芥川龍之介

  • 芥川龍之介「桃太郎」別役みか朗読

    Aug 29, 2018

    むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きいももの木が一本あった。大きいとだけではいい足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地だいちの底の黄泉よみの国にさえ及んでいた。何でも天地開闢かいびゃくころおい、伊弉諾いざなぎみこと黄最津平阪よもつひらさかやっつのいかずちしりぞけるため、桃のつぶてに打ったという、――その神代かみよの桃の実はこの木の枝になっていたのである。
    この木は世界の夜明以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけていた。花は真紅しんく衣蓋きぬがさ黄金おうごん流蘇ふさを垂らしたようである。実は――実もまた大きいのはいうを待たない。が、それよりも不思議なのはその実はさねのあるところに美しい赤児あかごを一人ずつ、おのずからはらんでいたことである。
    むかし、むかし、大むかし、この木は山谷やまたにおおった枝に、累々るいるいと実をつづったまま、静かに日の光りに浴していた。一万年に一度結んだ実は一千年の間は地へ落ちない。しかしある寂しい朝、運命は一羽の八咫鴉やたがらすになり、さっとその枝へおろして来た。と思うともう赤みのさした、小さい実を一つついばみ落した。実は雲霧くもきりの立ちのぼる中にはるか下の谷川へ落ちた。谷川は勿論もちろん峯々の間に白い水煙みずけぶりをなびかせながら、人間のいる国へ流れていたのである。
    この赤児あかごはらんだ実は深い山の奥を離れたのち、どういう人の手に拾われたか?――それはいまさら話すまでもあるまい。谷川の末にはおばあさんが一人、日本中にほんじゅうの子供の知っている通り、柴刈しばかりに行ったおじいさんの着物か何かを洗っていたのである。……

    桃から生れた桃太郎ももたろうおにしま征伐せいばつを思い立った。思い立ったわけはなぜかというと、彼はお爺さんやお婆さんのように、山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいである。その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白わんぱくものに愛想あいそをつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさにはたとか太刀たちとか陣羽織じんばおりとか、出陣の支度したく入用にゅうようのものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧ひょうろうには、これも桃太郎の註文ちゅうもん通り、黍団子きびだんごさえこしらえてやったのである。
    桃太郎は意気揚々ようようと鬼が島征伐ののぼった。すると大きい野良犬のらいぬが一匹、えた眼を光らせながら、こう桃太郎へ声をかけた。
    「桃太郎さん。桃太郎さん。お腰に下げたのは何でございます?」
    「これは日本一にっぽんいちの黍団子だ。」
    桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は日本一かどうか、そんなことは彼にもあやしかったのである。けれども犬は黍団子と聞くと、たちまち彼の側へ歩み寄った。
    「一つ下さい。おともしましょう。」
    桃太郎は咄嗟とっさ算盤そろばんを取った。
    「一つはやられぬ。半分やろう。」
    犬はしばらく強情ごうじょうに、「一つ下さい」を繰り返した。しかし桃太郎は何といっても「半分やろう」を撤回てっかいしない。こうなればあらゆる商売のように、所詮しょせん持たぬものは持ったものの意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息たんそくしながら、黍団子を半分貰う代りに、桃太郎のともをすることになった。
    桃太郎はそののち犬のほかにも、やはり黍団子の半分を餌食えじきに、さるきじ家来けらいにした。しかし彼等は残念ながら、あまりなかい間がらではない。丈夫なきばを持った犬は意気地いくじのない猿を莫迦ばかにする。黍団子の勘定かんじょう素早すばやい猿はもっともらしい雉を莫迦にする。地震学などにも通じた雉は頭のにぶい犬を莫迦にする。――こういういがみ合いを続けていたから、桃太郎は彼等を家来にした後も、一通り骨の折れることではなかった。
    その上猿は腹が張ると、たちまち不服をとなえ出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするのも考え物だといい出したのである。すると犬はえたけりながら、いきなり猿をみ殺そうとした。もし雉がとめなかったとすれば、猿はかに仇打あだうちを待たず、この時もう死んでいたかも知れない。しかし雉は犬をなだめながら猿に主従の道徳を教え、桃太郎の命に従えと云った。それでも猿は路ばたの木の上に犬の襲撃を避けた後だったから、容易に雉の言葉を聞き入れなかった。その猿をとうとう得心とくしんさせたのは確かに桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸のおうぎを使い使いわざと冷かにいい放した。
    「よしよし、では伴をするな。その代り鬼が島を征伐しても宝物たからものは一つも分けてやらないぞ。」
    欲の深い猿はまるをした。
    「宝物? へええ、鬼が島には宝物があるのですか?」
    「あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出うちで小槌こづちという宝物さえある。」
    「ではその打出の小槌から、幾つもまた打出の小槌を振り出せば、一度に何でも手にはいるわけですね。それは耳よりな話です。どうかわたしもつれて行って下さい。」
    桃太郎はもう一度彼等を伴に、鬼が島征伐のみちを急いだ。

    鬼が島は絶海の孤島だった。が、世間の思っているように岩山ばかりだったわけではない。実は椰子やしそびえたり、極楽鳥ごくらくちょうさえずったりする、美しい天然てんねん楽土らくどだった。こういう楽土にせいけた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽きょうらく的に出来上った種族らしい。こぶ取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師いっすんぼうし[#ルビの「いっすんぼうし」は底本では「いっすんぽうし」]の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣ものもうでの姫君に見とれていたらしい。なるほど大江山おおえやま酒顛童子しゅてんどうじ羅生門らしょうもん茨木童子いばらぎどうじ稀代きだいの悪人のように思われている。しかし茨木童子などは我々の銀座を愛するように朱雀大路すざくおおじを愛する余り、時々そっと羅生門へ姿をあらわしたのではないであろうか? 酒顛童子も大江山の岩屋いわやに酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人にょにんを奪って行ったというのは――真偽しんぎはしばらく問わないにもしろ、女人自身のいう所に過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは、――わたしはこの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光らいこう四天王してんのうはいずれも多少気違いじみた女性崇拝家すうはいかではなかったであろうか?
    鬼は熱帯的風景のうちこといたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、すこぶ安穏あんのんに暮らしていた。そのまた鬼の妻や娘もはたを織ったり、酒をかもしたり、らんの花束をこしらえたり、我々人間の妻や娘と少しも変らずに暮らしていた。殊にもう髪の白い、きばけた鬼の母はいつも孫のりをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。――
    「お前たちも悪戯いたずらをすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え、人間というものかい? 人間というものはつのえない、生白なまじろい顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女と来た日には、その生白い顔や手足へ一面になまりをなすっているのだよ。それだけならばまだいのだがね。男でも女でも同じように、※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)うそはいうし、欲は深いし、焼餅やきもちは焼くし、己惚うぬぼれは強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒どろぼうはするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……」

    桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えた。鬼は金棒かなぼうを忘れたなり、「人間が来たぞ」と叫びながら、亭々ていていそびえた椰子やしの間を右往左往うおうざおうに逃げまどった。
    「進め! 進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
    桃太郎は桃のはたを片手に、日の丸の扇を打ち振り打ち振り、犬猿雉いぬさるきじの三匹に号令した。犬猿雉の三匹は仲の家来けらいではなかったかも知れない。が、えた動物ほど、忠勇無双むそうの兵卒の資格を具えているものはないはずである。彼等は皆あらしのように、逃げまわる鬼を追いまわした。犬はただ一噛ひとかみに鬼の若者を噛み殺した。雉も鋭いくちばしに鬼の子供を突き殺した。猿も――猿は我々人間と親類同志の間がらだけに、鬼の娘を絞殺しめころす前に、必ず凌辱りょうじょくほしいままにした。……
    あらゆる罪悪の行われたのち、とうとう鬼の酋長しゅうちょうは、命をとりとめた数人の鬼と、桃太郎の前に降参こうさんした。桃太郎の得意は思うべしである。鬼が島はもう昨日きのうのように、極楽鳥ごくらくちょうさえずる楽土ではない。椰子やしの林は至るところに鬼の死骸しがいき散らしている。桃太郎はやはり旗を片手に、三匹の家来けらいを従えたまま、平蜘蛛ひらぐものようになった鬼の酋長へおごそかにこういい渡した。
    「では格別の憐愍れんびんにより、貴様きさまたちの命はゆるしてやる。その代りに鬼が島の宝物たからものは一つも残らず献上けんじょうするのだぞ。」
    「はい、献上致します。」
    「なおそのほかに貴様の子供を人質ひとじちのためにさし出すのだぞ。」
    「それも承知致しました。」
    鬼の酋長はもう一度ひたいを土へすりつけた後、恐る恐る桃太郎へ質問した。
    「わたくしどもはあなた様に何か無礼ぶれいでも致したため、御征伐ごせいばつを受けたことと存じて居ります。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点がてんが参りませぬ。ついてはその無礼の次第をおあかし下さるわけには参りますまいか?」
    桃太郎は悠然ゆうぜんうなずいた。
    日本一にっぽんいち[#ルビの「にっぽんいち」は底本では「にっぼんいち」]の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召しかかえた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」
    「ではそのおさんかたをお召し抱えなすったのはどういうわけでございますか?」
    「それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子きびだんごをやっても召し抱えたのだ。――どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」
    鬼の酋長は驚いたように、三尺ほどうしろへ飛びさがると、いよいよまた丁寧ていねいにお時儀じぎをした。

    日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の車を引かせながら、得々とくとくと故郷へ凱旋がいせんした。――これだけはもう日本中にほんじゅうの子供のとうに知っている話である。しかし桃太郎は必ずしも幸福に一生を送ったわけではない。鬼の子供は一人前いちにんまえになると番人の雉をみ殺した上、たちまち鬼が島へ逐電ちくでんした。のみならず鬼が島に生き残った鬼は時々海を渡って来ては、桃太郎の屋形やかたへ火をつけたり、桃太郎の寝首ねくびをかこうとした。何でも猿の殺されたのは人違いだったらしいといううわさである。桃太郎はこういうかさがさねの不幸に嘆息たんそくらさずにはいられなかった。
    「どうも鬼というものの執念しゅうねんの深いのには困ったものだ。」
    「やっと命を助けて頂いた御主人の大恩だいおんさえ忘れるとはしからぬ奴等でございます。」
    犬も桃太郎の渋面じゅうめんを見ると、口惜くやしそうにいつもうなったものである。
    その間も寂しい鬼が島のいそには、美しい熱帯の月明つきあかりを浴びた鬼の若者が五六人、鬼が島の独立を計画するため、椰子やしの実に爆弾を仕こんでいた。やさしい鬼の娘たちに恋をすることさえ忘れたのか、黙々と、しかし嬉しそうに茶碗ちゃわんほどの目の玉をかがやかせながら。……

    人間の知らない山の奥に雲霧くもきりを破った桃の木は今日こんにちもなお昔のように、累々るいるいと無数のをつけている。勿論桃太郎をはらんでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまった。しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。あの大きい八咫鴉やたがらすは今度はいつこの木のこずえへもう一度姿をあらわすであろう? ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。……

  • 芥川龍之介「捨児」石丸絹子朗読

    Aug 14, 2018

    浅草あさくさ永住町ながすみちょうに、信行寺しんぎょうじと云う寺がありますが、――いえ、大きな寺じゃありません。ただ日朗上人にちろうしょうにんの御木像があるとか云う、相応そうおう由緒ゆいしょのある寺だそうです。その寺の門前に、明治二十二年の秋、男の子が一人捨ててありました。それがまた生れ年は勿論、名前を書いた紙もついていない。――何でも古い黄八丈きはちじょうの一つ身にくるんだまま、の切れた女の草履ぞうりを枕に、捨ててあったと云う事です。
    「当時信行寺の住職は、田村日錚たむらにっそうと云う老人でしたが、ちょうど朝の御勤めをしていると、これもい年をした門番が、捨児すてごのあった事を知らせに来たそうです。すると仏前に向っていた和尚おしょうは、ほとんど門番の方も振り返らずに、「そうか。ではこちらへいて来るが好い。」と、さも事もなげに答えました。のみならず門番が、わその子を抱いて来ると、すぐに自分が受け取りながら、「おお、これは可愛い子だ。泣くな。泣くな。今日きょうからおれが養ってやるわ。」と、気軽そうにあやし始めるのです。――この時の事はのちになっても、和尚贔屓おしょうびいきの門番が、しきみや線香を売る片手間かたでまに、よく参詣人へ話しました。御承知かも知れませんが、日錚和尚にっそうおしょうと云う人は、もと深川ふかがわの左官だったのが、十九の年に足場から落ちて、一時正気しょうきを失ったのち、急に菩提心ぼだいしんを起したとか云う、でんぼう肌の畸人きじんだったのです。
    「それから和尚はこの捨児に、勇之助ゆうのすけと云う名をつけて、わが子のように育て始めました。が、何しろ御維新ごいしん以来、女気おんなけのない寺ですから、育てると云ったにした所が、容易な事じゃありません。りをするのから牛乳の世話まで、和尚自身が看経かんきんの暇には、面倒を見ると云う始末なのです。何でも一度なぞは勇之助が、風か何か引いていた時、折悪く河岸の西辰にしたつと云う大檀家おおだんかの法事があったそうですが、日錚和尚は法衣ころもの胸に、熱の高い子供をいたまま、水晶すいしょう念珠ねんじゅを片手にかけて、いつもの通り平然と、読経どきょうをすませたとか云う事でした。
    「しかしそのも出来る事なら、生みの親に会わせてやりたいと云うのが、豪傑ごうけつじみていてもじょうもろい日錚和尚の腹だったのでしょう。和尚は説教の座へ登る事があると、――今でも行って御覧になれば、信行寺の前の柱には「説教、毎月十六日」と云う、古いふださがっていますが、――時々和漢の故事を引いて、親子の恩愛を忘れぬ事が、即ち仏恩をも報ずる所以ゆえんだ、とねんごろに話して聞かせたそうです。が、説教日は度々めぐって来ても、誰一人進んで捨児の親だと名乗って出るものは見当りません。――いや勇之助が三歳の時、たった一遍、親だと云う白粉焼おしろいやけのした女が、尋ねて来た事がありました。しかしこれは捨児を種に、悪事でもたくらむつもりだったのでしょう。よくよく問いただして見ると、疑わしい事ばかりでしたから、癇癖かんぺきの強い日錚和尚は、ほとんど腕力を振わないばかりに、さんざん毒舌を加えた揚句あげく、即座に追い払ってしまいました。
    「すると明治二十七年の冬、世間は日清戦争の噂に湧き返っている時でしたが、やはり十六日の説教日に、和尚が庫裡くりから帰って来ると、ひんい三十四五の女が、しとやかにあとを追って来ました。庫裡には釜をかけた囲炉裡いろりの側に、勇之助が蜜柑みかんいている。――その姿を一目見るが早いか、女は何の取付とっつきもなく、和尚の前へ手をついて、震える声を抑えながら、「わたしはこの子の母親でございますが、」と、思い切ったように云ったそうです。これにはさすがの日錚和尚も、しばらくは呆気あっけにとられたまま、挨拶あいさつの言葉さえ出ませんでした。が、女は和尚に頓着なく、じっと畳を見つめながら、ほとんど暗誦でもしているように――と云って心の激動は、体中からだじゅうあらわれているのですが――今日こんにちまでの養育の礼を一々叮嚀ていねいに述べ出すのです。
    「それがややしばらく続いたのち、和尚は朱骨しゅぼね中啓ちゅうけいを挙げて、女の言葉をさえぎりながら、まずこの子を捨てた訳を話して聞かすように促しました。すると女は不相変あいかわらず畳へ眼を落したまま、こう云う話を始めたそうです――
    「ちょうど今から五年以前、女の夫は浅草田原町あさくさたわらまちに米屋の店を開いていましたが、株に手を出したばっかりに、とうとう家産を蕩尽とうじんして、夜逃げ同様横浜よこはまへ落ちて行く事になりました。が、こうなると足手まといなのは、生まれたばかりの男の子です。しかも生憎あいにく女には乳がまるでなかったものですから、いよいよ東京を立ち退こうと云う晩、夫婦は信行寺の門前へ、泣く泣くその赤子を捨てて行きました。
    「それからわずかの知るべを便りに、汽車にも乗らず横浜へ行くと、夫はある運送屋へ奉公をし、女はある糸屋の下女になって、二年ばかり二人とも一生懸命に働いたそうです。その内に運が向いて来たのか、三年目の夏には運送屋の主人が、夫の正直に働くのを見こんで、その頃ようやく開け出した本牧辺ほんもくへんの表通りへ、小さな支店を出させてくれました。同時に女も奉公をやめて、夫と一しょになった事は元より云うまでもありますまい。
    「支店は相当に繁昌はんじょうしました。その上また年が変ると、今度も丈夫そうな男の子が、夫婦のあいだに生まれました。勿論悲惨な捨子の記憶は、この間も夫婦の心の底に、わだかまっていたのに違いありません。殊に女は赤子の口へ乏しい乳を注ぐ度に、必ず東京を立ち退いた晩がはっきりと思い出されたそうです。しかし店はいそがしい。子供も日に増し大きくなる。銀行にも多少は預金が出来た。――と云うような始末でしたから、ともかくも夫婦は久しぶりに、幸福な家庭の生活を送る事だけは出来たのです。
    「が、そう云う幸運が続いたのも、長い間の事じゃありません。やっと笑う事もあるようになったと思うと、二十七年の春※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)そうそう、夫はチブスにかかったなり、一週間とはとこにつかず、ころりと死んでしまいました。それだけならばまだ女も、あきらめようがあったのでしょうが、どうしても思い切れない事には、せっかく生まれた子供までが、夫のひゃっにちも明けない内に、突然疫痢えきり歿くなった事です。女はその当座昼も夜も気違いのように泣き続けました。いや、当座ばかりじゃありません。それ以来かれこれ半年はんとしばかりは、ほとんど放心同様な月日さえ送らなければならなかったのです。
    「その悲しみが薄らいだ時、まず女の心に浮んだのは、捨てた長男に会う事です。「もしあの子が達者だったら、どんなに苦しい事があっても、手もとへ引き取って養育したい。」――そう思うと矢もたてもたまらないような気がしたのでしょう。女はすぐさま汽車に乗って、懐しい東京へ着くが早いか、懐しい信行寺しんぎょうじの門前へやって来ました。それがまたちょうど十六日の説教日の午前だったのです。
    「女は早速庫裡くりへ行って、誰かに子供の消息しょうそくを尋ねたいと思いました。しかし説教がすまない内は、勿論和尚にも会われますまい。そこで女はいら立たしいながらも、本堂一ぱいにつめかけた大勢の善男善女ぜんなんぜんにょまじって、日錚和尚にっそうおしょうの説教にうわそらの耳を貸していました。――と云うよりも実際は、その説教が終るのを待っていたのに過ぎないのです。
    「所が和尚はその日もまた、蓮華夫人れんげふじんが五百人の子とめぐり遇った話を引いて、親子の恩愛がたっとい事を親切に説いて聞かせました。蓮華夫人が五百の卵を生む。その卵が川に流されて、隣国の王に育てられる。卵から生れた五百人の力士は、母とも知らない蓮華夫人の城を攻めに向って来る。蓮華夫人はそれを聞くと、城の上のたかどのに登って、「わたしはお前たち五百人の母だ。その証拠はここにある。」と云う。そうして乳を出しながら、美しい手にしぼって見せる。乳は五百すじの泉のように、高い楼上の夫人の胸から、五百人の力士の口へ一人もれず注がれる。――そう云う天竺てんじく寓意譚ぐういたんは、聞くともなく説教を聞いていた、この不幸な女の心に異常な感動を与えました。だからこそ女は説教がすむと、眼に涙をためたまま、廊下ろうか伝いに本堂から、すぐに庫裡へ急いで来たのです。
    委細いさいを聞き終った日錚和尚は、囲炉裡いろりの側にいた勇之助ゆうのすけを招いで、顔も知らない母親に五年ぶりの対面をさせました。女の言葉が嘘でない事は、自然と和尚にもわかったのでしょう。女が勇之助を抱き上げて、しばらく泣き声をこらえていた時には、豪放濶達ごうほうかったつな和尚の眼にも、いつか微笑を伴った涙が、睫毛まつげの下に輝いていました。
    「そのの事は云わずとも、大抵御察しがつくでしょう。勇之助は母親につれられて、横浜の家へ帰りました。女は夫や子供の死後、なさけ深い運送屋主人夫婦のすすめ通り、達者な針仕事を人に教えて、つつましいながらも苦しくない生計を立てていたのです。」
    客は長い話を終ると、ひざの前の茶碗をとり上げた。が、それに唇は当てず、わたしの顔へ眼をやって、静にこうつけ加えた。
    「その捨児が私です。」
    私は黙ってうなずきながら、湯ざましの湯を急須きゅうすいだ。この可憐な捨児の話が、客松原勇之助まっぱらゆうのすけ君の幼年時代の身の上話だと云う事は、初対面の私にもとうに推測がついていたのであった。
    しばらく沈黙が続いたのち、私は客に言葉をかけた。
    阿母おっかさんは今でも丈夫ですか。」
    すると意外な答があった。
    「いえ、一昨年歿くなりました。――しかし今御話した女は、私の母じゃなかったのです。」
    客は私の驚きを見ると、眼だけにちらりと微笑を浮べた。
    「夫が浅草田原町あさくさたわらまちに米屋を出していたと云う事や、横浜へ行って苦労したと云う事は勿論うそじゃありません。が、捨児をしたと云う事は、嘘だった事が後に知れました。ちょうど母が歿くなる前年、店の商用を抱えた私は、――御承知の通り私の店は綿糸の方をやっていますから、新潟界隈にいがたかいわいを廻って歩きましたが、その時田原町の母の家の隣に住んでいた袋物屋ふくろものやと、一つ汽車に乗り合せたのです。それが問わず語りに話した所では、母は当時女の子を生んで、その子がまた店をしまう前に、死んでしまったとか云う事でした。それから横浜へ帰って後、早速母に知れないように戸籍謄本をとって見ると、なるほど袋物屋の言葉通り、田原町にいた時に生まれたのは、女の子に違いありません。しかも生後三月目みつきめに死んでしまっているのです。母はどう云う量見りょうけんか、子でもない私を養うために、捨児の嘘をついたのでした。そうしてその後二十年あまりは、ほとんど寝食さえ忘れるくらい、私に尽してくれたのでした。
    「どう云う量見か、――それは私も今日こんにちまでには、何度考えて見たかわかりません。が、事実は知れないまでも、一番もっともらしく思われる理由は、日錚和尚の説教が、夫や子に遅れた母の心へ異常な感動を与えた事です。母はその説教を聞いている内に、私の知らない母の役をつとめる気になったのじゃありますまいか。私が寺に拾われている事は、当時説教を聞きに来ていた参詣人からでも教わったのでしょう。あるいは寺の門番が、話して聞かせたかも知れません。」
    客はちょいと口をつぐむと、考え深そうな眼をしながら、思い出したように茶をすすった。
    「そうしてあなたが子でないと云う事は、――子でない事を知ったと云う事は、阿母おっかさんにも話したのですか。」
    私は尋ねずにはいられなかった。
    「いえ、それは話しません。私の方から云い出すのは、余り母に残酷ざんこくですから。母も死ぬまでその事は一言いちごんも私に話しませんでした。やはり話す事は私にも、残酷だと思っていたのでしょう。実際私の母に対するじょうも、子でない事を知ったのち、一転化を来したのは事実です。」
    「と云うのはどう云う意味ですか。」
    私はじっと客の目を見た。
    「前よりも一層なつかしく思うようになったのです。その秘密を知って以来、母は捨児の私には、母以上の人間になりましたから。」
    客はしんみりと返事をした。あたかも彼自身子以上の人間だった事も知らないように。

  • 芥川龍之介「或恋愛小説」田中智之朗読

    16.48
    May 01, 2018

    或恋愛小説

    ――或は「恋愛は至上なり」――

    芥川龍之介

    ある婦人雑誌社の面会室。
    主筆 でっぷりふとった十前後の紳士しんし
    堀川保吉ほりかわやすきち 主筆の肥っているだけにせた上にも痩せて見える三十前後の、――ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と呼ぶのに躊躇ちゅうちょすることだけは事実である。
    主筆 今度は一つうちの雑誌に小説を書いては頂けないでしょうか? どうもこの頃は読者も高級になっていますし、在来の恋愛小説には満足しないようになっていますから、……もっと深い人間性に根ざした、真面目まじめな恋愛小説を書いて頂きたいのです。
    保吉 それは書きますよ。実はこの頃婦人雑誌に書きたいと思っている小説があるのです。
    主筆 そうですか? それは結構です。もし書いて頂ければ、大いに新聞に広告しますよ。「堀川氏の筆に成れる、哀婉あいえんきわまりなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。
    保吉 「哀婉極りなき」? しかし僕の小説は「恋愛は至上しじょうなり」と云うのですよ。
    主筆 すると恋愛の讃美さんびですね。それはいよいよ結構です。厨川くりやがわ博士はかせの「近代恋愛論」以来、一般に青年男女の心は恋愛至上主義に傾いていますから。……勿論近代的恋愛でしょうね?
    保吉 さあ、それは疑問ですね。近代的懐疑かいぎとか、近代的盗賊とか、近代的白髪染しらがぞめとか――そう云うものは確かに存在するでしょう。しかしどうも恋愛だけはイザナギイザナミの昔以来余り変らないように思いますが。
    主筆 それは理論の上だけですよ。たとえば三角関係などは近代的恋愛の一例ですからね。少くとも日本の現状では。
    保吉 ああ、三角関係ですか? それは僕の小説にも三角関係は出て来るのです。……ざっと筋を話して見ましょうか?
    主筆 そうして頂ければ好都合こうつごうです。
    保吉 女主人公じょしゅじんこうは若い奥さんなのです。外交官の夫人なのです。勿論東京のやま邸宅ていたくに住んでいるのですね。せいのすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪にった女主人公ですか?
    主筆 耳隠みみかくしでしょう。
    保吉 じゃ耳隠しにしましょう。いつも髪を耳隠しに結った、色の白い、目のえしたちょっとくちびるに癖のある、――まあ活動写真にすれば栗島澄子くりしますみこ役所やくどころなのです。夫の外交官も新時代の法学士ですから、新派悲劇じみたわからずやじゃありません。学生時代にはベエスボールの選手だった、その上道楽に小説くらいは見る、色の浅黒い好男子なのです。新婚の二人は幸福に山の手の邸宅に暮している。一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。………
    主筆 勿論震災しんさい前でしょうね?
    保吉 ええ、震災のずっと前です。……一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。あるいはまた西洋間せいようまの電燈の下に無言むごんの微笑ばかりわすこともある。女主人公はこの西洋間を「わたしたちの巣」と名づけている。壁にはルノアルやセザンヌの複製などもかかっている。ピアノも黒い胴を光らせている。鉢植えの椰子やしも葉を垂らしている。――と云うと多少気がいていますが、家賃は案外安いのですよ。
    主筆 そう云う説明はらないでしょう。少くとも小説の本文には。
    保吉 いや、必要ですよ。若い外交官の月給などはたかの知れたものですからね。
    主筆 じゃ華族かぞく息子むすこにおしなさい。もっとも華族ならば伯爵か子爵ですね。どう云うものか公爵や侯爵は余り小説には出て来ないようです。
    保吉 それは伯爵の息子でもかまいません。とにかく西洋間さえあればいのです。その西洋間か、銀座通りか、音楽会かを第一回にするのですから。……しかし妙子たえこは――これは女主人公じょしゅじんこうの名前ですよ。――音楽家の達雄たつお懇意こんいになった以後、次第にある不安を感じ出すのです。達雄は妙子を愛している、――そう女主人公は直覚するのですね。のみならずこの不安は一日ましにだんだん高まるばかりなのです。
    主筆 達雄はどう云う男なのですか?
    保吉 達雄は音楽の天才です。ロオランの書いたジャン・クリストフとワッセルマンの書いたダニエル・ノオトハフトとを一丸いちがんにしたような天才です。が、まだ貧乏だったり何かするために誰にも認められていないのですがね。これは僕の友人の音楽家をモデルにするつもりです。もっとも僕の友人は美男びなんですが、達雄は美男じゃありません。顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人やばんじんなのです。しかし目だけは天才らしいひらめきを持っているのですよ。彼の目は一塊いっかい炭火すみびのように不断の熱をはらんでいる。――そう云う目をしているのですよ。
    主筆 天才はきっと受けましょう。
    保吉 しかし妙子は外交官の夫に不足のあるわけではないのです。いや、むしろ前よりも熱烈に夫を愛しているのです。夫もまた妙子を信じている。これは云うまでもないことでしょう。そのために妙子の苦しみは一層つのるばかりなのです。
    主筆 つまりわたしの近代的と云うのはそう云う恋愛のことですよ。
    保吉 達雄はまた毎日電燈さえつけば、必ず西洋間へ顔を出すのです。それも夫のいる時ならばまだしも苦労はないのですが、妙子のひとり留守るすをしている時にもやはり顔を出すのでしょう。妙子はやむを得ずそう云う時にはピアノばかりかせるのです。もっとも夫のいる時でも、達雄はたいていピアノの前へ坐らないことはないのですが。
    主筆 そのうちに恋愛に陥るのですか?
    保吉 いや、容易に陥らないのです。しかしある二月の晩、達雄は急にシュウベルトの「シルヴィアに寄する歌」を弾きはじめるのです。あの流れるほのおのように情熱のこもった歌ですね。妙子は大きい椰子やしの葉の下にじっと耳を傾けている。そのうちにだんだん達雄に対する彼女の愛を感じはじめる。同時にまた目の前へ浮かび上った金色こんじきの誘惑を感じはじめる。もう五分、――いや、もう一分たちさえすれば、妙子は達雄のかいなの中へ体を投げていたかも知れません。そこへ――ちょうどその曲の終りかかったところへ幸い主人が帰って来るのです。
    主筆 それから?
    保吉 それから一週間ばかりたったのち、妙子はとうとう苦しさに堪え兼ね、自殺をしようと決心するのです。が、ちょうど妊娠にんしんしているために、それを断行する勇気がありません。そこで達雄に愛されていることをすっかり夫に打ち明けるのです。もっとも夫を苦しめないように、彼女も達雄を愛していることだけは告白せずにしまうのですが。
    主筆 それから決闘にでもなるのですか?
    保吉 いや、ただ夫は達雄の来た時に冷かに訪問を謝絶しゃぜつするのです。達雄は黙然もくねんくちびるを噛んだまま、ピアノばかり見つめている。妙子は戸の外にたたずんだなりじっと忍び泣きをこらえている。――そののち二月ふたつきとたたないうちに、突然官命を受けた夫は支那しな漢口ハンカオの領事館へ赴任ふにんすることになるのです。
    主筆 妙子も一しょに行くのですか?
    保吉 勿論一しょに行くのです。しかし妙子は立つ前に達雄へ手紙をやるのです。「あなたの心には同情する。が、わたしにはどうすることも出来ない。お互に運命だとあきらめましょう。」――大体そう云う意味ですがね。それ以来妙子は今日までずっと達雄に会わないのです。
    主筆 じゃ小説はそれぎりですね。
    保吉 いや、もう少し残っているのです。妙子は漢口ハンカオへ行ったのちも、時々達雄を思い出すのですね。のみならずしまいには夫よりも実は達雄を愛していたと考えるようになるのですね。いですか? 妙子を囲んでいるのは寂しい漢口ハンカオの風景ですよ。あのとう※(「景+頁」、第3水準1-94-5)さいこうの詩に「晴川歴歴せいせんれきれき漢陽樹かんようじゅ 芳草萋萋ほうそうせいせい鸚鵡洲おうむしゅう」と歌われたことのある風景ですよ。妙子はとうとうもう一度、――一年ばかりたったのちですが、――達雄へ手紙をやるのです。「わたしはあなたを愛していた。今でもあなたを愛している。どうかみずかあざむいていたわたしを可哀かわいそうに思って下さい。」――そう云う意味の手紙をやるのです。その手紙を受けとった達雄は……
    主筆 早速さっそく支那へ出かけるのでしょう。
    保吉 とうていそんなことは出来ません。何しろ達雄は飯を食うために、浅草あさくさのある活動写真館のピアノをいているのですから。
    主筆 それは少し殺風景ですね。
    保吉 殺風景でも仕かたはありません。達雄は場末ばすえのカフェのテエブルに妙子の手紙の封を切るのです。窓の外の空は雨になっている。達雄は放心したようにじっと手紙を見つめている。何だかそのぎょうあいだに妙子の西洋間せいようまが見えるような気がする。ピアノのふたに電燈の映った「わたしたちの巣」が見えるような気がする。……
    主筆 ちょっともの足りない気もしますが、とにかく近来の傑作ですよ。ぜひそれを書いて下さい。
    保吉 実はもう少しあるのですが。
    主筆 おや、まだおしまいじゃないのですか?
    保吉 ええ、そのうちに達雄は笑い出すのです。と思うとまたいまいましそうに「畜生ちくしょう」などと怒鳴どなり出すのです。
    主筆 ははあ、発狂したのですね。
    保吉 何、莫迦莫迦ばかばかしさにごうやしたのです。それは業を煮やすはずでしょう。元来達雄は妙子などを少しも愛したことはないのですから。……
    主筆 しかしそれじゃ。……
    保吉 達雄はただ妙子のうちへピアノを弾きたさに行ったのですよ。云わばピアノを愛しただけなのですよ。何しろ貧しい達雄にはピアノを買う金などはないはずですからね。
    主筆 ですがね、堀川さん。
    保吉 しかし活動写真館のピアノでも弾いていられた頃はまだしも達雄には幸福だったのです。達雄はこの間の震災以来、巡査になっているのですよ。護憲運動ごけんうんどうのあった時などは善良なる東京市民のために袋叩ふくろだたきにされているのですよ。ただ山の手の巡回中、まれにピアノのでもすると、その家の外にたたずんだまま、はかない幸福を夢みているのですよ。
    主筆 それじゃ折角せっかくの小説は……
    保吉 まあ、お聞きなさい。妙子はその間も漢口ハンカオの住いに不相変あいかわらず達雄を思っているのです。いや漢口ハンカオばかりじゃありません。外交官の夫の転任する度に、上海シャンハイだの北京ペキンだの天津テンシンだのへ一時の住いを移しながら、不相変あいかわらず達雄を思っているのです。勿論もう震災の頃には大勢おおぜいの子もちになっているのですよ。ええと、――年児としご双児ふたごを生んだものですから、四人の子もちになっているのですよ。おまけにまた夫はいつのまにか大酒飲みになっているのですよ。それでもぶたのようにふとった妙子はほんとうに彼女と愛し合ったものは達雄だけだったと思っているのですね。恋愛は実際至上なりですね。さもなければとうてい妙子のように幸福になれるはずはありません。少くとも人生のぬかるみをにくまずにいることは出来ないでしょう。――どうです、こう云う小説は?
    主筆 堀川さん。あなたは一体真面目まじめなのですか?
    保吉 ええ、勿論真面目です。世間の恋愛小説を御覧なさい。女主人公じょしゅじんこうはマリアでなければクレオパトラじゃありませんか? しかし人生の女主人公は必ずしも貞女じゃないと同時に、必ずしもまた婬婦いんぷでもないのです。もし人のい読者のうちに、一人でもああ云う小説をに受ける男女があって御覧なさい。もっとも恋愛の円満えんまん成就じょうじゅした場合は別問題ですが、万一失恋でもした日には必ず莫迦莫迦ばかばかしい自己犠牲じこぎせいをするか、さもなければもっと莫迦莫迦しい復讐的精神を発揮しますよ。しかもそれを当事者自身は何か英雄的行為のようにうぬれ切ってするのですからね。けれどもわたしの恋愛小説には少しもそう云う悪影響を普及する傾向はありません。おまけに結末は女主人公の幸福を讃美さんびしているのです。
    主筆 常談じょうだんでしょう。……とにかくうちの雑誌にはとうていそれは載せられません。
    保吉 そうですか? じゃどこかほかへ載せて貰います。広い世の中には一つくらい、わたしの主張をれてくれる婦人雑誌もあるはずですから。
    保吉の予想の誤らなかった証拠はこの対話のここに載ったことである。

    (大正十三年三月)

  • 芥川龍之介「舞踏会」石丸絹子朗読

    19.77
    Apr 18, 2018

    舞踏会

    芥川龍之介

    明治十九年十一月三日の夜であつた。当時十七歳だつた――の令嬢明子あきこは、頭の禿げた父親と一しよに、今夜の舞踏会が催さるべき鹿鳴館ろくめいくあんの階段を上つて行つた。あかる瓦斯ガスの光に照らされた、幅の広い階段の両側には、ほとんど人工に近い大輪の菊の花が、三重のまがきを造つてゐた。菊は一番奥のがうすべに、中程のが濃い黄色、一番前のがまつ白な花びらを流蘇ふさの如く乱してゐるのであつた。さうしてその菊の籬の尽きるあたり、階段の上の舞踏室からは、もう陽気な管絃楽の音が、抑へ難い幸福の吐息のやうに、休みなく溢れて来るのであつた。
    明子はつと仏蘭西フランス語と舞踏との教育を受けてゐた。が、正式の舞踏会に臨むのは、今夜がまだ生まれて始めてであつた。だから彼女は馬車の中でも、折々話しかける父親に、うはの空の返事ばかり与へてゐた。それ程彼女の胸の中には、愉快なる不安とでも形容すべき、一種の落着かない心もちが根を張つてゐたのであつた。彼女は馬車が鹿鳴館の前に止るまで、何度いら立たしい眼を挙げて、窓の外に流れて行く東京の町の乏しい燈火ともしびを、見つめた事だか知れなかつた。
    が、鹿鳴館の中へはひると、間もなく彼女はその不安を忘れるやうな事件に遭遇した。と云ふのは階段の丁度中程まで来かかつた時、二人は一足先に上つて行く支那の大官に追ひついた。すると大官は肥満した体を開いて、二人を先へ通らせながら、あきれたやうな視線を明子へ投げた。初々うひうひしい薔薇色の舞踏服、品好く頸へかけた水色のリボン、それから濃い髪に匂つてゐるたつた一輪の薔薇の花――実際その夜の明子の姿は、この長い辮髪べんぱつを垂れた支那の大官の眼を驚かすべく、開化の日本の少女の美を遺憾ゐかんなく具へてゐたのであつた。と思ふと又階段を急ぎ足に下りて来た、若い燕尾服の日本人も、途中で二人にすれ違ひながら、反射的にちよいと振り返つて、やはりあきれたやうな一瞥いちべつを明子の後姿に浴せかけた。それから何故か思ひついたやうに、白い襟飾ネクタイへ手をやつて見て、又菊の中を忙しく玄関の方へ下りて行つた。
    二人が階段を上り切ると、二階の舞踏室の入口には、半白の頬鬚ほほひげを蓄へた主人役の伯爵が、胸間に幾つかの勲章を帯びて、路易ルイ十五世式の装ひをらした年上の伯爵夫人と一しよに、大様おほやうに客を迎へてゐた。明子はこの伯爵でさへ、彼女の姿を見た時には、その老獪らうくあいらしい顔の何処かに、一瞬間無邪気な驚嘆の色が去来したのを見のがさなかつた。人の好い明子の父親は、嬉しさうな微笑を浮べながら、伯爵とその夫人とへ手短てみじかに娘を紹介した。彼女は羞恥しうちと得意とをかはがはる味つた。が、その暇にも権高けんだかな伯爵夫人の顔だちに、一点下品な気があるのを感づくだけの余裕があつた。
    舞踏室の中にも至る所に、菊の花が美しく咲き乱れてゐた。さうして又至る所に、相手を待つてゐる婦人たちのレエスや花や象牙の扇が、爽かな香水の匂の中に、音のない波の如く動いてゐた。明子はすぐに父親と分れて、その綺羅きらびやかな婦人たちの或一団と一しよになつた。それは皆同じやうな水色や薔薇色の舞踏服を着た、同年輩らしい少女であつた。彼等は彼女を迎へると、小鳥のやうにさざめき立つて、口口に今夜の彼女の姿が美しい事を褒め立てたりした。
    が、彼女がその仲間へはひるや否や、見知らない仏蘭西フランスの海軍将校が、何処からか静に歩み寄つた。さうして両腕を垂れた儘、叮嚀に日本風の会釈ゑしやくをした。明子はかすかながら血の色が、頬に上つて来るのを意識した。しかしその会釈が何を意味するかは、問ふまでもなく明かだつた。だから彼女は手にしてゐた扇を預つて貰ふべく、隣に立つてゐる水色の舞踏服の令嬢をふり返つた。と同時に意外にも、その仏蘭西の海軍将校は、ちらりと頬に微笑の影を浮べながら、異様なアクサンを帯びた日本語で、はつきりと彼女にかう云つた。
    「一しよに踊つては下さいませんか。」

    間もなく明子は、その仏蘭西の海軍将校と、「美しく青きダニウブ」のヴアルスを踊つてゐた。相手の将校は、頬の日に焼けた、眼鼻立ちのあざやかな、濃い口髭のある男であつた。彼女はその相手の軍服の左の肩に、長い手袋をめた手を預くべく、余りに背が低かつた。が、場馴れてゐる海軍将校は、巧に彼女をあしらつて、軽々と群集の中を舞ひ歩いた。さうして時々彼女の耳に、愛想の好い仏蘭西語の御世辞さへもささやいた。
    彼女はその優しい言葉に、恥しさうな微笑を酬いながら、時々彼等が踊つてゐる舞踏室の周囲へ眼を投げた。皇室の御紋章を染め抜いた紫縮緬ちりめん幔幕まんまくや、爪を張つた蒼竜さうりゆうが身をうねらせてゐる支那の国旗の下には、花瓶々々の菊の花が、或は軽快な銀色を、或は陰欝いんうつな金色を、人波の間にちらつかせてゐた。しかもその人波は、三鞭酒シヤンパアニユのやうに湧き立つて来る、花々しい独逸ドイツ管絃楽の旋律の風に煽られて、暫くも目まぐるしい動揺を止めなかつた。明子はやはり踊つてゐる友達の一人と眼を合はすと、互に愉快さうなうなづきを忙しい中に送り合つた。が、その瞬間には、もう違つた踊り手が、まるで大きなが狂ふやうに、何処からか其処へ現れてゐた。
    しかし明子はその間にも、相手の仏蘭西の海軍将校の眼が、彼女の一挙一動に注意してゐるのを知つてゐた。それは全くこの日本に慣れない外国人が、如何に彼女の快活な舞踏ぶりに、興味があつたかを語るものであつた。こんな美しい令嬢も、やはり紙と竹との家の中に、人形の如く住んでゐるのであらうか。さうして細い金属の箸で、青い花の描いてある手のひら程の茶碗から、米粒を挾んで食べてゐるのであらうか。――彼の眼の中にはかう云ふ疑問が、何度も人懐しい微笑と共に往来するやうであつた。明子にはそれが可笑をかしくもあれば、同時に又誇らしくもあつた。だから彼女の華奢きやしやな薔薇色の踊り靴は、物珍しさうな相手の視線が折々足もとへ落ちる度に、一層身軽くなめらかな床の上をすべつて行くのであつた。
    が、やがて相手の将校は、この児猫のやうな令嬢の疲れたらしいのに気がついたと見えて、いたはるやうに顔を覗きこみながら、
    「もつと続けて踊りませうか。」
    「ノン・メルシイ。」
    明子は息をはずませながら、今度ははつきりとかう答へた。
    するとその仏蘭西の海軍将校は、まだヴアルスの歩みを続けながら、前後左右に動いてゐるレエスや花の波を縫つて、壁側かべぎはの花瓶の菊の方へ、悠々と彼女を連れて行つた。さうして最後の一廻転の後、其処にあつた椅子の上へ、あざやかに彼女を掛けさせると、自分は一旦軍服の胸を張つて、それから又前のやうにうやうやしく日本風の会釈をした。

    その後又ポルカやマズユルカを踊つてから、明子はこの仏蘭西の海軍将校と腕を組んで、白と黄とうす紅と三重の菊のまがきの間を、階下の広い部屋へ下りて行つた。
    此処には燕尾服や白い肩がしつきりなく去来する中に、銀や硝子ガラスの食器類におほはれた幾つかの食卓が、或は肉と松露しようろとの山を盛り上げたり、或はサンドウイツチとアイスクリイムとの塔をそばだてたり、或は又柘榴ざくろ無花果いちじゆくとの三角塔を築いたりしてゐた。殊に菊の花が埋め残した、部屋の一方の壁上には、巧な人工の葡萄蔓ぶだうつるが青々とからみついてゐる、美しい金色の格子があつた。さうしてその葡萄の葉の間には、蜂の巣のやうな葡萄の房が、累々るゐるゐと紫に下つてゐた。明子はその金色の格子の前に、頭の禿げた彼女の父親が、同年輩の紳士と並んで、葉巻をくはへてゐるのに遇つた。父親は明子の姿を見ると、満足さうにちよいと頷いたが、それぎり連れの方を向いて、又葉巻をくゆらせ始めた。
    仏蘭西の海軍将校は、明子と食卓の一つへ行つて、一しよにアイスクリイムのさじを取つた。彼女はその間も相手の眼が、折々彼女の手や髪や水色のリボンを掛けたくびへ注がれてゐるのに気がついた。それは勿論彼女にとつて、不快な事でも何でもなかつた。が、或刹那には女らしい疑ひもひらめかずにはゐられなかつた。そこで黒い天鵞絨びろうどの胸に赤い椿の花をつけた、独逸人らしい若い女が二人の傍を通つた時、彼女はこの疑ひをほのめかせる為に、かう云ふ感歎の言葉を発明した。
    「西洋の女の方はほんたうに御美しうございますこと。」
    海軍将校はこの言葉を聞くと、思ひの外真面目に首を振つた。
    「日本の女の方も美しいです。殊にあなたなぞは――」
    「そんな事はこざいませんわ。」
    「いえ、御世辞ではありません。その儘すぐに巴里パリの舞踏会へも出られます。さうしたら皆が驚くでせう。ワツトオの画の中の御姫様のやうですから。」
    明子はワツトオを知らなかつた。だから海軍将校の言葉が呼び起した、美しい過去の幻も――仄暗い森の噴水とすがれて行く薔薇との幻も、一瞬の後には名残りなく消え失せてしまはなければならなかつた。が、人一倍感じの鋭い彼女は、アイスクリイムの匙を動かしながら、僅にもう一つ残つてゐる話題にすがる事を忘れなかつた。
    「私も巴里の舞踏会へ参つて見たうございますわ。」
    「いえ、巴里の舞踏会も全くこれと同じ事です。」
    海軍将校はかう云ひながら、二人の食卓をめぐつてゐる人波と菊の花とを見廻したが、忽ち皮肉な微笑の波が瞳の底に動いたと思ふと、アイスクリイムの匙を止めて、
    「巴里ばかりではありません。舞踏会は何処でも同じ事です。」と半ば独り語のやうにつけ加へた。

    一時間の後、明子と仏蘭西フランスの海軍将校とは、やはり腕を組んだ儘、大勢の日本人や外国人と一しよに、舞踏室の外にある星月夜の露台に佇んでゐた。
    欄干一つへだてた露台の向うには、広い庭園を埋めた針葉樹が、ひつそりと枝を交し合つて、そのこずゑに点々と鬼灯提燈ほほづきぢやうちんの火をかしてゐた。しかも冷かな空気の底には、下の庭園から上つて来る苔の匂や落葉の匂が、かすかに寂しい秋の呼吸を漂はせてゐるやうであつた。が、すぐ後の舞踏室では、やはりレエスや花の波が、十六菊を染め抜いた紫縮緬ちりめんの幕の下に、休みない動揺を続けてゐた。さうして又調子の高い管絃楽のつむじ風が、相不変あひかはらずその人間の海の上へ、用捨ようしやもなく鞭を加へてゐた。
    勿論この露台の上からも、絶えず賑な話し声や笑ひ声が夜気をゆすつてゐた。まして暗い針葉樹の空に美しい花火が揚る時には、ほとんど人どよめきにも近い音が、一同の口から洩れた事もあつた。その中に交つて立つてゐた明子も、其処にゐた懇意の令嬢たちとは、さつきから気軽な雑談を交換してゐた。が、やがて気がついて見ると、あの仏蘭西の海軍将校は、明子に腕を借した儘、庭園の上の星月夜へ黙然もくねんと眼を注いでゐた。彼女にはそれが何となく、郷愁でも感じてゐるやうに見えた。そこで明子は彼の顔をそつと下から覗きこんで、
    「御国の事を思つていらつしやるのでせう。」と半ば甘えるやうに尋ねて見た。
    すると海軍将校は相不変微笑を含んだ眼で、静かに明子の方へ振り返つた。さうして「ノン」と答へる代りに、子供のやうに首を振つて見せた。
    「でも何か考へていらつしやるやうでございますわ。」
    「何だか当てて御覧なさい。」
    その時露台に集つてゐた人々の間には、又一しきり風のやうなざわめく音が起り出した。明子と海軍将校とは云ひ合せたやうに話をやめて、庭園の針葉樹を圧してゐる夜空の方へ眼をやつた。其処には丁度赤と青との花火が、蜘蛛手くもでに闇をはじきながら、まさに消えようとする所であつた。明子には何故かその花火が、殆悲しい気を起させる程それ程美しく思はれた。
    「私は花火の事を考へてゐたのです。我々のヴイのやうな花火の事を。」
    暫くして仏蘭西の海軍将校は、優しく明子の顔を見下しながら、教へるやうな調子でかう云つた。

  • 芥川龍之介「トロッコ」 喜多川拓郎朗読

    19.40
    Mar 15, 2018

    トロッコ

    芥川龍之介

    小田原熱海あたみ間に、軽便鉄道敷設ふせつの工事が始まったのは、良平りょうへいの八つの年だった。良平は毎日村はずれへ、その工事を見物に行った。工事を――といったところが、ただトロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。
    トロッコの上には土工が二人、土を積んだうしろたたずんでいる。トロッコは山をくだるのだから、人手を借りずに走って来る。あおるように車台が動いたり、土工の袢天はんてんすそがひらついたり、細い線路がしなったり――良平はそんなけしきをながめながら、土工になりたいと思う事がある。せめては一度でも土工と一しょに、トロッコへ乗りたいと思う事もある。トロッコは村外れの平地へ来ると、自然と其処そこに止まってしまう。と同時に土工たちは、身軽にトロッコを飛び降りるが早いか、その線路の終点へ車の土をぶちまける。それから今度はトロッコを押し押し、もと来た山の方へ登り始める。良平はその時乗れないまでも、押す事さえ出来たらと思うのである。
    ある夕方、――それは二月の初旬だった。良平は二つ下の弟や、弟と同じ年の隣の子供と、トロッコの置いてある村外れへ行った。トロッコは泥だらけになったまま、薄明るい中に並んでいる。が、そのほか何処どこを見ても、土工たちの姿は見えなかった。三人の子供は恐る恐る、一番はしにあるトロッコを押した。トロッコは三人の力がそろうと、突然ごろりと車輪をまわした。良平はこの音にひやりとした。しかし二度目の車輪の音は、もう彼を驚かさなかった。ごろり、ごろり、――トロッコはそう云う音と共に、三人の手に押されながら、そろそろ線路を登って行った。
    その内にかれこれ十けん程来ると、線路の勾配こうばいが急になり出した。トロッコも三人の力では、いくら押しても動かなくなった。どうかすれば車と一しょに、押し戻されそうにもなる事がある。良平はもういと思ったから、年下の二人に合図をした。
    「さあ、乗ろう!」
    彼等は一度に手をはなすと、トロッコの上へ飛び乗った。トロッコは最初おもむろに、それから見る見るいきおいよく、一息に線路をくだり出した。その途端につき当りの風景は、たちまち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る。顔に当る薄暮はくぼの風、足の下におどるトロッコの動揺、――良平はほとん有頂天うちょうてんになった。
    しかしトロッコは二三分ののち、もうもとの終点に止まっていた。
    「さあ、もう一度押すじゃあ」
    良平は年下の二人と一しょに、又トロッコを押し上げにかかった。が、まだ車輪も動かない内に、突然彼等のうしろには、誰かの足音が聞え出した。のみならずそれは聞え出したと思うと、急にこう云う怒鳴り声に変った。
    「この野郎! 誰にことわってトロにさわった?」
    其処には古い印袢天しるしばんてんに、季節外れの麦藁帽むぎわらぼうをかぶった、背の高い土工が佇んでいる。――そう云う姿が目にはいった時、良平は年下の二人と一しょに、もう五六間逃げ出していた。――それぎり良平は使の帰りに、人気のない工事場のトロッコを見ても、二度と乗って見ようと思った事はない。唯その時の土工の姿は、今でも良平の頭の何処かに、はっきりした記憶を残している。薄明りの中にほのめいた、小さい黄色の麦藁帽、――しかしその記憶さえも、年毎としごとに色彩は薄れるらしい。
    そののち十日余りたってから、良平は又たった一人、ひる過ぎの工事場に佇みながら、トロッコの来るのを眺めていた。すると土を積んだトロッコのほかに、枕木まくらぎを積んだトロッコが一りょう、これは本線になるはずの、太い線路を登って来た。このトロッコを押しているのは、二人とも若い男だった。良平は彼等を見た時から、何だか親しみやすいような気がした。「この人たちならばしかられない」――彼はそう思いながら、トロッコのそばけて行った。
    「おじさん。押してやろうか?」
    その中の一人、――しまのシャツを着ている男は、俯向うつむきにトロッコを押したまま、思った通り快い返事をした。
    「おお、押してくよう
    良平は二人の間にはいると、力一杯押し始めた。
    われ中中なかなか力があるな」
    の一人、――耳に巻煙草まきたばこはさんだ男も、こう良平をめてくれた。
    その内に線路の勾配は、だんだん楽になり始めた。「もう押さなくともい」――良平は今にも云われるかと内心気がかりでならなかった。が、若い二人の土工は、前よりも腰を起したぎり、黙黙と車を押し続けていた。良平はとうとうこらえ切れずに、ずこんな事を尋ねて見た。
    何時いつまでも押していてい?」
    「好いとも」
    二人は同時に返事をした。良平は「優しい人たちだ」と思った。
    五六町余り押し続けたら、線路はもう一度急勾配になった。其処には両側の蜜柑畑みかんばたけに、黄色い実がいくつも日を受けている。
    「登りみちの方が好い、何時いつまでも押させてくれるから」――良平はそんな事を考えながら、全身でトロッコを押すようにした。
    蜜柑畑の間を登りつめると、急に線路はくだりになった。縞のシャツを着ている男は、良平に「やい、乗れ」と云った。良平はすぐに飛び乗った。トロッコは三人が乗り移ると同時に、蜜柑畑の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)においあおりながら、ひたすべりに線路を走り出した。「押すよりも乗る方がずっと好い」――良平は羽織に風をはらませながら、当り前の事を考えた。「行きに押す所が多ければ、帰りに又乗る所が多い」――そうもまた考えたりした。
    竹藪たけやぶのある所へ来ると、トロッコは静かに走るのをめた。三人は又前のように、重いトロッコを押し始めた。竹藪は何時か雑木林になった。爪先つまさき上りの所所ところどころには、赤錆あかさびの線路も見えない程、落葉のたまっている場所もあった。その路をやっと登り切ったら、今度は高いがけの向うに、広広と薄ら寒い海が開けた。と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはっきりと感じられた。
    三人は又トロッコへ乗った。車は海を右にしながら、雑木の枝の下を走って行った。しかし良平はさっきのように、面白い気もちにはなれなかった。「もう帰ってくれればい」――彼はそうも念じて見た。が、行く所まで行きつかなければ、トロッコも彼等も帰れない事は、勿論もちろん彼にもわかり切っていた。
    その次に車の止まったのは、切崩きりくずした山を背負っている、藁屋根の茶店の前だった。二人の土工はその店へはいると、乳呑児ちのみごをおぶったかみさんを相手に、悠悠ゆうゆうと茶などを飲み始めた。良平はひとりいらいらしながら、トロッコのまわりをまわって見た。トロッコには頑丈がんじょうな車台の板に、ねかえった泥がかわいていた。
    少時しばらくのち茶店を出て来しなに、巻煙草を耳にはさんだ男は、(その時はもう挟んでいなかったが)トロッコの側にいる良平に新聞紙に包んだ駄菓子をくれた。良平は冷淡に「難有ありがとう」と云った。が、すぐに冷淡にしては、相手にすまないと思い直した。彼はその冷淡さを取り繕うように、包み菓子の一つを口へ入れた。菓子には新聞紙にあったらしい、石油の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)がしみついていた。
    三人はトロッコを押しながらゆるい傾斜を登って行った。良平は車に手をかけていても、心はほかの事を考えていた。
    その坂を向うへり切ると、又同じような茶店があった。土工たちがその中へはいったあと、良平はトロッコに腰をかけながら、帰る事ばかり気にしていた。茶店の前には花のさいた梅に、西日の光が消えかかっている。「もう日が暮れる」――彼はそう考えると、ぼんやり腰かけてもいられなかった。トロッコの車輪をって見たり、一人では動かないのを承知しながらうんうんそれを押して見たり、――そんな事に気もちを紛らせていた。
    ところが土工たちは出て来ると、車の上の枕木まくらぎに手をかけながら、無造作むぞうさに彼にこう云った。
    われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」
    「あんまり帰りが遅くなるとわれうちでも心配するずら
    良平は一瞬間呆気あっけにとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日のみちはその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、――そう云う事が一時にわかったのである。良平はほとんど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜おじぎをすると、どんどん線路伝いに走り出した。
    良平は少時しばらく無我夢中に線路の側を走り続けた。その内にふところの菓子包みが、邪魔になる事に気がついたから、それを路側みちばたり出す次手ついでに、板草履いたぞうりも其処へ脱ぎ捨ててしまった。すると薄い足袋たびの裏へじかに小石が食いこんだが、足だけははるかに軽くなった。彼は左に海を感じながら、急な坂路さかみちけ登った。時時涙がこみ上げて来ると、自然に顔がゆがんで来る。――それは無理に我慢しても、鼻だけは絶えずくうくう鳴った。
    竹藪の側を駈け抜けると、夕焼けのした日金山ひがねやまの空も、もう火照ほてりが消えかかっていた。良平は、いよいよ気が気でなかった。きとかえりと変るせいか、景色の違うのも不安だった。すると今度は着物までも、汗のれ通ったのが気になったから、やはり必死に駈け続けたなり、羽織を路側みちばたへ脱いで捨てた。
    蜜柑畑へ来る頃には、あたりは暗くなる一方だった。「命さえ助かれば――」良平はそう思いながら、すべってもつまずいても走って行った。
    やっと遠い夕闇ゆうやみの中に、村外れの工事場が見えた時、良平は一思いに泣きたくなった。しかしその時もべそはかいたが、とうとう泣かずに駈け続けた。
    彼の村へはいって見ると、もう両側の家家には、電燈の光がさし合っていた。良平はその電燈の光に、頭から汗の湯気ゆげの立つのが、彼自身にもはっきりわかった。井戸端に水をんでいる女衆おんなしゅうや、畑から帰って来る男衆おとこしゅうは、良平があえぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。が、彼は無言のまま、雑貨屋だの床屋だの、明るい家の前を走り過ぎた。
    彼のうち門口かどぐちへ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き出さずにはいられなかった。その泣き声は彼の周囲まわりへ、一時に父や母を集まらせた。ことに母は何とか云いながら、良平の体をかかえるようにした。が、良平は手足をもがきながら、すすり上げ啜り上げ泣き続けた。その声が余り激しかったせいか、近所の女衆も三四人、薄暗い門口へ集って来た。父母は勿論その人たちは、口口に彼の泣くわけを尋ねた。しかし彼は何と云われても泣き立てるより外に仕方がなかった。あの遠い路を駈け通して来た、今までの心細さをふり返ると、いくら大声に泣き続けても、足りない気もちに迫られながら、…………
    良平は二十六の年、妻子さいしと一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆しゅふでを握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。全然何の理由もないのに?――塵労じんろうに疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………

  • 芥川龍之介「虎の話」駒形美英朗読

    6.43
    Mar 06, 2018

    虎の話

    芥川龍之介

    師走しはすの或、父は五歳になる男の子をき、一しよに炬燵こたつへはひつてゐる。
    子 お父さんなにかお話しをして!
    父 なんの話?
    子 なんでも。……うん、虎のお話がいや。
    父 虎の話? 虎の話は困つたな。
    子 よう、虎の話をさあ。
    父 虎の話と。……ぢや虎の話をして上げよう。昔、朝鮮のらつぱそつがね、すつかりお酒に酔つ払らつて、山路やまみちにぐうぐう寝てゐたとさ。すると顔が濡れるもんだから、何かと思つて目をさますと、いつのにか大きい虎が一匹、の先に水をつけてはらつぱ卒の顔を撫でてゐたとさ。
    子 どうして?
    父 そりやらつぱ卒が酔つぱらつてゐたから、お酒つ臭いにほひをなくした上、食べることにしようと思つたのさ。
    子 それから?
    父 それかららつぱ卒は覚悟をきめて、力一ぱい持つてゐたらつぱを虎のお尻へ突き立てたとさ。虎は痛いのにびつくりして、どんどん町の方へ逃げ出したとさ。
    子 死ななかつたの?
    父 そのうちに町のまん中へ来ると、とうとうお尻の傷の為に倒れて死んでしまつたとさ。けれどもお尻に立つてゐたらつぱは虎の死んでしまふまで、ぶうぶう鳴りつづけに鳴つてゐたとさ。
    子 (笑ふ)らつぱ卒は?
    父 らつぱ卒は大へん褒められて虎退治の御褒美ごはうびを貰つたつて……さあ、それでおしまひだよ。
    子 いやだ。何かもう一つ。
    父 今度は虎の話ぢやないよ。
    子 ううん、今度も虎のお話をして。
    父 そんなに虎の話ばかりありやしない。ええと、何かなかつたかな?……ああ、ぢやもう一つして上げよう。これも朝鮮の猟師がね、或山奥へ狩をしに行つたら、丁度ちやうど目の下の谷底に虎が一匹歩いてゐたとさ。
    子 大きい虎?
    父 うん、大きい虎がね。猟師はい獲物だと思つて早速さつそく鉄砲へ玉をこめたとさ。
    子 打つたの?
    父 ところが打たうとした時にね、虎はいきなり身をちぢめたと思ふと、向うの大岩に飛びあがつたとさ。けれども宙へ躍り上つたぎり、生憎あいにく大岩へとどかないうちに地びたへ落ちてしまつたとさ。
    子 それから?
    父 それから虎はもう一度もとの処へ帰つて来た上、又大岩へ飛びかかつたとさ。
    子 今度はうまく飛びついた?
    父 今度もまた落ちてしまつたとさ。すると如何いかにもはづかしさうに長いを垂らしたなり、何処どこかへ行つてしまつたとさ。
    子 ぢや虎は打たなかつたの?
    父 うん、あんまりその容子ようすが人間のやうに見えたもんだから、可哀かはいさうになつてよしてしまつたつて。
    子 つまらないなあ、そんなお話。何かもう一つ虎のお話をして。
    父 もう一つ? 今度は猫の話をしよう。長靴をはいた猫の話を。
    子 ううん、もう一つ虎のお話をして。
    父 仕かたがないな。……ぢや昔大きい虎がね。子虎を三匹持つてゐたとさ。虎はいつも日暮になると三匹の子虎と遊んでゐたとさ。それからよる洞穴ほらあなへはひつて三匹の子虎と一しよに寝たとさ。……おい、寝ちまつちやいけないよ。
    子 (眠むさうに)うん。
    父 ところが或秋の日の暮、虎は猟師の矢を受けて、死なないばかりになつて帰つて来たとさ。なんにも知らない三匹の子虎はすぐに虎にじやれついたとさ。すると虎はいつものやうに躍つたりはねたりして遊んだとさ。それから又夜もいつものやうに洞穴へはひつて一しよに寝たとさ。けれども夜明けになつて見ると、虎は、いつか三匹の子虎のまん中へはひつて死んでゐたとさ。子虎は皆驚いて、……おい、おきてゐるかい?
    子 (寝入つて答へをしない)……
    父 おい、誰かゐないか? こいつはもう寝てしまつたよ。
    遠くで「はい、唯今」といふ返事が聞える。

    (大正十四年十二月)

  • 芥川龍之介「妙な話」石丸絹子朗読

    17.13
    Nov 08, 2017

    妙な話

    芥川龍之介

    ある冬のわたしは旧友の村上むらかみと一しょに、銀座ぎんざ通りを歩いていた。
    「この間千枝子ちえこから手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。」
    村上はふと思い出したように、今は佐世保させほに住んでいる妹の消息を話題にした。
    「千枝子さんも健在たっしゃだろうね。」
    「ああ、この頃はずっと達者のようだ。あいつも東京にいる時分は、随分ずいぶん神経衰弱もひどかったのだが、――あの時分は君も知っているね。」
    「知っている。が、神経衰弱だったかどうか、――」
    「知らなかったかね。あの時分の千枝子と来た日には、まるで気違いも同様さ。泣くかと思うと笑っている。笑っているかと思うと、――妙な話をし出すのだ。」
    「妙な話?」
    村上は返事をする前に、ある珈琲店カッフェ硝子扉ガラスどを押した。そうして往来の見える卓子テーブルに私と向い合って腰を下した。
    「妙な話さ。君にはまだ話さなかったかしら。これはあいつが佐世保へ行く前に、僕に話して聞かせたのだが。――」

    君も知っている通り、千枝子の夫は欧洲おうしゅう戦役中、地中海ちちゅうかい方面へ派遣された「A――」の乗組将校だった。あいつはその留守るすあいだ、僕の所へ来ていたのだが、いよいよ戦争も片がつくと云う頃から、急に神経衰弱がひどくなり出したのだ。その主な原因は、今まで一週間に一度ずつはきっと来ていた夫の手紙が、ぱったり来なくなったせいかも知れない。何しろ千枝子は結婚後まだ半年はんとしと経たない内に、夫と別れてしまったのだから、その手紙を楽しみにしていた事は、遠慮のない僕さえひやかすのは、残酷ざんこくな気がするくらいだった。
    ちょうどその時分の事だった。ある日、――そうそう、あの日は紀元節きげんせつだっけ。何でも朝から雨の降り出した、寒さの厳しい午後だったが、千枝子は久しぶりに鎌倉かまくらへ、遊びに行って来ると云い出した。鎌倉にはある実業家の細君になった、あいつの学校友だちが住んでいる。――そこへ遊びに行くと云うのだが、何もこの雨の降るのに、わざわざ鎌倉くんだりまで遊びに行く必要もないと思ったから、僕は勿論僕のさいも、再三明日あしたにした方が好くはないかと云って見た。しかし千枝子は剛情に、どうしても今日行きたいと云う。そうしてしまいには腹を立てながら、さっさと支度して出て行ってしまった。

  • 芥川龍之介「東京に生まれて」駒形恵美 朗読

    3.90
    Sep 15, 2017

    東京に生れて

    芥川龍之介

    変化の激しい都会
    僕に東京の印象を話せといふのは無理である。何故といへば、或る印象を得るためには、印象するものと、印象されるものとの間に、或る新鮮さがなければならない。ところが、僕は東京に生れ、東京に育ち、東京に住んでゐる。だから、東京に対する神経は麻痺し切つてゐるといつてもいゝ。従つて、東京の印象といふやうなことは、ほとんど話すことがないのである。
    しかし、こゝに幸せなことは、東京は変化の激しい都会である。例へばつい半年ほど前には、石の擬宝珠ぎぼしのあつた京橋も、このごろでは、西洋風の橋に変つてゐる。そのために、東京の印象といふやうなものが、多少は話せないわけでもない。殊に、僕の如き出不精なものは、それだけ変化にも驚き易いから、幾分か話すたねも殖えるわけである。

    住み心地のよくないところ
    大体にいへば、今の東京はあまり住み心地のいゝところではない。例へば、大川にしても、僕が子供の時分には、まだ百本杭もあつたし、中洲界隈は一面の蘆原だつたが、もう今では如何にも都会の川らしい、ごみ/\したものに変つてしまつた。殊にこの頃出来るアメリカ式の大建築は、どこにあるのも見にくいものゝみである。その外、電車、カフエー、並木、自(ママ)車、いずれもあまり感心するものはない。
    しかし、さういふ不愉快な町中でも、一寸した硝子ガラス窓の光とか、建物の軒蛇腹のきじゃばらの影とかに、美しい感じを見出すことが、まあ、僕などはこんなところにも都会らしい美しさを感じなければ外に安住するところはない。

    広重の情趣
    もっとも、今の東京にも、昔の錦絵にあるやうな景色は全然なくなつてしまつたわけではない。僕は或る夏の暮れ方、本所の一の橋のそばの共同便所へ入つた。その便所を出て見ると、雨がぽつ/\降り出してゐた。その時、一の橋とたてがはの川の色とは、そつくり広重だつたといつてもいゝ。しかし、さういふ景色に打突ぶつかることは、まあ、非常に稀だらうと思ふ。

    郊外の感じ
    ついでに郊外のことを言へば、概して、郊外は嫌ひである。嫌ひな理由の第一は、妙に宿場じみ、新開地じみた町の感じや、所謂いわゆる武蔵野が見えたりして、安直なセンチメンタリズムが厭なのである。さういふものゝ僕の住んでゐる田端もやはり東京の郊外である。だから、あんまり愉快ではない。

  • 芥川龍之介「おしの」海渡みなみ朗読

    19.13 Jun 03, 2017

    ここは南蛮寺なんばんじの堂内である。ふだんならばまだ硝子画ガラスえの窓に日の光の当っている時分であろう。が、今日は梅雨曇つゆぐもりだけに、日の暮の暗さと変りはない。その中にただゴティック風の柱がぼんやり木のはだを光らせながら、高だかとレクトリウムを守っている。それからずっと堂の奥に常燈明じょうとうみょう油火あぶらびが一つ、がんの中にたたずんだ聖者の像を照らしている。参詣人はもう一人もいない。
    そう云う薄暗い堂内に紅毛人こうもうじん神父しんぷが一人、祈祷きとうの頭をれている。年は四十五六であろう。額のせまい、顴骨かんこつの突き出た、頬鬚ほおひげの深い男である。ゆかの上に引きずった着物は「あびと」ととなえる僧衣らしい。そう云えば「こんたつ」ととなえる念珠ねんじゅ手頸てくび一巻ひとまき巻いたのち、かすかに青珠あおたまを垂らしている。
    堂内は勿論ひっそりしている。神父はいつまでも身動きをしない。
    そこへ日本人の女が一人、静かに堂内へはいって来た。もんを染めた古帷子ふるかたびらに何か黒い帯をしめた、武家ぶけの女房らしい女である。これはまだ三十代であろう。が、ちょいと見たところは年よりはずっとふけて見える。第一妙に顔色が悪い。目のまわりも黒いかさをとっている。しかし大体だいたいの目鼻だちは美しいと言っても差支えない。いや、端正に過ぎる結果、むしろけんのあるくらいである。
    女はさも珍らしそうに聖水盤せいすいばんや祈祷机を見ながら、ず堂の奥へ歩み寄った。すると薄暗い聖壇の前に神父が一人ひざまずいている。女はやや驚いたように、ぴたりとそこへ足を止めた。が、相手の祈祷していることはただちにそれと察せられたらしい。女は神父を眺めたまま、黙然もくねんとそこにたたずんでいる

  • 芥川龍之介 「二人小町」海渡みなみ 田中智之朗読

    二人小町

    芥川龍之介

     一

    小野おの小町こまち几帳きちょうの陰に草紙そうしを読んでいる。そこへ突然黄泉よみ使つかいが現れる。黄泉の使は色の黒い若者。しかも耳はうさぎの耳である。
    小町 (驚きながら)誰です、あなたは?
    使 黄泉の使です。
    小町 黄泉の使! ではもうわたしは死ぬのですか? もうこの世にはいられないのですか? まあ、少し待って下さい。わたしはまだ二十一です。まだ美しい盛りなのです。どうか命は助けて下さい。
    使 いけません。わたしは一天万乗いってんばんじょうの君でも容赦ようしゃしない使なのです。
    小町 あなたはなさけを知らないのですか? わたしが今死んで御覧なさい。深草ふかくさ少将しょうしょうはどうするでしょう? わたしは少将と約束しました。天に在っては比翼ひよくの鳥、地に在っては連理れんりの枝、――ああ、あの約束を思うだけでも、わたしの胸は張りけるようです。少将はわたしの死んだことを聞けば、きっとなげじにに死んでしまうでしょう。
    使 (つまらなそうに)歎き死が出来れば仕合せです。とにかく一度は恋されたのですから、……しかしそんなことはどうでもよろしい。さあ地獄へおともしましょう。
    小町 いけません。いけません。あなたはまだ知らないのですか? わたしはただの体ではありません。もう少将のたねを宿しているのです。わたしが今死ぬとすれば、子供も、――可愛いわたしの子供も一しょに死ななければなりません。(泣きながら)あなたはそれでもいと云うのですか? やみから闇へ子供をやっても、かまわないと云うのですか?
    使 (ひるみながら)それはお子さんにはお気の毒です。しかし閻魔王えんまおうの命令ですから、どうか一しょに来て下さい。何、地獄も考えるほど、悪いところではありません。昔から名高い美人や才子はたいてい地獄へ行っています。
    小町 あなたはおにです。羅刹らせつです。わたしが死ねば少将も死にます。少将のたねの子供も死にます。三人ともみんな死んでしまいます。いえ、そればかりではありません。年とったわたしの父や母もきっと一しょに死んでしまいます。(一層泣き声を立てながら)わたしは黄泉よみの使でも、もう少し優しいと思っていました。
    使 (迷惑めいわくそうに)わたしはお助け申したいのですが、……
    小町 (生き返ったように顔を上げながら)ではどうか助けて下さい。五年でも十年でもかまいません。どうかわたしの寿命じゅみょうを延ばして下さい。たった五年、たった十年、――子供さえ成人すればいのです。それでもいけないと云うのですか?
    使 さあ、年限はかまわないのですが、――しかしあなたをつれて行かなければ代りが一人入るのです。あなたと同じ年頃の、……
    小町 (興奮こうふんしながら)では誰でもつれて行って下さい。わたしの召使めしつかいの女の中にも、同じ年の女は二三人います。阿漕あこぎでも小松こまつでもかまいません。あなたの気に入ったのをつれて行って下さい。
    使 いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。
    小町 小町! 誰か小町と云う人はいなかったかしら。ああ、います。います。(発作的ほっさてきに笑い出しながら)玉造たまつくり小町こまちと云う人がいます。あの人を代りにつれて行って下さい。
    使 年もあなたと同じくらいですか?
    小町 ええ、ちょうど同じくらいです。ただ綺麗きれいではありませんが、――器量きりょうなどはどうでもかまわないのでしょう?
    使 (愛想あいそよく)悪い方がいのです。同情しずにすみますから。
    小町 (生き生きと)ではあの人に行って貰って下さい。あの人はこの世にいるよりも、地獄に住みたいと云っています。誰もう人がいないものですから。
    使 よろしい。その人をつれて行きましょう。ではお子さんを大事にして下さい。(得々とくとくと)黄泉の使もなさけだけは心得ているつもりなのです。
    使、突然また消え失せる。
    小町 ああ、やっと助かった! これも日頃信心する神や仏のおはからいであろう。(手を合せる)八百万やおよろずの神々、十方じっぽう諸菩薩しょぼさつ、どうかこのうそげませぬように。