芥川龍之介

  • 西村俊彦朗読「黄粱夢」芥川龍之介

    黄粱夢

    芥川龍之介

    盧生ろせいは死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅ふんどうが足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く――と思うと、急にはっと何かに驚かされて、思わず眼を大きく開いた。
    すると枕もとには依然として、道士どうし呂翁ろおうが坐っている。主人のかしいでいたきびも、いまだに熟さないらしい。盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸あくびをした。邯鄲かんたんの秋の午後は、落葉おちばした木々のこずえを照らす日の光があってもうすら寒い。
    「眼がさめましたね。」呂翁は、ひげを噛みながら、えみを噛み殺すような顔をして云った。
    「ええ」
    「夢をみましたろう。」
    「見ました。」
    「どんな夢を見ました。」
    「何でも大へん長い夢です。始めは清河せいか崔氏さいしむすめと一しょになりました。うつくしいつつましやかな女だったような気がします。そうしてあくる年、進士しんしの試験に及第して、渭南いなんになりました。それから、監察御史かんさつぎょし起居舎人ききょしゃじん知制誥ちせいこうを経て、とんとん拍子に中書門下ちゅうしょもんか平章事へいしょうじになりましたが、ざんを受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州かんしゅうへ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、えんすすぐ事が出来たおかげでまた召還され、中書令ちゅうしょれいになり、燕国公えんこくこうに封ぜられましたが、その時はもういい年だったかと思います。子が五人に、孫が何十人とありましたから。」
    「それから、どうしました。」
    「死にました。確か八十を越していたように覚えていますが。」
    呂翁ろおうは、得意らしく髭を撫でた。
    「では、寵辱ちょうじょくの道も窮達きゅうたつの運も、一通りは味わって来た訳ですね。それは結構な事でした。生きると云う事は、あなたの見た夢といくらも変っているものではありません。これであなたの人生の執着しゅうじゃくも、熱がさめたでしょう。得喪とくそうの理も死生の情も知って見れば、つまらないものなのです。そうではありませんか。」
    盧生ろせいは、じれったそうに呂翁のことばを聞いていたが、相手が念を押すと共に、青年らしい顔をあげて、眼をかがやかせながら、こう云った。
    「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、わたしは真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」
    呂翁は顔をしかめたまま、しかりともいなとも答えなかった。

     

  • 二宮隆朗読,芥川龍之介「沼」

    芥川龍之介

    おれは沼のほとりを歩いてゐる。
    昼か、よるか、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺あをさぎの啼く声がしたと思つたら、蔦葛つたかづらおほはれた木々のこずゑに、薄明りのほのめく空が見えた。
    沼にはおれのたけよりも高いあしが、ひつそりと水面をとざしてゐる。水も動かない。も動かない。水の底にんでゐる魚も――魚がこの沼に棲んでゐるであらうか。
    昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、この沼のほとりばかり歩いてゐた。寒い朝日の光と一しよに、水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)にほひあし※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)ひがおれの体を包んだ事もある。と思ふと又枝蛙えだかはづの声が、蔦葛つたかづらおほはれた木々の梢から、一つ一つかすかな星を呼びさました覚えもあつた。
    おれは沼のほとりを歩いてゐる。
    沼にはおれのたけよりも高い芦が、ひつそりと水面をとざしてゐる。おれは遠い昔から、その芦の茂つた向うに、不思議な世界のある事を知つてゐた。いや、今でもおれの耳には、Invitation au Voyage の曲が、絶え絶えに其処そこからただよつて来る。さう云へば水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)や芦の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)と一しよに、あの「スマトラの忘れなぐさの花」も、蜜のやうな甘い※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)を送つて来はしないであらうか。
    昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、その不思議な世界にあこがれて、蔦葛つたかづらに掩はれた木々のあひだを、夢現ゆめうつつのやうに歩いてゐた。が、此処ここに待つてゐても、唯芦と水とばかりがひつそりと拡がつてゐる以上、おれは進んで沼の中へ、あの「スマトラの忘れなぐさの花」を探しにかなければならぬ。見ればさいはひ、芦の中からなかば沼へさし出てゐる、年経としへた柳が一株ある。あすこから沼へ飛びこみさへすれば、造作ざうさなく水の底にある世界へかれるのに違ひない。
    おれはとうとうその柳の上から、思ひ切つて沼へ身を投げた。
    おれのたけより高い芦が、その拍子ひやうしに何かしやべり立てた。水がつぶやく。が身ぶるひをする。あの蔦葛つたかづらおほはれた、枝蛙えだかはづの鳴くあたりの木々さへ、一時はさも心配さうに吐息といきらし合つたらしい。おれは石のやうに水底みなそこへ沈みながら、数限りもない青い焔が、目まぐるしくおれの身のまはりに飛びちがふやうな心もちがした。
    昼か、夜か、それもおれにはわからない。
    おれの死骸は沼の底のなめらかな泥によこたはつてゐる。死骸の周囲にはどこを見ても、まつさをな水があるばかりであつた。この水の下にこそ不思議な世界があると思つたのは、やはりおれのまよひだつたのであらうか。事によると Invitation au Voyage の曲も、この沼の精が悪戯いたづらに、おれの耳をだましてゐたのかも知れない。が、さう思つてゐる内に、何やら細い茎が一すぢ、おれの死骸の口の中から、すらすらと長く伸び始めた。さうしてそれが頭の上の水面へやつと届いたと思ふと、忽ち白い睡蓮すゐれんの花が、丈の高い芦に囲まれた、藻の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)のする沼の中に、※(「白+樂」、第3水準1-88-69)てきれきあざやかつぼみを破つた。
    これがおれのあこがれてゐた、不思議な世界だつたのだな。――おれの死骸はかう思ひながら、その玉のやうな睡蓮すゐれんの花を何時いつまでもぢつと仰ぎ見てゐた。

    青空文庫より

  • 二宮隆朗読 芥川龍之介「女体」

    女体

    芥川龍之介

    楊某ようぼうと云う支那人が、ある夏の夜、あまり蒸暑いのに眼がさめて、頬杖をつきながら腹んばいになって、とりとめのない妄想もうぞうに耽っていると、ふと一匹のしらみが寝床のふちを這っているのに気がついた。部屋の中にともした、うす暗いの光で、虱は小さな背中を銀のこなのように光らせながら、隣に寝ている細君の肩を目がけて、もずもず這って行くらしい。細君は、裸のまま、さっきから楊の方へ顔を向けて、安らかな寝息を立てているのである。
    楊は、その虱ののろくさい歩みを眺めながら、こんな虫の世界はどんなだろうと思った。自分が二足か三足で行ける所も、虱には一時間もかからなければ、歩けない。しかもその歩きまわる所が、せいぜい寝床の上だけである。自分も虱に生れたら、さぞ退屈だった事であろう。……
    そんな事を漫然と考えている中に、楊の意識は次第におぼろげになって来た。勿論夢ではない。そうかと云ってまた、うつつでもない。ただ、妙に恍惚たる心もちの底へ、沈むともなく沈んで行くのである。それがやがて、はっと眼がさめたような気に帰ったと思うと、いつか楊の魂はあの虱の体へはいって、汗臭い寝床の上を、蠕々然ぜんぜんぜんとして歩いている。楊は余りに事が意外なので、思わず茫然と立ちすくんだ。が、彼を驚かしたのは、独りそればかりではない。――
    彼の行く手には、一座の高い山があった。それがまたおのずからなまるみを暖く抱いて、眼のとどかない上の方から、眼の先の寝床の上まで、大きな鍾乳石しょうにゅうせきのように垂れ下っている。その寝床についている部分は、中に火気を蔵しているかと思うほど、うす赤い柘榴ざくろの実の形を造っているが、そこを除いては、山一円、どこを見ても白くない所はない。その白さがまた、凝脂ぎょうしのような柔らかみのある、なめらかな色の白さで、山腹のなだらかなくぼみでさえ、丁度雪にさす月の光のような、かすかに青い影をたたえているだけである。まして光をうけている部分は、融けるような鼈甲色べっこういろの光沢を帯びて、どこの山脈にも見られない、美しい弓なりの曲線を、はるかな天際にえがいている。……
    ようは驚嘆の眼を見開いて、この美しい山の姿を眺めた。が、その山が彼の細君の乳の一つだと云う事を知った時に、彼の驚きは果してどれくらいだった事であろう。彼は、愛もにくしみも、乃至ないしまた性欲も忘れて、この象牙ぞうげの山のような、巨大な乳房ちぶさを見守った。そうして、驚嘆の余り、寝床の汗臭いにおいも忘れたのか、いつまでも凝固こりかたまったように動かなかった。――楊は、虱になって始めて、細君の肉体の美しさを、如実に観ずる事が出来たのである。
    しかし、芸術の士にとって、虱の如く見る可きものは、独り女体にょたいの美しさばかりではない。

    青空文庫より

  • 女仙

    芥川龍之介

    昔、支那シナある田舎に書生しょせいが一人住んでいました。何しろ支那のことですから、桃の花の咲いた窓の下に本ばかり読んでいたのでしょう。すると、この書生のうちの隣に年の若い女が一人、――それも美しい女が一人、たれも使わずに住んでいました。書生はこの若い女を不思議に思っていたのはもちろんです。実際また彼女の身の上をはじめ、彼女が何をして暮らしているかは誰一人知るものもなかったのですから。
    或風のない春の日の暮、書生はふと外へ出て見ると、何かこの若い女のののしっている声が聞えました。それはまたどこかの庭鳥にわとりがのんびりとときを作っているなかに、如何いかにも物ものしく聞えるのです。書生はどうしたのかと思いながら、彼女のいえの前へ行って見ました。するとまゆり上げた彼女は、年をとった木樵きこりのじいさんを引き据え、ぽかぽか白髪頭しらがあたまなぐっているのです。しかも木樵りの爺さんは顔中かおじゅうに涙を流したまま、ひらあやまりにあやまっているではありませんか!
    「これは一体どうしたのです? 何もこういう年よりを、擲らないでもいじゃありませんか!――」
    書生は彼女の手を抑え、熱心にたしなめにかかりました。
    「第一年上のものを擲るということは、修身の道にもはずれているわけです。」
    「年上のものを? この木樵りはわたしよりも年下です。」
    「冗談を言ってはいけません。」
    「いえ、冗談ではありません。わたしはこの木樵りの母親ですから。」
    書生は呆気あっけにとられたなり、思わず彼女の顔を見つめました。やっと木樵りを突き離した彼女は美しい、――というよりも凜々りりしい顔に血の色を通わせ、じろぎもせずにこう言うのです。
    「わたしはこのせがれのために、どの位苦労をしたかわかりません。けれども倅はわたしの言葉を聞かずに、我儘わがままばかりしていましたから、とうとう年をとってしまったのです。」
    「では、……この木樵りはもう七十位でしょう。そのまた木樵りの母親だというあなたは、一体いくつになっているのです?」
    「わたしですか? わたしは三千六百歳です。」
    書生はこういう言葉と一しょに、この美しい隣の女が仙人だったことに気づきました。しかしもうその時には、何か神々しい彼女の姿はたちまちどこかへ消えてしまいました。うらうらと春の日の照り渡った中に木樵りの爺さんを残したまま。……

  • 第二回録音会郷圭子朗読「尾生の信」芥川龍之介

    尾生の信

    芥川龍之介

    尾生びせいは橋の下にたたずんで、さっきから女の来るのを待っている。
    見上げると、高い石の橋欄きょうらんには、蔦蘿つたかずらが半ばいかかって、時々その間を通りすぎる往来の人の白衣はくいの裾が、鮮かな入日に照らされながら、悠々と風に吹かれて行く。が、女は未だに来ない。
    尾生はそっと口笛を鳴しながら、気軽く橋の下のを見渡した。
    橋の下の黄泥こうでいの洲は、二坪ばかりの広さをあまして、すぐに水と続いている。水際みずぎわあしの間には、大方おおかたかに棲家すみかであろう、いくつもまるい穴があって、そこへ波が当る度に、たぶりと云うかすかな音が聞えた。が、女は未だに来ない。
    尾生はやや待遠しそうに水際までを移して、舟一艘いっそう通らない静な川筋を眺めまわした。
    川筋には青いあしが、隙間すきまもなくひしひしと生えている。のみならずその蘆の間には、所々ところどころ川楊かわやなぎが、こんもりと円く茂っている。だからその間を縫う水のおもても、川幅の割には広く見えない。ただ、おびほどの澄んだ水が、雲母きららのような雲の影をたった一つ鍍金めっきしながら、ひっそりと蘆の中にうねっている。が、女は未だに来ない。
    尾生は水際から歩をめぐらせて、今度は広くもないの上を、あちらこちらと歩きながら、おもむろに暮色を加えて行く、あたりの静かさに耳を傾けた。
    橋の上にはしばらくの間、行人こうじんの跡を絶ったのであろう。くつの音も、ひづめの音も、あるいはまた車の音も、そこからはもう聞えて来ない。風の音、蘆の音、水の音、――それからどこかでけたたましく、蒼鷺あおさぎの啼く声がした。と思って立止ると、いつか潮がさし出したと見えて、黄泥こうでいを洗う水の色が、さっきよりは間近に光っている。が、女は未だに来ない。
    尾生は険しくまゆをひそめながら、橋の下のうす暗い洲を、いよいよ足早に歩き始めた。その内に川の水は、一寸ずつ、一尺ずつ、次第に洲の上へ上って来る。同時にまた川から立昇たちのぼ※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)においや水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)も、冷たく肌にまつわり出した。見上げると、もう橋の上には鮮かな入日の光が消えて、ただ、石の橋欄きょうらんばかりが、ほのかに青んだ暮方くれがたの空を、黒々と正しく切り抜いている。が、女は未だに来ない。
    尾生はとうとう立ちすくんだ。
    川の水はもう沓を濡しながら、鋼鉄よりも冷やかな光をたたえて、漫々と橋の下に広がっている。すると、ひざも、腹も、胸も、恐らくは頃刻けいこくを出ない内に、この酷薄こくはくな満潮の水に隠されてしまうのに相違あるまい。いや、そう云う内にも水嵩みずかさますます高くなって、今ではとうとう両脛りょうはぎさえも、川波の下に没してしまった。が、女は未だに来ない。
    尾生は水の中に立ったまま、まだ一縷いちるの望を便りに、何度も橋の空へ眼をやった。
    腹をひたした水の上には、とうに蒼茫そうぼうたる暮色が立ちめて、遠近おちこちに茂った蘆や柳も、寂しい葉ずれの音ばかりを、ぼんやりしたもやの中から送って来る。と、尾生の鼻をかすめて、すずきらしい魚が一匹、ひらりと白い腹をひるがえした。その魚の躍った空にも、まばらながらもう星の光が見えて、蔦蘿つたかずらのからんだ橋欄きょうらんの形さえ、いち早い宵暗の中にまぎれている。が、女は未だに来ない。……

    ―――――――――――――――――――――――――

    夜半、月の光が一川いっせんの蘆と柳とにあふれた時、川の水と微風とは静にささやき交しながら、橋の下の尾生の死骸を、やさしく海の方へ運んで行った。が、尾生の魂は、寂しい天心の月の光に、思いこがれたせいかも知れない。ひそかに死骸を抜け出すと、ほのかに明るんだ空の向うへ、まるで水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)におい※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)が音もなく川から立ち昇るように、うらうらと高く昇ってしまった。……
    それから幾千年かを隔てたのち、この魂は無数の流転るてんけみして、また生を人間じんかんに託さなければならなくなった。それがこう云う私に宿っている魂なのである。だから私は現代に生れはしたが、何一つ意味のある仕事が出来ない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、ただ、何かきたるべき不可思議なものばかりを待っている。ちょうどあの尾生が薄暮はくぼの橋の下で、永久に来ない恋人をいつまでも待ち暮したように。

    (大正八年十二月)

  • 青空文庫作品の朗読「魚河岸」芥川龍之介 朗読 は田中智之さんです。


    魚河岸
    芥川龍之介
    去年の春の夜よ、――と云ってもまだ風の寒い、月の冴さえた夜よるの九時ごろ、保吉やすきちは三人の友だちと、魚河岸うおがしの往来を歩いていた。三人の友だちとは、俳人の露柴ろさい、洋画家の風中ふうちゅう、蒔画師まきえしの如丹じょたん、――三人とも本名ほんみょうは明あかさないが、その道では知られた腕うでっ扱こきである。殊に露柴ろさいは年かさでもあり、新傾向の俳人としては、夙つとに名を馳はせた男だった。
    我々は皆酔っていた。もっとも風中と保吉とは下戸げこ、如丹は名代なだいの酒豪しゅごうだったから、三人はふだんと変らなかった。ただ露柴はどうかすると、足もとも少々あぶなかった。我々は露柴を中にしながら、腥なまぐさい月明りの吹かれる通りを、日本橋にほんばしの方へ歩いて行った。
    露柴は生きっ粋すいの江戸えどっ児こだった。曾祖父そうそふは蜀山しょくさんや文晁ぶんちょうと交遊の厚かった人である。家も河岸かしの丸清まるせいと云えば、あの界隈かいわいでは知らぬものはない。それを露柴はずっと前から、家業はほとんど人任せにしたなり、自分は山谷さんやの露路ろじの奥に、句と書と篆刻てんこくとを楽しんでいた。だから露柴には我々にない、どこかいなせな風格があった。下町気質したまちかたぎよりは伝法でんぼうな、山の手には勿論縁の遠い、――云わば河岸の鮪まぐろの鮨すしと、一味相通ずる何物かがあった。………
    露柴はさも邪魔じゃまそうに、時々外套がいとうの袖をはねながら、快活に我々と話し続けた。如丹は静かに笑い笑い、話の相槌あいづちを打っていた。その内に我々はいつのまにか、河岸の取とっつきへ来てしまった。このまま河岸を出抜けるのはみんな妙に物足りなかった。するとそこに洋食屋が一軒、片側かたかわを照らした月明りに白い暖簾のれんを垂らしていた。この店の噂は保吉さえも何度か聞かされた事があった。「はいろうか?」「はいっても好いいな。」――そんな事を云い合う内に、我々はもう風中を先に、狭い店の中へなだれこんでいた。
    店の中には客が二人、細長い卓たくに向っていた。客の一人は河岸の若い衆、もう一人はどこかの職工らしかった。我々は二人ずつ向い合いに、同じ卓に割りこませて貰もらった。それから平貝たいらがいのフライを肴さかなに、ちびちび正宗まさむねを嘗め始めた。勿論下戸げこの風中や保吉は二つと猪口ちょくは重ねなかった。その代り料理を平げさすと、二人とも中々なかなか健啖けんたんだった。
    この店は卓も腰掛けも、ニスを塗らない白木しらきだった。おまけに店を囲う物は、江戸伝来の葭簀よしずだった。だから洋食は食っていても、ほとんど洋食屋とは思われなかった。風中は誂あつらえたビフテキが来ると、これは切り味みじゃないかと云ったりした。如丹はナイフの切れるのに、大いに敬意を表していた。保吉はまた電燈の明るいのがこう云う場所だけに難有ありがたかった。露柴も、――露柴は土地っ子だから、何も珍らしくはないらしかった。が、鳥打帽とりうちぼうを阿弥陀あみだにしたまま、如丹と献酬けんしゅうを重ねては、不相変あいかわらず快活にしゃべっていた。
    するとその最中さいちゅうに、中折帽なかおれぼうをかぶった客が一人、ぬっと暖簾のれんをくぐって来た。客は外套の毛皮の襟えりに肥った頬ほおを埋うずめながら、見ると云うよりは、睨にらむように、狭い店の中へ眼をやった。それから一言いちごんの挨拶あいさつもせず、如丹と若い衆との間の席へ、大きい体を割りこませた。保吉はライスカレエを掬すくいながら、嫌な奴だなと思っていた。これが泉鏡花いずみきょうかの小説だと、任侠にんきょう欣よろこぶべき芸者か何かに、退治たいじられる奴だがと思っていた。しかしまた現代の日本橋は、とうてい鏡花の小説のように、動きっこはないとも思っていた。
    客は註文を通した後のち、横柄おうへいに煙草をふかし始めた。その姿は見れば見るほど、敵役かたきやくの寸法すんぽうに嵌はまっていた。脂あぶらぎった赭あから顔は勿論、大島おおしまの羽織、認みとめになる指環ゆびわ、――ことごとく型を出でなかった。保吉はいよいよ中あてられたから、この客の存在を忘れたさに、隣にいる露柴ろさいへ話しかけた。が、露柴はうんとか、ええとか、好いい加減な返事しかしてくれなかった。のみならず彼も中あてられたのか、電燈の光に背そむきながら、わざと鳥打帽を目深まぶかにしていた。
    保吉やすきちはやむを得ず風中ふうちゅうや如丹じょたんと、食物くいものの事などを話し合った。しかし話ははずまなかった。この肥ふとった客の出現以来、我々三人の心もちに、妙な狂いの出来た事は、どうにも仕方のない事実だった。
    客は註文のフライが来ると、正宗まさむねの罎びんを取り上げた。そうして猪口ちょくへつごうとした。その時誰か横合いから、「幸こうさん」とはっきり呼んだものがあった。客は明らかにびっくりした。しかもその驚いた顔は、声の主ぬしを見たと思うと、たちまち当惑とうわくの色に変り出した。「やあ、こりゃ檀那だんなでしたか。」――客は中折帽を脱ぎながら、何度も声の主ぬしに御時儀おじぎをした。声の主は俳人の露柴ろさい、河岸かしの丸清まるせいの檀那だった。
    「しばらくだね。」――露柴は涼しい顔をしながら、猪口を口へ持って行った。その猪口が空からになると、客は隙すかさず露柴の猪口へ客自身の罎の酒をついだ。それから側目はためには可笑おかしいほど、露柴の機嫌きげんを窺うかがい出した。………
    鏡花きょうかの小説は死んではいない。少くとも東京の魚河岸には、未いまだにあの通りの事件も起るのである。
    しかし洋食屋の外そとへ出た時、保吉の心は沈んでいた。保吉は勿論「幸さん」には、何の同情も持たなかった。その上露柴の話によると、客は人格も悪いらしかった。が、それにも関かかわらず妙に陽気ようきにはなれなかった。保吉の書斎の机の上には、読みかけたロシュフウコオの語録がある。――保吉は月明りを履ふみながら、いつかそんな事を考えていた。
    青空文庫より


  • 青空文庫名作文学の朗読
    朗読カフェSTUDIO
    海渡みなみ朗読、
    芥川龍之介「たね子の憂鬱」
    たね子の憂鬱
    芥川龍之介
    たね子はおっとの先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式ひろうしきの通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。
    「あたしも出なければ悪いでしょうか?」
    「それは悪いさ。」
    夫はタイを結びながら、鏡の中のたね子に返事をした。もっともそれは箪笥たんすの上に立てた鏡に映っていた関係上、たね子よりもむしろたね子のまゆに返事をした――のに近いものだった。
    「だって帝国ホテルでやるんでしょう?」
    「帝国ホテル――か?」
    「あら、御存知ごぞんじなかったの?」
    「うん、……おい、チョッキ!」
    たね子は急いでチョッキをとり上げ、もう一度この披露式の話をし出した。
    「帝国ホテルじゃ洋食でしょう?」
    「当り前なことを言っている。」
    「それだからあたしは困ってしまう。」
    「なぜ?」
    「なぜって……あたしは洋食の食べかたを一度も教わったことはないんですもの。」
    「誰でも教わったり何かするものか!……」
    夫は上着うわぎをひっかけるが早いか、無造作むぞうさに春の中折帽なかおれぼうをかぶった。それからちょっと箪笥たんすの上の披露式の通知に目を通し「何だ、四月の十六日じゅうろくんちじゃないか?」と言った。
    「そりゃ十六日だって十七日じゅうしちんちだって……」
    「だからさ、まだ三日みっかもある。そのうちに稽古けいこをしろと言うんだ。」
    「じゃあなた、あしたの日曜にでもきっとどこかへつれて行って下さる!」
    しかし夫はなんとも言わずにさっさと会社へ出て行ってしまった。たね子は夫を見送りながら、ちょっと憂鬱ゆううつにならずにはいられなかった。それは彼女の体の具合ぐあいも手伝っていたことは確かだった。子供のない彼女はひとりになると、長火鉢の前の新聞をとり上げ、何かそう云う記事はないかと一々欄外へも目を通した。が、「今日きょう献立こんだて」はあっても、洋食の食べかたなどと云うものはなかった。洋食の食べかたなどと云うものは?――彼女はふと女学校の教科書にそんなことも書いてあったように感じ、早速用箪笥ようだんす抽斗ひきだしから古い家政読本かせいどくほんを二冊出した。それ等の本はいつのにか手ずれのあとさえすすけていた。のみならずまた争われない過去のにおいを放っていた。たね子は細い膝の上にそれ等の本を開いたまま、どう云う小説を読む時よりも一生懸命に目次を辿たどって行った。
    青空文庫より


  • 青空文庫名作文学の朗読 朗読カフェ第5回ライブ 岩見聖次朗読「女」芥川龍之介

    芥川龍之介
     雌蜘蛛めぐもは真夏の日の光を浴びたまま、紅い庚申薔薇こうしんばらの花の底に、じっと何か考えていた。
     すると空に翅音はおとがして、たちまち一匹の蜜蜂が、なぐれるように薔薇の花へ下りた。蜘蛛くもは咄嗟とっさに眼を挙げた。ひっそりした真昼の空気の中には、まだ蜂はちの翅音の名残なごりが、かすかな波動を残していた。
     雌蜘蛛はいつか音もなく、薔薇の花の底から動き出した。蜂はその時もう花粉にまみれながら、蕊しべの下にひそんでいる蜜へ嘴くちばしを落していた。
     残酷な沈黙の数秒が過ぎた。
     紅い庚申薔薇こうしんばらの花びらは、やがて蜜に酔よった蜂の後へ、おもむろに雌蜘蛛の姿を吐はいた。と思うと蜘蛛は猛然と、蜂の首もとへ跳おどりかかった。蜂は必死に翅はねを鳴らしながら、無二無三に敵を刺さそうとした。花粉はその翅に煽あおられて、紛々と日の光に舞い上った。が、蜘蛛はどうしても、噛みついた口を離さなかった。
    青空文庫より

  •  朗読カフェSTUDIO 青空文庫名作文学の朗読 岩見聖次朗読「沼地」芥川龍之介

    沼地
    芥川龍之介
     ある雨の降る日の午後であった。私わたくしはある絵画展覧会場の一室で、小さな油絵を一枚発見した。発見――と云うと大袈裟おおげさだが、実際そう云っても差支えないほど、この画だけは思い切って彩光の悪い片隅に、それも恐しく貧弱な縁ふちへはいって、忘れられたように懸かっていたのである。画は確か、「沼地」とか云うので、画家は知名の人でも何でもなかった。また画そのものも、ただ濁った水と、湿った土と、そうしてその土に繁茂はんもする草木そうもくとを描かいただけだから、恐らく尋常の見物からは、文字通り一顧さえも受けなかった事であろう。
    青空文庫より


  • 朗読カフェSTUDIOメンバーによる文学作品の朗読をお楽しみ下さい青空文庫名作文学の朗読
    海渡みなみ朗読、

    芥川龍之介「雛」全編

    芥川龍之介

    箱を出る顔忘れめやひなつゐ  蕪村

    これは或老女の話である。

    ……横浜の或亜米利加アメリカ人へひなを売る約束の出来たのは十一月頃のことでございます。紀の国屋と申したわたしの家は親代々諸大名のお金御用を勤めて居りましたし、こと紫竹しちくとか申した祖父は大通だいつうの一人にもなつて居りましたから、雛もわたしのではございますが、中々見事に出来て居りました。まあ、申さば、内裏雛だいりびな女雛めびなの冠の瓔珞やうらくにも珊瑚さんごがはひつて居りますとか、男雛をびな塩瀬しほぜ石帯せきたいにも定紋ぢやうもんと替へ紋とが互違ひにひになつて居りますとか、さう云ふ雛だつたのでございます。
    それさへ売らうと申すのでございますから、わたしの父、十二代目の紀の国屋伊兵衛はどの位手もとが苦しかつたか、大抵御推量にもなれるでございませう。何しろ徳川家とくせんけ御瓦解ごぐわかい以来、御用金を下げて下すつたのは加州様ばかりでございます。それも三千両の御用金の中、百両しか下げては下さいません。因州様などになりますと、四百両ばかりの御用金のかたに赤間あかまが石のすずりを一つ下すつただけでございました。その上火事には二三度も遇ひますし、蝙蝠傘屋かうもりがさやなどをやりましたのも皆手違ひになりますし、当時はもう目ぼしい道具もあらかた一家の口すごしに売り払つてゐたのでございます。
    其処そこへ雛でも売つたらと父へ勧めてくれましたのは丸佐と云ふ骨董屋こつとうやの、……もう故人になりましたが、禿あたまの主人でございます。この丸佐の禿げ頭位、可笑をかしかつたものはございません。と申すのは頭のまん中に丁度按摩膏あんまかうを貼つた位、入れ墨がしてあるのでございます。これは何でも若い時分、ちよいと禿げを隠す為に彫らせたのださうでございますが、生憎あいにくその後頭の方は遠慮なしに禿げてしまひましたから、この脳天の入れ墨だけ取り残されることになつたのだとか、当人自身申して居りました。……さう云ふことは兎も角も、父はまだ十五のわたしを可哀さうに思つたのでございませう、度々丸佐に勧められても、雛を手放すことだけはためらつてゐたやうでございます。
    それをとうとう売らせたのは英吉と申すわたしの兄、……やはり故人になりましたが、その頃まだ十八だつた、かんの強い兄でございます。兄は開化人とでも申しませうか、英語の読本とくほんを離したことのない政治好きの青年でございました。これが雛の話になると、雛祭などは旧弊だとか、あんな実用にならない物は取つて置いても仕方がないとか、いろいろけなすのでございます。その為に兄は昔風の母とも何度口論をしたかわかりません。しかし雛を手放しさへすれば、この大歳おほとししのぎだけはつけられるのに違ひございませんから、母も苦しい父の手前、さうは強いことばかりも申されなかつたのでございませう。雛は前にも申しました通り、十一月の中旬にはとうとう横浜の亜米利加アメリカ人へ売り渡すことになつてしまひました。何、わたしでございますか? それは駄々もこねましたが、お転婆だつたせゐでございませう。その割にはあまり悲しいとも思はなかつたものでございます。父は雛を売りさへすれば、紫繻子むらさきじゆすの帯を一本買つてやると申して居りましたから。