2018年5月

  • 芥川龍之介「トロッコ」 喜多川拓郎朗読

    19.40
    Mar 15, 2018

    トロッコ

    芥川龍之介

    小田原熱海あたみ間に、軽便鉄道敷設ふせつの工事が始まったのは、良平りょうへいの八つの年だった。良平は毎日村はずれへ、その工事を見物に行った。工事を――といったところが、ただトロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。
    トロッコの上には土工が二人、土を積んだうしろたたずんでいる。トロッコは山をくだるのだから、人手を借りずに走って来る。あおるように車台が動いたり、土工の袢天はんてんすそがひらついたり、細い線路がしなったり――良平はそんなけしきをながめながら、土工になりたいと思う事がある。せめては一度でも土工と一しょに、トロッコへ乗りたいと思う事もある。トロッコは村外れの平地へ来ると、自然と其処そこに止まってしまう。と同時に土工たちは、身軽にトロッコを飛び降りるが早いか、その線路の終点へ車の土をぶちまける。それから今度はトロッコを押し押し、もと来た山の方へ登り始める。良平はその時乗れないまでも、押す事さえ出来たらと思うのである。
    ある夕方、――それは二月の初旬だった。良平は二つ下の弟や、弟と同じ年の隣の子供と、トロッコの置いてある村外れへ行った。トロッコは泥だらけになったまま、薄明るい中に並んでいる。が、そのほか何処どこを見ても、土工たちの姿は見えなかった。三人の子供は恐る恐る、一番はしにあるトロッコを押した。トロッコは三人の力がそろうと、突然ごろりと車輪をまわした。良平はこの音にひやりとした。しかし二度目の車輪の音は、もう彼を驚かさなかった。ごろり、ごろり、――トロッコはそう云う音と共に、三人の手に押されながら、そろそろ線路を登って行った。
    その内にかれこれ十けん程来ると、線路の勾配こうばいが急になり出した。トロッコも三人の力では、いくら押しても動かなくなった。どうかすれば車と一しょに、押し戻されそうにもなる事がある。良平はもういと思ったから、年下の二人に合図をした。
    「さあ、乗ろう!」
    彼等は一度に手をはなすと、トロッコの上へ飛び乗った。トロッコは最初おもむろに、それから見る見るいきおいよく、一息に線路をくだり出した。その途端につき当りの風景は、たちまち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る。顔に当る薄暮はくぼの風、足の下におどるトロッコの動揺、――良平はほとん有頂天うちょうてんになった。
    しかしトロッコは二三分ののち、もうもとの終点に止まっていた。
    「さあ、もう一度押すじゃあ」
    良平は年下の二人と一しょに、又トロッコを押し上げにかかった。が、まだ車輪も動かない内に、突然彼等のうしろには、誰かの足音が聞え出した。のみならずそれは聞え出したと思うと、急にこう云う怒鳴り声に変った。
    「この野郎! 誰にことわってトロにさわった?」
    其処には古い印袢天しるしばんてんに、季節外れの麦藁帽むぎわらぼうをかぶった、背の高い土工が佇んでいる。――そう云う姿が目にはいった時、良平は年下の二人と一しょに、もう五六間逃げ出していた。――それぎり良平は使の帰りに、人気のない工事場のトロッコを見ても、二度と乗って見ようと思った事はない。唯その時の土工の姿は、今でも良平の頭の何処かに、はっきりした記憶を残している。薄明りの中にほのめいた、小さい黄色の麦藁帽、――しかしその記憶さえも、年毎としごとに色彩は薄れるらしい。
    そののち十日余りたってから、良平は又たった一人、ひる過ぎの工事場に佇みながら、トロッコの来るのを眺めていた。すると土を積んだトロッコのほかに、枕木まくらぎを積んだトロッコが一りょう、これは本線になるはずの、太い線路を登って来た。このトロッコを押しているのは、二人とも若い男だった。良平は彼等を見た時から、何だか親しみやすいような気がした。「この人たちならばしかられない」――彼はそう思いながら、トロッコのそばけて行った。
    「おじさん。押してやろうか?」
    その中の一人、――しまのシャツを着ている男は、俯向うつむきにトロッコを押したまま、思った通り快い返事をした。
    「おお、押してくよう
    良平は二人の間にはいると、力一杯押し始めた。
    われ中中なかなか力があるな」
    の一人、――耳に巻煙草まきたばこはさんだ男も、こう良平をめてくれた。
    その内に線路の勾配は、だんだん楽になり始めた。「もう押さなくともい」――良平は今にも云われるかと内心気がかりでならなかった。が、若い二人の土工は、前よりも腰を起したぎり、黙黙と車を押し続けていた。良平はとうとうこらえ切れずに、ずこんな事を尋ねて見た。
    何時いつまでも押していてい?」
    「好いとも」
    二人は同時に返事をした。良平は「優しい人たちだ」と思った。
    五六町余り押し続けたら、線路はもう一度急勾配になった。其処には両側の蜜柑畑みかんばたけに、黄色い実がいくつも日を受けている。
    「登りみちの方が好い、何時いつまでも押させてくれるから」――良平はそんな事を考えながら、全身でトロッコを押すようにした。
    蜜柑畑の間を登りつめると、急に線路はくだりになった。縞のシャツを着ている男は、良平に「やい、乗れ」と云った。良平はすぐに飛び乗った。トロッコは三人が乗り移ると同時に、蜜柑畑の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)においあおりながら、ひたすべりに線路を走り出した。「押すよりも乗る方がずっと好い」――良平は羽織に風をはらませながら、当り前の事を考えた。「行きに押す所が多ければ、帰りに又乗る所が多い」――そうもまた考えたりした。
    竹藪たけやぶのある所へ来ると、トロッコは静かに走るのをめた。三人は又前のように、重いトロッコを押し始めた。竹藪は何時か雑木林になった。爪先つまさき上りの所所ところどころには、赤錆あかさびの線路も見えない程、落葉のたまっている場所もあった。その路をやっと登り切ったら、今度は高いがけの向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはっきりと感じられた。
    三人は又トロッコへ乗った。車は海を右にしながら、雑木の枝の下を走って行った。しかし良平はさっきのように、面白い気もちにはなれなかった。「もう帰ってくれればい」――彼はそうも念じて見た。が、行く所まで行きつかなければ、トロッコも彼等も帰れない事は、勿論もちろん彼にもわかり切っていた。
    その次に車の止まったのは、切崩きりくずした山を背負っている、藁屋根の茶店の前だった。二人の土工はその店へはいると、乳呑児ちのみごをおぶったかみさんを相手に、悠悠ゆうゆうと茶などを飲み始めた。良平はひとりいらいらしながら、トロッコのまわりをまわって見た。トロッコには頑丈がんじょうな車台の板に、ねかえった泥がかわいていた。
    少時しばらくのち茶店を出て来しなに、巻煙草を耳にはさんだ男は、(その時はもう挟んでいなかったが)トロッコの側にいる良平に新聞紙に包んだ駄菓子をくれた。良平は冷淡に「難有ありがとう」と云った。が、すぐに冷淡にしては、相手にすまないと思い直した。彼はその冷淡さを取り繕うように、包み菓子の一つを口へ入れた。菓子には新聞紙にあったらしい、石油の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)がしみついていた。
    三人はトロッコを押しながらゆるい傾斜を登って行った。良平は車に手をかけていても、心はほかの事を考えていた。
    その坂を向うへり切ると、又同じような茶店があった。土工たちがその中へはいったあと、良平はトロッコに腰をかけながら、帰る事ばかり気にしていた。茶店の前には花のさいた梅に、西日の光が消えかかっている。「もう日が暮れる」――彼はそう考えると、ぼんやり腰かけてもいられなかった。トロッコの車輪をって見たり、一人では動かないのを承知しながらうんうんそれを押して見たり、――そんな事に気もちを紛らせていた。
    ところが土工たちは出て来ると、車の上の枕木まくらぎに手をかけながら、無造作むぞうさに彼にこう云った。
    われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」
    「あんまり帰りが遅くなるとわれうちでも心配するずら
    良平は一瞬間呆気あっけにとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日のみちはその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、――そう云う事が一時にわかったのである。良平はほとんど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜おじぎをすると、どんどん線路伝いに走り出した。
    良平は少時しばらく無我夢中に線路の側を走り続けた。その内にふところの菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側みちばたり出す次手ついでに、板草履いたぞうりも其処へ脱ぎ捨ててしまった。すると薄い足袋たびの裏へじかに小石が食いこんだが、足だけははるかに軽くなった。彼は左に海を感じながら、急な坂路さかみちけ登った。時時涙がこみ上げて来ると、自然に顔がゆがんで来る。――それは無理に我慢しても、鼻だけは絶えずくうくう鳴った。
    竹藪の側を駈け抜けると、夕焼けのした日金山ひがねやまの空も、もう火照ほてりが消えかかっていた。良平は、いよいよ気が気でなかった。きとかえりと変るせいか、景色の違うのも不安だった。すると今度は着物までも、汗のれ通ったのが気になったから、やはり必死に駈け続けたなり、羽織を路側みちばたへ脱いで捨てた。
    蜜柑畑へ来る頃には、あたりは暗くなる一方だった。「命さえ助かれば――」良平はそう思いながら、すべってもつまずいても走って行った。
    やっと遠い夕闇ゆうやみの中に、村外れの工事場が見えた時、良平は一思いに泣きたくなった。しかしその時もべそはかいたが、とうとう泣かずに駈け続けた。
    彼の村へはいって見ると、もう両側の家家には、電燈の光がさし合っていた。良平はその電燈の光に、頭から汗の湯気ゆげの立つのが、彼自身にもはっきりわかった。井戸端に水をんでいる女衆おんなしゅうや、畑から帰って来る男衆おとこしゅうは、良平があえぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。が、彼は無言のまま、雑貨屋だの床屋だの、明るい家の前を走り過ぎた。
    彼のうち門口かどぐちへ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き出さずにはいられなかった。その泣き声は彼の周囲まわりへ、一時に父や母を集まらせた。ことに母は何とか云いながら、良平の体をかかえるようにした。が、良平は手足をもがきながら、すすり上げ啜り上げ泣き続けた。その声が余り激しかったせいか、近所の女衆も三四人、薄暗い門口へ集って来た。父母は勿論その人たちは、口口に彼の泣くわけを尋ねた。しかし彼は何と云われても泣き立てるより外に仕方がなかった。あの遠い路を駈け通して来た、今までの心細さをふり返ると、いくら大声に泣き続けても、足りない気もちに迫られながら、…………
    良平は二十六の年、妻子さいしと一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆しゅふでを握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。全然何の理由もないのに?――塵労じんろうに疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………

  • 平山千代子「汽車」駒形美英朗読

    9.82
    Mar 15, 2018

    汽車

    平山千代子

    小学校を卒業した春休み、おばあ様とお母様と節ちやんと洋ちやんと、湯ヶ原の門川温泉へ行つたことがある。三、四日を面白く暮して、いよいよ帰る日だつた。
    随分混んでるので、――夕方六時ごろかしら、――もう、うす暗いころ、熱海発の汽車で帰ることにして、いつもの様に早めに驛へ行つた。蜜柑やら、キビ餅やらのおみやげがあつて荷物は小さいのが大分あつた様に思ふ。番頭さんが驛まで荷物をもつて来てくれた。しばらくして、遠くの方にポツチリと赤く光がみえたと思つたら、その光がみる/\大きくなつてとんで来る。
    「先の方がすいてゐます」といふ番頭さんの言葉と、「二等車は先の方です」といふ助役さんの言葉でホームも、ずつと出外れの方まで行つて待つた。
    誰はこれとこれ、と荷物の分担をきめて待ちかまへる中に、汽車が這入つて来た。先の二輛は二等車だ。先頭のにあかりが入つてゐないのを変だと思つたが、中を通つて次の車に行けるだらうと早呑込して、それ! とばかり六つになる洋ちやんと二人で、馳け出して、一番先の入口からのつた。番頭さんが荷物を入れてくれる。お母様やおばあ様や節ちやんは如何したかと思つたら、次の車にお乗りになつたやうだ。それで次の車に行かうとドアをあけようとしたら、これは又何としたことぞ、ドアがあかない。
    「番頭さん! ドアがあかない!」と助けを求めたが、時すでにおそし、汽車は動き出してしまつた。「こゝへ荷物をおきますよツ」と叫ぶ番頭さんの声を残して……。

    先の一輛は廻送車だつたのだ。入口が開いてるので乗り込んだのだが、中に這入らうとしたらドアがあかない。私達はデツキに立つた儘、皆と分れてしまつた。困つて大声で向ふ側のお母様や車掌さんを呼んでみた。……きこえる様子もない。ぢやあ、機関車の運転手さんに聞こえるかもしれないと二人で一しよに、
    「う、ん、て、ん、しゆ、さ――ん!」と呼んだが、汽車のひびきにかき消されて、これも駄目。機関車と廻送車の間にはさまれて、私たちは呆然としてデツキに立ちすくんだ。
    叫んでもわめいてもきこへないと知つたときは、私さへ泣き出したくなつてしまつた。だけど私はお姉さんだ、私まで泣いたりしたらどんなに洋ちやんが心細いだらう、さう思つて
    「大丈夫よ、だいぢよぶよ」とひきつる顔で無理に笑顔をしてみせた。
    しかし、その大丈夫といふのは、洋ちやんに対してといふよりは、むしろ自分自身へ言つてゐる様な声だつた。
    「仕様がないから汽車がとまつたら降りませうね」と荷物をしらべて小さい軽いのを一つ洋ちやんにもつてもらひ、後の三つか四つを一まとめにして私がもつことにした。汽車はゴウ/\とすごい音をたてゝ走つてゐる。
    あかりがついてゐないから、真暗やみ、わづかに機関車がつけてゐるあかりが洩れて来るのと、後は沿線の電燈がパアーツ、パアーツと行きすぎにてらす位のものだ。
    洋ちやんは案外おちついてゐた。泣き出されでもしたらどうしようと内心ビク/\しながら、御機嫌をとつてゐたのだが、思ひの外落着いて黙つてゐる。二人は片手に荷物をおさへ、片手にお互ひの手をしつかり握つた。とまつたら、と全神経を一つにして待機してゐた。もう、そろ/\着きさうな時分だが、と思つてゐたら、あかりのあか/\とついた停車場を汽車は矢のやうにふつとばして、みる/\うちに後にしてしまつた。
    さうだ! これは急行だつたんだ。私はがつかりして荷物から手を放す。
    「これ急行だから中々とまらないわ、少し、しやがんでませう」と手をつないだまゝしやがみこんだ。外はもう、まつくら……遠くに海が光つてみえる。海岸に点々と赤い燈がつゞいてる。
    「あら! きれいね」
    と云つてみたりするが、心はそれどこぢやない。ボーツと汽笛がすごく大きくきこゑて思はずつないだ手に力がはいる。汽車はトンネルへ這入つた。ゴウ/\とひゞきが壁にこだましてうるさい。中頃まで行つたらパラ/\と水玉がおちて来て、のぼせた顔にふりかかつた。後で考へたのだけれど、トンネル内の湧き水が汽車の進行でおちて来るものらしい。それにしても雨みたいだ。
    こりやたまらない、と車内に逃げ込まうと思つたが、戸は始めから開かなかつたのだ。つい二人とも口が重くなる、黙りこくつてゐると又こわい。ムリに云ひかけてみる。
    「さむくない?」
    「うん、大丈夫……」
    「こわい?」
    「うゝうん」
    これでおしまひだ。つぎ穂がなくて又もとの沈黙へ返つてしまふ。
    「お母様たち心配してらつしやるわよ。ちつとも、こわくなんかないのにね」
    うすあかりの中でかすかに洋ちやんの顔が笑つた。私もそれでほつとしてにつこりする。今度こそ! 今度こそ! と思ふ驛を汽車はおかまひなくすつとばしてしまふ。どの位たつたらうか。十分も一時間に思へる。今の私たちにはあまり長すぎる様な気がした。
    今か! 今か! と待つてゐるのに、あんまりすつとばすので心配になつて来た。
    が、それを云へば洋ちやんが可哀想だし、
    「ねえ、もうじきねえ、きつと、もうすぐよ」
    と念を押す様な、たのむ様な声で云つてみる。
    「うん……」
    しかし、洋ちやんは何を云つても、うん[#底本では「云つても、うん」は「云つても、うん」]ばかりしか応へてくれない。長い/\時間がたつて汽車はやつと小田原へとまつた。町の燈で両側が明るくなつたときの私たちの嬉しさ。
    「今度こそはきつと停つてよ。きつと……」と声をはづませて待つた。
    ホームへすべり込んだ時は、うれしくて胸がワク/\した。やつと汽車はとまつたが、機関車はホームを出外れてしまつたので、デツキから地面迄少したかい。しかし、もう、うれしくてたまらない私たちは、そんなことに気がつかなかつた。
    まづ洋ちやんが飛び下りる。私が洋ちやんの荷物をわたす。そして私も荷物をもつたまゝ夢中で飛び下りた。ホームの方へかけ出しながらみたら、向ふからお母様も走つていらつしやつた。
    お母様をみたら急に体中の力が抜けてしまひ、はりつめた気持がゆるんで泣きさうになつてしまつた。
    「まあよかつた/\! おばあさんも、お母さんもとても心配したのよ」
    とおばあ様は繰り返し/\おつしやつた。
    「洋ちやんが泣いてるだらう。おまへが困つてるだらう、と、とつても気をもんでたのよ。よかつたね」と頭をなでんばかりにおつしやる。
    私は一部始終をかたり、
    「それどころぢやないの。洋ちやんとつても落着いてゝね、何を云つても、ウン/\しか云つてくれないもんで、私の方が泣きたくなつちやつたんですよ」
    「ねー洋ちやん、トンネルん中、雨がふつて面白かつたわね」と私が笑ひかけたら、洋ちやんはみかんを食べながら、又、「うん」と云つた。

  • 夏目漱石「草枕」 四 山口雄介朗読

    28.70
    Mar 14, 2018

    ぽかんと部屋へ帰ると、なるほど奇麗きれいに掃除がしてある。ちょっと気がかりだから、念のため戸棚をあけて見る。下には小さな用箪笥ようだんすが見える。上から友禅ゆうぜん扱帯しごきが半分れかかって、いるのは、誰か衣類でも取り出して急いで、出て行ったものと解釈が出来る。扱帯の上部はなまめかしい衣裳いしょうの間にかくれて先は見えない。片側には書物が少々詰めてある。一番上に白隠和尚はくいんおしょう遠良天釜おらてがまと、伊勢物語いせものがたりの一巻が並んでる。昨夕ゆうべのうつつは事実かも知れないと思った。
    何気なにげなく座布団ざぶとんの上へ坐ると、唐木からきの机の上に例の写生帖が、鉛筆をはさんだまま、大事そうにあけてある。夢中に書き流した句を、朝見たらどんな具合だろうと手に取る。
    海棠かいだうの露をふるふや物狂ものぐるひ」の下にだれだか「海棠の露をふるふや朝烏あさがらす」とかいたものがある。鉛筆だから、書体はしかとわからんが、女にしては硬過かたすぎる、男にしてはやわらか過ぎる。おやとまた吃驚びっくりする。次を見ると「花の影、女の影のおぼろかな」の下に「花の影女の影をかさねけり」とつけてある。「正一位しやういちゐ女に化けて朧月おぼろづき」の下には「御曹子おんざうし女に化けて朧月」とある。真似まねをしたつもりか、添削てんさくした気か、風流のまじわりか、馬鹿か、馬鹿にしたのか、余は思わず首をかたむけた。
    のちほどと云ったから、今にめしの時にでも出て来るかも知れない。出て来たら様子が少しは解るだろう。ときに何時だなと時計を見ると、もう十一時過ぎである。よく寝たものだ。これでは午飯ひるめしだけで間に合せる方が胃のためによかろう。
    右側の障子しょうじをあけて、昨夜ゆうべ名残なごりはどのへんかなと眺める。海棠かいどうと鑑定したのははたして、海棠であるが、思ったよりも庭は狭い。五六枚の飛石とびいしを一面の青苔あおごけが埋めて、素足すあしで踏みつけたら、さも心持ちがよさそうだ。左は山つづきのがけに赤松がななめに岩の間から庭の上へさし出している。海棠のうしろにはちょっとした茂みがあって、奥は大竹藪おおたけやぶが十丈のみどりを春の日にさらしている。右手はむねさえぎられて、見えぬけれども、地勢から察すると、だらだらりに風呂場の方へ落ちているに相違ない。
    山が尽きて、岡となり、岡が尽きて、幅三丁ほどの平地へいちとなり、その平地が尽きて、海の底へもぐり込んで、十七里向うへ行ってまた隆然りゅうぜんと起き上って、周囲六里の摩耶島まやじまとなる。これが那古井なこいの地勢である。温泉場は岡のふもとを出来るだけがけへさしかけて、そばの景色を半分庭へ囲い込んだ一構ひとかまえであるから、前面は二階でも、後ろは平屋ひらやになる。えんから足をぶらさげれば、すぐとかかとこけに着く。道理こそ昨夕は楷子段はしごだんをむやみにのぼったり、くだったり、仕掛しかけうちと思ったはずだ。
    今度は左り側の窓をあける。自然とくぼむ二畳ばかりの岩のなかに春の水がいつともなく、たまって静かに山桜の影を※(「くさかんむり/(酉+隹)/れんが」、第3水準1-91-44)ひたしている。二株三株ふたかぶみかぶ熊笹くまざさが岩の角をいろどる、向うに枸杞くことも見える生垣いけがきがあって、外は浜から、岡へ上る岨道そばみちか時々人声が聞える。往来の向うはだらだらと南下みなみさがりに蜜柑みかんを植えて、谷のきわまる所にまた大きな竹藪が、白く光る。竹の葉が遠くから見ると、白く光るとはこの時初めて知った。藪から上は、松の多い山で、赤い幹の間から石磴せきとうが五六段手にとるように見える。大方おおかた御寺だろう。
    入口のふすまをあけてえんへ出ると、欄干らんかんが四角に曲って、方角から云えば海の見ゆべきはずの所に、中庭をへだてて、表二階の一間ひとまがある。わが住む部屋も、欄干にればやはり同じ高さの二階なのには興が催おされる。湯壺ゆつぼの下にあるのだから、入湯にゅうとうと云う点から云えば、余は三層楼上に起臥きがする訳になる。
    家は随分広いが、向う二階の一間と、余が欄干に添うて、右へ折れた一間のほかは、居室いま台所は知らず、客間と名がつきそうなのは大抵たいてい立て切ってある。客は、余をのぞくのほかほとんど皆無かいむなのだろう。しめた部屋は昼も雨戸あまどをあけず、あけた以上は夜もてぬらしい。これでは表の戸締りさえ、するかしないか解らん。非人情の旅にはもって来いと云う屈強くっきょうな場所だ。
    時計は十二時近くなったがめしを食わせる景色はさらにない。ようやく空腹を覚えて来たが、空山くうざん不見人ひとをみずと云う詩中にあると思うと、一とかたげぐらい倹約しても遺憾いかんはない。をかくのも面倒だ、俳句は作らんでもすでに俳三昧はいざんまいに入っているから、作るだけ野暮やぼだ。読もうと思って三脚几さんきゃくきくくりつけて来た二三冊の書籍もほどく気にならん。こうやって、煦々くくたる春日しゅんじつ背中せなかをあぶって、椽側えんがわに花の影と共に寝ころんでいるのが、天下の至楽しらくである。考えれば外道げどうちる。動くと危ない。出来るならば鼻から呼吸いきもしたくない。畳から根の生えた植物のようにじっとして二週間ばかり暮して見たい。
    やがて、廊下に足音がして、段々下から誰かあがってくる。近づくのを聞いていると、二人らしい。それが部屋の前でとまったなと思ったら、一人はなんにも云わず、元の方へ引き返す。ふすまがあいたから、今朝の人と思ったら、やはり昨夜ゆうべ小女郎こじょろうである。何だか物足らぬ。
    「遅くなりました」とぜんえる。朝食あさめしの言訳も何にも言わぬ。焼肴やきざかなに青いものをあしらって、わんふたをとれば早蕨さわらびの中に、紅白に染め抜かれた、海老えびを沈ませてある。ああ好い色だと思って、椀の中をながめていた。
    御嫌おきらいか」と下女が聞く。
    「いいや、今に食う」と云ったが実際食うのは惜しい気がした。ターナーがある晩餐ばんさんの席で、皿にるサラドを見詰めながら、涼しい色だ、これがわしの用いる色だとかたわらの人に話したと云う逸事をある書物で読んだ事があるが、この海老と蕨の色をちょっとターナーに見せてやりたい。いったい西洋の食物で色のいいものは一つもない。あればサラドと赤大根ぐらいなものだ。滋養の点から云ったらどうか知らんが、画家から見るとすこぶる発達せん料理である。そこへ行くと日本の献立こんだては、吸物すいものでも、口取でも、刺身さしみでも物奇麗ものぎれいに出来る。会席膳かいせきぜんを前へ置いて、一箸ひとはしも着けずに、眺めたまま帰っても、目の保養から云えば、御茶屋へ上がった甲斐かいは充分ある。
    「うちに若い女の人がいるだろう」と椀を置きながら、質問をかけた。
    「へえ」
    「ありゃ何だい」
    「若い奥様でござんす」
    「あのほかにまだ年寄の奥様がいるのかい」
    「去年御亡おなくなりました」
    「旦那さんは」
    「おります。旦那さんの娘さんでござんす」
    「あの若い人がかい」
    「へえ」
    「御客はいるかい」
    「おりません」
    「わたし一人かい」
    「へえ」
    「若い奥さんは毎日何をしているかい」
    「針仕事を……」
    「それから」
    三味しゃみきます」
    これは意外であった。面白いからまた
    「それから」と聞いて見た。
    「御寺へ行きます」と小女郎こじょろうが云う。
    これはまた意外である。御寺と三味線は妙だ。
    「御寺まいりをするのかい」
    「いいえ、和尚様おしょうさまの所へ行きます」
    「和尚さんが三味線でも習うのかい」
    「いいえ」
    「じゃ何をしに行くのだい」
    大徹様だいてつさまの所へ行きます」
    なあるほど、大徹と云うのはこの額を書いた男に相違ない。この句から察すると何でも禅坊主ぜんぼうずらしい。戸棚に遠良天釜おらてがまがあったのは、全くあの女の所持品だろう。
    「この部屋は普段誰か這入はいっている所かね」
    「普段は奥様がおります」
    「それじゃ、昨夕ゆうべ、わたしが来る時までここにいたのだね」
    「へえ」
    「それは御気の毒な事をした。それで大徹さんの所へ何をしに行くのだい」
    「知りません」
    「それから」
    「何でござんす」
    「それから、まだほかに何かするのだろう」
    「それから、いろいろ……」
    「いろいろって、どんな事を」
    「知りません」
    会話はこれで切れる。飯はようやくおわる。膳を引くとき、小女郎が入口のふすまあけたら、中庭の栽込うえこみをへだてて、向う二階の欄干らんかん銀杏返いちょうがえしが頬杖ほおづえを突いて、開化した楊柳観音ようりゅうかんのんのように下を見詰めていた。今朝に引きえて、はなはだ静かな姿である。俯向うつむいて、瞳の働きが、こちらへ通わないから、相好そうごうにかほどな変化を来たしたものであろうか。昔の人は人に存するもの眸子ぼうしより良きはなしと云ったそうだが、なるほど人いずくんぞ※(「广+溲のつくり」、第3水準1-84-15)かくさんや、人間のうちで眼ほど活きている道具はない。寂然じゃくねん亜字欄あじらんの下から、蝶々ちょうちょうが二羽寄りつ離れつ舞い上がる。途端とたんにわが部屋のふすまはあいたのである。襖の音に、女は卒然と蝶から眼を余のかたに転じた。視線は毒矢のごとくくうつらぬいて、会釈えしゃくもなく余が眉間みけんに落ちる。はっと思う間に、小女郎が、またはたと襖を立て切った。あとは至極しごく呑気のんきな春となる。
    余はまたごろりと寝ころんだ。たちまち心に浮んだのは、

    Sadder than is the moon’s lost light,
    Lost ere the kindling of dawn,
    To travellers journeying on,
    The shutting of thy fair face from my sight.

    と云う句であった。もし余があの銀杏返いちょうがえしに懸想けそうして、身をくだいても逢わんと思う矢先に、今のような一瞥いちべつの別れを、魂消たまぎるまでに、嬉しとも、口惜くちおしとも感じたら、余は必ずこんな意味をこんな詩に作るだろう。その上に

    Might I look on thee in death,
    With bliss I would yield my breath.

    と云う二句さえ、付け加えたかも知れぬ。幸い、普通ありふれた、恋とか愛とか云う境界きょうがいはすでに通り越して、そんな苦しみは感じたくても感じられない。しかし今の刹那せつなに起った出来事の詩趣はゆたかにこの五六行にあらわれている。余と銀杏返しの間柄あいだがらにこんなせつないおもいはないとしても、二人の今の関係を、この詩のうち適用あてはめて見るのは面白い。あるいはこの詩の意味をわれらの身の上に引きつけて解釈しても愉快だ。二人の間には、ある因果いんがの細い糸で、この詩にあらわれた境遇の一部分が、事実となって、くくりつけられている。因果もこのくらい糸が細いとにはならぬ。その上、ただの糸ではない。空を横切るにじの糸、野辺のべ棚引たなびかすみの糸、つゆにかがやく蜘蛛くもの糸。切ろうとすれば、すぐ切れて、見ているうちはすぐれてうつくしい。万一この糸が見る間に太くなって井戸縄いどなわのようにかたくなったら? そんな危険はない。余は画工である。先はただの女とは違う。
    突然襖があいた。寝返ねがえりを打って入口を見ると、因果の相手のその銀杏返しが敷居の上に立って青磁せいじはちを盆に乗せたままたたずんでいる。
    「また寝ていらっしゃるか、昨夕ゆうべは御迷惑で御座んしたろう。何返なんべんも御邪魔をして、ほほほほ」と笑う。おくした景色けしきも、隠す景色も――恥ずる景色は無論ない。ただこちらがせんを越されたのみである。
    「今朝はありがとう」とまた礼を云った。考えると、丹前たんぜんの礼をこれで三べん云った。しかも、三返ながら、ただ難有うと云う三字である。
    女は余が起き返ろうとする枕元へ、早くも坐って
    「まあ寝ていらっしゃい。寝ていても話は出来ましょう」と、さも気作きさくに云う。余は全くだと考えたから、ひとまず腹這はらばいになって、両手であごささえ、しばし畳の上へ肘壺ひじつぼの柱を立てる。
    「御退屈だろうと思って、御茶を入れに来ました」
    「ありがとう」またありがとうが出た。菓子皿のなかを見ると、立派な羊羹ようかんが並んでいる。余はすべての菓子のうちでもっとも羊羹がすきだ。別段食いたくはないが、あの肌合はだあいなめらかに、緻密ちみつに、しかも半透明はんとうめいに光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた煉上ねりあげ方は、ぎょく蝋石ろうせきの雑種のようで、はなはだ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れたようにつやつやして、思わず手を出してでて見たくなる。西洋の菓子で、これほど快感を与えるものは一つもない。クリームの色はちょっとやわらかだが、少し重苦しい。ジェリは、一目いちもく宝石のように見えるが、ぶるぶるふるえて、羊羹ほどの重味がない。白砂糖と牛乳で五重の塔を作るに至っては、言語道断ごんごどうだんの沙汰である。
    「うん、なかなか美事みごとだ」
    「今しがた、源兵衛が買って帰りました。これならあなたに召し上がられるでしょう」
    源兵衛は昨夕城下じょうかとまったと見える。余は別段の返事もせず羊羹を見ていた。どこで誰れが買って来ても構う事はない。ただ美くしければ、美くしいと思うだけで充分満足である。
    「この青磁の形は大変いい。色も美事だ。ほとんど羊羹に対して遜色そんしょくがない」
    女はふふんと笑った。口元くちもとあなどりの波がかすかにれた。余の言葉を洒落しゃれと解したのだろう。なるほど洒落とすれば、軽蔑けいべつされるあたいはたしかにある。智慧ちえの足りない男が無理に洒落れた時には、よくこんな事を云うものだ。
    「これは支那ですか」
    「何ですか」と相手はまるで青磁を眼中に置いていない。
    「どうも支那らしい」と皿を上げて底をながめて見た。
    「そんなものが、御好きなら、見せましょうか」
    「ええ、見せて下さい」
    「父が骨董こっとうが大好きですから、だいぶいろいろなものがあります。父にそう云って、いつか御茶でも上げましょう」
    茶と聞いて少し辟易へきえきした。世間に茶人ちゃじんほどもったいぶった風流人はない。広い詩界をわざとらしく窮屈に縄張なわばりをして、きわめて自尊的に、極めてことさらに、極めてせせこましく、必要もないのに鞠躬如きくきゅうじょとして、あぶくを飲んで結構がるものはいわゆる茶人である。あんな煩瑣はんさな規則のうちに雅味があるなら、麻布あざぶ聯隊れんたいのなかは雅味で鼻がつかえるだろう。廻れ右、前への連中はことごとく大茶人でなくてはならぬ。あれは商人とか町人とか、まるで趣味の教育のない連中が、どうするのが風流か見当がつかぬところから、器械的に利休りきゅう以後の規則を鵜呑うのみにして、これでおおかた風流なんだろう、とかえって真の風流人を馬鹿にするための芸である。
    「御茶って、あの流儀のある茶ですかな」
    「いいえ、流儀も何もありゃしません。御厭おいやなら飲まなくってもいい御茶です」
    「そんなら、ついでに飲んでもいいですよ」
    「ほほほほ。父は道具を人に見ていただくのが大好きなんですから……」
    めなくっちゃあ、いけませんか」
    「年寄りだから、褒めてやれば、嬉しがりますよ」
    「へえ、少しなら褒めて置きましょう」
    「負けて、たくさん御褒めなさい」
    「はははは、時にあなたの言葉は田舎いなかじゃない」
    「人間は田舎なんですか」
    「人間は田舎の方がいいのです」
    「それじゃはばきます」
    「しかし東京にいた事がありましょう」
    「ええ、いました、京都にもいました。渡りものですから、方々にいました」
    「ここと都と、どっちがいいですか」
    「同じ事ですわ」
    「こう云う静かな所が、かえって気楽でしょう」
    「気楽も、気楽でないも、世の中は気の持ちよう一つでどうでもなります。のみの国がいやになったって、の国へ引越ひっこしちゃ、なんにもなりません」
    「蚤も蚊もいない国へ行ったら、いいでしょう」
    「そんな国があるなら、ここへ出して御覧なさい。さあ出してちょうだい」と女はめ寄せる。
    「御望みなら、出して上げましょう」と例の写生帖をとって、女が馬へ乗って、山桜を見ている心持ち――無論とっさの筆使いだから、にはならない。ただ心持ちだけをさらさらと書いて、
    「さあ、この中へ御這入おはいりなさい。蚤も蚊もいません」と鼻のさきへ突きつけた。驚くか、恥ずかしがるか、この様子では、よもや、苦しがる事はなかろうと思って、ちょっと景色けしきうかがうと、
    「まあ、窮屈きゅうくつな世界だこと、横幅よこはばばかりじゃありませんか。そんな所が御好きなの、まるでかにね」と云って退けた。余は
    「わはははは」と笑う。軒端のきばに近く、きかけたうぐいすが、中途で声をくずして、遠きかたへ枝移りをやる。両人ふたりはわざと対話をやめて、しばらく耳をそばだてたが、いったん鳴きそこねた咽喉のどは容易にけぬ。
    昨日きのうは山で源兵衛に御逢おあいでしたろう」
    「ええ」
    長良ながら乙女おとめ五輪塔ごりんのとうを見ていらしったか」
    「ええ」
    「あきづけば、をばなが上に置く露の、けぬべくもわは、おもほゆるかも」と説明もなく、女はすらりと節もつけずに歌だけ述べた。何のためか知らぬ。
    「その歌はね、茶店で聞きましたよ」
    「婆さんが教えましたか。あれはもと私のうちへ奉公したもので、私がまだ嫁に……」と云いかけて、これはとの顔を見たから、余は知らぬふうをしていた。
    「私がまだ若い時分でしたが、あれが来るたびに長良の話をして聞かせてやりました。うただけはなかなか覚えなかったのですが、何遍もくうちに、とうとう何もかも諳誦あんしょうしてしまいました」
    「どうれで、むずかしい事を知ってると思った。――しかしあの歌はあわれな歌ですね」
    「憐れでしょうか。私ならあんな歌はみませんね。第一、淵川ふちかわへ身を投げるなんて、つまらないじゃありませんか」
    「なるほどつまらないですね。あなたならどうしますか」
    「どうするって、訳ないじゃありませんか。ささだ男もささべ男も、男妾おとこめかけにするばかりですわ」
    「両方ともですか」
    「ええ」
    「えらいな」
    「えらかあない、当り前ですわ」
    「なるほどそれじゃ蚊の国へも、蚤の国へも、飛び込まずに済む訳だ」
    「蟹のような思いをしなくっても、生きていられるでしょう」
    ほーう、ほけきょうと忘れかけたうぐいすが、いついきおいを盛り返してか、時ならぬ高音たかねを不意に張った。一度立て直すと、あとは自然に出ると見える。身をさかしまにして、ふくらむ咽喉のどの底をふるわして、小さき口の張り裂くるばかりに、
    ほーう、ほけきょーう。ほーー、ほけっーきょうーと、つづけさまさえずる。
    「あれが本当の歌です」と女が余に教えた。

    青空文庫より

  • 北條民雄「すみれ」駒形美英朗読

    8.57
    Mar 07, 2018

    すみれ

    北條民雄

    昼でも暗いような深い山奥で、音吉じいさんは暮して居りました。三年ばかり前に、おばあさんが亡くなったので、じいさんはたった一人ぼっちでした。じいさんには今年二十になる息子が、一人ありますけれども、遠く離れた町へ働きに出て居りますので、時々手紙の便りがあるくらいなもので、顔を見ることも出来ません。じいさんはほんとうに侘しいその日その日を送って居りました。
    こんな人里はなれた山の中ですから、通る人もなく、昼間でも時々ふくろうの声が聞えたりする程でした。取り分け淋しいのは、お日様がとっぷりと西のお山に沈んでしまって、真っ黒い風が木の葉を鳴かせる暗い夜です。じいさんがじっと囲炉裏いろりの横に坐っていると、遠くの峠のあたりから、ぞうっと肌が寒くなるような狼の声が聞えて来たりするのでした。
    そんな時じいさんは、静かに、囲炉裏に掌をかざしながら、亡くなったおばあさんのことや、遠い町にいる息子のことを考えては、たった一人の自分が、悲しくなるのでした。
    おばあさんが生きていた時分は、二人で息子のことを語り合って、お互に慰め合うことも出来ましたけれど、今ではそれも出来ませんでした。
    来る日も来る日も何の楽しみもない淋しい日ばかりで、じいさんはだんだん山の中に住むのが嫌になって来ました。
    「ああ嫌だ嫌だ。もうこんな一人ぼっちの暮しは嫌になった。」
    そう言っては今まで何よりも好きであった仕事にも手がつかないのでした。
    そして、或日のこと、じいさんは膝をたたきながら
    「そうだ! そうだ! わしは町へ行こう。町には電車だって汽車だって、まだ見たこともない自動車だってあるんだ。それから舌のとろけるような、おいしいお菓子だってあるに違いない。そうだそうだ! 町の息子の所へ行こう。」
    じいさんはそう決心しました。
    「こんなすてきなことに、わしはどうして、今まで気がつかなかったのだろう。」
    そう言いながら、じいさんは早速町へ行く支度に取りかかりました。ところが、その時庭の片すみで、しょんぼりと咲いている、小さなすみれの花がじいさんの眼に映りました。
    「おや。」
    と言ってすみれの側へ近よって見ると、それは、ほんとうに小さくて、淋しそうでしたが、その可愛い花びらは、澄み切った空のように青くて、宝石のような美しさです。
    「ふうむ。わしはこの年になるまで、こんな綺麗なすみれは見たことはない。」
    と思わず感嘆しました。けれど、それが余り淋しそうなので、
    「すみれ、すみれ、お前はどうしてそんなに淋しそうにしているのかね。」
    と尋ねました。
    すみれは、黙ってなんにも答えませんでした。
    その翌日、じいさんは、いよいよ町へ出発しようと思って、わらじを履いている時、ふと昨日のすみれを思い出しました。
    すみれは、やっぱり昨日のように、淋し気に咲いて居ります。じいさんは考えました。
    「わしが町へ行ってしまったら、このすみれはどんなに淋しがるだろう。こんな小さな体で、一生懸命に咲いているのに。」
    そう思うと、じいさんはどうしても町へ出かけることが出来ませんでした。
    そしてその翌日もその次の日も、じいさんはすみれのことを思い出してどうしても出発することが出来ませんでした。
    「わしが町へ出てしまったら、すみれは一晩で枯れてしまうに違いない。」
    じいさんはそういうことを考えては、町へ行く日を一日一日伸ばして居りました。
    そして、毎日すみれの所へ行っては、水をかけてやったり、こやしをやったりしました。その度にすみれは、うれしそうにほほ笑んで
    「ありがとう、ありがとう。」
    とじいさんにお礼を言うのでした。
    すみれはますます美しく、清く咲き続けました。じいさんも、すみれを見ている間は、町へ行くことも忘れてしまうようになりました。
    或日のこと、じいさんは
    「お前は、そんなに美しいのに、誰も見てくれないこんな山の中に生れて、さぞ悲しいことだろう。」
    と言うと
    「いいえ。」
    とすみれは答えました。
    「お前は、歩くことも動くことも出来なくて、なんにも面白いことはないだろう。」
    と尋ねると
    「いいえ。」
    と又答えるのでした。
    「どうしてだろう。」
    と、じいさんが不思議そうに首をひねって考えこむと
    「わたしはほんとうに、毎日、楽しい日ばかりですの。」
    「体はこんなに小さいし、歩くことも動くことも出来ません。けれど体がどんなに小さくても、あの広い広い青空も、そこを流れて行く白い雲も、それから毎晩砂金のように光る美しいお星様も、みんな見えます。こんな小さな体で、あんな大きなお空が、どうして見えるのでしょう。わたしは、もうそのことだけでも、誰よりも幸福なのです。」
    「ふうむ。」
    とじいさんは、すみれの言菓を聞いて考え込みました。
    「それから、誰も見てくれる人がなくても、わたしは一生懸命に、出来る限り美しく咲きたいの。どんな山の中でも、谷間でも、力一パイに咲き続けて、それからわたし枯れたいの。それだけがわたしの生きている務めです。」
    すみれは静かにそう語りました。だまって聞いていた音吉じいさんは
    「ああ、なんというお前は利口な花なんだろう。そうだ、わしも、町へ行くのはやめにしよう。」
    じいさんは町へ行くのをやめて了いました。そしてすみれと一所に、すみ切った空を流れて行く綿のような雲を眺めました。

  • 芥川龍之介「虎の話」駒形美英朗読

    6.43
    Mar 06, 2018

    虎の話

    芥川龍之介

    師走しはすの或、父は五歳になる男の子をき、一しよに炬燵こたつへはひつてゐる。
    子 お父さんなにかお話しをして!
    父 なんの話?
    子 なんでも。……うん、虎のお話がいや。
    父 虎の話? 虎の話は困つたな。
    子 よう、虎の話をさあ。
    父 虎の話と。……ぢや虎の話をして上げよう。昔、朝鮮のらつぱそつがね、すつかりお酒に酔つ払らつて、山路やまみちにぐうぐう寝てゐたとさ。すると顔が濡れるもんだから、何かと思つて目をさますと、いつのにか大きい虎が一匹、の先に水をつけてはらつぱ卒の顔を撫でてゐたとさ。
    子 どうして?
    父 そりやらつぱ卒が酔つぱらつてゐたから、お酒つ臭いにほひをなくした上、食べることにしようと思つたのさ。
    子 それから?
    父 それかららつぱ卒は覚悟をきめて、力一ぱい持つてゐたらつぱを虎のお尻へ突き立てたとさ。虎は痛いのにびつくりして、どんどん町の方へ逃げ出したとさ。
    子 死ななかつたの?
    父 そのうちに町のまん中へ来ると、とうとうお尻の傷の為に倒れて死んでしまつたとさ。けれどもお尻に立つてゐたらつぱは虎の死んでしまふまで、ぶうぶう鳴りつづけに鳴つてゐたとさ。
    子 (笑ふ)らつぱ卒は?
    父 らつぱ卒は大へん褒められて虎退治の御褒美ごはうびを貰つたつて……さあ、それでおしまひだよ。
    子 いやだ。何かもう一つ。
    父 今度は虎の話ぢやないよ。
    子 ううん、今度も虎のお話をして。
    父 そんなに虎の話ばかりありやしない。ええと、何かなかつたかな?……ああ、ぢやもう一つして上げよう。これも朝鮮の猟師がね、或山奥へ狩をしに行つたら、丁度ちやうど目の下の谷底に虎が一匹歩いてゐたとさ。
    子 大きい虎?
    父 うん、大きい虎がね。猟師はい獲物だと思つて早速さつそく鉄砲へ玉をこめたとさ。
    子 打つたの?
    父 ところが打たうとした時にね、虎はいきなり身をちぢめたと思ふと、向うの大岩に飛びあがつたとさ。けれども宙へ躍り上つたぎり、生憎あいにく大岩へとどかないうちに地びたへ落ちてしまつたとさ。
    子 それから?
    父 それから虎はもう一度もとの処へ帰つて来た上、又大岩へ飛びかかつたとさ。
    子 今度はうまく飛びついた?
    父 今度もまた落ちてしまつたとさ。すると如何いかにもはづかしさうに長いを垂らしたなり、何処どこかへ行つてしまつたとさ。
    子 ぢや虎は打たなかつたの?
    父 うん、あんまりその容子ようすが人間のやうに見えたもんだから、可哀かはいさうになつてよしてしまつたつて。
    子 つまらないなあ、そんなお話。何かもう一つ虎のお話をして。
    父 もう一つ? 今度は猫の話をしよう。長靴をはいた猫の話を。
    子 ううん、もう一つ虎のお話をして。
    父 仕かたがないな。……ぢや昔大きい虎がね。子虎を三匹持つてゐたとさ。虎はいつも日暮になると三匹の子虎と遊んでゐたとさ。それからよる洞穴ほらあなへはひつて三匹の子虎と一しよに寝たとさ。……おい、寝ちまつちやいけないよ。
    子 (眠むさうに)うん。
    父 ところが或秋の日の暮、虎は猟師の矢を受けて、死なないばかりになつて帰つて来たとさ。なんにも知らない三匹の子虎はすぐに虎にじやれついたとさ。すると虎はいつものやうに躍つたりはねたりして遊んだとさ。それから又夜もいつものやうに洞穴へはひつて一しよに寝たとさ。けれども夜明けになつて見ると、虎は、いつか三匹の子虎のまん中へはひつて死んでゐたとさ。子虎は皆驚いて、……おい、おきてゐるかい?
    子 (寝入つて答へをしない)……
    父 おい、誰かゐないか? こいつはもう寝てしまつたよ。
    遠くで「はい、唯今」といふ返事が聞える。

    (大正十四年十二月)

  • 北條民雄「柊の垣のうちから」石丸絹子朗読

    40.57
    Feb 27, 2018

    心の中に色々な苦しいことや悩しいことが生じた場合、人は誰でもその苦しみや懊悩を他人に打明け、理解されたいといふ激しい慾望を覚えるのではないだらうか? そして内心の苦しみが激しければ激しいほど、深ければ深いほど、その慾望はひとしほ熾烈なものとなり、時としてはもはや自分の気持は絶対に他人に伝へることは不可能だと思はれ、そのために苛立ち焦燥し、遂には眼に見える樹木や草花やその他一切のものに向つてどなり泣き喚いてみたくすらなるのではあるまいか? 少くとも私の経験ではさうであつた。
    或はまた、かうした苦悩の場合のみではなく、反対に心の中が満ち溢れ、幸福と平和とに浮き立つ時も、やはりその喜悦を人に語り共感されたい慾望を覚えるであらう。そしてその喜悦を語り得る相手を自己の周囲に有たぬ場合、それは往々かへつて悲しみと変じ、孤独の意識となつて自らを虐げさへもするのではあるまいか。多分あなたにもその経験はおありのことであらう、もしあなたが真実の苦しみに出合つた方であるならば……。そして私がこのやうなものを書かねばゐられぬ気持を解いて下さるであらう。
    とは言ひながら、私は自分の私生活を語るに際して、多くの努力と勇気とを必要とする。先づ第一にかやうな手紙を書くことの嫌悪、それから自己侮蔑の感情、即ちこのやうなつまらぬ私生活を社会に投げ出してそれが何になる、お前個人のくだらぬ苦悩や喜悦が社会にとつて問題たり得るのか、お前は単に一匹の二十日鼠、或は毛の生えた虱にすぎないではないか、社会が個人にとつて問題であるならば個人は社会にとつて問題だと信じるのか? しかしさやうな信念は十八世紀の夢に過ぎないのだ――等々と戦はねばならないのである。この場合私の武器とする唯一つのものは愛情、もし愛情といふ言葉がてれ臭いならば共感でもよい、私は私の中にある、誰かに共感されたい、といふ慾求を信じる。
    一例をあげれば、われわれはフロオベルがジョルジュ・サンドに与へた書簡を持つてゐる。われわれにとつて重要なことは、自己の生活を亡ぼし、人間とは何ものでもない、作品が凡てなのだと信じたフロオベルが、かかる書簡を書かねばゐられなかつたといふその点にある。