新美南吉

  • 新美南吉 「赤とんぼ」福山美奈子朗読

    11.22
    Sep 11, 2017

    赤とんぼ

    新美南吉

    赤とんぼは、三回ほど空をまわって、いつも休む一本の垣根かきねの竹の上に、チョイととまりました。
    山里の昼は静かです。
    そして、初夏の山里は、真実ほんとうに緑につつまれています。
    赤とんぼは、クルリと眼玉めだまてんじました。
    赤とんぼの休んでいる竹には、朝顔あさがおのつるがまきついています。昨年さくねんの夏、この別荘べっそうの主人がえていった朝顔の結んだ実が、またえたんだろう――と赤とんぼは思いました。
    今はこの家にはだれもいないので、雨戸がさびしくしまっています。
    赤とんぼは、ツイと竹の先からからだをはなして、高い空にい上がりました。

    三四人の人が、こっちへやって来ます。
    赤とんぼは、さっきの竹にまたとまって、じっと近づいて来る人々を見ていました。
    一番最初にかけて来たのは、赤いリボンの帽子ぼうしをかぶったかあいいおじょうちゃんでした。それから、おじょうちゃんのお母さん、荷物にもつをドッサリ持った書生しょせいさん――と、こう三人です。
    赤とんぼは、かあいいおじょうちゃんの赤いリボンにとまってみたくなりました。
    でも、おじょうちゃんがおこるとこわいな――と、赤とんぼは頭をかたげました。
    けど、とうとう、おじょうちゃんが前へ来たとき、赤とんぼは、おじょうちゃんの赤いリボンに飛びうつりました。
    「あッ、おじょうさん、帽子ぼうしに赤とんぼがとまりましたよ。」と、書生さんがさけびました。
    赤とんぼは、今におじょうちゃんの手が、自分をつかまえに来やしないかと思って、すぐ飛ぶ用意をしました。
    しかし、おじょうちゃんは、赤とんぼをつかまえようともせず、
    「まア、あたしの帽子ぼうしに! うれしいわ!」といって、うれしさにび上がりました。
    つばくらが、風のようにかけて行きます。

    かあいいおじょうちゃんは、今まで空家あきやだったその家に住みこみました。もちろん、お母さんや書生しょせいさんもいっしょです。
    赤とんぼは、今日も空をまわっています。
    夕陽ゆうひが、そのはねをいっそう赤くしています。

    「とんぼとんぼ
    赤とんぼ
    すすきの中は
    あぶないよ」

    あどけない声で、こんな歌をうたっているのが、聞こえて来ました。
    赤とんぼは、あのおじょうちゃんだろうと思って、そのまま、声のする方へ飛んで行きました。
    思った通り、うたってるのは、あのおじょうちゃんでした。
    おじょうちゃんは、庭で行水ぎょうずいをしながら、一人うたってたのです。
    赤とんぼが、頭の上へ来ると、おじょうちゃんは、持ってたおもちゃの金魚をにぎったまま、
    「あたしの赤とんぼ!」とさけんで、両手を高くさし上げました。
    赤とんぼは、とても愉快ゆかいです。
    書生しょせいさんが、シャボンを持ってやって来ました。
    「おじょうさん、背中せなかあらいましょうか?」
    「いや――」
    「だって――」
    「いや! いや! お母さんでなくっちゃ――」
    こまったおじょうさん。」
    書生しょせいさんは、頭をかきながら歩き出しましたが、朝顔の葉にとまって、ふたりの話をきいてる赤とんぼを見つけると、右手を大きくグルーッと一回まわしました。
    みょうな事をするな――と思って、赤とんぼはその指先を見ていました。
    つづけて、グルグルと書生さんは右手をまわします。そして、だんだん、その円を小さくして赤とんぼに近づいて来ます。
    赤とんぼは、大きなをギョロギョロ動かして、書生さんの指先をみつめています。
    だんだん、円は小さく近く、そして早くまわって来ます。
    赤とんぼは、まいをしてしまいました。
    つぎの瞬間しゅんかん、赤とんぼは、書生しょせいさんの大きな指にはさまれていました。
    「おじょうさん、赤とんぼをつかまえましたよ。あげましょうか?」
    「ばか! あたしの赤とんぼをつかまえたりなんかして――山田のばか!」
    おじょうちゃんは、口をとがらして、を書生さんにぶっかけました。
    書生さんは、赤とんぼをはなしてげて行きました。
    赤とんぼは、ホッとして空へ飛び上がりました。良いおじょうちゃんだな、と思いながら――

    空は真青まっさおに晴れています。どこまでもんでいます。
    赤とんぼは、まどはねを休めて、書生さんのお話に耳をかたむけています、かあいいおじょうちゃんと同じように。
    「それからね、そのとんぼは、おこって大蜘蛛ぐものやつにくいかかりました。くいつかれた大蜘蛛ぐもは、いたい! いたい! 助けてくれってね、大声にさけんだのですよ。すると、出て来たわ、出て来たわ、小さな蜘蛛くもが、雲のように出て来ました。けれども、とんぼは、もともと強いんですから、片端かたはしから蜘蛛くもにくいついて、とうとう一ぴきのこらずころしてしまいました。ホッとしてそのとんぼが、自分の姿すがたを見ると、これはまあどうでしょう、蜘蛛くもの血が、まっかについてるじゃありませんか。さあ大変だって、とんぼは、泉へ飛んで行って、からだをあらいました。が、赤い血はちっともとれません。で、神様におねがいしてみると、お前は、つみの無い蜘蛛くもをたくさんころしたから、そのたたりでそんなになったんだと、しかられてしまいました。そのとんぼが今の赤とんぼなんですよ。だから、赤とんぼは良くないとんぼです。」
    書生しょせいさんのお話は終わりました。
    わたしは、そんなむごい事をしたおぼえはないがと、赤とんぼが、首をひねって考えましたとき、おじょうちゃんが大声でさけびました。
    うそうそだ! 山田のお話は、みんなうそだよ。あんなかあいらしい赤とんぼが、そんなむごい事をするなんて、蜘蛛くもの赤血だなんて――みんなうそだよ。」
    赤とんぼは、真実ほんとうにうれしく思いました。
    例の書生さんは、顔をあかくして行ってしまいました。
    まどからはなれて、赤とんぼは、おじょうちゃんのかたにつかまりました。
    「まア! あたしの赤とんぼ! かあいい赤とんぼ!」
    おじょうちゃんのひとみは、黒くんでいました。
    あつかった夏は、いつの間にかすぎさってしまいました。
    朝顔あさがおは、垣根かきねにまきついたまま、しおれました。
    鈴虫すずむしが、すずしい声でなくようになりました。
    今日も、赤とんぼは、おじょうちゃんに会いにやって来ました。
    赤とんぼは、ちょっとびっくりしました。それは、いつも開いているまどが、みなしまっているからです。
    どうしたのかしら? と、赤とんぼが考えたとき、玄関げんかんからだれび出して来ました。
    おじょうちゃんです。あのかあいいおじょうちゃんです。
    けれども、今日のおじょうちゃんは、悲しい顔つきでした。そして、この別荘べっそうへはじめて来たときかぶってた、赤いリボンの帽子ぼうしを着け、きれいなふくを着ていました。
    赤とんぼはいつものように飛んで行って、おじょうちゃんのかたにとまりました。
    「あたしの赤とんぼ……かあいい赤とんぼ……あたし、東京へ帰るのよ、もうお別れよ。」
    おじょうちゃんは、小さい細い声でくように言いました。
    赤とんぼは悲しくなりました。自分もおじょうちゃんといっしょに東京へ行きたいなと思いました。
    そのとき、おじょうちゃんのお母さんと、赤とんぼにいたずらをした書生しょせいさんが、出てまいりました。
    「ではまいりましょう。」
    みな、歩き出しました。
    赤とんぼは、やがておじょうちゃんのかたはなれて、垣根かきねの竹の先にうつりました。
    「あたしの赤とんぼよ、さようなら――」
    かあいいおじょうちゃんは、なんべんもふりかえっていいました。
    けど、とうとう、みな姿すがたは見えなくなってしまったのです。
    もう、これからは、この家は空家あきやになるのかな――赤とんぼは、しずかに首をかたむけました。

    さびしい秋の夕方など、赤とんぼは、尾花おばな穂先ほさきにとまって、あのかあいいおじょうちゃんを思い出しています。

  • 新美南吉「鍛冶屋の子」駒形恵美朗読

    11.70
    Sep 05, 2017

    何時まで経つてもちつとも開けて行かない、海岸から遠い傾いた町なんだ。
    ――街路はせまい、いつでも黒くきたない、両側にぎつしり家が並んでゐる、ひさしに白いほこりが、にぶい太陽の光にさらされてゐる、通る人は太陽を知らない人が多い、そしてみんな麻ひしてゐる様だ――
    新次は鍛冶屋にのんだくれの男を父として育つた少年であつた。母は彼の幼い時に逝つた。兄があつたが、馬鹿で、もういゝ年をしてゐたが、ほんの子供の様な着物をつけて、附近の子供と遊んでばかしゐた。兄の名は馬右エ門と云つた。併し誰も馬右エ門と云はず、「馬」と呼んだ。
    「馬、お前は利口かい」
    「利口だ」
    「何になるんだ」
    「大将」
    小い少年が、訊ねるのに対して、笑はれるとも知らないでまじめに答へてゐる兄を見る時、新次は情なくなつた。兄はよく着物をよごして来た。小い少年にだまされて、溝なんかに落ちたのであつた。その度に新次は着物を洗濯せなければならなかつた。
    「兄さん」新次がかう呼びかけても馬右エ門は答へないのを知つてゐたけれど(馬右エ門は誰からでも「馬」と呼ばれない限り返事をしなかつた)度々かう呼びかけた。がやはりきよろんとしてゐて答へない兄を見ると、「兄さん」と云ふと「おい」と答へる兄をどんなに羨しく思つた事か。
    新次は去年小学校を卒業して、今は、父の仕事をたすけ、一方、主婦の仕事を一切しなければならなかつたのである。何時でも彼は、彼の家庭の溝の中の様に暗く、そしてすつぱい事を考へた。
    炊事を終へて、黒くひかつてゐる冷たいふとんにもぐつてから、こんな事をよく思つた――
    せめておつかあが生きてゐて呉れたらナ。せめて馬右エ門がも少ししつかりしてゐておつあんの鎚を握つてくれたらナ、
    せめてお父つあんが酒をよしてくれたらナ――
    けれど、直、「そんな事が叶つたら世の中の人は皆幸福になつて了ふではないか」とすてた様にひとり笑つた。
    まつたくのんだくれの父だつた。仕事をしてゐる最中でもふらふらと出て行つては、やがて青い顔をして眼を据へて帰つて来た。酒をのめばのむ程、彼は青くなり、眼はどろーんと沈澱して了ふ彼の性癖であつた。葬式なんかに招かれた時でも、彼は、がぶがぶと呑んでは、愁に沈んでゐる人々に、とんでもない事をぶつかける為、町の人々は、彼をもてあましてゐた。彼は六十に近い老人で、丈はずばぬけて高かつた。そして、酒を呑んだ時は必つとふとんをかぶつて眠つた。併し、大きないびきなんか決して出さなかつた。死んだ様に眠つてゐては、時々眼ざめてしくしく泣いた。そんな時など、新次はことにくらくされた。
    学校の先生が、一度新次の家に来た時、若い先生は、酒の身躯によくない事を説いた。新次の父は、
    「酒は毒です、大変毒です、私はやめ様と思ひます、まつたくうまくないです、苦いです、私はやめ様と思ひます、それでもやつぱりあかんです」と云つて、空虚な声で「ハッハッハッ」と笑つた。
    馬右エ門がふいと帰つて来て、鉄柵にする太い手頃の鉄棒を一本ひつぱり出して、黙つて火の中にさし込んだ。一人で仕事をしてゐた新次は不思議に思つてするがまゝにして置いた。真赤になつた棒を、馬右エ門は叩き始めた。鎚をふり下さうとする瞬間瞬間に、赤くやけたくびの筋肉がぐつとしまるのを、新次はうれしく思つて見つめてゐた。手拭を力一ぱいしぼる様な快さが新次の体の中を流れた。馬右エ門にだつて力があるんだ! 力が!――
    「何を造るんけ?」
    「がだな」よだれの中から馬右エ門は云つた。
    「かたな? かたなみたいなものを」
    木の実だと思つて拾つたのがやつぱりからにすぎなかつた時の様に新次は感じた。ふと、思切りなぐりつけてやらうかと思つたが、ぼんやりして、馬右エ門のむくれ上るくびを見てゐた。
    町の横を通る電車道の工事に多くの朝鮮人がこの町にやつて来て、鍛冶の仕事が増して来ると、新次の家も幾分活気づいた。
    父も新次もよく働いた。けれど、父は依然として酒にひたつた。
    「お父つあん、ちつと酒をひかへてくれよ、酒は毒だで、そして仕事もはかどらんで」
    新次は、父に云つた。
    「まつたく酒は毒だ、酒は苦い、けれど俺はやめられん、きさまは酒のむ様になるなよ」父は云つた。
    ふつと眼を開いて見ると、すゝけた神棚の下で、酒を飲んでゐる馬右エ門の姿が、五燭の赤い電燈の光に見えた。新次は、泥棒を見つけた以上にはつとして、頭が白くなる様な悪寒に近い或物におそはれた。馬鹿に静かな赤い光の中に、馬右エ門ののどがごくごく動いた。少し今夜は具合が悪いと云つて、父が残して置いた酒の徳利を馬右エ門の左手はしつかり掴んでゐた。
    「馬エ!」
    新次のすぐ隣に今まで寝てゐた父が、むつくり頭を拾げた。
    馬右エ門は、
    「うッ」と赤い顔をこちらへ向けて、しまりのない口を見せた。
    父のせーせーと肩を上下して呼吸してゐるのが新次には恐ろしかつた。父の眼は、ぢつと白痴の馬右エ門を見つめ、静脈のはつきり現はれてゐる手はわなゝいてゐた。
    「馬エ、おぬしは酒を飲むか――」父はふらふらと立上つて馬右エ門に近づいた。
    「この野郎!」父は叫んで、ニヤニヤしてゐる馬右エ門の横面にガンとくらはせた。馬右エ門は笑ふのをハタと止めた。父の苦しげな呼吸はますます烈しくなつた。
    そして又、殴らうとした。新次は我知らず跳出して行つて、父を止めた。
    「お父つあん、馬は阿呆ぢやねえか、打つたつてあかんだ」
    父は眼を落して、
    「ん、馬エは阿呆だつたナ」とふるへ声で云つて、元の寝床へ帰つて、ふとんをかむつて了つた。その騒ぎで酒はこぼれて了つたので、馬右エ門も床に這入つた。新次は一寸片付けて、ふとんにむぐり込んだけれど、どうしても眠られなかつた。
    「新」父が小い声で呼んだ。
    「ん」
    「俺あ酒を止めるぞ」ふとんの中から云つた。
    父は酒を飲まなくなつて了つた。併し、それからは何処か加減が悪くて床を出られなくなつた。
    新次は、一人で鎚をふりあげた。父は眼立つて面やつれがして行つた。それでも、日ごろ酒の為没交渉の父には、見舞に来て呉れる人とては一人となかつた。
    鎚をふりあげ乍ら、新次は、父はこのまゝ死んで了ふのではないかしらと思つた。――父が死んだらどうするのだ、馬右エ門は白痴だし――
    酒を買つて来た新次が、父の枕元に坐つて、
    「お父つあん」と呼んだ。父は重たげに首をうごかして、
    「ん」と答へた。
    「酒買つて来たで飲んでくれよ」
    「酒を買つて来た? 新、何故酒なんか買つて来たんだ」
    力のない声で、新次を叱つたけれど、父は、きらりと涙を光らした。
    「お父つあん飲んでくれよ」
    新次は、そつと父の枕元を去つて、仕事場へ来ると、黒い柱に顔をすりつけて泣いた。泣いた。
    何時まで経つてもちつとも開けて行かない海岸から遠い傾いた町なんだ。

  • 新美南吉「去年の木」駒形恵美 朗読

    3.28
    Aug 23, 2017

    去年の木

    新美南吉

    いっぽんの木と、いちわの小鳥とはたいへんなかよしでした。小鳥はいちんちその木のえだで歌をうたい、木はいちんちじゅう小鳥の歌をきいていました。
    けれど寒い冬がちかづいてきたので、小鳥は木からわかれてゆかねばなりませんでした。
    「さよなら。また来年きて、歌をきかせてください。」
    と木はいいました。
    「え。それまで待っててね。」
    と、小鳥はいって、南の方へとんでゆきました。
    春がめぐってきました。野や森から、雪がきえていきました。
    小鳥は、なかよしの去年きょねんの木のところへまたかえっていきました。
    ところが、これはどうしたことでしょう。木はそこにありませんでした。根っこだけがのこっていました。
    「ここに立ってた木は、どこへいったの。」
    と小鳥は根っこにききました。
    根っこは、
    「きこりがおのでうちたおして、谷のほうへもっていっちゃったよ。」
    といいました。
    小鳥は谷のほうへとんでいきました。
    谷のそこには大きな工場があって、木をきる音が、びィんびィん、としていました。
    小鳥は工場の門の上にとまって、
    「門さん、わたしのなかよしの木は、どうなったか知りませんか。」
    とききました。
    門は、
    「木なら、工場の中でこまかくきりきざまれて、マッチになってあっちの村へ売られていったよ。」
    といいました。
    小鳥は村のほうへとんでいきました。
    ランプのそばに女の子がいました。
    そこで小鳥は、
    「もしもし、マッチをごぞんじありませんか。」
    とききました。
    すると女の子は、
    「マッチはもえてしまいました。けれどマッチのともした火が、まだこのランプにともっています。」
    といいました。
    小鳥は、ランプの火をじっとみつめておりました。
    それから、去年きょねんの歌をうたって火にきかせてやりました。火はゆらゆらとゆらめいて、こころからよろこんでいるようにみえました。
    歌をうたってしまうと、小鳥はまたじっとランプの火をみていました。それから、どこかへとんでいってしまいました。
    青空文庫より

  • 新美南吉「売られていった靴」駒形恵美 朗読

    1.98
    Aug 23, 2017

    売られていった靴

    新美南吉

    靴屋くつやのこぞう、兵助へいすけが、はじめていっそくのくつをつくりました。
    するとひとりの旅人たびびとがやってきて、そのくつを買いました。
    兵助は、じぶんのつくったくつがはじめて売れたので、うれしくてうれしくてたまりません。
    「もしもし、このくつずみとブラシをあげますから、そのくつをだいじにして、かあいがってやってください。」
    と、兵助へいすけはいいました。
    旅人たびびとは、めずらしいことをいうこぞうだ、とかんしんしていきました。
    しばらくすると兵助は、つかつかと旅人のあとを追っかけていきました。
    「もしもし、そのくつのうらのくぎがぬけたら、このくぎをそこにうってください。」
    といって、くぎをポケットから出してやりました。
    しばらくすると、また兵助は、おもいだしたように、旅人のあとを追っかけていきました。
    「もしもし、そのくつ、だいじにはいてやってください。」
    旅人たびびとはとうとうおこりだしてしまいました。
    「うるさいこぞうだね、このくつをどんなふうにはこうとわたしのかってだ。」
    兵助へいすけは、
    「ごめんなさい。」
    とあやまりました。
    そして、旅人のすがたがみえなくなるまで、じっとみおくっていました。
    兵助は、あのくつがいつまでもかあいがられてくれればよい、とおもいました。

    青空文庫より

  • 松井美樹朗読「ごんぎつね」新美南吉

  • 物袋綾子朗読「かげ」新美南吉

  • 物袋綾子朗読「二ひきの蛙」新美南吉

    二ひきの蛙

    新美南吉

    緑のかえると黄色のかえるが、はたけのまんなかでばったりゆきあいました。
    「やあ、きみは黄色だね。きたない色だ。」
    と緑のかえるがいいました。
    「きみは緑だね。きみはじぶんを美しいと思っているのかね。」
    と黄色のかえるがいいました。
    こんなふうに話しあっていると、よいことはこりません。二ひきのかえるはとうとうけんかをはじめました。
    緑のかえるは黄色のかえるの上にとびかかっていきました。このかえるはとびかかるのが得意とくいでありました。
    黄色のかえるはあとあしですなをけとばしましたので、あいてはたびたび目玉からすなをはらわねばなりませんでした。
    するとそのとき、寒い風がふいてきました。
    二ひきのかえるは、もうすぐ冬のやってくることをおもいだしました。かえるたちは土の中にもぐって寒い冬をこさねばならないのです。
    「春になったら、このけんかの勝負しょうぶをつける。」
    といって、緑のかえるは土にもぐりました。
    「いまいったことをわすれるな。」
    といって、黄色のかえるももぐりこみました。
    寒い冬がやってきました。かえるたちのもぐっている土の上に、びゅうびゅうと北風がふいたり、霜柱しもばしらが立ったりしました。
    そしてそれから、春がめぐってきました。
    土の中にねむっていたかえるたちは、せなかの上の土があたたかくなってきたのでわかりました。
    さいしょに、緑のかえるが目をさましました。土の上に出てみました。まだほかのかえるは出ていません。
    「おいおい、おきたまえ。もう春だぞ。」
    と土の中にむかってよびました。
    すると、黄色のかえるが、
    「やれやれ、春になったか。」
    といって、土から出てきました。
    去年きょねんのけんか、わすれたか。」
    と緑のかえるがいいました。
    「待て待て。からだの土をあらいおとしてからにしようぜ。」
    と黄色のかえるがいいました。
    二ひきのかえるは、からだから泥土どろつちをおとすために、いけのほうにいきました。
    いけには新しくわきでて、ラムネのようにすがすがしい水がいっぱいにたたえられてありました。そのなかへかえるたちは、とぶんとぶんととびこみました。
    からだをあらってから緑のかえるが目をぱちくりさせて、
    「やあ、きみの黄色は美しい。」
    といいました。
    「そういえば、きみの緑だってすばらしいよ。」
    と黄色のかえるがいいました。
    そこで二ひきのかえるは、
    「もうけんかはよそう。」
    といいあいました。
    よくねむったあとでは、人間でもかえるでも、きげんがよくなるものであります。
    青空文庫より

     

  • 朗読カフェSTUDIO海渡みなみ朗読、新美南吉「おじ いさんのランプ」

    かくれんぼで、倉のすみにもぐりこんだ東一とういち君がランプを持って出て来た。
    それは珍らしい形のランプであった。八十センチぐらいの太い竹のつつが台になっていて、その上にちょっぴり火のともる部分がくっついている、そしてほやは、細いガラスの筒であった。はじめて見るものにはランプとは思えないほどだった。
    そこでみんなは、昔の鉄砲とまちがえてしまった。
    「何だア、鉄砲かア」と鬼の宗八そうはち君はいった。
    東一君のおじいさんも、しばらくそれが何だかわからなかった。眼鏡めがねしにじっと見ていてから、はじめてわかったのである。
    ランプであることがわかると、東一君のおじいさんはこういって子供たちをしかりはじめた。
    「こらこら、お前たちは何を持出すか。まことに子供というものは、黙って遊ばせておけば何を持出すやらわけのわからん、油断もすきもない、ぬすっとねこのようなものだ。こらこら、それはここへ持って来て、お前たちは外へ行って遊んで来い。外に行けば、電信柱でんしんばしらでも何でも遊ぶものはいくらでもあるに」
    こうして叱られると子供ははじめて、自分がよくない行いをしたことがわかるのである。そこで、ランプを持出した東一君はもちろんのこと、何も持出さなかった近所の子供たちも、自分たちみんなで悪いことをしたような顔をして、すごすごと外の道へ出ていった。
    外には、春の昼の風が、ときおり道のほこりを吹立ててすぎ、のろのろと牛車が通ったあとを、白いちょうがいそがしそうに通ってゆくこともあった。なるほど電信柱があっちこっちに立っている。しかし子供たちは電信柱なんかで遊びはしなかった。大人おとなが、こうして遊べといったことを、いわれたままに遊ぶというのは何となくばかげているように子供には思えるのである。
    そこで子供たちは、ポケットの中のラムネ玉をカチカチいわせながら、広場の方へとんでいった。そしてまもなく自分たちの遊びで、さっきのランプのことは忘れてしまった。
    日ぐれに東一君は家へ帰って来た。奥の居間いまのすみに、あのランプがおいてあった。しかし、ランプのことを何かいうと、またおじいさんにがみがみいわれるかも知れないので、黙っていた。
    夕御飯のあとの退屈な時間が来た。東一君はたんすにもたれて、ひき出しのかんをカタンカタンといわせていたり、店に出てひげをやした農学校の先生が『大根だいこん栽培の理論と実際』というような、むつかしい名前の本を番頭に注文するところを、じっと見ていたりした。
    そういうことにも飽くと、また奥の居間にもどって来て、おじいさんがいないのを見すまして、ランプのそばへにじりより、そのほやをはずしてみたり、五銭白銅貨はくどうかほどのねじをまわして、ランプのしんを出したりひっこめたりしていた。
    すこしいっしょうけんめいになっていじくっていると、またおじいさんにみつかってしまった。けれどこんどはおじいさんは叱らなかった。ねえやにお茶をいいつけておいて、すっぽんと煙管筒きせるづつをぬきながら、こういった。
    「東坊、このランプはな、おじいさんにはとてもなつかしいものだ。長いあいだ忘れておったが、きょう東坊が倉の隅から持出して来たので、また昔のことを思い出したよ。こうおじいさんみたいに年をとると、ランプでも何でも昔のものに出合うのがとてもうれしいもんだ」
    東一君はぽかんとしておじいさんの顔を見ていた。おじいさんはがみがみと叱りつけたから、おこっていたのかと思ったら、昔のランプにうことができて喜んでいたのである。
    「ひとつ昔の話をしてやるから、ここへ来てすわれ」
    とおじいさんがいった。
    東一君は話が好きだから、いわれるままにおじいさんの前へいって坐ったが、何だかお説教をされるときのようで、いごこちがよくないので、いつもうちで話をきくときにとる姿勢をとって聞くことにした。つまり、寝そべって両足をうしろへ立てて、ときどき足の裏をうちあわせる芸当げいとうをしたのである。
    おじいさんの話というのは次のようであった。
    青空文庫より

  • 朗読カフェSTUDIO 物袋綾子朗読「デンデンムシノ カナシミ」新美南吉


    デンデンムシノ カナシミ

    新美南吉

    イツピキノ デンデンムシガ アリマシタ。
    アル ヒ ソノ デンデンムシハ タイヘンナ コトニ キガ ツキマシタ。
    「ワタシハ イママデ ウツカリシテ ヰタケレド、ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルデハ ナイカ」
    コノ カナシミハ ドウ シタラ ヨイデセウ。
    デンデンムシハ オトモダチノ デンデンムシノ トコロニ ヤツテ イキマシタ。
    「ワタシハ モウ イキテ ヰラレマセン」
    ト ソノ デンデンムシハ オトモダチニ イヒマシタ。
    「ナンデスカ」
    ト オトモダチノ デンデンムシハ キキマシタ。
    「ワタシハ ナント イフ フシアハセナ モノデセウ。ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルノデス」
    ト ハジメノ デンデンムシガ ハナシマシタ。
    スルト オトモダチノ デンデンムシハ イヒマシタ。
    「アナタバカリデハ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス。」

    ソレヂヤ シカタナイト オモツテ、ハジメノ デンデンムシハ、ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。
    スルト ソノ オトモダチモ イヒマシタ。
    「アナタバカリヂヤ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス」
    ソコデ、ハジメノ デンデンムシハ マタ ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。
    カウシテ、オトモダチヲ ジユンジユンニ タヅネテ イキマシタガ、ドノ トモダチモ オナジ コトヲ イフノデ アリマシタ。
    トウトウ ハジメノ デンデンムシハ キガ ツキマシタ。
    「カナシミハ ダレデモ モツテ ヰルノダ。ワタシバカリデハ ナイノダ。ワタシハ ワタシノ カナシミヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」
    ソシテ、コノ デンデンムシハ モウ、ナゲクノヲ ヤメタノデ アリマス。

    青空文庫より


  • 青空文庫名作文学の朗読 
    朗読カフェSTUDIO 
    福山美奈子さんの朗読、新美南吉「赤い蝋燭」