村山籌子「お猫さん」福山美奈子朗読

村山籌子「お猫さん」福山美奈子朗読

Sep 01, 2018

毛を染めかへたおねこさん

お正月が近づいて来たので、おねこさんのお父さんとお母さんはお猫さんをお風呂ふろに入れて、毛皮の手入れをしなくちやならないと考へてをりました。なぜといつて、お猫さんは白猫さんでしたから。
「お父さん、ここに石けんの広告が出て居ますよ。これを使つたらどうかしら。何しろ、お猫さんは大変なおいたで、ふだんから、お風呂がきらひなので、まるで、どぶねづみみたいによごれてゐますからね。」
「どれ、どれ。成程なるほど、これなら大丈夫。これにしましよう。」とお父さんは賛成して、お金を下さいました。
その石けんはラツクスといつて、人間でもめつたには使はない上等の石けんですから、お猫さんのうちなんかで使ふのは勿体もつたいないぐらゐです。けれども、お猫さんのためなら、お猫さんのお父さんやお母さんはいくら高くてもがまんをいたしました。
石けんを買つて来たお母さんは、お猫さんをお風呂に入れました。長いあひだはいらないものですから、身体からだ中にしみて、お猫さんはがまんが出来なくて泣きました。けれども、お風呂から上つて、毛がかわくと、それはそれは目もまぶしいくらゐに美しく真白まつしろになりました。
お父さんもお母さんも自分の子ながら、あんまり美しいので、思はず、うれし涙を出したくらゐでした。
ところが、お猫さんのおとなりにおくろさんといふ真黒まつくろなお猫さんが住んでゐました。お猫さんのお友達です。そのお黒さんが、お風呂から上つたばかりのお猫さんの所へあそびに来ました。お黒さんも、やはりお風呂から上りたてで、それは美しくピカピカと毛を光らせてをりました。
二人は、いや、二匹はお家をとび出して、町の方へ遊びに出かけました。
「あなたは真白でとてもいいわね。ステキよ。」とお黒さんが言ひました。「あなた真黒で、とてもハイカラよ。」とお猫さんが言ひました。二匹は生れついた色がきらひで、他人のものがよく見えて仕方がありません。人間の子供みたいです。
ところが、町の化粧品やさんで、大売出しをやつてゐました。楽隊がプカプカドンドンと鳴つてゐて、それは面白さうでした。二匹はそこへかけつけて行きました。
化粧品やさんでは、「毛皮の染めかへ」薬を売出してゐました。
「さあ、どなたでも、ためしにお染めかへいたします。売出し中はお金はいたゞきません。さあ、どなたでも。どなたでも。」
お猫さんとお黒さんは胸がドキドキして来ました。「どう? そめてもらはない? たゞだつて」
二匹は顔と顔とを見合はせてモジモジしてゐましたら、化粧品やのおぢさんはすぐに「さあ、染めてあげませう。」と言つて、お猫さんを真黒に、お黒さんを真白に染めかへてくれました。
二人はよろこびました。とてもうれしくて、自慢で、早くお父さんやお母さんに見せようと思つてとんでかへりました。
お猫さんのお父さんお母さんは、お黒さんに言ひました。「お猫さんや。」お黒さんのお父さんやお母さんはお猫さんに「お黒さんや。」と言つて、二匹をとりちがへてしまひました。二匹はおどろいて、わけを話しましたが、どうしてもお父さんやお母さんたちはそれが分りません。二匹はかなしくなつて泣きました。
そこへ近所の犬さんが通りかかつて、にほひでかぎわけてくれたので、お父さんやお母さんたちは、どれが自分の子供だか、やつと分つたさうです。二匹は胸をなで下しました。

入院したおねこさん

ねこさんとおくろさんが毛を染めかへて、白い毛のお猫さんが黒くなり、黒いお黒さんが白くなつてしまつたことは一月号でお話しましたね。
それから一月たちました。二匹の毛の色はだん/\染がはげて来て、二匹とも、ねずみ色になつてしまひました。人間からいふと、ねずみ色といふ色も、なか/\よい色ですけれども、猫の世界では、一番いやな色だと思はれてゐます。猫とねずみは一ばん仲がわるいのですからね。
そこで、お猫さんとお黒さんのお父さんやお母さんたちは、二匹を病院にでもつれて行つて、早く毛の色を落してしまひたいと思ひました。けれども、お猫さんも、お黒さんも、なか/\、病院に行くことを承知いたしません。病院といふところは、こわい所だと思ひ込んでゐましたから。
「なぜ、病院へゆくのはいやなの? 早く毛をきれいにしないと、学校へ上れませんよ。」お母さんたちはかうおつしやいました。
「だつて、お昼間、こんななりして外へ出るのはいやだから。」とお猫さんとお黒さんは申しました。病院がこわいなんていふことは言ひません。人間の子供でもさうですが、猫の子供は本当に心配だと思ふことはいはないくせがあります。
そこで、お父さんやお母さんは、夜の病院をさがしました。幸なことに、鳥山トリヤマ夜間病院といふのがみつかりました。院長さんは、ふくろう先生でした。
お猫さんとお黒さんは、そこへ行くことにきまりました。
「本当は、病院に行くのがいやなの※(感嘆符二つ、1-8-75)」と、泣いてみましたけれども、もう、仕方がありません。二匹は、病院に入院いたしました。ふくろう先生は二匹を、診察いたしました。そして、色のさめるお薬をぬつて下さいました。一日三回づゝ。
それから一週間たちました。お薬はせつせせつせと、ぬりましたが相変らず、色はなか/\さめません。少しはさめたのですが、まるで、むらになつてしまつて二匹とも、ます/\みつともなくなつて来ました。
お猫さんとお黒さんは泣きました。もうおうちへ帰りたいと言つて。お父さんやお母さんたちも泣きました。せつかくかはいらしかつた子供たちがこんなにみつともなくなつたと云つて。

ねこさんの毛はやつと元の通りになります

二月号には、おねこさんの毛が白くならないので、とう/\お猫さんたちと、お父さんやお母さんたちが、泣き出したところまでお話いたしましたね。
みんながそれ/″\に泣き出したので、さすがのふくろう先生もどうしたらよいかと、さんざん工夫いたしましたが、どうしても思ふやうにまゐりません。けれども、さすがは、病院の院長さんだけあつて、大決心をして、お父さんやお母さんたちに言ひました。
「さて、お子さんの毛については、いろ/\苦心いたしましたが、これはもう普通のことではよくなりません。手術をするより外ありません。」
お父さんやお母さんたちはおどろいて目をまはしさうになりましたけれども、仕方がないと思つたので、
「どうか、その手術をお願ひいたします。」と、泣きながら言ひました。
ふくろう先生は、別の部屋で、早速その手術をいたしました。十五分位ですみました。
「さあ、手術はすみました。」とふくろう先生がおつしやいましたので、お父さんやお母さんたちは手術室へ走つて行きますと、お猫さんと、お黒さんの毛を一本ものこさず、かみそりで、すりおとしてありました。
お父さんやお母さんたちはどんなにうれしかつたでせう。血なんぞ一滴も出てゐないのですから。
それから、ふくろう先生は二匹に毛生薬けはえぐすりを沢山ぬりつけて、風邪をひかないやうに、暖い毛布で、二匹を包んで下さいました。二匹は目をパチクリさせながら、
「涼しいやうな、暖いやうな気持がするわ。」と言ひましたので、みんな大笑しました。
それから、十日程の間に、お猫さんには真白な、お黒さんには真黒の毛が立派に生えそろひました。二匹はふくろう先生にお礼を言つて退院いたしました。
お父さんやお母さんたちもやつと安心いたしましたが、なか/\お父さんやお母さんといふものは心配が多いものですね。

ベルさんのお鼻をひつかきました

ねこさんとおくろさんは毛がちやんと元通りに生へそろつたので、もう外にあそびに行けるやうになりました。ところがたちまちのうちに、又々お猫さんの町中のうわさになるやうな事件を引きおこしてしまひました。やれやれ。
その日は丁度、お天気がよくて、暖い日が照つてゐました。お猫さんとお黒さんはおうちにゐるのがつまらなくなつて、外へ出かけました。
すると、お隣りのお庭に、それは/\きれいな小さいおうちが建つてゐるのに気がつきました。
「あら、あんな所におうちが建つてゐるわ。一体、何でせう?」とお猫さんが言ひました。
「あれは、お隣りの犬のベルさんのおうちよ。こないだ、こさへてもらつたばかりよ。」とお黒さんはお母さんにでも聞いたのでせう、仲々いろんな事を知つてをります。
お猫さんは言ひました。
「そんな事ない。ベルさんなんかに、あんな美しいおうちなど、たてる人などないわ。いつだつて、泥だらけの足をしてゐるから。」
そして、お猫さんは遠慮なくその小さいおうちの中にはいつてゆきました。お黒さんも仕方なくお猫さんについてゆきました。
うちの中には新しいよいにほひのするわらが一杯しいてありました。風ははいらないし、暖くて、その上しづかで、お猫さんとお黒さんは思はず、藁の中にもぐり込んで、寝てしまひました。何時間かたちました。
「もし、もし、お猫さん、お黒さん、起きて下さい。こゝはわたしうちですから。」といふ声がしたので二匹は目をさましました。二匹は、横になつたまゝ外を見ると、ベルさんが立つてゐました。お黒さんはお猫さんに言ひました。
「お猫さん、矢張りこれはベルさんのうちよ。早く帰りませう。」と言ひましたがお猫さんは動きません。ベルさんは外でうなり初めました。お猫さんは仕方なく起き上つて、いきなりベルさんのお鼻を引つかきました。ベルさんのお鼻の先からは血が出ました。
お猫さんとお黒さんは後も見ずに走つてお家へ帰りましたけれども、晩のごはんもろくにのどに通りませんでした。矢張りわるい事をしたのだといふことは分つてゐましたからね。
その晩中に、ベルさんのお鼻をひつかいたことが、街中に知れわたつてしまひました。何故なぜといつて、ベルさんがお薬屋さんへ行つて、
「お猫さんに引つかかれた時につける膏薬かうやく」といふ薬を買つたからです。
「もうお外へ行つてはいけません。」とお猫さんとお黒さんのお母さんはおつしやいました。

とんだことになりました

さて、おねこさんとおくろさんは外に出られなくなりました。もちろん学校へも行けません。
「おとなしくお留守をしていらつしやい。今日一日おとなしくしてゐれば、明日あしたから学校に行かせてあげますから。お三時やつのチヨコレートを戸棚とだなの中に入れておきますよ。」とお母さんはおつしやいました。そして、二匹をお部屋に残して買物にでかけました。
お猫さんとお黒さんはいたづらつ子でしたけれども仲々学校が好きなものですから、今日はほんとにおとなしくしてゐようと思ひました。
もう一週間も学校を休んでゐるのですからね。
初めのうちは日向ひなたぼつこをしたり、本をよんだりしてゐましたけれども、段々たいくつになつて来て、そこにかけてあつた、お父さんの洋服をお猫さんが着ました。お黒さんはお母さんの着物を引きずる程長く着て、おしろいとほゝ紅をつけました。お猫さんは墨で口ひげをかきました。
「とてもよく似合つてゐるわ。」とお猫さんはお黒さんに云ひました。
「とてもよく似合つてゐるわ。」とお黒さんはお猫さんに云ひました。
二人はすつかり大人になつたつもりで部屋中をゐばつて歩きまはりました。
その時、おげんくわんで、「ご免下さい。」といふ声がきこえました。
お猫さんとお黒さんは二匹そろつて、おげんくわんに出て行きました。まるで、お父さんとお母さんのやうに気取つて。
ところが、二匹はお客さまの顔を見ると、
「いらつしやいませ」とも云はず「キヤーツ」と声を出してお部屋へにげてかへりました。何故なぜといつて、それは学校の先生でしたから。そして、二匹は恥かしくて、ポロ/\と涙を流して泣きました。
三時やつものどに通りません。
お母様がおいしいお夕はんを買つて来て下さつたのですが、それも、食べられません。
お母さんが、
明日あしたから学校ですよ。早くおねなさい。」といつても、眠りません。可哀さうな二匹ですね。そして二匹が泣きながら、
「学校なんていや。行きたくない。」と云ひました。が、明日になれば、どうしても学校へ行かなければなりません。
身から出たさびとはいひながら、仲々、つらいことですね。

汚い手をして

「今夜はあひるさんのお誕生日ですから、着物をおきかへなさい。お顔も、手も足もきれいに洗ふのですよ。」とおねこさんとおくろさんのお母さんはおつしやいました。
「はい。」と二匹はお返事しました。そして、顔を洗ひましたが、手と足はめんどくさかつたので洗ひませんでした。
それから二匹はあひるさんところへ行きました。
おごちさうが山ほど出て来ました。
「さあ、ごゑんりよなく、沢山めしあがつて下さい。」とあひるさんが言ひました。
お黒さんとお猫さんは大よろこびで、おいしいおごちさうをいたゞかうとしましたが、何分、おめでたい日なので、電燈は三百しよくの明るいのをつけてありましたし、テーブル掛は真白まつしろだしするものですから、二匹の手の汚く見えるといつたら※(感嘆符二つ、1-8-75) 二匹は他のお客様が横をむいてゐるうちにそつとおごちさうを頂きました。そして、みんなが前をむいてゐる時には、テーブルの下で、手の泥をこすり落しました。けれども、もう間に合ひません。折角のおごち走ものどに通りません。
やがて、主人のあひるさんが立ち上つて言ひました。「皆さん、どうも今夜はわざ/\おいで下さつてありがたう存じました。ところが、さつきから見てゐますと、お猫さんとお黒さんは少しもおごち走をめし上がりません。さあ、どうぞ御遠慮なく。」と申しました。すると、ほかのお客様までが一緒になつて、
「さあ、どうぞ、どうぞ。」と言つて、おごち走を二匹の前へ集めました。
二匹は顔を見合はせて泣き出しさうにしました。しかし仕方がありません。真赤まつかな顔をして泥だらけの手を出して、おごち走を頂きました、一人のこらずのお客様が見てゐるなかで。
すると一人のお客様が言ひました。
「まあ、お二人のお手のきれいなこと※(感嘆符二つ、1-8-75)
すると、お客様はみんな一度に笑ひました。あひるさんは主人だけあつて、すぐにかう言ひました。
「なに、大したことはありませんさ。石けんで洗へばきれいになるんですからね。」と、そして二匹を洗面所へつれてつて、手を洗はせて下さいました。帰つて来るとお客様たちは笑ひながら言ひました。
「まあ、お猫さんとお黒さんのお手のきれいになつたこと※(感嘆符二つ、1-8-75)
二匹は赤い顔をしましたが、それからは大ゐばりで沢山おごち走をいたゞきました。

プールへ行きました

大へん暑くなりました。なにしろ、おねこさんやおくろさんは夏だつて毛がはえてゐるのですから、その暑さときたら、とてもたまつたものではありません。二匹はうだつてしまひさうになりました。
ところが、すぐ近いところにプールが出来ました。お猫さんがそれを見つけて来ました。
「お黒さん、たれにも言つちやだめよ。あんまり沢山ゆくと、プールが満員になつてはいれなくなるから。」とお猫さんは言ひました。二匹は早速でかけました。
途中まで来ると、仔犬こいぬを十一匹つれた犬さんに会ひました。
「お猫さんとお黒さん、どこへ行くの? わたしたちも一緒にそこまで行きませう。おう、暑いこと。」と、犬さんは言ひました。「犬さん、私たち、汽車の通るのを見に行くの。仔犬さんたちがあぶないことよ。」とお猫さんが言ひました。すると犬さんはあわてゝ仔犬さんたちをつれてむかふへ行つてしまひましたのでお猫さんとお黒さんは顔を見合せて喜びました。
もう少しゆくと、今度は仔豚さんを二十匹つれた豚さんに会ひました。豚さんは、
「お猫さんたち、暑いですね。どこか涼しい所へ一緒に行きませう。」といひました。お猫さんはあわてゝ
「私たちとても暑い所へ行くところなんですから御一緒にまゐれません。」といひました。
それから、にはとりさん、ねずみさんなどにあひましたが、みんなうまいこといつてことはりました。そしてやつとのことでプールへつきました。
水泳の先生のあひるさんが、五六羽、プールの中で、それはそれは上手に泳いでゐましたが、お猫さんとお黒さんの外には、誰一人泳ぎに来てをりません。二匹は泳ぎははじめてですから、とても先生ばかりの中へは、はづかしくてはいつて行けません。
「みんな一緒につれて来るといいのにあなたが勝手にことはつてしまうんだもの。」とお黒さんはブツブツおこりました。「だつて、満員になつたら困ると思つたんだもの。」とお猫さんは言ひかへしました。二匹はフクレツ面をして、顔を見合せましたが、顔といはず、身体からだといはず、汗が滝のやうに流れ出しました。とても暑くてたまらないので、先生たちが、上へあがつて休んでゐる間に、大いそぎで、ジヤブジヤブと水をはねかへして、およぎました。
そこへ、さつきあつた、仔犬さんをつれた犬さん、仔豚さんをつれた豚さん、にはとりさん、ねずみさん、みんなぞろぞろやつて来ました。お猫さんとお黒さんは、どんなに恥しかつたでせう。でも、着物をぬぐ所を教へてあげたり、仔どもたちに水着を着せてあげたりしたので、誰も二匹を悪くは思ひませんでした。
みんなで夕方までおよぎました。それでやつと涼しくなりました。

床やさんへ行きました

そろそろ学校のはじまる九月になりました。おねこさんとおくろさんは学校が大へん好きですから、学校が初るのが待ち遠しくて、夜もなか/\ねむれない位でした。
でも、たうとう八月三十一日になりました。八月三十一日は、学校の始る前の日です。
お猫さんとお黒さんは、本も、帳面も、鉛筆も、洋服も、くつも、みんなよくそろへました。そろへてしまふと、がつたりとつかれました。
二匹はベツトの上にならんで横になつて休みました。そして、二匹は、お互ひの顔をつくづくとながめました。二匹のお顔はまるで、エスキモー犬のやうに毛がのびてゐました。お猫さんはいひました。
「あなたのお顔といつたら、まるでくまそみたいね。毛がもぢやもぢやで。」さういはれたお黒さんはおこつていひました。
「あなたこそくまそみたいぢやないの。」二匹はめいめい自分の顔はみえないものですから、自分の顔はまるで、玉子に目鼻をつけたやうにつる/\と美しいのだと思ひ込んでゐるから大変です。今にも、ひつかき合ひがはじまらんばかりの形勢になつて来ました。お母さんがとんできていひました。さあ、けんかはやめて、床やさんへいらつしやい。そして十銭玉を二つづつ下さいました。
二匹は床やさんへでかけました。途中でも、一言も話をしません。二匹ともカンカンになつておこつてゐたからです。
床やさんに行きますと、床やさんは二匹を見て、あんまりよくはえてゐるので、ゲラゲラ笑ひました。二匹は大変恥しくて、顔が赤くなりさうになりましたが平気な顔をして、椅子いすの上にあがりました。床やさんはそれはそれは上手に刈りました。二匹は生れかはつたやうに可愛らしいお猫さんになつてゆきました。それで、二匹はちよつと顔を見合はせて、ニツコリと笑ひかけましたが、さつきのけんかを思ひ出して、歯をくひしばりました。その時に、はさみを動かしながら、床やさんがきゝました。
「お二人とも、おそろひの型にお切りしませうね。」と、すると、二匹はいきなり顔を横にふつて、「いやです!」といひました。床やさんの鋏は、その時、ガチヤリと下へそれて、二匹の大事な大事なおひげを、チヨツキンと切り落してしまひました。お猫さんとお黒さんは泣きました。床やさんはあわてました。
そして、切り落したおひげを探しましたが、あひにくなことに、扇風機をかけてゐたので、おひげは風にふきとばされてどこへ落ちたのやら。

グニヤ/\になりました

月日のたつのは早いもので、おねこさんとおくろさんのチヨン切られたおひげも、もう立派に生えそろひました。
そこで、遠くの町にゐる伯母をばさんのところへ二人であそびに出かけることになりました。
伯母さんは洋服やさんでしたから、二匹が一年に一度づゝ遊びに行つた時に、それはそれは美しい洋服を一着づゝ、二匹に下さることになつてゐました。
二匹は、前の日からそれを楽しみにして、夜があけるとすぐに出かけました。御飯も食べないで。
伯母さんのおうちについたのが、朝の六時、まだ、お店の戸さへあいてゐません。二匹は仕方なく、お店の入口によつかかつて待つてゐました。
牛乳やさんが通りました。新聞やさんが通りました。おとうふやさんが通りました。それから、お役所や、会社へ行く人が通りました。みんな二匹の方を見て、「おや、おや、迷ひ猫だ。」と言ひました。
お猫さんとお黒さんはそれから二時間もそこにがんばつてゐましたが、段々におなかがすいて来ました。のどもかわいてゐました。
それから又二時間もたつて、そろそろお昼になるのに、お店の戸があきません。
朝来たおとうふやさんがお昼のおとうふをかついで、歩いて来ました。
そして、二匹を見て云ひました。
みちを迷つたんですか、おうちはどこ?」ときゝました。
「伯母さんところへ来たんだけど、お店があくのを待つてるの。」と二人は言ひました。
おとうふやさんは、
「やれやれ気毒きのどくな、『今日は出かけますからお休みです。』とそこにはりつけてありますよ。」
二匹はそれを見て、がつかりしました。それと一緒に、土の上にへたばつてしまひました。おなかがペコ/\になつて、足の骨がグラグラしてゐる所へ、びつくりしたのですから。
おとうふやさんはおどろきました。どうしたらよからうかと思ひました。
「仕方がない。こゝへおはいり。」さう言つておとうふやさんは、二匹の首すじをつまんで空いた方のとうふおけへ入れました。
それから、二匹をうちへつれて行つてくれることになりましたが、「とーふ、とーふ」と、おとうふをうりながら行くのですから、その時間のかゝることといつたら。それでも、やつとこさお昼の三時頃におうちの門まで帰りつきました。
「まあ、大変なものに乗つかつて。」と、言つて、お母さんと伯母さんがおうちの中からとんで来ました。それで、お母さんは一円出しておとうふやさんへ、お礼の代りにおとうふの残りを全部買つてやりました。伯母さんは二匹が出かけないうちにと、朝のうちにとてもいゝ洋服を持つて来て下すつたのでした。伯母さんは早速、二匹に着せようとしましたが、もともと骨のやわらかいところへ、足がぐらついてゐるお猫さんとお黒さんのことですから、まるで、グニヤ/\になつて、どうしても着せられません。伯母さんとお母さんはお腹をかゝへて笑ひました。それからおこりました。
でも、二匹はどうにもなりませんので、ごはんを、おさじでたべさせて、ベツトへねかしました。
まるで、赤ちやんになつたみたいですね。あんまりせつかちだとこんな事になります。

いぢわるをしました

グニヤグニヤになつたおねこさんとおくろさんは一晩ぐつすりねむつたので、すつかり元気を取りもどしました。そして、洋服やさんの伯母をばさんにいただいた洋服を着て、お友達のあひるさん所へ見せびらかしにでかけてゆきました。
あひるさんはお猫さんとお黒さんの洋服を見ると、すぐに、お母さんに言ひました。
「お母さん、私にも、あんな洋服買つてちようだい。」
お母さんはお猫さんとお黒さんの洋服を前からうしろからよくながめてから
「ほんとに、よく出来たお洋服ね。うちのあひるさんにも、同じ所で買つてやりませう。どこで買つたの? そして、おねだんはいくらなの?」と聞きました。
お猫さんとお黒さんはいひました。
「おばさん、このお洋服は買つたんぢやないの。私たちの伯母さんがこさへて下さつたの。いくらお金を出しても、ほかの人にはこさへては下さらないわ。」
あひるさんはそれをきくと、メチヤクチヤに泣き出しました。
お猫さんとお黒さんはいひました。
「ほんとにしやうのないあひるさんね。ああ、やかましいこと。」
そして、さつさとおうちへ帰つて来ました。なかなかいぢわるですね。
ところが、あひるさんは泣いて泣いて泣き通しました。「あんな洋服がほしい。あんな洋服がほしい。」と、むりもありません。まだ子供なんですから。
そこで、仕方なく、あひるさんのお母さんはお猫さんとお黒さんのおうちへいつて、二匹のお母さんにお話いたしました。
「どうか、うちのあひるさんにも、同じ洋服をこさへて下さるやうに、おねがひして下さいませんか。ほんとにお気毒きのどくですけれども。」
お猫さんたちのお母さんは申しました。
「どうぞ、どうぞ、御遠慮なく。そのうちは、洋服やさんなのですから、どんな御注文でも、よろこんでお仕立て申し上げます。」
あひるさんのお母さんは大へんよろこびました。そして、「早速、注文にまゐります。あひるさんをつれて。」といつて、とんでかへりました。
それをきいてゐたお猫さんとお黒さんは顔を見合はせて、がつかりいたしました。
後で二匹はお母さんに大へんしかられました。
「あんないぢのわるい事を言ふもんぢやありません。」と。
二匹の顔は真赤まつかになりました。が、幸なことに、顔中毛だらけでしたから、ひとには分りませんでした。

お風呂にはいつてつかれました

寒い寒い冬になりました。おくろさんと、おねこさんの毛はむくむくあたたかさうに一ぱい生へそろつて来ました。それはそれは、可愛らしくなりました。
そこで、お猫さんのお母さんは、あひるさんのお母さんに手紙を書きました。
「大変おさむくなりまして、皆々様お変りもございませんか。私ども、鳥やけものは、冬になりますと、羽根や、毛がりつぱに生へそろひ、まことに美しくなるやうでございます。お宅のアー太郎さん、ヒー太郎さん、ルー太郎さんも、さぞ、さぞ、美しくおなりのことと思ひます。宅のお猫さんも、お黒さんも、大さう美しくなりました。それで、今晩ぜひとも、アー太郎さん、ヒー太郎さん、ルー太郎さんをおつれになつて、おいて下さいませ。おごちさうをたべながら、子供たちのじまんをいたしたうございます。かしこ。」
この手紙を出してから、お母さんは二匹をお風呂ふろに入れました。えりアカ、足アカ、手アカ、そんなものはすつかりとれてしまひました。そして、お猫さんには白い粉をふりかけました。お黒さんには黒い粉をふりかけました。実に見とれるばかりの美しさになつたので、お母さんは、すつかりよろこびました。
夜になりました。あひるさんのお母さんは、御自まんのアー太郎、ヒー太郎、ルー太郎さんをみがきたててつれて来ました。
「ガー、ガー、ガー、ガー」とあひるさんたちは大へんな声を出して、元気よく、お猫さんのおうちへ来ました。
「まあ、まあ、なんて、お立派な」といつて、お猫さんのお母さんがおどろいた程、あひるさんたちはきれいだつたのです。しかし、心の中では、「うちのお猫さんたちの方がもつときれいだ。」と思ひました。
あひるさんたちは、テーブルにすわりました。おごち走が出ました。
ところが、お猫さんとお黒さんはなかなか出て来ません。
「あの、失礼でございますが、お猫さんとお黒さんはどうなさいました。」とあひるさんのお母さんがきゝました。
「お猫さん、お黒さん、早くでて来たまへ。ガー、ガー、ガー、ガー」とあひるさんの子供たちがさわぎ出しました。
お猫さんのお母さんは、おごち走のおこしらへやら、あひるさんたちへの御あいさつやらで、かんじんのお猫さんたちのことはほとんど忘れてしまつてゐたのです。
お母さんは家中、さがしました。けれども二匹は見つかりません。それで、も一度さがしましたら、二匹はおねまきをきて、ベツドにはいつて、グーグーねてしまつて、どうしても起きません。
「どうも、すみませんが、どうしても起きてまゐりません。なにしろ、今日、お風呂に二時間もはいつてたもんですから、つかれてしまつたんでございませう。」とお猫さんのお母さんが申しました。ずゐぶん情なかつたでせう。
ところが、何やら、あたりが静かになつたと思つたら、テーブルについたまま、アー太郎さん、ヒー太郎さん、ルー太郎さん、みんなグーグーねこんでしまひました。
「どうもすみません。なにしろ、今日、お風呂に二時間もはいつてたもんですから。」とあひるさんのお母さんがおつしやいました。
それで、その晩の、「子供自慢会」はおめになりました。

2018年10月10日

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