山口雄介

  • 夏目漱石「三四郎」二 山口雄介朗読

    Aug 21, 2018

    三四郎が東京で驚いたものはたくさんある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。それからそのちんちん鳴るあいだに、非常に多くの人間が乗ったり降りたりするので驚いた。次に丸の内で驚いた。もっとも驚いたのは、どこまで行っても東京がなくならないということであった。しかもどこをどう歩いても、材木がほうり出してある、石が積んである、新しい家が往来から二、三間引っ込んでいる、古い蔵が半分とりくずされて心細く前の方に残っている。すべての物が破壊されつつあるようにみえる。そうしてすべての物がまた同時に建設されつつあるようにみえる。たいへんな動き方である。
    三四郎はまったく驚いた。要するに普通のいなか者がはじめて都のまん中に立って驚くと同じ程度に、また同じ性質において大いに驚いてしまった。今までの学問はこの驚きを予防するうえにおいて、売薬ほどの効能もなかった。三四郎の自信はこの驚きとともに四割がた減却した。不愉快でたまらない。
    この劇烈な活動そのものがとりもなおさず現実世界だとすると、自分が今日までの生活は現実世界にごうも接触していないことになる。ほらとうげで昼寝をしたと同然である。それではきょうかぎり昼寝をやめて、活動の割り前が払えるかというと、それは困難である。自分は今活動の中心に立っている。けれども自分はただ自分の左右前後に起こる活動を見なければならない地位に置きかえられたというまでで、学生としての生活は以前と変るわけはない。世界はかように動揺する。自分はこの動揺を見ている。けれどもそれに加わることはできない。自分の世界と現実の世界は、一つ平面に並んでおりながら、どこも接触していない。そうして現実の世界は、かように動揺して、自分を置き去りにして行ってしまう。はなはだ不安である。
    三四郎は東京のまん中に立って電車と、汽車と、白い着物を着た人と、黒い着物を着た人との活動を見て、こう感じた。けれども学生生活の裏面に横たわる思想界の活動にはごうも気がつかなかった。――明治の思想は西洋の歴史にあらわれた三百年の活動を四十年で繰り返している。
    三四郎が動く東京のまん中に閉じ込められて、一人ひとりでふさぎこんでいるうちに、国元の母から手紙が来た。東京で受け取った最初のものである。見るといろいろ書いてある。まず今年ことしは豊作でめでたいというところから始まって、からだを大事にしなくってはいけないという注意があって、東京の者はみんな利口で人が悪いから用心しろと書いて、学資は毎月月末に届くようにするから安心しろとあって、勝田かつたまささんの従弟いとこに当る人が大学校を卒業して、理科大学とかに出ているそうだから、尋ねて行って、万事よろしく頼むがいいで結んである。肝心かんじんの名前を忘れたとみえて、欄外というようなところに野々宮宗八ののみやそうはちどのと書いてあった。この欄外にはそのほか二、三件ある。さく青馬あおが急病で死んだんで、作は大弱りである。三輪田みわたのおみつさんがあゆをくれたけれども、東京へ送ると途中で腐ってしまうから、家内うちで食べてしまった、等である。
    三四郎はこの手紙を見て、なんだか古ぼけた昔から届いたような気がした。母にはすまないが、こんなものを読んでいる暇はないとまで考えた。それにもかかわらず繰り返して二へん読んだ。要するに自分がもし現実世界と接触しているならば、今のところ母よりほかにないのだろう。その母は古い人で古いいなかにおる。そのほかには汽車の中で乗り合わした女がいる。あれは現実世界の稲妻いなずまである。接触したというには、あまりに短くってかつあまりに鋭すぎた。――三四郎は母の言いつけどおり野々宮宗八を尋ねることにした。
    あくる日は平生よりも暑い日であった。休暇中だから理科大学を尋ねても野々宮君はおるまいと思ったが、母が宿所を知らせてこないから、聞き合わせかたがた行ってみようという気になって、午後四時ごろ、高等学校の横を通って弥生町やよいちょうの門からはいった。往来はほこりが二寸も積もっていて、その上に下駄げたの歯や、くつの底や、草鞋わらじの裏がきれいにできあがってる。車の輪と自転車のあとは幾筋だかわからない。むっとするほどたまらない道だったが、構内へはいるとさすがに木の多いだけに気分がせいせいした。とっつきの戸をあたってみたら錠が下りている。裏へ回ってもだめであった。しまいに横へ出た。念のためと思って押してみたら、うまいぐあいにあいた。廊下の四つ角に小使が一人居眠りをしていた。来意を通じると、しばらくのあいだは、正気を回復するために、上野うえのの森をながめていたが、突然「おいでかもしれません」と言って奥へはいって行った。すこぶる閑静である。やがてまた出て来た。
    「おいででやす。おはいんなさい」と友だちみたように言う。小使にくっついて行くと四つ角を曲がって和土たたきの廊下を下へ降りた。世界が急に暗くなる。炎天で目がくらんだ時のようであったがしばらくするとひとみがようやくおちついて、あたりが見えるようになった。穴倉だから比較的涼しい。左の方に戸があって、その戸があけ放してある。そこから顔が出た。額の広い目の大きな仏教に縁のあるそうである。縮みのシャツの上へ背広を着ているが、背広はところどころにしみがある。背はすこぶる高い。やせているところが暑さに釣り合っている。頭と背中を一直線に前の方へ延ばしてお辞儀をした。
    「こっちへ」と言ったまま、顔を部屋へやの中へ入れてしまった。三四郎は戸の前まで来て部屋の中をのぞいた。すると野々宮君はもう椅子いすへ腰をかけている。もう一ぺん「こっちへ」と言った。こっちへと言うところに台がある。四角な棒を四本立てて、その上を板で張ったものである。三四郎は台の上へ腰をかけて初対面の挨拶をする。それからなにぶんよろしく願いますと言った。野々宮君はただはあ、はあと言って聞いている。その様子がいくぶんか汽車の中で水蜜桃すいみつとうを食った男に似ている。ひととおり口上こうじょうを述べた三四郎はもう何も言う事がなくなってしまった。野々宮君もはあ、はあ言わなくなった。
    部屋の中を見回すとまん中に大きな長いかしのテーブルが置いてある。その上にはなんだかこみいった、太い針金だらけの器械が乗っかって、そのわきに大きなガラスのはちに水が入れてある。そのほかにやすりとナイフとえり飾りが一つ落ちている。最後に向こうのすみを見ると、三尺ぐらいの花崗石みかげいしの台の上に、福神漬ふくじんづけかんほどな複雑な器械が乗せてある。三四郎はこの缶の横っ腹にあいている二つの穴に目をつけた。穴が蟒蛇うわばみの目玉のように光っている。野々宮君は笑いながら光るでしょうと言った。そうして、こういう説明をしてくれた。
    「昼間のうちに、あんな準備したくをしておいて、夜になって、交通その他の活動が鈍くなるころに、この静かな暗い穴倉で、望遠鏡の中から、あの目玉のようなものをのぞくのです。そうして光線の圧力を試験する。今年の正月ごろからとりかかったが、装置がなかなかめんどうなのでまだ思うような結果が出てきません。夏は比較的こらえやすいが、寒夜になると、たいへんしのぎにくい。外套がいとうを着て襟巻をしても冷たくてやりきれない。……」
    三四郎は大いに驚いた。驚くとともに光線にどんな圧力があって、その圧力がどんな役に立つんだか、まったく要領を得るに苦しんだ。
    その時野々宮君は三四郎に、「のぞいてごらんなさい」と勧めた。三四郎はおもしろ半分、石の台の二、三間手前にある望遠鏡のそばへ行って右の目をあてがったが、なんにも見えない。野々宮君は「どうです、見えますか」と聞く。「いっこう見えません」と答えると、「うんまだふたが取らずにあった」と言いながら、椅子を立って望遠鏡の先にかぶせてあるものをけてくれた。
    見ると、ただ輪郭のぼんやりした明るいなかに、物差しの度盛りがある。下に2の字が出た。野々宮君がまた「どうです」と聞いた。「2の字が見えます」と言うと、「いまに動きます」と言いながら向こうへ回って何かしているようであった。
    やがて度盛りが明るいなかで動きだした。2が消えた。あとから3が出る。そのあとから4が出る。5が出る。とうとう10まで出た。すると度盛りがまた逆に動きだした。10が消え、9が消え、8から7、7から6と順々に1まで来てとまった。野々宮君はまた「どうです」と言う。三四郎は驚いて、望遠鏡から目を放してしまった。度盛りの意味を聞く気にもならない。
    丁寧に礼を述べて穴倉を上がって、人の通る所へ出て見ると世の中はまだかんかんしている。暑いけれども深い息をした。西の方へ傾いた日が斜めに広い坂を照らして、坂の上の両側にある工科の建築のガラス窓が燃えるように輝いている。空は深く澄んで、澄んだなかに、西の果から焼ける火の炎が、薄赤く吹き返してきて、三四郎の頭の上までほてっているように思われた。横に照りつける日を半分背中に受けて、三四郎は左の森の中へはいった。その森も同じ夕日を半分背中に受けている。黒ずんだ青い葉と葉のあいだは染めたように赤い。太いけやきの幹で日暮らしが鳴いている。三四郎は池のそばへ来てしゃがんだ。
    非常に静かである。電車の音もしない。赤門あかもんの前を通るはずの電車は、大学の抗議で小石川こいしかわを回ることになったと国にいる時分新聞で見たことがある。三四郎は池のはたにしゃがみながら、ふとこの事件を思い出した。電車さえ通さないという大学はよほど社会と離れている。
    たまたまその中にはいってみると、穴倉の下で半年余りも光線の圧力の試験をしている野々宮君のような人もいる。野々宮君はすこぶる質素な服装なりをして、外で会えば電燈会社の技手くらいな格である。それで穴倉の底を根拠地として欣然きんぜんとたゆまずに研究を専念にやっているから偉い。しかし望遠鏡の中の度盛りがいくら動いたって現実世界と交渉のないのは明らかである。野々宮君は生涯しょうがい現実世界と接触する気がないのかもしれない。要するにこの静かな空気を呼吸するから、おのずからああいう気分にもなれるのだろう。自分もいっそのこと気を散らさずに、生きた世の中と関係のない生涯を送ってみようかしらん。
    三四郎がじっとして池のおもてを見つめていると、大きな木が、幾本となく水の底に映って、そのまた底に青い空が見える。三四郎はこの時電車よりも、東京よりも、日本よりも、遠くかつはるかな心持ちがした。しかししばらくすると、その心持ちのうちに薄雲のような寂しさがいちめんに広がってきた。そうして、野々宮君の穴倉にはいって、たった一人ですわっているかと思われるほどな寂寞せきばくを覚えた。熊本の高等学校にいる時分もこれより静かな竜田山たつたやまに上ったり、月見草ばかりはえている運動場に寝たりして、まったく世の中を忘れた気になったことは幾度となくある、けれどもこの孤独の感じは今はじめて起こった。
    活動の激しい東京を見たためだろうか。あるいは――三四郎はこの時赤くなった。汽車で乗り合わした女の事を思い出したからである。――現実世界はどうも自分に必要らしい。けれども現実世界はあぶなくて近寄れない気がする。三四郎は早く下宿に帰って母に手紙を書いてやろうと思った。
    ふと目を上げると、左手の丘の上に女が二人立っている。女のすぐ下が池で、向こう側が高いがけ木立こだちで、その後がはでな赤煉瓦あかれんがのゴシック風の建築である。そうして落ちかかった日が、すべての向こうから横に光をとおしてくる。女はこの夕日に向いて立っていた。三四郎のしゃがんでいる低い陰から見ると丘の上はたいへん明るい。女の一人はまぼしいとみえて、団扇うちわを額のところにかざしている。顔はよくわからない。けれども着物の色、帯の色はあざやかにわかった。白い足袋たびの色も目についた。鼻緒はなおの色はとにかく草履ぞうりをはいていることもわかった。もう一人はまっしろである。これは団扇もなにも持っていない。ただ額に少ししわを寄せて、向こう岸からおいかぶさりそうに、高く池の面に枝を伸ばした古木の奥をながめていた。団扇を持った女は少し前へ出ている。白いほうは一足土堤どての縁からさがっている。三四郎が見ると、二人の姿が筋かいに見える。
    この時三四郎の受けた感じはただきれいな色彩だということであった。けれどもいなか者だから、この色彩がどういうふうにきれいなのだか、口にも言えず、筆にも書けない。ただ白いほうが看護婦だと思ったばかりである。
    三四郎はまたみとれていた。すると白いほうが動きだした。用事のあるような動き方ではなかった。自分の足がいつのまにか動いたというふうであった。見ると団扇を持った女もいつのまにかまた動いている。二人は申し合わせたように用のない歩き方をして、坂を降りて来る。三四郎はやっぱり見ていた。
    坂の下に石橋がある。渡らなければまっすぐに理科大学の方へ出る。渡れば水ぎわを伝ってこっちへ来る。二人は石橋を渡った。
    団扇はもうかざしていない。左の手に白い小さな花を持って、それをかぎながら来る。かぎながら、鼻の下にあてがった花を見ながら、歩くので、目は伏せている。それで三四郎から一間ばかりの所へ来てひょいととまった。
    「これはなんでしょう」と言って、仰向いた。頭の上には大きなしいの木が、日の目のもらないほど厚い葉を茂らして、丸い形に、水ぎわまで張り出していた。
    「これは椎」と看護婦が言った。まるで子供に物を教えるようであった。
    「そう。実はなっていないの」と言いながら、仰向いた顔をもとへもどす、その拍子ひょうしに三四郎を一目見た。三四郎はたしかに女の黒目の動く刹那せつなを意識した。その時色彩の感じはことごとく消えて、なんともいえぬある物に出会った。そのある物は汽車の女に「あなたは度胸のないかたですね」と言われた時の感じとどこか似通っている。三四郎は恐ろしくなった。
    二人の女は三四郎の前を通り過ぎる。若いほうが今までかいでいた白い花を三四郎の前へ落として行った。三四郎は二人の後姿をじっと見つめていた。看護婦は先へ行く。若いほうがあとから行く。はなやかな色のなかに、白いすすきを染め抜いた帯が見える。頭にもまっ白な薔薇ばらを一つさしている。その薔薇が椎の木陰こかげの下の、黒い髪のなかできわだって光っていた。
    三四郎はぼんやりしていた。やがて、小さな声で「矛盾むじゅんだ」と言った。大学の空気とあの女が矛盾なのだか、あの色彩とあの目つきが矛盾なのだか、あの女を見て汽車の女を思い出したのが矛盾なのだか、それとも未来に対する自分の方針が二道に矛盾しているのか、または非常にうれしいものに対して恐れをいだくところが矛盾しているのか、――このいなか出の青年には、すべてわからなかった。ただなんだか矛盾であった。
    三四郎は女の落として行った花を拾った。そうしてかいでみた。けれどもべつだんのにおいもなかった。三四郎はこの花を池の中へ投げ込んだ。花は浮いている。すると突然向こうで自分の名を呼んだ者がある。
    三四郎は花から目を放した。見ると野々宮君が石橋の向こうに長く立っている。
    「君まだいたんですか」と言う。三四郎は答をするまえに、立ってのそのそ歩いて行った。石橋の上まで来て、
    「ええ」と言った。なんとなくまが抜けている。けれども野々宮君は、少しも驚かない。
    「涼しいですか」と聞いた。三四郎はまた、
    「ええ」と言った。
    野々宮君はしばらく池の水をながめていたが、右の手をポケットへ入れて何か捜しだした。ポケットから半分封筒がはみ出している。その上に書いてある字が女の手跡しゅせきらしい。野々宮君は思う物を捜しあてなかったとみえて、もとのとおりの手を出してぶらりと下げた。そうして、こう言った。
    「きょうは少し装置が狂ったので晩の実験はやめだ。これから本郷ほんごうの方を散歩して帰ろうと思うが、君どうです、いっしょに歩きませんか」
    三四郎は快く応じた。二人で坂を上がって、丘の上へ出た。野々宮君はさっき女の立っていたあたりでちょっととまって、向こうの青い木立のあいだから見える赤い建物と、がけの高いわりに、水の落ちた池をいちめんに見渡して、
    「ちょっといい景色けしきでしょう。あの建築ビルジング角度アングルのところだけが少し出ている。木のあいだから。ね。いいでしょう。君気がついていますか。あの建物はなかなかうまくできていますよ。工科もよくできてるがこのほうがうまいですね」
    三四郎は野々宮君の鑑賞力に少々驚いた。実をいうと自分にはどっちがいいかまるでわからないのである。そこで今度は三四郎のほうが、はあ、はあと言い出した。
    「それから、この木と水の感じエフフェクトがね。――たいしたものじゃないが、なにしろ東京のまん中にあるんだから――静かでしょう。こういう所でないと学問をやるにはいけませんね。近ごろは東京があまりやかましくなりすぎて困る。これが御殿ごてん」と歩きだしながら、左手ゆんでの建物をさしてみせる。「教授会をやる所です。うむなに、ぼくなんか出ないでいいのです。ぼくは穴倉生活をやっていればすむのです。近ごろの学問は非常な勢いで動いているので、少しゆだんすると、すぐ取り残されてしまう。人が見ると穴倉の中で冗談をしているようだが、これでもやっている当人の頭の中は劇烈に働いているんですよ。電車よりよっぽど激しく働いているかもしれない。だから夏でも旅行をするのが惜しくってね」と言いながら仰向いて大きな空を見た。空にはもう日の光が乏しい。
    青い空の静まり返った、上皮うわかわに白い薄雲が刷毛先はけさきでかき払ったあとのように、すじかいに長く浮いている。
    「あれを知ってますか」と言う。三四郎は仰いで半透明の雲を見た。
    「あれは、みんな雪のですよ。こうやって下から見ると、ちっとも動いていない。しかしあれで地上に起こる颶風ぐふう以上の速力で動いているんですよ。――君ラスキンを読みましたか」
    三四郎は憮然ぶぜんとして読まないと答えた。野々宮君はただ
    「そうですか」と言ったばかりである。しばらくしてから、
    「この空を写生したらおもしろいですね。――原口はらぐちにでも話してやろうかしら」と言った。三四郎はむろん原口という画工の名前を知らなかった。
    二人はベルツの銅像の前から枳殻寺からたちでらの横を電車の通りへ出た。銅像の前で、この銅像はどうですかと聞かれて三四郎はまた弱った。表はたいへんにぎやかである。電車がしきりなしに通る。
    「君電車はうるさくはないですか」とまた聞かれた。三四郎はうるさいよりすさまじいくらいである。しかしただ「ええ」と答えておいた。すると野々宮君は「ぼくもうるさい」と言った。しかしいっこううるさいようにもみえなかった。
    「ぼくは車掌に教わらないと、一人で乗換えが自由にできない。この二、三年むやみにふえたのでね。便利になってかえって困る。ぼくの学問と同じことだ」と言って笑った。
    学期の始まりぎわなので新しい高等学校の帽子をかぶった生徒がだいぶ通る。野々宮君は愉快そうに、この連中れんじゅうを見ている。
    「だいぶ新しいのが来ましたね」と言う。「若い人は活気があっていい。ときに君はいくつですか」と聞いた。三四郎は宿帳へ書いたとおりを答えた。すると、
    「それじゃぼくより七つばかり若い。七年もあると、人間はたいていの事ができる。しかし月日つきひはたちやすいものでね。七年ぐらいじきですよ」と言う。どっちが本当なんだか、三四郎にはわからなかった。
    四角よつかど近くへ来ると左右に本屋と雑誌屋がたくさんある。そのうちの二、三軒には人が黒山のようにたかっている、そうして雑誌を読んでいる。そうして買わずに行ってしまう。野々宮君は、
    「みんなずるいなあ」と言って笑っている。もっとも当人もちょいと太陽をあけてみた。
    四角へ出ると、左手のこちら側に西洋小間物屋こまものやがあって、向こう側に日本小間物屋がある。そのあいだを電車がぐるっと曲がって、非常な勢いで通る。ベルがちんちんちんちんいう。渡りにくいほど雑踏する。野々宮君は、向こうの小間物屋をさして、
    「あすこでちょいと買物をしますからね」と言って、ちりんちりんと鳴るあいだを駆け抜けた。三四郎もくっついて、向こうへ渡った。野々宮君はさっそく店へはいった。表に待っていた三四郎が、気がついて見ると、店先のガラス張りのたなくしだの花簪はなかんざしだのが並べてある。三四郎は妙に思った。野々宮君が何を買っているのかしらと、不審を起こして、店の中へはいってみると、せみの羽根のようなリボンをぶら下げて、
    「どうですか」と聞かれた。三四郎はこの時自分も何か買って、あゆのお礼に三輪田のお光さんに送ってやろうかと思った。けれどもお光さんが、それをもらって、鮎のお礼と思わずに、きっとなんだかんだと手前がっての理屈をつけるに違いないと考えたからやめにした。
    それから真砂町まさごちょうで野々宮君に西洋料理のごちそうになった。野々宮君の話では本郷でいちばんうまいうちだそうだ。けれども三四郎にはただ西洋料理の味がするだけであった。しかし食べることはみんな食べた。
    西洋料理屋の前で野々宮君に別れて、追分おいわけに帰るところを丁寧にもとの四角まで出て、左へ折れた。下駄げたを買おうと思って、下駄屋をのぞきこんだら、白熱ガスの下に、まっ白に塗り立てた娘が、石膏せっこうの化物のようにすわっていたので、急にいやになってやめた。それからうちへ帰るあいだ、大学の池の縁で会った女の、顔の色ばかり考えていた。――その色は薄くもちをこがしたような狐色きつねいろであった。そうして肌理きめが非常に細かであった。三四郎は、女の色は、どうしてもあれでなくってはだめだと断定した。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「三四郎」一 山口雄介朗読

    うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。このじいさんはたしかに前の前の駅から乗ったいなか者である。発車まぎわに頓狂とんきょうな声を出して駆け込んで来て、いきなりはだをぬいだと思ったら背中におきゅうのあとがいっぱいあったので、三四郎さんしろうの記憶に残っている。じいさんが汗をふいて、肌を入れて、女の隣に腰をかけたまでよく注意して見ていたくらいである。
    女とは京都からの相乗りである。乗った時から三四郎の目についた。第一色が黒い。三四郎は九州から山陽線に移って、だんだん京大阪へ近づいて来るうちに、女の色が次第に白くなるのでいつのまにか故郷を遠のくような哀れを感じていた。それでこの女が車室にはいって来た時は、なんとなく異性の味方を得た心持ちがした。この女の色はじっさい九州色きゅうしゅういろであった。
    三輪田みわたのおみつさんと同じ色である。国を立つまぎわまでは、お光さんは、うるさい女であった。そばを離れるのが大いにありがたかった。けれども、こうしてみると、お光さんのようなのもけっして悪くはない。
    ただ顔だちからいうと、この女のほうがよほど上等である。口に締まりがある。目がはっきりしている。額がお光さんのようにだだっ広くない。なんとなくいい心持ちにできあがっている。それで三四郎は五分に一度ぐらいは目を上げて女の方を見ていた。時々は女と自分の目がゆきあたることもあった。じいさんが女の隣へ腰をかけた時などは、もっとも注意して、できるだけ長いあいだ、女の様子を見ていた。その時女はにこりと笑って、さあおかけと言ってじいさんに席を譲っていた。それからしばらくして、三四郎は眠くなって寝てしまったのである。
    その寝ているあいだに女とじいさんは懇意になって話を始めたものとみえる。目をあけた三四郎は黙って二人ふたりの話を聞いていた。女はこんなことを言う。――
    子供の玩具おもちゃはやっぱり広島より京都のほうが安くっていいものがある。京都でちょっと用があって降りたついでに、蛸薬師たこやくしのそばで玩具を買って来た。久しぶりで国へ帰って子供に会うのはうれしい。しかし夫の仕送りがとぎれて、しかたなしに親の里へ帰るのだから心配だ。夫はくれにいて長らく海軍の職工をしていたが戦争中は旅順りょじゅんの方に行っていた。戦争が済んでからいったん帰って来た。まもなくあっちのほうが金がもうかるといって、また大連たいれんへ出かせぎに行った。はじめのうちは音信たよりもあり、月々のものもちゃんちゃんと送ってきたからよかったが、この半年ばかり前から手紙も金もまるで来なくなってしまった。不実な性質たちではないから、大丈夫だいじょうぶだけれども、いつまでも遊んで食べているわけにはゆかないので、安否のわかるまではしかたがないから、里へ帰って待っているつもりだ。
    じいさんは蛸薬師も知らず、玩具にも興味がないとみえて、はじめのうちはただはいはいと返事だけしていたが、旅順以後急に同情を催して、それは大いに気の毒だと言いだした。自分の子も戦争中兵隊にとられて、とうとうあっちで死んでしまった。いったい戦争はなんのためにするものだかわからない。あとで景気でもよくなればだが、大事な子は殺される、物価しょしきは高くなる。こんなばかげたものはない。世のいい時分に出かせぎなどというものはなかった。みんな戦争のおかげだ。なにしろ信心しんじんが大切だ。生きて働いているに違いない。もう少し待っていればきっと帰って来る。――じいさんはこんな事を言って、しきりに女を慰めていた。やがて汽車がとまったら、ではお大事にと、女に挨拶あいさつをして元気よく出て行った。
    じいさんに続いて降りた者が四人ほどあったが、入れ代って、乗ったのはたった一人ひとりしかない。もとから込み合った客車でもなかったのが、急に寂しくなった。日の暮れたせいかもしれない。駅夫が屋根をどしどし踏んで、上からのついたランプをさしこんでゆく。三四郎は思い出したように前の停車場ステーションで買った弁当を食いだした。
    車が動きだして二分もたったろうと思うころ、例の女はすうと立って三四郎の横を通り越して車室の外へ出て行った。この時女の帯の色がはじめて三四郎の目にはいった。三四郎はあゆの煮びたしの頭をくわえたまま女の後姿を見送っていた。便所に行ったんだなと思いながらしきりに食っている。
    女はやがて帰って来た[#「帰って来た」は底本では「帰った来た」]。今度は正面が見えた。三四郎の弁当はもうしまいがけである。下を向いて一生懸命にはしを突っ込んで二口三口ほおばったが、女は、どうもまだ元の席へ帰らないらしい。もしやと思って、ひょいと目を上げて見るとやっぱり正面に立っていた。しかし三四郎が目を上げると同時に女は動きだした。ただ三四郎の横を通って、自分の座へ帰るべきところを、すぐと前へ来て、からだを横へ向けて、窓から首を出して、静かに外をながめだした。風が強くあたって、びんがふわふわするところが三四郎の目にはいった。この時三四郎はからになった弁当のおりを力いっぱいに窓からほうり出した。女の窓と三四郎の窓は一軒おきの隣であった。風に逆らってなげた折のふたが白く舞いもどったように見えた時、三四郎はとんだことをしたのかと気がついて、ふと女の顔を見た。顔はあいにく列車の外に出ていた。けれども、女は静かに首を引っ込めて更紗さらさのハンケチで額のところを丁寧にふき始めた。三四郎はともかくもあやまるほうが安全だと考えた。
    「ごめんなさい」と言った。
    女は「いいえ」と答えた。まだ顔をふいている。三四郎はしかたなしに黙ってしまった。女も黙ってしまった。そうしてまた首を窓から出した。三、四人の乗客は暗いランプの下で、みんな寝ぼけた顔をしている。口をきいている者はだれもない。汽車だけがすさまじい音をたてて行く。三四郎は目を眠った。
    しばらくすると「名古屋はもうじきでしょうか」と言う女の声がした。見るといつのまにか向き直って、及び腰になって、顔を三四郎のそばまでもって来ている。三四郎は驚いた。
    「そうですね」と言ったが、はじめて東京へ行くんだからいっこう要領を得ない。
    「この分では遅れますでしょうか」
    「遅れるでしょう」
    「あんたも名古屋へおりで……」
    「はあ、降ります」
    この汽車は名古屋どまりであった。会話はすこぶる平凡であった。ただ女が三四郎の筋向こうに腰をかけたばかりである。それで、しばらくのあいだはまた汽車の音だけになってしまう。
    次の駅で汽車がとまった時、女はようやく三四郎に名古屋へ着いたら迷惑でも宿屋へ案内してくれと言いだした。一人では気味が悪いからと言って、しきりに頼む。三四郎ももっともだと思った。けれども、そう快く引き受ける気にもならなかった。なにしろ知らない女なんだから、すこぶる躊躇ちゅうちょしたにはしたが、断然断る勇気も出なかったので、まあいいかげんな生返事なまへんじをしていた。そのうち汽車は名古屋へ着いた。
    大きな行李こうり新橋しんばしまで預けてあるから心配はない。三四郎はてごろなズックのかばんかさだけ持って改札場を出た。頭には高等学校の夏帽をかぶっている。しかし卒業したしるしに徽章きしょうだけはもぎ取ってしまった。昼間見るとそこだけ色が新しい。うしろから女がついて来る。三四郎はこの帽子に対して少々きまりが悪かった。けれどもついて来るのだからしかたがない。女のほうでは、この帽子をむろん、ただのきたない帽子と思っている。
    九時半に着くべき汽車が四十分ほど遅れたのだから、もう十時はまわっている。けれども暑い時分だから町はまだよいの口のようににぎやかだ。宿屋も目の前に二、三軒ある。ただ三四郎にはちとりっぱすぎるように思われた。そこで電気燈のついている三階作りの前をすまして通り越して、ぶらぶら歩いて行った。むろん不案内の土地だからどこへ出るかわからない。ただ暗い方へ行った。女はなんともいわずについて来る。すると比較的寂しい横町のかどから二軒目に御宿おんやどという看板が見えた。これは三四郎にも女にも相応なきたない看板であった。三四郎はちょっと振り返って、一口ひとくち女にどうですと相談したが、女は結構だというんで、思いきってずっとはいった。上がり口で二人連れではないと断るはずのところを、いらっしゃい、――どうぞお上がり――御案内――うめの四番などとのべつにしゃべられたので、やむをえず無言のまま二人とも梅の四番へ通されてしまった。
    下女が茶を持って来るあいだ二人はぼんやり向かい合ってすわっていた。下女が茶を持って来て、お風呂ふろをと言った時は、もうこの婦人は自分の連れではないと断るだけの勇気が出なかった。そこで手ぬぐいをぶら下げて、お先へと挨拶あいさつをして、風呂場へ出て行った。風呂場は廊下の突き当りで便所の隣にあった。薄暗くって、だいぶ不潔のようである。三四郎は着物を脱いで、風呂桶ふろおけの中へ飛び込んで、少し考えた。こいつはやっかいだとじゃぶじゃぶやっていると、廊下に足音がする。だれか便所へはいった様子である。やがて出て来た。手を洗う。それが済んだら、ぎいと風呂場の戸を半分あけた。例の女が入口から、「ちいと流しましょうか」と聞いた。三四郎は大きな声で、
    「いえ、たくさんです」と断った。しかし女は出ていかない。かえってはいって来た。そうして帯を解きだした。三四郎といっしょに湯を使う気とみえる。べつに恥かしい様子も見えない。三四郎はたちまち湯槽ゆぶねを飛び出した。そこそこにからだをふいて座敷へ帰って、座蒲団ざぶとんの上にすわって、少なからず驚いていると、下女が宿帳を持って来た。
    三四郎は宿帳を取り上げて、福岡県京都郡みやこぐん真崎村まさきむら小川おがわ三四郎二十三年学生と正直に書いたが、女のところへいってまったく困ってしまった。湯から出るまで待っていればよかったと思ったが、しかたがない。下女がちゃんと控えている。やむをえず同県同郡同村同姓はな二十三年とでたらめを書いて渡した。そうしてしきりに団扇うちわを使っていた。
    やがて女は帰って来た。「どうも、失礼いたしました」と言っている。三四郎は「いいや」と答えた。
    三四郎は鞄の中から帳面を取り出して日記をつけだした。書く事も何もない。女がいなければ書く事がたくさんあるように思われた。すると女は「ちょいと出てまいります」と言って部屋へやを出ていった。三四郎はますます日記が書けなくなった。どこへ行ったんだろうと考え出した。
    そこへ下女がとこをのべに来る。広い蒲団を一枚しか持って来ないから、床は二つ敷かなくてはいけないと言うと、部屋が狭いとか、蚊帳かやが狭いとか言ってらちがあかない。めんどうがるようにもみえる。しまいにはただいま番頭がちょっと出ましたから、帰ったら聞いて持ってまいりましょうと言って、頑固がんこに一枚の蒲団を蚊帳いっぱいに敷いて出て行った。
    それから、しばらくすると女が帰って来た。どうもおそくなりましてと言う。蚊帳の影で何かしているうちに、がらんがらんという音がした。子供にみやげの玩具が鳴ったに違いない。女はやがて風呂敷包みをもとのとおりに結んだとみえる。蚊帳の向こうで「お先へ」と言う声がした。三四郎はただ「はあ」と答えたままで、敷居にしりを乗せて、団扇を使っていた。いっそこのままで夜を明かしてしまおうかとも思った。けれどもがぶんぶん来る。外ではとてもしのぎきれない。三四郎はついと立って、鞄の中から、キャラコのシャツとズボン下を出して、それを素肌すはだへ着けて、その上からこん兵児帯へこおびを締めた。それから西洋手拭タウエル二筋ふたすじ持ったまま蚊帳の中へはいった。女は蒲団の向こうのすみでまだ団扇を動かしている。
    「失礼ですが、私は癇症かんしょうでひとの蒲団に寝るのがいやだから……少しのみよけの工夫をやるから御免なさい」
    三四郎はこんなことを言って、あらかじめ、敷いてある敷布シートの余っているはじを女の寝ている方へ向けてぐるぐる巻きだした。そうして蒲団のまん中に白い長い仕切りをこしらえた。女は向こうへ寝返りを打った。三四郎は西洋手拭を広げて、これを自分の領分に二枚続きに長く敷いて、その上に細長く寝た。その晩は三四郎の手も足もこの幅の狭い西洋手拭の外には一寸も出なかった。女は一言ひとことも口をきかなかった。女も壁を向いたままじっとして動かなかった。
    夜はようよう明けた。顔を洗ってぜんに向かった時、女はにこりと笑って、「ゆうべは蚤は出ませんでしたか」と聞いた。三四郎は「ええ、ありがとう、おかげさまで」というようなことをまじめに答えながら、下を向いて、お猪口ちょく葡萄豆ぶどうまめをしきりに突っつきだした。
    勘定かんじょうをして宿を出て、停車場ステーションへ着いた時、女ははじめて関西線で四日市よっかいちの方へ行くのだということを三四郎に話した。三四郎の汽車はまもなく来た。時間のつごうで女は少し待ち合わせることとなった。改札場のきわまで送って来た女は、
    「いろいろごやっかいになりまして、……ではごきげんよう」と丁寧にお辞儀をした。三四郎は鞄と傘を片手に持ったまま、あいた手で例の古帽子を取って、ただ一言、
    「さよなら」と言った。女はその顔をじっとながめていた、が、やがておちついた調子で、
    「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言って、にやりと笑った。三四郎はプラットフォームの上へはじき出されたような心持ちがした。車の中へはいったら両方の耳がいっそうほてりだした。しばらくはじっと小さくなっていた。やがて車掌の鳴らす口笛が長い列車の果から果まで響き渡った。列車は動きだす。三四郎はそっと窓から首を出した。女はとくの昔にどこかへ行ってしまった。大きな時計ばかりが目についた。三四郎はまたそっと自分の席に帰った。乗合いはだいぶいる。けれども三四郎の挙動に注意するような者は一人もない。ただ筋向こうにすわった男が、自分の席に帰る三四郎をちょっと見た。
    三四郎はこの男に見られた時、なんとなくきまりが悪かった。本でも読んで気をまぎらかそうと思って、鞄をあけてみると、昨夜の西洋手拭が、上のところにぎっしり詰まっている。そいつをそばへかき寄せて、底のほうから、手にさわったやつをなんでもかまわず引き出すと、読んでもわからないベーコンの論文集が出た。ベーコンには気の毒なくらい薄っぺらな粗末な仮綴かりとじである。元来汽車の中で読む了見もないものを、大きな行李に入れそくなったから、片づけるついでに提鞄さげかばんの底へ、ほかの二、三冊といっしょにほうり込んでおいたのが、運悪く当選したのである。三四郎はベーコンの二十三ページを開いた。他の本でも読めそうにはない。ましてベーコンなどはむろん読む気にならない。けれども三四郎はうやうやしく二十三ページを開いて、万遍まんべんなくページ全体を見回していた。三四郎は二十三ページの前で一応昨夜のおさらいをする気である。
    元来あの女はなんだろう。あんな女が世の中にいるものだろうか。女というものは、ああおちついて平気でいられるものだろうか。無教育なのだろうか、大胆なのだろうか。それとも無邪気なのだろうか。要するにいけるところまでいってみなかったから、見当がつかない。思いきってもう少しいってみるとよかった。けれども恐ろしい。別れぎわにあなたは度胸のないかただと言われた時には、びっくりした。二十三年の弱点が一度に露見したような心持ちであった。親でもああうまく言いあてるものではない。――
    三四郎はここまで来て、さらにしょげてしまった。どこの馬の骨だかわからない者に、頭の上がらないくらいどやされたような気がした。ベーコンの二十三ページに対しても、はなはだ申し訳がないくらいに感じた。
    どうも、ああ狼狽ろうばいしちゃだめだ。学問も大学生もあったものじゃない。はなはだ人格に関係してくる。もう少しはしようがあったろう。けれども相手がいつでもああ出るとすると、教育を受けた自分には、あれよりほかに受けようがないとも思われる。するとむやみに女に近づいてはならないというわけになる。なんだか意気地いくじがない。非常に窮屈だ。まるで不具かたわにでも生まれたようなものである。けれども……
    三四郎は急に気をかえて、別の世界のことを思い出した。――これから東京に行く。大学にはいる。有名な学者に接触する。趣味品性の備わった学生と交際する。図書館で研究をする。著作をやる。世間で喝采かっさいする。母がうれしがる。というような未来をだらしなく考えて、大いに元気を回復してみると、べつに二十三ページのなかに顔を埋めている必要がなくなった。そこでひょいと頭を上げた。すると筋向こうにいたさっきの男がまた三四郎の方を見ていた。今度は三四郎のほうでもこの男を見返した。
    ひげを濃くはやしている。面長おもながのやせぎすの、どことなく神主かんぬしじみた男であった。ただ鼻筋がまっすぐに通っているところだけが西洋らしい。学校教育を受けつつある三四郎は、こんな男を見るときっと教師にしてしまう。男は白地しろじかすりの下に、鄭重ていちょうに白い襦袢じゅばんを重ねて、紺足袋こんたびをはいていた。この服装からおして、三四郎は先方を中学校の教師と鑑定した。大きな未来を控えている自分からみると、なんだかくだらなく感ぜられる。男はもう四十だろう。これよりさきもう発展しそうにもない。
    男はしきりに煙草たばこをふかしている。長い煙を鼻の穴から吹き出して、腕組をしたところはたいへん悠長ゆうちょうにみえる。そうかと思うとむやみに便所か何かに立つ。立つ時にうんと伸びをすることがある。さも退屈そうである。隣に乗り合わせた人が、新聞の読みがらをそばに置くのに借りてみる気も出さない。三四郎はおのずから妙になって、ベーコンの論文集を伏せてしまった。ほかの小説でも出して、本気に読んでみようとも考えたが、面倒だからやめにした。それよりは前にいる人の新聞を借りたくなった。あいにく前の人はぐうぐう寝ている。三四郎は手を延ばして新聞に手をかけながら、わざと「おあきですか」と髭のある男に聞いた。男は平気な顔で「あいてるでしょう。お読みなさい」と言った。新聞を手に取った三四郎のほうはかえって平気でなかった。
    あけてみると新聞にはべつに見るほどの事ものっていない。一、二分で通読してしまった。律義りちぎに畳んでもとの場所へ返しながら、ちょっと会釈えしゃくすると、向こうでも軽く挨拶をして、
    「君は高等学校の生徒ですか」と聞いた。
    三四郎は、かぶっている古帽子の徽章のあとが、この男の目に映ったのをうれしく感じた。
    「ええ」と答えた。
    「東京の?」と聞き返した時、はじめて、
    「いえ、熊本です。……しかし……」と言ったなり黙ってしまった。大学生だと言いたかったけれども、言うほどの必要がないからと思って遠慮した。相手も「はあ、そう」と言ったなり煙草を吹かしている。なぜ熊本の生徒が今ごろ東京へ行くんだともなんとも聞いてくれない。熊本の生徒には興味がないらしい。この時三四郎の前に寝ていた男が「うん、なるほど」と言った。それでいてたしかに寝ている。ひとりごとでもなんでもない。髭のある人は三四郎を見てにやにやと笑った。三四郎はそれを機会しおに、
    「あなたはどちらへ」と聞いた。
    「東京」とゆっくり言ったぎりである。なんだか中学校の先生らしくなくなってきた。けれども三等へ乗っているくらいだからたいしたものでないことは明らかである。三四郎はそれで談話を切り上げた。髭のある男は腕組をしたまま、時々下駄げたの前歯で、拍子ひょうしを取って、ゆかを鳴らしたりしている。よほど退屈にみえる。しかしこの男の退屈は話したがらない退屈である。
    汽車が豊橋とよはしへ着いた時、寝ていた男がむっくり起きて目をこすりながら降りて行った。よくあんなにつごうよく目をさますことができるものだと思った。ことによると寝ぼけて停車場を間違えたんだろうと気づかいながら、窓からながめていると、けっしてそうでない。無事に改札場を通過して、正気しょうきの人間のように出て行った。三四郎は安心して席を向こう側へ移した。これで髭のある人と隣り合わせになった。髭のある人は入れ代って、窓から首を出して、水蜜桃すいみつとうを買っている。
    やがて二人のあいだに果物くだものを置いて、
    「食べませんか」と言った。
    三四郎は礼を言って、一つ食べた。髭のある人は好きとみえて、むやみに食べた。三四郎にもっと食べろと言う。三四郎はまた一つ食べた。二人が水蜜桃を食べているうちにだいぶ親密になっていろいろな話を始めた。
    その男の説によると、ももは果物のうちでいちばん仙人せんにんめいている。なんだか馬鹿ばかみたような味がする。第一核子たね恰好かっこうが無器用だ。かつ穴だらけでたいへんおもしろくできあがっていると言う。三四郎ははじめて聞く説だが、ずいぶんつまらないことを言う人だと思った。
    次にその男がこんなことを言いだした。子規しきは果物がたいへん好きだった。かついくらでも食える男だった。ある時大きな樽柿たるがきを十六食ったことがある。それでなんともなかった。自分などはとても子規のまねはできない。――三四郎は笑って聞いていた。けれども子規の話だけには興味があるような気がした。もう少し子規のことでも話そうかと思っていると、
    「どうも好きなものにはしぜんと手が出るものでね。しかたがない。ぶたなどは手が出ない代りに鼻が出る。豚をね、縛って動けないようにしておいて、その鼻の先へ、ごちそうを並べて置くと、動けないものだから、鼻の先がだんだん延びてくるそうだ。ごちそうに届くまでは延びるそうです。どうも一念ほど恐ろしいものはない」と言って、にやにや笑っている。まじめだか冗談だか、判然と区別しにくいような話し方である。
    「まあお互に豚でなくってしあわせだ。そうほしいものの方へむやみに鼻が延びていったら、今ごろは汽車にも乗れないくらい長くなって困るに違いない」
    三四郎は吹き出した。けれども相手は存外静かである。
    「じっさいあぶない。レオナルド・ダ・ヴィンチという人は桃の幹に砒石ひせきを注射してね、その実へも毒が回るものだろうか、どうだろうかという試験をしたことがある。ところがその桃を食って死んだ人がある。あぶない。気をつけないとあぶない」と言いながら、さんざん食い散らした水蜜桃の核子たねやら皮やらを、ひとまとめに新聞にくるんで、窓の外へなげ出した。
    今度は三四郎も笑う気が起こらなかった。レオナルド・ダ・ヴィンチという名を聞いて少しく辟易へきえきしたうえに、なんだかゆうべの女のことを考え出して、妙に不愉快になったから、謹んで黙ってしまった。けれども相手はそんなことにいっこう気がつかないらしい。やがて、
    「東京はどこへ」と聞きだした。
    「じつははじめてで様子がよくわからんのですが……さしあたり国の寄宿舎へでも行こうかと思っています」と言う。
    「じゃ熊本はもう……」
    「今度卒業したのです」
    「はあ、そりゃ」と言ったがおめでたいとも結構だともつけなかった。ただ「するとこれから大学へはいるのですね」といかにも平凡であるかのごとく聞いた。
    三四郎はいささか物足りなかった。その代り、
    「ええ」という二字で挨拶を片づけた。
    「科は?」とまた聞かれる。
    「一部です」
    「法科ですか」
    「いいえ文科です」
    「はあ、そりゃ」とまた言った。三四郎はこのはあ、そりゃを聞くたびに妙になる。向こうが大いに偉いか、大いに人を踏み倒しているか、そうでなければ大学にまったく縁故も同情もない男に違いない。しかしそのうちのどっちだか見当がつかないので、この男に対する態度もきわめて不明瞭であった。
    浜松で二人とも申し合わせたように弁当を食った。食ってしまっても汽車は容易に出ない。窓から見ると、西洋人が四、五人列車の前を行ったり来たりしている。そのうちの一組は夫婦とみえて、暑いのに手を組み合わせている。女は上下うえしたともまっ白な着物で、たいへん美しい。三四郎は生まれてから今日に至るまで西洋人というものを五、六人しか見たことがない。そのうちの二人は熊本の高等学校の教師で、その二人のうちの一人は運悪くせむしであった。女では宣教師を一人知っている。ずいぶんとんがった顔で、きすまたは※(「魚+師のつくり」、第4水準2-93-37)かますに類していた。だから、こういう派手はでなきれいな西洋人は珍しいばかりではない。すこぶる上等に見える。三四郎は一生懸命にみとれていた。これではいばるのももっともだと思った。自分が西洋へ行って、こんな人のなかにはいったらさだめし肩身の狭いことだろうとまで考えた。窓の前を通る時二人の話を熱心に聞いてみたがちっともわからない。熊本の教師とはまるで発音が違うようだった。
    ところへ例の男が首を後から出して、
    「まだ出そうもないのですかね」と言いながら、今行き過ぎた西洋の夫婦をちょいと見て、
    「ああ美しい」と小声に言って、すぐに生欠伸なまあくびをした。三四郎は自分がいかにもいなか者らしいのに気がついて、さっそく首を引き込めて、着座した。男もつづいて席に返った。そうして、
    「どうも西洋人は美しいですね」と言った。
    三四郎はべつだんの答も出ないのでただはあと受けて笑っていた。すると髭の男は、
    「お互いは哀れだなあ」と言い出した。「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。もっとも建物を見ても、庭園を見ても、いずれも顔相応のところだが、――あなたは東京がはじめてなら、まだ富士山を見たことがないでしょう。今に見えるから御覧なさい。あれが日本一にほんいちの名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。我々がこしらえたものじゃない」と言ってまたにやにや笑っている。三四郎は日露戦争以後こんな人間に出会うとは思いもよらなかった。どうも日本人じゃないような気がする。
    「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
    「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。だからことによると自分の年の若いのに乗じて、ひとを愚弄ぐろうするのではなかろうかとも考えた。男は例のごとく、にやにや笑っている。そのくせ言葉ことばつきはどこまでもおちついている。どうも見当がつかないから、相手になるのをやめて黙ってしまった。すると男が、こう言った。
    「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
    「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓ひいきの引き倒しになるばかりだ」
    この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。同時に熊本にいた時の自分は非常に卑怯ひきょうであったと悟った。
    その晩三四郎は東京に着いた。髭の男は別れる時まで名前を明かさなかった。三四郎は東京へ着きさえすれば、このくらいの男は到るところにいるものと信じて、べつに姓名を尋ねようともしなかった。

    Aug 08, 2018

  • 夏目漱石「草枕」 十二 山口雄介朗読

    43.50 Jul 19, 2018

    十二

    基督キリストは最高度に芸術家の態度を具足したるものなりとは、オスカー・ワイルドの説と記憶している。基督は知らず。観海寺の和尚おしょうのごときは、まさしくこの資格を有していると思う。趣味があると云う意味ではない。時勢に通じていると云う訳でもない。彼はと云う名のほとんどくだすべからざる達磨だるまふくを掛けて、ようできたなどと得意である。彼は画工えかきに博士があるものと心得ている。彼は鳩の眼を夜でもくものと思っている。それにもかかわらず、芸術家の資格があると云う。彼の心は底のないふくろのように行き抜けである。何にも停滞ていたいしておらん。随処ずいしょに動き去り、任意にんいし去って、塵滓じんしの腹部に沈澱ちんでんする景色けしきがない。もし彼の脳裏のうりに一点の趣味をちょうし得たならば、彼はく所に同化して、行屎走尿こうしそうにょうの際にも、完全たる芸術家として存在し得るだろう。余のごときは、探偵にの数を勘定かんじょうされる間は、とうてい画家にはなれない。画架がかに向う事は出来る。小手板こていたを握る事は出来る。しかし画工にはなれない。こうやって、名も知らぬ山里へ来て、暮れんとする春色しゅんしょくのなかに五尺の痩躯そうくうずめつくして、始めて、真の芸術家たるべき態度に吾身を置き得るのである。一たびこの境界きょうがいに入れば美の天下はわが有に帰する。尺素せきそを染めず、※(「糸+賺のつくり」、第3水準1-90-17)すんけんを塗らざるも、われは第一流の大画工である。において、ミケルアンゼロに及ばず、たくみなる事ラフハエルに譲る事ありとも、芸術家たるの人格において、古今の大家と歩武ほぶひとしゅうして、ごうゆずるところを見出し得ない。余はこの温泉場へ来てから、まだ一枚のもかかない。絵の具箱は酔興すいきょうに、かついできたかの感さえある。人はあれでも画家かとわらうかもしれぬ。いくら嗤われても、今の余は真の画家である。立派な画家である。こう云うきょうを得たものが、名画をかくとは限らん。しかし名画をかき得る人は必ずこの境を知らねばならん。
    朝飯あさめしをすまして、一本の敷島しきしまをゆたかに吹かしたるときの余の観想は以上のごとくである。日はかすみを離れて高くのぼっている。障子しょうじをあけて、うしろの山をながめたら、あおが非常にすき通って、例になくあざやかに見えた。
    余は常に空気と、物象と、彩色の関係を宇宙よのなかでもっとも興味ある研究の一と考えている。色を主にして空気を出すか、物を主にして、空気をかくか。または空気を主にしてそのうちに色と物とを織り出すか。画は少しの気合きあい一つでいろいろな調子が出る。この調子は画家自身の嗜好しこうで異なってくる。それは無論であるが、時と場所とで、おのずから制限されるのもまた当前とうぜんである。英国人のかいた山水さんすいに明るいものは一つもない。明るい画がきらいなのかも知れぬが、よし好きであっても、あの空気では、どうする事も出来ない。同じ英人でもグーダルなどは色の調子がまるで違う。違うはずである。彼は英人でありながら、かつて英国の景色けいしょくをかいた事がない。彼の画題は彼の郷土にはない。彼の本国に比すると、空気の透明の度の非常にまさっている、埃及エジプトまたは波斯辺ペルシャへんの光景のみをえらんでいる。したがって彼のかいた画を、始めて見ると誰も驚ろく。英人にもこんな明かな色を出すものがあるかと疑うくらい判然はっきり出来上っている。
    個人の嗜好しこうはどうする事も出来ん。しかし日本の山水を描くのが主意であるならば、吾々われわれもまた日本固有の空気と色を出さなければならん。いくら仏蘭西フランスの絵がうまいと云って、その色をそのままに写して、これが日本の景色けいしょくだとは云われない。やはりのあたり自然に接して、朝な夕なに雲容煙態うんようえんたいを研究したあげく、あの色こそと思ったとき、すぐ三脚几さんきゃくきを担いで飛び出さなければならん。色は刹那せつなに移る。一たび機をしっすれば、同じ色は容易に眼には落ちぬ。余が今見上げた山のには、滅多めったにこの辺で見る事の出来ないほどない色がちている。せっかく来て、あれをにがすのは惜しいものだ。ちょっと写してきよう。
    ふすまをあけて、椽側えんがわへ出ると、向う二階の障子しょうじに身をたして、那美さんが立っている。あごえりのなかへうずめて、横顔だけしか見えぬ。余が挨拶あいさつをしようと思う途端とたんに、女は、左の手を落としたまま、右の手を風のごとく動かした。ひらめくは稲妻いなずまか、二折ふたお三折みおれ胸のあたりを、するりと走るやいなや、かちりと音がして、閃めきはすぐ消えた。女の左り手には九すん白鞘しらさやがある。姿はたちまち障子の影に隠れた。余は朝っぱらから歌舞伎座かぶきざのぞいた気で宿を出る。
    門を出て、左へ切れると、すぐ岨道そばみちつづきの、爪上つまあがりになる。うぐいす所々ところどころで鳴く。左り手がなだらかな谷へ落ちて、蜜柑みかんが一面に植えてある。右には高からぬ岡が二つほど並んで、ここにもあるは蜜柑のみと思われる。何年前か一度この地に来た。指を折るのも面倒だ。何でも寒い師走しわすの頃であった。その時蜜柑山に蜜柑がべたりに生る景色を始めて見た。蜜柑取りに一枝売ってくれと云ったら、幾顆いくつでも上げますよ、持っていらっしゃいと答えて、の上で妙なふしうたをうたい出した。東京では蜜柑の皮でさえ薬種屋やくしゅやへ買いに行かねばならぬのにと思った。夜になると、しきりにつつの音がする。何だと聞いたら、猟師りょうしかもをとるんだと教えてくれた。その時は那美さんの、なの字も知らずに済んだ。
    あの女を役者にしたら、立派な女形おんながたが出来る。普通の役者は、舞台へ出ると、よそ行きの芸をする。あの女は家のなかで、常住じょうじゅう芝居をしている。しかも芝居をしているとは気がつかん。自然天然しぜんてんねんに芝居をしている。あんなのを美的生活びてきせいかつとでも云うのだろう。あの女の御蔭おかげの修業がだいぶ出来た。
    あの女の所作しょさを芝居と見なければ、薄気味がわるくて一日もいたたまれん。義理とか人情とか云う、尋常の道具立どうぐだてを背景にして、普通の小説家のような観察点からあの女を研究したら、刺激が強過ぎて、すぐいやになる。現実世界にって、余とあの女の間に纏綿てんめんした一種の関係が成り立ったとするならば、余の苦痛は恐らく言語ごんごに絶するだろう。余のこのたびの旅行は俗情を離れて、あくまで画工になり切るのが主意であるから、眼に入るものはことごとく画として見なければならん。能、芝居、もしくは詩中の人物としてのみ観察しなければならん。この覚悟の眼鏡めがねから、あの女をのぞいて見ると、あの女は、今まで見た女のうちでもっともうつくしい所作をする。自分でうつくしい芸をして見せると云う気がないだけに役者の所作よりもなおうつくしい。
    こんなかんがえをもつ余を、誤解してはならん。社会の公民として不適当だなどと評してはもっとも不届ふとどきである。善は行い難い、徳はほどこしにくい、節操は守り安からぬ、義のために命を捨てるのは惜しい。これらをあえてするのは何人なんびとに取っても苦痛である。その苦痛をおかすためには、苦痛に打ち勝つだけの愉快がどこかにひそんでおらねばならん。画と云うも、詩と云うも、あるは芝居と云うも、この悲酸ひさんのうちにこもる快感の別号に過ぎん。このおもむきを解し得て、始めて吾人ごじんの所作は壮烈にもなる、閑雅にもなる、すべての困苦に打ち勝って、胸中の一点の無上趣味を満足せしめたくなる。肉体の苦しみを度外に置いて、物質上の不便を物とも思わず、勇猛精進しょうじんの心をって、人道のために、※(「金+護のつくり」、第3水準1-93-41)ていかくらるるを面白く思う。もし人情なるせまき立脚地に立って、芸術の定義を下し得るとすれば、芸術は、われら教育ある士人の胸裏きょうりひそんで、じゃせいき、きょくしりぞちょくにくみし、じゃくたすきょうくじかねば、どうしてもえられぬと云う一念の結晶して、さんとして白日はくじつを射返すものである。
    芝居気があると人の行為を笑う事がある。うつくしき趣味をつらぬかんがために、不必要なる犠牲をあえてするの人情に遠きをわらうのである。自然にうつくしき性格を発揮するの機会を待たずして、無理矢理に自己の趣味観をてらうのを笑うのである。真に個中こちゅうの消息を解し得たるものの嗤うはその意を得ている。趣味の何物たるをも心得ぬ下司下郎げすげろうの、わがいやしき心根に比較していやしむに至っては許しがたい。昔し巌頭がんとうぎんのこして、五十丈の飛瀑ひばくを直下して急湍きゅうたんおもむいた青年がある。余のるところにては、彼の青年は美の一字のために、捨つべからざる命を捨てたるものと思う。死そのものはまことに壮烈である、ただその死をうながすの動機に至っては解しがたい。されども死そのものの壮烈をだに体し得ざるものが、いかにして藤村子ふじむらし所作しょさを嗤い得べき。彼らは壮烈の最後をぐるの情趣をあじわい得ざるがゆえに、たとい正当の事情のもとにも、とうてい壮烈の最後を遂げ得べからざる制限ある点において、藤村子よりは人格として劣等であるから、嗤う権利がないものと余は主張する。
    余は画工である。画工であればこそ趣味専門の男として、たとい人情世界に堕在だざいするも、東西両隣りの没風流漢ぼつふうりゅうかんよりも高尚である。社会の一員として優に他を教育すべき地位に立っている。詩なきもの、なきもの、芸術のたしなみなきものよりは、美くしき所作が出来る。人情世界にあって、美くしき所作は正である、義である、直である。正と義と直を行為の上において示すものは天下の公民の模範である。
    しばらく人情界を離れたる余は、少なくともこの旅中りょちゅうに人情界に帰る必要はない。あってはせっかくの旅が無駄になる。人情世界から、じゃりじゃりする砂をふるって、底にあまる、うつくしいきんのみを眺めて暮さなければならぬ。余みずからも社会の一員をもって任じてはおらぬ。純粋なる専門画家として、おのれさえ、纏綿てんめんたる利害の累索るいさくを絶って、ゆう画布裏がふりに往来している。いわんや山をや水をや他人をや。那美さんの行為動作といえどもただそのままの姿と見るよりほかに致し方がない。
    三丁ほどのぼると、向うに白壁の一構ひとかまえが見える。蜜柑みかんのなかの住居すまいだなと思う。道は間もなく二筋に切れる。白壁を横に見て左りへ折れる時、振り返ったら、下から赤い腰巻こしまきをした娘があがってくる。腰巻がしだいに尽きて、下から茶色のはぎが出る。脛が出切できったら、藁草履わらぞうりになって、その藁草履がだんだん動いて来る。頭の上に山桜が落ちかかる。背中には光る海をしょっている。
    岨道そばみちを登り切ると、山の出鼻でばなたいらな所へ出た。北側はみどりをたたむ春の峰で、今朝えんから仰いだあたりかも知れない。南側には焼野とも云うべき地勢が幅半丁ほど広がって、末はくずれたがけとなる。崖の下は今過ぎた蜜柑山で、村をまたいでむこうを見れば、眼に入るものは言わずも知れた青海あおうみである。
    みちは幾筋もあるが、合うては別れ、別れては合うから、どれが本筋とも認められぬ。どれも路である代りに、どれも路でない。草のなかに、黒赤い地が、見えたり隠れたりして、どの筋につながるか見分みわけのつかぬところに変化があって面白い。
    どこへ腰をえたものかと、草のなかを遠近おちこち徘徊はいかいする。えんから見たときはになると思った景色も、いざとなると存外まとまらない。色もしだいに変ってくる。草原をのそつくうちに、いつしかく気がなくなった。描かぬとすれば、地位は構わん、どこへでもすわった所がわが住居すまいである。み込んだ春の日が、深く草の根にこもって、どっかと尻をおろすと、眼に入らぬ陽炎かげろうつぶしたような心持ちがする。
    海は足の下に光る。遮ぎる雲の一片ひとひらさえ持たぬ春の日影は、あまねく水の上を照らして、いつの間にかほとぼりは波の底までみ渡ったと思わるるほど暖かに見える。色は一刷毛ひとはけ紺青こんじょうを平らに流したる所々に、しろかねの細鱗さいりんを畳んでこまやかに動いている。春の日は限り無きあめしたを照らして、天が下は限りなき水をたたえたる間には、白き帆が小指のつめほどに見えるのみである。しかもその帆は全く動かない。往昔入貢そのかみにゅうこう高麗船こまぶねが遠くから渡ってくるときには、あんなに見えたであろう。そのほかは大千だいせん世界をきわめて、照らす日の世、照らさるる海の世のみである。
    ごろりとる。帽子がひたいをすべって、やけに阿弥陀あみだとなる。所々の草を一二尺いて、木瓜ぼけの小株が茂っている。余が顔はちょうどその一つの前に落ちた。木瓜ぼけは面白い花である。枝は頑固がんこで、かつてまがった事がない。そんなら真直まっすぐかと云うと、けっして真直でもない。ただ真直な短かい枝に、真直な短かい枝が、ある角度で衝突して、しゃに構えつつ全体が出来上っている。そこへ、べにだか白だか要領を得ぬ花が安閑あんかんと咲く。やわらかい葉さえちらちら着ける。評して見ると木瓜は花のうちで、おろかにしてさとったものであろう。世間にはせつを守ると云う人がある。この人が来世らいせに生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい。
    小供のうち花の咲いた、葉のついた木瓜ぼけを切って、面白く枝振えだぶりを作って、筆架ひつかをこしらえた事がある。それへ二銭五厘の水筆すいひつを立てかけて、白い穂が花と葉の間から、隠見いんけんするのを机へせて楽んだ。その日は木瓜ぼけ筆架ひつかばかり気にして寝た。あくる日、眼がめるやいなや、飛び起きて、机の前へ行って見ると、花はえ葉は枯れて、白い穂だけが元のごとく光っている。あんなに奇麗なものが、どうして、こう一晩のうちに、枯れるだろうと、その時は不審ふしんの念にえなかった。今思うとその時分の方がよほど出世間的しゅっせけんてきである。
    るや否や眼についた木瓜は二十年来の旧知己である。見詰めているとしだいに気が遠くなって、いい心持ちになる。また詩興が浮ぶ。
    寝ながら考える。一句を得るごとに写生帖にしるして行く。しばらくして出来上ったようだ。始めから読み直して見る。

    出門多所思。春風吹吾衣。芳草生車轍。廃道入霞微。停※(「筑」の「凡」に代えて「卩」、第3水準1-89-60)而矚目。万象帯晴暉。聴黄鳥宛転。観落英紛霏。行尽平蕪遠。題詩古寺扉。孤愁高雲際。大空断鴻帰。寸心何窈窕。縹緲忘是非。三十我欲老。韶光猶依々。逍遥随物化。悠然対芬菲。

    ああ出来た、出来た。これで出来た。寝ながら木瓜をて、世の中を忘れている感じがよく出た。木瓜が出なくっても、海が出なくっても、感じさえ出ればそれで結構である。とうなりながら、喜んでいると、エヘンと云う人間の咳払せきばらいが聞えた。こいつは驚いた。
    寝返ねがえりをして、声の響いた方を見ると、山の出鼻を回って、雑木ぞうきの間から、一人の男があらわれた。
    茶の中折なかおれをかぶっている。中折れの形はくずれて、かたむへりの下から眼が見える。眼の恰好かっこうはわからんが、たしかにきょろきょろときょろつくようだ。あい縞物しまものの尻を端折はしょって、素足すあしに下駄がけのちは、何だか鑑定がつかない。野生やせいひげだけで判断するとまさに野武士のぶしの価値はある。
    男は岨道そばみちを下りるかと思いのほか、曲り角からまた引き返した。もと来た路へ姿をかくすかと思うと、そうでもない。またあるき直してくる。この草原を、散歩する人のほかに、こんなに行きつ戻りつするものはないはずだ。しかしあれが散歩の姿であろうか。またあんな男がこの近辺きんぺんに住んでいるとも考えられない。男は時々立ちどまる。首を傾ける。または四方を見廻わす。大に考え込むようにもある。人を待ち合せる風にも取られる。何だかわからない。
    余はこの物騒ぶっそうな男から、ついに吾眼をはなす事ができなかった。別に恐しいでもない、またにしようと云う気も出ない。ただ眼をはなす事ができなかった。右から左、左りから右と、男に添うて、眼を働かせているうちに、男ははたと留った。留ると共に、またひとりの人物が、余が視界に点出てんしゅつされた。
    二人は双方そうほうで互に認識したように、しだいに双方から近づいて来る。余が視界はだんだんちぢまって、原の真中で一点のせまき間にたたまれてしまう。二人は春の山をに、春の海を前に、ぴたりと向き合った。
    男は無論例の野武士のぶしである。相手は? 相手は女である。那美なみさんである。
    余は那美さんの姿を見た時、すぐ今朝の短刀を連想した。もしやふところんでおりはせぬかと思ったら、さすが非人情ひにんじょうの余もただ、ひやりとした。
    男女は向き合うたまま、しばらくは、同じ態度で立っている。動く景色けしきは見えぬ。口は動かしているかも知れんが、言葉はまるで聞えぬ。男はやがて首をれた。女は山の方を向く。顔は余の眼に入らぬ。
    山ではうぐいすく。女は鶯に耳を借して、いるとも見える。しばらくすると、男はきっと、垂れた首を挙げて、なかくびすめぐらしかける。尋常のさまではない。女はさっと体を開いて、海の方へ向き直る。帯の間から頭を出しているのは懐剣かいけんらしい。男は昂然こうぜんとして、行きかかる。女は二歩ふたあしばかり、男の踵をうて進む。女は草履ぞうりばきである。男のとまったのは、呼び留められたのか。振り向く瞬間に女の右手めては帯の間へ落ちた。あぶない!
    するりと抜け出たのは、九寸五分かと思いのほか、財布さいふのような包み物である。差し出した白い手の下から、長いひもがふらふらと春風しゅんぷうに揺れる。
    片足を前に、腰から上を少しそらして、差し出した、白い手頸てくびに、紫の包。これだけの姿勢で充分にはなろう。
    紫でちょっと切れた図面が、二三寸の間隔をとって、振り返る男のたいのこなし具合で、うまい按排あんばいにつながれている。不即不離ふそくふりとはこの刹那せつなの有様を形容すべき言葉と思う。女は前を引く態度で、男はしりえに引かれた様子だ。しかもそれが実際に引いてもひかれてもおらん。両者のえんは紫の財布の尽くる所で、ふつりと切れている。
    二人の姿勢がかくのごとく美妙びみょうな調和をたもっていると同時に、両者の顔と、衣服にはあくまで、対照が認められるから、画として見ると一層の興味が深い。
    のずんぐりした、色黒の、ひげづらと、くっきりしまった細面ほそおもてに、えりの長い、撫肩なでがたの、華奢きゃしゃ姿。ぶっきらぼうに身をひねった下駄がけの野武士と、不断着ふだんぎ銘仙めいせんさえしなやかに着こなした上、腰から上を、おとなしくり身に控えたる痩形やさすがた。はげた茶の帽子に、藍縞あいじま尻切しりき出立でだちと、陽炎かげろうさえ燃やすべき櫛目くしめの通ったびんの色に、黒繻子くろじゅすのひかる奥から、ちらりと見せた帯上おびあげの、なまめかしさ。すべてが好画題こうがだいである。
    男は手を出して財布を受け取る。引きつ引かれつたくみに平均を保ちつつあった二人の位置はたちまちくずれる。女はもう引かぬ、男は引かりょうともせぬ。心的状態が絵を構成する上に、かほどの影響を与えようとは、画家ながら、今まで気がつかなかった。
    二人は左右へ分かれる。双方に気合きあいがないから、もう画としては、支離滅裂しりめつれつである。雑木林ぞうきばやしの入口で男は一度振り返った。女はあとをも見ぬ。すらすらと、こちらへ歩行あるいてくる。やがて余の真正面ましょうめんまで来て、
    「先生、先生」
    二声ふたこえ掛けた。これはしたり、いつ目付めっかったろう。
    「何です」
    と余は木瓜ぼけの上へ顔を出す。帽子は草原へ落ちた。
    「何をそんな所でしていらっしゃる」
    「詩を作ってていました」
    「うそをおっしゃい。今のを御覧でしょう」
    「今の? 今の、あれですか。ええ。少々拝見しました」
    「ホホホホ少々でなくても、たくさん御覧なさればいいのに」
    「実のところはたくさん拝見しました」
    「それ御覧なさい。まあちょっと、こっちへ出ていらっしゃい。木瓜の中から出ていらっしゃい」
    余は唯々いいとして木瓜の中から出て行く。
    「まだ木瓜の中に御用があるんですか」
    「もう無いんです。帰ろうかとも思うんです」
    「それじゃごいっしょに参りましょうか」
    「ええ」
    余は再び唯々として、木瓜の中に退しりぞいて、帽子をかぶり、絵の道具をまとめて、那美さんといっしょにあるき出す。
    「画を御描きになったの」
    「やめました」
    「ここへいらしって、まだ一枚も御描きなさらないじゃありませんか」
    「ええ」
    「でもせっかく画をかきにいらしって、ちっとも御かきなさらなくっちゃ、つまりませんわね」
    「なにつまってるんです」
    「おやそう。なぜ?」
    「なぜでも、ちゃんとつまるんです。画なんぞいたって、描かなくったって、つまるところはおんなじ事でさあ」
    「そりゃ洒落しゃれなの、ホホホホ随分呑気のんきですねえ」
    「こんな所へくるからには、呑気にでもしなくっちゃ、来た甲斐かいがないじゃありませんか」
    「なあにどこにいても、呑気にしなくっちゃ、生きている甲斐はありませんよ。私なんぞは、今のようなところを人に見られてもはずかしくも何とも思いません」
    「思わんでもいいでしょう」
    「そうですかね。あなたは今の男をいったい何だと御思いです」
    「そうさな。どうもあまり、金持ちじゃありませんね」
    「ホホホくあたりました。あなたはうらないの名人ですよ。あの男は、貧乏して、日本にいられないからって、私に御金を貰いに来たのです」
    「へえ、どこから来たのです」
    城下じょうかから来ました」
    「随分遠方から来たもんですね。それで、どこへ行くんですか」
    「何でも満洲へ行くそうです」
    「何しに行くんですか」
    「何しに行くんですか。御金を拾いに行くんだか、死にに行くんだか、分りません」
    この時余は眼をあげて、ちょと女の顔を見た。今結んだ口元には、かすかなる笑の影が消えかかりつつある。意味はせぬ。
    「あれは、わたくしの亭主です」
    迅雷じんらいおおうにいとまあらず、女は突然として一太刀ひとたち浴びせかけた。余は全く不意撃ふいうちった。無論そんな事を聞く気はなし、女も、よもや、ここまでさらけ出そうとは考えていなかった。
    「どうです、驚ろいたでしょう」と女が云う。
    「ええ、少々驚ろいた」
    「今の亭主じゃありません、離縁りえんされた亭主です」
    「なるほど、それで……」
    「それぎりです」
    「そうですか。――あの蜜柑山みかんやまに立派な白壁の家がありますね。ありゃ、いい地位にあるが、誰のうちなんですか」
    「あれが兄の家です。帰り路にちょっと寄って、行きましょう」
    「用でもあるんですか」
    「ええちっと頼まれものがあります」
    「いっしょに行きましょう」
    岨道そばみちの登り口へ出て、村へ下りずに、すぐ、右に折れて、また一丁ほどを登ると、門がある。門から玄関へかからずに、すぐ庭口へ廻る。女が無遠慮につかつか行くから、余も無遠慮につかつか行く。南向きの庭に、棕梠しゅろが三四本あって、土塀どべいの下はすぐ蜜柑畠である。
    女はすぐ、椽鼻えんばなへ腰をかけて、云う。
    「いい景色だ。御覧なさい」
    「なるほど、いいですな」
    障子のうちは、静かに人の気合けあいもせぬ。女はおとのう景色もない。ただ腰をかけて、蜜柑畠を見下みおろして平気でいる。余は不思議に思った。元来何の用があるのかしら。
    しまいには話もないから、両方共無言のままで蜜柑畠を見下している。せまる太陽は、まともに暖かい光線を、山一面にあびせて、眼に余る蜜柑の葉は、葉裏まで、かえされて耀かがやいている。やがて、裏の納屋なやの方で、鶏が大きな声を出して、こけこっこううと鳴く。
    「おやもう。御午おひるですね。用事を忘れていた。――久一きゅういちさん、久一さん」
    女はおよごしになって、立て切った障子しょうじを、からりとける。内はむなしき十畳敷に、狩野派かのうは双幅そうふくが空しく春のとこを飾っている。
    「久一さん」
    納屋なやの方でようやく返事がする。足音がふすまむこうでとまって、からりと、くが早いか、白鞘しらさや短刀たんとうが畳の上へころがり出す。
    「そら御伯父おじさんの餞別せんべつだよ」
    帯の間に、いつ手が這入はいったか、余は少しも知らなかった。短刀は二三度とんぼ返りを打って、静かな畳の上を、久一さんの足下あしもとへ走る。作りがゆる過ぎたと見えて、ぴかりと、寒いものが一すんばかり光った。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「草枕」 十一 山口雄介朗読

    28.50 Jun 27, 2018

    十一

    山里やまざとおぼろに乗じてそぞろ歩く。観海寺の石段を登りながら仰数あおぎかぞう春星しゅんせい一二三と云う句を得た。余は別に和尚おしょうに逢う用事もない。逢うて雑話をする気もない。偶然と宿をでて足の向くところに任せてぶらぶらするうち、ついこの石磴せきとうの下に出た。しばらく不許葷酒入山門くんしゅさんもんにいるをゆるさずと云う石をでて立っていたが、急にうれしくなって、登り出したのである。
    トリストラム・シャンデーと云う書物のなかに、この書物ほど神の御覚召おぼしめしかのうた書き方はないとある。最初の一句はともかくも自力じりきつづる。あとはひたすらに神を念じて、筆の動くに任せる。何をかくか自分には無論見当がつかぬ。かく者は自己であるが、かく事は神の事である。したがって責任は著者にはないそうだ。余が散歩もまたこの流儀をんだ、無責任の散歩である。ただ神を頼まぬだけが一層の無責任である。スターンは自分の責任をのがれると同時にこれを在天の神にした。引き受けてくれる神を持たぬ余はついにこれを泥溝どぶの中にてた。
    石段を登るにも骨を折っては登らない。骨が折れるくらいなら、すぐ引き返す。一段登ってたたずむとき何となく愉快だ。それだから二段登る。二段目に詩が作りたくなる。黙然もくねんとして、吾影を見る。角石かくいしさえぎられて三段に切れているのは妙だ。妙だからまた登る。仰いで天を望む。寝ぼけた奥から、小さい星がしきりにまばたきをする。句になると思って、また登る。かくして、余はとうとう、上まで登り詰めた。
    石段の上で思い出す。昔し鎌倉へ遊びに行って、いわゆる五山ごさんなるものを、ぐるぐる尋ねて廻った時、たしか円覚寺えんがくじ塔頭たっちゅうであったろう、やはりこんな風に石段をのそりのそりと登って行くと、門内から、法衣ころもを着た、頭のはちの開いた坊主が出て来た。余はのぼる、坊主はくだる。すれ違った時、坊主が鋭どい声でどこへ御出おいでなさると問うた。余はただ境内けいだいを拝見にと答えて、同時に足をめたら、坊主はただちに、何もありませんぞと言い捨てて、すたすた下りて行った。あまり洒落しゃらくだから、余は少しくせんを越された気味で、段上に立って、坊主を見送ると、坊主は、かの鉢の開いた頭を、振り立て振り立て、ついに姿を杉の木の間に隠した。そのあいだかつて一度も振り返った事はない。なるほど禅僧は面白い。きびきびしているなと、のっそり山門を這入はいって、見ると、広い庫裏くりも本堂も、がらんとして、人影はまるでない。余はその時に心からうれしく感じた。世の中にこんな洒落しゃらくな人があって、こんな洒落に、人を取り扱ってくれたかと思うと、何となく気分が晴々せいせいした。ぜんを心得ていたからと云う訳ではない。禅のぜの字もいまだに知らぬ。ただあの鉢の開いた坊主の所作しょさが気に入ったのである。
    世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやなやつうずまっている。元来何しに世の中へつらさらしているんだか、しかねる奴さえいる。しかもそんな面に限って大きいものだ。浮世の風にあたる面積の多いのをもって、さも名誉のごとく心得ている。五年も十年も人のしり探偵たんていをつけて、人のひる勘定かんじょうをして、それが人世だと思ってる。そうして人の前へ出て来て、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を教える。前へ出て云うなら、それも参考にして、やらんでもないが、うしろの方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと云う。うるさいと云えばなおなお云う。よせと云えばますます云う。分ったと云っても、屁をいくつ、ひった、ひったと云う。そうしてそれが処世の方針だと云う。方針は人々にんにん勝手である。ただひったひったと云わずに黙って方針を立てるがいい。人の邪魔になる方針はひかえるのが礼儀だ。邪魔にならなければ方針が立たぬと云うなら、こっちも屁をひるのをもって、こっちの方針とするばかりだ。そうなったら日本も運の尽きだろう。
    こうやって、美しい春の夜に、何らの方針も立てずに、あるいてるのは実際高尚だ。興きたれば興来るをもって方針とする。興去れば興去るをもって方針とする。句を得れば、得たところに方針が立つ。得なければ、得ないところに方針が立つ。しかも誰の迷惑にもならない。これが真正の方針である。屁を勘定するのは人身攻撃の方針で、屁をひるのは正当防禦ぼうぎょの方針で、こうやって観海寺の石段を登るのは随縁放曠ずいえんほうこうの方針である。
    仰数あおぎかぞう春星しゅんせい一二三の句を得て、石磴せきとうを登りつくしたる時、おぼろにひかる春の海が帯のごとくに見えた。山門を入る。絶句ぜっくまとめる気にならなくなった。即座にやめにする方針を立てる。
    石をたたんで庫裡くりに通ずる一筋道の右側は、岡つつじの生垣いけがきで、垣のむこうは墓場であろう。左は本堂だ。屋根瓦やねがわらが高い所で、かすかに光る。数万のいらかに、数万の月が落ちたようだと見上みあげる。どこやらで鳩の声がしきりにする。むねの下にでも住んでいるらしい。気のせいか、ひさしのあたりに白いものが、点々見える。ふんかも知れぬ。
    雨垂あまだれ落ちの所に、妙な影が一列に並んでいる。木とも見えぬ、草では無論ない。感じから云うと岩佐又兵衛いわさまたべえのかいた、おに念仏ねんぶつが、念仏をやめて、踊りを踊っている姿である。本堂のはじから端まで、一列に行儀よく並んでおどっている。その影がまた本堂の端から端まで一列に行儀よく並んで躍っている。朧夜おぼろよにそそのかされて、かね撞木しゅもくも、奉加帳ほうがちょうも打ちすてて、さそあわせるや否やこの山寺やまでらへ踊りに来たのだろう。
    近寄って見ると大きな覇王樹さぼてんである。高さは七八尺もあろう、糸瓜へちまほどな青い黄瓜きゅうりを、杓子しゃもじのようにしひしゃげて、の方を下に、上へ上へとあわせたように見える。あの杓子がいくつつながったら、おしまいになるのか分らない。今夜のうちにもひさしを突き破って、屋根瓦の上まで出そうだ。あの杓子が出来る時には、何でも不意に、どこからか出て来て、ぴしゃりと飛びつくに違いない。古い杓子が新しい小杓子を生んで、その小杓子が長い年月のうちにだんだん大きくなるようには思われない。杓子と杓子の連続がいかにも突飛とっぴである。こんな滑稽こっけいはたんとあるまい。しかも澄ましたものだ。いかなるこれぶつと問われて、庭前ていぜん柏樹子はくじゅしと答えた僧があるよしだが、もし同様の問に接した場合には、余は一も二もなく、月下げっか覇王樹はおうじゅこたえるであろう。青空文庫より

  • 夏目漱石「草枕」 十 山口雄介朗読

    26.67 Jun 05, 2018

    鏡が池へ来て見る。観海寺の裏道の、杉の間から谷へ降りて、向うの山へ登らぬうちに、路は二股ふたまたわかれて、おのずから鏡が池の周囲となる。池のふちには熊笹くまざさが多い。ある所は、左右からい重なって、ほとんど音を立てずには通れない。木の間から見ると、池の水は見えるが、どこで始まって、どこで終るか一応廻った上でないと見当がつかぬ。あるいて見ると存外小さい。三丁ほどよりあるまい。ただ非常に不規則なかたちで、ところどころに岩が自然のまま水際みずぎわよこたわっている。縁の高さも、池の形の名状しがたいように、波を打って、色々な起伏を不規則につらねている。
    池をめぐりては雑木ぞうきが多い。何百本あるか勘定かんじょうがし切れぬ。中には、まだ春の芽を吹いておらんのがある。割合に枝のまない所は、依然として、うららかな春の日を受けて、え出でた下草したぐささえある。壺菫つぼすみれの淡き影が、ちらりちらりとその間に見える。
    日本の菫は眠っている感じである。「天来てんらいの奇想のように」、と形容した西人せいじんの句はとうていあてはまるまい。こう思う途端とたんに余の足はとまった。足がとまれば、いやになるまでそこにいる。いられるのは、幸福な人である。東京でそんな事をすれば、すぐ電車に引き殺される。電車が殺さなければ巡査が追い立てる。都会は太平のたみ乞食こじきと間違えて、掏摸すりの親分たる探偵たんていに高い月俸を払う所である。
    余は草をしとねに太平の尻をそろりとおろした。ここならば、五六日こうしたなり動かないでも、誰も苦情を持ち出す気遣きづかいはない。自然のありがたいところはここにある。いざとなると容赦ようしゃ未練みれんもない代りには、人にって取り扱をかえるような軽薄な態度はすこしも見せない。岩崎いわさき三井みついを眼中に置かぬものは、いくらでもいる。冷然として古今ここん帝王の権威を風馬牛ふうばぎゅうし得るものは自然のみであろう。自然の徳は高く塵界を超越して、対絶の平等観びょうどうかん無辺際むへんさいに樹立している。天下の羣小ぐんしょうさしまねいで、いたずらにタイモンのいきどおりを招くよりは、らんを九※(「田+宛」、第3水準1-88-43)えんき、※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)けいを百けいえて、ひとりそのうち起臥きがする方が遥かに得策である。余は公平と云い無私むしと云う。さほど大事だいじなものならば、日に千人の小賊しょうぞくりくして、満圃まんぽの草花を彼らのしかばね培養つちかうがよかろう。
    何だかかんがえに落ちていっこうつまらなくなった。こんな中学程度の観想かんそうを練りにわざわざ、鏡が池まで来はせぬ。たもとから煙草たばこを出して、寸燐マッチをシュッとる。手応てごたえはあったが火は見えない。敷島しきしまのさきに付けて吸ってみると、鼻から煙が出た。なるほど、吸ったんだなとようやく気がついた。寸燐マッチは短かい草のなかで、しばらく雨竜あまりょうのような細い煙りを吐いて、すぐ寂滅じゃくめつした。席をずらせてだんだん水際みずぎわまで出て見る。余が茵は天然に池のなかに、ながれ込んで、足をひたせば生温なまぬるい水につくかも知れぬと云う間際まぎわで、とまる。水をのぞいて見る。
    眼の届く所はさまで深そうにもない。底には細長い水草みずぐさが、往生おうじょうして沈んでいる。余は往生と云うよりほかに形容すべき言葉を知らぬ。岡のすすきならなびく事を知っている。の草ならばさそう波のなさけを待つ。百年待っても動きそうもない、水の底に沈められたこの水草は、動くべきすべての姿勢を調ととのえて、朝な夕なに、なぶらるる期を、待ち暮らし、待ち明かし、幾代いくよおもいくきの先にめながら、今に至るまでついに動き得ずに、また死に切れずに、生きているらしい。
    余は立ち上がって、草の中から、手頃の石を二つ拾って来る。功徳くどくになると思ったから、眼の先へ、一つほうり込んでやる。ぶくぶくとあわが二つ浮いて、すぐ消えた。すぐ消えた、すぐ消えたと、余は心のうちで繰り返す。すかして見ると、三茎みくきほどの長い髪が、ものうげに揺れかかっている。見つかってはと云わぬばかりに、濁った水が底の方から隠しに来る。南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
    今度は思い切って、懸命に真中まんなかへなげる。ぽかんとかすかに音がした。静かなるものは決して取り合わない。もうげる気も無くなった。絵の具箱と帽子を置いたまま右手へ廻る。
    二間余りを爪先上つまさきあがりに登る。頭の上には大きながかぶさって、身体からだが急に寒くなる。向う岸の暗い所に椿つばきが咲いている。椿の葉は緑が深すぎて、昼見ても、日向ひなたで見ても、軽快な感じはない。ことにこの椿は岩角いわかどを、奥へ二三間遠退とおのいて、花がなければ、何があるか気のつかない所に森閑しんかんとして、かたまっている。その花が! 一日勘定かんじょうしても無論勘定し切れぬほど多い。しかし眼がつけば是非勘定したくなるほどあざやかである。ただ鮮かと云うばかりで、いっこう陽気な感じがない。ぱっと燃え立つようで、思わず、気をられた、あとは何だかすごくなる。あれほど人をだます花はない。余は深山椿みやまつばきを見るたびにいつでも妖女ようじょの姿を連想する。黒い眼で人を釣り寄せて、しらぬ間に、嫣然えんぜんたる毒を血管に吹く。あざむかれたとさとった頃はすでに遅い。向う側の椿が眼にった時、余は、ええ、見なければよかったと思った。あの花の色はただの赤ではない。眼をさますほどの派出はでやかさの奥に、言うに言われぬ沈んだ調子を持っている。悄然しょうぜんとしてしおれる雨中うちゅう梨花りかには、ただ憐れな感じがする。冷やかにえんなる月下げっか海棠かいどうには、ただ愛らしい気持ちがする。椿の沈んでいるのは全く違う。黒ずんだ、毒気のある、恐ろしを帯びた調子である。この調子を底に持って、上部うわべはどこまでも派出によそおっている。しかも人にぶるさまもなければ、ことさらに人を招く様子も見えぬ。ぱっと咲き、ぽたりと落ち、ぽたりと落ち、ぱっと咲いて、幾百年の星霜せいそうを、人目にかからぬ山陰に落ちつき払って暮らしている。ただ一眼ひとめ見たが最後! 見た人は彼女の魔力から金輪際こんりんざいのがるる事は出来ない。あの色はただの赤ではない。ほふられたる囚人しゅうじんの血が、おのずから人の眼をいて、自から人の心を不快にするごとく一種異様な赤である。
    見ていると、ぽたり赤い奴が水の上に落ちた。静かな春に動いたものはただこの一輪である。しばらくするとまたぽたり落ちた。あの花は決して散らない。くずれるよりも、かたまったまま枝を離れる。枝を離れるときは一度に離れるから、未練みれんのないように見えるが、落ちてもかたまっているところは、何となく毒々しい。またぽたり落ちる。ああやって落ちているうちに、池の水が赤くなるだろうと考えた。花が静かに浮いているあたりは今でも少々赤いような気がする。また落ちた。地の上へ落ちたのか、水の上へ落ちたのか、区別がつかぬくらい静かに浮く。また落ちる。あれが沈む事があるだろうかと思う。年々ねんねん落ち尽す幾万輪の椿は、水につかって、色がけ出して、腐って泥になって、ようやく底に沈むのかしらん。幾千年の後にはこの古池が、人の知らぬに、落ちた椿のために、うずもれて、元の平地ひらちに戻るかも知れぬ。また一つ大きいのが血を塗った、人魂ひとだまのように落ちる。また落ちる。ぽたりぽたりと落ちる。際限なく落ちる。
    こんな所へ美しい女の浮いているところをかいたら、どうだろうと思いながら、元の所へ帰って、また煙草をんで、ぼんやり考え込む。温泉場ゆば御那美おなみさんが昨日きのう冗談じょうだんに云った言葉が、うねりを打って、記憶のうちに寄せてくる。心は大浪おおなみにのる一枚の板子いたごのように揺れる。あの顔をたねにして、あの椿の下に浮かせて、上から椿を幾輪も落とす。椿がとこしなえに落ちて、女が長えに水に浮いている感じをあらわしたいが、それがでかけるだろうか。かのラオコーンには――ラオコーンなどはどうでも構わない。原理にそむいても、背かなくっても、そう云う心持ちさえ出ればいい。しかし人間を離れないで人間以上の永久と云う感じを出すのは容易な事ではない。第一顔に困る。あの顔を借りるにしても、あの表情では駄目だ。苦痛が勝ってはすべてをわしてしまう。と云ってむやみに気楽ではなお困る。一層いっそほかの顔にしては、どうだろう。あれか、これかと指を折って見るが、どうもおもわしくない。やはり御那美さんの顔が一番似合うようだ。しかし何だか物足らない。物足らないとまでは気がつくが、どこが物足らないかが、われながら不明である。したがって自己の想像でいい加減に作りえる訳に行かない。あれに※(「女+戸の旧字」、第3水準1-15-76)しっとを加えたら、どうだろう。嫉※(「女+戸の旧字」、第3水準1-15-76)では不安の感が多過ぎる。憎悪ぞうおはどうだろう。憎悪はげし過ぎる。いかり? 怒では全然調和を破る。うらみ? 恨でも春恨しゅんこんとか云う、詩的のものならば格別、ただの恨では余り俗である。いろいろに考えた末、しまいにようやくこれだと気がついた。多くある情緒じょうしょのうちで、あわれと云う字のあるのを忘れていた。憐れは神の知らぬじょうで、しかも神にもっとも近き人間の情である。御那美さんの表情のうちにはこの憐れの念が少しもあらわれておらぬ。そこが物足らぬのである。ある咄嗟とっさの衝動で、この情があの女の眉宇びうにひらめいた瞬時に、わが成就じょうじゅするであろう。しかし――いつそれが見られるか解らない。あの女の顔に普段充満しているものは、人を馬鹿にする微笑うすわらいと、勝とう、勝とうとあせる八の字のみである。あれだけでは、とても物にならない。
    がさりがさりと足音がする。胸裏きょうりの図案は三二でくずれた。見ると、筒袖つつそでを着た男が、まきせて、熊笹くまざさのなかを観海寺の方へわたってくる。隣りの山からおりて来たのだろう。
    「よい御天気で」と手拭てぬぐいをとって挨拶あいさつする。腰をかがめる途端とたんに、三尺帯におとしたなたがぴかりと光った。四十恰好がっこうたくましい男である。どこかで見たようだ。男は旧知のように馴々なれなれしい。
    旦那だんなも画を御描おかきなさるか」余の絵の具箱はけてあった。
    「ああ。この池でもこうと思って来て見たが、さみしい所だね。誰も通らない」
    「はあい。まことに山の中で……旦那あ、とうげ御降おふられなさって、さぞ御困りでござんしたろ」
    「え? うん御前おまえはあの時の馬子まごさんだね」
    「はあい。こうやってたきぎを切っては城下じょうかへ持って出ます」と源兵衛は荷をおろして、その上へ腰をかける。煙草入たばこいれを出す。古いものだ。紙だかかわだか分らない。余は寸燐マッチしてやる。
    「あんな所を毎日越すなあ大変だね」
    「なあに、馴れていますから――それに毎日は越しません。三日みっかに一ぺん、ことによると四日目よっかめくらいになります」
    「四日に一ぺんでも御免だ」
    「アハハハハ。馬が不憫ふびんですから四日目くらいにして置きます」
    「そりゃあ、どうも。自分より馬の方が大事なんだね。ハハハハ」

    青空文庫より

  • 夏目漱石「草枕」 九 山口雄介朗読

    21.73
    May 15, 2018

    「御勉強ですか」と女が云う。部屋に帰った余は、三脚几さんきゃくきしばりつけた、書物の一冊をいて読んでいた。
    御這入おはいりなさい。ちっとも構いません」
    女は遠慮する景色けしきもなく、つかつかと這入る。くすんだ半襟はんえりの中から、恰好かっこうのいいくびの色が、あざやかに、き出ている。女が余の前に坐った時、この頸とこの半襟の対照が第一番に眼についた。
    「西洋の本ですか、むずかしい事が書いてあるでしょうね」
    「なあに」
    「じゃ何が書いてあるんです」
    「そうですね。実はわたしにも、よく分らないんです」
    「ホホホホ。それで御勉強なの」
    「勉強じゃありません。ただ机の上へ、こうけて、開いた所をいい加減に読んでるんです」
    「それで面白いんですか」
    「それが面白いんです」
    「なぜ?」
    「なぜって、小説なんか、そうして読む方が面白いです」
    「よっぽど変っていらっしゃるのね」
    「ええ、ちっと変ってます」
    「初から読んじゃ、どうして悪るいでしょう」
    「初から読まなけりゃならないとすると、しまいまで読まなけりゃならない訳になりましょう」
    「妙な理窟りくつだ事。しまいまで読んだっていいじゃありませんか」
    「無論わるくは、ありませんよ。筋を読む気なら、わたしだって、そうします」
    「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋のほかに何か読むものがありますか」
    余は、やはり女だなと思った。多少試験してやる気になる。
    「あなたは小説が好きですか」
    「私が?」と句を切った女は、あとから「そうですねえ」と判然はっきりしない返事をした。あまり好きでもなさそうだ。
    「好きだか、きらいだか自分にも解らないんじゃないですか」
    「小説なんか読んだって、読まなくったって……」
    と眼中にはまるで小説の存在を認めていない。
    「それじゃ、初から読んだって、しまいから読んだって、いい加減な所をいい加減に読んだって、いい訳じゃありませんか。あなたのようにそう不思議がらないでもいいでしょう」
    「だって、あなたと私とは違いますもの」
    「どこが?」と余は女の眼のうちを見詰めた。試験をするのはここだと思ったが、女のひとみは少しも動かない。
    「ホホホホ解りませんか」
    「しかし若いうちは随分御読みなすったろう」余は一本道で押し合うのをやめにして、ちょっと裏へ廻った。
    「今でも若いつもりですよ。可哀想かわいそうに」放したたかはまたそれかかる。すこしも油断がならん。
    「そんな事が男の前で云えれば、もう年寄のうちですよ」と、やっと引き戻した。
    「そう云うあなたも随分の御年じゃあ、ありませんか。そんなに年をとっても、やっぱり、れたの、れたの、にきびが出来たのってえ事が面白いんですか」
    「ええ、面白いんです、死ぬまで面白いんです」
    「おやそう。それだから画工えかきなんぞになれるんですね」
    「全くです。画工だから、小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留とうりゅうしているうちは毎日話をしたいくらいです。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなるとなお面白い。しかしいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初からしまいまで読む必要があるんです」
    「すると不人情ふにんじょうな惚れ方をするのが画工なんですね」
    「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤おみくじを引くように、ぱっとけて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」
    「なるほど面白そうね。じゃ、今あなたが読んでいらっしゃる所を、少し話してちょうだい。どんな面白い事が出てくるか伺いたいから」
    「話しちゃ駄目です。だって話にしちゃ一文の価値ねうちもなくなるじゃありませんか」
    「ホホホそれじゃ読んで下さい」
    「英語でですか」
    「いいえ日本語で」
    「英語を日本語で読むのはつらいな」
    「いいじゃありませんか、非人情で」
    これも一興いっきょうだろうと思ったから、余は女のこいに応じて、例の書物をぽつりぽつりと日本語で読み出した。もし世界に非人情な読み方があるとすればまさにこれである。く女ももとより非人情で聴いている。
    なさけの風が女から吹く。声から、眼から、はだえから吹く。男にたすけられてともに行く女は、夕暮のヴェニスをながむるためか、扶くる男はわがみゃく稲妻いなずまの血を走らすためか。――非人情だから、いい加減ですよ。ところどころ脱けるかも知れません」
    「よござんすとも。御都合次第で、御足おたしなすっても構いません」
    「女は男とならんでふなばたる。二人のへだたりは、風に吹かるるリボンの幅よりも狭い。女は男と共にヴェニスに去らばと云う。ヴェニスなるドウジの殿楼でんろうは今第二の日没のごとく、薄赤く消えて行く。……」
    「ドージとは何です」
    「何だって構やしません。むかしヴェニスを支配した人間の名ですよ。何代つづいたものですかね。その御殿が今でもヴェニスに残ってるんです」
    「それでその男と女と云うのは誰の事なんでしょう」
    「誰だか、わたしにも分らないんだ。それだから面白いのですよ。今までの関係なんかどうでもいいでさあ。ただあなたとわたしのように、こういっしょにいるところなんで、その場限りで面白味があるでしょう」
    「そんなものですかね。何だか船の中のようですね」
    「船でも岡でも、かいてある通りでいいんです。なぜと聞き出すと探偵たんていになってしまうです」
    「ホホホホじゃ聴きますまい」
    「普通の小説はみんな探偵が発明したものですよ。非人情なところがないから、ちっともおもむきがない」
    「じゃ非人情の続きを伺いましょう。それから?」
    「ヴェニスは沈みつつ、沈みつつ、ただ空に引く一抹いちまつの淡き線となる。線は切れる。切れて点となる。蛋白石とんぼだまの空のなかにまるき柱が、ここ、かしこと立つ。ついには最も高くそびえたる鐘楼しゅろうが沈む。沈んだと女が云う。ヴェニスを去る女の心は空行く風のごとく自由である。されど隠れたるヴェニスは、再び帰らねばならぬ女の心に覊絏きせつの苦しみを与う。男と女は暗き湾のかたに眼を注ぐ。星は次第に増す。柔らかにゆらぐ海はあわそそがず。男は女の手をる。鳴りやまぬゆづるを握った心地ここちである。……」
    「あんまり非人情でもないようですね」
    「なにこれが非人情的に聞けるのですよ。しかしいやなら少々略しましょうか」
    「なに私は大丈夫ですよ」
    「わたしは、あなたよりなお大丈夫です。――それからと、ええと、少しくずかしくなって来たな。どうも訳し――いや読みにくい」
    「読みにくければ、御略おりゃくしなさい」
    「ええ、いい加減にやりましょう。――この一夜ひとよと女が云う。一夜? と男がきく。一と限るはつれなし、幾夜いくよを重ねてこそと云う」
    「女が云うんですか、男が云うんですか」
    「男が云うんですよ。何でも女がヴェニスへ帰りたくないのでしょう。それで男が慰めることばなんです。――真夜中の甲板かんぱんに帆綱を枕にしてよこたわりたる、男の記憶には、かの瞬時、熱き一滴の血に似たる瞬時、女の手をしかりたる瞬時が大濤おおなみのごとくに揺れる。男は黒き夜を見上げながら、いられたる結婚のふちより、是非に女を救い出さんと思い定めた。かく思い定めて男は眼をずる。――」
    「女は?」
    「女は路に迷いながら、いずこに迷えるかを知らぬさまである。さらわれて空行く人のごとく、ただ不可思議の千万無量――あとがちょっと読みにくいですよ。どうも句にならない。――ただ不可思議の千万無量――何か動詞はないでしょうか」
    「動詞なんぞいるものですか、それで沢山です」
    「え?」
    ごうと音がして山のがことごとく鳴る。思わず顔を見合わす途端とたんに、机の上の一輪挿いちりんざしけた、椿つばきがふらふらと揺れる。「地震!」と小声で叫んだ女は、ひざくずして余の机にりかかる。御互おたがい身躯からだがすれすれに動く。キキーとするどい羽摶はばたきをして一羽の雉子きじやぶの中から飛び出す。
    「雉子が」と余は窓の外を見て云う。
    「どこに」と女は崩した、からだを擦寄すりよせる。余の顔と女の顔が触れぬばかりに近づく。細い鼻の穴から出る女の呼吸いきが余のひげにさわった。
    「非人情ですよ」と女はたちまち坐住居いずまいを正しながらきっと云う。
    「無論」と言下ごんかに余は答えた。
    岩のくぼみにたたえた春の水が、驚ろいて、のたりのたりとぬるうごいている。地盤の響きに、満泓まんおうの波が底から動くのだから、表面が不規則に曲線を描くのみで、くだけた部分はどこにもない。円満に動くと云う語があるとすれば、こんな場合に用いられるのだろう。落ちついて影を※(「くさかんむり/(酉+隹)/れんが」、第3水準1-91-44)ひたしていた山桜が、水と共に、延びたり縮んだり、曲がったり、くねったりする。しかしどう変化してもやはり明らかに桜の姿をたもっているところが非常に面白い。
    「こいつは愉快だ。奇麗きれいで、変化があって。こう云う風に動かなくっちゃ面白くない」
    「人間もそう云う風にさえ動いていれば、いくら動いても大丈夫ですね」
    「非人情でなくっちゃ、こうは動けませんよ」
    「ホホホホ大変非人情が御好きだこと」
    「あなた、だってきらいな方じゃありますまい。昨日きのう振袖ふりそでなんか……」と言いかけると、
    「何か御褒美ごほうびをちょうだい」と女は急にあまえるように云った。
    「なぜです」
    「見たいとおっしゃったから、わざわざ、見せて上げたんじゃありませんか」
    「わたしがですか」
    山越やまごえをなさったの先生が、茶店の婆さんにわざわざ御頼みになったそうで御座います」
    余は何と答えてよいやらちょっと挨拶あいさつが出なかった。女はすかさず、
    「そんな忘れっぽい人に、いくらじつをつくしても駄目ですわねえ」とあざけるごとく、うらむがごとく、また真向まっこうから切りつけるがごとく二の矢をついだ。だんだん旗色はたいろがわるくなるが、どこで盛り返したものか、いったん機先を制せられると、なかなかすきを見出しにくい。
    「じゃ昨夕ゆうべの風呂場も、全く御親切からなんですね」ときわどいところでようやく立て直す。
    女は黙っている。
    「どうも済みません。御礼に何を上げましょう」と出来るだけ先へ出て置く。いくら出ても何の利目ききめもなかった。女は何喰わぬ顔で大徹和尚だいてつおしょうの額をながめている。やがて、
    竹影ちくえい払階かいをはらって塵不動ちりうごかず
    と口のうちで静かに読みおわって、また余の方へ向き直ったが、急に思い出したように、
    「何ですって」
    と、わざと大きな声で聞いた。その手は喰わない。
    「その坊主にさっきいましたよ」と地震にれた池の水のように円満な動き方をして見せる。
    観海寺かんかいじの和尚ですか。ふとってるでしょう」
    「西洋画で唐紙からかみをかいてくれって、云いましたよ。禅坊さんなんてものは随分わけのわからない事を云いますね」
    「それだから、あんなに肥れるんでしょう」
    「それから、もう一人若い人に逢いましたよ。……」
    久一きゅういちでしょう」
    「ええ久一君です」
    「よく御存じです事」
    「なに久一君だけ知ってるんです。そのほかには何にも知りゃしません。口を聞くのがきらいな人ですね」
    「なに、遠慮しているんです。まだ小供ですから……」
    「小供って、あなたと同じくらいじゃありませんか」
    「ホホホホそうですか。あれはわたくしの従弟いとこですが、今度戦地へ行くので、暇乞いとまごいに来たのです」
    「ここにとまって、いるんですか」
    「いいえ、兄のうちにおります」
    「じゃ、わざわざ御茶を飲みに来た訳ですね」
    「御茶より御白湯おゆの方がすきなんですよ。父がよせばいいのに、呼ぶものですから。麻痺しびれが切れて困ったでしょう。私がおれば中途から帰してやったんですが……」
    「あなたはどこへいらしったんです。和尚おしょうが聞いていましたぜ、また一人ひとり散歩かって」
    「ええ鏡の池の方を廻って来ました」
    「その鏡の池へ、わたしも行きたいんだが……」
    「行って御覧なさい」
    にかくに好い所ですか」
    「身を投げるに好い所です」
    「身はまだなかなか投げないつもりです」
    「私は近々きんきん投げるかも知れません」
    余りに女としては思い切った冗談じょうだんだから、余はふと顔を上げた。女は存外たしかである。
    「私が身を投げて浮いているところを――苦しんで浮いてるところじゃないんです――やすやすと往生して浮いているところを――奇麗な画にかいて下さい」
    「え?」
    「驚ろいた、驚ろいた、驚ろいたでしょう」
    女はすらりと立ち上る。三歩にして尽くる部屋の入口を出るとき、かえりみてにこりと笑った。茫然ぼうぜんたる事多時たじ

    青空文庫より

  • 夏目漱石「草枕」 八 山口雄介朗読

    28.77
    May 01, 2018

    御茶の御馳走ごちそうになる。相客あいきゃくは僧一人、観海寺かんかいじ和尚おしょうで名は大徹だいてつと云うそうだ。ぞく一人、二十四五の若い男である。
    老人の部屋は、余がしつの廊下を右へ突き当って、左へ折れたどまりにある。おおきさは六畳もあろう。大きな紫檀したんの机を真中にえてあるから、思ったより狭苦しい。それへと云う席を見ると、布団ふとんの代りに花毯かたんが敷いてある。無論支那製だろう。真中を六角に仕切しきって、妙な家と、妙な柳が織り出してある。周囲まわりは鉄色に近いあいで、四隅よすみ唐草からくさの模様を飾った茶のを染め抜いてある。支那ではこれを座敷に用いたものか疑わしいが、こうやって布団に代用して見るとすこぶる面白い。印度インド更紗さらさとか、ペルシャの壁掛かべかけとか号するものが、ちょっとが抜けているところに価値があるごとく、この花毯もこせつかないところにおもむきがある。花毯ばかりではない、すべて支那の器具は皆抜けている。どうしても馬鹿で気の長い人種の発明したものとほか取れない。見ているうちに、ぼおっとするところがとうとい。日本は巾着切きんちゃくきりの態度で美術品を作る。西洋は大きくてこまかくて、そうしてどこまでも娑婆気しゃばっけがとれない。まずこう考えながら席に着く。若い男は余とならんで、花毯のなかばを占領した。
    和尚は虎の皮の上へ坐った。虎の皮の尻尾が余のひざの傍を通り越して、頭は老人のしりの下に敷かれている。老人は頭の毛をことごとく抜いて、頬とあごへ移植したように、白いひげをむしゃむしゃとやして、茶托ちゃたくせた茶碗を丁寧に机の上へならべる。
    今日きょうは久し振りで、うちへ御客が見えたから、御茶を上げようと思って、……」と坊さんの方を向くと、
    「いや、御使おつかいをありがとう。わしも、だいぶ御無沙汰ごぶさたをしたから、今日ぐらい来て見ようかと思っとったところじゃ」と云う。この僧は六十近い、丸顔の、達磨だるま草書そうしょくずしたような容貌ようぼうを有している。老人とは平常ふだんからの昵懇じっこんと見える。
    「このかたが御客さんかな」
    老人は首肯うなずきながら、朱泥しゅでい急須きゅうすから、緑を含む琥珀色こはくいろ玉液ぎょくえきを、二三滴ずつ、茶碗の底へしたたらす。清いかおりがかすかに鼻をおそう気分がした。
    「こんな田舎いなか一人ひとりでは御淋おさみしかろ」と和尚おしょうはすぐ余に話しかけた。
    「はああ」となんともかとも要領を得ぬ返事をする。さびしいと云えば、いつわりである。淋しからずと云えば、長い説明が入る。
    「なんの、和尚さん。このかたはを書かれるために来られたのじゃから、御忙おいそがしいくらいじゃ」
    「おお左様さようか、それは結構だ。やはり南宗派なんそうはかな」
    「いいえ」と今度は答えた。西洋画だなどと云っても、この和尚にはわかるまい。
    「いや、例の西洋画じゃ」と老人は、主人役に、また半分引き受けてくれる。
    「ははあ、洋画か。すると、あの久一きゅういちさんのやられるようなものかな。あれは、わしこの間始めて見たが、随分奇麗にかけたのう」
    「いえ、詰らんものです」と若い男がこの時ようやく口を開いた。
    「御前何ぞ和尚さんに見ていただいたか」と老人が若い男に聞く。言葉から云うても、様子から云うても、どうも親類らしい。
    「なあに、見ていただいたんじゃないですが、かがみいけで写生しているところを和尚さんに見つかったのです」
    「ふん、そうか――さあ御茶がげたから、一杯」と老人は茶碗を各自めいめいの前に置く。茶の量は三四滴に過ぎぬが、茶碗はすこぶる大きい。生壁色なまかべいろの地へ、げたたんと、薄いで、絵だか、模様だか、鬼の面の模様になりかかったところか、ちょっと見当のつかないものが、べたにいてある。
    杢兵衛もくべえです」と老人が簡単に説明した。
    「これは面白い」と余も簡単にめた。
    「杢兵衛はどうも偽物にせものが多くて、――その糸底いとぞこを見て御覧なさい。めいがあるから」と云う。
    取り上げて、障子しょうじの方へ向けて見る。障子には植木鉢の葉蘭はらんの影が暖かそうに写っている。首をげて、のぞき込むと、もくの字が小さく見える。銘は観賞の上において、さのみ大切のものとは思わないが、好事者こうずしゃはよほどこれが気にかかるそうだ。茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃くあまく、湯加減ゆかげんに出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落してあじわって見るのは閑人適意かんじんてきい韻事いんじである。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭ぜっとうへぽたりとせて、清いものが四方へ散れば咽喉のどくだるべき液はほとんどない。ただ馥郁ふくいくたるにおいが食道から胃のなかへみ渡るのみである。歯を用いるはいやしい。水はあまりに軽い。玉露ぎょくろに至ってはこまやかなる事、淡水たんすいきょうを脱して、あごを疲らすほどのかたさを知らず。結構な飲料である。眠られぬと訴うるものあらば、眠らぬも、茶を用いよと勧めたい。
    老人はいつの間にやら、青玉せいぎょくの菓子皿を出した。大きなかたまりを、かくまで薄く、かくまで規則正しく、りぬいた匠人しょうじん手際てぎわは驚ろくべきものと思う。すかして見ると春の日影は一面にし込んで、射し込んだまま、がれずるみちを失ったような感じである。中には何も盛らぬがいい。
    「御客さんが、青磁せいじめられたから、今日はちとばかり見せようと思うて、出して置きました」
    「どの青磁を――うん、あの菓子鉢かな。あれは、わしもすきじゃ。時にあなた、西洋画ではふすまなどはかけんものかな。かけるなら一つ頼みたいがな」
    かいてくれなら、かかぬ事もないが、この和尚おしょうの気にるか入らぬかわからない。せっかく骨を折って、西洋画は駄目だなどと云われては、骨の折栄おりばえがない。
    「襖には向かないでしょう」
    「向かんかな。そうさな、このあいだの久一さんののようじゃ、少し派手はで過ぎるかも知れん」
    「私のは駄目です。あれはまるでいたずらです」と若い男はしきりに、はずかしがって謙遜けんそんする。
    「その何とか云う池はどこにあるんですか」と余は若い男に念のため尋ねて置く。
    「ちょっと観海寺の裏の谷の所で、幽邃ゆうすいな所です。――なあに学校にいる時分、習ったから、退屈まぎれに、やって見ただけです」
    「観海寺と云うと……」
    「観海寺と云うと、わしのいる所じゃ。いい所じゃ、海を一目ひとめ見下みおろしての――まあ逗留とうりゅう中にちょっと来て御覧。なに、ここからはつい五六丁よ。あの廊下から、そら、寺の石段が見えるじゃろうが」
    「いつか御邪魔にあがってもいいですか」
    「ああいいとも、いつでもいる。ここの御嬢さんも、よう、来られる。――御嬢さんと云えば今日は御那美おなみさんが見えんようだが――どうかされたかな、隠居さん」
    「どこぞへ出ましたかな、久一きゅういち、御前の方へ行きはせんかな」
    「いいや、見えません」
    「またひとり散歩かな、ハハハハ。御那美さんはなかなか足が強い。このあいだ法用で礪並となみまで行ったら、姿見橋すがたみばしの所で――どうも、善く似とると思ったら、御那美さんよ。尻を端折はしょって、草履ぞうり穿いて、和尚おしょうさん、何をぐずぐず、どこへ行きなさると、いきなり、驚ろかされたて、ハハハハ。御前はそんな形姿なり地体じたいどこへ、行ったのぞいと聴くと、今芹摘せりつみに行った戻りじゃ、和尚さん少しやろうかと云うて、いきなりわしのたもとどろだらけの芹を押し込んで、ハハハハハ」
    「どうも、……」と老人は苦笑にがわらいをしたが、急に立って「実はこれを御覧に入れるつもりで」と話をまた道具の方へそらした。
    老人が紫檀したんの書架から、うやうやしく取りおろした紋緞子もんどんすの古い袋は、何だか重そうなものである。
    「和尚さん、あなたには、御目にけた事があったかな」
    「なんじゃ、一体」
    すずりよ」
    「へえ、どんな硯かい」
    山陽さんようの愛蔵したと云う……」
    「いいえ、そりゃまだ見ん」
    春水しゅんすいの替えぶたがついて……」
    「そりゃ、まだのようだ。どれどれ」
    老人は大事そうに緞子の袋の口を解くと、小豆色あずきいろの四角な石が、ちらりとかどを見せる。
    「いい色合いろあいじゃのう。端渓たんけいかい」
    「端渓で※(「句+鳥」、第3水準1-94-56)※(「谷+鳥」、第3水準1-94-60)くよくがんここのつある」
    「九つ?」と和尚おおいに感じた様子である。
    「これが春水の替え蓋」と老人は綸子りんずで張った薄い蓋を見せる。上に春水の字で七言絶句しちごんぜっくが書いてある。
    「なるほど。春水はようかく。ようかくが、しょ杏坪きょうへいの方が上手じょうずじゃて」
    「やはり杏坪の方がいいかな」
    山陽さんようが一番まずいようだ。どうも才子肌さいしはだ俗気ぞくきがあって、いっこう面白うない」
    「ハハハハ。和尚おしょうさんは、山陽がきらいだから、今日は山陽のふくを懸けえて置いた」
    「ほんに」と和尚さんはうしろを振り向く。とこ平床ひらどこを鏡のようにふき込んで、※(「金+粛」、第3水準1-93-39)さびけを吹いた古銅瓶こどうへいには、木蘭もくらんを二尺の高さに、けてある。じくは底光りのある古錦襴こきんらんに、装幀そうてい工夫くふうめた物徂徠ぶっそらい大幅たいふくである。絹地ではないが、多少の時代がついているから、字の巧拙に論なく、紙の色が周囲のきれ地とよく調和して見える。あの錦襴も織りたては、あれほどのゆかしさも無かったろうに、彩色さいしきせて、金糸きんしが沈んで、華麗はでなところがり込んで、渋いところがせり出して、あんないい調子になったのだと思う。焦茶こげちゃ砂壁すなかべに、白い象牙ぞうげじく際立きわだって、両方に突張っている、手前に例の木蘭がふわりと浮き出されているほかは、とこ全体のおもむきは落ちつき過ぎてむしろ陰気である。
    徂徠そらいかな」と和尚おしょうが、首を向けたまま云う。
    「徂徠もあまり、御好きでないかも知れんが、山陽よりは善かろうと思うて」
    「それは徂徠の方がはるかにいい。享保きょうほ頃の学者の字はまずくても、どこぞにひんがある」
    広沢こうたくをして日本の能書のうしょならしめば、われはすなわち漢人のせつなるものと云うたのは、徂徠だったかな、和尚さん」
    「わしは知らん。そう威張いばるほどの字でもないて、ワハハハハ」
    「時に和尚さんは、誰を習われたのかな」
    「わしか。禅坊主ぜんぼうずは本も読まず、手習てならいもせんから、のう」
    「しかし、誰ぞ習われたろう」
    「若い時に高泉こうせんの字を、少し稽古けいこした事がある。それぎりじゃ。それでも人に頼まれればいつでも、書きます。ワハハハハ。時にその端渓たんけいを一つ御見せ」と和尚が催促する。
    とうとう緞子どんすの袋を取りける。一座の視線はことごとくすずりの上に落ちる。厚さはほとんど二寸に近いから、通例のものの倍はあろう。四寸に六寸の幅も長さもまずなみと云ってよろしい。ふたには、うろこのかたにみがきをかけた松の皮をそのまま用いて、上には朱漆しゅうるしで、わからぬ書体が二字ばかり書いてある。
    「この蓋が」と老人が云う。「この蓋が、ただの蓋ではないので、御覧の通り、松の皮には相違ないが……」
    老人の眼は余の方を見ている。しかし松の皮の蓋にいかなる因縁いんねんがあろうと、画工として余はあまり感服は出来んから、
    「松の蓋は少し俗ですな」
    と云った。老人はまあと云わぬばかりに手をげて、
    「ただ松の蓋と云うばかりでは、俗でもあるが、これはその何ですよ。山陽さんようが広島におった時に庭に生えていた松の皮をいで山陽が手ずから製したのですよ」
    なるほど山陽さんようは俗な男だと思ったから、
    「どうせ、自分で作るなら、もっと不器用に作れそうなものですな。わざとこのうろこのかたなどをぴかぴかぎ出さなくっても、よさそうに思われますが」と遠慮のないところを云って退けた。
    「ワハハハハ。そうよ、このふたはあまり安っぽいようだな」と和尚おしょうはたちまち余に賛成した。
    若い男は気の毒そうに、老人の顔を見る。老人は少々不機嫌のていに蓋を払いのけた。下からいよいよすずり正体しょうたいをあらわす。
    もしこの硯について人の眼をそばだつべき特異の点があるとすれば、その表面にあらわれたる匠人しょうじんこくである。真中まんなか袂時計たもとどけいほどな丸い肉が、ふちとすれすれの高さにり残されて、これを蜘蛛くもかたどる。中央から四方に向って、八本の足が彎曲わんきょくして走ると見れば、先にはおのおの※(「句+鳥」、第3水準1-94-56)※(「谷+鳥」、第3水準1-94-60)くよくがんかかえている。残る一個は背の真中に、しるをしたたらしたごとく煮染にじんで見える。背と足と縁を残して余る部分はほとんど一寸余の深さに掘り下げてある。墨をたたえる所は、よもやこの塹壕ざんごうの底ではあるまい。たとい一合の水を注ぐともこの深さをたすには足らぬ。思うに水盂すいううちから、一滴の水を銀杓ぎんしゃくにて、蜘蛛くもの背に落したるを、とうとき墨にり去るのだろう。それでなければ、名は硯でも、その実は純然たる文房用ぶんぼうようの装飾品に過ぎぬ。
    老人はよだれの出そうな口をして云う。
    「この肌合はだあいと、このがんを見て下さい」
    なるほど見れば見るほどいい色だ。寒く潤沢じゅんたくを帯びたる肌の上に、はっと、一息懸ひといきかけたなら、ただちにって、一朶いちだの雲を起すだろうと思われる。ことに驚くべきは眼の色である。眼の色と云わんより、眼と地の相交あいまじわる所が、次第に色を取り替えて、いつ取り替えたか、ほとんど吾眼わがめあざむかれたるを見出し得ぬ事である。形容して見ると紫色の蒸羊羹むしようかんの奥に、隠元豆いんげんまめを、いて見えるほどの深さにめ込んだようなものである。眼と云えば一個二個でも大変に珍重される。九個と云ったら、ほとんどるいはあるまい。しかもその九個が整然と同距離に按排あんばいされて、あたかも人造のねりものと見違えらるるに至ってはもとより天下の逸品いっぴんをもって許さざるを得ない。
    「なるほど結構です。て心持がいいばかりじゃありません。こうしてさわっても愉快です」と云いながら、余は隣りの若い男に硯を渡した。
    久一きゅういちに、そんなものが解るかい」と老人が笑いながら聞いて見る。久一君は、少々自棄やけの気味で、
    「分りゃしません」と打ちったように云い放ったが、わからん硯を、自分の前へ置いて、ながめていては、もったいないと気がついたものか、また取り上げて、余に返した。余はもう一ぺん丁寧にで廻わしたのち、とうとうこれをうやうやしく禅師ぜんじに返却した。禅師はとくとの上で見済ました末、それではき足らぬと考えたと見えて、鼠木綿ねずみもめんの着物のそでを容赦なく蜘蛛くもの背へこすりつけて、光沢つやの出た所をしきりに賞翫しょうがんしている。
    「隠居さん、どうもこの色が実にいな。使うた事があるかの」
    「いいや、滅多めったには使いとう、ないから、まだ買うたなりじゃ」
    「そうじゃろ。こないなのは支那しなでも珍らしかろうな、隠居さん」
    左様さよう
    「わしも一つ欲しいものじゃ。何なら久一さんに頼もうか。どうかな、買うて来ておくれかな」
    「へへへへ。すずりを見つけないうちに、死んでしまいそうです」
    「本当に硯どころではないな。時にいつ御立ちか」
    二三日にさんちうちに立ちます」
    「隠居さん。吉田まで送って御やり」
    「普段なら、年は取っとるし、まあ見合みあわすところじゃが、ことによると、もうえんかも、知れんから、送ってやろうと思うております」
    御伯父おじさんは送ってくれんでもいいです」
    若い男はこの老人のおいと見える。なるほどどこか似ている。
    「なあに、送って貰うがいい。川船かわふねで行けば訳はない。なあ隠居さん」
    「はい、山越やまごしでは難義だが、廻り路でも船なら……」
    若い男は今度は別に辞退もしない。ただ黙っている。
    「支那の方へおいでですか」と余はちょっと聞いて見た。
    「ええ」
    ええの二字では少し物足らなかったが、その上掘って聞く必要もないからひかえた。障子しょうじを見ると、らんの影が少し位置を変えている。
    「なあに、あなた。やはり今度の戦争で――これがもと志願兵をやったものだから、それで召集されたので」
    老人は当人に代って、満洲のに日ならず出征すべきこの青年の運命を余にげた。この夢のような詩のような春の里に、くは鳥、落つるは花、くは温泉いでゆのみと思いめていたのは間違である。現実世界は山を越え、海を越えて、平家へいけ後裔こうえいのみ住み古るしたる孤村にまでせまる。朔北さくほく曠野こうやを染むる血潮の何万分の一かは、この青年の動脈からほとばしる時が来るかも知れない。この青年の腰にる長きつるぎの先から煙りとなって吹くかも知れない。しかしてその青年は、夢みる事よりほかに、何らの価値を、人生に認め得ざる一画工の隣りに坐っている。耳をそばだつれば彼が胸に打つ心臓の鼓動さえ聞き得るほど近くに坐っている。その鼓動のうちには、百里の平野をく高きうしおが今すでに響いているかも知れぬ。運命は卒然そつぜんとしてこの二人を一堂のうちに会したるのみにて、その他には何事をも語らぬ。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「草枕」 七 山口雄介朗読

    21.37
    Apr 17, 2018

    寒い。手拭てぬぐいを下げて、湯壺ゆつぼくだる。
    三畳へ着物を脱いで、段々を、四つ下りると、八畳ほどな風呂場へ出る。石に不自由せぬ国と見えて、下は御影みかげで敷き詰めた、真中を四尺ばかりの深さに掘り抜いて、豆腐屋とうふやほどな湯槽ゆぶねえる。ふねとは云うもののやはり石で畳んである。鉱泉と名のつく以上は、色々な成分を含んでいるのだろうが、色が純透明だから、はい心地ごこちがよい。折々は口にさえふくんで見るが別段の味もにおいもない。病気にもくそうだが、聞いて見ぬから、どんな病に利くのか知らぬ。もとより別段の持病もないから、実用上の価値はかつて頭のなかに浮んだ事がない。ただ這入はいる度に考え出すのは、白楽天はくらくてん温泉おんせん水滑みずなめらかにして洗凝脂ぎょうしをあらうと云う句だけである。温泉と云う名を聞けば必ずこの句にあらわれたような愉快な気持になる。またこの気持を出し得ぬ温泉は、温泉として全く価値がないと思ってる。この理想以外に温泉についての注文はまるでない。
    すぽりとかると、乳のあたりまで這入はいる。湯はどこからいて出るか知らぬが、常でもふねふちを奇麗に越している。春の石はかわくひまなくれて、あたたかに、踏む足の、心はおだやかに嬉しい。降る雨は、夜の目をかすめて、ひそかに春をうるおすほどのしめやかさであるが、軒のしずくは、ようやくしげく、ぽたり、ぽたりと耳に聞える。立てめられた湯気は、ゆかから天井をくまなくうずめて、隙間すきまさえあれば、節穴ふしあなの細きをいとわずでんとする景色けしきである。
    秋の霧は冷やかに、たなびくもや長閑のどかに、夕餉炊ゆうげたく、人の煙は青く立って、大いなる空に、わがはかなき姿を托す。様々のあわれはあるが、春の温泉でゆの曇りばかりは、ゆあみするものの肌を、やわらかにつつんで、古き世の男かと、われを疑わしむる。眼に写るものの見えぬほど、濃くまつわりはせぬが、薄絹を一重ひとえ破れば、何の苦もなく、下界の人と、おのれを見出すように、浅きものではない。一重破り、二重破り、幾重を破り尽すともこの煙りから出す事はならぬ顔に、四方よりわれ一人を、あたたかきにじうちうずめ去る。酒に酔うと云う言葉はあるが、煙りに酔うと云う語句を耳にした事がない。あるとすれば、霧には無論使えぬ、霞には少し強過ぎる。ただこの靄に、春宵しゅんしょうの二字を冠したるとき、始めて妥当なるを覚える。
    余は湯槽ゆぶねのふちに仰向あおむけの頭をささえて、とおる湯のなかのかろ身体からだを、出来るだけ抵抗力なきあたりへただよわして見た。ふわり、ふわりとたましいがくらげのように浮いている。世の中もこんな気になればらくなものだ。分別ふんべつ錠前じょうまえけて、執着しゅうじゃく栓張しんばりをはずす。どうともせよと、湯泉のなかで、湯泉と同化してしまう。流れるものほど生きるに苦は入らぬ。流れるもののなかに、魂まで流していれば、基督キリストの御弟子となったよりありがたい。なるほどこの調子で考えると、土左衛門どざえもん風流ふうりゅうである。スウィンバーンの何とか云う詩に、女が水の底で往生して嬉しがっている感じを書いてあったと思う。余が平生から苦にしていた、ミレーのオフェリヤも、こう観察するとだいぶ美しくなる。何であんな不愉快な所をえらんだものかと今まで不審に思っていたが、あれはやはりになるのだ。水に浮んだまま、あるいは水に沈んだまま、あるいは沈んだり浮んだりしたまま、ただそのままの姿で苦なしに流れる有様は美的に相違ない。それで両岸にいろいろな草花をあしらって、水の色と流れて行く人の顔の色と、衣服の色に、落ちついた調和をとったなら、きっと画になるに相違ない。しかし流れて行く人の表情が、まるで平和ではほとんど神話か比喩ひゆになってしまう。痙攣的けいれんてき苦悶くもんはもとより、全幅の精神をうちわすが、全然色気いろけのない平気な顔では人情が写らない。どんな顔をかいたら成功するだろう。ミレーのオフェリヤは成功かも知れないが、彼の精神は余と同じところに存するか疑わしい。ミレーはミレー、余は余であるから、余は余の興味をもって、一つ風流な土左衛門どざえもんをかいて見たい。しかし思うような顔はそうたやすく心に浮んで来そうもない。
    湯のなかに浮いたまま、今度は土左衛門どざえもんさんを作って見る。

    雨が降ったられるだろう。
    しもりたらつめたかろ。
    土のしたでは暗かろう。
    浮かば波の上、
    沈まば波の底、
    春の水なら苦はなかろ。

    と口のうちで小声にじゅしつつ漫然まんぜんと浮いていると、どこかでく三味線のが聞える。美術家だのにと云われると恐縮するが、実のところ、余がこの楽器における智識はすこぶる怪しいもので二が上がろうが、三が下がろうが、耳には余り影響を受けたためしがない。しかし、静かな春の夜に、雨さえ興を添える、山里の湯壺ゆつぼの中で、たましいまで春の温泉でゆに浮かしながら、遠くの三味を無責任に聞くのははなはだ嬉しい。遠いから何をうたって、何を弾いているか無論わからない。そこに何だかおもむきがある。音色ねいろの落ちついているところから察すると、上方かみがた検校けんぎょうさんの地唄じうたにでも聴かれそうな太棹ふとざおかとも思う。
    小供の時分、門前に万屋よろずやと云う酒屋があって、そこに御倉おくらさんと云う娘がいた。この御倉さんが、静かな春の昼過ぎになると、必ず長唄の御浚おさらいをする。御浚が始まると、余は庭へ出る。茶畠の十坪余りを前にひかえて、三本の松が、客間の東側に並んでいる。この松はまわり一尺もある大きな樹で、面白い事に、三本寄って、始めて趣のある恰好かっこうを形つくっていた。小供心にこの松を見ると好い心持になる。松の下に黒くさびた鉄灯籠かなどうろうが名の知れぬ赤石の上に、いつ見ても、わからず屋の頑固爺かたくなじじいのようにかたく坐っている。余はこの灯籠を見詰めるのが大好きであった。灯籠の前後には、こけ深き地をいて、名も知らぬ春の草が、浮世の風を知らぬ顔に、ひとり匂うて独り楽しんでいる。余はこの草のなかに、わずかにひざるるの席を見出して、じっと、しゃがむのがこの時分の癖であった。この三本の松の下に、この灯籠をにらめて、この草のいで、そうして御倉さんの長唄を遠くから聞くのが、当時の日課であった。
    御倉さんはもう赤い手絡てがらの時代さえ通り越して、だいぶんと世帯しょたいじみた顔を、帳場へさらしてるだろう。むことは折合おりあいがいいか知らん。つばくろは年々帰って来て、どろふくんだくちばしを、いそがしげに働かしているか知らん。燕と酒のとはどうしても想像から切り離せない。
    三本の松はいまだに恰好かっこうで残っているかしらん。鉄灯籠はもう壊れたに相違ない。春の草は、むかし、しゃがんだ人を覚えているだろうか。その時ですら、口もきかずに過ぎたものを、今に見知ろうはずがない。御倉おくらさんの旅の衣は鈴懸のと云う、ごとの声もよも聞き覚えがあるとは云うまい。
    三味しゃみが思わぬパノラマを余の眼前がんぜんに展開するにつけ、余はゆかしい過去ののあたりに立って、二十年の昔に住む、頑是がんぜなき小僧と、成り済ましたとき、突然風呂場の戸がさらりといた。
    誰か来たなと、身を浮かしたまま、視線だけを入口にそそぐ。湯槽ゆぶねふちの最も入口から、へだたりたるに頭を乗せているから、ふねくだる段々は、あいだ二丈を隔ててななめに余が眼に入る。しかし見上げたる余の瞳にはまだ何物も映らぬ。しばらくは軒をめぐ雨垂あまだれの音のみが聞える。三味線はいつのにかやんでいた。
    やがて階段の上に何物かあらわれた。広い風呂場をてらすものは、ただ一つの小さき洋灯ランプのみであるから、この隔りでは澄切った空気をひかえてさえ、しか物色ぶっしょくはむずかしい。まして立ち上がる湯気の、こまやかなる雨におさえられて、逃場にげばを失いたる今宵こよいの風呂に、立つを誰とはもとより定めにくい。一段を下り、二段を踏んで、まともに、照らす灯影ほかげを浴びたる時でなくては、男とも女とも声は掛けられぬ。
    黒いものが一歩を下へ移した。踏む石は天鵞※(「毬」の「求」に代えて「戎」、第4水準2-78-11)びろうどのごとくやわらかと見えて、足音をしょうにこれをりっすれば、動かぬと評しても差支さしつかえない。が輪廓は少しく浮き上がる。余は画工だけあって人体の骨格については、存外ぞんがい視覚が鋭敏である。何とも知れぬものの一段動いた時、余は女と二人、この風呂場の中にる事をさとった。
    注意をしたものか、せぬものかと、浮きながら考える間に、女の影は遺憾いかんなく、余が前に、早くもあらわれた。みなぎり渡る湯煙りの、やわらかな光線を一分子ぶんしごとに含んで、薄紅うすくれないの暖かに見える奥に、ただよわす黒髪を雲とながして、あらん限りの背丈せたけを、すらりとした女の姿を見た時は、礼儀の、作法さほうの、風紀ふうきのと云う感じはことごとく、わが脳裏のうりを去って、ただひたすらに、うつくしい画題を見出し得たとのみ思った。
    古代希臘ギリシャの彫刻はいざ知らず、今世仏国きんせいふっこくの画家が命と頼む裸体画を見るたびに、あまりに露骨あからさまな肉の美を、極端まで描がき尽そうとする痕迹こんせきが、ありありと見えるので、どことなく気韻きいんとぼしい心持が、今までわれを苦しめてならなかった。しかしその折々はただどことなく下品だと評するまでで、なぜ下品であるかが、解らぬゆえ、吾知らず、答えを得るに煩悶はんもんして今日こんにちに至ったのだろう。肉をおおえば、うつくしきものが隠れる。かくさねばいやしくなる。今の世の裸体画と云うはただかくさぬと云う卑しさに、技巧をとどめておらぬ。ころもを奪いたる姿を、そのままに写すだけにては、物足らぬと見えて、くまでも裸体はだかを、衣冠の世に押し出そうとする。服をつけたるが、人間の常態なるを忘れて、赤裸にすべての権能を附与せんと試みる。十分じゅうぶんで事足るべきを、十二分じゅうにぶんにも、十五分じゅうごぶんにも、どこまでも進んで、ひたすらに、裸体であるぞと云う感じを強く描出びょうしゅつしようとする。技巧がこの極端に達したる時、人はその観者かんじゃうるをろうとする。うつくしきものを、いやが上に、うつくしくせんとせるとき、うつくしきものはかえってそのを減ずるが例である。人事についても満は損を招くとのことわざはこれがためである。
    放心ほうしんと無邪気とは余裕を示す。余裕はにおいて、詩において、もしくは文章において、必須ひっすうの条件である。今代芸術きんだいげいじゅつの一大弊竇へいとうは、いわゆる文明の潮流が、いたずらに芸術の士を駆って、拘々くくとして随処に齷齪あくそくたらしむるにある。裸体画はその好例であろう。都会に芸妓げいぎと云うものがある。色を売りて、人にびるを商売にしている。彼らは嫖客ひょうかくに対する時、わが容姿のいかに相手の瞳子ひとみに映ずるかを顧慮こりょするのほか、何らの表情をも発揮はっきし得ぬ。年々に見るサロンの目録はこの芸妓に似たる裸体美人を以て充満している。彼らは一秒時も、わが裸体なるを忘るるあたわざるのみならず、全身の筋肉をむずつかして、わが裸体なるを観者に示さんとつとめている。
    今余が面前に※(「女+亭」、第3水準1-15-85)ひょうていと現われたる姿には、一塵もこの俗埃ぞくあいの眼にさえぎるものを帯びておらぬ。常の人のまとえる衣装いしょうを脱ぎ捨てたるさまと云えばすでに人界にんがい堕在だざいする。始めより着るべき服も、振るべき袖も、あるものと知らざる神代かみよの姿を雲のなかに呼び起したるがごとく自然である。
    室をうずむる湯煙は、埋めつくしたるあとから、絶えずき上がる。春のを半透明にくずし拡げて、部屋一面の虹霓にじの世界がこまやかに揺れるなかに、朦朧もうろうと、黒きかとも思わるるほどの髪をぼかして、真白な姿が雲の底から次第に浮き上がって来る。その輪廓りんかくを見よ。
    頸筋くびすじかろく内輪に、双方から責めて、苦もなく肩の方へなだれ落ちた線が、豊かに、丸く折れて、流るる末は五本の指とわかれるのであろう。ふっくらと浮く二つの乳の下には、しばし引く波が、またなめらかに盛り返して下腹の張りを安らかに見せる。張るいきおいうしろへ抜いて、勢の尽くるあたりから、分れた肉が平衡を保つために少しく前にかたむく。ぎゃくに受くる膝頭ひざがしらのこのたびは、立て直して、長きうねりのかかとにつく頃、ひらたき足が、すべての葛藤かっとうを、二枚のあしのうらに安々と始末する。世の中にこれほど錯雑さくざつした配合はない、これほど統一のある配合もない。これほど自然で、これほどやわらかで、これほど抵抗の少い、これほど苦にならぬ輪廓は決して見出せぬ。
    しかもこの姿は普通の裸体のごとく露骨に、余が眼の前に突きつけられてはおらぬ。すべてのものを幽玄に化する一種の霊氛れいふんのなかに髣髴ほうふつとして、十分じゅうぶんの美を奥床おくゆかしくもほのめかしているに過ぎぬ。片鱗へんりん溌墨淋漓はつぼくりんりあいだに点じて、※(「虫+礼のつくり」、第3水準1-91-50)きゅうりょうかいを、楮毫ちょごうのほかに想像せしむるがごとく、芸術的に観じて申し分のない、空気と、あたたかみと、※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)めいばくなる調子とをそなえている。六々三十六りんを丁寧に描きたるりゅうの、滑稽こっけいに落つるが事実ならば、赤裸々せきららの肉を浄洒々じょうしゃしゃに眺めぬうちに神往の余韻よいんはある。余はこの輪廓の眼に落ちた時、かつらみやこを逃れた月界げっかい嫦娥じょうがが、彩虹にじ追手おってに取り囲まれて、しばらく躊躇ちゅうちょする姿とながめた。
    輪廓は次第に白く浮きあがる。今一歩を踏み出せば、せっかくの嫦娥じょうがが、あわれ、俗界に堕落するよと思う刹那せつなに、緑の髪は、波を切る霊亀れいきの尾のごとくに風を起して、ぼうなびいた。渦捲うずまく煙りをつんざいて、白い姿は階段を飛び上がる。ホホホホと鋭どく笑う女の声が、廊下に響いて、静かなる風呂場を次第にむこう遠退とおのく。余はがぶりと湯をんだままふねの中に突立つったつ。驚いた波が、胸へあたる。ふちを越す湯泉の音がさあさあと鳴る。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「草枕」 六 山口雄介朗読

    32.30
    Apr 03, 2018

    夕暮の机に向う。障子もふすまはなつ。宿の人は多くもあらぬ上に、家は割合に広い。余が住む部屋は、多くもあらぬ人の、人らしく振舞ふるまきょうを、幾曲いくまがりの廊下に隔てたれば、物の音さえ思索のわずらいにはならぬ。今日は一層ひとしお静かである。主人も、娘も、下女も下男も、知らぬに、われを残して、立ち退いたかと思われる。立ち退いたとすればただの所へ立ち退きはせぬ。かすみの国か、雲の国かであろう。あるいは雲と水が自然に近づいて、かじをとるさえものうき海の上を、いつ流れたとも心づかぬ間に、白い帆が雲とも水とも見分け難きさかいただよい来て、ては帆みずからが、いずこにおのれを雲と水より差別すべきかを苦しむあたりへ――そんなはるかな所へ立ち退いたと思われる。それでなければ卒然と春のなかに消え失せて、これまでの四大しだいが、今頃は目に見えぬ霊氛れいふんとなって、広い天地の間に、顕微鏡けんびきょうの力をるとも、名残なごりとどめぬようになったのであろう。あるいは雲雀ひばりに化して、の花のを鳴き尽したるのち、夕暮深き紫のたなびくほとりへ行ったかも知れぬ。または永き日を、かつ永くするあぶのつとめを果したる後、ずいる甘き露を吸いそこねて、落椿おちつばきの下に、伏せられながら、世をかんばしく眠っているかも知れぬ。とにかく静かなものだ。
    むなしき家を、空しく抜ける春風はるかぜの、抜けて行くは迎える人への義理でもない。こばむものへの面当つらあてでもない。おのずからきたりて、自から去る、公平なる宇宙のこころである。たなごころあごささえたる余の心も、わが住む部屋のごとくむなしければ、春風は招かぬに、遠慮もなく行き抜けるであろう。
    踏むは地と思えばこそ、裂けはせぬかとの気遣きづかいおこる。いただくは天と知る故に、稲妻いなずま米噛こめかみふるおそれも出来る。人とあらそわねば一分いちぶんが立たぬと浮世が催促するから、火宅かたくは免かれぬ。東西のある乾坤けんこんに住んで、利害の綱を渡らねばならぬ身には、事実の恋はあだである。目に見る富は土である。握る名と奪えるほまれとは、小賢こざかしきはちが甘くかもすと見せて、針をて去る蜜のごときものであろう。いわゆるたのしみは物にちゃくするより起るがゆえに、あらゆる苦しみを含む。ただ詩人と画客がかくなるものあって、くまでこの待対たいたい世界の精華をんで、徹骨徹髄てっこつてつずいの清きを知る。かすみさんし、露をみ、ひんし、こうひょうして、死に至って悔いぬ。彼らの楽は物にちゃくするのではない。同化してその物になるのである。その物になり済ました時に、我を樹立すべき余地は茫々ぼうぼうたる大地をきわめても見出みいだし得ぬ。自在じざい泥団でいだん放下ほうげして、破笠裏はりつり無限むげん青嵐せいらんる。いたずらにこの境遇を拈出ねんしゅつするのは、あえ市井しせい銅臭児どうしゅうじ鬼嚇きかくして、好んで高く標置ひょうちするがためではない。ただ這裏しゃり福音ふくいんを述べて、縁ある衆生しゅじょうさしまねくのみである。有体ありていに云えば詩境と云い、画界と云うも皆人々具足にんにんぐそくの道である。春秋しゅんじゅうに指を折り尽して、白頭はくとう呻吟しんぎんするのといえども、一生を回顧して、閲歴の波動を順次に点検し来るとき、かつては微光の臭骸しゅうがいれて、われを忘れし、拍手はくしゅきょうび起す事が出来よう。出来ぬと云わば生甲斐いきがいのない男である。
    されど一事いちじそくし、一物いちぶつするのみが詩人の感興とは云わぬ。ある時は一弁いちべんの花に化し、あるときは一双いっそうちょうに化し、あるはウォーヅウォースのごとく、一団の水仙に化して、心を沢風たくふううち撩乱りょうらんせしむる事もあろうが、なんとも知れぬ四辺しへんの風光にわが心を奪われて、わが心を奪えるは那物なにものぞとも明瞭めいりょうに意識せぬ場合がある。ある人は天地の耿気こうきに触るると云うだろう。ある人は無絃むげんきん霊台れいだいに聴くと云うだろう。またある人は知りがたく、解しがたき故に無限の域に※(「にんべん+亶」、第3水準1-14-43)※(「にんべん+回」、第3水準1-14-18)せんかいして、縹緲ひょうびょうのちまたに彷徨ほうこうすると形容するかも知れぬ。何と云うも皆その人の自由である。わが、唐木からきの机にりてぽかんとした心裡しんりの状態はまさにこれである。
    余はあきらかに何事をも考えておらぬ。またはたしかに何物をも見ておらぬ。わが意識の舞台に著るしき色彩をもって動くものがないから、われはいかなる事物に同化したとも云えぬ。されども吾は動いている。世の中に動いてもおらぬ、世の外にも動いておらぬ。ただ何となく動いている。花に動くにもあらず、鳥に動くにもあらず、人間に対して動くにもあらず、ただ恍惚こうこつと動いている。
    いて説明せよと云わるるならば、余が心はただ春と共に動いていると云いたい。あらゆる春の色、春の風、春の物、春の声を打って、固めて、仙丹せんたんに練り上げて、それを蓬莱ほうらい霊液れいえきいて、桃源とうげんの日で蒸発せしめた精気が、知らぬ毛孔けあなからみ込んで、心が知覚せぬうちに飽和ほうわされてしまったと云いたい。普通の同化には刺激がある。刺激があればこそ、愉快であろう。余の同化には、何と同化したか不分明ふぶんみょうであるから、ごうも刺激がない。刺激がないから、窈然ようぜんとして名状しがたいたのしみがある。風にまれてうわそらなる波を起す、軽薄で騒々しいおもむきとは違う。目に見えぬ幾尋いくひろの底を、大陸から大陸まで動いている※(「さんずい+(廣-广)」、第3水準1-87-13)こうようたる蒼海そうかいの有様と形容する事が出来る。ただそれほどに活力がないばかりだ。しかしそこにかえって幸福がある。偉大なる活力の発現は、この活力がいつか尽き果てるだろうとの懸念けねんこもる。常の姿にはそう云う心配は伴わぬ。常よりは淡きわが心の、今の状態には、わがはげしき力の銷磨しょうましはせぬかとのうれいを離れたるのみならず、常の心の可もなく不可もなき凡境をも脱却している。淡しとは単にとらえ難しと云う意味で、弱きに過ぎるおそれを含んではおらぬ。冲融ちゅうゆうとか澹蕩たんとうとか云う詩人の語はもっともこのきょうを切実に言いおおせたものだろう。
    この境界きょうがいにして見たらどうだろうと考えた。しかし普通の画にはならないにきまっている。われらが俗に画と称するものは、ただ眼前がんぜんの人事風光をありのままなる姿として、もしくはこれをわが審美眼に漉過ろくかして、絵絹えぎぬの上に移したものに過ぎぬ。花が花と見え、水が水と映り、人物が人物として活動すれば、画の能事のうじは終ったものと考えられている。もしこの上に一頭地いっとうちを抜けば、わが感じたる物象を、わが感じたるままのおもむきを添えて、画布の上に淋漓りんりとして生動せいどうさせる。ある特別の感興を、おのが捕えたる森羅しんらうちに寓するのがこの種の技術家の主意であるから、彼らの見たる物象観が明瞭めいりょうに筆端にほとばしっておらねば、画を製作したとは云わぬ。おのれはしかじかの事を、しかじかに、しかじかに感じたり、その観方みかたも感じ方も、前人ぜんじん籬下りかに立ちて、古来の伝説に支配せられたるにあらず、しかももっとも正しくして、もっとも美くしきものなりとの主張を示す作品にあらざれば、わが作と云うをあえてせぬ。
    この二種の製作家に主客しゅかく深浅の区別はあるかも知れぬが、明瞭なる外界の刺激を待って、始めて手を下すのは双方共同一である。されど今、わが描かんとする題目は、さほどに分明ぶんみょうなものではない。あらん限りの感覚を鼓舞こぶして、これを心外に物色したところで、方円の形、紅緑こうろくの色は無論、濃淡の陰、洪繊こうせんすじを見出しかねる。わが感じは外から来たのではない、たとい来たとしても、わが視界によこたわる、一定の景物でないから、これが源因げんいんだと指をげて明らかに人に示すわけに行かぬ。あるものはただ心持ちである。この心持ちを、どうあらわしたら画になるだろう――いやこの心持ちをいかなる具体をりて、人の合点がてんするように髣髴ほうふつせしめ得るかが問題である。
    普通の画は感じはなくても物さえあれば出来る。第二の画は物と感じと両立すればできる。第三に至っては存するものはただ心持ちだけであるから、画にするには是非共この心持ちに恰好かっこうなる対象をえらばなければならん。しかるにこの対象は容易に出て来ない。出て来ても容易にまとまらない。纏っても自然界に存するものとはまるおもむきことにする場合がある。したがって普通の人から見れば画とは受け取れない。えがいた当人も自然界の局部が再現したものとは認めておらん、ただ感興のした刻下の心持ちを幾分でも伝えて、多少の生命を※(「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1-84-54)※(「りっしんべん+兄」、第3水準1-84-45)しょうきょうしがたきムードに与うれば大成功と心得ている。古来からこの難事業に全然のいさおしを収め得たる画工があるかないか知らぬ。ある点までこの流派りゅうはに指を染め得たるものをぐれば、文与可ぶんよかの竹である。雲谷うんこく門下の山水である。下って大雅堂たいがどう景色けいしょくである。蕪村ぶそんの人物である。泰西たいせいの画家に至っては、多く眼を具象ぐしょう世界にせて、神往しんおう気韻きいんに傾倒せぬ者が大多数を占めているから、この種の筆墨に物外ぶつがい神韻しんいんを伝え得るものははたして幾人あるか知らぬ。
    惜しい事に雪舟せっしゅう、蕪村らのつとめて描出びょうしゅつした一種の気韻は、あまりに単純でかつあまりに変化に乏しい。筆力の点から云えばとうていこれらの大家に及ぶ訳はないが、今わがにして見ようと思う心持ちはもう少し複雑である。複雑であるだけにどうも一枚のなかへは感じが収まりかねる。頬杖ほおづえをやめて、両腕を机の上に組んで考えたがやはり出て来ない。色、形、調子が出来て、自分の心が、ああここにいたなと、たちまち自己を認識するようにかかなければならない。生き別れをした吾子わがこを尋ね当てるため、六十余州を回国かいこくして、てもめても、忘れるがなかったある日、十字街頭にふと邂逅かいこうして、稲妻いなずまさえぎるひまもなきうちに、あっ、ここにいた、と思うようにかかなければならない。それがむずかしい。この調子さえ出れば、人が見て何と云っても構わない。画でないとののしられてもうらみはない。いやしくも色の配合がこの心持ちの一部を代表して、線の曲直きょくちょくがこの気合の幾分を表現して、全体の配置がこの風韻ふういんのどれほどかを伝えるならば、形にあらわれたものは、牛であれ馬であれ、ないしは牛でも馬でも、何でもないものであれ、いとわない。厭わないがどうも出来ない。写生帖を机の上へ置いて、両眼がじょうのなかへ落ち込むまで、工夫くふうしたが、とても物にならん。
    鉛筆を置いて考えた。こんな抽象的ちゅうしょうてきな興趣を画にしようとするのが、そもそもの間違である。人間にそう変りはないから、多くの人のうちにはきっと自分と同じ感興に触れたものがあって、この感興を何らの手段かで、永久化せんと試みたに相違ない。試みたとすればその手段は何だろう。
    たちまち音楽の二字がぴかりと眼に映った。なるほど音楽はかかる時、かかる必要にせまられて生まれた自然の声であろう。がくくべきもの、習うべきものであると、始めて気がついたが、不幸にして、その辺の消息はまるで不案内である。
    次に詩にはなるまいかと、第三の領分に踏み込んで見る。レッシングと云う男は、時間の経過を条件として起る出来事を、詩の本領であるごとく論じて、詩画は不一にして両様なりとの根本義を立てたように記憶するが、そう詩を見ると、今余の発表しようとあせっている境界きょうがいもとうてい物になりそうにない。余が嬉しいと感ずる心裏しんりの状況には時間はあるかも知れないが、時間の流れに沿うて、逓次ていじに展開すべき出来事の内容がない。一が去り、二がきたり、二が消えて三が生まるるがためにうれしいのではない。初から窈然ようぜんとして同所どうしょ把住はじゅうするおもむきで嬉しいのである。すでに同所に把住する以上は、よしこれを普通の言語に翻訳したところで、必ずしも時間的に材料を按排あんばいする必要はあるまい。やはり絵画と同じく空間的に景物を配置したのみで出来るだろう。ただいかなる景情けいじょうを詩中に持ち来って、この曠然こうぜんとして倚托きたくなき有様を写すかが問題で、すでにこれをとらえ得た以上はレッシングの説に従わんでも詩として成功する訳だ。ホーマーがどうでも、ヴァージルがどうでも構わない。もし詩が一種のムードをあらわすに適しているとすれば、このムードは時間の制限を受けて、順次に進捗しんちょくする出来事の助けをらずとも、単純に空間的なる絵画上の要件をたしさえすれば、言語をもってえがき得るものと思う。
    議論はどうでもよい。ラオコーンなどは大概忘れているのだから、よく調べたら、こっちが怪しくなるかも知れない。とにかく、にしそくなったから、一つ詩にして見よう、と写生帖の上へ、鉛筆を押しつけて、前後に身をゆすぶって見た。しばらくは、筆の先のがった所を、どうにか運動させたいばかりで、ごうも運動させるわけに行かなかった。急に朋友ほうゆうの名を失念して、咽喉のどまで出かかっているのに、出てくれないような気がする。そこであきらめると、出損でそくなった名は、ついに腹の底へ収まってしまう。
    葛湯くずゆを練るとき、最初のうちは、さらさらして、はし手応てごたえがないものだ。そこを辛抱しんぼうすると、ようやく粘着ねばりが出て、ぜる手が少し重くなる。それでも構わず、箸を休ませずに廻すと、今度は廻し切れなくなる。しまいにはなべの中の葛が、求めぬに、先方から、争って箸に附着してくる。詩を作るのはまさにこれだ。
    手掛てがかりのない鉛筆が少しずつ動くようになるのに勢を得て、かれこれ二三十分したら、

    青春二三月。愁随芳草長。閑花落空庭。素琴横虚堂。※(「虫+蕭」、第4水準2-87-94)蛸掛不動。篆煙繞竹梁。

    と云う六句だけ出来た。読み返して見ると、みな画になりそうな句ばかりである。これなら始めから、画にすればよかったと思う。なぜ画よりも詩の方が作りやすかったかと思う。ここまで出たら、あとは大した苦もなく出そうだ。しかし画に出来ないじょうを、次にはうたって見たい。あれか、これかと思いわずらった末とうとう、

    独坐無隻語。方寸認微光。人間徒多事。此境孰可忘。会得一日静。正知百年忙。遐懐寄何処。緬※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)白雲郷。

    と出来た。もう一返いっぺん最初から読み直して見ると、ちょっと面白く読まれるが、どうも、自分が今しがたはいった神境を写したものとすると、索然さくぜんとして物足りない。ついでだから、もう一首作って見ようかと、鉛筆を握ったまま、何の気もなしに、入口の方を見ると、ふすまを引いて、はなった幅三尺の空間をちらりと、奇麗な影が通った。はてな。
    余が眼を転じて、入口を見たときは、奇麗なものが、すでに引き開けた襖の影に半分かくれかけていた。しかもその姿は余が見ぬ前から、動いていたものらしく、はっと思う間に通り越した。余は詩をすてて入口を見守る。
    一分と立たぬ間に、影は反対の方から、逆にあらわれて来た。振袖姿ふりそですがたのすらりとした女が、音もせず、向う二階の椽側えんがわ寂然じゃくねんとして歩行あるいて行く。余は覚えず鉛筆を落して、鼻から吸いかけた息をぴたりと留めた。
    花曇はなぐもりの空が、刻一刻に天から、ずり落ちて、今や降ると待たれたる夕暮の欄干らんかんに、しとやかに行き、しとやかに帰る振袖の影は、余が座敷から六けんの中庭を隔てて、重き空気のなかに蕭寥しょうりょうと見えつ、隠れつする。
    女はもとより口も聞かぬ。傍目わきめらぬ。えんに引くすその音さえおのが耳に入らぬくらい静かに歩行あるいている。腰から下にぱっと色づく、裾模様すそもようは何を染め抜いたものか、遠くてからぬ。ただ無地むじと模様のつながる中が、おのずからぼかされて、夜と昼との境のごとき心地ここちである。女はもとより夜と昼との境をあるいている。
    この長い振袖を着て、長い廊下を何度往き何度戻る気か、余には解からぬ。いつ頃からこの不思議なよそおいをして、この不思議な歩行あゆみをつづけつつあるかも、余には解らぬ。その主意に至ってはもとより解らぬ。もとより解るべきはずならぬ事を、かくまでも端正に、かくまでも静粛に、かくまでも度を重ねて繰り返す人の姿の、入口にあらわれては消え、消えてはあらわるる時の余の感じは一種異様である。く春のうらみを訴うる所作しょさならば何がゆえにかくは無頓着むとんじゃくなる。無頓着なる所作ならば何が故にかくは綺羅きらを飾れる。
    暮れんとする春の色の、嬋媛せんえんとして、しばらくは※(「二点しんにょう+貌」、第3水準1-92-58)めいばくの戸口をまぼろしにいろどる中に、眼もむるほどの帯地おびじ金襴きんらんか。あざやかなる織物は往きつ、戻りつ蒼然そうぜんたる夕べのなかにつつまれて、幽闃ゆうげきのあなた、遼遠りょうえんのかしこへ一分ごとに消えて去る。きらめき渡る春の星の、あかつき近くに、紫深き空の底におちいるおもむきである。
    太玄たいげん※(「門<昏」、第3水準1-93-52)もんおのずからひらけて、このはなやかなる姿を、幽冥ゆうめいに吸い込まんとするとき、余はこう感じた。金屏きんびょうを背に、銀燭ぎんしょくを前に、春の宵の一刻を千金と、さざめき暮らしてこそしかるべきこのよそおいの、いと景色けしきもなく、争う様子も見えず、色相しきそう世界から薄れて行くのは、ある点において超自然の情景である。刻々とせまる黒き影を、すかして見ると女は粛然として、きもせず、狼狽うろたえもせず、同じほどの歩調をもって、同じ所を徘徊はいかいしているらしい。身に落ちかかるわざわいを知らぬとすれば無邪気のきわみである。知って、災と思わぬならば物凄ものすごい。黒い所が本来の住居すまいで、しばらくの幻影まぼろしを、もとのままなる冥漠めいばくうちに収めればこそ、かように※(「靜のへん+見」、第3水準1-93-75)かんせいの態度で、あいだ逍遥しょうようしているのだろう。女のつけた振袖に、ふんたる模様の尽きて、是非もなき磨墨するすみに流れ込むあたりに、おのが身の素性すじょうをほのめかしている。
    またこう感じた。うつくしき人が、うつくしき眠りについて、その眠りから、さめる暇もなく、幻覚うつつのままで、この世の呼吸いきを引き取るときに、枕元にやまいまもるわれらの心はさぞつらいだろう。四苦八苦を百苦に重ねて死ぬならば、生甲斐いきがいのない本人はもとより、はたに見ている親しい人も殺すが慈悲とあきらめられるかも知れない。しかしすやすやと寝入る児に死ぬべき何のとががあろう。眠りながら冥府よみに連れて行かれるのは、死ぬ覚悟をせぬうちに、だまし打ちに惜しき一命をはたすと同様である。どうせ殺すものなら、とてものがれぬ定業じょうごうと得心もさせ、断念もして、念仏をとなえたい。死ぬべき条件がそなわらぬ先に、死ぬる事実のみが、ありありと、確かめらるるときに、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ回向えこうをする声が出るくらいなら、その声でおういおういと、半ばあの世へ足を踏み込んだものを、無理にも呼び返したくなる。りの眠りから、いつのとも心づかぬうちに、永い眠りに移る本人には、呼び返される方が、切れかかった煩悩ぼんのうの綱をむやみに引かるるようで苦しいかも知れぬ。慈悲だから、呼んでくれるな、おだやかに寝かしてくれと思うかも知れぬ。それでも、われわれは呼び返したくなる。余は今度女の姿が入口にあらわれたなら、呼びかけて、うつつのうちから救ってやろうかと思った。しかし夢のように、三尺の幅を、すうと抜ける影を見るやいなや、何だか口がけなくなる。今度はと心を定めているうちに、すうと苦もなく通ってしまう。なぜ何とも云えぬかと考うる途端とたんに、女はまた通る。こちらにうかがう人があって、その人が自分のためにどれほどやきもき思うているか、微塵みじんも気に掛からぬ有様で通る。面倒にも気の毒にも、初手しょてから、余のごときものに、気をかねておらぬ有様で通る。今度は今度はと思うているうちに、こらえかねた、雲の層が、持ち切れぬ雨の糸を、しめやかに落し出して、女の影を、蕭々しょうしょうと封じおわる。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「草枕」 五 山口雄介朗読

    23.47
    Mar 20, 2018

    「失礼ですが旦那だんなは、やっぱり東京ですか」
    「東京と見えるかい」
    「見えるかいって、一目ひとめ見りゃあ、――第一だいち言葉でわかりまさあ」
    「東京はどこだか知れるかい」
    「そうさね。東京は馬鹿に広いからね。――何でも下町したまちじゃねえようだ。やまだね。山の手は麹町こうじまちかね。え? それじゃ、小石川こいしかわ? でなければ牛込うしごめ四谷よつやでしょう」
    「まあそんな見当だろう。よく知ってるな」
    「こうえて、わっちも江戸っ子だからね」
    道理どうれ生粋いなせだと思ったよ」
    「えへへへへ。からっきし、どうも、人間もこうなっちゃ、みじめですぜ」
    「何でまたこんな田舎いなかへ流れ込んで来たのだい」
    「ちげえねえ、旦那のおっしゃる通りだ。全く流れ込んだんだからね。すっかり食い詰めっちまって……」
    「もとから髪結床かみゆいどこの親方かね」
    「親方じゃねえ、職人さ。え? 所かね。所は神田松永町かんだまつながちょうでさあ。なあに猫のひたい見たような小さな汚ねえ町でさあ。旦那なんか知らねえはずさ。あすこに竜閑橋りゅうかんばしてえ橋がありましょう。え? そいつも知らねえかね。竜閑橋ゃ、名代なだいな橋だがね」
    「おい、もう少し、石鹸しゃぼんけてくれないか、痛くって、いけない」
    「痛うがすかい。わっち癇性かんしょうでね、どうも、こうやって、逆剃さかずりをかけて、一本一本ひげの穴を掘らなくっちゃ、気が済まねえんだから、――なあに今時いまどきの職人なあ、るんじゃねえ、でるんだ。もう少しだ我慢おしなせえ」
    「我慢はさっきから、もうだいぶしたよ。御願だから、もう少し湯か石鹸をつけとくれ」
    「我慢しきれねえかね。そんなに痛かあねえはずだが。全体ぜんてい、髭があんまり、延び過ぎてるんだ」
    やけに頬の肉をつまみ上げた手を、残念そうに放した親方は、たなの上から、うすぺらな赤い石鹸を取りろして、水のなかにちょっとひたしたと思ったら、それなり余の顔をまんべんなく一応撫で廻わした。裸石鹸を顔へ塗りつけられた事はあまりない。しかもそれをらした水は、幾日前いくにちまえんだ、溜め置きかと考えると、余りぞっとしない。
    すでに髪結床かみゆいどこである以上は、御客の権利として、余は鏡に向わなければならん。しかし余はさっきからこの権利を放棄したく考えている。鏡と云う道具はたいらに出来て、なだらかに人の顔を写さなくては義理が立たぬ。もしこの性質がそなわらない鏡をけて、これに向えといるならば、強いるものは下手へたな写真師と同じく、向うものの器量を故意に損害したと云わなければならぬ。虚栄心をくじくのは修養上一種の方便かも知れぬが、何もおのれの真価以下の顔を見せて、これがあなたですよと、こちらを侮辱ぶじょくするには及ぶまい。今余が辛抱しんぼうして向き合うべく余儀なくされている鏡はたしかに最前から余を侮辱している。右を向くと顔中鼻になる。左を出すと口が耳元まで裂ける。仰向あおむくと蟇蛙ひきがえるを前から見たように真平まったいらつぶされ、少しこごむと福禄寿ふくろくじゅ祈誓児もうしごのように頭がせり出してくる。いやしくもこの鏡に対するあいだは一人でいろいろな化物ばけもの兼勤けんきんしなくてはならぬ。写るわが顔の美術的ならぬはまず我慢するとしても、鏡の構造やら、色合や、銀紙のげ落ちて、光線が通り抜ける模様などを総合して考えると、この道具その物からが醜体をきわめている。小人しょうじんから罵詈ばりされるとき、罵詈それ自身は別に痛痒つうようを感ぜぬが、その小人しょうじんの面前に起臥きがしなければならぬとすれば、誰しも不愉快だろう。
    その上この親方がただの親方ではない。そとからのぞいたときは、胡坐あぐらをかいて、長煙管ながぎせるで、おもちゃの日英同盟にちえいどうめい国旗の上へ、しきりに煙草たばこを吹きつけて、さも退屈気たいくつげに見えたが、這入はいって、わが首の所置を托する段になって驚ろいた。ひげる間は首の所有権は全く親方の手にあるのか、はた幾分かは余の上にも存するのか、一人で疑がい出したくらい、容赦ようしゃなく取り扱われる。余の首が肩の上に釘付くぎづけにされているにしてもこれでは永く持たない。
    彼は髪剃かみそりふるうに当って、ごうも文明の法則を解しておらん。頬にあたる時はがりりと音がした。あげの所ではぞきりと動脈が鳴った。あごのあたりに利刃りじんがひらめく時分にはごりごり、ごりごりと霜柱しもばしらを踏みつけるような怪しい声が出た。しかも本人は日本一の手腕を有する親方をもって自任している。
    最後に彼は酔っ払っている。旦那えと云うたんびに妙なにおいがする。時々は瓦斯ガスを余が鼻柱へ吹き掛ける。これではいつ何時なんどき、髪剃がどう間違って、どこへ飛んで行くか解らない。使う当人にさえ判然たる計画がない以上は、顔を貸した余に推察のできようはずがない。得心ずくで任せた顔だから、少しの怪我けがなら苦情は云わないつもりだが、急に気が変って咽喉笛のどぶえでもき切られては事だ。
    石鹸しゃぼんなんぞを、つけて、るなあ、腕がなまなんだが、旦那のは、髭が髭だから仕方があるめえ」と云いながら親方は裸石鹸を、裸のまま棚の上へほうり出すと、石鹸は親方の命令にそむいて地面の上へころがり落ちた。
    「旦那あ、あんまり見受けねえようだが、何ですかい、近頃来なすったのかい」
    二三日にさんち前来たばかりさ」
    「へえ、どこにいるんですい」
    志保田しほだとまってるよ」
    「うん、あすこの御客さんですか。おおかたそんなこったろうと思ってた。実あ、わっしもあの隠居さんをたよって来たんですよ。――なにね、あの隠居が東京にいた時分、わっしが近所にいて、――それで知ってるのさ。いい人でさあ。ものの解ったね。去年御新造ごしんぞが死んじまって、今じゃ道具ばかりひねくってるんだが――何でも素晴らしいものが、有るてえますよ。売ったらよっぽどな金目かねめだろうって話さ」
    奇麗きれいな御嬢さんがいるじゃないか」
    「あぶねえね」
    「何が?」
    「何がって。旦那のめえだが、あれで出返でもどりですぜ」
    「そうかい」
    「そうかいどころのさわぎじゃねえんだね。全体なら出て来なくってもいいところをさ。――銀行がつぶれて贅沢ぜいたくが出来ねえって、出ちまったんだから、義理がるいやね。隠居さんがああしているうちはいいが、もしもの事があった日にゃ、法返ほうがえしがつかねえわけになりまさあ」
    「そうかな」
    あためえでさあ。本家のあにきたあ、仲がわるしさ」
    「本家があるのかい」
    「本家は岡の上にありまさあ。遊びに行って御覧なさい。景色のいい所ですよ」
    「おい、もう一遍石鹸しゃぼんをつけてくれないか。また痛くなって来た」
    「よく痛くなるひげだね。髭が硬過こわすぎるからだ。旦那の髭じゃ、三日に一度は是非そりを当てなくっちゃ駄目ですぜ。わっしの剃で痛けりゃ、どこへ行ったって、我慢出来っこねえ」
    「これから、そうしよう。何なら毎日来てもいい」
    「そんなに長く逗留とうりゅうする気なんですか。あぶねえ。およしなせえ。益もねえった。ろくでもねえものに引っかかって、どんな目に逢うか解りませんぜ」
    「どうして」
    「旦那あの娘はめんはいいようだが、本当はじるしですぜ」
    「なぜ」
    「なぜって、旦那。村のものは、みんな気狂きちげえだって云ってるんでさあ」
    「そりゃ何かの間違だろう」
    「だって、げんに証拠があるんだから、御よしなせえ。けんのんだ」
    「おれは大丈夫だが、どんな証拠があるんだい」
    「おかしな話しさね。まあゆっくり、煙草たばこでもんで御出おいでなせえ話すから。――頭あ洗いましょうか」
    「頭はよそう」
    頭垢ふけだけ落して置くかね」
    親方はあかたまった十本の爪を、遠慮なく、余が頭蓋骨ずがいこつの上に並べて、断わりもなく、前後に猛烈なる運動を開始した。この爪が、黒髪の根を一本ごとに押し分けて、不毛のきょうを巨人の熊手くまでが疾風の速度で通るごとくに往来する。余が頭に何十万本の髪の毛がえているか知らんが、ありとある毛がことごとく根こぎにされて、残る地面がべた一面に蚯蚓腫めめずばれにふくれ上った上、余勢が地磐じばんを通して、骨から脳味噌のうみそまで震盪しんとうを感じたくらいはげしく、親方は余の頭を掻き廻わした。
    「どうです、好い心持でしょう」
    「非常な辣腕らつわんだ」
    「え? こうやると誰でもさっぱりするからね」
    「首が抜けそうだよ」
    「そんなに倦怠けったるうがすかい。全く陽気の加減だね。どうも春てえやつあ、やに身体からだがなまけやがって――まあ一ぷく御上おあがんなさい。一人で志保田にいちゃ、退屈でしょう。ちと話しに御出おいでなせえ。どうも江戸っ子は江戸っ子同志でなくっちゃ、話しが合わねえものだから。何ですかい、やっぱりあの御嬢さんが、御愛想に出てきますかい。どうもさっぱし、見境みさけえのねえ女だから困っちまわあ」
    「御嬢さんが、どうとか、したところで頭垢が飛んで、首が抜けそうになったっけ」
    ちげえねえ、がんがらがんだから、からっきし、話に締りがねえったらねえ。――そこでその坊主がのぼせちまって……」
    「その坊主たあ、どの坊主だい」
    観海寺かんかいじ納所坊主なっしょぼうずがさ……」
    納所なっしょにも住持じゅうじにも、坊主はまだ一人も出て来ないんだ」
    「そうか、急勝せっかちだから、いけねえ。苦味走にがんばしった、色の出来そうな坊主だったが、そいつが御前おまえさん、レコに参っちまって、とうとうふみをつけたんだ。――おや待てよ。口説くどいたんだっけかな。いんにゃ文だ。文にちげえねえ。すると――こうっと――何だか、きさつが少し変だぜ。うん、そうか、やっぱりそうか。するてえとやっこさん、驚ろいちまってからに……」
    「誰が驚ろいたんだい」
    「女がさ」
    「女が文を受け取って驚ろいたんだね」
    「ところが驚ろくような女なら、殊勝しおらしいんだが、驚ろくどころじゃねえ」
    「じゃ誰が驚ろいたんだい」
    「口説た方がさ」
    「口説ないのじゃないか」
    「ええ、じれってえ。間違ってらあ。ふみをもらってさ」
    「それじゃやっぱり女だろう」
    「なあに男がさ」
    「男なら、その坊主だろう」
    「ええ、その坊主がさ」
    「坊主がどうして驚ろいたのかい」
    「どうしてって、本堂で和尚おしょうさんと御経を上げてると、突然いきなりあの女が飛び込んで来て――ウフフフフ。どうしても狂印きじるしだね」
    「どうかしたのかい」
    「そんなに可愛かわいいなら、仏様の前で、いっしょに寝ようって、出し抜けに、泰安たいあんさんのくびたまへかじりついたんでさあ」
    「へええ」
    面喰めんくらったなあ、泰安さ。気狂きちげえに文をつけて、飛んだ恥をかせられて、とうとう、その晩こっそり姿を隠して死んじまって……」
    「死んだ?」
    「死んだろうと思うのさ。生きちゃいられめえ」
    「何とも云えない」
    「そうさ、相手が気狂じゃ、死んだってえねえから、ことによると生きてるかも知れねえね」
    「なかなか面白い話だ」
    「面白いの、面白くないのって、村中大笑いでさあ。ところが当人だけは、が気が違ってるんだから、洒唖洒唖しゃあしゃあして平気なもんで――なあに旦那のようにしっかりしていりゃ大丈夫ですがね、相手が相手だから、滅多めったにからかったりなんかすると、大変な目に逢いますよ」
    「ちっと気をつけるかね。ははははは」
    生温なまぬるいそから、塩気のある春風はるかぜがふわりふわりと来て、親方の暖簾のれんねむたそうにあおる。身をはすにしてその下をくぐり抜けるつばめの姿が、ひらりと、鏡のうちに落ちて行く。向うのうちでは六十ばかりの爺さんが、軒下に蹲踞うずくまりながら、だまって貝をむいている。かちゃりと、小刀があたるたびに、赤いざるのなかに隠れる。からはきらりと光りを放って、二尺あまりの陽炎かげろうむこうへ横切る。丘のごとくにうずたかく、積み上げられた、貝殻は牡蠣かきか、馬鹿ばかか、馬刀貝まてがいか。くずれた、幾分は砂川すながわの底に落ちて、浮世の表から、らい国へ葬られる。葬られるあとから、すぐ新しい貝が、柳の下へたまる。爺さんは貝の行末ゆくえを考うる暇さえなく、ただむなしき殻を陽炎かげろうの上へほうり出す。れのざるにはささうべき底なくして、彼れの春の日は無尽蔵に長閑のどかと見える。
    砂川は二間に足らぬ小橋の下を流れて、浜の方へ春の水をそそぐ。春の水が春の海と出合うあたりには、参差しんしとして幾尋いくひろの干網が、網の目を抜けて村へ吹く軟風に、なまぐさ微温ぬくもりを与えつつあるかと怪しまれる。その間から、鈍刀どんとうかして、気長にのたくらせたように見えるのが海の色だ。
    この景色とこの親方とはとうてい調和しない。もしこの親方の人格が強烈で四辺しへんの風光と拮抗きっこうするほどの影響を余の頭脳に与えたならば、余は両者の間に立ってすこぶる※(「木+吶のつくり」、第3水準1-85-54)方鑿えんぜいほうさくの感に打たれただろう。さいわいにして親方はさほど偉大な豪傑ではなかった。いくら江戸っ子でも、どれほどたんかを切っても、この渾然こんぜんとして駘蕩たいとうたる天地の大気象にはかなわない。満腹の饒舌にょうぜつろうして、あくまでこの調子を破ろうとする親方は、早く一微塵いちみじんとなって、怡々いいたる春光しゅんこううちに浮遊している。矛盾とは、力において、量において、もしくは意気体躯たいくにおいて氷炭相容ひょうたんあいいるるあたわずして、しかも同程度に位する物もしくは人の間にって始めて、見出し得べき現象である。両者の間隔がはなはだしく懸絶するときは、この矛盾はようやく※(「さんずい+斯」、第3水準1-87-16)※(「龍/石」、第3水準1-89-17)しじんろうまして、かえって大勢力の一部となって活動するに至るかも知れぬ。大人たいじん手足しゅそくとなって才子が活動し、才子の股肱ここうとなって昧者まいしゃが活動し、昧者の心腹しんぷくとなって牛馬が活動し得るのはこれがためである。今わが親方は限りなき春の景色を背景として、一種の滑稽こっけいを演じている。長閑のどかな春の感じをこわすべきはずの彼は、かえって長閑な春の感じを刻意に添えつつある。余は思わず弥生半やよいなかばに呑気のんき弥次やじと近づきになったような気持ちになった。このきわめて安価なる※(「陷のつくり+炎」、第3水準1-87-64)きえんかは、太平のしょうを具したる春の日にもっとも調和せる一彩色である。
    こう考えると、この親方もなかなかにも、詩にもなる男だから、とうに帰るべきところを、わざとしりえて四方八方よもやまの話をしていた。ところへ暖簾のれんすべって小さな坊主頭が
    「御免、一つって貰おうか」
    這入はいって来る。白木綿の着物に同じ丸絎まるぐけの帯をしめて、上から蚊帳かやのようにあら法衣ころもを羽織って、すこぶる気楽に見える小坊主であった。
    了念りょうねんさん。どうだい、こないだあ道草あ、食って、和尚おしょうさんにしかられたろう」
    「いんにゃ、められた」
    「使に出て、途中で魚なんか、とっていて、了念は感心だって、褒められたのかい」
    「若いに似ず了念は、よく遊んで来て感心じゃ云うて、老師が褒められたのよ」
    道理どうれで頭にこぶが出来てらあ。そんな不作法な頭あ、るなあ骨が折れていけねえ。今日は勘弁するから、この次から、ね直して来ねえ」
    「捏ね直すくらいなら、ますこし上手な床屋へ行きます」
    「はははは頭は凹凸ぼこでこだが、口だけは達者なもんだ」
    「腕は鈍いが、酒だけ強いのは御前おまえだろ」
    箆棒べらぼうめ、腕が鈍いって……」
    「わしが云うたのじゃない。老師が云われたのじゃ。そう怒るまい。年甲斐としがいもない」
    「ヘン、面白くもねえ。――ねえ、旦那」
    「ええ?」
    全体ぜんてえ坊主なんてえものは、高い石段の上に住んでやがって、屈托くったくがねえから、自然に口が達者になる訳ですかね。こんな小坊主までなかなか口幅くちはばってえ事を云いますぜ――おっと、もう少しどたまを寝かして――寝かすんだてえのに、――言う事をかなけりゃ、切るよ、いいか、血が出るぜ」
    「痛いがな。そう無茶をしては」
    「このくらいな辛抱が出来なくって坊主になれるもんか」
    「坊主にはもうなっとるがな」
    「まだ一人前いちにんめえじゃねえ。――時にあの泰安さんは、どうして死んだっけな、御小僧さん」
    「泰安さんは死にはせんがな」
    「死なねえ? はてな。死んだはずだが」
    「泰安さんは、そののち発憤して、陸前りくぜん大梅寺だいばいじへ行って、修業三昧しゅぎょうざんまいじゃ。今に智識ちしきになられよう。結構な事よ」
    「何が結構だい。いくら坊主だって、夜逃をして結構な法はあるめえ。御前おめえなんざ、よく気をつけなくっちゃいけねえぜ。とかく、しくじるなあ女だから――女ってえば、あの狂印きじるしはやっぱり和尚おしょうさんの所へ行くかい」
    狂印きじるしと云う女は聞いた事がない」
    「通じねえ、味噌擂みそすりだ。行くのか、行かねえのか」
    狂印きじるしは来んが、志保田の娘さんなら来る」
    「いくら、和尚さんの御祈祷ごきとうでもあればかりゃ、なおるめえ。全くせんの旦那がたたってるんだ」
    「あの娘さんはえらい女だ。老師がようめておられる」
    「石段をあがると、何でも逆様さかさまだからかなわねえ。和尚さんが、何て云ったって、気狂きちげえ気狂きちげえだろう。――さあれたよ。早く行って和尚さんに叱られて来めえ」
    「いやもう少し遊んで行ってめられよう」
    「勝手にしろ、口のらねえ餓鬼がきだ」
    とつこの乾屎※(「木+厥」、第3水準1-86-15)かんしけつ
    「何だと?」
    青い頭はすでに暖簾のれんをくぐって、春風しゅんぷうに吹かれている。

    青空文庫より