芥川龍之介「おしの」海渡みなみ朗読
芥川龍之介「おしの」海渡みなみ朗読
19.13 Jun 03, 2017
ここは南蛮寺の堂内である。ふだんならばまだ硝子画の窓に日の光の当っている時分であろう。が、今日は梅雨曇りだけに、日の暮の暗さと変りはない。その中にただゴティック風の柱がぼんやり木の肌を光らせながら、高だかとレクトリウムを守っている。それからずっと堂の奥に常燈明の油火が一つ、龕の中に佇んだ聖者の像を照らしている。参詣人はもう一人もいない。
そう云う薄暗い堂内に紅毛人の神父が一人、祈祷の頭を垂れている。年は四十五六であろう。額の狭い、顴骨の突き出た、頬鬚の深い男である。床の上に引きずった着物は「あびと」と称える僧衣らしい。そう云えば「こんたつ」と称える念珠も手頸を一巻き巻いた後、かすかに青珠を垂らしている。
堂内は勿論ひっそりしている。神父はいつまでも身動きをしない。
そこへ日本人の女が一人、静かに堂内へはいって来た。紋を染めた古帷子に何か黒い帯をしめた、武家の女房らしい女である。これはまだ三十代であろう。が、ちょいと見たところは年よりはずっとふけて見える。第一妙に顔色が悪い。目のまわりも黒い暈をとっている。しかし大体の目鼻だちは美しいと言っても差支えない。いや、端正に過ぎる結果、むしろ険のあるくらいである。
女はさも珍らしそうに聖水盤や祈祷机を見ながら、怯ず怯ず堂の奥へ歩み寄った。すると薄暗い聖壇の前に神父が一人跪いている。女はやや驚いたように、ぴたりとそこへ足を止めた。が、相手の祈祷していることは直にそれと察せられたらしい。女は神父を眺めたまま、黙然とそこに佇んでいる
そう云う薄暗い堂内に紅毛人の神父が一人、祈祷の頭を垂れている。年は四十五六であろう。額の狭い、顴骨の突き出た、頬鬚の深い男である。床の上に引きずった着物は「あびと」と称える僧衣らしい。そう云えば「こんたつ」と称える念珠も手頸を一巻き巻いた後、かすかに青珠を垂らしている。
堂内は勿論ひっそりしている。神父はいつまでも身動きをしない。
そこへ日本人の女が一人、静かに堂内へはいって来た。紋を染めた古帷子に何か黒い帯をしめた、武家の女房らしい女である。これはまだ三十代であろう。が、ちょいと見たところは年よりはずっとふけて見える。第一妙に顔色が悪い。目のまわりも黒い暈をとっている。しかし大体の目鼻だちは美しいと言っても差支えない。いや、端正に過ぎる結果、むしろ険のあるくらいである。
女はさも珍らしそうに聖水盤や祈祷机を見ながら、怯ず怯ず堂の奥へ歩み寄った。すると薄暗い聖壇の前に神父が一人跪いている。女はやや驚いたように、ぴたりとそこへ足を止めた。が、相手の祈祷していることは直にそれと察せられたらしい。女は神父を眺めたまま、黙然とそこに佇んでいる
2017年9月17日
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