青空文庫

  • 太宰治「待つ」石丸絹子朗読

    Jul 24, 2018

    待つ

    太宰治

    省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。
    市場で買い物をして、その帰りには、かならず駅に立ち寄って駅の冷いベンチに腰をおろし、買い物籠を膝に乗せ、ぼんやり改札口を見ているのです。上り下りの電車がホームに到着するごとに、たくさんの人が電車の戸口から吐き出され、どやどや改札口にやって来て、一様に怒っているような顔をして、パスを出したり、切符を手渡したり、それから、そそくさと脇目も振らず歩いて、私の坐っているベンチの前を通り駅前の広場に出て、そうして思い思いの方向に散って行く。私は、ぼんやり坐っています。誰か、ひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る。胸が、どきどきする。考えただけでも、背中に冷水をかけられたように、ぞっとして、いきがつまる。けれども私は、やっぱり誰かを待っているのです。いったい私は、毎日ここに坐って、誰を待っているのでしょう。どんな人を? いいえ、私の待っているものは、人間でないかも知れない。私は、人間をきらいです。いいえ、こわいのです。人と顔を合せて、お変りありませんか、寒くなりました、などと言いたくもない挨拶を、いい加減に言っていると、なんだか、自分ほどの嘘つきが世界中にいないような苦しい気持になって、死にたくなります。そうしてまた、相手の人も、むやみに私を警戒して、当らずさわらずのお世辞やら、もったいぶった嘘の感想などを述べて、私はそれを聞いて、相手の人のけちな用心深さが悲しく、いよいよ世の中がいやでいやでたまらなくなります。世の中の人というものは、お互い、こわばった挨拶をして、用心して、そうしてお互いに疲れて、一生を送るものなのでしょうか。私は、人に逢うのが、いやなのです。だから私は、よほどの事でもない限り、私のほうからお友達の所へ遊びに行く事などは致しませんでした。家にいて、母と二人きりで黙って縫物をしていると、一ばんらくな気持でした。けれども、いよいよ大戦争がはじまって、周囲がひどく緊張してまいりましてからは、私だけが家で毎日ぼんやりしているのが大変わるい事のような気がして来て、何だか不安で、ちっとも落ちつかなくなりました。身を粉にして働いて、直接に、お役に立ちたい気持なのです。私は、私の今までの生活に、自信を失ってしまったのです。
    家に黙って坐って居られない思いで、けれども、外に出てみたところで、私には行くところが、どこにもありません。買い物をして、その帰りには、駅に立ち寄って、ぼんやり駅の冷いベンチに腰かけているのです。どなたか、ひょいと現われたら! という期待と、ああ、現われたら困る、どうしようという恐怖と、でも現われた時には仕方が無い、その人に私のいのちを差し上げよう、私の運がその時きまってしまうのだというような、あきらめに似た覚悟と、その他さまざまのけしからぬ空想などが、異様にからみ合って、胸が一ぱいになり窒息するほどくるしくなります。生きているのか、死んでいるのか、わからぬような、白昼の夢を見ているような、なんだか頼りない気持になって、駅前の、人の往来の有様も、望遠鏡を逆に覗いたみたいに、小さく遠く思われて、世界がシンとなってしまうのです。ああ、私はいったい、何を待っているのでしょう。ひょっとしたら、私は大変みだらな女なのかも知れない。大戦争がはじまって、何だか不安で、身を粉にして働いて、お役に立ちたいというのは嘘で、本当は、そんな立派そうな口実を設けて、自身の軽はずみな空想を実現しようと、何かしら、よい機会をねらっているのかも知れない。ここに、こうして坐って、ぼんやりした顔をしているけれども、胸の中では、不埒ふらちな計画がちろちろ燃えているような気もする。
    いったい、私は、誰を待っているのだろう。はっきりした形のものは何もない。ただ、もやもやしている。けれども、私は待っている。大戦争がはじまってからは、毎日、毎日、お買い物の帰りには駅に立ち寄り、この冷いベンチに腰をかけて、待っている。誰か、ひとり、笑って私に声を掛ける。おお、こわい。ああ、困る。私の待っているのは、あなたでない。それではいったい、私は誰を待っているのだろう。旦那さま。ちがう。恋人。ちがいます。お友達。いやだ。お金。まさか。亡霊。おお、いやだ。
    もっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。なんだか、わからない。たとえば、春のようなもの。いや、ちがう。青葉。五月。麦畑を流れる清水。やっぱり、ちがう。ああ、けれども私は待っているのです。胸をおどらせて待っているのだ。眼の前を、ぞろぞろ人が通って行く。あれでもない、これでもない。私は買い物籠をかかえて、こまかく震えながら一心に一心に待っているのだ。私を忘れないで下さいませ。毎日、毎日、駅へお迎えに行っては、むなしく家へ帰って来る二十はたちの娘を笑わずに、どうか覚えて置いて下さいませ。その小さい駅の名は、わざとお教え申しません。お教えせずとも、あなたは、いつか私を見掛ける。

  • 太宰治「朝」持丸あい朗読

    Jul 23, 2018

    太宰治

    私は遊ぶ事が何よりも好きなので、家で仕事をしていながらも、友あり遠方より来るのをいつもひそかに心待ちにしている状態で、玄関が、がらっとあくとまゆをひそめ、口をゆがめて、けれども実は胸をおどらせ、書きかけの原稿用紙をさっそく取りかたづけて、その客を迎える。
    「あ、これは、お仕事中ですね。」
    「いや、なに。」
    そうしてその客と一緒に遊びに出る。
    けれども、それではいつまでも何も仕事が出来ないので、某所に秘密の仕事部屋を設ける事にしたのである。それはどこにあるのか、家の者にも知らせていない。毎朝、九時ごろ、私は家の者に弁当を作らせ、それを持ってその仕事部屋に出勤する。さすがにその秘密の仕事部屋には訪れて来るひとも無いので、私の仕事もたいてい予定どおりに進行する。しかし、午後の三時頃になると、疲れても来るし、ひとが恋しくもなるし、遊びたくなって、頃合いのところで仕事を切り上げ、家へ帰る。帰る途中で、おでんやなどに引かかって、深夜の帰宅になる事もある。
    仕事部屋。
    しかし、その部屋は、女のひとの部屋なのである。その若い女のひとが、朝早く日本橋のる銀行に出勤する。そのあとに私が行って、そうして四、五時間そこで仕事をして、女のひとが銀行から帰って来る前に退出する。
    愛人とか何とか、そんなものでは無い。私がそのひとのお母さんを知っていて、そうしてそのお母さんは、或る事情で、その娘さんとわかれわかれになって、いまは東北のほうで暮しているのである。そうして時たま私に手紙を寄こして、その娘の縁談に就いて、私の意見を求めたりなどして、私もその候補者の青年とい、あれならいいお婿むこさんでしょう、賛成です、なんてひとかどの苦労人の言いそうな事を書いて送ってやった事もあった。
    しかし、いまではそのお母さんよりも、娘さんのほうが、よけいに私を信頼しているように、どうも、そうらしく私には思われて来た。
    「キクちゃん。こないだ、あなたの未来の旦那だんなさんに逢ったよ。」
    「そう? どうでした? すこうし、キザね。そうでしょう?」
    「まあ、でも、あんなところさ。そりゃもう、ぼくにくらべたら、どんな男でも、あほらしく見えるんだからね。我慢しな。」
    「そりゃ、そうね。」
    娘さんは、その青年とあっさり結婚する気でいるようであった。
    先夜、私は大酒を飲んだ。いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のところで久し振りの友人と逢い、さっそく私のなじみのおでんやに案内して大いに飲み、そろそろ酒が苦痛になりかけて来た時に、雑誌社の編輯者へんしゅうしゃが、たぶんここだろうと思った、と言ってウイスキー持参であらわれ、その編輯者の相手をしてまたそのウイスキーを一本飲みつくして、こりゃもう吐くのではなかろうか、どうなるのだろう、と自分ながら、そらおそろしくなって来て、さすがにもう、このへんでよそうと思っても、こんどは友人が、席をあらためて僕にこれからおごらせてくれ、と言い出し、電車に乗って、その友人のなじみの小料理屋にひっぱって行かれ、そこでまた日本酒を飲み、やっとその友人、編輯者の両人とわかれた時には、私はもう、歩けないくらいに酔っていた。
    「とめてくれ。うちまで歩いて行けそうもないんだ。このままで、寝ちまうからね。たのむよ。」
    私は、こたつに足をつっこみ、二重廻にじゅうまわしを着たままで寝た。
    夜中に、ふと眼がさめた。まっくらである。数秒間、私は自分のうちで寝ているような気がしていた。足を少しうごかして、自分が足袋をはいているままで寝ているのに気附きづいてはっとした。しまった! いけねえ!
    ああ、このような経験を、私はこれまで、何百回、何千回、くりかえした事か。
    私は、うなった。
    「お寒くありません?」
    と、キクちゃんが、くらやみの中で言った。
    私と直角に、こたつに足を突込んで寝ているようである。
    「いや、寒くない。」
    私は上半身を起して、
    「窓から小便してもいいかね。」
    と言った。
    「かまいませんわ。そのほうが簡単でいいわ。」
    「キクちゃんも、時々やるんじゃねえか。」
    私は立上って、電燈でんとうのスイッチをひねった。つかない。
    「停電ですの。」
    とキクちゃんが小声で言った。
    私は手さぐりで、そろそろ窓のほうに行き、キクちゃんのからだにつまずいた。キクちゃんは、じっとしていた。
    「こりゃ、いけねえ。」
    と私はひとりごとのようにつぶやき、やっと窓のカアテンに触って、それを排して窓を少しあけ、流水の音をたてた。
    「キクちゃんの机の上に、クレーヴの奥方という本があったね。」
    私はまた以前のとおりに、からだを横たえながら言う。
    「あの頃の貴婦人はね、宮殿のお庭や、また廊下の階段の下の暗いところなどで、平気で小便をしたものなんだ。窓から小便をするという事も、だから、本来は貴族的な事なんだ。」
    「お酒お飲みになるんだったら、ありますわ。貴族は、寝ながら飲むんでしょう?」
    飲みたかった。しかし、飲んだら、あぶないと思った。
    「いや、貴族は暗黒をいとうものだ、元来が臆病おくびょうなんだからね。暗いと、こわくて駄目だめなんだ。蝋燭ろうそくが無いかね。蝋燭をつけてくれたら、飲んでもいい。」
    キクちゃんは黙って起きた。
    そうして、蝋燭に火が点ぜられた。私は、ほっとした。もうこれで今夜は、何事も仕出かさずにすむと思った。
    「どこへ置きましょう。」
    燭台しょくだいは高きに置け、とバイブルに在るから、高いところがいい。その本箱の上へどうだろう。」
    「お酒は? コップで?」
    「深夜の酒は、コップにげ、とバイブルに在る。」
    私はうそを言った。
    キクちゃんは、にやにや笑いながら、大きいコップにお酒をなみなみと注いで持って来た。
    「まだ、もう一ぱいぶんくらい、ございますわ。」
    「いや、これだけでいい。」
    私はコップを受け取って、ぐいぐい飲んで、飲みほし、仰向に寝た。
    「さあ、もう一眠りだ。キクちゃんも、おやすみ。」
    キクちゃんも仰向けに、私と直角に寝て、そうしてまつげの長い大きい眼を、しきりにパチパチさせて眠りそうもない。
    私は黙って本箱の上の、蝋燭のほのおを見た。焔は生き物のように、伸びたりちぢんだりして、うごいている。見ているうちに、私は、ふと或る事に思いいたり、恐怖した。
    「この蝋燭は短いね。もうすぐ、なくなるよ。もっと長い蝋燭が無いのかね。」
    「それだけですの。」
    私は黙した。天に祈りたい気持であった。あの蝋燭が尽きないうちに私が眠るか、またはコップ一ぱいの酔いが覚めてしまうか、どちらかでないと、キクちゃんが、あぶない。
    焔はちろちろ燃えて、少しずつ少しずつ短かくなって行くけれども、私はちっとも眠くならず、またコップ酒の酔いもさめるどころか、五体を熱くして、ずんずん私を大胆にするばかりなのである。
    思わず、私は溜息ためいきをもらした。
    「足袋をおぬぎになったら?」
    「なぜ?」
    「そのほうが、あたたかいわよ。」
    私は言われるままに足袋を脱いだ。
    これはもういけない。蝋燭が消えたら、それまでだ。
    私は覚悟しかけた。
    焔は暗くなり、それから身悶みもだえするように左右にうごいて、一瞬大きく、あかるくなり、それから、じじと音を立てて、みるみる小さくいじけて行って、消えた。
    しらじらと夜が明けていたのである。
    部屋は薄明るく、もはや、くらやみではなかったのである。
    私は起きて、帰る身支度をした。

  • 豊島与志雄「花子の陳述」海渡みなみ朗読

    Jul 22, 2018

    花子の陳述

    豊島与志雄

    それは、たしかに、この花子が致したことでございます。けれど、悪意だとか企らみだとか、そのようなものは少しもありませんでした。ずいぶん辛抱したあげく、しぜんにあのようなことになりましたのです。
    父の一周忌がすみましてから、二階の六畳と三畳の二室は、母のお友だちからの頼みで、須賀さん御夫婦にお貸し致し、母とわたくしは、階下の室だけでつましい暮しをしておりました。家は自分たちの所有でしたけれど、父の遺産も大してないらしいようでしたから、わたくしは女学校を卒業しますと、新制高校にあがるのをやめて、どこか勤め口を探そうかと思いましたが、母が反対しますし、また、母の身になってみれば、わたくしを外へ働きに出すのが淋しそうでもありますので、家にいることにしました。いったい母は、古風な人柄なのでございます。針仕事などの内職を致し、そしてわたくしには家事万端を仕込むつもりでいました。
    そういうわけで、二階の室代として頂く月々の三千円は、たいへん家計の助けになったようでした。それに、須賀さん御夫婦も物静かなやさしいひとらしく、お仲も初めのうちはたいへん睦じそうに見えました。
    御主人の良吉さんは、出版社に勤めてるひとですが、奥さんの美津子さんも、やはり出版社に勤めていられたことがあったらしく、そういう関係から知り合って、御一緒になられたとか聞いております。お二人とも、三十五歳ばかりの年配でした。
    良吉さんが出勤されたあと、美津子さんはいつも、室に閉じこもって、書物を読んだり、物を書いたりしておられました。お風呂に行ったり、ぶらりと散歩に出かけたりなさることも、たまにはありましたが、ほとんどいつもと言ってよいくらい、室にこもっておられました。たいへんな勉強家だと、母は感歎しておりました。
    ところが、或る時、母がそれを口に出して申しますと、逆に、美津子さんから妙なことを勧められました。
    耶馬渓名産の、巻柿とかいう、珍らしい乾柿を送って参りました。乾柿を幾つか煉り合せて、紡錘形に固め、それを紙にくるみ、更に藁で包みこみ、上から縄でぐるぐる巻いて締めつけたものです。味もよいし珍らしいので、お茶菓子にして、美津子さんもお呼びしました。そしてお茶をのみながら、美津子さんの勉強のことを母が尋ねますと、美津子さんはじっと母の顔を見て言いました。
    「わたしは、自分の生い立ちの記を書いているんです。生れてから今日までのことを、細かく書き留めておくつもりです。それが、いくら書いても書いても、なかなか書きつくせません。出来上ったら書物にするつもりですけれども、書いているうちにも、一日一日と日がたってゆくし、そしてわたしは生きてゆくし、書くことがたまりますから、いつ出来上ることやら、見当がつきません。」
    そういう風に言いますと、明日という日が無くならない限り、いつまでも出来上らないに違いありません。けれど、美津子さんはまた別なことを言い出しました。
    「ねえ、おばさん、人間の記憶というものは、ばったりといつ無くなるか分りませんよ。中途で断ち切れてしまうことがありますよ。わたしはそれが恐ろしいんです。だから、記憶のあるうちに、書き留めておくことが大切です。おばさんも、今のうちに、生い立ちの記を書いておかれた方が宜しいですよ。花子さんにも、その外のひとにも、話して聞かせたいようなことが、たくさんおありでしょう。それも、記憶が消え失せてからでは、もう駄目じゃありませんか。だから、今のうちに書き留めておいてごらんなさい。是非、生い立ちの記をお書きなさらなければいけません。」
    そのようなことを饒舌り立てて、美津子さんはぷいと二階へ行ってしまいました。母は煙に巻かれたようで、わたくしの顔を眺めました。
    「わたしにはよく分らないけれど、どういうことでしょうかねえ。」
    もとより、年若いわたくしには、分りようはありませんでした。ただ、なんだかおかしな話だと思われただけでした。
    でも、美津子さんは「生い立ちの記」のことを忘れないでいると見えて、時々、母へ向って、書いていますかと尋ねました。母が首を振って微笑しますと、お書きなさいと勧めて、二階へ上ってゆきました。御自身では、せっせと書き続けておられたのでしょう。
    その原稿を、わたくしは一度も見たことがございません。人様のものは、たとえ葉書一枚でも、見てはならないと、そういう母のしつけだったのです。ですから、美津子さんの原稿などを盗み見ることは、わたくしには出来ませんでした。
    美津子さんは物を書いたり読んだりすることには、じつに熱心でしたが、その反面、家事のことや炊事のことは、投げやりのようでした。洗濯もあまりなさらないし、たいていの物は洗濯屋に出してしまい、繕い物もあまりなさらないようでした。魚屋と八百屋は御用聞きが来て、註文の品物を配達してくれますので、日常の買出しの用事もあまりありませんでした。
    出版社というものは、どういうところかわたくしは存じませんが、良吉さんの出勤は朝遅く、たいてい十時頃でしたが、お帰りはまちまちで、早かったり遅かったりしました。早い時には、缶詰や瓶詰や牛肉の包みなどをぶら下げておいでになり、美津子さんと一緒に夕食の仕度をなさることもありましたが、そのお帰りが遅いと、美津子さんは有り合せの物で、いい加減に食事をお済ませになりました。御一緒の食事の時には、酒をお飲みなさることもありました。
    ある晩、だいぶ長く酒を飲んでいらっしゃるようでしたが、遅くなってから、お二人の声がだんだん高くなり、喧嘩でもなさってる様子でした。わたくしも母も、それには意外な気が致しました。いつも仲睦じいお二人だとばかり思っておりましたのです。別に聞き耳を立てたわけではなく、何を言い争っていらっしゃるのか分りませんでしたが、ただならぬ声の調子でしたし、食卓を叩く音がしたり、杯を打ち割る音がしたりして、それがいつまでも続きますので、へんに寒々とした気持ちになりました。そしてわたくしたちは寝ましたが、あとで、母から聞いたところに依りますと、お二人は夜通し言い争っていらしたらしいとのことでした。
    その翌朝、良吉さんは御飯もあがらず、早く出かけておしまいになりましたが、美津子さんは正午すぎまで寝ていらしたようでした。
    それが最初で、それからは、時折喧嘩なさることがあるようでした。喧嘩と言っても、打つとか殴るとか、取っ組み合うとかいうのではなく、ただの言い争いにすぎませんでしたし、それも短い間のことで、あとはお二人とも黙りこんでおしまいになりました。
    ところが、ある時、美津子さんはお風呂から帰って来て、いきなりわたくしへ尋ねました。
    「留守の間に、京子さんが来はしませんでしたか。」
    京子さんなんて、初めて聞く名前なものですから、わたくしには見当がつかず、母へ尋ねますと、母はただ、そんなひとはおいでになりませんでしたと答えました。美津子さんは怖い眼付きでじろりとわたくしたちを見て、二階へ上ってゆきました。
    それからまた二度ほど、美津子さんは京子さんのことを尋ねました。どうもおかしいので、母は、良吉さんが一人きりの時に、京子というひとのことを尋ねてみました。良吉さんは苦笑しながら言いました。
    「なあに、京子というのは、ずっと前に亡くなった僕の女房ですよ。それが、今に生きているらしいと、美津子が言い張るんです。なにかの錯覚ですね。証拠をつきつけて、亡くなったことを信じこませることにしましたから、もう大丈夫です。御心配かけてすみませんでした。」
    そして、実際、数日後に、良吉さんは美津子さんを説き伏せたそうでした。滋賀県の郷里に手紙を出して、京子さんの死亡のことやその戒名まで書き入れた返事を貰い、それを美津子さんに見せたのです。
    これで、京子さんのことは済んでしまいましたが、あとが、へんな工合になりました。
    誰か、しきりに自分のことを探索していると、美津子さんは言い出したのです。誰とも知れない者が、始終こちらを窺っていた。今何をしているか、寝転んでいるか、原稿を書いているか、そんなことを見極めたがっていた。往来に立ち止って、長い間こちらを見上げていることもあった。隣りの屋根の上から、こちらの室を覗いていることもあった。庇にのぼって来て、室内にはいり込もうとしていることもあった。それが、男の姿をしていることもあれば、女の姿をしていることもあるし、どこの誰とも分らないが、たしかに、一人ではなく、幾人かの相棒があるらしかった。その人たちが殊に知りたがってるのは、原稿のことで、何が書いてあるか、読みたがっていた。あぶないから、出かける時には、原稿は本箱の抽出にしまって、鍵をかけることにしたが、それでも安心はならなかった……。
    まあだいたい、そういう工合でした。そして美津子さんは急に痩せてきたようで、もともと引緊っていた頬の肉が、一層緊張してきて、黒目がちな眼に、険のある陰が深まってきました。
    美津子さんは良吉さんをなるべく家に引き留めておきたいらしく、朝の出勤の時など、玄関で次のような応対が聞えることがありました。
    「では、今日はほんとに早く帰って来て下さいますね。」
    「ああ出来るだけ早く帰るよ。然し、つまらないことを心配するもんじゃない。」
    「でも、いつも監視の眼があるんですもの。」
    「ただ気のせいさ。第一、君の生い立ちの記などに、誰が興味を持つものかね。」
    「そりゃあ、あたしの生い立ちの記ですけれど、その中に、いろいろのことを書いているので、それがあの人たちには怖いんですよ。」
    「なあに、大丈夫、大丈夫。おばさんや花子さんもいることだし、心配することはない。」
    そして良吉さんは出かけて行くのですが、帰りは相変らず遅いことが多かったのです。
    良吉さんは平気でいたようですが、わたくしたちの方は、美津子さんのことを案ずる気持ちが次第に深くなってゆきました。
    美津子さんはふらりと茶の間にはいって来て、五分間ばかり話しこむと、俄に思いついたように、また二階に上ってゆくことが、しばしばでした。そして三畳の方に引っこんで、せっせと原稿を書いてるようでした。良吉さんがいない時は、六畳の方で勉強していましたが、あとではもう、三畳の方しか使わなくなりました。そこは、腰高の壁の上に小さな窓があるきりで、縁側の障子をしめ切ると、陰気な薄暗い室ですが、その中に閉じこもって、ことりとの物音も立てないで、原稿を書いていました。
    あの時など、美津子さんは顔色を変えておりて来ました。
    「生い立ちの記を夢中になって書いていまして、ふと顔を挙げると、窓から誰か覗いていました。窓の障子の紙に小さな穴がありまして、そこにはっきり眼が見えました。きっと、わたしの原稿を盗み見していたに違いありません。障子紙がありましたら、少し下さいませんか。あの穴をふさいでやりますから。」
    障子紙を貰って、二階に上ってゆきましたが、それきり、ひっそりとなってしまいました。もともと、立居振舞いの静かなひとでしたが、それが一層静かになってゆくようでした。
    そのようなことが暫く続いておりますうちに、わたくしのふとした粗相から、ますます面倒なことになって参りました。
    ある晩、良吉さんが慌てておりていらして、母に頼みました。
    「済みませんが、あの物干竿を片付けて下さいませんか。」
    見ますと、一本の物干竿が庭から庇へ立てかけてありました。その先端が丁度、二階の室の前に突っ立っていました。夕方、わたくしが洗濯物を取り込む時、うっかりしまい忘れたのでした。二階の室からたぶん目障りになるのだろうと思いましたが、良吉さんの様子ではそうばかりでもなさそうでしたから、母がわけを聞きますと、良吉さんは吐き捨てるように言いました。
    「ばかなやつで、全く話にもなりません。」
    それから声を低めて、事情を明かしてくれました。それに依りますと、良吉さんが帰って来た時、美津子さんはまだ食事もしないで、暗がりの中に坐っていたそうです。そして室の外を指差しました。淡い月の光りで透し見ると、室の正面に、物干竿の先が突っ立っていました。その物干竿を、美津子さんは、誰かがアンテナを仕掛けてこちらを探偵してるのだと言いました。こちらも負けぬ気になって、じっと坐ったまま対抗していたのでした。
    「実に呆れ返ったものです。」
    良吉さんは不機嫌そうに言って、ちょっとした料理を自分で拵え、わたくしに酒屋への使いを頼みました。きっとむしゃくしゃしていらしたのでしょう。
    その晩、遅くまで二人で飲んでいらしたようでしたが、別に、議論めいた声も聞えず、静かでした。
    でも、物干竿の話は、わたくしたちに、なんだか不吉な感じを与えました。監視の眼が、こんどはアンテナに変ったのです。
    わたくしたちは、物干竿に注意しましたし、もうアンテナのことは出て来ませんでしたが、だんだん深刻なことになってきました。それも、美津子さんはまとめて話さず、ぽつりぽつりと断片的に言うだけですし、事柄が事柄だけに、わたくしたちにはさっぱり腑に落ちませんでしたが、前後のことをひっくるめてみますと、だいたい次のようなものでした。
    どこからか、強力な電波が送られて来るようになりました。どの放送局から発せられるのか不明でしたが、目差すところはいつも美津子さん一人に限られていました。そしてその電波が伝わりますと、頭の中までじいんと響き、手先や足先までしびれる感じがして、ひどい重圧を全身に受けました。美津子さんも初めは大して気にしませんでしたが、重圧は次第に増してきました。そして遂には、原稿も書けなくなりそうだし、読書も出来なくなりそうだし、全く癈人同様になる外はないように思われました。
    それになお、その電波は特殊なもので、こちらの微細な反応を、そっくり先方へ送り返すのでした。レーダーの極度に精緻なものだとも言えるようでした。こちらで思ってること、考えてること、夢に見たことまで、そっくり先方に分ってしまうのでした。
    そういう電波が或ることを、美津子さんは知りませんでしたが、天気のよい或る日、道を歩いておりますと、誰かひそひそと、その電波のことを囁いて通りすぎました。そんなことが数回ありました。中には、あなたは狙われているから用心なさいと、注意してくれる者もありました。
    そういうことで、次第に分ってきたのですが、美津子さんは特別な実験に使われてるのでした。どこかの放送局から、その特殊な電波を美津子さんに向けて放射し、美津子さんのあらゆる反応を記録に取ってるのでした。なぜ自分一人が狙われるのか、その理由は分りませんでしたが、然し、その実験が成功すれば、きっと、まだ多くの人が狙われるに違いありませんでした。
    そういう非人道的なことをして宜しいものかどうか、美津子さんは憤慨しましたが、なにしろ相手が電波のことだし、眼にも見えず手にも捉えられず、確かな証拠を挙げることが出来ず、ただ独りで※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)くだけでした。
    何かの話のついでに、そのような電波は実際はありますまいと、わたくしが申しましたら、美津子さんは屹となって答えました。
    「いいえ、確かにあります。現に今でも、わたしはこうしてその重圧を受けているんです。」
    そうなってきますともう、何かの病気の前兆か精神の一種の異状かと、わたくしたちは判断するより外はありませんでした。
    ところが、良吉さんは不思議に冷淡で、大して気になすっていないようでした。母が注意してあげても、ただ笑っていました。
    「なあに、ちょっと神経衰弱の気味で、それに、近頃流行の電波恐怖症がからまったのでしょう。なまじっか手を出すより、静かに放っておけば、追々に癒りますよ。」
    それから後で、或る医者の意見とかいうものを、母に話されたことがありました。
    その医者の意見に依りますと、美津子さんの御様子は、よく診察してみなければ分らないけれど、まあ大したことはあるまいというのでした。近代の都会人には、軽微な分裂症的症状は多少ともあるもので、それを一々取り上げていては際限がないし、美津子さんのことも、もっと詳しいデーターを集めて、それから然るべき専門医に相談するがよかろうとのことでした。
    その医者のところにも、いろいろな患者が見えるそうですが、その中の面白い例を一つ話されました。
    それは某大学の学生ですが、時々、電波が来た、電波が来た、と怖がって、一週間ばかり家の中に竦んでいるそうです。そしてその一週間ばかりの蟄居が終ると、あとはけろりとして、外出もするし、学校にも行き、通常の人と少しも変らなくなってしまいます。つまり、周期的に、一月目とか二月目とかに、一週間の電波恐怖が起るのです。
    そのような話をして、良吉さんはわたくしたちを安心させようとなすってるようでした。けれど、母も感じたことですし、わたくしも感じたことですが、良吉さんの話の調子といい、その態度といい、へんに冷淡な無関心なところがありまして、内心では果してどう思っておられるのか、会得し難いものが残りました。もう気持ちの底では、美津子さんを見捨てておられたのかも知れません。けれどそのようなことは、わたくしにはよく分りませんし、また、とやかく言える筋合でもございません。
    良吉さん御自身がそうですから、わたくしたちも諦めまして、口出しすることを差し控え、もう暫く様子を見ることに致しました。
    美津子さんはますますひっそりと、そして憂鬱そうに日を暮して、外出することも少なくなりました。
    そのうちに、母が風邪の心地で、五日ばかりうち伏しました。すると美津子さんは、朝と夕方、必ず寝室にやって来まして、母の顔色を窺い、容態を尋ね、体温を聞きました。もし体温を計っていないと、すぐに計らせました。それからまた細々と、わたくしに注意を与えました。どうも親切すぎて、干渉がましいとさえ思われました。それからまた幾度も、医者にかかるよう勧めました。御自分のことは棚にあげて、こちらはちょっとした風邪なのに、しつっこいほど医者を勧めました。
    それでも、美津子さんが母の枕元に坐りこむのはやはり五分間ばかりの程度で、言いたいことを言い聞きたいことを聞いてしまうと、すっと立って行きました。
    母の風邪が癒りますと、美津子さんは不思議なほど喜びました。ほんとによかったとか、お目出度うとか、何度も繰り返しました。それから小豆を買ってきて、赤の御飯をたいて祝ってくれました。
    それまではまあ無事でしたが、あとがいけませんでした。
    母が針仕事をしてるところへ来て、美津子さんはぴたりと坐り、母の顔をじっと見て言いました。
    「病気がおなおりなすって、ほんとに宜しゅうございました。」
    「ええ、あなたにもいろいろお世話になりました。」
    「ほんとに危いところでございましたよ。」
    母は怪訝な顔をしました。
    「実は、お知らせしたものかどうか、迷いましたが、やはりお耳に入れておいた方が、今後のために宜しいと思います。」
    それが、電波のことだったのです。例の怪電波は、美津子さんの生態反応を詳細に吸収しながら、時々、攻勢に出るようになってきました。その一つとして、先日、美津子さんは嫌なことを告げられました。
    「この家に、火事が出るか、重病人が出るか、どちらかだと、確かに申しました。ですから、今後とも、用心致さなければいけません。」
    わたくしもそこに居合せておりまして、母の顔を見ますと、母は眼を皿のようにしていました。美津子さんが母のちょっとした風邪を心配してくれたわけは、それで分りましたが、しかし、そのようなことを改めて言われますと、あまりよい気持ちは致しませんでした。
    「お互に、これから、用心することにしましょう。」
    言うだけのことを言って、美津子さんはわたくしどもの返事を待たず、ぷいと立ってゆきました。
    固より、わたくしどもは電波のことなど信じはしませんでしたが、美津子さんの頭がだんだん変になってくるのを見て、暗い気持ちになりました。母は黙って溜息をつきました。
    ところが、こんどのことについては、美津子さんはいやに執拗でした。後でまたわたくしに言いました。
    「火事と病気を用心しましょう。」
    母にもそれを繰り返しました。
    母もわたくしもがっかりしました。二日たち三日たって、忘れかけておりますと、また、火事と病気を用心しましょう。それからまた忘れかけておりますと、火事と病気を用心しましょう。その言葉が、わたくしたちの頭に沁みこみ、わたくしたちの身体を縛りつけるようで、じつに嫌な気持ちでした。嫌な気持ちというだけでなく、どこか心の隅に現実のことのように引っかかってきました。
    美津子さん自身にとっては、火事と病気を用心しましょうと、ただそれだけの単純なものではなかったようです。電波の複雑な警告に依りますと、お前にはたいへん悪い病気があって、皆からきらわれるから、気をつけるがいい、という風にも受け取れるのでした。また、お前はいつも隅っこに引っ込んで、下らないことをこそこそやっているが、そんなものはみんな、火にでもくべてしまうがいいというふうにも受け取れるのでした。
    そして電波はいろいろになって、自由に美津子さんを操縦しました。電波がたいへん強い時には、もう身動きが出来なくなることさえありました。じっと竦んで、夜など、電燈を見つめておりますと、スタンド全体がゆらゆら揺れることがありました。風もなく、地震もないのに、スタンドが揺れました。よほど強力な電波が来たに違いありませんでした。
    「ほんとに揺れるのを、わたしははっきり見ました。」
    そういう美津子さんの言葉には、確信の調子がこもっておりました。
    母もわたくしも、もう放っておけない気になりました。どうしたらよかろうかと、相談することもありました。
    そのうちにとうとう、あんなことになってしまいました。
    或る晩、たいへん遅くなって、良吉さんが帰って参りました。わたくしたちはもう寝こんでおりましたが、母が起き上って丹前を引っかけ、戸を開けに出て行きました。良吉さんの帰りは夜更けのこともしばしばでしたし、時には外泊のこともありましたし、わたくしたちはそれに馴れておりました。
    その晩、良吉さんは全く泥酔しておりました。母から聞いたところでは、よろよろとはいって来て、玄関の土間に腰を落ちつけてしまいました。母から援け起されると、案外しっかり立ち上り、両方のポケットから、宝焼酎の瓶詰を一本ずつ、つまり二本取り出して、上り框に並べ、おばさん、どうです、と嬉しそうに笑いました。
    それから二階に上りかけましたが、突然立ち止って、母に言いました。
    「美津子のやつ、いろんな下らないことをおばさんに饒舌ってるようですが、一切取り合わないで下さいよ。あいつはばかですから、相手になってやると、増長していけません。これから一切、何事も取り合わないで下さい。頼みますよ。」
    母には何のことだかよく分りませんでしたが、悪いことでもして叱られてるようで、心外だったそうです。
    その晩はそれきりで、良吉さんもすぐに寝こんだ様子でした。それから翌朝、たぶん昨夜の焼酎でしょうが、良吉さんはまた飲み初めて、いつもより遅く、酔った足取りで出かけて行きました。
    それから、正午近い頃、わたくしが昼食の仕度をしておりますと、階段の方に、ただならぬ大きな物音がしました。びっくりして行ってみますと、美津子さんが転げ落ちたらしい恰好で、階段の下に横たわって唸っていました。
    わたくしは声をかけて手を出しましたが、美津子さんは頭を振って、わたくしを睨みつけるようにし、それから、あたりに散らかってる紙を拾い集めました。幾綴じにもなってるたくさんの紙で、例の生い立ちの記の原稿だとあとで分りました。
    美津子さんはひどく酔っていて、半ば正体を失いかけてるようでした。これもあとで分ったことですが、その朝、焼酎を飲んで眠ろうとしたが眠られず、ふだん使ってるアドルムをのんだがだめで、また焼酎を飲んだりして、めちゃくちゃになってるのでした。却ってそのためだったのでしょうか、階段から転げ落ちてもわりに元気で、幾綴じもの分厚な原稿を拾い集め、それを抱えてよろよろと立ち上り、台所へ行き、そこから庭へ出て行きました。
    美津子さんが黙っているので、なんだかわたくしは気味がわるく、やはり黙ってついて行きました。
    美津子さんは原稿を引きちぎって、庭に積み重ねました。そうするうちにも何度か転び、しまいには地面に坐りこんでしまいました。そしてわたくしの方を物色するようにじっと眺め、初めて口を利きました。
    「マッチを下さい。」
    その命令するような口調に応じて、マッチを取って来てやりますと、美津子さんは原稿の山に火をつけました。そしてわたくしの方は見ないで独り言のように言いました。
    「この生い立ちの記に書いてあることを、電波で盗み取ろうとしています。早く燃やしてしまわなければ、すっかり盗まれます。手伝って下さい。庭中に撒き散らして、火事のようにして下さい。」
    そして暫く、美津子さんは燃え上る火を見ていましたが、ふいにがくりとなって、地面に突っ伏してしまいました。わたくしが驚いて援け起しますと、大声で叫びました。
    「燃やすんですよ。庭中を火事のようにするんです。」
    わたくしは急に腹が立ってきました。火事と病気を用心しましょうという、平素のことも根にありました。この気狂女の言うままになったことが癪に障りました。逆に出てやれという気になりまして、有り合せの棒切れを取って、燃えさしの紙片をめちゃくちゃに掻き廻し、やたらに撥ね散らしました。その時のわたくしの気持ちこそ、全く狂気の沙汰でした。
    その紙屑の火から、そばにあった物置が一つ焼けてしまうことになりました。物置の前に、まだ片付けてない炭の空俵や藁束などがありまして、それに火が燃え移りましたのを、わたくしはただぼんやり眺めていたのでございます。美津子さんは自分が物置に火をつけたと仰言ってるそうですが、それは嘘か錯覚に違いありません。たとえ粗相からにせよ、物置が燃え上るようなことを致したのは、この花子でございます。

  • 海野十三「宇宙女囚第一号」別役みか朗読

    Jul 22, 2018

    宇宙女囚第一号

    海野十三

    イー・ペー・エル研究所に絵里子をたずねた僕は、ついに彼女に会うことができず、そのかわり普段はろくに口をきいたこともない研究所長マカオ博士に手をとられんばかりにして、その室に招じられたものである。この思いがけない博士の待遇に、僕は面くらったばかりか、なんだか変な気持さえ生じた。
    「おうほ、絵里子はね、――」
    おうほと、博士独特の妙な感歎詞をなげるごとに、博士の頤髯がごそりとうごいた。
    「おうほ、絵里子はね、女性にはめずらしい学究だ。君と絵里子とは結婚する約束があるそうだが、君は世界一の令夫人を迎えるわけで、世界一の名誉を得るわけだ。しかしねえ、――」
    といって博士はちょっと小首をかしげ、
    「しかしねえ、絵里子を妻にした君が、家庭的にはたして幸福者といえるかどうかはわからないよ。第一わしはいつもこう考えている。絵里子の科学的天才を区々たる家庭的の仕事――コーヒーをいれたり、ベッドのシーツを敷きなおしたり、それから馬鈴薯の皮をむいたりするようなことで曇らせるのは、世界の学術のためにたいへんな損失である、――」
    「まあ待ってください、マカオ博士」
    と僕は、胸の下からつきあげてくる憤りを一生懸命こらえながら叫んだ。
    「博士、するとあなたは、僕たちの結婚に反対されるわけなのですか」
    博士は、ごそりと頤髯をうごかし、
    「おうほ、なにもわしが君がたの結婚に反対とはいっていない。しかしだ、君がたは自発的に天の理にしたがうのが賢明じゃろうというものだ」
    博士は僕たちが結婚することを非常に忌みきらっているものと思われる。僕は、非常に不満だ。
    「まあ、そう脣をふるわせんでもいい。いや君の不満なのはよう分っている。しかしじゃ、科学というものは君が考えているより、もっと重大なものだ。時には、結婚とか家庭生活とかよりも重大なものだ。――そう、わしをこわい目で睨むな。よくわかっているよ、君はわしの説に反対だというんだろう。ところがそれはわしの目から見ると君が若いというか、君がまだ多くを知らないというか、それから発したことだ」
    「マカオ博士、――」
    「こら待たんか。その大きな拳で、わしの頤をつきあげようというのだろう。そしてわしの頸をぎゅーっと締めつけようというのだろう。それくらいのことはわかっているぞ。だが待て、ちょっと待ってくれ。わしが君に殴り殺される前に、ぜひ君に見せてやりたいものがある」
    博士は、まだ頸をしめつけられてもいないのに、くるしそうにあえぎあえぎ言う。
    「僕に見せるって、いったいそれは何を見せるというのですか」
    僕はさすがに気になった。絵里子に関係のあることではないかと、すぐそのように思ったのであった。
    博士は僕を制して、自分のあとについてくるようにと合図をおくった。
    博士の後に従って、僕は小暗い長廊下をずんずん奥へあるいていった。
    そのうちに博士は、廊下の途中から横についている急な階段をのぼりはじめた。
    (おお、これは、マカオ博士の秘密研究塔に通じる階段だ)
    と、僕はひそかに胸をおどらせた。
    博士は僕を秘密研究塔につれこんで、いったいなにを見せるつもりなんだろう。
    この研究塔は、往来からもよく見えた。研究所のまわりは分厚い背の高い壁にとりかこまれ、その境内は欝蒼たる森林でおおわれていた。そしてところどころに、研究所の古風な赤煉瓦の建物が頭を出していたが、それとはまた別に一棟、すばらしく背の高い白壁づくりの塔が天空を摩してそびえていた。それは遠くから見ると、まるで白い編上靴を草の上においてあるように見えた。螺旋階段の明りとりらしい円窓がいくつも同じ形をして、上から下へとつづいていた。それはまるで八つ目鰻の腮のように見えたが、その窓枠はよく見ると臙脂色に塗ってあった。
    博士は、螺旋階段をことことと、先にたってのぼっていった。僕は黙々としてその後につきしたがったが、階段を一つのぼるごとに、僕の心臓はまた一段とたかく動悸をうつのであった。
    「さあ、しばらく入口で待っていてくれたまえ」
    博士は、塔の頂上をしめている大実験室の扉の前に立ち停ると、僕の方をふりかえってそういった。そして自分は、入口の暗号錠をしきりにがちゃがちゃやっていたが、やがてそれをがちゃりと開いて、ひとり室内に姿を消した。
    僕は入口にたたずみながら、異常な好奇心でもって室内の様子をうかがった。なにかしら、ひゅーんという高い唸り音をあげて、廻転機がまわっていた。
    ことと、ことと、ことと。
    カムがしきりにピッチをきざんでいる。
    ぴかり――と、紫色の電光が、扉の間から閃いた。じいじいじいと、放電のような音もきこえる。
    それにひきかえ、マカオ博士はなにをしているのか、しわぶきの声さえ聞えてこない。
    僕の心臓は、なんだか急に氷のように冷たくなったのを感じた。
    ごとごとごとごとごと。そのとき博士の姿が入口にぬっと現われた。
    「さあ、おはいり。だが始めから断っておくよ。どんなものを見ても、気絶なんかしちゃいけないぜ」
    僕は大きくうなずいて、そんなことは平気ですと博士に合図したが、内心ではきょう々としていた。これはなにかよほど意外なものが、この室内にあるらしい。いったいなにであろう。僕はおずおずと室内に足をふみいれた。
    「いいかね。こっちの小さい室に入っているんだ。檻があればいいのだが、生憎そんなものはない。まさかこんな怪物がとびこもうとは、想像だにしなかったのでね」
    そういって博士は、室内の一隅にある小さな扉を指さした。
    (怪物? 怪物って、なんだろう)
    博士は額に手をあげて、しばらく沈思してから、
    「おい君。これから君が見る怪物は、いったい何者であるか、当ててみたまえ。もし当てることができれば、この研究所をそっくり君にあげてもいいよ。つまり、いくら君が考えてもわけのわからない生物が、この小さな室に入っているんだ」
    「僕はあててみますよ。なに、人間の頭脳で考えられることなら、僕にだって――」
    「いや、そうはいうが、こればかりは、人間の想像力を超越している。地球ができて以来、こういう生物を見たのはわしが最初、絵里子が二番め、そして三番めが君だ」
    ああ絵里子!
    僕はひそかにこう考えていた。ひょっとして、僕は絵里子の死骸でもみせられるのではないかと考えていたのだ。博士は、実験の都合で、ふと彼女を殺害してしまい、その死骸を僕に見せてなんとかいいわけをするのではあるまいかと。――しかしどうやらそれはちがっていたらしい。絵里子は、その怪物とやらをみたのち、今はなにをしているのだろうか。
    「愕いてはいけない。さあ、ここに反射窓がある。これをのぞけば、この室内の様子ははっきりわかる」
    博士は、普通魔法鏡といわれる反射窓を指さした。僕はすぐさま決心して、指さされるままに、その窓をのぞいてみた。
    そのなかに見た刹那の光景!
    ああ、これほど世の中に奇しき見世物があるであろうか。僕ははっと息をのんだまま、その場に硬直してしまった。
    おそろしい生物いきものよ!
    その別室の床に、大の字なりに死んだようになって寝そべっていたのは、最初の一目では、一個の裸形の女と見えた。
    だが、次の瞬間、僕はそれを早速訂正しなければならなかった。
    (女体らしい。しかしそれは絶対に人間ではない!)
    絶対に人間ではありえないのだ。
    なるほど四肢は豊満に発達し、皮膚の色はぬけるほど白く、乳房はゴムまりのようにもりあがり、金髪はゆたかに肩のあたりにもつれているところは女性人間のようであるが、よく見ると顔がのっぺらぼうだ。そして頭髪の間から三本の角が出ていて、その尖端にたしかに眼玉と思うようなものがついている。そいつはぐるぐるとうごめいていたが、おどろいたことに、眼瞼と思われるものがぱちぱちと眼をしばたたいたのには愕いた。こんな人間は絶対にありえない。
    それから四肢だ。これをよく観察していると、腕はありながら、手首とか指などがない。その代り手首のあたりから先が、きゅうりの蔓のようにぐるぐる巻いていて、それがときどきぬーっと長く床の上にのびて、そこらをしきりにのたうちまわる。
    こんな形の生物は、人間の畸型例にも見たことがない。怪物というよりほか、呼びようがないであろう。
    まだもう一つ気のついたことがある。
    それは真白な肢体の膚に、点々として小さい斑点がついていることだ。そういうとそばかすみたいに聞えるが、そばかすではない。そばかすよりもずっとずっと小さい斑点で、そしていやに黒いのである。電送写真というものがあるが、あの写真を空電の多いときに受信すると、画面におびただしく小さな黒い空電斑点というものが印せられるが、どっちかというと、その空電斑点によく似ているのであった。(後で分ったことであるが、その怪物の肢体についている黒斑が、僕の第一印象のとおり、やはり本当の空電斑点であると分ったときには、さすがの僕も腰がぬけたかと思ったほど愕いた)
    「あの怪物は、どうしたのですか。博士はどこからあれを持ってこられたのですか」
    僕はマカオ博士の方をふりかえって、はげしく詰問の言葉をおくった。
    「おうほ、そのことそのこと」
    と、博士はハンカチで額の汗をふきながら、
    「あれをなんというか、とにかくあの怪物が実験室の中の、なんにもない空間に足の方からむくむくと姿をあらわしはじめたときには、わしの総身の毛が一本一本逆だち、背中に大きな氷の板を背負ったように、ぶるぶると顫えがきて停めようがなかったものさ」
    「え、なんですって」
    と僕は思わず博士の言葉を聞きかえした。なんという怪奇、僕にはちょっと了解に苦しむことだ。
    「おうほ、理解ができないのも無理ではない。つまり、もっと前から話をしなければ分らないだろう。なぜそういう怪物を、この実験室内に生ぜしめるようになったかということを。――」
    そういって博士は、戸棚の上から、一束の青写真をおろし、テーブルの上にひろげてみせた。
    「これを見たまえ。これがこの室にある立体分解電子機と、もう一つ立体組成電子機の縮図だ。わしは十五年かかって、この器械を発明し、そして実物をつくりあげたのだ」
    「なんです、この立体分解とか立体組成とかいうのは」
    「うん、そのことだ。この説明はなかなかむつかしい。君はテレビジョンというものを知っているかね。あれは一つの写真面を、小さな素子に走査スキャンニングして、電流に直して送りだすのだ。それを受影する方では、まず受信した電流を増幅して、ブラウン管のフィラメントに加える。すると強い電流がきたときは、フィラメントは明るく輝き、たくさんの熱電子を出すし、弱い電流がきたときはフィラメントは暗く光って、熱電子は少ししか出てこない。この熱電子の進路を、ブラウン管の制御電極でもって、はじめと同じように走査スキャンニングしてやると、電光板の上に、最初と同じような写真が現われる。これがテレビジョンの原理だ」
    僕はなんのことだと思った。テレビジョンの原理などは、博士にきくまでもないことである。
    「テレビジョンと、博士のご発明の立体分解電子機とは、どういう関係があるのですか」
    「つまりそれは、一口にいうと、テレビジョンとか電送写真とかは、いまもいったとおり平面である写真を遠方に送るのであるが、わしの発明した電子機では、立体を送ったりまた受けたりするのさ」
    「立体を送ったり受けたりといいますと――」
    僕にはなんのことだか分らないので、問いかえした。
    「つまり物体をだね、たとえばここに鉄の灰皿がある。これを電気的方法によって遠方へおくったり、また遠方にあるアルミニュームの金だらいを電気的方法によってここへ持ってきたりするのさ。あっはっはっ、いっこう解せぬという顔つきだね。考えだけならなんでもないではないか。平面がテレビジョンや電送写真として送れるものなら、立体もまた送ったり受けたりできるわけではないか」
    僕には、博士のいうことがすこしずつわかってきた。
    「しかし博士、写真などはいと簡単ですが、鉄の灰皿などとなると、これは物質ではありませんか。電気になおすたって、なおせますか」
    「なあに訳のないことさ。鉄にしろアルミニュームにしろ、これをだんだん小さくしてゆくと分子になり、原子になりそれをさらに小さくわってゆくと電子とプロトンとになる。ところがプロトンとは、電子のぬけ穀のことであって、結局、この世の中には電子のほかになにものもないのさ。すべての物質は空間をいかに電子が構成しているかによって、鉄ともなりアルミニュームともなるんだ。だからすべての物質は、最後においては電荷に帰することができる。そうではないか。平面であろうと立体であろうと、走査スキャンニングの原理には変りはない。平面走査スキャンニングができれば立体走査スキャンニングもできるわけだ。鉄の灰皿を立体走査スキャンニングすれば、これはすなわち一連の電信符号とかわりないものとなる。どうだ、わかったろうが」
    「ふーむ、そういう理屈ですか。いや、おそろしいことになったものだ」
    僕は長大息とともにそういった。
    平面走査スキャンニングをする電送写真やテレビジョンがあれば、灰皿や金だらいを立体走査スキャンニングすることも案外似かよった立体走査スキャンニングの原理でもって達成しえられるように思う。
    灰皿ができれば、なにも金属にかぎらない。すべての物質物体は、電子に変じて送ったり受けとったりできるわけだ。すると、隣室の床にころがっている怪奇きわまるあの生物は――?
    「あれも、博士の器械で吸いよせたのですか」
    と、僕は気もちのよくないことを、博士にきいてみた。
    「うむ、やっと気がついたようだね」と博士は頤髯をごそりとうごかし、「君の察したとおり、あの怪物は、実は、今月はじめて立体組成電子機をうごかしてみたところ、いきなり器械のはたらきでもって、台の上に現われてきたんだ。いや、実に愕いた。どのくらい愕いたといって、形容ができないほどだ。はじめはね、あのぬらぬらした触手というか触足というか、つまり人間でいえば足の方から現われてきたんだ。それまでにはなにもない空間にだよ、怪物の足が現われてきたんだ。器械がまわり、時間がたつにつれ、足の先に腰が現われ、それからその先に胴中やら、胸やら肩やら、そしてあの醜い首やらがむくむくと、まるで畳んであったゴム風船をふくらますように現われてきたではないか。自分の発明した器械であるとはいえ、またそういうことが起ることも予想していたけれど、いよいよそういうふうに実物が現われたときには、いかに気丈夫なわしでも、ぞーっと身ぶるいした」
    ものがたる博士の顔は、さすがに青ざめていた。
    「博士、いったいあの怪物は、どこにいたものが、こうしてここへやってきたのでしょうか」
    「多分、火星の生物だろうと思うよ。火星の生物も、いまわしがこしらえたと似たような器械をもっていて、それを使っているらしい。だから、火星において、たまたま走査スキャンニングをして電気になった女体を、わしの器械が吸いとってしまったわけらしい」
    「おどろくべきことですね。そんなことができるとは、想像もおよばない」
    と、僕は心の底から感嘆のことばをはなった。
    博士は、それほど得意そうに見えなかった。博士の眉毛の間にはふかい溝がきざまれていた。
    「博士はこんな大発明をしながら、あまりよろこんでいらっしゃらないのは、どういうわけですか」
    と、僕はつい気になって、たずねてみた。
    「ああ、君の目にも、わしの苦痛がわかるかね。そうだ、君の見るとおり、わしはまだ喜んでいないのだ。というのは、まだ分らないことがたくさんあるのだ。たとえば、いま君がみた宇宙女囚――と、かりに名づけておこう――あの宇宙女囚は、三つの眼をぴくりぴくりとうごかしている。つまりあの生物は、たしかに生きているのだ。しかし残念なことに、意識を失っている。宇宙を電気になってとんでいるところをわしの器械に吸いよせ、そしてあのように立体化してみたところが、肉体は現われたが、意識がないというのでは、研究者としてこれが悲しまずにいられるだろうか」
    博士はしんみりと述懐した。
    なるほど、あの怪物は生きてはいるが、意識がないようである。僕から見れば、博士は千古不朽の大発明をしたように思うが、当の博士としては、これではまだ研究を完成していないわけで、それでははずかしいといっているのであろう。
    僕は博士に、宇宙女囚をもっとそばぢかくでみたいといったところ、博士はそれを承諾し、ついに小さい扉をひらき、宇宙女囚ののたうちまわるそばに、僕をつれていった。
    反射鏡から見たときとはちがって、そばぢかくでみた宇宙女囚の肢体といい容貌といいあまりながく見ていると脳髄がきゅーっと縮まり発狂するのではないかといったような恐怖にさえ襲われるのであった。
    そのとき僕は、ゆくりもなく、女囚の白い膚の上に、例の空電斑点をはっきりとみとめたのであった。この女体が一連の電気と化して空間をはしりゆくとき、宇宙の雲助ともいうべき空電に禍いされても不思議ではない。そして生れもつかぬ黒い斑点を身体中に印せられた結果、もとの立体にかえっても、この斑点はなにか意識の恢復を邪魔するようにはたらいているのではなかろうか。
    僕がそのことを博士に話すと、博士は手をうってよろこんだ。
    「そうだ。君の考えは実にすばらしい。わしはそこまで考えつかなかったよ。うむ、分るぞ分るぞ。たとえば、脳髄の中にその黒い異物である斑点が交っていれば、脳髄の働きを害するにちがいない。――うむ、それはすばらしい発見だ。そういうことなら、なにも冒険をやって、絵里子を宇宙に飛ばさないでもよかったのだ。ああもう時すでにおそしだ」
    絵里子?
    僕は博士の言葉を聞きとがめた。
    「博士、くわしくいってください。絵里子をどうしたというのですか。――博士、さあいってください。なぜあなたは黙っていられる――」
    博士は僕の顔をしばし無言のままみつめていた。やがて博士は慄えをおびた声で、
    「絵里子は、いまごろ火星へついているだろう。わしは絵里子に命じ、自分の研究力の足りないところを、火星へ調査にやったのだ。絵里子は一連の電波となって宇宙をとんでいったよ。わしはあまりに成功を急ぎすぎた。それがよくなかったのだ。君にも絵里子にもすまないことをした」
    といって僕の前にこうべを垂れた。

  • 夏目漱石「草枕」 十二 山口雄介朗読

    43.50 Jul 19, 2018

    十二

    基督キリストは最高度に芸術家の態度を具足したるものなりとは、オスカー・ワイルドの説と記憶している。基督は知らず。観海寺の和尚おしょうのごときは、まさしくこの資格を有していると思う。趣味があると云う意味ではない。時勢に通じていると云う訳でもない。彼はと云う名のほとんどくだすべからざる達磨だるまふくを掛けて、ようできたなどと得意である。彼は画工えかきに博士があるものと心得ている。彼は鳩の眼を夜でもくものと思っている。それにもかかわらず、芸術家の資格があると云う。彼の心は底のないふくろのように行き抜けである。何にも停滞ていたいしておらん。随処ずいしょに動き去り、任意にんいし去って、塵滓じんしの腹部に沈澱ちんでんする景色けしきがない。もし彼の脳裏のうりに一点の趣味をちょうし得たならば、彼はく所に同化して、行屎走尿こうしそうにょうの際にも、完全たる芸術家として存在し得るだろう。余のごときは、探偵にの数を勘定かんじょうされる間は、とうてい画家にはなれない。画架がかに向う事は出来る。小手板こていたを握る事は出来る。しかし画工にはなれない。こうやって、名も知らぬ山里へ来て、暮れんとする春色しゅんしょくのなかに五尺の痩躯そうくうずめつくして、始めて、真の芸術家たるべき態度に吾身を置き得るのである。一たびこの境界きょうがいに入れば美の天下はわが有に帰する。尺素せきそを染めず、※(「糸+賺のつくり」、第3水準1-90-17)すんけんを塗らざるも、われは第一流の大画工である。において、ミケルアンゼロに及ばず、たくみなる事ラフハエルに譲る事ありとも、芸術家たるの人格において、古今の大家と歩武ほぶひとしゅうして、ごうゆずるところを見出し得ない。余はこの温泉場へ来てから、まだ一枚のもかかない。絵の具箱は酔興すいきょうに、かついできたかの感さえある。人はあれでも画家かとわらうかもしれぬ。いくら嗤われても、今の余は真の画家である。立派な画家である。こう云うきょうを得たものが、名画をかくとは限らん。しかし名画をかき得る人は必ずこの境を知らねばならん。
    朝飯あさめしをすまして、一本の敷島しきしまをゆたかに吹かしたるときの余の観想は以上のごとくである。日はかすみを離れて高くのぼっている。障子しょうじをあけて、うしろの山をながめたら、あおが非常にすき通って、例になくあざやかに見えた。
    余は常に空気と、物象と、彩色の関係を宇宙よのなかでもっとも興味ある研究の一と考えている。色を主にして空気を出すか、物を主にして、空気をかくか。または空気を主にしてそのうちに色と物とを織り出すか。画は少しの気合きあい一つでいろいろな調子が出る。この調子は画家自身の嗜好しこうで異なってくる。それは無論であるが、時と場所とで、おのずから制限されるのもまた当前とうぜんである。英国人のかいた山水さんすいに明るいものは一つもない。明るい画がきらいなのかも知れぬが、よし好きであっても、あの空気では、どうする事も出来ない。同じ英人でもグーダルなどは色の調子がまるで違う。違うはずである。彼は英人でありながら、かつて英国の景色けいしょくをかいた事がない。彼の画題は彼の郷土にはない。彼の本国に比すると、空気の透明の度の非常にまさっている、埃及エジプトまたは波斯辺ペルシャへんの光景のみをえらんでいる。したがって彼のかいた画を、始めて見ると誰も驚ろく。英人にもこんな明かな色を出すものがあるかと疑うくらい判然はっきり出来上っている。
    個人の嗜好しこうはどうする事も出来ん。しかし日本の山水を描くのが主意であるならば、吾々われわれもまた日本固有の空気と色を出さなければならん。いくら仏蘭西フランスの絵がうまいと云って、その色をそのままに写して、これが日本の景色けいしょくだとは云われない。やはりのあたり自然に接して、朝な夕なに雲容煙態うんようえんたいを研究したあげく、あの色こそと思ったとき、すぐ三脚几さんきゃくきを担いで飛び出さなければならん。色は刹那せつなに移る。一たび機をしっすれば、同じ色は容易に眼には落ちぬ。余が今見上げた山のには、滅多めったにこの辺で見る事の出来ないほどない色がちている。せっかく来て、あれをにがすのは惜しいものだ。ちょっと写してきよう。
    ふすまをあけて、椽側えんがわへ出ると、向う二階の障子しょうじに身をたして、那美さんが立っている。あごえりのなかへうずめて、横顔だけしか見えぬ。余が挨拶あいさつをしようと思う途端とたんに、女は、左の手を落としたまま、右の手を風のごとく動かした。ひらめくは稲妻いなずまか、二折ふたお三折みおれ胸のあたりを、するりと走るやいなや、かちりと音がして、閃めきはすぐ消えた。女の左り手には九すん白鞘しらさやがある。姿はたちまち障子の影に隠れた。余は朝っぱらから歌舞伎座かぶきざのぞいた気で宿を出る。
    門を出て、左へ切れると、すぐ岨道そばみちつづきの、爪上つまあがりになる。うぐいす所々ところどころで鳴く。左り手がなだらかな谷へ落ちて、蜜柑みかんが一面に植えてある。右には高からぬ岡が二つほど並んで、ここにもあるは蜜柑のみと思われる。何年前か一度この地に来た。指を折るのも面倒だ。何でも寒い師走しわすの頃であった。その時蜜柑山に蜜柑がべたりに生る景色を始めて見た。蜜柑取りに一枝売ってくれと云ったら、幾顆いくつでも上げますよ、持っていらっしゃいと答えて、の上で妙なふしうたをうたい出した。東京では蜜柑の皮でさえ薬種屋やくしゅやへ買いに行かねばならぬのにと思った。夜になると、しきりにつつの音がする。何だと聞いたら、猟師りょうしかもをとるんだと教えてくれた。その時は那美さんの、なの字も知らずに済んだ。
    あの女を役者にしたら、立派な女形おんながたが出来る。普通の役者は、舞台へ出ると、よそ行きの芸をする。あの女は家のなかで、常住じょうじゅう芝居をしている。しかも芝居をしているとは気がつかん。自然天然しぜんてんねんに芝居をしている。あんなのを美的生活びてきせいかつとでも云うのだろう。あの女の御蔭おかげの修業がだいぶ出来た。
    あの女の所作しょさを芝居と見なければ、薄気味がわるくて一日もいたたまれん。義理とか人情とか云う、尋常の道具立どうぐだてを背景にして、普通の小説家のような観察点からあの女を研究したら、刺激が強過ぎて、すぐいやになる。現実世界にって、余とあの女の間に纏綿てんめんした一種の関係が成り立ったとするならば、余の苦痛は恐らく言語ごんごに絶するだろう。余のこのたびの旅行は俗情を離れて、あくまで画工になり切るのが主意であるから、眼に入るものはことごとく画として見なければならん。能、芝居、もしくは詩中の人物としてのみ観察しなければならん。この覚悟の眼鏡めがねから、あの女をのぞいて見ると、あの女は、今まで見た女のうちでもっともうつくしい所作をする。自分でうつくしい芸をして見せると云う気がないだけに役者の所作よりもなおうつくしい。
    こんなかんがえをもつ余を、誤解してはならん。社会の公民として不適当だなどと評してはもっとも不届ふとどきである。善は行い難い、徳はほどこしにくい、節操は守り安からぬ、義のために命を捨てるのは惜しい。これらをあえてするのは何人なんびとに取っても苦痛である。その苦痛をおかすためには、苦痛に打ち勝つだけの愉快がどこかにひそんでおらねばならん。画と云うも、詩と云うも、あるは芝居と云うも、この悲酸ひさんのうちにこもる快感の別号に過ぎん。このおもむきを解し得て、始めて吾人ごじんの所作は壮烈にもなる、閑雅にもなる、すべての困苦に打ち勝って、胸中の一点の無上趣味を満足せしめたくなる。肉体の苦しみを度外に置いて、物質上の不便を物とも思わず、勇猛精進しょうじんの心をって、人道のために、※(「金+護のつくり」、第3水準1-93-41)ていかくらるるを面白く思う。もし人情なるせまき立脚地に立って、芸術の定義を下し得るとすれば、芸術は、われら教育ある士人の胸裏きょうりひそんで、じゃせいき、きょくしりぞちょくにくみし、じゃくたすきょうくじかねば、どうしてもえられぬと云う一念の結晶して、さんとして白日はくじつを射返すものである。
    芝居気があると人の行為を笑う事がある。うつくしき趣味をつらぬかんがために、不必要なる犠牲をあえてするの人情に遠きをわらうのである。自然にうつくしき性格を発揮するの機会を待たずして、無理矢理に自己の趣味観をてらうのを笑うのである。真に個中こちゅうの消息を解し得たるものの嗤うはその意を得ている。趣味の何物たるをも心得ぬ下司下郎げすげろうの、わがいやしき心根に比較していやしむに至っては許しがたい。昔し巌頭がんとうぎんのこして、五十丈の飛瀑ひばくを直下して急湍きゅうたんおもむいた青年がある。余のるところにては、彼の青年は美の一字のために、捨つべからざる命を捨てたるものと思う。死そのものはまことに壮烈である、ただその死をうながすの動機に至っては解しがたい。されども死そのものの壮烈をだに体し得ざるものが、いかにして藤村子ふじむらし所作しょさを嗤い得べき。彼らは壮烈の最後をぐるの情趣をあじわい得ざるがゆえに、たとい正当の事情のもとにも、とうてい壮烈の最後を遂げ得べからざる制限ある点において、藤村子よりは人格として劣等であるから、嗤う権利がないものと余は主張する。
    余は画工である。画工であればこそ趣味専門の男として、たとい人情世界に堕在だざいするも、東西両隣りの没風流漢ぼつふうりゅうかんよりも高尚である。社会の一員として優に他を教育すべき地位に立っている。詩なきもの、なきもの、芸術のたしなみなきものよりは、美くしき所作が出来る。人情世界にあって、美くしき所作は正である、義である、直である。正と義と直を行為の上において示すものは天下の公民の模範である。
    しばらく人情界を離れたる余は、少なくともこの旅中りょちゅうに人情界に帰る必要はない。あってはせっかくの旅が無駄になる。人情世界から、じゃりじゃりする砂をふるって、底にあまる、うつくしいきんのみを眺めて暮さなければならぬ。余みずからも社会の一員をもって任じてはおらぬ。純粋なる専門画家として、おのれさえ、纏綿てんめんたる利害の累索るいさくを絶って、ゆう画布裏がふりに往来している。いわんや山をや水をや他人をや。那美さんの行為動作といえどもただそのままの姿と見るよりほかに致し方がない。
    三丁ほどのぼると、向うに白壁の一構ひとかまえが見える。蜜柑みかんのなかの住居すまいだなと思う。道は間もなく二筋に切れる。白壁を横に見て左りへ折れる時、振り返ったら、下から赤い腰巻こしまきをした娘があがってくる。腰巻がしだいに尽きて、下から茶色のはぎが出る。脛が出切できったら、藁草履わらぞうりになって、その藁草履がだんだん動いて来る。頭の上に山桜が落ちかかる。背中には光る海をしょっている。
    岨道そばみちを登り切ると、山の出鼻でばなたいらな所へ出た。北側はみどりをたたむ春の峰で、今朝えんから仰いだあたりかも知れない。南側には焼野とも云うべき地勢が幅半丁ほど広がって、末はくずれたがけとなる。崖の下は今過ぎた蜜柑山で、村をまたいでむこうを見れば、眼に入るものは言わずも知れた青海あおうみである。
    みちは幾筋もあるが、合うては別れ、別れては合うから、どれが本筋とも認められぬ。どれも路である代りに、どれも路でない。草のなかに、黒赤い地が、見えたり隠れたりして、どの筋につながるか見分みわけのつかぬところに変化があって面白い。
    どこへ腰をえたものかと、草のなかを遠近おちこち徘徊はいかいする。えんから見たときはになると思った景色も、いざとなると存外まとまらない。色もしだいに変ってくる。草原をのそつくうちに、いつしかく気がなくなった。描かぬとすれば、地位は構わん、どこへでもすわった所がわが住居すまいである。み込んだ春の日が、深く草の根にこもって、どっかと尻をおろすと、眼に入らぬ陽炎かげろうつぶしたような心持ちがする。
    海は足の下に光る。遮ぎる雲の一片ひとひらさえ持たぬ春の日影は、あまねく水の上を照らして、いつの間にかほとぼりは波の底までみ渡ったと思わるるほど暖かに見える。色は一刷毛ひとはけ紺青こんじょうを平らに流したる所々に、しろかねの細鱗さいりんを畳んでこまやかに動いている。春の日は限り無きあめしたを照らして、天が下は限りなき水をたたえたる間には、白き帆が小指のつめほどに見えるのみである。しかもその帆は全く動かない。往昔入貢そのかみにゅうこう高麗船こまぶねが遠くから渡ってくるときには、あんなに見えたであろう。そのほかは大千だいせん世界をきわめて、照らす日の世、照らさるる海の世のみである。
    ごろりとる。帽子がひたいをすべって、やけに阿弥陀あみだとなる。所々の草を一二尺いて、木瓜ぼけの小株が茂っている。余が顔はちょうどその一つの前に落ちた。木瓜ぼけは面白い花である。枝は頑固がんこで、かつてまがった事がない。そんなら真直まっすぐかと云うと、けっして真直でもない。ただ真直な短かい枝に、真直な短かい枝が、ある角度で衝突して、しゃに構えつつ全体が出来上っている。そこへ、べにだか白だか要領を得ぬ花が安閑あんかんと咲く。やわらかい葉さえちらちら着ける。評して見ると木瓜は花のうちで、おろかにしてさとったものであろう。世間にはせつを守ると云う人がある。この人が来世らいせに生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい。
    小供のうち花の咲いた、葉のついた木瓜ぼけを切って、面白く枝振えだぶりを作って、筆架ひつかをこしらえた事がある。それへ二銭五厘の水筆すいひつを立てかけて、白い穂が花と葉の間から、隠見いんけんするのを机へせて楽んだ。その日は木瓜ぼけ筆架ひつかばかり気にして寝た。あくる日、眼がめるやいなや、飛び起きて、机の前へ行って見ると、花はえ葉は枯れて、白い穂だけが元のごとく光っている。あんなに奇麗なものが、どうして、こう一晩のうちに、枯れるだろうと、その時は不審ふしんの念にえなかった。今思うとその時分の方がよほど出世間的しゅっせけんてきである。
    るや否や眼についた木瓜は二十年来の旧知己である。見詰めているとしだいに気が遠くなって、いい心持ちになる。また詩興が浮ぶ。
    寝ながら考える。一句を得るごとに写生帖にしるして行く。しばらくして出来上ったようだ。始めから読み直して見る。

    出門多所思。春風吹吾衣。芳草生車轍。廃道入霞微。停※(「筑」の「凡」に代えて「卩」、第3水準1-89-60)而矚目。万象帯晴暉。聴黄鳥宛転。観落英紛霏。行尽平蕪遠。題詩古寺扉。孤愁高雲際。大空断鴻帰。寸心何窈窕。縹緲忘是非。三十我欲老。韶光猶依々。逍遥随物化。悠然対芬菲。

    ああ出来た、出来た。これで出来た。寝ながら木瓜をて、世の中を忘れている感じがよく出た。木瓜が出なくっても、海が出なくっても、感じさえ出ればそれで結構である。とうなりながら、喜んでいると、エヘンと云う人間の咳払せきばらいが聞えた。こいつは驚いた。
    寝返ねがえりをして、声の響いた方を見ると、山の出鼻を回って、雑木ぞうきの間から、一人の男があらわれた。
    茶の中折なかおれをかぶっている。中折れの形はくずれて、かたむへりの下から眼が見える。眼の恰好かっこうはわからんが、たしかにきょろきょろときょろつくようだ。あい縞物しまものの尻を端折はしょって、素足すあしに下駄がけのちは、何だか鑑定がつかない。野生やせいひげだけで判断するとまさに野武士のぶしの価値はある。
    男は岨道そばみちを下りるかと思いのほか、曲り角からまた引き返した。もと来た路へ姿をかくすかと思うと、そうでもない。またあるき直してくる。この草原を、散歩する人のほかに、こんなに行きつ戻りつするものはないはずだ。しかしあれが散歩の姿であろうか。またあんな男がこの近辺きんぺんに住んでいるとも考えられない。男は時々立ちどまる。首を傾ける。または四方を見廻わす。大に考え込むようにもある。人を待ち合せる風にも取られる。何だかわからない。
    余はこの物騒ぶっそうな男から、ついに吾眼をはなす事ができなかった。別に恐しいでもない、またにしようと云う気も出ない。ただ眼をはなす事ができなかった。右から左、左りから右と、男に添うて、眼を働かせているうちに、男ははたと留った。留ると共に、またひとりの人物が、余が視界に点出てんしゅつされた。
    二人は双方そうほうで互に認識したように、しだいに双方から近づいて来る。余が視界はだんだんちぢまって、原の真中で一点のせまき間にたたまれてしまう。二人は春の山をに、春の海を前に、ぴたりと向き合った。
    男は無論例の野武士のぶしである。相手は? 相手は女である。那美なみさんである。
    余は那美さんの姿を見た時、すぐ今朝の短刀を連想した。もしやふところんでおりはせぬかと思ったら、さすが非人情ひにんじょうの余もただ、ひやりとした。
    男女は向き合うたまま、しばらくは、同じ態度で立っている。動く景色けしきは見えぬ。口は動かしているかも知れんが、言葉はまるで聞えぬ。男はやがて首をれた。女は山の方を向く。顔は余の眼に入らぬ。
    山ではうぐいすく。女は鶯に耳を借して、いるとも見える。しばらくすると、男はきっと、垂れた首を挙げて、なかくびすめぐらしかける。尋常のさまではない。女はさっと体を開いて、海の方へ向き直る。帯の間から頭を出しているのは懐剣かいけんらしい。男は昂然こうぜんとして、行きかかる。女は二歩ふたあしばかり、男の踵をうて進む。女は草履ぞうりばきである。男のとまったのは、呼び留められたのか。振り向く瞬間に女の右手めては帯の間へ落ちた。あぶない!
    するりと抜け出たのは、九寸五分かと思いのほか、財布さいふのような包み物である。差し出した白い手の下から、長いひもがふらふらと春風しゅんぷうに揺れる。
    片足を前に、腰から上を少しそらして、差し出した、白い手頸てくびに、紫の包。これだけの姿勢で充分にはなろう。
    紫でちょっと切れた図面が、二三寸の間隔をとって、振り返る男のたいのこなし具合で、うまい按排あんばいにつながれている。不即不離ふそくふりとはこの刹那せつなの有様を形容すべき言葉と思う。女は前を引く態度で、男はしりえに引かれた様子だ。しかもそれが実際に引いてもひかれてもおらん。両者のえんは紫の財布の尽くる所で、ふつりと切れている。
    二人の姿勢がかくのごとく美妙びみょうな調和をたもっていると同時に、両者の顔と、衣服にはあくまで、対照が認められるから、画として見ると一層の興味が深い。
    のずんぐりした、色黒の、ひげづらと、くっきりしまった細面ほそおもてに、えりの長い、撫肩なでがたの、華奢きゃしゃ姿。ぶっきらぼうに身をひねった下駄がけの野武士と、不断着ふだんぎ銘仙めいせんさえしなやかに着こなした上、腰から上を、おとなしくり身に控えたる痩形やさすがた。はげた茶の帽子に、藍縞あいじま尻切しりき出立でだちと、陽炎かげろうさえ燃やすべき櫛目くしめの通ったびんの色に、黒繻子くろじゅすのひかる奥から、ちらりと見せた帯上おびあげの、なまめかしさ。すべてが好画題こうがだいである。
    男は手を出して財布を受け取る。引きつ引かれつたくみに平均を保ちつつあった二人の位置はたちまちくずれる。女はもう引かぬ、男は引かりょうともせぬ。心的状態が絵を構成する上に、かほどの影響を与えようとは、画家ながら、今まで気がつかなかった。
    二人は左右へ分かれる。双方に気合きあいがないから、もう画としては、支離滅裂しりめつれつである。雑木林ぞうきばやしの入口で男は一度振り返った。女はあとをも見ぬ。すらすらと、こちらへ歩行あるいてくる。やがて余の真正面ましょうめんまで来て、
    「先生、先生」
    二声ふたこえ掛けた。これはしたり、いつ目付めっかったろう。
    「何です」
    と余は木瓜ぼけの上へ顔を出す。帽子は草原へ落ちた。
    「何をそんな所でしていらっしゃる」
    「詩を作ってていました」
    「うそをおっしゃい。今のを御覧でしょう」
    「今の? 今の、あれですか。ええ。少々拝見しました」
    「ホホホホ少々でなくても、たくさん御覧なさればいいのに」
    「実のところはたくさん拝見しました」
    「それ御覧なさい。まあちょっと、こっちへ出ていらっしゃい。木瓜の中から出ていらっしゃい」
    余は唯々いいとして木瓜の中から出て行く。
    「まだ木瓜の中に御用があるんですか」
    「もう無いんです。帰ろうかとも思うんです」
    「それじゃごいっしょに参りましょうか」
    「ええ」
    余は再び唯々として、木瓜の中に退しりぞいて、帽子をかぶり、絵の道具をまとめて、那美さんといっしょにあるき出す。
    「画を御描きになったの」
    「やめました」
    「ここへいらしって、まだ一枚も御描きなさらないじゃありませんか」
    「ええ」
    「でもせっかく画をかきにいらしって、ちっとも御かきなさらなくっちゃ、つまりませんわね」
    「なにつまってるんです」
    「おやそう。なぜ?」
    「なぜでも、ちゃんとつまるんです。画なんぞいたって、描かなくったって、つまるところはおんなじ事でさあ」
    「そりゃ洒落しゃれなの、ホホホホ随分呑気のんきですねえ」
    「こんな所へくるからには、呑気にでもしなくっちゃ、来た甲斐かいがないじゃありませんか」
    「なあにどこにいても、呑気にしなくっちゃ、生きている甲斐はありませんよ。私なんぞは、今のようなところを人に見られてもはずかしくも何とも思いません」
    「思わんでもいいでしょう」
    「そうですかね。あなたは今の男をいったい何だと御思いです」
    「そうさな。どうもあまり、金持ちじゃありませんね」
    「ホホホくあたりました。あなたはうらないの名人ですよ。あの男は、貧乏して、日本にいられないからって、私に御金を貰いに来たのです」
    「へえ、どこから来たのです」
    城下じょうかから来ました」
    「随分遠方から来たもんですね。それで、どこへ行くんですか」
    「何でも満洲へ行くそうです」
    「何しに行くんですか」
    「何しに行くんですか。御金を拾いに行くんだか、死にに行くんだか、分りません」
    この時余は眼をあげて、ちょと女の顔を見た。今結んだ口元には、かすかなる笑の影が消えかかりつつある。意味はせぬ。
    「あれは、わたくしの亭主です」
    迅雷じんらいおおうにいとまあらず、女は突然として一太刀ひとたち浴びせかけた。余は全く不意撃ふいうちった。無論そんな事を聞く気はなし、女も、よもや、ここまでさらけ出そうとは考えていなかった。
    「どうです、驚ろいたでしょう」と女が云う。
    「ええ、少々驚ろいた」
    「今の亭主じゃありません、離縁りえんされた亭主です」
    「なるほど、それで……」
    「それぎりです」
    「そうですか。――あの蜜柑山みかんやまに立派な白壁の家がありますね。ありゃ、いい地位にあるが、誰のうちなんですか」
    「あれが兄の家です。帰り路にちょっと寄って、行きましょう」
    「用でもあるんですか」
    「ええちっと頼まれものがあります」
    「いっしょに行きましょう」
    岨道そばみちの登り口へ出て、村へ下りずに、すぐ、右に折れて、また一丁ほどを登ると、門がある。門から玄関へかからずに、すぐ庭口へ廻る。女が無遠慮につかつか行くから、余も無遠慮につかつか行く。南向きの庭に、棕梠しゅろが三四本あって、土塀どべいの下はすぐ蜜柑畠である。
    女はすぐ、椽鼻えんばなへ腰をかけて、云う。
    「いい景色だ。御覧なさい」
    「なるほど、いいですな」
    障子のうちは、静かに人の気合けあいもせぬ。女はおとのう景色もない。ただ腰をかけて、蜜柑畠を見下みおろして平気でいる。余は不思議に思った。元来何の用があるのかしら。
    しまいには話もないから、両方共無言のままで蜜柑畠を見下している。せまる太陽は、まともに暖かい光線を、山一面にあびせて、眼に余る蜜柑の葉は、葉裏まで、かえされて耀かがやいている。やがて、裏の納屋なやの方で、鶏が大きな声を出して、こけこっこううと鳴く。
    「おやもう。御午おひるですね。用事を忘れていた。――久一きゅういちさん、久一さん」
    女はおよごしになって、立て切った障子しょうじを、からりとける。内はむなしき十畳敷に、狩野派かのうは双幅そうふくが空しく春のとこを飾っている。
    「久一さん」
    納屋なやの方でようやく返事がする。足音がふすまむこうでとまって、からりと、くが早いか、白鞘しらさや短刀たんとうが畳の上へころがり出す。
    「そら御伯父おじさんの餞別せんべつだよ」
    帯の間に、いつ手が這入はいったか、余は少しも知らなかった。短刀は二三度とんぼ返りを打って、静かな畳の上を、久一さんの足下あしもとへ走る。作りがゆる過ぎたと見えて、ぴかりと、寒いものが一すんばかり光った。

    青空文庫より

  • 小川未明「金の輪」駒形美英朗読

    6.68 Jul 19, 2018

    +目次

    太郎は長いあいだ、病気びょうきでふしていましたが、ようやくとこからはなれて出られるようになりました。けれどまだ三月の末で、朝と晩には寒いことがありました。
    だから、日のあたっているときには、外へ出てもさしつかえなかったけれど、晩がたになると早く家へはいるように、おかあさんからいいきかされていました。
    まだ、さくらの花も、ももの花も咲くには早うございましたけれど、うめだけが、かきねのきわに咲いていました。そして、雪もたいてい消えてしまって、ただ大きな寺のうらや、はたけのすみのところなどに、いくぶんか消えずにのこっているくらいのものでありました。
    太郎は、外に出ましたけれど、往来おうらいにはちょうど、だれも友だちが遊んでいませんでした。みんな天気がよいので、遠くの方まで遊びに行ったものとみえます。もし、この近所であったら、自分も行ってみようと思って、耳をすましてみましたけれど、それらしい声などはきこえなかったのであります。
    ひとりしょんぼりとして、太郎は家のまえに立っていましたが、畑には去年とりのこした野菜やさいなどが、新しくみどり色の芽をふきましたので、それを見ながら細い道を歩いていました。
    すると、よい金の輪のふれあう音がして、ちょうどすずを鳴らすようにきこえてきました。
    かなたを見ますと、往来の上をひとりの少年が、輪をまわしながら、走ってきました。そして、その輪は金色きんいろに光っていました。太郎は目を見はりました。かつてこんなに美しく光る輪を見なかったからであります。しかも、少年のまわしてくる金の輪は二つで、それがたがいにふれあって、よい音色ねいろをたてるのであります。太郎はかつてこんなに手ぎわよく輪をまわす少年を見たことがありません。いったいだれだろうと思って、かなたの往来を走って行く少年の顔をながめましたが、まったく見おぼえのない少年でありました。
    この知らぬ少年は、その往来をすぎるときに、ちょっと太郎の方をむいて微笑びしょうしました。ちょうど知った友だちにむかってするように、なつかしげに見えました。

    輪をまわして行く少年のすがたは、やがて白い道の方に消えてしまいました。けれど、太郎はいつまでも立って、そのゆくえを見まもっていました。
    太郎は、「だれだろう。」と、その少年のことを考えました。いつこの村へこしてきたのだろう? それとも遠い町の方から、遊びにきたのだろうかと思いました。
    あくる日の午後、太郎はまた畑の中に出てみました。すると、ちょうどきのうとおなじ時刻じこくに輪の鳴る音がきこえてきました。太郎はかなたの往来を見ますと、少年が二つの輪をまわして、走ってきました。その輪は金色にかがやいて見えました。少年はその往来をすぎるときに、こちらをむいて、きのうよりもいっそうなつかしげに、ほおえんだのであります。そして、なにかいいたげなようすをして、ちょっとくびをかしげましたが、ついそのまま行ってしまいました。
    太郎は畑の中に立って、しょんぼりとして、少年のゆくえを見おくりました。いつしかそのすがたは、白い道のかなたに消えてしまったのです。けれど、いつまでもその少年の白い顔と、微笑とが太郎の目にのこっていて、とれませんでした。
    「いったい、だれだろう。」と、太郎はふしぎに思えてなりませんでした。今まで一ども見たことがない少年だけれど、なんとなくいちばんしたしい友だちのような気がしてならなかったのです。
    あしたばかりは、ものをいってお友だちになろうと、いろいろ空想をえがきました。やがて、西の空が赤くなって、日暮れがたになりましたから、太郎は家の中にはいりました。
    その晩、太郎は母親にむかって、二日もおなじ時刻に、金の輪をまわして走っている少年のことを語りました。母親は信じませんでした。
    太郎は、少年と友だちになって、自分は少年から金の輪を一つわけてもらって、往来の上をふたりでどこまでも走って行くゆめを見ました。そして、いつしかふたりは、赤い夕やけ空の中にはいってしまった夢をみました。
    あくる日から、太郎はまたねつが出ました。そして、二三日めに七つでなくなりました。

  • 小泉八雲 田部隆次訳 「雪女 YUKI-ONNA」小宮千明朗読

    13.48 Jul 14, 2018

    雪女

    YUKI-ONNA

    小泉八雲

    田部隆次訳

    武蔵の国のある村に茂作、巳之吉と云う二人の木こりがいた。この話のあった時分には、茂作は老人であった。そして、彼の年季奉公人であった巳之吉は、十八の少年であった。毎日、彼等は村から約二里離れた森へ一緒に出かけた。その森へ行く道に、越さねばならない大きな河がある。そして、渡し船がある。渡しのある処にたびたび、橋が架けられたが、その橋は洪水のあるたびごとに流された。河の溢れる時には、普通の橋では、その急流を防ぐ事はできない。

    茂作と巳之吉はある大層寒い晩、帰り途で大吹雪に遇った。渡し場に着いた、渡し守は船を河の向う側に残したままで、帰った事が分った。泳がれるような日ではなかった。それで木こりは渡し守の小屋に避難した――避難処の見つかった事を僥倖に思いながら。小屋には火鉢はなかった。火をたくべき場処もなかった。窓のない一方口の、二畳敷の小屋であった。茂作と巳之吉は戸をしめて、蓑をきて、休息するために横になった。初めのうちはさほど寒いとも感じなかった。そして、嵐はじきに止むと思った。
    老人はじきに眠りについた。しかし、少年巳之吉は長い間、目をさましていて、恐ろしい風や戸にあたる雪のたえない音を聴いていた。河はゴウゴウと鳴っていた。小屋は海上の和船のようにゆれて、ミシミシ音がした。恐ろしい大吹雪であった。空気は一刻一刻、寒くなって来た、そして、巳之吉は蓑の下でふるえていた。しかし、とうとう寒さにも拘らず、彼もまた寝込んだ。
    彼は顔に夕立のように雪がかかるので眼がさめた。小屋の戸は無理押しに開かれていた。そして雪明かりで、部屋のうちに女、――全く白装束の女、――を見た。その女は茂作の上に屈んで、彼に彼女の息をふきかけていた、――そして彼女の息はあかるい白い煙のようであった。ほとんど同時に巳之吉の方へ振り向いて、彼の上に屈んだ。彼は叫ぼうとしたが何の音も発する事ができなかった。白衣の女は、彼の上に段々低く屈んで、しまいに彼女の顔はほとんど彼にふれるようになった、そして彼は――彼女の眼は恐ろしかったが――彼女が大層綺麗である事を見た。しばらく彼女は彼を見続けていた、――それから彼女は微笑した、そしてささやいた、――『私は今ひとりの人のように、あなたをしようかと思った。しかし、あなたを気の毒だと思わずにはいられない、――あなたは若いのだから。……あなたは美少年ね、巳之吉さん、もう私はあなたを害しはしません。しかし、もしあなたが今夜見た事を誰かに――あなたの母さんにでも――云ったら、私に分ります、そして私、あなたを殺します。……覚えていらっしゃい、私の云う事を』
    そう云って、向き直って、彼女は戸口から出て行った。その時、彼は自分の動ける事を知って、飛び起きて、外を見た。しかし、女はどこにも見えなかった。そして、雪は小屋の中へ烈しく吹きつけていた。巳之吉は戸をしめて、それに木の棒をいくつか立てかけてそれを支えた。彼は風が戸を吹きとばしたのかと思ってみた、――彼はただ夢を見ていたかもしれないと思った。それで入口の雪あかりの閃きを、白い女の形と思い違いしたのかもしれないと思った。しかもそれもたしかではなかった。彼は茂作を呼んでみた。そして、老人が返事をしなかったので驚いた。彼は暗がりへ手をやって茂作の顔にさわってみた。そして、それが氷である事が分った。茂作は固くなって死んでいた。……

    あけ方になって吹雪は止んだ。そして日の出の後少ししてから、渡し守がその小屋に戻って来た時、茂作の凍えた死体の側に、巳之吉が知覚を失うて倒れているのを発見した。巳之吉は直ちに介抱された、そして、すぐに正気に帰った、しかし、彼はその恐ろしい夜の寒さの結果、長い間病んでいた。彼はまた老人の死によってひどく驚かされた。しかし、彼は白衣の女の現れた事については何も云わなかった。再び、達者になるとすぐに、彼の職業に帰った、――毎朝、独りで森へ行き、夕方、木の束をもって帰った。彼の母は彼を助けてそれを売った。

    翌年の冬のある晩、家に帰る途中、偶然同じ途を旅している一人の若い女に追いついた。彼女は背の高い、ほっそりした少女で、大層綺麗であった。そして巳之吉の挨拶に答えた彼女の声は歌う鳥の声のように、彼の耳に愉快であった。それから、彼は彼女と並んで歩いた、そして話をし出した。少女は名は「お雪」であると云った。それからこの頃両親共なくなった事、それから江戸へ行くつもりである事、そこに何軒か貧しい親類のある事、その人達は女中としての地位を見つけてくれるだろうと云う事など。巳之吉はすぐにこの知らない少女になつかしさを感じて来た、そして見れば見るほど彼女が一層綺麗に見えた。彼は彼女に約束の夫があるかと聞いた、彼女は笑いながら何の約束もないと答えた。それから、今度は、彼女の方で巳之吉は結婚しているか、あるいは約束があるかと尋ねた、彼は彼女に、養うべき母が一人あるが、お嫁の問題は、まだ自分が若いから、考えに上った事はないと答えた。……こんな打明け話のあとで、彼等は長い間ものを云わないで歩いた、しかし諺にある通り『気があれば眼も口ほどにものを云い』であった。村に着く頃までに、彼等はお互に大層気に入っていた。そして、その時巳之吉はしばらく自分の家で休むようにとお雪に云った。彼女はしばらくはにかんでためらっていたが、彼と共にそこへ行った。そして彼の母は彼女を歓迎して、彼女のために暖かい食事を用意した。お雪の立居振舞は、そんなによかったので、巳之吉の母は急に好きになって、彼女に江戸への旅を延ばすように勧めた。そして自然の成行きとして、お雪は江戸へは遂に行かなかった。彼女は「お嫁」としてその家にとどまった。

    お雪は大層よい嫁である事が分った。巳之吉の母が死ぬようになった時――五年ばかりの後――彼女の最後の言葉は、彼女の嫁に対する愛情と賞賛の言葉であった、――そしてお雪は巳之吉に男女十人の子供を生んだ、――皆綺麗な子供で色が非常に白かった。
    田舎の人々はお雪を、生れつき自分等と違った不思議な人と考えた。大概の農夫の女は早く年を取る、しかしお雪は十人の子供の母となったあとでも、始めて村へ来た日と同じように若くて、みずみずしく見えた。
    ある晩子供等が寝たあとで、お雪は行燈の光で針仕事をしていた。そして巳之吉は彼女を見つめながら云った、――
    『お前がそうして顔にあかりを受けて、針仕事をしているのを見ると、わしが十八の少年の時遇った不思議な事が思い出される。わしはその時、今のお前のように綺麗なそして色白な人を見た。全く、その女はお前にそっくりだったよ』……
    仕事から眼を上げないで、お雪は答えた、――
    『その人の話をしてちょうだい。……どこでおあいになったの』
    そこで巳之吉は渡し守の小屋で過ごした恐ろしい夜の事を彼女に話した、――そして、にこにこしてささやきながら、自分の上に屈んだ白い女の事、――それから、茂作老人の物も云わずに死んだ事。そして彼は云った、――
    『眠っている時にでも起きている時にでも、お前のように綺麗な人を見たのはその時だけだ。もちろんそれは人間じゃなかった。そしてわしはその女が恐ろしかった、――大変恐ろしかった、――がその女は大変白かった。……実際わしが見たのは夢であったかそれとも雪女であったか、分らないでいる』……
    お雪は縫物を投げ捨てて立ち上って巳之吉の坐っている処で、彼の上に屈んで、彼の顔に向って叫んだ、――
    『それは私、私、私でした。……それは雪でした。そしてその時あなたが、その事を一言でも云ったら、私はあなたを殺すと云いました。……そこに眠っている子供等がいなかったら、今すぐあなたを殺すのでした。でも今あなたは子供等を大事に大事になさる方がいい、もし子供等があなたに不平を云うべき理由でもあったら、私はそれ相当にあなたを扱うつもりだから』……
    彼女が叫んでいる最中、彼女の声は細くなって行った、風の叫びのように、――それから彼女は輝いた白い霞となって屋根の棟木の方へ上って、それから煙出しの穴を通ってふるえながら出て行った。……もう再び彼女は見られなかった。

  • 渡辺温「風船美人」駒形美英朗読

    25.27 Jul 10, 2018

    風船美人

    渡辺温

    上野の博覧会で軽気球が上げられた。軽気球はまるで古風な銅版画の景色の如く、青々と光るはつ夏の大空に浮かんだ。
    この軽気球はそもそも商店の広告なぞではなく、一時間一円で博覧会のお客を乗せる目的から備えつけられたものである。
    私は非常に幼い頃、父に連れられて、何かの博覧会を見物したが、その時の会場には大きなフェアリイ・ランドがあって、観覧車やウォタア・シュウトなぞの新奇な乗物とともに、やはり軽気球がお客を満載して上野の杜の天辺に浮かんでいた。(風船なんて危いものはもっての外だ――)と云って、年寄の父はいくら私が強請せがんでも乗らしてくれなかった。それ以後「風船」は私の最も大きな願望の一つとなった。何もない中空で、一片の雲のように易々と、停っていられると云う道理は、人生の曙に於いて、はじめて私が直面した記念すべき謎であった。
    二十年も過ぎて、乗物の風船が、再び現われた。
    私は久しい宿望を叶えられる喜びのあまり、お天気の日ならば必らず博覧会の門をくぐった。
    風船は、併しちっとも人気がなかった。
    私の幼い心と共に最早や時世から取残されてしまったものと見える。一月と経たない中に、日にたった数人のお客しか呼べない場合があった。
    私はそれで、それをば幸いに、殆ど自分がその風船の主ででもあるかのように、寛いだ気持で空の楽しい一時間を費すことが出来た。
    地上五百米突メートルの高さから見晴した文明都市の光景は、それこそ一番素晴らしいパノラマの眺めである。凡そあらゆる速力と物音とを失って、麗らかな日ざしを宿したうす塵埃ぼこりのかげろうの底で、静かに蠕動するそのたあいもない姿を、私はこの上もなく愛した。

    私は搭乗券を売る娘と顔なじみになった。
    私たちはお互に挨拶をした。
    ――正直なところ、なんだってそう毎日々々、こんな風船に乗りにいらっしゃるのだか、あたしにはもうすっかり考えようがなくなってしまったわ。」
    或る日、その娘は、軽気球から降りて帰りかけた私をとらえて、そう云った。
    ――それは、君に会いたいばかりにさ。」と私は答えた。
    ――まあ! 憎いことを仰有るのね。でもあたし、はじめは鳥渡そんな気がしないでもなかったけれど。ふ、ふ、ふ、ふ……。」
    娘は蓮葉な声で笑いかけたのを周章てて呑み込むと、居住いを直しながら、低声こごえで私に注意した。
    ――おや、あなたの相棒がいらしたわよ。」
    この上天気に雨傘を携えた丈の高い西洋人が私共の方へ近づいて来た。西洋人もまた軽気球に乗りに来たのであった。
    私は彼の雨傘とそれから灰色の立派な顎髯とに見憶えがあった。私はびっくりして娘に訊ねた。
    ――あの異人さんも、時々来るのかね?」
    ――毎日いらっしゃるわ。だから、あなたの相棒だって、そう云うの。」
    ――はてな?」
    ――ことによると、やっぱりあたしを張ってるのかもわからないわね。ふ、ふ、ふ、ふ……。」
    ――僕は、あしたから、あの異人さんと一緒に乗せて貰うよ。」と私は云った。
    私は帰る途々、西洋人について仔細に考えてみた。そう云われればなる程、恰度この位の時間に帰るおりなら、会場の出口迄の間の何処かで、大抵その人と出会ったように思われた。私はただ、博覧会の事務所にでも関係のある人だろう位に考えて、別して深く気をとめたこともなかったが。――どうも、西洋人ともあろうものが、しかもあの年輩をして、風船なぞへ乗って楽しむなんて、なかなか信じ難い話だ。何か重大なる理由がなくては叶わぬ。……

    翌日私はわざと何時もより一回分、つまり一時間だけ遅らせて行った。
    ――異人さん、もう乗っていらっしやるわよ。」
    と娘に教えられる迄もなく、私は切符を買いながらそっと、軽気球の籠をまたぎかけている背の延びた岱赭色たいしゃいろの洋服を見てとった、私はいそいそとそのあとに従った。
    私と西洋人との他に、丸髷に結った田舎者らしい女の人が、少しばかり蒼ざめた顔をして、その連れの中学生と二人で乗っていた。
    西洋人は籠の外へ顔をそらした儘、パイプの煙草を吸った。
    やがて、新しい瓦斯を充満した軽気球は砂袋を落として、静かに身をゆすぶりながら上騰しはじめた。すると丸髷の女の人は声を立てて中学生の肩へしがみついた。そのために、均合をはずした籠がドシンと大きく傾いたので、西洋人もおどろいて振り返った。
    西洋人は無精髯を一っぱい生やしていたが、それでもツルゲエネフのような優しい顔であった。そして薄い茶色の眼は、ひょっとしたら愁しげな光を含んでいるように、私は感じた。
    ――おろしてくんねえかな!」と丸髷の女の人は泣き出しそうになって云った。
    ――駄目だよ。いごくから余計と揺れるんだ。ちっともおっかねえもんかね。」と中学生は狼狽うろたえて相手を叱った。だが、中学生もやっぱり、茫漠と涯しもない天空のただ中で、小さな籠一つへ身を托したことが、そぞろ恐ろしくなって来たに違いなく、歯の根をカチカチ鳴らしていた。
    ――じっとして坐っていらっしやい。もっと高く上ってしまうと、却って怖くなくなりますよ。」と私が二人をなぐさめると、西洋人はちらりと私の方を見たようであった。
    軽気球はそれを繋留する綱の長さだけ上りつくして、さて止った。空の上のことだから、どんな日和にしても、必ず目に見えない風が流れていて、私共もそれに従って右や左に多少は揺られるのであった。田舎の女の人と中学生とはすっかり勇気をなくしてしまって、籠の底に坐ったまま到頭起き上がろうとしなかった。
    西洋人は、上衣の下へ斜めに懸けた革のサックから双眼鏡をとり出して下界を眺めた。けれどもそれは単なる風光の見晴しが目的ではなく、正しく何か探し物をしているのであった。細長い指を苛立たしげに慄わせて、幾度となく焦点を更えては、何時迄も、何時迄も、大東京の市街の表に刻まれた一つ一つの物蔭を丹念に漁るつもりらしかった。
    私は、自分の娯しみを全く等閑なおざりにして、ひたすら西洋人の態度をぬすみみた。だが、そのツァイスの精巧なレンズの目標が、果してどの見当であるかさえ、皆目推量もつかなかった。
    ――一体全体どんな情景をこのブリキとカンナ屑の都から摘出しようとこころみているのかしら?……

    その翌日も、私は西洋人と一緒に風船へ乗った。西洋人は矢張り双眼鏡ばかり覗いた。
    そして更に、その翌日も全く同じ事が繰り返された。
    その次の日も。
    次の日も。
    …………

    私の好奇心は加速度的に膨れ上って、遂にはこの西洋人は何処かの軍事探偵ではないかしらと云う容易ならぬ仮想迄発展して行った。こうなると最早や私一個の風船に対するあどけない興味なぞは心の隅に追い込められてしまった。
    西洋人の方でも、私を訝しく思ったに違いない。一日、西洋人はためらいながら口を開いた。
    ――毎日同じ時間にお目にかかりますね。」
    ――為事しごとの都合でこれ以上早くは来られないのです。」と私は答えた。
    ――軽気球をそれ程お好きですか?」
    ――そうです。軽気球から眺めた景色はどんな上手な風景画よりも美しいと思います。」
    ――天国により近いせいで、地上のすべての汚れが浄められて見えるかも知れませんね。」そう云って西洋人は微笑した。
    私は思い切って訊き返した。
    ――それでは、あなたの毎日探して居られる秘密について教えて下さい。」
    すると西洋人は忽ち狼狽した。
    ――いやいや、これだけはうっかりお話しするわけに参りません、そう、しいて云うならば地上の宝です。は、は、は、は……」
    彼はそれからふいと慍ったような顔をして、くるりと背中を向けると、再び双眼鏡を覗きはじめた。
    だが、その後間もなく、私は途方もない不徳な誤解を、西洋人に対して抱いていることを知るに致った。
    軍事探偵なぞと云うものは、内気なツルゲエネフのような顔をしていたり、またそんな子供の運動帽子みたいな色彩をした風船に乗っていたりするものではない――と私は、心のうちでひそかにくやんだことであった。

    開期三ヶ月の博覧会も終りに近づくと、季節はだんだん梅雨時へかかって来た。雨が降れば勿論軽気球は上がらなかった。そして私はしめった不健康な家の中で、まるで羽衣を失った天人のように、みじめに圧しつぶされて、所在なく寝ころんでいるばかりであった。
    朝の中は薄日が当っていても、午後になって欝陶しいつゆ空に変って、やがてビショビショと降り初めると、軽気球は折角出かけて行った私共の前で悲しくつぼんでしまうようなことさえ幾度かあった。私と西洋人とは、諦め難く、永い間どんな小さな雲の切れ目でも見付け出そうとして待ちあぐんだ果に、いよいよ本降りになった雨の中をお互に慰さめ合うような苦笑を洩しながら肩をならべて帰った。
    彼がスフィンクスであったにしても、私共はともかくその位の親密な体裁にはいきおいならざるを得なかった。ミハエル某と云う彼の名前も私はおぼえた。
    その日もひどく覚束ない空模様で、天気予報も雨天を報じているのに拘らず未練がましく出かけて行った私が、電車を降りた時にはすでに、霧雨がしんしんと不忍池の面をこめて降っていた。私はレインコオトの襟を立て、池の縁にあるからたちの垣根の前にぼんやり佇んだが、すぐに電車道に沿って色の褪せた博覧会の正門の方から、洋傘を阿弥陀に傾けながら、私の方へ向かって歩いて来る我がミハエルの姿が目に入った。先方では私に気がついたらしく、何時もするように優しく微笑してうなずいて見せた。
    私共は一本の傘に入って山下の方へ出た。
    ――今夜おひまですか?」とミハエルはふとそんなことを訊いた。
    ――ええ、別に。」と私は答えた。
    ――それでは、今晩はお酒を飲みましょう。」
    ――いいですね。」
    私は彼の唐突な言葉に些か驚いたが、彼と一晩酒をのんでいろいろ語り合うことはもとより願うところであった。
    私共はそれから、程近い郊外にある私の心やすい小いさな酒場バアへ行った。雨が降っているし、学生は大方試験最中だし、酒場は静かであった。
    私共は、可愛い男刈りの頭をした女の子に、我々がえくぼウイスキイと呼んでいる先ず上等の種類のウイスキイを誂えて飲んだ。
    ――あしたも雨でしょうか?」と私が云えば、
    ――怪しいもんですね。」とミハエルは答えた
    ――博覧会もあと一週間きりですが、運が悪いとこれっきり晴れずにしまうかも知れませんな。」
    ――ああ!」ミハエルは、何杯目かのグラスを一気に飲み干して、大きな溜息を吐いた。
    ――で、結局あなたの地上の宝とやらは見つからないのですか?」と私は切り出した。
    するとミハエルの眼に、急に大きな泪が溢れて、それが白い滑かな頬を伝って、茫々たる髯の中へ流れ込んだ。
    ――酔っぱらいましたね。」と私は笑った。
    ――酔っぱらいました、そこで私は私の地上の宝について、いよいよあなたにお話して差し上げようと思うのです。」と彼は云った。
    ――有難う。もう一杯おあがりなさい。」
    私は彼のグラスへ新しくウイスキイを注がせた。
    ――これは恋の話です。」と彼は云った。「地上の宝とは、それこそ天地に掛け更えもない、私のたった一人の恋人なのです。」
    ――恋物語だったのですか――なんとねえ!」と私は少からず面喰った。
    ――神様の啓示です。聞いて下さい。……もう殆ど三月も前のことですが、故国から訪ねて来た友達を案内して、瀬戸内海の方へ見物旅行に出かけるつもりだったので、M百貨店へ行って買物をしてついでに双眼鏡を一つ買いました。そして、その買いたての双眼鏡をもって、私はM百貨店の屋上から初覗きに東京中の景色を眺めまわしてみました。晴れた日の午さがりで、大きな貨物船の沢山浮かんだ碧い品川の海や、数え切れない程の煙突や、とたん屋根や、洗濯物が一っぱいかかっている物干しや、いろんなものが見えました。上野の山の青空に風船が浮かんで、その下に散りかけた桜の花が煤けた古綿のように汚ならしく見えました。それから、その次にレンズを動かしたはずみに、大ぜいの市井まちの人々の姿が映りました、その中に、ふと私は非常に綺麗な娘さんの顔を見つけました。純然たる日本の髪を結った少女で、東洋的美しさの典型とも云いたい、仏さまのような優しい清らかな顔でした。私は一眼見てはげしく心を打たれてしまいました。たとえようもない無二無三な恋慕の情がするどく胸をかきむしりました。私は幾度もピントを合せ直しました、併し、あまり焦立ったために、却って最初の正しい焦点をなくして一層うろたえている中に、情ないことにも、彼女の姿はやがて行き交う人々の蔭へかくれてしまいました。そして、どんなに追求しても無駄でした。私はあらゆる努力を払って彼女をもう一度探し出そうと固く決心しました。それで瀬戸内海行も中止してその日以来、縁あるものならば永い間には再び会えぬ筈はないと信じて、M百貨店の屋根で、その日と同じ刻限には必ず見張りに立つことにしたのです。が、考えて見れば、彼女の姿の見えたところが上野の方向に当っていたことだけは確なのだから、これは博覧会の風船の方がずっと有利であると覚って、早速計画を変更して軽気球へ乗りました。けれども一月経っても、二月経っても、私の果敢ない恋が何の報いられるところもなかったことは御存知の通りです。博覧会はいよいよおしまいになります。今更M百貨店の屋上へもどる勇気も失せてしまいました。私の恋としたことがたとえばシベリアの大森林の中へ落下してそのまま落葉の底深く永遠に埋もれてしまった隕石の運命の如くに、よくよく不仕合せなものかも知れません。」
    西洋人はすすり泣きに泣いた。
    ――それは、それは……」とそう云って私もつい悲しくなった。
    私はよろめきながら周章てて立ち上って女の子を呼んだ。
    ――おけいちゃん、おけいちゃん! えくぼウイスキイのお代りじや!」

    博覧会の閉会の日は、珍しく日本晴のお天気であった。晴れさえすれば、もう真夏の紺青の空が目にしみて輝き渡るのである。
    軽気球も千秋楽ではあるし、久し振りで、だんだら染の伊達な姿を景気よく天へ浮かべた。
    私と西洋人とは軽気球の上で握手した。
    ――もうすっかり諦めてはいたのですが、一番最後の日になって、こんなに滅法すばらしく晴れ渡ったのを見ると、私はどうも今日こそはひどく奇蹟的な幸運に恵まれそうな気持を感じました。」
    西洋人はサックから双眼鏡を取り出しながら、そう去った。
    ――若し、本当にそうだったら、私だってどんなにか嬉しいでしょう!」と私は答えた。
    西洋人は平常の倍も亢奮して、双眼鏡を覗いた。
    ところが! 到頭その奇蹟がはじまったのである。
    ――おお! いました、いました!」と西洋人は突如叫んだ。「あすこに見える。正しく彼女だ! 髪や着物迄何一つ異いはしない。今度こそ見逃すものか!」
    私も遉にギクリとした。
    ――いましたか※(疑問符感嘆符、1-8-77) ほんとうですか? 何処にいました?」
    ミハエルは感動のあまり、我を忘れて籠から半ば体を乗り出した。私はおどろいて、それを抱き止めた。
    ――おお、地上の宝よ! 私の生命よ!」ミハエルは叫ぶのである。
    ――どれどれ! 何処にいるのですか? 私にも見せて下さい。」と私は云った。
    ミハエルは漸く私に双眼鏡を手渡しながら早口に説明した。
    ――すぐ下です。博覧会の真中です。大きな赤い旗と緑色の天幕との間にある象の形をした建物の前です。印袢天を着た男達の中にたった一人まじっている女がそうです。……わかりましたか?」
    私は彼の云うが儘に焦点を定めた。すると果して一人の美しい女の顔を発見することが出来た。だが、よくよく見るならば、ああ! 私はそこで危く双眼鏡を取り落とすところであった。
    何故と云って――私の見出したところのその美しいミハエルの恋人たるや、何と今しも印袢天を着た会場整理の人足共に依って擔ぎ出された、何処か呉服屋でも出品したらしい飾り付け人形であったではないか!

    青空文庫より

  • 小川未明「銀のつえ」駒形美英朗読

    13.98 Jul 10, 2018

    あるところに、いつもあそあるいているおとこがありました。にいさんや、いもうとは、いくたびかれに、仕事しごとをはげむようにいったかしれません。けれど、それにはみみかたむけず、まちのカフェーへいって、外国がいこくさけんだり、紅茶こうちゃきっしたりして、終日いちんちぼんやりとらすことがおおかったのでした。
    かれは、そこで蓄音機ちくおんき音楽おんがくをきいたり、また、あるときは劇場げきじょうへオペラをにいったり、おもしろくらしていたのでありました。
    あるのこと、かれは、テーブルのうえに、いくつもコップをならべて、いい気持きもちにってしまったのです。そして、コップのなかにはいった、みどりあおあか、いろいろのさけいろに、ぼんやりとれていますと、うとうとと居眠いねむりをしたのでした。
    もう、いつのまにか、は、とっぷりとれてしまいました。
    「ああ、もうかえらなければならない。」と、かれはいって、そのカフェーからそとたのでした。かれあしは、ふらふらしていました。そして、まだ、みみには、けさしがたまでいていた、いい音楽おんがくのしらべがついているようでありました。
    よるそらは、ぬぐったガラスのように、うるおいをふくんでいました。つきがまんまるくそらがって、あたりの建物たてものや、また森影もりかげなどが、たようにられたのであります。
    かれは、さびしい、ひろ往来おうらいあるいてきますと、ふいに、そこへわきたように、一人ひとりのおじいさんがあらわれました。そのおじいさんは、しろいひげをはやしていました。そして、ひかるつえをっていました。そのつえは、ぎんつくられたようにおもわれます。
    おじいさんは、かれあるいているって、みちをふさぎました。かれは、あたまげて、おじいさんをだまってながめたのです。
    おじいさんは、なにか、ものをいいたげなかおをしながら、しばらく、くちをつぐんでかれのようすを見守みまもっていました。かれは、このおじいさんをると、なんとなくからだじゅうが、ぞっとして、がよだちました。おじいさんのは、こおりのようにつめたいひかりはなって、すようにするどかったからであります。
    それよりも、かれは、このおじいさんを、かつてどこかでたことがあるようながしました。子供こども時分じぶんにきいたお伽噺とぎばなしなかてきたおじいさんのようにも、また、なにかのほんいてあったなかのおじいさんのようにも、また、かれ音楽おんがくいている時分じぶんに、あたまなか空想くうそうしたおじいさんのようにも、……であったかもしれなかったのでありました。
    「おまえは、わしたことがない。けれど、空想くうそうしたことはあったはずだ。おまえはわしをなんとおもうのだ。」と、おじいさんは、重々おもおもしい口調くちょうでいいました。
    かれは、こたえることをらずに、うなだれていました。
    「おまえは、わしおもうようにしなければならないだろう……。おまえは、まだとしわかいのに、あそぶことしかかんがえていない。そして、いくら、いましめるものがあっても、おまえは、それにたいしてみみをかさなかった。」と、おじいさんは、いいました。
    かれは、ちからなくうなだれていたのです。
    「おまえのいのちってしまってはやくにたたない。いま、ほんとうにころすのではない。一、おまえをねむらせるまでだ。なんでもおまえは、わしのいうことにしたがわなければならない。おまえは、わしこすときまで、はかなかにはいってねむれ……。」と、おじいさんはいって、ひかったつえで地面じめんつよくたたきました。かれは、そのままみちうえたおれてしまったのです。
    おじいさんの姿すがたは、まもなく、どこかにえてしまいました。そして、みちうえに、おとこは、たおれていました。
    かれあにや、いもうとや、また、カフェーのおかみさんたちは、みんな年若としわかくしてんだ、かれをかわいそうにおもいました。かれからだくろはこなかれて、墓地ぼちへはこんでほうむったのであります。
    くろはこは、おとこをいれてなかめられました。それから、はるあめは、この墓地ぼちにもりそそぎました。はかほとりにあった木々きぎは、いくたびも若芽わかめをふきました。そして、あきになると、それらのは、かなしいうたをうたって、そらんだのであります。おとこつちなかで、オペラのゆめていました。こちょうのような、少女しょうじょ舞台ぶたいんでいます。おとこは、また、いつものカフェーにいって、テーブルのうえに、いろいろのいろをしたさけいであるコップをならべて、それをながめながらんでいるゆめていました。おとこにとっては、それは、ほんのわずかばかりのあいだでした。ふいに、かれは、こされたのであります。
    「さあ、わしについてくるがいい。」と、ぎんのつえをったおじいさんがいいましたので、おとこは、ついてゆきますと、やがて、かれは、さびしい墓場はかばたのであります。
    「おまえのはかは、これだった。このしたに、いままでおまえは、ねむっていたのだ。」と、おじいさんは、一つの墓石はかいししました。
    しろ大理石だいりせきはかてられていました。そして、それには、自分じぶんきざまれていました。にいさんが、てられたということがすぐわかりました。
    また、はかのまわりには、うつくしいはながたくさんえられていました。それは、やさしい自分じぶんいもうとえてくれたということがわかりました。かれは、んでからも、自分じぶんにやさしかった、あにや、いもうとおもうと、なつかしきにたえられなかったのです。はやかえって、あにや、いもうとに、あいたいとおもいました。
    「いや、おまえは、自由じゆうに、どこへもゆくことはできないのだ。ただ、わしについてくればいい。わしは、おまえがたいというひとたちに、あわせてやろう……。」と、おじいさんは、つめたいでじっとながらいいました。
    「おまえは、にいさんをたいだろう?」と、ぎんのつえをった、おじいさんは、いいました。
    かれは、うなずきました。
    「つれていってやろう。けれど、こえをみだりにたててはならない。もし、わしのいうことをきかないときは、このつえでなぐる。するとおまえのからだは、微塵みじんくだけてしまうぞ。」と、おじいさんはいいました。
    かれは、おじいさんのあとについてゆきました。そして、なつかしいまえつと、だいぶんあたりのようすがわっていました。
    「どうして、わずかのあいだに、あたりがわったのだろう?」と、かれは、不思議ふしぎおもいました。
    「あの白髪しらがはたらいているひとは、だれだろう?」と、かれは、たずねました。
    「おまえのにいさんだ。」と、おじいさんは、いいました。
    かれは、びっくりしてしまいました。どうして、なにもかもわずかなうちにわってしまったのだろう?
    いもうとは、どうしたろうか。」と、かれは、いいました。
    「いま、つれていってやる――だまって、ついてこい。」と、おじいさんは、さきになってあるきました。そして、いろいろのまちとおって、あるいえまえにきました。
    「あすこにすわっているのが、おまえのいもうとだ。」と、おじいさんは、いいました。
    そこには、かおじわのったおんながすわって、針仕事はりしごとをしていました。子供こども二人ふたりばかりそばであそんでいました。かれは、よく、そのおんなていましたが、まったく、自分じぶんいもうとかおであるとりますと、ふかい、ためいきをもらしたのです。
    「おまえのよくいった、カフェーをたいだろう。」と、おじいさんはいいました。
    かれは、うなずきますと、おじいさんは、さきになってあるきました。やがて、見覚みおぼえのあるまちました。そこには、かれのよくいったカフェーがありました。
    らないおとこが、さけんだり、ソーダすいんだり、また、蓄音機ちくおんきをかけたりして時間じかんついやしていました。いつか、自分じぶんがそうであったのだ、かれおもってていました。そのとき、しろいエプロンをかけた、ひくおんなが、帳場ちょうばにあらわれました。そのおんなこそ、かれがいった時分じぶんには、まだわかかったこのみせのおかみさんであったのです。
    「ああ。」と、かれは、ためいきをもらしました。
    おじいさんは、さきになって、そのみせまえり、あちらへあるいてゆきました。かれは、だまって、そのあとについてゆきますと、いつしか、さびしいところにて、はしうえにきたのであります。
    おじいさんは、このとき、かれほういて、
    「おまえは、兄妹きょうだい、カフェーのひとたちに、もう一あって、はなしをしたいとおもうか。それとも、あのしずかなはかなかかえりたいとおもうか。」とたずねました。
    かれは、どういって、返事へんじをしたらいいかわかりませんでした。
    「どうか、しばらくかんがえさしてください。」と、かれたのみました。
    日暮ひぐがたわしは、また、ここへやってくる。それまでによくかんがえたがいい。」と、おじいさんはいって、どこへか姿すがたしてしまいました。
    かれは、ひとり、はし欄干らんかんにもたれて、みずながれをながらかんがえていました。もうあきで、あちらの木立こだちは、いろづいて、かぜに、っていました。
    ふとがついて、かれは、自身じしんからだまわしますと、いつのまに、としったものか、みすぼらしい老人ろうじんになっていました。昔話むかしばなしに、よくこれにたことがあったのをききましたが、かれは、いまそれが自分じぶんうえであることにおどろき、おそれたのであります。
    れて、つきました。そのひかりはさびしくみずうえかがやきました。そのときかれは、おじいさんのついているぎんのつえがつきひかりらされて青白あおじろひかったのをました。おじいさんはかれまえっていました。
    わたしは、はかかえります。」と、かれは、いいました。
    おじいさんはさきって、かれはあとについて、だまってあるいてゆきました。

  • 森鴎外「高瀬舟」石丸絹子朗読

    32.55 Jul 08, 2018

    高瀬舟たかせぶねは京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島ゑんたうを申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞いとまごひをすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ廻されることであつた。それを護送するのは、京都町奉行の配下にゐる同心で、此同心は罪人の親類の中で、主立つた一人を大阪まで同船させることを許す慣例であつた。これは上へ通つた事ではないが、所謂大目に見るのであつた、默許であつた。
    當時遠島を申し渡された罪人は、勿論重い科を犯したものと認められた人ではあるが、決して盜をするために、人を殺し火を放つたと云ふやうな、獰惡だうあくな人物が多數を占めてゐたわけではない。高瀬舟に乘る罪人の過半は、所謂心得違のために、想はぬとがを犯した人であつた。有り觸れた例を擧げて見れば、當時相對死と云つた情死を謀つて、相手の女を殺して、自分だけ活き殘つた男と云ふやうな類である。
    さう云ふ罪人を載せて、入相いりあひの鐘の鳴る頃に漕ぎ出された高瀬舟は、黒ずんだ京都の町の家々を兩岸に見つつ、東へ走つて、加茂川を横ぎつて下るのであつた。此舟の中で、罪人と其親類の者とは夜どほし身の上を語り合ふ。いつもいつも悔やんでも還らぬ繰言である。護送の役をする同心は、傍でそれを聞いて、罪人を出した親戚眷族けんぞくの悲慘な境遇を細かに知ることが出來た。所詮町奉行所の白洲しらすで、表向の口供を聞いたり、役所の机の上で、口書くちがきを讀んだりする役人の夢にも窺ふことの出來ぬ境遇である。
    同心を勤める人にも、種々の性質があるから、此時只うるさいと思つて、耳を掩ひたく思ふ冷淡な同心があるかと思へば、又しみじみと人の哀を身に引き受けて、役柄ゆゑ氣色には見せぬながら、無言の中に私かに胸を痛める同心もあつた。場合によつて非常に悲慘な境遇に陷つた罪人と其親類とを、特に心弱い、涙脆い同心が宰領して行くことになると、其同心は不覺の涙を禁じ得ぬのであつた。
    そこで高瀬舟の護送は、町奉行所の同心仲間で、不快な職務として嫌はれてゐた。

    ――――――――――――――――

    いつの頃であつたか。多分江戸で白河樂翁侯が政柄せいへいを執つてゐた寛政の頃ででもあつただらう。智恩院ちおんゐんの櫻が入相の鐘に散る春の夕に、これまで類のない、珍らしい罪人が高瀬舟に載せられた。
    それは名を喜助と云つて、三十歳ばかりになる、住所不定の男である。固より牢屋敷に呼び出されるやうな親類はないので、舟にも只一人で乘つた。
    護送を命ぜられて、一しよに舟に乘り込んだ同心羽田庄兵衞は、只喜助が弟殺しの罪人だと云ふことだけを聞いてゐた。さて牢屋敷から棧橋まで連れて來る間、この痩肉やせじしの、色の蒼白い喜助の樣子を見るに、いかにも神妙に、いかにもおとなしく、自分をば公儀の役人として敬つて、何事につけても逆はぬやうにしてゐる。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるやうな、温順を裝つて權勢に媚びる態度ではない。
    庄兵衞は不思議に思つた。そして舟に乘つてからも、單に役目の表で見張つてゐるばかりでなく、絶えず喜助の擧動に、細かい注意をしてゐた。
    其日は暮方から風がんで、空一面を蔽つた薄い雲が、月の輪廓をかすませ、やうやう近寄つて來る夏の温さが、兩岸の土からも、川床の土からも、靄になつて立ち昇るかと思はれる夜であつた。下京の町を離れて、加茂川を横ぎつた頃からは、あたりがひつそりとして、只へさきに割かれる水のささやきを聞くのみである。
    夜舟で寢ることは、罪人にも許されてゐるのに、喜助は横にならうともせず、雲の濃淡に從つて、光の増したり減じたりする月を仰いで、默つてゐる。其額は晴やかで目には微かなかがやきがある。
    庄兵衞はまともには見てゐぬが、始終喜助の顏から目を離さずにゐる。そして不思議だ、不思議だと、心の内で繰り返してゐる。それは喜助の顏が縱から見ても、横から見ても、いかにも樂しさうで、若し役人に對する氣兼がなかつたなら、口笛を吹きはじめるとか、鼻歌を歌ひ出すとかしさうに思はれたからである。
    庄兵衞は心の内に思つた。これまで此高瀬舟の宰領をしたことは幾度だか知れない。しかし載せて行く罪人は、いつも殆ど同じやうに、目も當てられぬ氣の毒な樣子をしてゐた。それに此男はどうしたのだらう。遊山船にでも乘つたやうな顏をしてゐる。罪は弟を殺したのださうだが、よしや其弟が惡い奴で、それをどんな行掛りになつて殺したにせよ、人の情として好い心持はせぬ筈である。この色の蒼い痩男が、その人の情と云ふものが全く缺けてゐる程の、世にも稀な惡人であらうか。どうもさうは思はれない。ひよつと氣でも狂つてゐるのではあるまいか。いやいや。それにしては何一つ辻褄の合はぬ言語や擧動がない。此男はどうしたのだらう。庄兵衞がためには喜助の態度が考へれば考へる程わからなくなるのである。