宮沢賢治 烏の北斗七星 喜多川拓郎朗読

宮沢賢治 烏の北斗七星 喜多川拓郎朗読

19.88 Aug 21, 2017

烏の北斗七星

宮沢賢治

つめたいいぢの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだかわからないやうになりました。
からすの義勇艦隊は、その雲にしつけられて、しかたなくちよつとの間、亜鉛とたんの板をひろげたやうな雪の田圃たんぼのうへに横にならんで仮泊といふことをやりました。
どのふねもすこしも動きません。
まつ黒くなめらかな烏の大尉、若い艦隊長もしやんと立つたまゝうごきません。
からすの大監督はなほさらうごきもゆらぎもいたしません。からすの大監督は、もうずゐぶんの年老としよりです。眼が灰いろになつてしまつてゐますし、くとまるで悪い人形のやうにギイギイひます。
それですから、烏の年齢としを見分ける法を知らない一人の子供が、いつかう云つたのでした。
「おい、この町には咽喉のどのこはれた烏が二ひきゐるんだよ。おい。」
これはたしかに間違ひで、一疋しかをりませんでしたし、それも決してのどが壊れたのではなく、あんまり永い間、空で号令したために、すつかり声がびたのです。それですから烏の義勇艦隊は、その声をあらゆる音の中で一等だと思つてゐました。
雪のうへに、仮泊といふことをやつてゐる烏の艦隊は、石ころのやうです。胡麻ごまつぶのやうです。また望遠鏡でよくみると、大きなのや小さなのがあつて馬鈴薯ばれいしよのやうです。
しかしだんだん夕方になりました。
雲がやつと少し上の方にのぼりましたので、とにかく烏の飛ぶくらゐのすき間ができました。
そこで大監督が息を切らして号令を掛けます。
「演習はじめいおいつ、出発」
艦隊長烏の大尉が、まつさきにぱつと雪をたたきつけて飛びあがりました。烏の大尉の部下が十八隻、順々に飛びあがつて大尉に続いてきちんと間隔をとつて進みました。
それから戦闘艦隊が三十二隻、次々に出発し、その次に大監督の大艦長が厳かに舞ひあがりました。
そのときはもうまつ先の烏の大尉は、四へんほど空で螺旋うづを巻いてしまつて雲の鼻つ端まで行つて、そこからこんどはまつぐに向ふのもりに進むところでした。
二十九隻の巡洋艦、二十五隻の砲艦が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまひの二隻は、いつしよに出発しました。こゝらがどうも烏の軍隊の不規律なところです。
烏の大尉は、杜のすぐ近くまで行つて、左に曲がりました。
そのとき烏の大監督が、「大砲撃てつ。」と号令しました。
艦隊は一斉に、があがあがあがあ、大砲をうちました。
大砲をうつとき、片脚をぷんとうしろへ挙げるふねは、この前のニダナトラの戦役での負傷兵で、音がまだ脚の神経にひびくのです。

2017年9月17日

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です