江戸川乱歩

  • 江戸川乱歩「お勢登場」海渡みなみ朗読

    50.63
    May 06, 2018

    肺病やみの格太郎かくたろうは、今日も又細君さいくんにおいてけぼりを食って、ぼんやりと留守を守っていなければならなかった。最初の程は、如何いかなお人しの彼も、激憤を感じ、それをたねに離別を目論もくろんだことさえあったのだけれど、やまいという弱味が段々彼をあきらめっぽくしてしまった。先の短い自分の事、可愛い子供のことなど考えると、乱暴な真似まねはできなかった。その点では、第三者であるけ、弟の格二郎かくじろうなどの方がテキパキしたかんがえを持っていた。彼は兄の弱気を歯痒はがゆがって、時々意見めいた口をくこともあった。
    「なぜ兄さんは左様そうなんだろう。僕だったらとっくに離縁にしてるんだがな。あんな人にあわれみをかける所があるんだろうか」
    だが、格太郎にとっては、単に憐みという様なことばかりではなかった。成程なるほど、今おせいを離別すれば、もんなしの書生っぽに相違ない彼女の相手と共に、たちまち其日そのひにも困る身の上になることは知れていたけれど、その憐みもさることながら、彼にはもっとほかの理由があったのだ。子供の行末も無論案じられたし、それに、恥しくて弟などには打開うちあけられもしないけれど、彼には、そんなにされても、まだおせいをあきらめかねる所があった。それゆえ、彼女が彼から離れ切って了うのを恐れて、彼女の不倫を責めることさえ遠慮している程なのであった。
    おせいの方では、この格太郎の心持を、知り過ぎる程知っていた。大げさに云えば、そこには暗黙の妥協に似たものが成り立っていた。彼女は隠し男との遊戯の暇には、その余力をもって格太郎を愛撫することを忘れないのだった。格太郎にして見れば、この彼女のわずかばかりのおなさけに、不甲斐ふがいなくも満足している外はない心持だった。
    「でも、子供のことを考えるとね。そう一概いちがいなことも出来ないよ。この先一年もつか二年もつか知れないが、おれの寿命はきまっているのだし、そこへ持って来て母親までなくしては、あんまり子供が可哀相かわいそうだからね。まあもうちっと我慢して見るつもりだ。なあに、その内にはおせいだって、きっと考え直す時が来るだろうよ」
    格太郎はそう答えて、一層弟を歯痒がらせるのを常とした。
    だが、格太郎の仏心に引かえて、おせいは考え直すどころか、一日一日と、不倫の恋におぼれて行った。それには、窮迫して、長病ながわずらいで寝た切りの、彼女の父親がだしに使われた。彼女は父親を見舞いに行くのだと称しては、三日にあげずうちそとにした。果して彼女が里へ帰っているかどうかをしらべるのは、無論わけのないことだったけれど、格太郎はそれすらしなかった。妙な心持である。彼は自分自身に対してさえ、おせいをかばう様な態度を取った。
    今日もおせいは、朝から念入りの身じまいをして、いそいそと出掛けて行った。
    「里へ帰るのに、お化粧はいらないじゃないか」
    そんないやみが、口まで出かかるのを、格太郎はじっとこらえていた。此頃このごろでは、そうしていことも云わないでいる、自分自身のいじらしさに、一種の快感をさえ覚える様になっていた。
    細君が出て行って了うと、彼は所在なさに趣味を持ち出した盆栽ぼんさいいじりを始めるのだった。跣足はだしで庭へ下りて、土にまみれていると、それでもいくらか心持が楽になった。又一つには、そうして趣味に夢中になっているさまを装うことが、他人に対しても自分に対しても、必要なのであった。
    おひる時分になると、女中が御飯を知らせに来た。
    「あのおひるの用意が出来ましたのですが、もうちっとのちになさいますか」
    女中さえ、遠慮勝ちにいたいたしそうな目で自分を見るのが、格太郎はつらかった。
    「ああ、もうそんな時分かい。じゃおひるとしようか。坊やを呼んで来るといい」
    彼は虚勢きょせいを張って、快活らしく答えるのであった。此頃このごろでは、何につけても虚勢が彼の習慣になっていた。
    そういう日に限って、女中達の心づくしか、食膳しょくぜんにはいつもより御馳走ごちそうが並ぶのであった。でも格太郎はこの一月ばかりというもの、おいしい御飯をたべたことがなかった。子供の正一しょういちも家の冷い空気に当ると、外の餓鬼大将がきだいしょうにわかにしおしおして了うのだった。
    「ママどこへ行ったの」
    彼はある答えを予期しながら、でも聞いて見ないでは安心しないのである。
    「おじいちゃまの所へいらっしゃいましたの」
    女中が答えると、彼は七歳の子供に似合わぬ冷笑の様なものを浮べて、「フン」と云ったきり、御飯をかき込むのであった。子供ながら、それ以上質問を続けることは、父親に遠慮するらしく見えた。それと彼には又彼丈けの虚勢があるのだ。
    「パパ、お友達を呼んで来てもいい」
    御飯がすんで了うと、正一は甘える様に父親の顔をのぞき込んだ。格太郎は、それがいたいけな子供の精一杯の追従ついしょうの様な気がして、涙ぐましいいじらしさと、同時に自分自身に対する不快とを感じないではいられなかった。でも、彼の口をついて出た返事は、いつもの虚勢以外のものではないのだった。
    「アア、呼んで来てもいいがね。おとなしく遊ぶんだよ」
    父親の許しを受けると、これも又子供の虚勢かも知れないのだが、正一は「うれしい嬉しい」と叫びながら、さも快活に表の方へ飛び出して行って、間もなく三四人の遊び仲間を引っぱって来た。そして、格太郎がお膳の前で楊枝ようじを使っているところへ、子供部屋の方から、もうドタンバタンという物音が聞え始めた。

  • 江戸川乱歩「モノグラム」二宮 隆朗読

    45.67
    Apr 15, 2018

    私が、私の勤めていたある工場の老守衛(といっても、まだ五十歳にはのある男なのですが、何となく老人みたいな感じがするのです)栗原くりはらさんと心安くなって間もなく、恐らくこれは栗原さんの取って置きの話のたねで、彼は誰にでも、そうした打開うちあけ話をしても差支さしつかえのない間柄あいだがらになると、待兼まちかねた様に、それを持出すのでありましょうが、私もある晩のこと、守衛室のストーブを囲んで、その栗原さんの妙な経験談を聞かされたのです。
    栗原さんは話上手な上に、なかなか小説家でもあるらしく、この小噺こばなしめいた経験談にも、どうやら作為の跡が見えぬではありませんが、それならそれとして、やっぱり捨て難い味があり、そうした種類の打開け話としては、私はいまだに忘れることの出来ないものの一つなのです。栗原さんの話しっぷりを真似まねて、次にそれを書いて見ることに致しましょうか。

    いやはや、落しばなしみたいなお話なんですよ。でも、先にそれを云ってしまっちゃ御慰おなぐさみが薄い。まあ当り前の、エー、お惚気のろけのつもりで聞いて下さいよ。
    私が四十の声を聞いて間もなく、四五年あとのことなんです。いつもお話する通り、私はこれで相当の教育は受けながら、妙に物事に飽きっぽいたちだものですから、何かの職業に就いても、大抵たいてい一年とはもたない。次から次と商売替えをして、到頭とうとうこんなものに落ちぶれて了ったわけなんですが、その時もやっぱり、一つの職業をして、次の職業をめっける間の、つまり失業時代だったのですね。御承知のこの年になって子供はなし、ヒステリーの家内と狭いうちに差し向いじゃやりきれませんや。私はよく浅草公園へ出掛けて、所在のない時間をつぶしたものです。
    いますね、あすこには。公園といっても六区ろっくの見世物小屋の方でなく、池から南の林になった、共同ベンチの沢山たくさん並んでいる方ですよ。あの風雨にさらされて、ペンキがはげ、白っぽくなったベンチに、又は捨て石や木の株などに、丁度それらにふさわしく、浮世の雨風に責めさいなまれて、気の抜けた様な連中が、すき間もなく、こう、思案に暮れたという恰好かっこうで腰をかけていますね。自分もその一人として、あの光景を見ていますと、あなた方にはお分りにならないでしょうが、まあ何とも云えない、物悲しい気持になるものですよ。
    ある日のこと、私はそれらのベンチの一つに腰をおろして、いつもの通りぼんやり物思いにふけっていました。丁度春なんです。桜はもう過ぎていましたが、池を越して向うの活動小屋の方は、大変な人出で、ドーッという物音、楽隊、それに交っておもちゃの風船玉の笛の音だとか、アイスクリーム屋の呼び声だとかが、甲高かんだかく響いて来るのです。それに引きかえて、私達の居る林の中は、まるで別世界の様にしずかで、恐らく活動を見るお金さえ持合せていない、みすぼらしい風体ふうていの人々が、飢えた様な物憂ものうい目を見合せ、いつまでもいつまでも、じっと一つ所に腰をおろしている。こんな風にして罪悪というものが醗酵はっこうするのではないかと思われるばかり、実に陰気で、物悲しい光景なのです。
    そこは、林の中の、丸くなった空地で、私達の腰かけている前を、私達と無関係な、幸福そうな人々が、絶えず通り抜けています。それが着かざった女なんかだと、それでも、ベンチの落伍者らくごしゃ共の顔が、一斉いっせいにその方を見たりなんかするのですね。そうした人通りが一寸ちょっと途絶とだえて、空地がからっぽになっていた時でした、ですから自然私も注意した訳でしょうが、一方のすみのアーク燈の鉄柱の所へ、ヒョッコリ一人の人物が現れたのです。
    三十前後の若者でしたが、風体はさしてみすぼらしいというではないのに、どことなくさびし気な、少くとも顔つきだけは、決して行楽の人ではなく、私共落伍者のお仲間らしく見えるのです。彼はベンチの明いた所でも探す様に、しばらくそこに立ち止まっていましたが、どこを見ても一杯な上に、彼の風采ふうさいに比べては、段違いに汚らしくこわらしい連中ばかりなので、恐らく辟易へきえきしたのでしょう、あきらめて立去りそうにした時、ふと彼の視線と私の視線とがぶつかりました。
    すると彼は、やっと安心した様に、私の隣のわずかばかりのベンチの空間あきまを目がけて近づいて来るのです。そうした連中の中では、私の風体は、古ぼけた銘仙めいせんかなんか着ていて、おかしな云い方ですがいくらか立勝たちまさって見えたでしょうし、決してほかの人達の様に険悪ではなかったのですから、それが彼を安心させたと見えます。それとも、これはあとになって思い当ったことですが、彼は最初から私の顔に気がついていたのかも知れません。イエ、その訳はじきにお話ししますよ。
    どうも私のくせで、お話が長くなっていけませんな、で、その男は私の隣へ腰をかけると、たもとから敷島の袋を出して、煙草たばこい始めましたのですが、そうしている内に、段々、変な予感みたいなものが、私を襲って来るのです。妙だなと思って、気をつけて見ると、男が煙草をふかしながら、横の方から、ジロジロと私を眺めている、その眺め方が決して気まぐれでなく、何とやら意味ありげなんですね。
    相手が病身らしいおとなし相な男なので、気味が悪いよりは、好奇心の方が勝ち、私はそれとなく彼の挙動に注意しながら、じっとしていました。あの騒がしい浅草公園の真中にいて、色々な物音はたしかに聞えているのですが、不思議にシーンとした感じで、長い間そうしていました。相手の男が、今にも何か云い出すかと、待構える気持だったのです。
    すると、やっと男が口を切るのですね。「どっかで御目にかかりましたね」って、おどおどした小さな声です。多少予期していたので、私は別に驚きはしませんでしたが、不思議と思い出せないのですよ。そんな男、まるで知らないのです。
    「人違いでしょう。私は一向いっこう御目にかかった様に思いませんが」って返事をすると、それでも、相手はどうも不得心な顔で、又しても、ジロジロと私を眺め出すではありませんか。ひょっとしたら、こいつ何かたくらんでるんじゃないかと、流石さすがに気持がよくはありませんや、「どこでお逢いしました」ってもう一度尋ねたものです。
    「サア、それが私も思い出せないのですよ」男が云うのですね。「おかしい、どうもおかしい」小首をかしげて「昨今のことではないのです。もうずっとせんから、ちょくちょく御目にかかっている様に思うのですが、本当に御記憶ありませんか」そういって、かえって私を疑う様に、そうかと思うと、変になつかし相な様子でニコニコしながら私の顔を見るじゃありませんか。
    「人違いですよ。そのあなたの御存じの方は何とおっしゃるのです。お名前は」って聞きますと、それが変なんです。「私もさいぜんから一生懸命思い出そうとしているのですが、どういう訳か、出て来ません。でも、お名前を忘れる様な方じゃないと思うのですが」
    「私は栗原一造いちぞうて云います」私ですね。
    「アア左様さようですか、私は田中三良たなかさぶろうって云うのです」これが男の名前なんです。
    私達はそうして、浅草公園の真中で名乗り合いをした訳ですが、妙なことに、私の方は勿論もちろん、相手の男も、その名前にちっとも覚えがないというのです。馬鹿馬鹿しくなって、私達は大声を上げて笑い出しました。すると、するとですね、相手の男の、つまり田中三良のその笑い顔が、ふと私の注意をいたのです。おかしなことには、私までが、何だか彼に見覚えがある様な気がし出したのです。しかも、それがごく親しい旧知にでもめぐった様に、妙に懐しい感じなんですね。
    そこで、突然笑いをめて、もう一度その田中と名乗る男の顔を、つくづく眺めた訳ですが、同時に田中の方でも、ピッタリとわらいを納め、やっぱり笑いごとじゃないといった表情なんです。これがほかの時だったら、それ以上話を進めないで別れて了ったことでしょうが、今云う失業時代で、退屈で困っていた際ですし、時候はのんびりとした春なんです。それに、見た所私よりも風体のととのった若い男と話すことは、悪い気持もしないものですから、まあひまつぶしといった鹽梅あんばいで、変てこな会話を続けて行きました。こういう工合ぐあいにね。
    「妙ですね、お話ししてる内に、私も何だかあなたを見たことがある様な気がして来ましたよ」これは私です。
    「そうでしょう。やっぱりそうなんだ。しかも道で行違ったという様な、一寸顔を合せた位のとこじゃありませんよ、確に」
    「そうかも知れませんね。あなたお国はどちらです」
    三重みえ県です。最近始めてこちらへ出て来まして、今勤め口を探している様な訳です」
    して見ると、彼もやっぱり一種の失業者なんですね。
    「私は東京の者なんだが、で、御上京なすったのはいつ頃なんです」
    「まだ一月ばかりしかたちません」
    「その間にどっかでお逢いしたのかも知れませんね」
    「いえ、そんな昨日今日のことじゃないのですよ。確に数年ぜんから、あなたのもっとお若い時分から知ってますよ」
    「そう、私もそんな気がする。三重県と。私は一体旅行嫌いで、若い時分から東京をはなれたことはほとんどないのですが、ことに三重県なんて上方かみがただということを知っている位で、はっきり地理もわきまえない始末ですから、お国で逢ったはずはなし、あなたも東京は始めてだと云いましたね」
    箱根はこねからこっちは、本当に始めてなんです。大阪おおさかで教育を受けて、これまであちらで働いていたものですから」
    「大阪ですか、大阪なら行ったことがある。でも、もう十年も前になるけれど」
    「それじゃ大阪でもありませんよ。私は七年ぜんまで、つまり中学を出るまで国にいたのですから」
    こんな風にお話すると、何だかくどい様ですけれど、その時はおたがいになかなか緊張していて、何年から何年までどこにいて、何年の何月にはどこそこへ旅行したと、こまかいことまで思出し、比べ合って見ても、一つもそれがぶつからない。たまに同じ地方へ旅行しているかと思うと、まるで年代が違ったりするのです。さあそうなると、不思議で仕様しようがないのですね。人違いではないかと云っても相手は、こんなによく似た人が二人いるとは考えられぬと主張しますし、それが一方だけならまだしも、私の方でも、見覚えがある様な気がするのですから、一概に人違いと云い切る訳にも行きません。話せば話す程、相手が昔馴染むかしなじみの様に思え、それにもかかわらず、どこで逢ったかは愈々いよいよ分らなくなる。あなたにはこんな御経験はありませんか、実際変てこな気持のものですよ。神秘的、そうです。何だか神秘的な感じなんです。ひまつぶしや、退屈をまぎらす為ばかりではなく、そういう風に疑問が漸層的ぜんそうてきに高まって来ると、執拗しつようにどこまでもしらべて見たくなるのが人情でしょうね。
    が、結局分らないのです。多少あせり気味で、思い出そうとすればする程、頭が混乱して、二人が以前から知合いであることは、分り過ぎる程分っているではないか、なんて思われて来たりするのです。でも、いくら話して見ても、要領を得ないので、私達は又々笑い出す外はないのでした。
    しかし要領は得ないながらも、そうして話し込んでいる内に、お互に好意を感じ、以前はいざ知らず、少くともその場からは忘れ難い馴染になって了った訳です。それから田中のおごりで、池のそばの喫茶店に入り、お茶をのみながら、そこでも暫く私達の奇縁を語り合ったのち、その日は何事もなくわかれました。そして分れる時には、お互の住所を知らせ、ちとお遊びにと云い交す程の間柄になっていたのです。
    それが、これっきりで済んで了えば、別段お話する程のことはないのですが、それから四五日たって、妙なことが分ったのです。田中と私とは、やっぱりある種のつながりを持っていたことが分ったのです。始めに云った私のお惚気というのはこれからなんですよ。(栗原さんはここで一寸笑って見せるのです)田中の方では、これは当てのある就職運動に忙しいと見えて、一向いっこう訪ねて来ませんでしたが、私は例によって時間つぶしに困っていたものですから、ある日、ふと思いついて、彼の泊っている上野公園裏の下宿屋を訪問したのです。もう夕方で、彼は丁度外出から帰った所でしたが、私の顔を見ると、待っていたと云わぬばかりに、いきなり「分りました、分りました」と叫ぶのです。
    「例のことね。すっかり分りましたよ。昨夜ゆうべです。昨夜とこの中でね、ハッと気がついたのです。どうも済みません。やっぱり私の思い違いでした。一度も御逢いしたことはないのです。併し、御逢いはしていないけれど、満更まんざら御縁がなくはないのですよ。あなたはもしや、北川きたがわすみという女を御存じじゃないでしょうか」
    やぶからぼうの質問で一寸驚きましたが、北川すみ子という名を聞くと、遠い遠い昔の、華やかな風が、そよそよと吹いて来る様な感じで、数日来の不思議な謎が、いくらかは解けた気がしました。
    「知ってます。でも、随分ずいぶん古いことですよ。十四五年も前でしょうか、私の学生時代なんですから」
    というのは、いつかもお話ししました通り、私は学校にいた時分は、これでなかなか交際家でして、女の友達などもいくらかあったのですが、北川すみ子というのはその内の一人で、特別に私の記憶に残っている女性なのです。××女学校に通っていましたがね。美しい人で、我々の仲間の歌留多会かるたかいなんかでは、いつでも第一の人気者、というよりはクィーンですね、美人な代りにはどことなくけんがあり、こう近寄りがたい感じの女でした。その女にね(栗原さんは一寸云いしぶって、頭をかくのです)実は私はれていたのですよ。しかもそれが、恥しながら片思いという訳なんです。そして、私が結婚したのは、やっぱり同じ女学校を出た、仲間では第二流の美人、イヤ今じゃ美人どころか、手におえないヒステリィ患者ですが、当時はまあまあ十人並だった御承知のおそのなんです。手頃な所で我慢しちまった訳ですね。つまり、北川すみ子という女は、私の昔の恋人であり、家内にとっては学校友達であったのです。

  • 江戸川乱歩「双生児」二宮 隆朗読

    52.07
    Nov 06, 2017

     

  • 江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」朗読カフェ 青空文庫名作文学の朗読

    104.85
    Oct 27, 2017

    多分それは一種の精神病ででもあったのでしょう。郷田三郎ごうださぶろうは、どんな遊びも、どんな職業も、何をやって見ても、一向この世が面白くないのでした。
    学校を出てから――その学校とても一年に何日と勘定の出来る程しか出席しなかったのですが――彼に出来そうな職業は、片端かたっぱしからやって見たのです、けれど、これこそ一生を捧げるに足ると思う様なものには、まだ一つもでっくわさないのです。恐らく、彼を満足させる職業などは、この世に存在しないのかも知れません。長くて一年、短いのは一月位で、彼は職業から職業へと転々しました。そして、とうとう見切りをつけたのか、今では、もう次の職業を探すでもなく、文字通り何もしないで、面白くもない其日そのひ其日を送っているのでした。
    遊びの方もその通りでした。かるた、球突き、テニス、水泳、山登り、碁、将棊しょうぎ、さては各種の賭博とばくに至るまで、とてもここには書き切れない程の、遊戯という遊戯は一つ残らず、娯楽百科全書という様な本まで買込んで、探し廻っては試みたのですが、職業同様、これはというものもなく、彼はいつも失望させられていました。だが、この世には「女」と「酒」という、どんな人間だって一生涯飽きることのない、すばらしい快楽があるではないか。諸君はきっとそう仰有おっしゃるでしょうね。ところが、我が郷田三郎は、不思議とその二つのものに対しても興味を感じないのでした。酒は体質に適しないのか、一滴も飲めませんし、女の方は、無論むろんその慾望がない訳ではなく、相当遊びなどもやっているのですが、そうかとって、これあるがため甲斐がいを感じるという程には、どうしても思えないのです。
    「こんな面白くない世の中に生きながらえているよりは、いっそ死んでしまった方がましだ」
    ともすれば、彼はそんなことを考えました。しかし、そんな彼にも、生命いのちしむ本能けはそなわっていたと見えて、二十五歳の今日が日まで「死ぬ死ぬ」といいながら、つい死切れずに生き長えているのでした。
    親許おやもとから月々いくらかの仕送りを受けることの出来る彼は、職業を離れても別に生活には困らないのです。一つはそういう安心が、彼をこんな気まま者にして了ったのかも知れません。そこで彼は、その仕送り金によって、せめていくらかでも面白く暮すことに腐心しました。例えば、職業や遊戯と同じ様に、頻繁ひんぱんに宿所を換えて歩くことなどもその一つでした。彼は、少し大げさに云えば、東京中の下宿屋を、一軒残らず知っていました。一月か半月もいると、すぐに次の別の下宿屋へと住みかえるのです。無論その間には、放浪者の様に旅をして歩いたこともあります。あるいは又、仙人の様に山奥へ引込んで見たこともあります。でも、都会にすみなれた彼には、迚も淋しい田舎に長くいることは出来ません。一寸ちょっと旅に出たかと思うと、いつのまにか、都会の燈火に、雑沓ざっとうに、引寄せられる様に、彼は東京へ帰ってくるのでした。そして、その度毎たびごとに下宿を換えたことは云うまでもありません。

  • 江戸川乱歩 「少年探偵団24「大爆発」」別役みか朗読

    15.40
    Oct 20, 2017

    大爆発

    二十面相は、十一体の仏像のピストルにかこまれ、明智探偵の監視をうけながら、もうあきらめはてたように美術室の中を、フラフラと歩きまわりました。
    「ああ、せっかくの苦心も水のあわか。おれは何よりも、この美術品をうしなうのがつらいよ。明智君、武士のなさけだ。せめて名ごりをおしむあいだ、外の警官を呼ぶのを待ってくれたまえね。」
    二十面相は、早くもそれをさとっていました。いかにも彼の推察すいさつしたとおり、この洋館の外は、数十人の警官隊によって、アリのはいでるすきもなく、ヒシヒシと四ほうからとりかこまれていたのです。
    明智探偵も、怪人のしおらしいなげきには、いささかあわれをもよおしたのでしょう。「さあ、ぞんぶんに名ごりをおしむがいい。」といわぬばかりに、じっともとの場所にたたずんだまま、腕組みをしています。
    二十面相は、しおしおとして、部屋の中を行きつもどりつしていましたが、いつとはなしに明智探偵から遠ざかって、部屋の向こうのすみにたどりつくと、いきなりそこへうずくまって、何か床板をゴトゴトとやっていましたが、とつぜん、ガタンというはげしい音がして、ハッと思うまに、彼の姿は、かき消すように見えなくなってしまいました。
    ああ、これこそ賊の最後の切り札だったのです。美術室の下には、さらに一段深い地下の穴ぐらが用意してあったのです。二十面相は明智のゆだんを見すまして、すばやく穴ぐらのかくしぶたをひらき、その暗やみの中へころがりこんでしまったのです。
    われらの名探偵は、またしても賊のためにまんまとはかられたのでしょうか。このどたん場まで追いつめながら、ついに二十面相をとりにがしてしまったのでしょうか。
    読者諸君、ご安心ください。明智探偵は少しもさわぎませんでした。そして、さもゆかいそうにニコニコと笑っているのです。探偵はゆっくりその穴ぐらの上まで歩いていきますと、あいたままになっている入り口をのぞきこんで、二十面相によびかけました。
    「おいおい、二十面相君、きみは何を血まよったんだい。この穴ぐらをぼくが知らなかったとでも思っているのかい。知らないどころか、ぼくはここをちゃんと牢屋ろうやに使っていたんだよ。よくそのへんを見てごらん。きみの三人の部下が、手足をしばられ、さるぐつわをはめられて、穴ぐらのそこにころがっているはずだぜ。その三人はぼくの仕事のじゃまになったので、ゆうべからそこに引きこもってもらったのさ。その中にひとり、シャツ一枚のやつがいるだろう。ぼくが洋服を拝借したんだよ。そして、つけひげをして、お化粧をして、まんまときみの部下になりすましたのさ。
    ぼくはね、そいつが、大鳥時計店の例の地下道から、にせものの黄金塔をはこびだすのを尾行したんだぜ。そして、きみのかくれがをつきとめたってわけさ。ハハハ……。
    二十面相君、きみはとんだところへ逃げこんだものだね。まるで、われとわが身を牢屋へとじこめたようなものじゃないか。その穴ぐらにはほかに出口なんてありゃしない。つまり地の底の墓場のようなものさ。おかげできみをしばる手数がはぶけたというものだよ。ハハハ……。」
    明智はさもおかしそうに笑いながら、十一体の仏像どものほうをふりむきました。
    「小林君、もうここはいいから、みんなをつれて外へ出たまえ。そして、警官隊に、二十面相を引きとりにくるよう伝えてくれたまえ。」
    それを聞きますと、将軍の号令でも受けたように、十一体の仏像は、サッとれんげ台をとびおりて、部屋の中央に整列しました。仏像が少年探偵団員のきばつな変装姿であったことは、読者諸君も、とっくにお察しになっていたでしょうね。
    団員たちは、うらみかさなる二十面相の逮捕を、指をくわえて見ていることができなかったのです。たとえ明智探偵の足手まといになろうとも、何か一役引きうけないでは、気がすまなかったのです。
    そこで、小林団長のいつかの知恵にならって、賊の美術室にちょうど十一体の仏像があるのをさいわい、そのうす暗い地下室で、団員ぜんぶが仏像にけ、にくい二十面相をゾッとさせる計略を思いたちました。そして小林少年を通じて、明智探偵にせがんだすえ、とうとうその念願をはたしたのです。
    その夜明け、賊の部下に変装した明智探偵のあいずを受け、林の中をかけだした黒い人かげは、ほかならぬ小林少年でした。小林君はそれからしばらくして、少年探偵団員を引きつれ、賊のかくれがにやってきたのでした。
    十一体の仏像は正しく三列にならんで、明智探偵をみつめ、そろって挙手きょしゅの礼をしたかとおもうと、
    「明智先生、ばんざーい。少年探偵団、ばんざーい。」
    と、かわいい声をはりあげてさけびました。そして、まわれ右をすると、小林少年を先頭に、奇妙な仏像の一群は、サーッと地下室をかけだしていったのです。
    あとには、穴ぐらの入り口と、その底とで、名探偵と怪盗とのさし向かいでした。
    「かわいい子どもたちだよ。あれらが、どれほど深くきみをにくんでいたと思う。それはおそろしいほどだったぜ。あたりまえならば、こんなところへ来させるものではないけれど、あまり熱心にせがまれるので、ぼくもいじらしくなってね。それに、相手は紳士の二十面相君だ。血のきらいな美術愛好者だ。まさか危険もあるまいと、ついゆるしてしまったのだが、あの子どもたちのおかげで、ぼくは、すっかりきみの機先きせんを制することができた。仏像が動きだしたときの、きみの顔といったらなかったぜ。ハハハ……、子どもだといってばかにできないものだね。」
    明智探偵は、警官隊が来るまでのあいだを、まるでしたしい友だちにでもたいするように、何かと話しかけるのでした。
    「フフフ……、二十面相は紳士泥棒か。二十面相は血がきらいか。ありがたい信用をはくしたもんだな。しかしね、探偵さん、その信用もばあいによりけりだぜ。」
    地底の暗やみから、二十面相の陰気な声が、すてばちのようにひびいてきました。
    「ばあいによりけりとは?」
    「たとえばさ……。今のようなばあいさ。つまり、おれはここでいくらじたばたしたって、もうのがれられっこはない。しかも、その頭の上には、知恵でも腕力でもとてもかなわない敵がいるんだ。やつざきにしてもあきたりないやつがいるんだ。」
    「ハハハ……、そこできみとぼくと、真剣勝負をしようとでもいうのか。」
    「今になって、そんなことがなんになる。この家はおまわりにかこまれているんだ。いや、そういううちにも、ここへおれをひっとらえに来るんだ。おれのいうのは、勝負をあらそうのじゃない。まあ早くいえばさしちがえだね。」
    怪盗の声はいよいよ陰にこもって、すごみをましてきました。
    「え、さしちがえだって?」
    「そうだよ。おれは紳士泥棒だから、飛び道具も刃物も持っちゃいない。だから、むかしの侍みたいなさしちがえをやるわけにはいかん。そのかわりにね、すばらしいことがあるんだ。ね、探偵さん、きみはとんでもない見おとしをやっているぜ。
    フフフ……、わかるまい。この穴ぐらの中にはね、二つ三つの洋酒のたるがころがっている。きみはそれを見ただろうね。ところが、探偵さん。このたるの中には、いったい何がはいっていると思うね。
    フフフ……、おれはこういうこともあろうかと、ちゃんとわが身のしまつを考えておいたんだ。きみはさっき、この穴ぐらを墓場だといったっけねえ。いかにも墓場だよ。おれは墓場と知ってころがりこんだのさ。骨も肉もみじんも残さず、ふっとんでしまう墓場だぜ。
    わかるかい。火薬だよ。このたるの中にはいっぱい火薬がつまっているのさ。
    おれは刃物を持っていないけれど、マッチは持っているんだぜ。そいつをシュッとすって、たるの中に投げこめば、きみもおれも、たちまちこっぱみじんさ。フフフ……。」
    そして、二十面相は、その火薬のつまっているというたるを、ゴロゴロと穴ぐらのまんなかにころがして、そのふたをとろうとしているようすなのです。
    さすがの名探偵も、これにはアッと声をたてないではいられませんでした。
    「しまった。しまった。なぜあのたるの中をしらべて見なかったのだろう。」
    くやんでも、いまさらしかたがありません。
    いくらなんでも、二十面相の死の道づれになることはできないのです。名探偵には、まだまだ世の中のために、はたさなければならぬ仕事が、山のようにあるのです。逃げるほかにてだてはありません。探偵の足が早いか、賊が火薬のふたをあけ、火を点じるのが早いか、命がけの競争です。
    明智はパッととびあがると、まるで弾丸だんがんのように、地下室を走りぬけ、階段を三段ずつ一とびにかけあがって、洋館の玄関にかけだしました。ドアをひらくと、出あいがしらに、十数名の制服警官が、二十面相逮捕のために、いま屋内にはいろうとするところでした。
    「いけないっ、賊は火薬に火をつけるのです。早くお逃げなさい。」
    探偵は警官たちをつきとばすようにして、林の中へ走りこみました。あっけにとられた警官たちも、「火薬」ということばに、きもをつぶして、同じように林の中へ。
    「みんな、建物をはなれろ! 爆発がおこるんだ。早く、逃げるんだ。」
    建物の四ほうをとりまいていた警官隊は、そのただならぬさけび声に、みな丘のふもとへかけおりました。どうして、そんなよゆうがあったのか、あとになって考えてみると、ふしぎなほどでした。二十面相はたるのふたをあけるのにてまどったのでしょうか。それともマッチがしめってでもいたのでしょうか。ちょうど人々が危険区域から遠ざかったころ、やっと爆発がおこりました。
    それはまるで地震のような地ひびきでした。洋館ぜんたいが宙天ちゅうてんにふっとんだかとうたがわれるほどの大音響でした。でも、閉じていた目をおずおずとひらいてみると、賊のかくれがは、べつじょうなく目の前に立っていました。爆発はただ地下室から一階の床をつらぬいただけで、建物の外部には、なんの異状もないのでした。
    しかし、やがて、一階の窓から、黒い煙がムクムクと吹きだしはじめました。そして、それがだんだん濃くなって、建物をつつみはじめるころには、まっ赤なかえんが、まるで巨大な魔物の舌のように、どの窓からも、メラメラとたちのぼり、みるみる建物ぜんたいが火のかたまりとなってしまいました。
    このようにして、二十面相はさいごをとげたのでした。
    火災が終わってから、焼けあとのとりしらべがおこなわれたのは申すまでもありません。しかし、二十面相がいったとおり、肉も骨もこっぱみじんにくだけ散ってしまったのか、ふしぎなことに怪盗の死がいはもちろん、三人の部下の死がいも、まったく、発見することができませんでした。

    青空文庫より

  • 江戸川乱歩 少年探偵団24「「大爆発」」別役みか朗読

    15.40
    Oct 20, 2017

  • 江戸川乱歩「一枚の切符」二宮 隆朗読

    54.97
    Oct 16, 2017

    「イヤ、僕も多少は知っているさ。あれは先ず、近来の珍事だったからな。世間はあの噂で持切っている。が、多分君程詳敷くわしくはないんだ。少し話さないか」
    一人の青年紳士が、こういって、赤い血のしたたる肉の切れを口へ持って行った。
    「じゃ、一つ話すかな。オイ、ボーイさん、ビールの御代りだ」
    身形みなりの端正なのにそぐわず、髪の毛を馬鹿にモジャモジャとのばした、相手の青年は、次の様に語り出した。
    「時は――大正――年十月十日午前四時、所は――ちょうの町外れ、富田とみた博士邸裏の鉄道線路、これが舞台面だ。冬の、(イヤ、秋かな、マアどっちでもいいや)まだ薄暗いあかつきの、静寂せいじゃくを破って、上り第○号列車が驀進ばくしんして来たと思い給え。すると、どうした訳か、突然けたたましい警笛が鳴ったかと思うと、非常制動機の力で、列車は出し抜けに止められたが、少しの違いで車が止まる前に、一人の婦人が轢殺ひきころされてしまったんだ。僕はその現場げんじょうを見たんだがね。初めての経験だが、実際いやな気持のものだ。
    それが問題の博士令夫人だったのさ。車掌の急報で其筋そのすじの連中がやって来る。野次馬が集る。そのうちに誰れかが博士邸に知らせる、驚いた主人の博士や召使達が飛出して来る、丁度その騒ぎの最中へ、君も知っている様に、当時――町へ遊びに出掛けていた僕が、僕の習慣である所の、早朝の散歩の途次、通り合せたという訳さ。で、検死が始まる。警察医らしい男が傷口を検査する。一通り済むと直ぐに死体は博士邸へ担込かつぎこまれて了う。傍観者の眼には、きわめて簡単に、事は落着したようであった。
    僕の見たのはこれけだ。あとは新聞記事を綜合して、それに僕の想像を加えての話だから、その積りで聞いてくれ給え。さて警察医の観察によると、死因は無論轢死れきしであって、右の太腿を根許ねもとから切断されたのによるというのだ。そして、ことここに至った理由わけはというと、それを説明してれる所の、実に有力な手懸りが、死人の懐中から出て来た。それは夫人が夫博士に宛てた一通の書置かきおきであって中の文句は、永年の肺病で、自分も苦しみ、周囲にも迷惑を掛けていることが、最早や耐えられなくなったから、茲に覚悟の自殺をとげる。ザッとマアこういう意味だったのだ。実にありふれた事件だ。若し、ここに一人の名探偵が現れなかったなら、お話はそれでお仕舞で、博士夫人の厭世えんせい自殺とか何とか、三面記事の隅っこに小さい記事を留めるに過ぎなかったが、その名探偵のお蔭で、我々もすばらしい話題が出来たというものだ。

  • 江戸川乱歩「押絵と旅する男」田中智之朗読

    65.18
    Sep 27, 2017

    この話が私の夢か私の一時的狂気のまぼろしでなかったならば、あの押絵おしえと旅をしていた男こそ狂人であったに相違そういない。だが、夢が時として、どこかこの世界と喰違くいちがった別の世界を、チラリとのぞかせてくれるように、また狂人が、我々のまったく感じ得ぬ物事を見たり聞いたりすると同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那いっせつな、この世の視野の外にある、別の世界の一隅いちぐうを、ふと隙見すきみしたのであったかも知れない。
    いつとも知れぬ、ある暖かい薄曇った日のことである。その時、私は態々わざわざ魚津へ蜃気楼しんきろうを見に出掛けた帰りみちであった。私がこの話をすると、時々、お前は魚津なんかへ行ったことはないじゃないかと、親しい友達に突っ込まれることがある。そうわれて見ると、私は何時いつの何日に魚津へ行ったのだと、ハッキリ証拠を示すことが出来ぬ。それではやっぱり夢であったのか。だが私はかつて、あのように濃厚な色彩を持った夢を見たことがない。夢の中の景色けしきは、映画と同じに、全く色彩を伴わぬものであるのに、あのおりの汽車の中の景色けは、それもあの毒々しい押絵の画面が中心になって、紫と臙脂えんじかった色彩で、まるでへびの眼の瞳孔どうこうの様に、生々しく私の記憶にやきついている。着色映画の夢というものがあるのであろうか。
    私はその時、生れて初めて蜃気楼というものを見た。はまぐりの息の中に美しい龍宮城りゅうぐうじょうの浮んでいる、あの古風な絵を想像していた私は、本物の蜃気楼を見て、膏汗あぶらあせのにじむ様な、恐怖に近い驚きに撃たれた。
    魚津の浜の松並木に豆粒の様な人間がウジャウジャと集まって、息を殺して、眼界一杯の大空と海面とを眺めていた。私はあんな静かな、唖の様にだまっている海を見たことがない。日本海は荒海と思い込んでいた私には、それもひどく意外であった。その海は、灰色で、全く小波さざなみ一つなく、無限の彼方かなたにまで打続く沼かと思われた。そして、太平洋の海の様に、水平線はなくて、海と空とは、同じ灰色に溶け合い、厚さの知れぬもやに覆いつくされた感じであった。空だとばかり思っていた、上部の靄の中を、案外にもそこが海面であって、フワフワと幽霊の様な、大きな白帆しらほが滑って行ったりした。
    蜃気楼とは、乳色ちちいろのフィルムの表面に墨汁ぼくじゅうをたらして、それが自然にジワジワとにじんで行くのを、途方とほうもなく巨大な映画にして、大空に映し出した様なものであった。
    はるかな能登のと半島の森林が、喰違くいちがった大気の変形レンズを通して、すぐ目の前の大空に、焦点のよく合わぬ顕微鏡けんびきょうの下の黒い虫みたいに、曖昧あいまいに、しかも馬鹿馬鹿しく拡大されて、見る者の頭上におしかぶさって来るのであった。それは、妙な形の黒雲と似ていたけれど、黒雲なればその所在がハッキリ分っているに反し、蜃気楼は、不思議にも、それと見る者との距離が非常に曖昧なのだ。遠くの海上に漂う大入道おおにゅうどうの様でもあり、ともすれば、眼前一尺に迫る異形いぎょうの靄かと見え、はては、見る者の角膜かくまくの表面に、ポッツリと浮んだ、一点の曇りの様にさえ感じられた。この距離の曖昧さが、蜃気楼に、想像以上の不気味な気違いめいた感じを与えるのだ。
    曖昧な形の、真黒な巨大な三角形が、塔の様に積重なって行ったり、またたく間にくずれたり、横に延びて長い汽車の様に走ったり、それが幾つかにくずれ、立並たちならひのきこずえと見えたり、じっと動かぬ様でいながら、いつとはなく、全く違った形に化けて行った。
    蜃気楼の魔力が、人間を気違いにするものであったなら、恐らく私は、少くとも帰り途の汽車の中までは、その魔力を逃れることが出来なかったのであろう。二時間のも立ち尽して、大空の妖異を眺めていた私は、その夕方魚津を立って、汽車の中に一夜を過ごすまで、全く日常と異った気持でいたことはたしかである。しかしたら、それは通り魔の様に、人間の心をかすめおかす所の、一時的狂気のたぐいででもあったであろうか。
    魚津の駅から上野への汽車に乗ったのは、夕方の六時頃であった。不思議な偶然であろうか、あの辺の汽車はいつでもそうなのか、私の乗った二等車は、教会堂の様にガランとしていて、私のほかにたった一人の先客が、向うのすみのクッションにうずくまっているばかりであった。
    汽車はさびしい海岸の、けわしいがけや砂浜の上を、単調な機械の音を響かせて、はてしもなく走っている。沼の様な海上の、靄の奥深く、黒血くろちの色の夕焼が、ボンヤリと感じられた。異様に大きく見える白帆が、その中を、夢の様に滑っていた。少しも風のない、むしむしする日であったから、所々開かれた汽車の窓から、進行につれて忍び込むそよ風も、幽霊ゆうれいの様に尻切れとんぼであった。沢山たくさんの短いトンネルと雪けの柱の列が、広漠こうばくたる灰色の空と海とを、縞目しまめに区切って通り過ぎた。
    親不知の断崖を通過する頃、車内の電燈と空の明るさとが同じに感じられた程、夕闇が迫って来た。丁度その時分向うの隅のたった一人の同乗者が、突然立上って、クッションの上に大きな黒繻子くろじゅす風呂敷ふろしきを広げ、窓に立てかけてあった、二尺に三尺程の、扁平へんぺいな荷物を、その中へ包み始めた。それが私に何とやら奇妙な感じを与えたのである。
    その扁平なものは、多分がくに相違ないのだが、それの表側の方を、何か特別の意味でもあるらしく、窓ガラスに向けて立てかけてあった。一度風呂敷に包んであったものを、態々わざわざ取出して、そんな風に外に向けて立てかけたものとしか考えられなかった。それに、彼が再び包む時にチラと見た所によると、額の表面に描かれた極彩色の絵が、妙に生々しく、何となく世のつねならず見えたことであった。
    私はあらためて、このへんてこな荷物の持主を観察した。そして、持主その人が、荷物の異様さにもまして、一段と異様であったことに驚かされた。
    彼は非常に古風な、我々の父親の若い時分の色あせた写真でしか見ることの出来ない様な、えりの狭い、肩のすぼけた、黒の背広服を着ていたが、しかしそれが、背が高くて、足の長い彼に、妙にシックリと合って、はなは意気いきにさえ見えたのである。顔は細面ほそおもてで、両眼が少しギラギラし過ぎていた外は、一体によく整っていて、スマートな感じであった。そして、綺麗きれいに分けた頭髪が、豊に黒々と光っているので、一見四十前後であったが、よく注意して見ると、顔中におびただしいしわがあって、一飛びに六十位にも見えぬことはなかった。この黒々とした頭髪と、色白の顔面を縦横にきざんだ皺との対照が、初めてそれに気附いた時、私をハッとさせた程も、非常に不気味な感じを与えた。
    彼は叮嚀ていねいに荷物を包み終ると、ひょいと私の方に顔を向けたが、丁度私の方でも熱心に相手の動作を眺めていた時であったから、二人の視線がガッチリとぶっつかってしまった。すると、彼は何か恥かしそうくちびるの隅を曲げて、かすかに笑って見せるのであった。私も思わず首を動かして挨拶あいさつを返した。
    それから、小駅を二三通過する間、私達はおたがいの隅に坐ったまま、遠くから、時々視線をまじえては、気まずく外方そっぽを向くことを、繰返していた。外は全く暗闇になっていた。窓ガラスに顔を押しつけて覗いて見ても、時たま沖の漁船の舷燈げんとうが遠く遠くポッツリと浮んでいる外には、全く何の光りもなかった。際涯はてしのない暗闇の中に、私達の細長い車室けが、たった一つの世界の様に、いつまでもいつまでも、ガタンガタンと動いて行った。そのほの暗い車室の中に、私達二人丈けを取り残して、全世界が、あらゆる生き物が、跡方あとかたもなく消えせてしまった感じであった。
    私達の二等車には、どの駅からも一人の乗客もなかったし、列車ボーイや車掌も一度も姿を見せなかった。そういう事も今になって考えて見ると、甚だ奇怪に感じられるのである。
    私は、四十歳にも六十歳にも見える、西洋の魔術師の様な風采ふうさいのその男が、段々怖くなって来た。怖さというものは、ほかにまぎれる事柄のない場合には、無限に大きく、身体からだ中一杯に拡がって行くものである。私はついには、産毛うぶげの先までも怖さが満ちて、たまらなくなって、突然立上ると、向うの隅のその男の方へツカツカと歩いて行った。その男がいとわしく、恐ろしければこそ、私はその男に近づいて行ったのであった。
    私は彼と向き合ったクッションへ、そっと腰をおろし、近寄れば一層異様に見える彼の皺だらけの白い顔を、私自身が妖怪ででもある様な、一種不可思議な、顛倒てんとうした気持で、目を細く息を殺してじっと覗き込んだものである。

  • 夏目漱石「こころ」下 29 30 山口雄介朗読

    12.57
    Aug 22, 2017

    二十九

    「私は思い切って自分の心をKに打ち明けようとしました。もっともこれはその時に始まった訳でもなかったのです。旅に出ない前から、私にはそうした腹ができていたのですけれども、打ち明ける機会をつらまえる事も、その機会を作り出す事も、私の手際てぎわではうまくゆかなかったのです。今から思うと、その頃私の周囲にいた人間はみんな妙でした。女に関して立ち入った話などをするものは一人もありませんでした。中には話すたねをもたないのも大分だいぶいたでしょうが、たといもっていても黙っているのが普通のようでした。比較的自由な空気を呼吸している今のあなたがたから見たら、定めし変に思われるでしょう。それが道学どうがく余習よしゅうなのか、または一種のはにかみなのか、判断はあなたの理解に任せておきます。
    Kと私は何でも話し合える中でした。たまには愛とか恋とかいう問題も、口にのぼらないではありませんでしたが、いつでも抽象的な理論に落ちてしまうだけでした。それも滅多めったには話題にならなかったのです。大抵は書物の話と学問の話と、未来の事業と、抱負と、修養の話ぐらいで持ち切っていたのです。いくら親しくってもこう堅くなった日には、突然調子をくずせるものではありません。二人はただ堅いなりに親しくなるだけです。私はお嬢さんの事をKに打ち明けようと思い立ってから、何遍なんべん歯がゆい不快に悩まされたか知れません。私はKの頭のどこか一カ所を突き破って、そこから柔らかい空気を吹き込んでやりたい気がしました。
    あなたがたから見て笑止千万しょうしせんばんな事もその時の私には実際大困難だったのです。私は旅先でもうちにいた時と同じように卑怯ひきょうでした。私は始終機会を捕える気でKを観察していながら、変に高踏的な彼の態度をどうする事もできなかったのです。私にいわせると、彼の心臓の周囲は黒いうるしあつく塗り固められたのも同然でした。私のそそぎ懸けようとする血潮は、一滴もその心臓の中へは入らないで、ことごとはじき返されてしまうのです。
    る時はあまりKの様子が強くて高いので、私はかえって安心した事もあります。そうして自分の疑いを腹の中で後悔すると共に、同じ腹の中で、Kにびました。詫びながら自分が非常に下等な人間のように見えて、急にいやな心持になるのです。しかし少時しばらくすると、以前の疑いがまた逆戻りをして、強く打ち返して来ます。すべてが疑いから割り出されるのですから、すべてが私には不利益でした。容貌ようぼうもKの方が女に好かれるように見えました。性質も私のようにこせこせしていないところが、異性には気に入るだろうと思われました。どこかが抜けていて、それでどこかにしっかりした男らしいところのある点も、私よりは優勢に見えました。学力がくりきになれば専門こそ違いますが、私は無論Kの敵でないと自覚していました。――すべて向うのいところだけがこう一度に眼先めさきへ散らつき出すと、ちょっと安心した私はすぐ元の不安に立ち返るのです。
    Kは落ち付かない私の様子を見て、いやならひとまず東京へ帰ってもいいといったのですが、そういわれると、私は急に帰りたくなくなりました。実はKを東京へ帰したくなかったのかも知れません。二人は房州ぼうしゅうの鼻をまわって向う側へ出ました。我々は暑い日にられながら、苦しい思いをして、上総かずさのそこ一里いちりだまされながら、うんうん歩きました。私にはそうして歩いている意味がまるでわからなかったくらいです。私は冗談じょうだん半分Kにそういいました。するとKは足があるから歩くのだと答えました。そうして暑くなると、海に入って行こうといって、どこでも構わずしおつかりました。そのあとをまた強い日で照り付けられるのですから、身体からだ倦怠だるくてぐたぐたになりました。

    三十

    「こんなふうにして歩いていると、暑さと疲労とで自然身体からだの調子が狂って来るものです。もっとも病気とは違います。急にひとの身体の中へ、自分の霊魂が宿替やどがえをしたような気分になるのです。わたくし平生へいぜいの通りKと口をきながら、どこかで平生の心持と離れるようになりました。彼に対する親しみも憎しみも、旅中りょちゅうかぎりという特別な性質をびる風になったのです。つまり二人は暑さのため、しおのため、また歩行のため、在来と異なった新しい関係に入る事ができたのでしょう。その時の我々はあたかも道づれになった行商ぎょうしょうのようなものでした。いくら話をしてもいつもと違って、頭を使う込み入った問題には触れませんでした。
    我々はこの調子でとうとう銚子ちょうしまで行ったのですが、道中たった一つの例外があったのを今に忘れる事ができないのです。まだ房州を離れない前、二人は小湊こみなとという所で、たいうらを見物しました。もう年数ねんすうもよほどっていますし、それに私にはそれほど興味のない事ですから、判然はんぜんとは覚えていませんが、何でもそこは日蓮にちれんの生れた村だとかいう話でした。日蓮の生れた日に、鯛が二いそに打ち上げられていたとかいう言伝いいつたえになっているのです。それ以来村の漁師が鯛をとる事を遠慮して今に至ったのだから、浦には鯛が沢山いるのです。我々は小舟をやとって、その鯛をわざわざ見に出掛けたのです。
    その時私はただ一図いちずに波を見ていました。そうしてその波の中に動く少し紫がかった鯛の色を、面白い現象の一つとして飽かず眺めました。しかしKは私ほどそれに興味をもち得なかったものとみえます。彼は鯛よりもかえって日蓮の方を頭の中で想像していたらしいのです。ちょうどそこに誕生寺たんじょうじという寺がありました。日蓮の生れた村だから誕生寺とでも名を付けたものでしょう、立派な伽藍がらんでした。Kはその寺に行って住持じゅうじに会ってみるといい出しました。実をいうと、我々はずいぶん変な服装なりをしていたのです。ことにKは風のために帽子を海に吹き飛ばされた結果、菅笠すげがさを買ってかぶっていました。着物はもとより双方ともあかじみた上に汗でくさくなっていました。私は坊さんなどに会うのはそうといいました。Kは強情ごうじょうだから聞きません。いやなら私だけ外に待っていろというのです。私は仕方がないからいっしょに玄関にかかりましたが、心のうちではきっと断られるに違いないと思っていました。ところが坊さんというものは案外丁寧ていねいなもので、広い立派な座敷へ私たちを通して、すぐ会ってくれました。その時分の私はKと大分だいぶ考えが違っていましたから、坊さんとKの談話にそれほど耳を傾ける気も起りませんでしたが、Kはしきりに日蓮の事を聞いていたようです。日蓮は草日蓮そうにちれんといわれるくらいで、草書そうしょが大変上手であったと坊さんがいった時、字のまずいKは、何だ下らないという顔をしたのを私はまだ覚えています。Kはそんな事よりも、もっと深い意味の日蓮が知りたかったのでしょう。坊さんがその点でKを満足させたかどうかは疑問ですが、彼は寺の境内けいだいを出ると、しきりに私に向って日蓮の事を云々うんぬんし出しました。私は暑くて草臥くたびれて、それどころではありませんでしたから、ただ口の先でい加減な挨拶あいさつをしていました。それも面倒になってしまいには全く黙ってしまったのです。
    たしかそのあくる晩の事だと思いますが、二人は宿へ着いてめしを食って、もう寝ようという少し前になってから、急にむずかしい問題を論じ合い出しました。Kは昨日きのう自分の方から話しかけた日蓮の事について、私が取り合わなかったのを、快く思っていなかったのです。精神的に向上心がないものは馬鹿だといって、何だか私をさも軽薄もののようにやり込めるのです。ところが私の胸にはお嬢さんの事がわだかまっていますから、彼の侮蔑ぶべつに近い言葉をただ笑って受け取る訳にいきません。私は私で弁解を始めたのです

    青空文庫より

  • 江戸川乱歩「鏡地獄」岡田慎平朗読

    52.17 Aug 21, 2017

    「珍らしい話とおっしゃるのですか、それではこんな話はどうでしょう」
    ある時、五、六人の者が、怖い話や、珍奇な話を、次々と語り合っていた時、友だちのKは最後にこんなふうにはじめた。ほんとうにあったことか、Kの作り話なのか、その後、尋ねてみたこともないので、私にはわからぬけれど、いろいろ不思議な物語を聞かされたあとだったのと、ちょうどその日の天候が春の終りに近いころの、いやにドンヨリと曇った日で、空気が、まるで深い水の底のように重おもしくよどんで、話すものも、聞くものも、なんとなく気ちがいめいた気分になっていたからでもあったのか、その話は、異様に私の心をうったのである。話というのは、私に一人の不幸な友だちがあるのです。名前は仮りに彼と申して置きましょうか。その彼にはいつの頃からか世にも不思議な病気が取りついたのです。ひょっとしたら、先祖に何かそんな病気の人があって、それが遺伝したのかもしれませんね。というのは、まんざら根のない話でもないので、いったい彼のうちには、おじいさんか、ひいじいさんかが、切支丹キリシタンの邪宗に帰依きえしていたことがあって、古めかしい横文字の書物や、マリヤさまの像や、基督キリストさまのはりつけの絵などが、葛籠つづらの底に一杯しまってあるのですが、そんなものと一緒に、伊賀越道中双六いがごえどうちゅうすごろくに出てくるような、一世紀も前の望遠鏡だとか、妙なかっこうの磁石だとか、当時ギヤマンとかビイドロとかいったのでしょうが、美しいガラスの器物だとかが、同じ葛籠にしまいこんであって、彼はまだ小さい時分から、よくそれを出してもらっては遊んでいたものです。
    考えてみますと、彼はそんな時分から、物の姿の映る物、たとえばガラスとか、レンズとか、鏡とかいうものに、不思議な嗜好しこうを持っていたようです。それが証拠には、彼のおもちゃといえば、幻灯器械だとか、遠目がねだとか、虫目がねだとか、そのほかそれに類した、将門まさかど目がね、万華鏡まんげきょうに当てると人物や道具などが、細長くなったり、平たくなったりする、プリズムのおもちゃだとか、そんなものばかりでした。
    それから、やっぱり彼の少年時代なのですが、こんなことがあったのも覚えております。ある日彼の勉強部屋をおとずれますと、机の上に古いきりの箱が出ていて、多分その中にはいっていたのでしょう、彼は手に昔物の金属の鏡を持って、それを日光に当てて、暗い壁に影を映しているのでした。
    「どうだ、面白おもしろいだろう。あれを見たまえ、こんな平らな鏡が、あすこへ映ると、妙な字ができるだろう」
    彼にそう言われて、壁を見ますと、驚いたことには、白い丸形の中に、多少形がくずれてはいましたけれど「寿」という文字が、白金のような強い光で現われているのです。
    「不思議だね、一体どうしたんだろう」
    なんだか神業かみわざとでもいうような気がして、子供の私には、珍らしくもあり、怖くもあったのです。思わずそんなふうに聞き返しました。
    「わかるまい。種明かしをしようか。種明かしをしてしまえば、なんでもないことなんだよ。ホラ、ここを見たまえ、この鏡の裏を、ね、寿という字が浮彫りになっているだろう。これが表へすき通るのだよ」
    なるほど見れば彼の言う通り、青銅のような色をした鏡の裏には、立派な浮彫りがあるのです。でも、それが、どうして表面まですき通って、あのような影を作るのでしょう。鏡の表は、どの方角からすかして見ても、滑らかな平面で、顔がでこぼこに写るわけでもないのに、それの反射だけが不思議な影を作るのです。まるで魔法みたいな気がするのです。
    「これはね、魔法でもなんでもないのだよ」
    彼は私のいぶかしげな顔を見て、説明をはじめるのでした。
    「おとうさんに聞いたんだがね、金属の鏡というやつは、ガラスと違って、ときどきみがきをかけないと、曇りがきて見えなくなるんだ。この鏡なんか、ずいぶん古くからぼくの家に伝わっている品で、何度となくみがきをかけている。でね、その磨きをかけるたびに、裏の浮彫りの所と、そうでない薄い所とでは、金の減り方が眼に見えぬほどずつ違ってくるのだよ。厚い部分は手ごたえが多く、薄い部分はこれが少ないわけだからね。その眼にも見えぬ減り方の違いが、恐ろしいもので、反射させると、あんなに現われるのだそうだ。わかったかい」
    その説明を聞きますと、一応は理由がわかったものの、今度は、顔を映してもでこぼこに見えない滑らかな表面が、反射させると明きらかに凹凸おうとつが現われるという、このえたいの知れぬ事実が、たとえば顕微鏡で何かをのぞいた時に味わう、微細なるものの無気味さ、あれに似た感じで、私をゾッとさせるのでした。青空文庫より