駒形恵美

  • 『西行双面』文・倉沢はすみ 朗読駒形美英

    29.85
    May 24, 2018

    コンペイトウ文庫☆https://konpeito12.exblog.jp/

  • 宮沢賢治「めくらぶどうと虹」駒形美英朗読

    9.08
    Apr 25, 2018

    めくらぶどうと虹(にじ)

    宮沢賢治

    城(しろ)あとのおおばこの実(み)は結(むす)び、赤つめ草の花は枯(か)れて焦茶色(こげちゃいろ)になり、畑(はたけ)の粟(あわ)は刈(か)られました。
    「刈(か)られたぞ」と言(い)いながら一ぺんちょっと顔(かお)を出した野鼠(のねずみ)がまた急(いそ)いで穴(あな)へひっこみました。
    崖(がけ)やほりには、まばゆい銀(ぎん)のすすきの穂(ほ)が、いちめん風に波立(なみだ)っています。
    その城(しろ)あとのまん中に、小さな四(し)っ角山(かくやま)があって、上のやぶには、めくらぶどうの実(み)が虹(にじ)のように熟(う)れていました。
    さて、かすかなかすかな日照(ひで)り雨が降(ふ)りましたので、草はきらきら光り、向(む)こうの山は暗(くら)くなりました。
    そのかすかなかすかな日照(ひで)り雨が霽(は)れましたので、草はきらきら光り、向(む)こうの山は明るくなって、たいへんまぶしそうに笑(わら)っています。
    そっちの方から、もずが、まるで音譜(おんぷ)をばらばらにしてふりまいたように飛(と)んで来て、みんな一度(いちど)に、銀(ぎん)のすすきの穂(ほ)にとまりました。
    めくらぶどうは感激(かんげき)して、すきとおった深(ふか)い息(いき)をつき、葉(は)から雫(しずく)をぽたぽたこぼしました。
    東の灰色(はいいろ)の山脈(さんみゃく)の上を、つめたい風がふっと通って、大きな虹(にじ)が、明るい夢(ゆめ)の橋(はし)のようにやさしく空にあらわれました。
    そこでめくらぶどうの青じろい樹液(じゅえき)は、はげしくはげしく波(なみ)うちました。
    そうです。今日(きょう)こそただの一言(ひとこと)でも、虹(にじ)とことばをかわしたい、丘(おか)の上の小さなめくらぶどうの木が、よるのそらに燃(も)える青いほのおよりも、もっと強い、もっとかなしいおもいを、はるかの美(うつく)しい虹(にじ)にささげると、ただこれだけを伝(つた)えたい、ああ、それからならば、それからならば、実(み)や葉(は)が風にちぎられて、あの明るいつめたいまっ白の冬の眠(ねむ)りにはいっても、あるいはそのまま枯(か)れてしまってもいいのでした。
    「虹(にじ)さん。どうか、ちょっとこっちを見てください」めくらぶどうは、ふだんの透(す)きとおる声もどこかへ行って、しわがれた声を風に半分(はんぶん)とられながら叫(さけ)びました。
    やさしい虹(にじ)は、うっとり西の碧(あお)いそらをながめていた大きな碧(あお)い瞳(ひとみ)を、めくらぶどうに向(む)けました。
    「何かご用でいらっしゃいますか。あなたはめくらぶどうさんでしょう」
    めくらぶどうは、まるでぶなの木の葉(は)のようにプリプリふるえて輝(かがや)いて、いきがせわしくて思うように物(もの)が言(い)えませんでした。
    「どうか私のうやまいを受(う)けとってください」
    虹(にじ)は大きくといきをつきましたので、黄や菫(すみれ)は一つずつ声をあげるように輝(かがや)きました。そして言(い)いました。
    「うやまいを受(う)けることは、あなたもおなじです。なぜそんなに陰気(いんき)な顔をなさるのですか」
    「私はもう死(し)んでもいいのです」
    「どうしてそんなことを、おっしゃるのです。あなたはまだお若(わか)いではありませんか。それに雪が降(ふ)るまでには、まだ二か月あるではありませんか」
    「いいえ。私の命(いのち)なんか、なんでもないんです。あなたが、もし、もっと立派(りっぱ)におなりになるためなら、私なんか、百ぺんでも死(し)にます」
    「あら、あなたこそそんなにお立派(りっぱ)ではありませんか。あなたは、たとえば、消(き)えることのない虹(にじ)です。変(か)わらない私です。私などはそれはまことにたよりないのです。ほんの十分か十五分のいのちです。ただ三秒(びょう)のときさえあります。ところがあなたにかがやく七色はいつまでも変(か)わりません」
    「いいえ、変(か)わります。変(か)わります。私の実(み)の光なんか、もうすぐ風に持(も)って行かれます。雪(ゆき)にうずまって白くなってしまいます。枯(か)れ草(くさ)の中で腐(くさ)ってしまいます」
    虹(にじ)は思わず微笑(わら)いました。
    「ええ、そうです。本とうはどんなものでも変(か)わらないものはないのです。ごらんなさい。向(む)こうのそらはまっさおでしょう。まるでいい孔雀石(くじゃくせき)のようです。けれどもまもなくお日さまがあすこをお通りになって、山へおはいりになりますと、あすこは月見草(つきみそう)の花びらのようになります。それもまもなくしぼんで、やがてたそがれ前の銀色(ぎんいろ)と、それから星をちりばめた夜とが来ます。
    そのころ、私は、どこへ行き、どこに生まれているでしょう。また、この眼(め)の前の、美(うつく)しい丘(おか)や野原(のはら)も、みな一秒(びょう)ずつけずられたりくずれたりしています。けれども、もしも、まことのちからが、これらの中にあらわれるときは、すべてのおとろえるもの、しわむもの、さだめないもの、はかないもの、みなかぎりないいのちです。わたくしでさえ、ただ三秒(びょう)ひらめくときも、半時(はんとき)空にかかるときもいつもおんなじよろこびです」
    「けれども、あなたは、高く光のそらにかかります。すべて草や花や鳥は、みなあなたをほめて歌います」
    「それはあなたも同じです。すべて私に来て、私をかがやかすものは、あなたをもきらめかします。私に与えられたすべてのほめことばは、そのままあなたに贈(おく)られます。ごらんなさい。まことの瞳(ひとみ)でものを見る人は、人の王のさかえの極(きわ)みをも、野の百合(ゆり)の一つにくらべようとはしませんでした。それは、人のさかえをば、人のたくらむように、しばらくまことのちから、かぎりないいのちからはなしてみたのです。もしそのひかりの中でならば、人のおごりからあやしい雲と湧(わ)きのぼる、塵(ちり)の中のただ一抹(いちまつ)も、神(かみ)の子のほめたもうた、聖(せい)なる百合(ゆり)に劣(おと)るものではありません」
    「私を教えてください。私を連(つ)れて行ってください。私はどんなことでもいたします」
    「いいえ私はどこへも行きません。いつでもあなたのことを考えています。すべてまことのひかりのなかに、いっしょにすむ人は、いつでもいっしょに行くのです。いつまでもほろびるということはありません。けれども、あなたは、もう私を見ないでしょう。お日様(ひさま)があまり遠くなりました。もずが飛(と)び立ちます。私はあなたにお別(わか)れしなければなりません」
    停車場(ていしゃじょう)の方で、鋭(するど)い笛(ふえ)がピーと鳴りました。
    もずはみな、一ぺんに飛(と)び立って、気違(きちが)いになったばらばらの楽譜(がくふ)のように、やかましく鳴きながら、東の方へ飛(と)んで行きました。
    めくらぶどうは高く叫(さけ)びました。
    「虹(にじ)さん。私をつれて行ってください。どこへも行かないでください」
    虹(にじ)はかすかにわらったようでしたが、もうよほどうすくなって、はっきりわかりませんでした。
    そして、今はもう、すっかり消(き)えました。
    空は銀色(ぎんいろ)の光を増(ま)し、あまり、もずがやかましいので、ひばりもしかたなく、その空へのぼって、少しばかり調子(ちょうし)はずれの歌をうたいました。

    青空文庫より

  • 伊藤左千夫「奈々子」駒形美英朗読

    36.77
    Apr 19, 2018

    奈々子

    伊藤左千夫

    その日の朝であった、自分は少し常より寝過ごして目を覚ますと、子供たちの寝床は皆からになっていた。自分がうがいに立って台所へ出た時、奈々子ななこは姉なるものの大人下駄おとなげたをはいて、外へ出ようとするところであった。焜炉こんろの火に煙草をすっていて、自分と等しく奈々子の後ろ姿を見送った妻は、
    「奈々ちゃんはね、あなた、きのうから覚えてわたい、わたいっていいますよ」
    「そうか、うむ」
    答えた自分も妻も同じように、愛の笑いがおのずから顔に動いた。
    出口の腰障子こししょうじにつかまって、敷居しきい足越あごそうとした奈々子も、ふり返りさまに両親を見てにっこり笑った。自分はそのまま外へ出る。物置の前では十五になる梅子うめこが、今鶏箱とりばこからひなを出して追い込みに入れている。雪子ゆきこもおもいかにもおもしろそうに笑いながら雛を見ている。
    奈々子もそれを見に降りてきたのだ。さっちゃん
    井戸ばたの流し場に手水ちょうずをすました自分も、鶏にきょうがる子どもたちの声に引かされて、覚えず彼らの後ろに立った。先に父を見つけたお児は、
    「おんちゃんにおんぼしんだ、おんちゃんにおんぼしんだ」さっちゃん
    と叫んで父の膝に取りついた。奈々子もあとから、
    「わたえもおんも、わたえもおんも」
    と同じく父に取りつくのであった。自分はいつものごとくに、おんぼという姉とおんもという妹とをいっしょに背負うて、しばらく彼らを笑わせた。梅子が餌を持ち出してきて鶏にやるので再び四人の子どもは追い込みの前に立った。お児が、
    「おんちゃんおやとり、おんちゃんおやとり」
    というから、お児ちゃん、おやとりがどうしたかと聞くと、お児ちゃんはおやとりっち言葉をこのごろ覚えたからそういうのだと梅子が答える。奈々子は大きい下駄に疲れたらしく、
    「お児ちゃんのかんこ、お児ちゃんのかんこ」
    といい出した。お児の下駄を借りたいというのである。父は幼き姉をすかしてその下駄を貸さした。お児は一つ上の姉でも姉は姉らしいところがある。小さな姉妹は下駄を取り替える。奈々子は満足の色を笑いにたたわして、雪子とお児の間にはさまりつつひなを見る。つぶつぶかすり単物ひとえものに桃色のへこ帯を後ろにたれ、小さな膝を折ってその両膝に罪のない手を乗せてしゃがんでいる。雪子もお児もながら、いちばん小さい奈々子のふうがことに親の目を引くのである。しらみがわいたとかで、つむりをくりくりとバリカンで刈ってしもうた頭つきが、いたずらそうに見えていっそう親の目にかわゆい。妻も台所から顔を出して、
    「三人がよくならんでしゃがんでること、奈々ちゃんや、鶏がおもしろいかい、奈々ちゃんや」
    三児さんじはいちように振り返って母と笑いあうのである。自分は胸に動悸どうきするまで、この光景に深く感を引いた。
    この日は自分は一日家におった。三児は遊びに飽きると時々自分の書見しょけんの室に襲うてくる。
    三人が菓子をもらいに来る、お児がいちばん無遠慮にやってくる。
    「おんちゃん、おんちゃん、かちあるかい、かち、奈子なこちゃんがかちだって」
    続いて奈々子が走り込む。
    「おっちゃんあっこ、おっちゃんあっこ、はんぶんはんぶん」
    といいつついきなり父に取りつく。奈々子が菓子ほしい時に、父は必ずだっこしろ、だっこすれば菓子やるというために、菓子のほしい時彼はあっこあっこと叫んで父の膝に乗るのである。一つではあまり大きいというので、半分ずつだよといい聞かせられるために、自分からはんぶんはんぶんというのである。四歳のお児はがっこといい、三歳の奈々子はあっこという。年の違いもあれど、いくらか性質の差もわかるのである。六歳の雪子はふたりのあとからはいってきて、ただしれしれと笑っている。菓子が三人に分配される、とすぐに去ってしまう、風のいだようにあとは静かになる。静かさが少しく長くなると、どうして遊んでるかなと思う。そう思って庭を見ると、いつの間にか三人は庭の空地に来ておった。くりくり頭に桃色のへこ帯がひとり、角子頭みずらに卵色のへこ帯がふたり、何がおもしろいか笑いもせず声も立てず、何かを摘んでるようすだ。自分はただかぶりの動くのとへこ帯のふらふらするのをしばらく見つめておった。自分も声を掛けなかった、三人も菓子とも思わなかったか、やがてばたばた足音がするから顔を出してみると、奈々子があとになって三人が手を振ってかける後ろ姿が目にとまった。
    ご飯ができたからおんちゃんを呼んでおいでと彼らの母がいうらしかった。奈々ちゃんお先においでよ奈々ちゃんと雪子が叫ぶ。幼きふたりの伝令使は見る間に飛び込んできた。ふたりは同体に父の背に取りつく。
    「おんちゃんごはんおあがんなさいって」
    「おはんなさいははははは」
    父は両手を回し、大きな背にまたふたりをおんぶして立った。出口がせまいので少しからだを横にようやく通る窮屈さをいっそう興がって、ふたりは笑い叫ぶ。父の背を降りないうちから、ふたりでおんちゃんを呼んできたと母にいう騒ぎ、母はなお立ち働いてる。父と三児は向かい合わせに食卓についた。お児は四つでもはし持つことは、まだほんとうでない。少し見ないと左手に箸を持つ。またお箸の手が違ったよといえば、すぐ右に直すけれど、少しするとまた左に持つ。しばしば注意して右に持たせるくらいであるから、飯も盛んにこぼす。奈々子は一年十か月なれど、箸持つ手は始めから正しい。食べ物に着物をよごすことも少ないのである。姉たちがすわるにせまいといえば、身を片寄せてゆずる、彼の母は彼を熟視して、奈々ちゃんはつら構えからしっかりしていますねいという。
    末子であるかららちもなくかわいいというわけではないのだ。この子はと思うのは彼の母ばかりではなく、父の目にもそう見えた。
    午後は奈々子が一昼寝してからであった、雪子もお児もぶらんこに飽き、寝覚ねざめた奈々子を連れて、表のほうにいるようすであったが、格子戸をからりあけてかけ上がりざまに三児はわれ勝ちと父に何か告げんとするのである。
    「お父さん金魚が死んだよ、水鉢の金魚が」
    「おんちゃん金魚がへんだ。金魚がへんだよおんちゃん」
    「へんだ、おっちゃんへんだ」
    奈々子は父の手を取ってしきりに来て見よとの意を示すのである。父はただ気が弱い。口で求めず手で引き立てる奈々子の要求に少しもさからうことはできない。父は引かるるままに三児のあとから表にある水鉢の金魚を見にいった。五、六匹死んだ金魚は外に取り捨てられ、残った金魚はなまこの水鉢の中にくるくる輪をかいてまわっていた。水は青黒くにごってる。自分はさっそく新しい水をバケツに二はいくみ入れてやった。奈々子は水鉢の縁に小さな手を掛け、
    「きんご、おっちゃんきんご、おっちゃんきんご」
    「もう金魚へにゃしないねい。ねいおんちゃん、へにゃしないねい」
    三児は一時金魚の死んだのに驚いたらしかった。父はさらに金魚を買い足してやることを約束して座に返った。三人はなおしきりに金魚をながめて年相当な会話をやってるらしい。

     

  • 野村胡堂「猟色の果」別役みか朗読

    11.00
    Apr 15, 2018

  • 平山千代子「汽車」駒形美英朗読

    9.82
    Mar 15, 2018

    汽車

    平山千代子

    小学校を卒業した春休み、おばあ様とお母様と節ちやんと洋ちやんと、湯ヶ原の門川温泉へ行つたことがある。三、四日を面白く暮して、いよいよ帰る日だつた。
    随分混んでるので、――夕方六時ごろかしら、――もう、うす暗いころ、熱海発の汽車で帰ることにして、いつもの様に早めに驛へ行つた。蜜柑やら、キビ餅やらのおみやげがあつて荷物は小さいのが大分あつた様に思ふ。番頭さんが驛まで荷物をもつて来てくれた。しばらくして、遠くの方にポツチリと赤く光がみえたと思つたら、その光がみる/\大きくなつてとんで来る。
    「先の方がすいてゐます」といふ番頭さんの言葉と、「二等車は先の方です」といふ助役さんの言葉でホームも、ずつと出外れの方まで行つて待つた。
    誰はこれとこれ、と荷物の分担をきめて待ちかまへる中に、汽車が這入つて来た。先の二輛は二等車だ。先頭のにあかりが入つてゐないのを変だと思つたが、中を通つて次の車に行けるだらうと早呑込して、それ! とばかり六つになる洋ちやんと二人で、馳け出して、一番先の入口からのつた。番頭さんが荷物を入れてくれる。お母様やおばあ様や節ちやんは如何したかと思つたら、次の車にお乗りになつたやうだ。それで次の車に行かうとドアをあけようとしたら、これは又何としたことぞ、ドアがあかない。
    「番頭さん! ドアがあかない!」と助けを求めたが、時すでにおそし、汽車は動き出してしまつた。「こゝへ荷物をおきますよツ」と叫ぶ番頭さんの声を残して……。

    先の一輛は廻送車だつたのだ。入口が開いてるので乗り込んだのだが、中に這入らうとしたらドアがあかない。私達はデツキに立つた儘、皆と分れてしまつた。困つて大声で向ふ側のお母様や車掌さんを呼んでみた。……きこえる様子もない。ぢやあ、機関車の運転手さんに聞こえるかもしれないと二人で一しよに、
    「う、ん、て、ん、しゆ、さ――ん!」と呼んだが、汽車のひびきにかき消されて、これも駄目。機関車と廻送車の間にはさまれて、私たちは呆然としてデツキに立ちすくんだ。
    叫んでもわめいてもきこへないと知つたときは、私さへ泣き出したくなつてしまつた。だけど私はお姉さんだ、私まで泣いたりしたらどんなに洋ちやんが心細いだらう、さう思つて
    「大丈夫よ、だいぢよぶよ」とひきつる顔で無理に笑顔をしてみせた。
    しかし、その大丈夫といふのは、洋ちやんに対してといふよりは、むしろ自分自身へ言つてゐる様な声だつた。
    「仕様がないから汽車がとまつたら降りませうね」と荷物をしらべて小さい軽いのを一つ洋ちやんにもつてもらひ、後の三つか四つを一まとめにして私がもつことにした。汽車はゴウ/\とすごい音をたてゝ走つてゐる。
    あかりがついてゐないから、真暗やみ、わづかに機関車がつけてゐるあかりが洩れて来るのと、後は沿線の電燈がパアーツ、パアーツと行きすぎにてらす位のものだ。
    洋ちやんは案外おちついてゐた。泣き出されでもしたらどうしようと内心ビク/\しながら、御機嫌をとつてゐたのだが、思ひの外落着いて黙つてゐる。二人は片手に荷物をおさへ、片手にお互ひの手をしつかり握つた。とまつたら、と全神経を一つにして待機してゐた。もう、そろ/\着きさうな時分だが、と思つてゐたら、あかりのあか/\とついた停車場を汽車は矢のやうにふつとばして、みる/\うちに後にしてしまつた。
    さうだ! これは急行だつたんだ。私はがつかりして荷物から手を放す。
    「これ急行だから中々とまらないわ、少し、しやがんでませう」と手をつないだまゝしやがみこんだ。外はもう、まつくら……遠くに海が光つてみえる。海岸に点々と赤い燈がつゞいてる。
    「あら! きれいね」
    と云つてみたりするが、心はそれどこぢやない。ボーツと汽笛がすごく大きくきこゑて思はずつないだ手に力がはいる。汽車はトンネルへ這入つた。ゴウ/\とひゞきが壁にこだましてうるさい。中頃まで行つたらパラ/\と水玉がおちて来て、のぼせた顔にふりかかつた。後で考へたのだけれど、トンネル内の湧き水が汽車の進行でおちて来るものらしい。それにしても雨みたいだ。
    こりやたまらない、と車内に逃げ込まうと思つたが、戸は始めから開かなかつたのだ。つい二人とも口が重くなる、黙りこくつてゐると又こわい。ムリに云ひかけてみる。
    「さむくない?」
    「うん、大丈夫……」
    「こわい?」
    「うゝうん」
    これでおしまひだ。つぎ穂がなくて又もとの沈黙へ返つてしまふ。
    「お母様たち心配してらつしやるわよ。ちつとも、こわくなんかないのにね」
    うすあかりの中でかすかに洋ちやんの顔が笑つた。私もそれでほつとしてにつこりする。今度こそ! 今度こそ! と思ふ驛を汽車はおかまひなくすつとばしてしまふ。どの位たつたらうか。十分も一時間に思へる。今の私たちにはあまり長すぎる様な気がした。
    今か! 今か! と待つてゐるのに、あんまりすつとばすので心配になつて来た。
    が、それを云へば洋ちやんが可哀想だし、
    「ねえ、もうじきねえ、きつと、もうすぐよ」
    と念を押す様な、たのむ様な声で云つてみる。
    「うん……」
    しかし、洋ちやんは何を云つても、うん[#底本では「云つても、うん」は「云つても、うん」]ばかりしか応へてくれない。長い/\時間がたつて汽車はやつと小田原へとまつた。町の燈で両側が明るくなつたときの私たちの嬉しさ。
    「今度こそはきつと停つてよ。きつと……」と声をはづませて待つた。
    ホームへすべり込んだ時は、うれしくて胸がワク/\した。やつと汽車はとまつたが、機関車はホームを出外れてしまつたので、デツキから地面迄少したかい。しかし、もう、うれしくてたまらない私たちは、そんなことに気がつかなかつた。
    まづ洋ちやんが飛び下りる。私が洋ちやんの荷物をわたす。そして私も荷物をもつたまゝ夢中で飛び下りた。ホームの方へかけ出しながらみたら、向ふからお母様も走つていらつしやつた。
    お母様をみたら急に体中の力が抜けてしまひ、はりつめた気持がゆるんで泣きさうになつてしまつた。
    「まあよかつた/\! おばあさんも、お母さんもとても心配したのよ」
    とおばあ様は繰り返し/\おつしやつた。
    「洋ちやんが泣いてるだらう。おまへが困つてるだらう、と、とつても気をもんでたのよ。よかつたね」と頭をなでんばかりにおつしやる。
    私は一部始終をかたり、
    「それどころぢやないの。洋ちやんとつても落着いてゝね、何を云つても、ウン/\しか云つてくれないもんで、私の方が泣きたくなつちやつたんですよ」
    「ねー洋ちやん、トンネルん中、雨がふつて面白かつたわね」と私が笑ひかけたら、洋ちやんはみかんを食べながら、又、「うん」と云つた。

  • 北條民雄「すみれ」駒形美英朗読

    8.57
    Mar 07, 2018

    すみれ

    北條民雄

    昼でも暗いような深い山奥で、音吉じいさんは暮して居りました。三年ばかり前に、おばあさんが亡くなったので、じいさんはたった一人ぼっちでした。じいさんには今年二十になる息子が、一人ありますけれども、遠く離れた町へ働きに出て居りますので、時々手紙の便りがあるくらいなもので、顔を見ることも出来ません。じいさんはほんとうに侘しいその日その日を送って居りました。
    こんな人里はなれた山の中ですから、通る人もなく、昼間でも時々ふくろうの声が聞えたりする程でした。取り分け淋しいのは、お日様がとっぷりと西のお山に沈んでしまって、真っ黒い風が木の葉を鳴かせる暗い夜です。じいさんがじっと囲炉裏いろりの横に坐っていると、遠くの峠のあたりから、ぞうっと肌が寒くなるような狼の声が聞えて来たりするのでした。
    そんな時じいさんは、静かに、囲炉裏に掌をかざしながら、亡くなったおばあさんのことや、遠い町にいる息子のことを考えては、たった一人の自分が、悲しくなるのでした。
    おばあさんが生きていた時分は、二人で息子のことを語り合って、お互に慰め合うことも出来ましたけれど、今ではそれも出来ませんでした。
    来る日も来る日も何の楽しみもない淋しい日ばかりで、じいさんはだんだん山の中に住むのが嫌になって来ました。
    「ああ嫌だ嫌だ。もうこんな一人ぼっちの暮しは嫌になった。」
    そう言っては今まで何よりも好きであった仕事にも手がつかないのでした。
    そして、或日のこと、じいさんは膝をたたきながら
    「そうだ! そうだ! わしは町へ行こう。町には電車だって汽車だって、まだ見たこともない自動車だってあるんだ。それから舌のとろけるような、おいしいお菓子だってあるに違いない。そうだそうだ! 町の息子の所へ行こう。」
    じいさんはそう決心しました。
    「こんなすてきなことに、わしはどうして、今まで気がつかなかったのだろう。」
    そう言いながら、じいさんは早速町へ行く支度に取りかかりました。ところが、その時庭の片すみで、しょんぼりと咲いている、小さなすみれの花がじいさんの眼に映りました。
    「おや。」
    と言ってすみれの側へ近よって見ると、それは、ほんとうに小さくて、淋しそうでしたが、その可愛い花びらは、澄み切った空のように青くて、宝石のような美しさです。
    「ふうむ。わしはこの年になるまで、こんな綺麗なすみれは見たことはない。」
    と思わず感嘆しました。けれど、それが余り淋しそうなので、
    「すみれ、すみれ、お前はどうしてそんなに淋しそうにしているのかね。」
    と尋ねました。
    すみれは、黙ってなんにも答えませんでした。
    その翌日、じいさんは、いよいよ町へ出発しようと思って、わらじを履いている時、ふと昨日のすみれを思い出しました。
    すみれは、やっぱり昨日のように、淋し気に咲いて居ります。じいさんは考えました。
    「わしが町へ行ってしまったら、このすみれはどんなに淋しがるだろう。こんな小さな体で、一生懸命に咲いているのに。」
    そう思うと、じいさんはどうしても町へ出かけることが出来ませんでした。
    そしてその翌日もその次の日も、じいさんはすみれのことを思い出してどうしても出発することが出来ませんでした。
    「わしが町へ出てしまったら、すみれは一晩で枯れてしまうに違いない。」
    じいさんはそういうことを考えては、町へ行く日を一日一日伸ばして居りました。
    そして、毎日すみれの所へ行っては、水をかけてやったり、こやしをやったりしました。その度にすみれは、うれしそうにほほ笑んで
    「ありがとう、ありがとう。」
    とじいさんにお礼を言うのでした。
    すみれはますます美しく、清く咲き続けました。じいさんも、すみれを見ている間は、町へ行くことも忘れてしまうようになりました。
    或日のこと、じいさんは
    「お前は、そんなに美しいのに、誰も見てくれないこんな山の中に生れて、さぞ悲しいことだろう。」
    と言うと
    「いいえ。」
    とすみれは答えました。
    「お前は、歩くことも動くことも出来なくて、なんにも面白いことはないだろう。」
    と尋ねると
    「いいえ。」
    と又答えるのでした。
    「どうしてだろう。」
    と、じいさんが不思議そうに首をひねって考えこむと
    「わたしはほんとうに、毎日、楽しい日ばかりですの。」
    「体はこんなに小さいし、歩くことも動くことも出来ません。けれど体がどんなに小さくても、あの広い広い青空も、そこを流れて行く白い雲も、それから毎晩砂金のように光る美しいお星様も、みんな見えます。こんな小さな体で、あんな大きなお空が、どうして見えるのでしょう。わたしは、もうそのことだけでも、誰よりも幸福なのです。」
    「ふうむ。」
    とじいさんは、すみれの言菓を聞いて考え込みました。
    「それから、誰も見てくれる人がなくても、わたしは一生懸命に、出来る限り美しく咲きたいの。どんな山の中でも、谷間でも、力一パイに咲き続けて、それからわたし枯れたいの。それだけがわたしの生きている務めです。」
    すみれは静かにそう語りました。だまって聞いていた音吉じいさんは
    「ああ、なんというお前は利口な花なんだろう。そうだ、わしも、町へ行くのはやめにしよう。」
    じいさんは町へ行くのをやめて了いました。そしてすみれと一所に、すみ切った空を流れて行く綿のような雲を眺めました。

  • 芥川龍之介「虎の話」駒形美英朗読

    6.43
    Mar 06, 2018

    虎の話

    芥川龍之介

    師走しはすの或、父は五歳になる男の子をき、一しよに炬燵こたつへはひつてゐる。
    子 お父さんなにかお話しをして!
    父 なんの話?
    子 なんでも。……うん、虎のお話がいや。
    父 虎の話? 虎の話は困つたな。
    子 よう、虎の話をさあ。
    父 虎の話と。……ぢや虎の話をして上げよう。昔、朝鮮のらつぱそつがね、すつかりお酒に酔つ払らつて、山路やまみちにぐうぐう寝てゐたとさ。すると顔が濡れるもんだから、何かと思つて目をさますと、いつのにか大きい虎が一匹、の先に水をつけてはらつぱ卒の顔を撫でてゐたとさ。
    子 どうして?
    父 そりやらつぱ卒が酔つぱらつてゐたから、お酒つ臭いにほひをなくした上、食べることにしようと思つたのさ。
    子 それから?
    父 それかららつぱ卒は覚悟をきめて、力一ぱい持つてゐたらつぱを虎のお尻へ突き立てたとさ。虎は痛いのにびつくりして、どんどん町の方へ逃げ出したとさ。
    子 死ななかつたの?
    父 そのうちに町のまん中へ来ると、とうとうお尻の傷の為に倒れて死んでしまつたとさ。けれどもお尻に立つてゐたらつぱは虎の死んでしまふまで、ぶうぶう鳴りつづけに鳴つてゐたとさ。
    子 (笑ふ)らつぱ卒は?
    父 らつぱ卒は大へん褒められて虎退治の御褒美ごはうびを貰つたつて……さあ、それでおしまひだよ。
    子 いやだ。何かもう一つ。
    父 今度は虎の話ぢやないよ。
    子 ううん、今度も虎のお話をして。
    父 そんなに虎の話ばかりありやしない。ええと、何かなかつたかな?……ああ、ぢやもう一つして上げよう。これも朝鮮の猟師がね、或山奥へ狩をしに行つたら、丁度ちやうど目の下の谷底に虎が一匹歩いてゐたとさ。
    子 大きい虎?
    父 うん、大きい虎がね。猟師はい獲物だと思つて早速さつそく鉄砲へ玉をこめたとさ。
    子 打つたの?
    父 ところが打たうとした時にね、虎はいきなり身をちぢめたと思ふと、向うの大岩に飛びあがつたとさ。けれども宙へ躍り上つたぎり、生憎あいにく大岩へとどかないうちに地びたへ落ちてしまつたとさ。
    子 それから?
    父 それから虎はもう一度もとの処へ帰つて来た上、又大岩へ飛びかかつたとさ。
    子 今度はうまく飛びついた?
    父 今度もまた落ちてしまつたとさ。すると如何いかにもはづかしさうに長いを垂らしたなり、何処どこかへ行つてしまつたとさ。
    子 ぢや虎は打たなかつたの?
    父 うん、あんまりその容子ようすが人間のやうに見えたもんだから、可哀かはいさうになつてよしてしまつたつて。
    子 つまらないなあ、そんなお話。何かもう一つ虎のお話をして。
    父 もう一つ? 今度は猫の話をしよう。長靴をはいた猫の話を。
    子 ううん、もう一つ虎のお話をして。
    父 仕かたがないな。……ぢや昔大きい虎がね。子虎を三匹持つてゐたとさ。虎はいつも日暮になると三匹の子虎と遊んでゐたとさ。それからよる洞穴ほらあなへはひつて三匹の子虎と一しよに寝たとさ。……おい、寝ちまつちやいけないよ。
    子 (眠むさうに)うん。
    父 ところが或秋の日の暮、虎は猟師の矢を受けて、死なないばかりになつて帰つて来たとさ。なんにも知らない三匹の子虎はすぐに虎にじやれついたとさ。すると虎はいつものやうに躍つたりはねたりして遊んだとさ。それから又夜もいつものやうに洞穴へはひつて一しよに寝たとさ。けれども夜明けになつて見ると、虎は、いつか三匹の子虎のまん中へはひつて死んでゐたとさ。子虎は皆驚いて、……おい、おきてゐるかい?
    子 (寝入つて答へをしない)……
    父 おい、誰かゐないか? こいつはもう寝てしまつたよ。
    遠くで「はい、唯今」といふ返事が聞える。

    (大正十四年十二月)

  • 太宰治「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」駒形恵美朗読

    6.08
    Dec 20, 2017

    豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説

    太宰治

    私は先夜、眠られず、また、何の本も読みたくなくて、ある雑誌に載っていたヴァレリイの写真だけを一時間も、眺めていた。なんという悲しい顔をしているひとだろう、切株、接穂、淘汰まびき、手入れ、その株を切って、また接穂、淘汰まびき、手入れ、しかも、それは、サロンへの奉仕でしか無い。教養とは所詮しょせん、そんなものか。このような教養人の悲しさを、私に感じさせる人は、日本では、(私が逢った人のうちでは)豊島先生以外のお方は無かった。豊島先生は、いつも会場の薄暗い隅にいて、そうして微笑していらっしゃる。しかし、先生にとって、善人と言われるほど大いなる苦痛は無いのではないかと思われる。そこで、深夜の酔歩がはじまる。水甕みずがめのお家をあこがれる。教養人は、弱くてだらしがない、と言われている。ひとから招待されても、それを断ることが、できない種属のように思われている。教養人は、スプーンで、林檎りんごを割る。それにはなにも意味がないのだ。比喩ひゆでもないのだ。ある武士的な文豪は、台所の庖丁ほうちょうでスパリと林檎を割って、そうして、得意のようである。はなはだしきは、なたでもって林檎を一刀両断、これを見よ、亀井などというじんは感涙にむせぶ。
    どだい、教養というものを知らないのだ。象徴と、比喩と、ごちゃまぜにしているのである。比喩というものは、こうこうこうだから似ているじゃねえか、そっくりじゃねえか、笑わせやがる、そうして大笑い。それだけのものなのである。しかし、象徴というものはスプーンで林檎を割る。なんの意味もない。まったくなんの意味もないのだ。空が青い。なんの意味もない。雲が流れる。なんの意味もない。それだけなのである。それに意味づける教師たちは、比喩だけを知っていて、象徴を知らない。そうして、生徒たちが、その教師の教えを信奉し、比喩だけを知っていて、象徴を知らない。ほんとうの教養人というものは、自然に、象徴というものを体得しているようである。馬鹿な議論をしない。二階の窓から、そとを通るひとをぼんやり見ている。そうして、私たちのように、その人物にしつこい興味など持たない。彼は、ただ見ている。猫が、だるそうにやってくる。それを阿呆みたいに抱きかかえる。一言にしていえば、アニュイ。
    音楽家で言えば、ショパンでもあろうか。日本の浪花節なにわぶしみたいな、また、講釈師みたいな、勇壮活溌な作家たちには、まるで理解ができないのではあるまいか。おそらく、豊島先生は、いちども、そんな勇壮活溌な、喧嘩けんかみたいなことを、なさったことはないのではあるまいか。いつも、負けてばかり、そうして、苦笑してばかりいらっしゃるのではあるまいか。まるで教養人の弱みであり、欠点でもあるように思われる。
    しかし、この頃、教養人は、強くならなければならない、と私は思うようになった。いわゆる車夫馬丁にたいしても、「馬鹿野郎」と、言えるくらいに、私はなりたいと思っている。できるかどうか。ひとから先生と言われただけでも、ひどく狼狽ろうばいする私たち、そのことが、ただ永遠のあこがれに終るのかも知れないが。
    教養人というものは、どうしてこんなに頼りないものなのだろう。ヴィタリティというものがまったく、全然ないのだもの。

  • 豊島与志雄「高尾ざんげ」駒形恵美朗読

    37.20
    Dec 12, 2017

    高尾ざんげ

    ――近代説話――

    豊島与志雄

     終戦後、その秋から翌年へかけて、檜山啓三は荒れている、というのが知人間の定評でありました。彼が関係してる私立大学では、十月から授業を開始しましたが、彼は一回も講義をしませんでした。家庭では、習慣的に書斎に籠ることが多かったようですが、家人の言うところに依りますと、殆んど読書はせず、漫然と画集を眺めたり、座布団を二つに折って枕とし、朝からうとうと眠ったりして、そしてやたらに煙草ばかりふかしてるそうでした。来客に対しては、すべて無口で不愛想でした。もっとも、それらのことだけでは別に問題ではありませんが、彼はひどく酒に耽溺して、その先が荒れるのでした。日本酒やビールに酔ってくると、あとはウイスキーをあおりました。彼がいつも飲みに行く新橋花柳地区の杉茂登には、二箱ばかりのサントリーが預けてあるとの噂もありましたが、真偽のほどは分りかねます。酔っぱらってからの彼は、ひどく怒りっぽくて、友人たちに対しても女たちに対しても、些細なことで突っかかっていきました。それも、相手に向ってではなく、自分自身に向って腹を立ててるような調子でした。或る時、突然席を立って帰りかけ二階から階段を逆様に匐い降りたことがありました。滑らかに拭きこまれてる階段を、手先と肱で逆様に匐い降りてゆき、終りまでは持ちこたえず、横倒しに転げ落ちました。また、冬には珍らしい大雨のあと、街路の一部に水溜りが出来ていました時、彼はわざわざそこに踏みこんで、最も深いところを選み、膝まで水に浸って、ざぶざぶ渡って行きました。この種の話は他にいくらもあります。消費した金も相当なもので、彼は戦争中に軍報道部の秘密な仕事に関係していて、終戦時に可なりの金額を手に入れたとの噂もありましたが、これも真偽は明らかでありません。
    そういう檜山でしたが、然し、最後に踏み止まる一線をまだ持っているようでした。いくら酔っても、そのままつぶれてしまうことはなく、杉茂登に泊りこむことはなく、遅くなっても必ず自宅に帰ってゆきました。もっとも、これは菊千代の微妙な心遣いによることも多かったようでした。
    飲み疲れても檜山はまだ立ち上ろうとせず、一人ぽつねんと、脇息にもたれ、両腕を組んで、憂鬱そうな溜息をつくことがありました。菊千代はかいがいしく卓上の小皿物などを取り片付け、きれいにウイスキーの瓶だけにして、足附きグラスを檜山の前に差し出しました。
    「さあ、おしまいにもう一杯、元気をつけていらっしゃいよ。それとも、ハイボールにしてきましょうか。」
    眼鏡の下にうすら閉じかけてる眼を、檜山はびっくりしたように見開いて、菊千代を眺めました。
    「君、まだいたのかい。」
    「だって、僕が帰るまで帰っちゃいけないって、恐ろしい見幕だったわ。いつもそうなのよ。」
    「そうなんだ。だから… 感心してるよ。」
    「感心はいいけれど……。」
    「ちっと、迷惑なんだろう。」
    「いいえ。ただね、檜山さん少し心細いわ。」
    菊千代が深々と見入ってくるのを、檜山は避けて、ウイスキーを一息に飲み干しました。そして真摯な眼色になりました。
    「君の言うことは分るよ。だが、まあ当分は大丈夫だろう。」
    「足がかりが出来てきたの。」
    「出来やしないさ。だが、そう易々と滑り出しもしないよ。」
    「危いもんね。」
    「いよいよの時は、君を足がかりにするからね。」
    菊千代は頭を振りました。
    「それは、無理よ。」
    「いや、そんな意味じゃない。ただ足がかりだけだ。」
    菊千代はじっと檜山を見て、顔を伏せました。
    「あたしも、そんなら、いよいよの時には、檜山さんを足がかりにしようかしら。」
    「よかろう。約束しよう。」
    そして、二人は握手をしましたが、菊千代は寒そうに肩をすくめ、檜山はまた溜息をつきました。

  • 新美南吉「張紅倫」駒形恵美 朗読

    16.23
    Oct 03, 2017

    張紅倫

    新美南吉

    奉天(ほうてん)大戦争(一九〇五年)の数日まえの、ある夜中のことでした。わがある部隊の大隊長青木少佐は、畑の中に立っている歩哨(ほしょう)を見まわって歩きました。歩哨は、めいぜられた地点に石のようにつっ立って、きびしい寒さと、ねむさをがまんしながら、警備についているのでした。
    「第三歩哨、異状はないか」
    少佐は小さく声をかけました。
    「はっ、異状ありません」
    歩哨のへんじが、あたりの空気に、ひくく、こだましました。少佐は、また、歩きだしました。
    頭の上で、小さな星が一つ、かすかにまたたいています。少佐はその光をあおぎながら、足音をぬすんで歩きつづけました。
    もうすこしいくと、つぎの歩哨のかげが見えようと思われるところで、少佐はどかりと足をふみはずして、こおった土くれをかぶりながら、がたがたがた、どすんと、深いあなの中に落ちこみました。
    ふいをくった少佐は、しばらくあなのそこでぼんやりしていましたが、あたりのやみに目もなれ、気もおちついてくると、あなの中のようすがうすうすわかってきました。それは四メートル以上の深さで、そこのほうがひろがっている、水のかれた古井戸だったのです。
    少佐は、声を出して歩哨(ほしょう)をよぼうとしましたが、まてまて、深い井戸の中のことだから、歩哨のいるところまで、声がとおるかどうかわからない、それに、もし、ロシアの斥候(せっこう)にききつけられたら、むざむざところされるにきまっている、と思いかえし、そのまま、だまってこしをおろしました。
    あすの朝になったら、だれかがさがしあてて、ひきあげてくれるだろうと考えながら、まるい井戸の口でしきられた星空を見つめていました。そのうちに、井戸の中があんがいあたたかなので、うとうととねむりだしました。
    ふとめざめたときは、もう夜があけていました。少佐はううんとあくびをしながら、赤くかがやいた空を見あげたのち、
    「ちょっ、どうしたらいいかな」
    と、心の中でつぶやきました。
    まもなく、朝やけで赤かった空は、コバルト色になり、やがて、こい水色にかわっていきました。少佐は、だれかさがし出してくれないものかと、待ちあぐんでいましたが、だれもここに井戸があることさえ、気がつかないらしいけはいです。上を見ると、長いのや、みじかいのや、いろいろの形をしたきれぎれの雲が、あとから、あとからと、白く通っていくきりです。
    とうとうお昼近くになりました。青木少佐ははらもへり、のどがかわいてきました。とてもじれったくなって、大声で、オーイ、オーイと、いくどもどなってみました。しかし、じぶんの声がかべにひびくだけで、だれもへんじをしてくれるものはありません。
    少佐は、しかたなく、むだだとは知りながら、なんどもなんども、井戸の口からさがったつる草のはしにとびつこうとしました。やがて、「あああ」と、つかれはてて、べったりと井戸のそこにすわりこんでしまいました。
    そのうちに、とうとう日がくれて、寒いよいやみがせまってきました。ゆうべの小さな星が、おなじところでさびしく光っています。
    「おれは、このまま死んでしまうかもしれないぞ」
    と、少佐は、ふと、こんなことを考えました。
    「じぶんは、いまさら死をおそれはしない。しかし、戦争に加わっていながら、こんな古井戸の中でのたれ死にをするのは、いかにもいまいましい。死ぬなら、敵のたまにあたって、はなばなしく死にたいなあ」
    と、こうも思いました。
    まもなく少佐は、つかれと空腹のために、ねむりにおちいりました。それは、ねむりといえばねむりでしたが、ほとんど気絶したもおなじようなものでした。
    それからいく時間たったでしょう。少佐の耳に、ふと、人の声がきこえてきました。しかし、少佐はまだ半分うとうとして、はっきりめざめることができませんでした。
    「ははあ、地獄から、おにがむかえにきたのかな」
    少佐は、そんなことを、ゆめのように考えていました。すると、耳もとの人声がだんだんはっきりしてきました。
    「しっかりなさい」
    と、中国語でいいます。
    少佐は、中国語をすこし知っていました。そのことばで、びっくりして目をひらきました。
    「気がつきましたか。たすけてあげます」
    と、そばに立っていた男が、こういってだきおこしてくれました。
    「ありがとう、ありがとう」
    と、少佐はこたえようとしましたが、のどがこわばって、声が出ません。
    男は、井戸の口からつりさげたなわのはしで、少佐の胴体(どうたい)をしばっておいて、じぶんがさきにそのなわにつかまってのぼり、それから、なわをたぐって、少佐を井戸の外へひきあげました。少佐は、ぎらぎらした昼の天地が目にはいるといっしょに、ああ、たすかったと思いましたが、そのまま、また、気をうしなってしまいました。

    少佐がかつぎこまれたのは、ほったて小屋のようにみすぼらしい、中国人の百しょうの家で、張魚凱(ちょうぎょがい)というおやじさんと、張紅倫(ちょうこうりん)というむすことふたりきりの、まずしいくらしでした。
    あい色の中国服をきた十三、四の少年の紅倫は、少佐のまくらもとにすわって、看護してくれました。紅倫は、大きなどんぶりに、きれいな水をいっぱいくんでもってきて、いいました。
    「わたしが、あの畑の道を通りかかると、人のうめき声がきこえました。おかしいなと思ってあたりをさがしまわっていたら、井戸のそこにあなたがたおれていたので、走ってかえって、おとうさんにいったんです。それから、おとうさんとわたしとで、なわをもっていって、ひきあげたのです」
    紅倫(こうりん)はうれしそうに目をかがやかしながら話しました。少佐はどんぶりの水をごくごくのんでは、うむうむと、いちいち感謝をこめてうなずきました。
    それから、紅倫は、日本のことをいろいろたずねました。少佐が、内地に待っている、紅倫とおない年くらいのじぶんの子どものことを話してやると、紅倫はたいへんよろこびました。わたしも日本へいってみたい、そして、あなたのお子さんとお友だちになりたいと、いいました。少佐はこんな話をするたびに、日本のことを思いうかべては、小さなまどから、うらの畑のむこうを見つめました。外では、遠くで、ドドン、ドドンと、砲声がひっきりなしにきこえました。
    そのまま四、五日たった、ある夕がたのことでした。もう戦いもすんだのか、砲声もぱったりやみました。まどから見える空がまっかにやけて、へんにさびしいながめでした。いちんち畑ではたらいていた張魚凱(ちょうぎょがい)が、かえってきました。そして少佐のまくらもとにそそくさとすわりこんで、
    「こまったことになりました。村のやつらが、あなたをロシア兵に売ろうといいます。こんばん、みんなで、あなたをつかまえにくるらしいです。早くここをにげてください。まだ動くにはごむりでしょうが、一刻もぐずぐずしてはいられません。早くしてください。早く」
    と、せきたてます。
    少佐は、もうどうやら歩けそうなので、これまでの礼をあつくのべ、てばやく服装をととのえて、紅倫(こうりん)の家を出ました。畑道に出て、ふりかえってみると、紅倫がせど[#「せど」に傍点]口から顔を出して、さびしそうに少佐のほうを見つめていました。少佐はまた、ひきかえしていって、大きな懐中時計(かいちゅうどけい)をはずして、紅倫の手ににぎらせました。
    だんだん暗くなっていく畑の上を、少佐は、身をかがめて、奉天をめあてに、野ねずみのようにかけていきました。

    戦争がおわって、少佐も内地へかえりました。その後、少佐は退役して、ある都会の会社につとめました。少佐は、たびたび張(ちょう)親子を思い出して、人びとにその話をしました。張親子へはなんべんも手紙を送りました。けれども、先方ではそれが読めなかったのか、一どもへんじをくれませんでした。
    戦争がすんでから、十年もたちました。少佐は、その会社の、かなり上役(うわやく)になり、むすこさんもりっぱな青年になりました。紅倫(こうりん)もきっと、たくましいわかものになったことだろうと、少佐はよくいいいいしました。
    ある日の午後、会社の事務室へ、年わかい中国人がやってきました。青い服に、麻(あさ)のあみぐつをはいて、うでにバスケットをさげていました。
    「こんにちは。万年筆いかが」
    と、バスケットをあけて、受付の男の前につきだしました。
    「いらんよ」
    と受付の男は、うるさそうにはねつけました。
    「墨(すみ)いかが」
    「墨も筆もいらん。たくさんあるんだ」
    と、そのとき、おくのほうから青木少佐が出てきました。
    「おい、万年筆を買ってやろう」
    と、少佐はいいました。
    「万年筆やすい」
    あたりで仕事をしていた人も、少佐が万年筆を買うといいだしたので、ふたりのまわりによりたかってきました。いろんな万年筆を少佐が手にとって見ているあいだ、中国人は、少佐の顔をじっと見まもっていました。
    「これを一本もらうよ。いくらだい」
    「一円と二十銭」
    少佐は金入れから、銀貨を出してわたしました。中国人はバスケットの始末をして、ていねいにおじぎをして、出ていこうとしました。そのとき、中国人は、ポケットから懐中時計(どけい)をつまみ出して、時間を見ました。少佐は、ふとそれに目をとめて、
    「あ、ちょっと待ちたまえ。その時計を見せてくれないか」
    「とけい?」
    中国人は、なぜそんなことをいうのか、ふ[#「ふ」に傍点]におちないようすで、おずおずさし出しました。少佐が手にとってみますと、それは、たしかに、十年まえ、じぶんが張紅倫(ちょうこうりん)にやった時計です。
    「きみ、張紅倫というんじゃないかい」
    「えっ!」と、中国人のわかものは、びっくりしたようにいいましたが、すぐ、「わたし、張紅倫ない」
    と、くびをふりました。
    「いや、きみは紅倫君だろう。わしが古井戸の中に落ちたのを、すくってくれたことを、おぼえているだろう? わしは、わかれるとき、この時計をきみにやったんだ」
    「わたし、紅倫ない。あなたのようなえらい人、あなに落ちることない」
    といってききません。
    「じゃあ、この時計はどうして手に入れたんだ」
    「買った」
    「買った? 買ったのか。そうか。それにしてもよくにた時計があるもんだな。ともかくきみは紅倫にそっくりだよ。へんだね。いや、失礼、よびとめちゃって」
    「さよなら」
    中国人はもう一ぺん、ぺこんとおじぎをして、出ていきました。
    そのよく日、会社へ、少佐にあてて無名の手紙がきました。あけてみますと、読みにくい中国語で、
    『わたくしは紅倫です。あの古井戸からおすくいしてから、もう十年もすぎましたこんにち、あなたにおあいするなんて、ゆめのような気がしました。よく、わたくしをおわすれにならないでいてくださいました。わたくしの父はさく年死にました。わたくしはあなたとお話がしたい。けれど、お話したら、中国人のわたくしに、軍人だったあなたが古井戸の中からすくわれたことがわかると、今の日本では、あなたのお名まえにかかわるでしょう。だから、わたくしはあなたにうそをつきました。わたくしは、あすは、中国へかえることにしていたところです。さよなら、おだいじに。さよなら』
    と、だいたい、そういう意味のことが書いてありました。

    青空文庫より