伊藤左千夫「奈々子」駒形美英朗読

伊藤左千夫「奈々子」駒形美英朗読

36.77
Apr 19, 2018

奈々子

伊藤左千夫

その日の朝であった、自分は少し常より寝過ごして目を覚ますと、子供たちの寝床は皆からになっていた。自分がうがいに立って台所へ出た時、奈々子ななこは姉なるものの大人下駄おとなげたをはいて、外へ出ようとするところであった。焜炉こんろの火に煙草をすっていて、自分と等しく奈々子の後ろ姿を見送った妻は、
「奈々ちゃんはね、あなた、きのうから覚えてわたい、わたいっていいますよ」
「そうか、うむ」
答えた自分も妻も同じように、愛の笑いがおのずから顔に動いた。
出口の腰障子こししょうじにつかまって、敷居しきい足越あごそうとした奈々子も、ふり返りさまに両親を見てにっこり笑った。自分はそのまま外へ出る。物置の前では十五になる梅子うめこが、今鶏箱とりばこからひなを出して追い込みに入れている。雪子ゆきこもおもいかにもおもしろそうに笑いながら雛を見ている。
奈々子もそれを見に降りてきたのだ。さっちゃん
井戸ばたの流し場に手水ちょうずをすました自分も、鶏にきょうがる子どもたちの声に引かされて、覚えず彼らの後ろに立った。先に父を見つけたお児は、
「おんちゃんにおんぼしんだ、おんちゃんにおんぼしんだ」さっちゃん
と叫んで父の膝に取りついた。奈々子もあとから、
「わたえもおんも、わたえもおんも」
と同じく父に取りつくのであった。自分はいつものごとくに、おんぼという姉とおんもという妹とをいっしょに背負うて、しばらく彼らを笑わせた。梅子が餌を持ち出してきて鶏にやるので再び四人の子どもは追い込みの前に立った。お児が、
「おんちゃんおやとり、おんちゃんおやとり」
というから、お児ちゃん、おやとりがどうしたかと聞くと、お児ちゃんはおやとりっち言葉をこのごろ覚えたからそういうのだと梅子が答える。奈々子は大きい下駄に疲れたらしく、
「お児ちゃんのかんこ、お児ちゃんのかんこ」
といい出した。お児の下駄を借りたいというのである。父は幼き姉をすかしてその下駄を貸さした。お児は一つ上の姉でも姉は姉らしいところがある。小さな姉妹は下駄を取り替える。奈々子は満足の色を笑いにたたわして、雪子とお児の間にはさまりつつひなを見る。つぶつぶかすり単物ひとえものに桃色のへこ帯を後ろにたれ、小さな膝を折ってその両膝に罪のない手を乗せてしゃがんでいる。雪子もお児もながら、いちばん小さい奈々子のふうがことに親の目を引くのである。しらみがわいたとかで、つむりをくりくりとバリカンで刈ってしもうた頭つきが、いたずらそうに見えていっそう親の目にかわゆい。妻も台所から顔を出して、
「三人がよくならんでしゃがんでること、奈々ちゃんや、鶏がおもしろいかい、奈々ちゃんや」
三児さんじはいちように振り返って母と笑いあうのである。自分は胸に動悸どうきするまで、この光景に深く感を引いた。
この日は自分は一日家におった。三児は遊びに飽きると時々自分の書見しょけんの室に襲うてくる。
三人が菓子をもらいに来る、お児がいちばん無遠慮にやってくる。
「おんちゃん、おんちゃん、かちあるかい、かち、奈子なこちゃんがかちだって」
続いて奈々子が走り込む。
「おっちゃんあっこ、おっちゃんあっこ、はんぶんはんぶん」
といいつついきなり父に取りつく。奈々子が菓子ほしい時に、父は必ずだっこしろ、だっこすれば菓子やるというために、菓子のほしい時彼はあっこあっこと叫んで父の膝に乗るのである。一つではあまり大きいというので、半分ずつだよといい聞かせられるために、自分からはんぶんはんぶんというのである。四歳のお児はがっこといい、三歳の奈々子はあっこという。年の違いもあれど、いくらか性質の差もわかるのである。六歳の雪子はふたりのあとからはいってきて、ただしれしれと笑っている。菓子が三人に分配される、とすぐに去ってしまう、風のいだようにあとは静かになる。静かさが少しく長くなると、どうして遊んでるかなと思う。そう思って庭を見ると、いつの間にか三人は庭の空地に来ておった。くりくり頭に桃色のへこ帯がひとり、角子頭みずらに卵色のへこ帯がふたり、何がおもしろいか笑いもせず声も立てず、何かを摘んでるようすだ。自分はただかぶりの動くのとへこ帯のふらふらするのをしばらく見つめておった。自分も声を掛けなかった、三人も菓子とも思わなかったか、やがてばたばた足音がするから顔を出してみると、奈々子があとになって三人が手を振ってかける後ろ姿が目にとまった。
ご飯ができたからおんちゃんを呼んでおいでと彼らの母がいうらしかった。奈々ちゃんお先においでよ奈々ちゃんと雪子が叫ぶ。幼きふたりの伝令使は見る間に飛び込んできた。ふたりは同体に父の背に取りつく。
「おんちゃんごはんおあがんなさいって」
「おはんなさいははははは」
父は両手を回し、大きな背にまたふたりをおんぶして立った。出口がせまいので少しからだを横にようやく通る窮屈さをいっそう興がって、ふたりは笑い叫ぶ。父の背を降りないうちから、ふたりでおんちゃんを呼んできたと母にいう騒ぎ、母はなお立ち働いてる。父と三児は向かい合わせに食卓についた。お児は四つでもはし持つことは、まだほんとうでない。少し見ないと左手に箸を持つ。またお箸の手が違ったよといえば、すぐ右に直すけれど、少しするとまた左に持つ。しばしば注意して右に持たせるくらいであるから、飯も盛んにこぼす。奈々子は一年十か月なれど、箸持つ手は始めから正しい。食べ物に着物をよごすことも少ないのである。姉たちがすわるにせまいといえば、身を片寄せてゆずる、彼の母は彼を熟視して、奈々ちゃんはつら構えからしっかりしていますねいという。
末子であるかららちもなくかわいいというわけではないのだ。この子はと思うのは彼の母ばかりではなく、父の目にもそう見えた。
午後は奈々子が一昼寝してからであった、雪子もお児もぶらんこに飽き、寝覚ねざめた奈々子を連れて、表のほうにいるようすであったが、格子戸をからりあけてかけ上がりざまに三児はわれ勝ちと父に何か告げんとするのである。
「お父さん金魚が死んだよ、水鉢の金魚が」
「おんちゃん金魚がへんだ。金魚がへんだよおんちゃん」
「へんだ、おっちゃんへんだ」
奈々子は父の手を取ってしきりに来て見よとの意を示すのである。父はただ気が弱い。口で求めず手で引き立てる奈々子の要求に少しもさからうことはできない。父は引かるるままに三児のあとから表にある水鉢の金魚を見にいった。五、六匹死んだ金魚は外に取り捨てられ、残った金魚はなまこの水鉢の中にくるくる輪をかいてまわっていた。水は青黒くにごってる。自分はさっそく新しい水をバケツに二はいくみ入れてやった。奈々子は水鉢の縁に小さな手を掛け、
「きんご、おっちゃんきんご、おっちゃんきんご」
「もう金魚へにゃしないねい。ねいおんちゃん、へにゃしないねい」
三児は一時金魚の死んだのに驚いたらしかった。父はさらに金魚を買い足してやることを約束して座に返った。三人はなおしきりに金魚をながめて年相当な会話をやってるらしい。

 

2018年5月27日

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