「鬼車・二輪馬車の秘密」【明治翻案版】
ファーガス・ヒューム・原作

丸亭素人・訳述
高木直二・編集
朗読カフェ 海渡みなみ朗読

 

早稲田大学社会連携研究所が、
「歴史に埋もれた明治期の翻案小説を現代に甦らせるため」
に行なっている社会連携活動に、
朗読カフェが協力して録音した朗読作品です。

本作品には、身分や出自、職業、性別、身体や精神の疾病・障害等に関連して、現代から見ると差別的な記述や不適当な表現があります。このような差別を認めず、また助長させないことを再確認していただいたうえで、本作品が明治に執筆されたという時代性を考慮してお聞きいただきますようお願いいたします。

 

 

ファーガス・ヒューム『二輪馬車の秘密』の日本語訳が一堂に!

 江戸川乱歩が「たった一冊の本だけで探偵小説史に名を連ねている作家」と評した、ファーガス・ヒューム。その一冊こそ、『二輪馬車の秘密』です。
 オーストラリアはメルボルン在住のファーガス・ヒュームは、弁護士事務所で働くかたわら、エミール・ガボリオの『ルコック探偵』にならって『二輪馬車の秘密』を書きあげ、1886年に自費出版するや、たちまち大ヒット。当時、人口50万のメルボルンで、その年のうちに2万部、増刷分あわせて10万部を売ったと言います。 その後、英国で出版されると50万部、さらに米国で50万部と、まさに歴史的な大ヒットとなります。
 そう、二輪馬車の秘密』は、シャーロック・ホームズをしのぐ、19世紀ミステリー界最大のベストセラーなのです。
 そして、その日本語翻訳3種が、歴史を超えて、電子版&プリント・オン・デマンド版で一堂に会するという奇跡が実現しました!
 まずは、作品の全貌を伝えるのが『二輪馬車の秘密【完訳版】』です。 訳者は、プロンジーニ&マルツバーグの快作(怪作?)『裁くのは誰か?』(創元推理文庫)等で知られる高木直二氏。
 深夜の街を走る二輪馬車のなかで、身元不明の紳士が殺害されたという事件を伝える新聞記事からはじまる物語は、検死審問、被害者の身元捜査、容疑者の特定とその追跡、心理戦と法廷劇へとつづき、やがて予想外の展開を見せます。 さまざまな叙述スタイル、都市風俗の活写、そしてロマンスが全編を彩ります。
 19世紀の人びとを夢中にさせた黎明期のミステリー小説をご堪能ください。

 上記が『完訳版』と謳っているように、日本のミステリー界では、『二輪馬車の秘密』は長らく抄訳でしか読めませんでした。 翻訳者は、かの横溝正史。 その貴重な翻訳が読めるのが、電子版『横溝正史翻訳コレクション』および、プリント・オン・デマンド版『二輪馬車の秘密 横溝正史翻訳コレクション』です。 昭和3年(1928年)に雑誌「新青年」に掲載され、のちに単行本になる際に補訳されています。
『八つ墓村』への影響をうかがわせる、もうひとつの翻訳『鍾乳洞殺人事件』とカップリングでも、単独でもおもとめいただけます。

『二輪馬車の秘密』の日本における歴史は、じつは、さらにさかのぼるのでした。 原書が出版されてわずか5年後の1891年、すなわち明治24年に、『鬼車』のタイトルで出版されていたのです。 その幻の本邦初訳が、今回ついに復活しました。『鬼車 二輪馬車の秘密【明治翻案版】』です。
 訳者の丸亭素人(まるてい・そじん)は、黒岩涙香との共訳も残している人物。 ということからもおわかりのとおり、本書も涙香スタイルの、いわゆる翻案小説で、舞台はメルボルンながら、町や人は日本名に変えられ、内容もある程度自由に取捨選択されています。 当時の文章をなるべくいかしたまま、表記を現代仮名遣いにあらため、読みやすい形でお届けします。 編集は、完訳版の訳者でもある、高木直二氏。
 ぜひ、明治の名調子をお楽しみください。
 こうして、そろい踏みを果たした、ファーガス・ヒューム『二輪馬車の秘密』の翻訳各種。 21世紀のこの時代に、まさか扶桑社でこんなことが実現するとは、正直、こちらも驚きです。 ぜひお見逃しなく!
2019年9月24日 11:37
扶桑社
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編者あとがき
 『鬼車(おにぐるま)』は、ファーガス・ヒューム(Fergus Hume)の『二輪馬車の秘密』(The Mystery of a Hansom Cab 1886)を、丸亭素人(まるていそじん)が明治二十四年(1891)に金櫻堂から翻案小説として出版したものである。明治二十九年(1896)に第四版が刊行されていることから見ても、当時、人気を博した作品だったことは間違いないであろう。
 ところで本書を手にした読者は、いささか戸惑いを覚えたのではなかろうか。〝七月の真夏に、豪州メルボルン府の東氷町(とおごおりまち)を走っていた二輪馬車の中で客の男が死んでおり、それに気づいた御者の野石松五郎(のいしまつごろう)が久礼町(くれまち)の警察署に届け出た〟というように、南半球であるにもかかわらず七月が真夏になっていたり、オーストラリアが舞台なのに町や登場人物が日本名だったりするからである。
 翻案小説とは、このように外国作品の骨子は活かしながらも、風俗・地名・人名などを自国に合わせて置き換え、ストーリーそのものもかなり自由に書き直した小説のことを言う。欧米作品からのこのような翻訳スタイルは 、明治二十年代初めに黒岩涙香(くろいわるいこう)などの翻訳家が編み出したもので、明治三十年代にかけて一大ブームとなり、『鬼車』もこれを踏襲している。しかし明治末期から原作に忠実な翻訳が主流になってくるにつれて翻案小説は徐々に廃れていき、今ではすっかり歴史の中に埋没してしまった感がある。
 『鬼車』の原作〝The Mystery of a Hansom Cab〟は、十九世紀でもっとも売れたミステリー作品で、著者のファーガス・ヒュームが存命中に、全世界でおよそ七十五万部が販売されたと言われている。丸亭素人も緒言で、英国より帰国した親友から〝The Mystery of a Hansom Cab〟を与えられたのがきっかけでそれを翻訳することになった、と述べているように、その頃、イギリスで評判の小説だったのであろう。
 『二輪馬車の秘密』は、〝夜更けの街を走る二輪馬車のなかで、身元不明の紳士が殺害され、検死審問、被害者の身元捜査、容疑者特定と追跡、心理戦と法廷劇を経て、予想外の展開をたどる〟という謎解き小説なのだが、丸亭素人は翻案小説としてはかなり原作を忠実に訳述しており、『鬼車』は日本に紹介された草創期の海外ミステリーという意味からも、日本の翻訳ミステリー史に残る記念碑的作品と言えるのではないだろうか。
 丸亭素人は、本名を神田速太(かんだはやた)と言い、正確な生年は不詳だが、元治元年(1864)に生まれたと推測され、大正二年(1913)に没した。東京日日新聞の記者として活動し、明治四十三年(1910)には「新潟毎日新聞」の編集長に就任している。翻訳家としての彼は、黒岩涙香の弟子のような存在で 、涙香が「絵入自由新聞」に連載していた『美人の獄』を途中から引き継ぎ、これを完結した。涙香ほどではないにしても、素人はかなりの売れっ子翻訳家だったらしく、二十冊を超える翻案小説を世に出している。
 〝The Mystery of a Hansom Cab〟は、丸亭素人訳述の『鬼車』が刊行されたあと、昭和三年(1928)には、横溝正史の抄訳『二輪馬車の秘密』が雑誌「新青年」に掲載され、二年後に、彼自身の手で原作に近い形に翻訳し直されたものが博文館の「世界探偵小説全集」に収められた。昭和三十九年(1964)には、江藤淳・足立康訳の『二輪馬車の秘密』が新潮社から出版されている。
 興味深いのは、丸亭素人も横溝正史も、謎解きに関係ない記述――聖書やギリシャ神話やシェイクスピアからの引用、恋人同士の会話、ユーモラスな登場人物、メルボルン市街の描写など――を大胆に削ることによって、ミステリーとしての完成度を高めようとしたことである。
 横溝正史は、「『新青年』『編輯局より』における『二輪馬車の秘密』に関する言及」で、「此処(新青年)に掲げたのは、前半に後半の最後の部分を巧みに織込んだもので、僕に言わせれば原作よりこの翻訳の方が遥かに面白いと信じる。ある種の探偵小説の翻訳はこれでいいのだ。涙香などが未だに受けているのは、彼がこうした手腕に最も優れて居たせいではなかろうか」とまで言っていて、横溝が明治期の翻案小説の訳述者と同じような姿勢で海外のミステリーを翻訳していたことを窺い知ることができる。
 現在、横溝正史訳と拙訳の『二輪馬車の秘密』はPOD(Print On Demand)書籍と電子書籍で入手可能であり、本書と合わせて読んでもらえれば、海外ミステリーが日本に紹介された歴史の一端を垣間見ることができるであろう。
 また本書は、近日中にオーディオブックとして公開される予定で、朗読を聞きながら本書または『鬼車』の原本(〝国立国会図書館オンライン〟のウェブサイトからダウンロード可)を読むことによって、明治期の翻案小説の面白さをさらに深く味わってもらえるのではないかと思う。
 このように、POD書籍や電子書籍の普及によって、これまで、読者の要望があったとしても、販売部数が限られているために出版されなかった書籍が読者の手に届くようになったことは、実に喜ばしいことである。編者自身も、歴史の中に埋もれてしまった明治期の翻案小説を現代の読者に朗読も含めて親しみやすい形で復刊し、その原作を新たに翻訳してPOD書籍や電子書籍で出版する活動を今後も続けたいと考えている。
高木直二
早稲田大学社会連携研究所