナリと、前の机の上に平たくなった。顔は、鼻柱がくだけはしないかと思われる程、ペッタリと真正面に、机におしつけられていた。そして、その顔の黄色い皮膚と、机掛の青い織物との間から、椿の様に真赤な液体が、ドクドクと吹き出していた。
今の騒ぎで鉄瓶がくつがえり、大きな桐の角火鉢からは、噴火山の様に灰神楽が立昇って、それが拳銃の煙と一緒に、まるで濃霧の様に部屋の中をとじ込めていた。
覗きからくりの絵板が、カタリと落ちた様に、一刹那に世界が変って了った。庄太郎はいっそ不思議な気がした。
「こりゃまあ、どうしたことだ」
彼は胸の中で、さも暢気相にそんなことを云っていた。
併し、数秒間の後には、彼は右の手先が重いのを意識した。見ると、そこには、相手の奥村一郎所有の小型拳銃が光っていた。「俺が殺したんだ」ギョクンと喉がつかえた様な気がした。胸の所がガラン洞になって、心臓がいやに上の方へ浮上って来た。そして、顎の筋肉がツーンとしびれて、やがて、歯の根がガクガクと動き始めた。
意識の恢復した彼が第一に考えたことは、いうまでもなく「銃声」についてであった。彼自身には、ただ変な手答えの外何の物音も聞えなかったけれど、拳銃が発射された以上、「銃声」が響かぬ筈はなく、それを聞きつけて、誰かがここへやって来はしないかという心配であった。
彼はいきなり立上って、グルグルと部屋の中を歩き廻った。時々立止っては耳をすました。
隣の部屋には階段の降り口があった。だが庄太郎には、そこへ近づく勇気がなかった。今にもヌッと人の頭が、そこへ現れ相な気がした。彼は階段の方へ行きかけては引返した。
併し、暫くそうしていても、誰も来る気勢がなかった。一方では、時間が立つにつれて、庄太郎の記憶力が蘇って来た、「何を怖がっているのだ。階下には誰もいなかった筈じゃないか」奥村の細君は里へ帰っているのだし、婆やは彼の来る以前に、可也遠方へ使に出されたというではないか。「だが待てよ、若しや近所の人が……」漸く冷静を取返した庄太郎は、死人のすぐ前に開け放された障子から、そっと半面を出して覗いて見た。広い庭を隔てて左右に隣家の二階が見えた。一方は不在らしく雨戸が閉っているし、もう一方はガランと開け放した座敷に、人影もなかった。正面は茂った木立を通して、塀の向うに広っぱがあり、そこに、数名の青年が鞠投げをやっているのがチラチラと見えていた。彼等は何も知らないらしく、夢中になって遊んでいた。秋の空に、鞠を打つバットの音が冴えて響いた。
彼は、これ程の大事件を知らぬ顔に、静まり返っている世間が、不思議で耐らなかった。「ひょっとしたら、俺は夢を見ているのではないか」そんなことを考えて見たりした。併し振り返ると、そこには血に染った死人が無気味な人形の様に黙していた。その様子が明らかに夢ではなかった。
やがて彼は、ふとある事に気づいた。丁度稲の取入れ時で、附近の田畑には、鳥おどしの空鉄砲があちこちで鳴り響いていた。さっき奥村との対談中、あんなに激している際にも、彼は時々その音を聞いた。今彼が奥村を打殺した銃声も、遠方の人々には、その鳥おどしの銃声と区別がつかなかったに相違ない。
家には誰もいない、銃声は疑われなかった。とすると、うまく行けば彼は助かるかも知れないのである。
「早く、早く、早く」
耳の奥で半鐘の様なものが、ガンガンと鳴り出した。
彼はその時もまだ手にしていた拳銃を、死人の側へ投げ出すと、ソロソロと階段の方へ行こうとした。そして、一歩足を踏み出した時である。庭の方でバサッというひどい音がして、樹の枝がザワザワと鳴った。
「人!」
彼は吐き気の様なものを感じて、その方を振り向いた。だが、そこには彼の予期した様な人影はなかった。今の物音は一体何事であったろう。彼は判断を下し兼ねて、寧ろ判断をしようともせず、一瞬間そこに立往生をしていた。
「庭の中だよ」
すると、外の広っぱの方から、そんな声が聞えて来た。
「中かい。じゃ俺が取って来よう」
それは聞き覚えのある、奥村の弟の中学生の声であった。彼はさっき広っぱの方を覗いた時に、その奥村二郎がバットを振り廻しているのを、頭の隅で認めたことを思出した。
やがて、快活な跫音と、バタンと裏木戸の開く音とが聞え、それから、ガサガサと植込みの間を歩き廻る様子が、二郎の烈しい呼吸づかいまでも、手に取る様に感じられるのであった。庄太郎には殊更そう思われたのか知れぬけれど、ボールを探すのは可也手間取った。二郎は、さも暢気相に口笛など吹きながら、いつまでもゴソゴソという音をやめなかった。
「あったよう」
やっとしてから、二郎の突拍子もない大声が、庄太郎を飛上らせた。そして、彼はそのまま、二階の方など見向きもしないで、外の広っぱへと駈け出して行く様子であった。
「あいつは、きっと知っているのだ。この部屋で何かがあったことを知っているのだ。それを態とそ知らぬ振りで、ボールを探す様な顔をして、その実は二階の様子を伺いに来たのだ」
庄太郎はふとそんな事を考えた。
「だが、あいつは、仮令銃声を疑ったとしても、俺がこの家へ来ていることは知る筈がない。あいつは、俺が来る以前から、あすこで遊んでいたのだ。この部屋の様子は、広っぱの方からは、杉の木立が邪魔になってよくは見えないし、たとえ見えたところで、遠方のことだから、俺の顔まで見別けられる筈はない」
彼は一方では、そんな風にも考えた。そして、その疑いを確める為に、障子から半面を出して、広っぱの方を覗いて見た。そこには、木立の隙間から、バットを振り振り走って行く、二郎の後姿が眺められた。彼は元の位置に帰るとすぐ、何事もなかった様に打球の遊戯を始めるのであった。
「大丈夫、大丈夫、あいつは何にも知らないのだ」
庄太郎は、さっきの愚な邪推を笑うどころではなく、強いて自分自身を安心させる様に、大丈夫、大丈夫と繰返した。 -
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織田作之助「天衣無縫」別役みか朗読
45.13 Jun 23, 2018
天衣無縫
織田作之助
みんなは私が鼻の上に汗をためて、息を弾ませて、小鳥みたいにちょんちょんとして、つまりいそいそとして、見合いに出掛けたといって嗤ったけれど、そんなことはない。いそいそなんぞ私はしやしなかった。といって、そんな時私たちの年頃の娘がわざとらしく口にする「いやでいやでたまらなかった」――それは嘘だ。恥かしいことだけど、どういう訳かその年になるまでついぞ縁談がなかったのだもの、まるでおろおろ小躍りしているはたの人たちほどではなかったにしても、矢張り二十四の年並みに少しは灯のつく想いに心が温まったのは事実だ。けれど、いそいそだなんて、そんなことはなかった。なんという事を言う人達だろう。
想っただけでもいやな言葉だけど、華やかな結婚、そんなものを夢みているわけではなかった。貴公子や騎士の出現、ここにこうして書くだけでもぞっとする。けれど、私だって世間並みに一人の娘、矢張り何かが訪れて来そうな、思いも掛けぬことが起りそうな、そんな憧れ、といって悪ければ、期待はもっていた。だから、いきなり殺風景な写真を見せつけられ、うむを言わさず、見合いに行けと言われて、はいと承知して、いいえ、承知させられて、――そして私がいそいそと――、あんまりだ。殺風景ななどと、男の人の使うような言葉をもちいたが、全くその写真を見たときの私の気持はそれより外に現わせない。それとも、いっそ惨めと言おうか。それを考えてくれたら、鼻の上に汗をためて――そんな陰口は利けなかった筈だ。
その写真の人は眼鏡を掛けていたのだ。と言ってもひとにはわかるまい。けれど、とにかく私にとっては、その人は眼鏡を掛けていたのだ。いや、こんな気障な言い方はよそう。――ほんとうに、まだ二十九だというのに、どうしてあんな眼鏡の掛け方をするのだろう。何故もっとしゃんと、――この頃は相当年輩の人だって随分お洒落で、太いセルロイドの縁を青年くさく皺の上に見せているのに、――まるでその人と来たら、わざとではないかとはじめ思った、思いたかったくらい、今にもずり落ちそうな、ついでに水洟も落ちそうな、泣くとき紐でこしらえた輪を薄い耳の肉から外して、硝子のくもりを太短い親指の先でこすって、はれぼったい瞼をちょっと動かす、――そんな仕種まで想像される、――一口に言えば爺むさい掛け方、いいえ、そんな言い方では言い足りない。風采の上がらぬ人といってもいろいろあるけれど、本当にどこから見ても風采が上がらぬ人ってそうたんとあるものではない、それをその人ばかりは、誰が見たって、この私の欲眼で見たって、――いや、止そう。私だってちょっとも綺麗じゃない。歯列を矯正したら、まだいくらか見られる、――いいえ、どっちみち私は醜女、しこめです。だから、その人だって、私の写真を見て、さぞがっかりしたことだろう。私の生れた大阪の方言でいえばおんべこちゃ、そう思って私はむしろおかしかった。あんまりおかしくて、涙が出て、折角縁談にありついたという気持がいっぺんに流されて、ざまあ見ろ。はしたない言葉まで思わず口ずさんで、悲しかった。浮々した気持なぞありようがなかった。くどいようだけれど、それだのにいそいそなんて、そんな……。
もっとも、その当日、まるでお芝居に出るみたいに、生れてはじめて肌ぬぎになって背中にまでお白粉をつけるなど、念入りにお化粧したので、もう少しで約束の時間に遅れそうになり、大急ぎでかけつけたものだから、それを見合いはともかくそんな大袈裟な化粧をしたということにさすがに娘らしい興奮もあったものだから、いくらかいそいそしているように、はた眼には見えたのかも知れない。と、こう言い切ってしまっては至極あっけないが、いや、そう誤解されたと思っていることにしよう。
とにかく出掛けた。ところが、約束の場所へそれこそ大急ぎでかけつけてみると、その人はまだ来ていなかった。別室とでもいうところでひっそり待っていると、仲人さんが顔を出し、実は親御さん達はとっくに見えているのだが、本人さんは都合で少し遅れることになった、というのは、本人さんは今日も仕事の関係上欠勤するわけにいかず、平常どおり出勤し、社がひけてからここへやって来ることになっているのだが、たぶん急に用事ができて脱けられぬと思う、よってもう暫らく待っていただけないか、いま社へ電話しているから、それにしても今日は良いお天気で本当に――、ぼうっとして顔もよう見なかったなんて恥かしいことにはなるまい、いいえ、ネクタイの好みが良いか悪いかまでちゃんと見届けてやるんだなどと、まるで浅ましく肚の中で眼をきょろつかせた意気込んだ気持がいっぺんにすかされたようで、いやだわ、いやだわ、こんなことなら来るんじゃなかったと、わざと二十歳前の娘みたいにくねくねとすね、それをはたの者がなだめる、――そんな騒ぎの、しかしどちらかといえば、ひそびそした時間が一時間経って、やっとその人は来た。赤い顔でふうふう息を弾ませ、酒をのんでいると一眼でわかった。
あとで聞いたことだが、その人はその日社がひけて、かねての手筈どおり見合いの席へ行こうとしたところを、友達に一杯やろうかと誘われたのだった。見合いがあるからと断ればよいものを、そしてまたその口実なら立派に通る筈だのに、また、当然そう言わねばならぬのに、その人はそれが言えなかった。これは私にとって、どういうことになるんだろう。日頃、附合いの良いたちで、無理に誘われると断り切れなかったなんて、浅い口実だ。何ごとにつけてもいやと言い切れぬ気の弱いたちで……などといってみたところで、しかし外の場合と違うではないか。それとも見合いなんかどうでも良かったのだろうか。私なんかと見合いするのが恥かしくて、見合いに行くと言えなかったのだろうか。いずれにしても私は聞いて口惜しかった。けれど、いいえ、そんな風には考えたくなかった。矢張り見合いは気になっていたのだが、まだいくらか時間の余裕はあったから、少しだけつきあって、いよいよとなれば席を外して駈けつけよう、そんな風な虫のよいことを考えてついて行ったところ、こんどはその席を外すということが容易でなく、結局ずるずると引っ張られて、到頭遅刻してしまったのだ――と、そんな風に考えたかった。つまりは底抜けに気の弱い人、決して私との見合いを軽々しく考えたのでも、またわざと遅刻したのでもないと、ずっとあとになってからだが、そう考えることにした。するといくらか心慰まったが、それにしても随分頼りない人だということには変りはない。全くそれを聞かされた時は、何という頼りない人かとあきれるほど情けなかった。いや、頼りないといえば、そんな事情をきかされるまでもなく、既にその見合いの席上で簡単にわかってしまったことなのだ。遅刻はするし、酔っぱらっては来るし、もうこんな人とは結婚なんかするものかと思ったが、そう思ったことがかえって気が楽になったのか、相手が口を利かぬ前にこちらから物を言う気になり、大学では何を専攻されましたかと訊くと、はあ、線香ですか、好きです。頼りないというより、むしろ滑稽なくらいだった。誰も笑わず、けれど皆びっくりした。私は何故だか気の毒で、暫らく父御さんの顔を見られなかったが、やがて見ると、律義そうなその顔に猛烈な獅子鼻がさびしくのっかっており、そしてまたそれとそっくりの鼻がその人の顔にも野暮ったくくっついているのが、笑いたいほどおかしく分って、私は何ということもなしに憂鬱になり、結婚するものかという気持がますます強くなった。それでもう私はあと口も利かず、陰気な唇をじっと噛み続けたまま、そして見合いは終った。 -
林芙美子「夜福」海渡みなみ朗読
29.37 Jun 09, 2018
夜福
林芙美子
一青笹の描いてある九谷の湯呑に、熱い番茶を淹れながら、久江はふつと湯呑茶碗のなかをのぞいた。
茶柱が立つてゐる。絲筋のやうなゆるい湯氣が立ちあがつてゐる。
「おばアちやん、清治のお茶、また茶柱が立つてゐますよ」
雪見障子から薄い朝の陽が射し込んでゐる。
久江はその湯呑茶碗をそつと持つて、お佛壇の棚へそなへた。佛壇の中には、十年も前に亡くなつた父や伯母の位牌が飾つてある。その父と伯母の位牌の間に、去年戰死した一人息子の清治の位牌がまつゝてあつた。父や伯母の湯呑は小さい白い燒物だつたけれど、清治のだけは、生前、清治が好きで毎日つかつてゐた九谷の湯呑茶碗をつかつた。
久江は佛壇の前に暫く坐つて眼をつぶつてゐた。
赤い毛糸で編んだ袖なしを着てゐる。[#「着てゐる。」はママ]今年八十二歳の久江の母は、薄陽の射してゐる疊へ油紙を敷いて、おもとの鉢植を並べて手入れをしてゐた。頭はすつかり禿げてしまつてゐるけれども、色の白いおばあさんだつたので、老人特有の汚さが少しもない。
久江は手を合はせてぢつと拜みながら、(お父さんがねえ、あんたのお位牌を拜みに來たいつておつしやるのよ)と、口のうちでそつとつぶやいてゐる。
清治は戰死したけれど、何時も私達のそばにゐてくれるだらうと、おばあさんはいふのである。
庭のこぶしには、薄みどりの芽が萠えてゐたし、南天もきらきら陽に光つてゐる。十坪ばかりの狹い庭だつたけれども、おばあさんが庭いぢりが好きで、何處もこゝも丹誠して京都あたりの庭のやうに、清潔できれいだつた。清治も、このおばあさんの薫陶をうけたせゐか、非常に庭をつくることが好きで、出征する前は日曜日なんかは植木屋みたいに器用な鋏のつかひかたで終日枝落しや植かへを愉しんでゐたものである。
大學時代にはテニスも少しばかりやつてゐた。
「おばあさん、――この間から考へてゐたンですけど、この家を賣らないかといふひとがあるンですけどねえ‥‥」
おばあさんは、巾着のやうにすぼまつた唇をもぐもぐさしてゐる。鼻が小さくて何時も笑つてゐるやうなおばあさんの表情は、久江にとつては豐年の稻穗を見てゐるやうに平和な氣持だつた。
「買つてくれるお人があるのかねえ」
眼も耳も達者で、若い時は淨瑠璃をやつてゐたせゐか、聲が澄んできれいであつた。
「えゝ、佐竹さんで、この家を世話するつておつしやるンだけど‥‥宿屋商賣も樂ぢやないし、このごろは柄が惡くなつて、使つてゐる人間だつて、爪の先ほどの親切氣もなくなつたンですもの、――つくづくこの商賣が厭になりましたわ」
「そりやアねえ、お前さんだつて樂ぢやないとおもひますけど、わたしは、もうこんな年だし、――本當は見も知らない家へ引越して死にたくはないと思つてるンだけどね‥‥」
「えゝよく判ります」
「でもねえ、何ですか、世間でよくいつてゐる、新體制ですか、それに順應してゆくといふたてまへなら、私もどこへでも行きますよ。――清治の位牌を持つてどこでも行きます」
一ヶ月ばかり前にやとひいれた里子といふ若い女中が、足袋もはかない大きい足で廊下を走つて來た。
「お神さん、雪の間で御勘定して下さいつて‥‥」
久江は障子の外から立つたなりでものをいつている里子の無作法に眉をしかめながら、
「あら、まだ二三日いらつしやるつて御樣子だつたのに、もう、お立ちになるのかい?」
「えゝ、急に歸るンですつて‥‥」
「歸るつて言葉はないでせう。お歸りになりますつていふのよ――、どうも、この節のひとは、どうして、こんなに野郎言葉になつちまつたのかねえ」
久江は帳場へ行つて硯の墨をすりはじめた。 -
小川未明「青い草」駒形美英朗読
12.33 Jun 05, 2018
うさぎ追いしかの山 小ぶな釣りしかの川
夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷道を急ぐ人々の中には、立ち止まって、じっと耳をすます青年がありました。また、女の人がありました。その人たちは、しまいまでその歌に聞きとれていました。
こころざしをはたして いつの日にか帰らん
山はあおき故郷 水は清き故郷と、父親が、うたい終わったときに、あちらからも、こちらからも、お銭が二人の前に落ちたのであります。義坊は拾うのに夢中でありました。
やがて、草の白い花が、うす闇の中にほんのりとわからなくなるころ、哀れな父親のたもとにすがりながら、勇んで帰っていく子供がありました。それは義坊であります。
沈みがちに歩く父親に向かって、
「ねえ、お父ちゃん、きょうはよかったね。また、あしたもあんな歌を吹きなさいよ。」と、いったのでありました。 -
夏目漱石「草枕」 十 山口雄介朗読
26.67 Jun 05, 2018
鏡が池へ来て見る。観海寺の裏道の、杉の間から谷へ降りて、向うの山へ登らぬうちに、路は二股に岐れて、おのずから鏡が池の周囲となる。池の縁には熊笹が多い。ある所は、左右から生い重なって、ほとんど音を立てずには通れない。木の間から見ると、池の水は見えるが、どこで始まって、どこで終るか一応廻った上でないと見当がつかぬ。あるいて見ると存外小さい。三丁ほどよりあるまい。ただ非常に不規則な形ちで、ところどころに岩が自然のまま水際に横わっている。縁の高さも、池の形の名状しがたいように、波を打って、色々な起伏を不規則に連ねている。
池をめぐりては雑木が多い。何百本あるか勘定がし切れぬ。中には、まだ春の芽を吹いておらんのがある。割合に枝の繁まない所は、依然として、うららかな春の日を受けて、萌え出でた下草さえある。壺菫の淡き影が、ちらりちらりとその間に見える。
日本の菫は眠っている感じである。「天来の奇想のように」、と形容した西人の句はとうていあてはまるまい。こう思う途端に余の足はとまった。足がとまれば、厭になるまでそこにいる。いられるのは、幸福な人である。東京でそんな事をすれば、すぐ電車に引き殺される。電車が殺さなければ巡査が追い立てる。都会は太平の民を乞食と間違えて、掏摸の親分たる探偵に高い月俸を払う所である。
余は草を茵に太平の尻をそろりと卸した。ここならば、五六日こうしたなり動かないでも、誰も苦情を持ち出す気遣はない。自然のありがたいところはここにある。いざとなると容赦も未練もない代りには、人に因って取り扱をかえるような軽薄な態度はすこしも見せない。岩崎や三井を眼中に置かぬものは、いくらでもいる。冷然として古今帝王の権威を風馬牛し得るものは自然のみであろう。自然の徳は高く塵界を超越して、対絶の平等観を無辺際に樹立している。天下の羣小を麾いで、いたずらにタイモンの憤りを招くよりは、蘭を九に滋き、を百畦に樹えて、独りその裏に起臥する方が遥かに得策である。余は公平と云い無私と云う。さほど大事なものならば、日に千人の小賊を戮して、満圃の草花を彼らの屍に培養うがよかろう。
何だか考が理に落ちていっこうつまらなくなった。こんな中学程度の観想を練りにわざわざ、鏡が池まで来はせぬ。袂から煙草を出して、寸燐をシュッと擦る。手応はあったが火は見えない。敷島のさきに付けて吸ってみると、鼻から煙が出た。なるほど、吸ったんだなとようやく気がついた。寸燐は短かい草のなかで、しばらく雨竜のような細い煙りを吐いて、すぐ寂滅した。席をずらせてだんだん水際まで出て見る。余が茵は天然に池のなかに、ながれ込んで、足を浸せば生温い水につくかも知れぬと云う間際で、とまる。水を覗いて見る。
眼の届く所はさまで深そうにもない。底には細長い水草が、往生して沈んでいる。余は往生と云うよりほかに形容すべき言葉を知らぬ。岡の薄なら靡く事を知っている。藻の草ならば誘う波の情けを待つ。百年待っても動きそうもない、水の底に沈められたこの水草は、動くべきすべての姿勢を調えて、朝な夕なに、弄らるる期を、待ち暮らし、待ち明かし、幾代の思を茎の先に籠めながら、今に至るまでついに動き得ずに、また死に切れずに、生きているらしい。
余は立ち上がって、草の中から、手頃の石を二つ拾って来る。功徳になると思ったから、眼の先へ、一つ抛り込んでやる。ぶくぶくと泡が二つ浮いて、すぐ消えた。すぐ消えた、すぐ消えたと、余は心のうちで繰り返す。すかして見ると、三茎ほどの長い髪が、慵に揺れかかっている。見つかってはと云わぬばかりに、濁った水が底の方から隠しに来る。南無阿弥陀仏。
今度は思い切って、懸命に真中へなげる。ぽかんと幽かに音がした。静かなるものは決して取り合わない。もう抛げる気も無くなった。絵の具箱と帽子を置いたまま右手へ廻る。
二間余りを爪先上がりに登る。頭の上には大きな樹がかぶさって、身体が急に寒くなる。向う岸の暗い所に椿が咲いている。椿の葉は緑が深すぎて、昼見ても、日向で見ても、軽快な感じはない。ことにこの椿は岩角を、奥へ二三間遠退いて、花がなければ、何があるか気のつかない所に森閑として、かたまっている。その花が! 一日勘定しても無論勘定し切れぬほど多い。しかし眼がつけば是非勘定したくなるほど鮮かである。ただ鮮かと云うばかりで、いっこう陽気な感じがない。ぱっと燃え立つようで、思わず、気を奪られた、後は何だか凄くなる。あれほど人を欺す花はない。余は深山椿を見るたびにいつでも妖女の姿を連想する。黒い眼で人を釣り寄せて、しらぬ間に、嫣然たる毒を血管に吹く。欺かれたと悟った頃はすでに遅い。向う側の椿が眼に入った時、余は、ええ、見なければよかったと思った。あの花の色はただの赤ではない。眼を醒すほどの派出やかさの奥に、言うに言われぬ沈んだ調子を持っている。悄然として萎れる雨中の梨花には、ただ憐れな感じがする。冷やかに艶なる月下の海棠には、ただ愛らしい気持ちがする。椿の沈んでいるのは全く違う。黒ずんだ、毒気のある、恐ろし味を帯びた調子である。この調子を底に持って、上部はどこまでも派出に装っている。しかも人に媚ぶる態もなければ、ことさらに人を招く様子も見えぬ。ぱっと咲き、ぽたりと落ち、ぽたりと落ち、ぱっと咲いて、幾百年の星霜を、人目にかからぬ山陰に落ちつき払って暮らしている。ただ一眼見たが最後! 見た人は彼女の魔力から金輪際、免るる事は出来ない。あの色はただの赤ではない。屠られたる囚人の血が、自ずから人の眼を惹いて、自から人の心を不快にするごとく一種異様な赤である。
見ていると、ぽたり赤い奴が水の上に落ちた。静かな春に動いたものはただこの一輪である。しばらくするとまたぽたり落ちた。あの花は決して散らない。崩れるよりも、かたまったまま枝を離れる。枝を離れるときは一度に離れるから、未練のないように見えるが、落ちてもかたまっているところは、何となく毒々しい。またぽたり落ちる。ああやって落ちているうちに、池の水が赤くなるだろうと考えた。花が静かに浮いている辺は今でも少々赤いような気がする。また落ちた。地の上へ落ちたのか、水の上へ落ちたのか、区別がつかぬくらい静かに浮く。また落ちる。あれが沈む事があるだろうかと思う。年々落ち尽す幾万輪の椿は、水につかって、色が溶け出して、腐って泥になって、ようやく底に沈むのかしらん。幾千年の後にはこの古池が、人の知らぬ間に、落ちた椿のために、埋もれて、元の平地に戻るかも知れぬ。また一つ大きいのが血を塗った、人魂のように落ちる。また落ちる。ぽたりぽたりと落ちる。際限なく落ちる。
こんな所へ美しい女の浮いているところをかいたら、どうだろうと思いながら、元の所へ帰って、また煙草を呑んで、ぼんやり考え込む。温泉場の御那美さんが昨日冗談に云った言葉が、うねりを打って、記憶のうちに寄せてくる。心は大浪にのる一枚の板子のように揺れる。あの顔を種にして、あの椿の下に浮かせて、上から椿を幾輪も落とす。椿が長えに落ちて、女が長えに水に浮いている感じをあらわしたいが、それが画でかけるだろうか。かのラオコーンには――ラオコーンなどはどうでも構わない。原理に背いても、背かなくっても、そう云う心持ちさえ出ればいい。しかし人間を離れないで人間以上の永久と云う感じを出すのは容易な事ではない。第一顔に困る。あの顔を借りるにしても、あの表情では駄目だ。苦痛が勝ってはすべてを打ち壊わしてしまう。と云ってむやみに気楽ではなお困る。一層ほかの顔にしては、どうだろう。あれか、これかと指を折って見るが、どうも思しくない。やはり御那美さんの顔が一番似合うようだ。しかし何だか物足らない。物足らないとまでは気がつくが、どこが物足らないかが、吾ながら不明である。したがって自己の想像でいい加減に作り易える訳に行かない。あれに嫉を加えたら、どうだろう。嫉では不安の感が多過ぎる。憎悪はどうだろう。憎悪は烈げし過ぎる。怒? 怒では全然調和を破る。恨? 恨でも春恨とか云う、詩的のものならば格別、ただの恨では余り俗である。いろいろに考えた末、しまいにようやくこれだと気がついた。多くある情緒のうちで、憐れと云う字のあるのを忘れていた。憐れは神の知らぬ情で、しかも神にもっとも近き人間の情である。御那美さんの表情のうちにはこの憐れの念が少しもあらわれておらぬ。そこが物足らぬのである。ある咄嗟の衝動で、この情があの女の眉宇にひらめいた瞬時に、わが画は成就するであろう。しかし――いつそれが見られるか解らない。あの女の顔に普段充満しているものは、人を馬鹿にする微笑と、勝とう、勝とうと焦る八の字のみである。あれだけでは、とても物にならない。
がさりがさりと足音がする。胸裏の図案は三分二で崩れた。見ると、筒袖を着た男が、背へ薪を載せて、熊笹のなかを観海寺の方へわたってくる。隣りの山からおりて来たのだろう。
「よい御天気で」と手拭をとって挨拶する。腰を屈める途端に、三尺帯に落した鉈の刃がぴかりと光った。四十恰好の逞しい男である。どこかで見たようだ。男は旧知のように馴々しい。
「旦那も画を御描きなさるか」余の絵の具箱は開けてあった。
「ああ。この池でも画こうと思って来て見たが、淋しい所だね。誰も通らない」
「はあい。まことに山の中で……旦那あ、峠で御降られなさって、さぞ御困りでござんしたろ」
「え? うん御前はあの時の馬子さんだね」
「はあい。こうやって薪を切っては城下へ持って出ます」と源兵衛は荷を卸して、その上へ腰をかける。煙草入を出す。古いものだ。紙だか革だか分らない。余は寸燐を借してやる。
「あんな所を毎日越すなあ大変だね」
「なあに、馴れていますから――それに毎日は越しません。三日に一返、ことによると四日目くらいになります」
「四日に一返でも御免だ」
「アハハハハ。馬が不憫ですから四日目くらいにして置きます」
「そりゃあ、どうも。自分より馬の方が大事なんだね。ハハハハ」 -
太宰治・山崎富栄「雨の玉川心中」駒形美英朗読
4.25 May 29, 2018
(注・この遺書は昭和二十二年八月二十九日付となっている)[#改ページ]
永いあいだ、いろいろと身近く親切にして下さいました。忘れません。おやじにも世話になった。おまえたち夫婦は、商売をはなれて僕たちにつくして下さった。お金のことは石井に
太宰 治泣いたり笑ったり、みんな御存知のこと、末までおふたりとも御身大切に、あとのこと御ねがいいたします。誰もおねがい申し上げるかたがございません。あちらこちらから、いろいろなおひとが、みえると思いますが、いつものように、おとりなし下さいまし。
このあいだ、拝借しました着物、まだ水洗いもしてございませんの。おゆるし下さいまし、着物と共にありますお薬は、胸の病いによいもので、石井さんから太宰さんがお求めになりましたもの、御使用下さいませ。田舎から父母が上京いたしましたら、どうぞ、よろしくおはなし下さいませ。勝手な願いごと、おゆるし下さいませ。昭和二十三年六月十三日富栄追伸お部屋に重要なもの、置いてございます。おじさま、奥様、お開けになって、野川さんと御相談下さいまして、暫くのあいだおあずかり下さいまし。それから、父と、姉に、それから、お友達に(ウナ電)お知らせ下さいまし。
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夏目漱石 夢十夜 第四夜 喜多川拓郎朗読
7.03 May 29, 2018
広い土間の真中に涼み台のようなものを据えて、その周囲に小さい床几が並べてある。台は黒光りに光っている。片隅には四角な膳を前に置いて爺さんが一人で酒を飲んでいる。肴は煮しめらしい。
爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやして皺と云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白い髯をありたけ生やしているから年寄と云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏の筧から手桶に水を汲んで来た神さんが、前垂で手を拭きながら、
「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張った煮〆を呑み込んで、
「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間に挟んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、
「御爺さんの家はどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
「臍の奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突込んだまま、
「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
「あっちへ行くよ」と云った。
「真直かい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子を通り越して柳の下を抜けて、河原の方へ真直に行った。
爺さんが表へ出た。自分も後から出た。爺さんの腰に小さい瓢箪がぶら下がっている。肩から四角な箱を腋の下へ釣るしている。浅黄の股引を穿いて、浅黄の袖無しを着ている。足袋だけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。
爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭を出した。それを肝心綯のように細長く綯った。そうして地面の真中に置いた。それから手拭の周囲に、大きな丸い輪を描いた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮で製らえた飴屋の笛を出した。
「今にその手拭が蛇になるから、見ておろう。見ておろう」と繰返して云った。
子供は一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。
「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。
爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋を爪立てるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。怖そうにも見えた。面白そうにもあった。
やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいと撮んで、ぽっと放り込んだ。
「こうしておくと、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでも追いて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、
「今になる、蛇になる、
きっとなる、笛が鳴る、」
と唄いながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入り出した。始めは膝くらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水に浸って見えなくなる。それでも爺さんは
「深くなる、夜になる、
真直になる」
と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうして髯も顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。
自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。 -
江戸川乱歩「盗難」二宮 隆朗読
49.82 May 26, 2018
「ハハハハハハ、分ったかね。じゃ、これで失敬するよ」
突然巡査はそういって立上りました。さつ束は手に持ったままですよ。それから、もう一方の手には、ポケットから取出したピストルを油断なく私達の方へ向けながらですよ。にくらしいじゃありませんか。そんな際にも巡査の句調を改めないで、失敬するよなんていってるんです。よっぽど胆のすわった奴ですね。
無論、主任も私も、声を立てることも出来ないでぼんやり坐ったままでした。どぎもを抜かれましたよ。まさか戸籍調べに来て顔なじみになっておくという新手があろうとは気がつきませんや。もうほんとうの巡査だと信じ切っていたのですからね。