2016年12月

  • 西村俊彦朗読悟浄歎異―沙門悟浄の手記―中島敦

    昼餉ひるげののち、師父しふが道ばたの松の樹の下でしばらくいこうておられる間、悟空ごくう八戒はっかいを近くの原っぱに連出して、変身の術の練習をさせていた。
    「やってみろ!」と悟空が言う。「りゅうになりたいとほんとうに思うんだ。いいか。ほんとうにだぜ。この上なしの、突きつめた気持で、そう思うんだ。ほかの雑念はみんなててだよ。いいか。本気にだぜ。この上なしの・とことんの・本気にだぜ。」
    「よし!」と八戒は眼を閉じ、いんを結んだ。八戒の姿が消え、五尺ばかりの青大将あおだいしょうが現われた。そばで見ていたおれは思わず吹出してしまった。
    「ばか! 青大将にしかなれないのか!」と悟空がしかった。青大将が消えて八戒が現われた。「だめだよ、おれは。まったくどうしてかな?」と八戒は面目なげに鼻を鳴らした。
    「だめだめ。てんで気持がらないんじゃないか、お前は。もう一度やってみろ。いいか。真剣に、かけ値なしの真剣になって、竜になりたい竜になりたいと思うんだ。竜になりたいという気持だけになって、お前というものが消えてしまえばいいんだ。」
    よし、もう一度と八戒は印を結ぶ。今度は前と違って奇怪なものが現われた。錦蛇にしきへびには違いないが、小さな前肢まえあしが生えていて、大蜥蜴おおとかげのようでもある。しかし、腹部は八戒自身に似てブヨブヨふくれており、短い前肢で二、三歩うと、なんとも言えない無恰好ぶかっこうさであった。俺はまたゲラゲラ笑えてきた。
    「もういい。もういい。めろ!」と悟空が怒鳴る。頭をき掻き八戒が現われる。

    悟空。お前の竜になりたいという気持が、まだまだ突きつめていないからだ。だからだめなんだ。
    八戒。そんなことはない。これほど一生懸命に、竜になりたい竜になりたいと思いつめているんだぜ。こんなに強く、こんなにひたむきに。
    悟空。お前にそれができないということが、つまり、お前の気持の統一がまだ成っていないということになるんだ。
    八戒。そりゃひどいよ。それは結果論じゃないか。
    悟空。なるほどね。結果からだけ見て原因を批判することは、けっして最上のやり方じゃないさ。しかし、この世では、どうやらそれがいちばん実際的に確かな方法のようだぜ。今のお前の場合なんか、明らかにそうだからな。

    西村俊彦朗読「山月記」中島敦

  • 江戸川乱歩「少年探偵団」10 別役みか朗読 消えるインド人


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    別役みか朗読「少年探偵団」のろいの宝石江戸川乱歩

    のろいの宝石

    さて、門の前に遊んでいた女の子がさらわれた、その夜のことです。篠崎始君のおとうさまは、ひじょうに心配そうなごようすで、顔色も青ざめて、おかあさまと始君とを、ソッと、奥の座敷へお呼びになりました。
    始君は、おとうさまの、こんなうちしずまれたごようすを、あとにも先にも見たことがありませんでした。
    「いったい、どうなすったのだろう。なにごとがおこったのだろう。」
    と、おかあさまも始君も、気がかりで胸がドキドキするほどでした。
    おとうさまは座敷のとこの間の前に、腕組みをしてすわっておいでになります。その床の間には、いつも花びんのおいてある紫檀したんの台の上に、今夜はみょうなものがおいてあるのです。
    内がわを紫色のビロードではりつめた四角な箱の中に、おそろしいほどピカピカ光る、直径一センチほどの玉がはいっています。
    始君は、こんな美しい宝石が、おうちにあることを、今まで少しも知りませんでした。
    「わたしはまだ、おまえたちに、この宝石にまつわる、おそろしいのろいの話をしたことがなかったね。わたしは、そんな話を信じていなかった。つまらない話を聞かせて、おまえたちを心配させることはないと思って、きょうまでだまっていたのだ。
    けれども、もう、おまえたちにかくしておくことができなくなった。ゆうべからの少女誘かいさわぎは、どうもただごとではないように思う。わたしたちは、用心しなければならぬのだ。」
    おとうさまは、うちしずんだ声で、何かひじょうに重大なことを、お話になろうとするようすでした。

    青空文庫より