新美南吉

  • 10:50
    新美南吉「赤とんぼ」朗読カフェ 谷部満留花朗読 名作文学の朗読

  • 赤い蝋燭(六本木シンフォニーサロン ライブ録音)

    新美南吉

     山から里の方へ遊びにいったさるが一本の赤い蝋燭ろうそくを拾いました。赤い蝋燭は沢山たくさんあるものではありません。それで猿は赤い蝋燭を花火だと思い込んでしまいました。
     猿は拾った赤い蝋燭を大事に山へ持って帰りました。
     山では大へんなさわぎになりました。何しろ花火などというものは、鹿しかにしてもししにしてもうさぎにしても、かめにしても、いたちにしても、たぬきにしても、きつねにしても、まだ一度も見たことがありません。その花火を猿が拾って来たというのであります。
    「ほう、すばらしい」
    「これは、すてきなものだ」
     鹿や猪や兎や亀や鼬や狸や狐が押合いへしあいして赤い蝋燭をのぞきました。すると猿が、
    あぶない危い。そんなに近よってはいけない。爆発するから」といいました。
     みんなは驚いて後込しりごみしました。
     そこで猿は花火というものが、どんなに大きな音をして飛出とびだすか、そしてどんなに美しく空にひろがるか、みんなに話して聞かせました。そんなに美しいものなら見たいものだとみんなは思いました。
    「それなら、今晩山の頂上てっぺんに行ってあそこで打上げて見よう」と猿がいいました。みんなは大へん喜びました。夜の空に星をふりまくようにぱあっとひろがる花火をに浮べてみんなはうっとりしました。
     さて夜になりました。みんなは胸をおどらせて山の頂上てっぺんにやって行きました。猿はもう赤い蝋燭を木の枝にくくりつけてみんなの来るのを待っていました。
     いよいよこれから花火を打上げることになりました。しかし困ったことが出来ました。ともうしますのは、誰も花火に火をつけようとしなかったからです。みんな花火を見ることは好きでしたが火をつけにいくことは、好きでなかったのであります。
     これでは花火はあがりません。そこでくじをひいて、火をつけに行くものを決めることになりました。第一にあたったものは亀でありました。
     亀は元気を出して花火の方へやって行きました。だがうまく火をつけることが出来たでしょうか。いえ、いえ。亀は花火のそばまで来ると首が自然に引込ひっこんでしまって出て来なかったのでありました。
     そこでくじがまたひかれて、こんどは鼬が行くことになりました。鼬は亀よりは幾分ましでした。というのは首を引込めてしまわなかったからであります。しかし鼬はひどい近眼きんがんでありました。だから蝋燭のまわりをきょろきょろとうろついているばかりでありました。
    遂々とうとう猪が飛出しました。猪はまったいさましいけだものでした。猪はほんとうにやっていって火をつけてしまいました。
     みんなはびっくりして草むらに飛込み耳を固くふさぎました。耳ばかりでなく眼もふさいでしまいました。
     しかし蝋燭はぽんともいわずに静かに燃えているばかりでした。

  • 新美南吉「お母さん達」朗読カフェ 宮下桐歌朗読

  • 新美南吉「小さい太郎の悲しみ」朗読カフェ 宮下桐歌朗読

  • 新美南吉「飴だま」朗読カフェ 小宮千明朗読

    飴だま

    新美南吉

     春のあたたかい日のこと、わたしぶねにふたりの小さな子どもをつれた女の旅人たびびとがのりました。
    ふねが出ようとすると、
    「おオい、ちょっとまってくれ。」
    と、どての向こうから手をふりながら、さむらいがひとり走ってきて、舟にとびこみました。
    ふねは出ました。
     さむらいは舟のまん中にどっかりすわっていました。ぽかぽかあたたかいので、そのうちにいねむりをはじめました。
     黒いひげをはやして、つよそうなさむらいが、こっくりこっくりするので、子どもたちはおかしくて、ふふふとわらいました。
     お母さんは口に指をあてて、
    「だまっておいで。」
    といいました。さむらいがおこってはたいへんだからです。
     子どもたちはだまりました。
     しばらくするとひとりの子どもが、
    「かあちゃん、あめだまちょうだい。」
    と手をさしだしました。
     すると、もうひとりの子どもも、
    「かあちゃん、あたしにも。」
    といいました。
     お母さんはふところから、紙のふくろをとりだしました。ところが、あめだまはもう一つしかありませんでした。
    「あたしにちょうだい。」
    「あたしにちょうだい。」
     ふたりの子どもは、りょうほうからせがみました。あめだまは一つしかないので、お母さんはこまってしまいました。
    「いい子たちだから待っておいで、向こうへついたら買ってあげるからね。」
    といってきかせても、子どもたちは、ちょうだいよオ、ちょうだいよオ、とだだをこねました。
     いねむりをしていたはずのさむらいは、ぱっちりをあけて、子どもたちがせがむのをみていました。
     お母さんはおどろきました。いねむりをじゃまされたので、このおさむらいはおこっているのにちがいない、と思いました。
    「おとなしくしておいで。」
    と、お母さんは子どもたちをなだめました。
     けれど子どもたちはききませんでした。
     するとさむらいが、すらりとかたなをぬいて、お母さんと子どもたちのまえにやってきました。
     お母さんはまっさおになって、子どもたちをかばいました。いねむりのじゃまをした子どもたちを、さむらいがきりころすと思ったのです。
    あめだまを出せ。」
    とさむらいはいいました。
     お母さんはおそるおそるあめだまをさしだしました。
     さむらいはそれをふねのへりにのせ、刀でぱちんと二つにわりました。
     そして、
    「そオれ。」
    とふたりの子どもにわけてやりました。
     それから、またもとのところにかえって、こっくりこっくりねむりはじめました。

  • 新美南吉「赤い蝋燭」朗読カフェ 喜多川拓郎朗読 名作文学の朗読

  • 新美南吉「花のき村と盗人たち」福山美奈子朗読

    36.65
    May 02, 2018

    むかし、はなのきむらに、五人組にんぐみ盗人ぬすびとがやってました。
    それは、若竹わかたけが、あちこちのそらに、かぼそく、ういういしい緑色みどりいろをのばしている初夏しょかのひるで、松林まつばやしでは松蝉まつぜみが、ジイジイジイイといていました。
    盗人ぬすびとたちは、きたからかわ沿ってやってました。はなのきむらぐちのあたりは、すかんぽやうまごやしのえたみどり野原のはらで、子供こどもうしあそんでおりました。これだけをても、このむら平和へいわむらであることが、盗人ぬすびとたちにはわかりました。そして、こんなむらには、おかねやいい着物きものったいえがあるにちがいないと、もうよろこんだのでありました。
    かわやぶしたながれ、そこにかかっている一つの水車すいしゃをゴトンゴトンとまわして、むら奥深おくふかくはいっていきました。
    やぶのところまでると、盗人ぬすびとのうちのかしらが、いいました。
    「それでは、わしはこのやぶのかげでっているから、おまえらは、むらのなかへはいっていって様子ようすい。なにぶん、おまえらは盗人ぬすびとになったばかりだから、へまをしないようにをつけるんだぞ。かねのありそうないえたら、そこのいえのどのまどがやぶれそうか、そこのいえいぬがいるかどうか、よっくしらべるのだぞ。いいか釜右ヱ門かまえもん。」
    「へえ。」
    釜右ヱ門かまえもんこたえました。これは昨日きのうまでたびあるきの釜師かましで、かま茶釜ちゃがまをつくっていたのでありました。
    「いいか、海老之丞えびのじょう。」
    「へえ。」
    海老之丞えびのじょうこたえました。これは昨日きのうまで錠前屋じょうまえやで、家々いえいえくら長持ながもちなどのじょうをつくっていたのでありました。
    「いいか角兵ヱかくべえ。」
    「へえ。」
    とまだ少年しょうねん角兵ヱかくべえこたえました。これは越後えちごから角兵ヱ獅子かくべえじしで、昨日きのうまでは、家々いえいえしきいそとで、逆立さかだちしたり、とんぼがえりをうったりして、一もんもんぜにもらっていたのでありました。
    「いいか鉋太郎かんなたろう。」
    「へえ。」
    鉋太郎かんなたろうこたえました。これは、江戸えどから大工だいく息子むすこで、昨日きのうまでは諸国しょこくのおてら神社じんじゃもんなどのつくりをまわり、大工だいく修業しゅぎょうしていたのでありました。
    「さあ、みんな、いけ。わしは親方おやかただから、ここで一服いっぷくすいながらまっている。」
    そこで盗人ぬすびと弟子でしたちが、釜右ヱ門かまえもん釜師かましのふりをし、海老之丞えびのじょう錠前屋じょうまえやのふりをし、角兵ヱかくべえ獅子ししまいのようにふえをヒャラヒャラらし、鉋太郎かんなたろう大工だいくのふりをして、はなのきむらにはいりこんでいきました。
    かしらは弟子でしどもがいってしまうと、どっかとかわばたのくさうえこしをおろし、弟子でしどもにはなしたとおり、たばこをスッパ、スッパとすいながら、盗人ぬすびとのようなかおつきをしていました。これは、ずっとまえからつけや盗人ぬすびとをしてたほんとうの盗人ぬすびとでありました。
    「わしも昨日きのうまでは、ひとりぼっちの盗人ぬすびとであったが、今日きょうは、はじめて盗人ぬすびと親方おやかたというものになってしまった。だが、親方おやかたになってると、これはなかなかいいもんだわい。仕事しごと弟子でしどもがしててくれるから、こうしてころんでっておればいいわけである。」
    とかしらは、することがないので、そんなつまらないひとりごとをいってみたりしていました。
    やがて弟子でし釜右ヱ門かまえもんもどってました。
    「おかしら、おかしら。」
    かしらは、ぴょこんとあざみのはなのそばからからだこしました。
    「えいくそッ、びっくりした。おかしらなどとぶんじゃねえ、さかなあたまのようにこえるじゃねえか。ただかしらといえ。」
    盗人ぬすびとになりたての弟子でしは、
    「まことにあいすみません。」
    とあやまりました。
    「どうだ、むらなか様子ようすは。」
    とかしらがききました。
    「へえ、すばらしいですよ、かしら。ありました、ありました。」
    なにが。」
    おおきいいえがありましてね、そこの飯炊めしたがまは、まず三ぐらいはける大釜おおがまでした。あれはえらいぜにになります。それから、おてらってあったかねも、なかなかおおきなもので、あれをつぶせば、まず茶釜ちゃがまが五十はできます。なあに、あっしのくるいはありません。うそだとおもうなら、あっしがつくってせましょう。」
    馬鹿馬鹿ばかばかしいことに威張いばるのはやめろ。」
    とかしらは弟子でししかりつけました。
    「きさまは、まだ釜師根性かましこんじょうがぬけんからだめだ。そんな飯炊めしたがまがねなどばかりてくるやつがあるか。それになんだ、そのっている、あなのあいたなべは。」
    「へえ、これは、その、いえまえとおりますと、まきがきにこれがかけてしてありました。るとこの、しりあながあいていたのです。それをたら、じぶんが盗人ぬすびとであることをついわすれてしまって、このなべ、二十もんでなおしましょう、とそこのおかみさんにいってしまったのです。」
    なんというまぬけだ。じぶんのしょうばいは盗人ぬすびとだということをしっかりはらにいれておらんから、そんなことだ。」
    と、かしらはかしららしく、弟子でしおしえました。そして、
    「もういっぺん、むらにもぐりこんで、しっかりなおしてい。」
    めいじました。釜右ヱ門かまえもんは、あなのあいたなべをぶらんぶらんとふりながら、またむらにはいっていきました。
    こんどは海老之丞えびのじょうがもどってました。
    「かしら、ここのむらはこりゃだめですね。」
    海老之丞えびのじょうちからなくいいました。
    「どうして。」
    「どのくらにも、じょうらしいじょうは、ついておりません。子供こどもでもねじきれそうなじょうが、ついておるだけです。あれじゃ、こっちのしょうばいにゃなりません。」
    「こっちのしょうばいというのはなんだ。」
    「へえ、……錠前じょうまえ……。」
    「きさまもまだ根性こんじょうがかわっておらんッ。」
    とかしらはどなりつけました。
    「へえ、あいすみません。」
    「そういうむらこそ、こっちのしょうばいになるじゃないかッ。くらがあって、子供こどもでもねじきれそうなじょうしかついておらんというほど、こっちのしょうばいに都合つごうのよいことがあるか。まぬけめが。もういっぺん、なおしてい。」
    「なるほどね。こういうむらこそしょうばいになるのですね。」
    海老之丞えびのじょうは、感心かんしんしながら、またむらにはいっていきました。
    つぎにかえってたのは、少年しょうねん角兵ヱかくべえでありました。角兵ヱかくべえは、ふえきながらたので、まだやぶこうで姿すがたえないうちから、わかりました。
    「いつまで、ヒャラヒャラとらしておるのか。盗人ぬすびとはなるべくおとをたてぬようにしておるものだ。」
    とかしらはしかりました。角兵ヱかくべえくのをやめました。
    「それで、きさまはなにたのか。」
    かわについてどんどんきましたら、花菖蒲はなしょうぶにわいちめんにかせたちいさいいえがありました。」
    「うん、それから?」
    「そのいえ軒下のきしたに、あたま眉毛まゆげもあごひげもまっしろなじいさんがいました。」
    「うん、そのじいさんが、小判こばんのはいったつぼでもえんしたかくしていそうな様子ようすだったか。」
    「そのおじいさんが竹笛たけぶえいておりました。ちょっとした、つまらない竹笛たけぶえだが、とてもええがしておりました。あんな、不思議ふしぎうつくしいははじめてききました。おれがききとれていたら、じいさんはにこにこしながら、三つながきょくをきかしてくれました。おれは、おれいに、とんぼがえりを七へん、つづけざまにやってせました。」
    「やれやれだ。それから?」
    「おれが、そのふえはいいふえだといったら、笛竹ふえたけえている竹藪たけやぶおしえてくれました。そこのたけつくったふえだそうです。それで、おじいさんのおしえてくれた竹藪たけやぶへいってました。ほんとうにええ笛竹ふえたけが、なん百すじも、すいすいとえておりました。」
    むかしたけなかから、きんひかりがさしたというはなしがあるが、どうだ、小判こばんでもちていたか。」
    「それから、またかわをどんどんくだっていくとちいさい尼寺あまでらがありました。そこではなとうがありました。おにわにいっぱいひとがいて、おれのふえくらいのおおきさのお釈迦しゃかさまに、あまちゃをかけておりました。おれもいっぱいかけて、それからいっぱいましてもらってました。ちゃわんがあるならかしらにもっててあげましたのに。」
    「やれやれ、なんというつみのねえ盗人ぬすびとだ。そういうひとごみのなかでは、ひとのふところやたもとをつけるものだ。とんまめが、もういっぺんきさまもやりなおしてい。そのふえはここへいていけ。」
    角兵ヱかくべえしかられて、ふえくさなかへおき、またむらにはいっていきました。
    おしまいにかえってたのは鉋太郎かんなたろうでした。
    「きさまも、ろくなものはなかったろう。」
    と、きかないさきから、かしらがいいました。
    「いや、金持かねもちがありました、金持かねもちが。」
    鉋太郎かんなたろうこえをはずませていいました。金持かねもちときいて、かしらはにこにことしました。
    「おお、金持かねもちか。」
    金持かねもちです、金持かねもちです。すばらしいりっぱないえでした。」
    「うむ。」
    「その座敷ざしき天井てんじょうたら、さつますぎ一枚板いちまいいたなんで、こんなのをたら、うちの親父おやじはどんなによろこぶかもれない、とおもって、あっしはとれていました。」
    「へっ、面白おもしろくもねえ。それで、その天井てんじょうをはずしてでもかい。」
    鉋太郎かんなたろうは、じぶんが盗人ぬすびと弟子でしであったことをおもしました。盗人ぬすびと弟子でしとしては、あまりかなかったことがわかり、鉋太郎かんなたろうはバツのわるいかおをしてうつむいてしまいました。
    そこで鉋太郎かんなたろうも、もういちどやりなおしにむらにはいっていきました。
    「やれやれだ。」
    と、ひとりになったかしらは、くさなか仰向あおむけにひっくりかえっていいました。
    盗人ぬすびとのかしらというのもあんがいらくなしょうばいではないて。」

  • 新美南吉「一年生たちとひよめ」飯田桃子朗読

    3.70
    Dec 12, 2017

    一年生たちとひよめ

    新美南吉

    学校へいくとちゅうに、大きないけがありました。
    一年生たちが、朝そこを通りかかりました。
    池の中にはひよめが五六っぱ、黒くうかんでおりました。
    それをみると一年生たちは、いつものように声をそろえて、ひイよめ、
    ひよめ、
    だんごやアるに
    くウぐウれッ、

    とうたいました。
    するとひよめは頭からぷくりと水のなかにもぐりました。だんごがもらえるのをよろこんでいるようにみえました。
    けれど一年生たちは、ひよめにだんごをやりませんでした。学校へゆくのにだんごなどもっている子はありません。
    一年生たちは、それから学校にきました。
    学校では先生が教えました。
    「みなさん、うそをついてはなりません。うそをつくのはたいへんわるいことです。むかしの人は、うそをつくと死んでから赤鬼あかおにに、したべろをくぎぬきでひっこぬかれるといったものです。うそをついてはなりません。さあ、わかった人は手をあげて。」
    みんなが手をあげました。みんなよくわかったからであります。
    さて学校がおわると、一年生たちはまた池のふちを通りかかったのでありました。
    ひよめはやはりおりました。一年生たちのかえりを待っていたかのように、水の上からこちらをみていました。

    ひイよめ、
    ひよめ、

    と一年生たちは、いつものくせでうたいはじめました。
    しかし、そのあとをつづけてうたうものはありませんでした。「だんごやるに、くぐれ」とうたったら、それはうそをいったことになります。うそをいってはならない、と今日きょう学校でおそわったばかりではありませんか。
    さて、どうしたものでしょう。
    このままいってしまうのもざんねんです。そしたらひよめのほうでも、さみしいと思うにちがいありません

  • 新美南吉「手袋を買いに」朗読 一帆

    13.55
    Dec 11, 2017

  • 新美南吉「張紅倫」駒形恵美 朗読

    16.23
    Oct 03, 2017

    張紅倫

    新美南吉

    奉天(ほうてん)大戦争(一九〇五年)の数日まえの、ある夜中のことでした。わがある部隊の大隊長青木少佐は、畑の中に立っている歩哨(ほしょう)を見まわって歩きました。歩哨は、めいぜられた地点に石のようにつっ立って、きびしい寒さと、ねむさをがまんしながら、警備についているのでした。
    「第三歩哨、異状はないか」
    少佐は小さく声をかけました。
    「はっ、異状ありません」
    歩哨のへんじが、あたりの空気に、ひくく、こだましました。少佐は、また、歩きだしました。
    頭の上で、小さな星が一つ、かすかにまたたいています。少佐はその光をあおぎながら、足音をぬすんで歩きつづけました。
    もうすこしいくと、つぎの歩哨のかげが見えようと思われるところで、少佐はどかりと足をふみはずして、こおった土くれをかぶりながら、がたがたがた、どすんと、深いあなの中に落ちこみました。
    ふいをくった少佐は、しばらくあなのそこでぼんやりしていましたが、あたりのやみに目もなれ、気もおちついてくると、あなの中のようすがうすうすわかってきました。それは四メートル以上の深さで、そこのほうがひろがっている、水のかれた古井戸だったのです。
    少佐は、声を出して歩哨(ほしょう)をよぼうとしましたが、まてまて、深い井戸の中のことだから、歩哨のいるところまで、声がとおるかどうかわからない、それに、もし、ロシアの斥候(せっこう)にききつけられたら、むざむざところされるにきまっている、と思いかえし、そのまま、だまってこしをおろしました。
    あすの朝になったら、だれかがさがしあてて、ひきあげてくれるだろうと考えながら、まるい井戸の口でしきられた星空を見つめていました。そのうちに、井戸の中があんがいあたたかなので、うとうととねむりだしました。
    ふとめざめたときは、もう夜があけていました。少佐はううんとあくびをしながら、赤くかがやいた空を見あげたのち、
    「ちょっ、どうしたらいいかな」
    と、心の中でつぶやきました。
    まもなく、朝やけで赤かった空は、コバルト色になり、やがて、こい水色にかわっていきました。少佐は、だれかさがし出してくれないものかと、待ちあぐんでいましたが、だれもここに井戸があることさえ、気がつかないらしいけはいです。上を見ると、長いのや、みじかいのや、いろいろの形をしたきれぎれの雲が、あとから、あとからと、白く通っていくきりです。
    とうとうお昼近くになりました。青木少佐ははらもへり、のどがかわいてきました。とてもじれったくなって、大声で、オーイ、オーイと、いくどもどなってみました。しかし、じぶんの声がかべにひびくだけで、だれもへんじをしてくれるものはありません。
    少佐は、しかたなく、むだだとは知りながら、なんどもなんども、井戸の口からさがったつる草のはしにとびつこうとしました。やがて、「あああ」と、つかれはてて、べったりと井戸のそこにすわりこんでしまいました。
    そのうちに、とうとう日がくれて、寒いよいやみがせまってきました。ゆうべの小さな星が、おなじところでさびしく光っています。
    「おれは、このまま死んでしまうかもしれないぞ」
    と、少佐は、ふと、こんなことを考えました。
    「じぶんは、いまさら死をおそれはしない。しかし、戦争に加わっていながら、こんな古井戸の中でのたれ死にをするのは、いかにもいまいましい。死ぬなら、敵のたまにあたって、はなばなしく死にたいなあ」
    と、こうも思いました。
    まもなく少佐は、つかれと空腹のために、ねむりにおちいりました。それは、ねむりといえばねむりでしたが、ほとんど気絶したもおなじようなものでした。
    それからいく時間たったでしょう。少佐の耳に、ふと、人の声がきこえてきました。しかし、少佐はまだ半分うとうとして、はっきりめざめることができませんでした。
    「ははあ、地獄から、おにがむかえにきたのかな」
    少佐は、そんなことを、ゆめのように考えていました。すると、耳もとの人声がだんだんはっきりしてきました。
    「しっかりなさい」
    と、中国語でいいます。
    少佐は、中国語をすこし知っていました。そのことばで、びっくりして目をひらきました。
    「気がつきましたか。たすけてあげます」
    と、そばに立っていた男が、こういってだきおこしてくれました。
    「ありがとう、ありがとう」
    と、少佐はこたえようとしましたが、のどがこわばって、声が出ません。
    男は、井戸の口からつりさげたなわのはしで、少佐の胴体(どうたい)をしばっておいて、じぶんがさきにそのなわにつかまってのぼり、それから、なわをたぐって、少佐を井戸の外へひきあげました。少佐は、ぎらぎらした昼の天地が目にはいるといっしょに、ああ、たすかったと思いましたが、そのまま、また、気をうしなってしまいました。

    少佐がかつぎこまれたのは、ほったて小屋のようにみすぼらしい、中国人の百しょうの家で、張魚凱(ちょうぎょがい)というおやじさんと、張紅倫(ちょうこうりん)というむすことふたりきりの、まずしいくらしでした。
    あい色の中国服をきた十三、四の少年の紅倫は、少佐のまくらもとにすわって、看護してくれました。紅倫は、大きなどんぶりに、きれいな水をいっぱいくんでもってきて、いいました。
    「わたしが、あの畑の道を通りかかると、人のうめき声がきこえました。おかしいなと思ってあたりをさがしまわっていたら、井戸のそこにあなたがたおれていたので、走ってかえって、おとうさんにいったんです。それから、おとうさんとわたしとで、なわをもっていって、ひきあげたのです」
    紅倫(こうりん)はうれしそうに目をかがやかしながら話しました。少佐はどんぶりの水をごくごくのんでは、うむうむと、いちいち感謝をこめてうなずきました。
    それから、紅倫は、日本のことをいろいろたずねました。少佐が、内地に待っている、紅倫とおない年くらいのじぶんの子どものことを話してやると、紅倫はたいへんよろこびました。わたしも日本へいってみたい、そして、あなたのお子さんとお友だちになりたいと、いいました。少佐はこんな話をするたびに、日本のことを思いうかべては、小さなまどから、うらの畑のむこうを見つめました。外では、遠くで、ドドン、ドドンと、砲声がひっきりなしにきこえました。
    そのまま四、五日たった、ある夕がたのことでした。もう戦いもすんだのか、砲声もぱったりやみました。まどから見える空がまっかにやけて、へんにさびしいながめでした。いちんち畑ではたらいていた張魚凱(ちょうぎょがい)が、かえってきました。そして少佐のまくらもとにそそくさとすわりこんで、
    「こまったことになりました。村のやつらが、あなたをロシア兵に売ろうといいます。こんばん、みんなで、あなたをつかまえにくるらしいです。早くここをにげてください。まだ動くにはごむりでしょうが、一刻もぐずぐずしてはいられません。早くしてください。早く」
    と、せきたてます。
    少佐は、もうどうやら歩けそうなので、これまでの礼をあつくのべ、てばやく服装をととのえて、紅倫(こうりん)の家を出ました。畑道に出て、ふりかえってみると、紅倫がせど[#「せど」に傍点]口から顔を出して、さびしそうに少佐のほうを見つめていました。少佐はまた、ひきかえしていって、大きな懐中時計(かいちゅうどけい)をはずして、紅倫の手ににぎらせました。
    だんだん暗くなっていく畑の上を、少佐は、身をかがめて、奉天をめあてに、野ねずみのようにかけていきました。

    戦争がおわって、少佐も内地へかえりました。その後、少佐は退役して、ある都会の会社につとめました。少佐は、たびたび張(ちょう)親子を思い出して、人びとにその話をしました。張親子へはなんべんも手紙を送りました。けれども、先方ではそれが読めなかったのか、一どもへんじをくれませんでした。
    戦争がすんでから、十年もたちました。少佐は、その会社の、かなり上役(うわやく)になり、むすこさんもりっぱな青年になりました。紅倫(こうりん)もきっと、たくましいわかものになったことだろうと、少佐はよくいいいいしました。
    ある日の午後、会社の事務室へ、年わかい中国人がやってきました。青い服に、麻(あさ)のあみぐつをはいて、うでにバスケットをさげていました。
    「こんにちは。万年筆いかが」
    と、バスケットをあけて、受付の男の前につきだしました。
    「いらんよ」
    と受付の男は、うるさそうにはねつけました。
    「墨(すみ)いかが」
    「墨も筆もいらん。たくさんあるんだ」
    と、そのとき、おくのほうから青木少佐が出てきました。
    「おい、万年筆を買ってやろう」
    と、少佐はいいました。
    「万年筆やすい」
    あたりで仕事をしていた人も、少佐が万年筆を買うといいだしたので、ふたりのまわりによりたかってきました。いろんな万年筆を少佐が手にとって見ているあいだ、中国人は、少佐の顔をじっと見まもっていました。
    「これを一本もらうよ。いくらだい」
    「一円と二十銭」
    少佐は金入れから、銀貨を出してわたしました。中国人はバスケットの始末をして、ていねいにおじぎをして、出ていこうとしました。そのとき、中国人は、ポケットから懐中時計(どけい)をつまみ出して、時間を見ました。少佐は、ふとそれに目をとめて、
    「あ、ちょっと待ちたまえ。その時計を見せてくれないか」
    「とけい?」
    中国人は、なぜそんなことをいうのか、ふ[#「ふ」に傍点]におちないようすで、おずおずさし出しました。少佐が手にとってみますと、それは、たしかに、十年まえ、じぶんが張紅倫(ちょうこうりん)にやった時計です。
    「きみ、張紅倫というんじゃないかい」
    「えっ!」と、中国人のわかものは、びっくりしたようにいいましたが、すぐ、「わたし、張紅倫ない」
    と、くびをふりました。
    「いや、きみは紅倫君だろう。わしが古井戸の中に落ちたのを、すくってくれたことを、おぼえているだろう? わしは、わかれるとき、この時計をきみにやったんだ」
    「わたし、紅倫ない。あなたのようなえらい人、あなに落ちることない」
    といってききません。
    「じゃあ、この時計はどうして手に入れたんだ」
    「買った」
    「買った? 買ったのか。そうか。それにしてもよくにた時計があるもんだな。ともかくきみは紅倫にそっくりだよ。へんだね。いや、失礼、よびとめちゃって」
    「さよなら」
    中国人はもう一ぺん、ぺこんとおじぎをして、出ていきました。
    そのよく日、会社へ、少佐にあてて無名の手紙がきました。あけてみますと、読みにくい中国語で、
    『わたくしは紅倫です。あの古井戸からおすくいしてから、もう十年もすぎましたこんにち、あなたにおあいするなんて、ゆめのような気がしました。よく、わたくしをおわすれにならないでいてくださいました。わたくしの父はさく年死にました。わたくしはあなたとお話がしたい。けれど、お話したら、中国人のわたくしに、軍人だったあなたが古井戸の中からすくわれたことがわかると、今の日本では、あなたのお名まえにかかわるでしょう。だから、わたくしはあなたにうそをつきました。わたくしは、あすは、中国へかえることにしていたところです。さよなら、おだいじに。さよなら』
    と、だいたい、そういう意味のことが書いてありました。

    青空文庫より