朗読カフェ

  • 『西行双面』文・倉沢はすみ 朗読駒形美英

    29.85
    May 24, 2018

    コンペイトウ文庫☆https://konpeito12.exblog.jp/

  • 横光利一「妻」海渡みなみ朗読

    13.50
    May 20, 2018

    雨がやむと風もやむだ。小路こうぢの兩側の花々は倒れたまま地に頭をつけてゐた。今迄揺れつづけてゐた葡萄棚の蔓は靜まつて、垂れ下つた葡萄の實の先端からまだ雨の滴りがゆるやかに落ちてゐた。どこからか人の話し聲が久し振りに聞えて來た。
    「まア、人の聲つて懷しいものね。」と妻は床の中から云つた。
    妻はもう長らく病んで寢てゐた。彼女は姑が死ぬと直ぐ病ひになつた。
    遠くの荒れた茫々とした空地の雜草の中で、置き忘れられた椅子がぼんやりと濡れた頭を傾けてゐた。その向ふの曇つた空の下では竹林の縁が深ぶかと重さうに垂れてゐた。
    私は門の小路の方へ倒れた花を踏まないやうに足を浮かせて歩いてみた。傾き勝ちな小路の肌は滑かに青く光つてゐた。その上を細い流れが縮れながら蟲や花瓣を浮べて流れてゐた。すると私の足は不意に辷つた。私は亂れた花の上へ仰向きに倒れた。冷たい草の葉がはツしと頬を打つた。雨が降るといつも私はそこで辷るのだ。
    格子の向ふで妻が身體を振つて笑つてゐた。私は馬鹿げた口を開けて着物を着返へるために家の中へ這入つた。
    「どうも早や、參つた、參つた。」
    「あなたの、あなたの。」さう云ふと妻は笑つたまま急に咳き出した。
    「俺が惡いんぢやないぞ。花めが惡いんだ。」
    「あなたが周章てるからよ。」
    「俺は花を踏まないやうに氣をつけてやつたんだ。」
    「あの格好つたらなかつたわ。」
    私は芝居の口調で、
    「いやいや、」と云つた。
    「もう一度辷つてらつしやいな。」
    私は默つてゐた。
    「まるで新感覺よ。」
    「生意氣ぬかすな。」
    私は光つた縁側で裸體になつた。病める妻にとつて、靜けさの中で良人の辷つた格好は何よりも興趣があつたに相違ない。初めの頃は私が辷ると妻の顏色も青くなつた。それがだんだんと平氣になり、第三段の形態は哄笑に變つて來た。私達は此の形態の變化を曳き摺つて此の家へ移つて來た。
    「赤ちやんがほしいわ。」と、突然妻が云ひ出すことがある。
    さう云ひ出す頃になると、妻は何物よりも、ユーモラスな良人の辷つた格好から愛すべき風格を見附け出す。その次ぎの第四の形態は何か。私は次ぎに來る左樣なことを考へるものではないと考へる。
    次の日の朝雲は晴れた。私は起きると直ぐ葡萄棚の下へ行つて仰いでみた。葉の叢から洩れた一條の光りが鋭く眼を貫いた。私は顏を傾け變へた。露に濡れた葡萄の房が朝の空の中で克明な陰影を振りかざし、一粒づつ滿腔の光りを放つて靜まつてゐた。私は手を延ばすと一粒とつた。
    「うまい。」
    床の上へ起き直つた妻が、
    「私にもよ、私にもよ。」と云つて手を差し出した。
    「喜べ。うまいぞ。」
    私は露で冷めたくなつた手に一房の葡萄を攫んで妻の床の傍へ持つていつた。
    「あらあら、重いわね。」
    「ベテレヘムの女ごらよ。ああ汝の髮は紫の葡萄のごとし。」
    「もう直ぐ蟲がつくから、今とらないと駄目だわね。」
    「汝は汝の床もて我を抱け。我の願ひを入れよ。」
    「まア、おいしい。口がとれさうよ。」と妻は云つた。
    見ると、妻の髮に白いにらの花がこの朝早くから刺さつてゐた。
    私はまた葡萄棚の下へ戻つて來た。それから井戸傍で身體を拭いた。雇つてある老婆が倒れた垣根の草花を起してゐた。
    私はふと傍の薔薇の葉の上にゐる褐色のめすの鎌切りを見附けた。よく見ると、それは別の青いをすの鎌切りの首を大きな鎌で押しつけて早や半分ほどそれを食つてゐる雌の鎌切りだつた。
    「なるほど、これや夫婦生活の第四段の形態だ。」と私は思つた。
    雄は雌に腹まで食はれながらまだ頭をゆるく左右に振つてゐた。その雄の容子が私には苦痛を訴へてゐる表情だとは思へなかつた。どこかむしろ悠長な歡喜を感じた。その眼の表情には確に身を締めつけられるやうな恍惚とした喜びがあつた。婆やが曲つた腰つきで箒を持つて無花果の樹の下から私の方へ歩いて來た。
    「おい、婆さん。一寸來て見な。」と私は云つた。
    婆やは私の指差してゐる鎌切りを覗き込むと、
    「ははア。」と云つた。
    「これ、何んだか知つてるかね。」
    「旦那さま、これや二疋ですな。」と老婆は急に大きな聲を出した。
    「さうだ。」
    すると老婆はまた「あらツ」と聲を上げた。
    「何んだ?」
    「これや旦那さま、食はれてゐますのぢや。」
    「それやさうさ。」
    「ははア。これや、旦那樣、食はれてをりますのぢや。」
    「食つてゐるのはめすなんだよ。鎌切りの女は亭主が入らなくなると食ひ殺すんだ。」
    「ほんたうでございますか。」
    「本當さ。」
    「まア奥樣、來て見なさい。憎い奴がをりますわ。自分の亭主を食ひやがつて、これやツ、これやツ。」と老婆は云つて足で地を打つた。
    私は身體を拭きながら無花果の樹の下へ來た。無花果は厚い葉の陰から色づいた實を差し出してゐた。不氣嫌さうに栗のいがは膨れてゐた。
    私はまだ鎌切りに心から腹を立ててゐるらしい老婆の容子が面白かつた。彼女は二十臺に良人に別れた。それから四十年、獨身で來ながらもその間何をして來たか分らなかつた。彼女は今も烈しい毒を體内に持つてゐた。その老婆が亭主を食つたと云ふので雌の鎌切りに必死に腹を立ててゐるのである。
    暫くすると、老婆が箒を持つたまま私の傍へ來た。
    「旦那さま、殺してやりましたわ。」
    「食つて了つたか?」
    「食つて了ひましたよ。すつかり食ひました。」
    「さうか。」
    「憎ツくい奴でございますな。あんな奴は、ひどい目に合はしてやりませんと腹が立ちますよ。」
    「食はれてゐる奴は喜んでゐたんだぜ。」
    「冗談を云ひなさんな。」
    「女に食はれたら誰だつて喜ぶさ。」
    「へへへへへへ。」と老婆は笑ひ出した。
    彼女は私の言葉を下品な意味にとつたと見えた。
    彼女は直ぐまた妻のゐる方へ引き返して行くと、
    「奥さん、あの旦那さまは油斷なりませんよ。なかなか、どうしてあなた。」
    そんなことを云つてゐる老婆の聲が耳に這入つた。
    私はそのまま裾を捲つて露の溜つてゐるきらきらした雜草の穗の中へ降りて行つた。
    微風が朝の香りを籠めて草の上を渡つて來た。草玉が青い實を靜に搖つた。數列の葱が露に輝きながら劍のやうに垂直に立つてゐた。
    「おーい。」
    「はーい。」と妻の低い聲がした。
    「無花果、入らないか。」
    「はーい。」
    遠くの草の中で、幼い子供が母の云ふことをよくきいてゐる清らかな姿が見えた。

  • 夏目漱石「草枕」 九 山口雄介朗読

    21.73
    May 15, 2018

    「御勉強ですか」と女が云う。部屋に帰った余は、三脚几さんきゃくきしばりつけた、書物の一冊をいて読んでいた。
    御這入おはいりなさい。ちっとも構いません」
    女は遠慮する景色けしきもなく、つかつかと這入る。くすんだ半襟はんえりの中から、恰好かっこうのいいくびの色が、あざやかに、き出ている。女が余の前に坐った時、この頸とこの半襟の対照が第一番に眼についた。
    「西洋の本ですか、むずかしい事が書いてあるでしょうね」
    「なあに」
    「じゃ何が書いてあるんです」
    「そうですね。実はわたしにも、よく分らないんです」
    「ホホホホ。それで御勉強なの」
    「勉強じゃありません。ただ机の上へ、こうけて、開いた所をいい加減に読んでるんです」
    「それで面白いんですか」
    「それが面白いんです」
    「なぜ?」
    「なぜって、小説なんか、そうして読む方が面白いです」
    「よっぽど変っていらっしゃるのね」
    「ええ、ちっと変ってます」
    「初から読んじゃ、どうして悪るいでしょう」
    「初から読まなけりゃならないとすると、しまいまで読まなけりゃならない訳になりましょう」
    「妙な理窟りくつだ事。しまいまで読んだっていいじゃありませんか」
    「無論わるくは、ありませんよ。筋を読む気なら、わたしだって、そうします」
    「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋のほかに何か読むものがありますか」
    余は、やはり女だなと思った。多少試験してやる気になる。
    「あなたは小説が好きですか」
    「私が?」と句を切った女は、あとから「そうですねえ」と判然はっきりしない返事をした。あまり好きでもなさそうだ。
    「好きだか、きらいだか自分にも解らないんじゃないですか」
    「小説なんか読んだって、読まなくったって……」
    と眼中にはまるで小説の存在を認めていない。
    「それじゃ、初から読んだって、しまいから読んだって、いい加減な所をいい加減に読んだって、いい訳じゃありませんか。あなたのようにそう不思議がらないでもいいでしょう」
    「だって、あなたと私とは違いますもの」
    「どこが?」と余は女の眼のうちを見詰めた。試験をするのはここだと思ったが、女のひとみは少しも動かない。
    「ホホホホ解りませんか」
    「しかし若いうちは随分御読みなすったろう」余は一本道で押し合うのをやめにして、ちょっと裏へ廻った。
    「今でも若いつもりですよ。可哀想かわいそうに」放したたかはまたそれかかる。すこしも油断がならん。
    「そんな事が男の前で云えれば、もう年寄のうちですよ」と、やっと引き戻した。
    「そう云うあなたも随分の御年じゃあ、ありませんか。そんなに年をとっても、やっぱり、れたの、れたの、にきびが出来たのってえ事が面白いんですか」
    「ええ、面白いんです、死ぬまで面白いんです」
    「おやそう。それだから画工えかきなんぞになれるんですね」
    「全くです。画工だから、小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留とうりゅうしているうちは毎日話をしたいくらいです。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなるとなお面白い。しかしいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初からしまいまで読む必要があるんです」
    「すると不人情ふにんじょうな惚れ方をするのが画工なんですね」
    「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤おみくじを引くように、ぱっとけて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」
    「なるほど面白そうね。じゃ、今あなたが読んでいらっしゃる所を、少し話してちょうだい。どんな面白い事が出てくるか伺いたいから」
    「話しちゃ駄目です。だって話にしちゃ一文の価値ねうちもなくなるじゃありませんか」
    「ホホホそれじゃ読んで下さい」
    「英語でですか」
    「いいえ日本語で」
    「英語を日本語で読むのはつらいな」
    「いいじゃありませんか、非人情で」
    これも一興いっきょうだろうと思ったから、余は女のこいに応じて、例の書物をぽつりぽつりと日本語で読み出した。もし世界に非人情な読み方があるとすればまさにこれである。く女ももとより非人情で聴いている。
    なさけの風が女から吹く。声から、眼から、はだえから吹く。男にたすけられてともに行く女は、夕暮のヴェニスをながむるためか、扶くる男はわがみゃく稲妻いなずまの血を走らすためか。――非人情だから、いい加減ですよ。ところどころ脱けるかも知れません」
    「よござんすとも。御都合次第で、御足おたしなすっても構いません」
    「女は男とならんでふなばたる。二人のへだたりは、風に吹かるるリボンの幅よりも狭い。女は男と共にヴェニスに去らばと云う。ヴェニスなるドウジの殿楼でんろうは今第二の日没のごとく、薄赤く消えて行く。……」
    「ドージとは何です」
    「何だって構やしません。むかしヴェニスを支配した人間の名ですよ。何代つづいたものですかね。その御殿が今でもヴェニスに残ってるんです」
    「それでその男と女と云うのは誰の事なんでしょう」
    「誰だか、わたしにも分らないんだ。それだから面白いのですよ。今までの関係なんかどうでもいいでさあ。ただあなたとわたしのように、こういっしょにいるところなんで、その場限りで面白味があるでしょう」
    「そんなものですかね。何だか船の中のようですね」
    「船でも岡でも、かいてある通りでいいんです。なぜと聞き出すと探偵たんていになってしまうです」
    「ホホホホじゃ聴きますまい」
    「普通の小説はみんな探偵が発明したものですよ。非人情なところがないから、ちっともおもむきがない」
    「じゃ非人情の続きを伺いましょう。それから?」
    「ヴェニスは沈みつつ、沈みつつ、ただ空に引く一抹いちまつの淡き線となる。線は切れる。切れて点となる。蛋白石とんぼだまの空のなかにまるき柱が、ここ、かしこと立つ。ついには最も高くそびえたる鐘楼しゅろうが沈む。沈んだと女が云う。ヴェニスを去る女の心は空行く風のごとく自由である。されど隠れたるヴェニスは、再び帰らねばならぬ女の心に覊絏きせつの苦しみを与う。男と女は暗き湾のかたに眼を注ぐ。星は次第に増す。柔らかにゆらぐ海はあわそそがず。男は女の手をる。鳴りやまぬゆづるを握った心地ここちである。……」
    「あんまり非人情でもないようですね」
    「なにこれが非人情的に聞けるのですよ。しかしいやなら少々略しましょうか」
    「なに私は大丈夫ですよ」
    「わたしは、あなたよりなお大丈夫です。――それからと、ええと、少しくずかしくなって来たな。どうも訳し――いや読みにくい」
    「読みにくければ、御略おりゃくしなさい」
    「ええ、いい加減にやりましょう。――この一夜ひとよと女が云う。一夜? と男がきく。一と限るはつれなし、幾夜いくよを重ねてこそと云う」
    「女が云うんですか、男が云うんですか」
    「男が云うんですよ。何でも女がヴェニスへ帰りたくないのでしょう。それで男が慰めることばなんです。――真夜中の甲板かんぱんに帆綱を枕にしてよこたわりたる、男の記憶には、かの瞬時、熱き一滴の血に似たる瞬時、女の手をしかりたる瞬時が大濤おおなみのごとくに揺れる。男は黒き夜を見上げながら、いられたる結婚のふちより、是非に女を救い出さんと思い定めた。かく思い定めて男は眼をずる。――」
    「女は?」
    「女は路に迷いながら、いずこに迷えるかを知らぬさまである。さらわれて空行く人のごとく、ただ不可思議の千万無量――あとがちょっと読みにくいですよ。どうも句にならない。――ただ不可思議の千万無量――何か動詞はないでしょうか」
    「動詞なんぞいるものですか、それで沢山です」
    「え?」
    ごうと音がして山のがことごとく鳴る。思わず顔を見合わす途端とたんに、机の上の一輪挿いちりんざしけた、椿つばきがふらふらと揺れる。「地震!」と小声で叫んだ女は、ひざくずして余の机にりかかる。御互おたがい身躯からだがすれすれに動く。キキーとするどい羽摶はばたきをして一羽の雉子きじやぶの中から飛び出す。
    「雉子が」と余は窓の外を見て云う。
    「どこに」と女は崩した、からだを擦寄すりよせる。余の顔と女の顔が触れぬばかりに近づく。細い鼻の穴から出る女の呼吸いきが余のひげにさわった。
    「非人情ですよ」と女はたちまち坐住居いずまいを正しながらきっと云う。
    「無論」と言下ごんかに余は答えた。
    岩のくぼみにたたえた春の水が、驚ろいて、のたりのたりとぬるうごいている。地盤の響きに、満泓まんおうの波が底から動くのだから、表面が不規則に曲線を描くのみで、くだけた部分はどこにもない。円満に動くと云う語があるとすれば、こんな場合に用いられるのだろう。落ちついて影を※(「くさかんむり/(酉+隹)/れんが」、第3水準1-91-44)ひたしていた山桜が、水と共に、延びたり縮んだり、曲がったり、くねったりする。しかしどう変化してもやはり明らかに桜の姿をたもっているところが非常に面白い。
    「こいつは愉快だ。奇麗きれいで、変化があって。こう云う風に動かなくっちゃ面白くない」
    「人間もそう云う風にさえ動いていれば、いくら動いても大丈夫ですね」
    「非人情でなくっちゃ、こうは動けませんよ」
    「ホホホホ大変非人情が御好きだこと」
    「あなた、だってきらいな方じゃありますまい。昨日きのう振袖ふりそでなんか……」と言いかけると、
    「何か御褒美ごほうびをちょうだい」と女は急にあまえるように云った。
    「なぜです」
    「見たいとおっしゃったから、わざわざ、見せて上げたんじゃありませんか」
    「わたしがですか」
    山越やまごえをなさったの先生が、茶店の婆さんにわざわざ御頼みになったそうで御座います」
    余は何と答えてよいやらちょっと挨拶あいさつが出なかった。女はすかさず、
    「そんな忘れっぽい人に、いくらじつをつくしても駄目ですわねえ」とあざけるごとく、うらむがごとく、また真向まっこうから切りつけるがごとく二の矢をついだ。だんだん旗色はたいろがわるくなるが、どこで盛り返したものか、いったん機先を制せられると、なかなかすきを見出しにくい。
    「じゃ昨夕ゆうべの風呂場も、全く御親切からなんですね」ときわどいところでようやく立て直す。
    女は黙っている。
    「どうも済みません。御礼に何を上げましょう」と出来るだけ先へ出て置く。いくら出ても何の利目ききめもなかった。女は何喰わぬ顔で大徹和尚だいてつおしょうの額をながめている。やがて、
    竹影ちくえい払階かいをはらって塵不動ちりうごかず
    と口のうちで静かに読みおわって、また余の方へ向き直ったが、急に思い出したように、
    「何ですって」
    と、わざと大きな声で聞いた。その手は喰わない。
    「その坊主にさっきいましたよ」と地震にれた池の水のように円満な動き方をして見せる。
    観海寺かんかいじの和尚ですか。ふとってるでしょう」
    「西洋画で唐紙からかみをかいてくれって、云いましたよ。禅坊さんなんてものは随分わけのわからない事を云いますね」
    「それだから、あんなに肥れるんでしょう」
    「それから、もう一人若い人に逢いましたよ。……」
    久一きゅういちでしょう」
    「ええ久一君です」
    「よく御存じです事」
    「なに久一君だけ知ってるんです。そのほかには何にも知りゃしません。口を聞くのがきらいな人ですね」
    「なに、遠慮しているんです。まだ小供ですから……」
    「小供って、あなたと同じくらいじゃありませんか」
    「ホホホホそうですか。あれはわたくしの従弟いとこですが、今度戦地へ行くので、暇乞いとまごいに来たのです」
    「ここにとまって、いるんですか」
    「いいえ、兄のうちにおります」
    「じゃ、わざわざ御茶を飲みに来た訳ですね」
    「御茶より御白湯おゆの方がすきなんですよ。父がよせばいいのに、呼ぶものですから。麻痺しびれが切れて困ったでしょう。私がおれば中途から帰してやったんですが……」
    「あなたはどこへいらしったんです。和尚おしょうが聞いていましたぜ、また一人ひとり散歩かって」
    「ええ鏡の池の方を廻って来ました」
    「その鏡の池へ、わたしも行きたいんだが……」
    「行って御覧なさい」
    にかくに好い所ですか」
    「身を投げるに好い所です」
    「身はまだなかなか投げないつもりです」
    「私は近々きんきん投げるかも知れません」
    余りに女としては思い切った冗談じょうだんだから、余はふと顔を上げた。女は存外たしかである。
    「私が身を投げて浮いているところを――苦しんで浮いてるところじゃないんです――やすやすと往生して浮いているところを――奇麗な画にかいて下さい」
    「え?」
    「驚ろいた、驚ろいた、驚ろいたでしょう」
    女はすらりと立ち上る。三歩にして尽くる部屋の入口を出るとき、かえりみてにこりと笑った。茫然ぼうぜんたる事多時たじ

    青空文庫より

  • 江戸川乱歩「お勢登場」海渡みなみ朗読

    50.63
    May 06, 2018

    肺病やみの格太郎かくたろうは、今日も又細君さいくんにおいてけぼりを食って、ぼんやりと留守を守っていなければならなかった。最初の程は、如何いかなお人しの彼も、激憤を感じ、それをたねに離別を目論もくろんだことさえあったのだけれど、やまいという弱味が段々彼をあきらめっぽくしてしまった。先の短い自分の事、可愛い子供のことなど考えると、乱暴な真似まねはできなかった。その点では、第三者であるけ、弟の格二郎かくじろうなどの方がテキパキしたかんがえを持っていた。彼は兄の弱気を歯痒はがゆがって、時々意見めいた口をくこともあった。
    「なぜ兄さんは左様そうなんだろう。僕だったらとっくに離縁にしてるんだがな。あんな人にあわれみをかける所があるんだろうか」
    だが、格太郎にとっては、単に憐みという様なことばかりではなかった。成程なるほど、今おせいを離別すれば、もんなしの書生っぽに相違ない彼女の相手と共に、たちまち其日そのひにも困る身の上になることは知れていたけれど、その憐みもさることながら、彼にはもっとほかの理由があったのだ。子供の行末も無論案じられたし、それに、恥しくて弟などには打開うちあけられもしないけれど、彼には、そんなにされても、まだおせいをあきらめかねる所があった。それゆえ、彼女が彼から離れ切って了うのを恐れて、彼女の不倫を責めることさえ遠慮している程なのであった。
    おせいの方では、この格太郎の心持を、知り過ぎる程知っていた。大げさに云えば、そこには暗黙の妥協に似たものが成り立っていた。彼女は隠し男との遊戯の暇には、その余力をもって格太郎を愛撫することを忘れないのだった。格太郎にして見れば、この彼女のわずかばかりのおなさけに、不甲斐ふがいなくも満足している外はない心持だった。
    「でも、子供のことを考えるとね。そう一概いちがいなことも出来ないよ。この先一年もつか二年もつか知れないが、おれの寿命はきまっているのだし、そこへ持って来て母親までなくしては、あんまり子供が可哀相かわいそうだからね。まあもうちっと我慢して見るつもりだ。なあに、その内にはおせいだって、きっと考え直す時が来るだろうよ」
    格太郎はそう答えて、一層弟を歯痒がらせるのを常とした。
    だが、格太郎の仏心に引かえて、おせいは考え直すどころか、一日一日と、不倫の恋におぼれて行った。それには、窮迫して、長病ながわずらいで寝た切りの、彼女の父親がだしに使われた。彼女は父親を見舞いに行くのだと称しては、三日にあげずうちそとにした。果して彼女が里へ帰っているかどうかをしらべるのは、無論わけのないことだったけれど、格太郎はそれすらしなかった。妙な心持である。彼は自分自身に対してさえ、おせいをかばう様な態度を取った。
    今日もおせいは、朝から念入りの身じまいをして、いそいそと出掛けて行った。
    「里へ帰るのに、お化粧はいらないじゃないか」
    そんないやみが、口まで出かかるのを、格太郎はじっとこらえていた。此頃このごろでは、そうしていことも云わないでいる、自分自身のいじらしさに、一種の快感をさえ覚える様になっていた。
    細君が出て行って了うと、彼は所在なさに趣味を持ち出した盆栽ぼんさいいじりを始めるのだった。跣足はだしで庭へ下りて、土にまみれていると、それでもいくらか心持が楽になった。又一つには、そうして趣味に夢中になっているさまを装うことが、他人に対しても自分に対しても、必要なのであった。
    おひる時分になると、女中が御飯を知らせに来た。
    「あのおひるの用意が出来ましたのですが、もうちっとのちになさいますか」
    女中さえ、遠慮勝ちにいたいたしそうな目で自分を見るのが、格太郎はつらかった。
    「ああ、もうそんな時分かい。じゃおひるとしようか。坊やを呼んで来るといい」
    彼は虚勢きょせいを張って、快活らしく答えるのであった。此頃このごろでは、何につけても虚勢が彼の習慣になっていた。
    そういう日に限って、女中達の心づくしか、食膳しょくぜんにはいつもより御馳走ごちそうが並ぶのであった。でも格太郎はこの一月ばかりというもの、おいしい御飯をたべたことがなかった。子供の正一しょういちも家の冷い空気に当ると、外の餓鬼大将がきだいしょうにわかにしおしおして了うのだった。
    「ママどこへ行ったの」
    彼はある答えを予期しながら、でも聞いて見ないでは安心しないのである。
    「おじいちゃまの所へいらっしゃいましたの」
    女中が答えると、彼は七歳の子供に似合わぬ冷笑の様なものを浮べて、「フン」と云ったきり、御飯をかき込むのであった。子供ながら、それ以上質問を続けることは、父親に遠慮するらしく見えた。それと彼には又彼丈けの虚勢があるのだ。
    「パパ、お友達を呼んで来てもいい」
    御飯がすんで了うと、正一は甘える様に父親の顔をのぞき込んだ。格太郎は、それがいたいけな子供の精一杯の追従ついしょうの様な気がして、涙ぐましいいじらしさと、同時に自分自身に対する不快とを感じないではいられなかった。でも、彼の口をついて出た返事は、いつもの虚勢以外のものではないのだった。
    「アア、呼んで来てもいいがね。おとなしく遊ぶんだよ」
    父親の許しを受けると、これも又子供の虚勢かも知れないのだが、正一は「うれしい嬉しい」と叫びながら、さも快活に表の方へ飛び出して行って、間もなく三四人の遊び仲間を引っぱって来た。そして、格太郎がお膳の前で楊枝ようじを使っているところへ、子供部屋の方から、もうドタンバタンという物音が聞え始めた。

  • 新美南吉「花のき村と盗人たち」福山美奈子朗読

    36.65
    May 02, 2018

    むかし、はなのきむらに、五人組にんぐみ盗人ぬすびとがやってました。
    それは、若竹わかたけが、あちこちのそらに、かぼそく、ういういしい緑色みどりいろをのばしている初夏しょかのひるで、松林まつばやしでは松蝉まつぜみが、ジイジイジイイといていました。
    盗人ぬすびとたちは、きたからかわ沿ってやってました。はなのきむらぐちのあたりは、すかんぽやうまごやしのえたみどり野原のはらで、子供こどもうしあそんでおりました。これだけをても、このむら平和へいわむらであることが、盗人ぬすびとたちにはわかりました。そして、こんなむらには、おかねやいい着物きものったいえがあるにちがいないと、もうよろこんだのでありました。
    かわやぶしたながれ、そこにかかっている一つの水車すいしゃをゴトンゴトンとまわして、むら奥深おくふかくはいっていきました。
    やぶのところまでると、盗人ぬすびとのうちのかしらが、いいました。
    「それでは、わしはこのやぶのかげでっているから、おまえらは、むらのなかへはいっていって様子ようすい。なにぶん、おまえらは盗人ぬすびとになったばかりだから、へまをしないようにをつけるんだぞ。かねのありそうないえたら、そこのいえのどのまどがやぶれそうか、そこのいえいぬがいるかどうか、よっくしらべるのだぞ。いいか釜右ヱ門かまえもん。」
    「へえ。」
    釜右ヱ門かまえもんこたえました。これは昨日きのうまでたびあるきの釜師かましで、かま茶釜ちゃがまをつくっていたのでありました。
    「いいか、海老之丞えびのじょう。」
    「へえ。」
    海老之丞えびのじょうこたえました。これは昨日きのうまで錠前屋じょうまえやで、家々いえいえくら長持ながもちなどのじょうをつくっていたのでありました。
    「いいか角兵ヱかくべえ。」
    「へえ。」
    とまだ少年しょうねん角兵ヱかくべえこたえました。これは越後えちごから角兵ヱ獅子かくべえじしで、昨日きのうまでは、家々いえいえしきいそとで、逆立さかだちしたり、とんぼがえりをうったりして、一もんもんぜにもらっていたのでありました。
    「いいか鉋太郎かんなたろう。」
    「へえ。」
    鉋太郎かんなたろうこたえました。これは、江戸えどから大工だいく息子むすこで、昨日きのうまでは諸国しょこくのおてら神社じんじゃもんなどのつくりをまわり、大工だいく修業しゅぎょうしていたのでありました。
    「さあ、みんな、いけ。わしは親方おやかただから、ここで一服いっぷくすいながらまっている。」
    そこで盗人ぬすびと弟子でしたちが、釜右ヱ門かまえもん釜師かましのふりをし、海老之丞えびのじょう錠前屋じょうまえやのふりをし、角兵ヱかくべえ獅子ししまいのようにふえをヒャラヒャラらし、鉋太郎かんなたろう大工だいくのふりをして、はなのきむらにはいりこんでいきました。
    かしらは弟子でしどもがいってしまうと、どっかとかわばたのくさうえこしをおろし、弟子でしどもにはなしたとおり、たばこをスッパ、スッパとすいながら、盗人ぬすびとのようなかおつきをしていました。これは、ずっとまえからつけや盗人ぬすびとをしてたほんとうの盗人ぬすびとでありました。
    「わしも昨日きのうまでは、ひとりぼっちの盗人ぬすびとであったが、今日きょうは、はじめて盗人ぬすびと親方おやかたというものになってしまった。だが、親方おやかたになってると、これはなかなかいいもんだわい。仕事しごと弟子でしどもがしててくれるから、こうしてころんでっておればいいわけである。」
    とかしらは、することがないので、そんなつまらないひとりごとをいってみたりしていました。
    やがて弟子でし釜右ヱ門かまえもんもどってました。
    「おかしら、おかしら。」
    かしらは、ぴょこんとあざみのはなのそばからからだこしました。
    「えいくそッ、びっくりした。おかしらなどとぶんじゃねえ、さかなあたまのようにこえるじゃねえか。ただかしらといえ。」
    盗人ぬすびとになりたての弟子でしは、
    「まことにあいすみません。」
    とあやまりました。
    「どうだ、むらなか様子ようすは。」
    とかしらがききました。
    「へえ、すばらしいですよ、かしら。ありました、ありました。」
    なにが。」
    おおきいいえがありましてね、そこの飯炊めしたがまは、まず三ぐらいはける大釜おおがまでした。あれはえらいぜにになります。それから、おてらってあったかねも、なかなかおおきなもので、あれをつぶせば、まず茶釜ちゃがまが五十はできます。なあに、あっしのくるいはありません。うそだとおもうなら、あっしがつくってせましょう。」
    馬鹿馬鹿ばかばかしいことに威張いばるのはやめろ。」
    とかしらは弟子でししかりつけました。
    「きさまは、まだ釜師根性かましこんじょうがぬけんからだめだ。そんな飯炊めしたがまがねなどばかりてくるやつがあるか。それになんだ、そのっている、あなのあいたなべは。」
    「へえ、これは、その、いえまえとおりますと、まきがきにこれがかけてしてありました。るとこの、しりあながあいていたのです。それをたら、じぶんが盗人ぬすびとであることをついわすれてしまって、このなべ、二十もんでなおしましょう、とそこのおかみさんにいってしまったのです。」
    なんというまぬけだ。じぶんのしょうばいは盗人ぬすびとだということをしっかりはらにいれておらんから、そんなことだ。」
    と、かしらはかしららしく、弟子でしおしえました。そして、
    「もういっぺん、むらにもぐりこんで、しっかりなおしてい。」
    めいじました。釜右ヱ門かまえもんは、あなのあいたなべをぶらんぶらんとふりながら、またむらにはいっていきました。
    こんどは海老之丞えびのじょうがもどってました。
    「かしら、ここのむらはこりゃだめですね。」
    海老之丞えびのじょうちからなくいいました。
    「どうして。」
    「どのくらにも、じょうらしいじょうは、ついておりません。子供こどもでもねじきれそうなじょうが、ついておるだけです。あれじゃ、こっちのしょうばいにゃなりません。」
    「こっちのしょうばいというのはなんだ。」
    「へえ、……錠前じょうまえ……。」
    「きさまもまだ根性こんじょうがかわっておらんッ。」
    とかしらはどなりつけました。
    「へえ、あいすみません。」
    「そういうむらこそ、こっちのしょうばいになるじゃないかッ。くらがあって、子供こどもでもねじきれそうなじょうしかついておらんというほど、こっちのしょうばいに都合つごうのよいことがあるか。まぬけめが。もういっぺん、なおしてい。」
    「なるほどね。こういうむらこそしょうばいになるのですね。」
    海老之丞えびのじょうは、感心かんしんしながら、またむらにはいっていきました。
    つぎにかえってたのは、少年しょうねん角兵ヱかくべえでありました。角兵ヱかくべえは、ふえきながらたので、まだやぶこうで姿すがたえないうちから、わかりました。
    「いつまで、ヒャラヒャラとらしておるのか。盗人ぬすびとはなるべくおとをたてぬようにしておるものだ。」
    とかしらはしかりました。角兵ヱかくべえくのをやめました。
    「それで、きさまはなにたのか。」
    かわについてどんどんきましたら、花菖蒲はなしょうぶにわいちめんにかせたちいさいいえがありました。」
    「うん、それから?」
    「そのいえ軒下のきしたに、あたま眉毛まゆげもあごひげもまっしろなじいさんがいました。」
    「うん、そのじいさんが、小判こばんのはいったつぼでもえんしたかくしていそうな様子ようすだったか。」
    「そのおじいさんが竹笛たけぶえいておりました。ちょっとした、つまらない竹笛たけぶえだが、とてもええがしておりました。あんな、不思議ふしぎうつくしいははじめてききました。おれがききとれていたら、じいさんはにこにこしながら、三つながきょくをきかしてくれました。おれは、おれいに、とんぼがえりを七へん、つづけざまにやってせました。」
    「やれやれだ。それから?」
    「おれが、そのふえはいいふえだといったら、笛竹ふえたけえている竹藪たけやぶおしえてくれました。そこのたけつくったふえだそうです。それで、おじいさんのおしえてくれた竹藪たけやぶへいってました。ほんとうにええ笛竹ふえたけが、なん百すじも、すいすいとえておりました。」
    むかしたけなかから、きんひかりがさしたというはなしがあるが、どうだ、小判こばんでもちていたか。」
    「それから、またかわをどんどんくだっていくとちいさい尼寺あまでらがありました。そこではなとうがありました。おにわにいっぱいひとがいて、おれのふえくらいのおおきさのお釈迦しゃかさまに、あまちゃをかけておりました。おれもいっぱいかけて、それからいっぱいましてもらってました。ちゃわんがあるならかしらにもっててあげましたのに。」
    「やれやれ、なんというつみのねえ盗人ぬすびとだ。そういうひとごみのなかでは、ひとのふところやたもとをつけるものだ。とんまめが、もういっぺんきさまもやりなおしてい。そのふえはここへいていけ。」
    角兵ヱかくべえしかられて、ふえくさなかへおき、またむらにはいっていきました。
    おしまいにかえってたのは鉋太郎かんなたろうでした。
    「きさまも、ろくなものはなかったろう。」
    と、きかないさきから、かしらがいいました。
    「いや、金持かねもちがありました、金持かねもちが。」
    鉋太郎かんなたろうこえをはずませていいました。金持かねもちときいて、かしらはにこにことしました。
    「おお、金持かねもちか。」
    金持かねもちです、金持かねもちです。すばらしいりっぱないえでした。」
    「うむ。」
    「その座敷ざしき天井てんじょうたら、さつますぎ一枚板いちまいいたなんで、こんなのをたら、うちの親父おやじはどんなによろこぶかもれない、とおもって、あっしはとれていました。」
    「へっ、面白おもしろくもねえ。それで、その天井てんじょうをはずしてでもかい。」
    鉋太郎かんなたろうは、じぶんが盗人ぬすびと弟子でしであったことをおもしました。盗人ぬすびと弟子でしとしては、あまりかなかったことがわかり、鉋太郎かんなたろうはバツのわるいかおをしてうつむいてしまいました。
    そこで鉋太郎かんなたろうも、もういちどやりなおしにむらにはいっていきました。
    「やれやれだ。」
    と、ひとりになったかしらは、くさなか仰向あおむけにひっくりかえっていいました。
    盗人ぬすびとのかしらというのもあんがいらくなしょうばいではないて。」

  • 芥川龍之介「或恋愛小説」田中智之朗読

    16.48
    May 01, 2018

    或恋愛小説

    ――或は「恋愛は至上なり」――

    芥川龍之介

    ある婦人雑誌社の面会室。
    主筆 でっぷりふとった十前後の紳士しんし
    堀川保吉ほりかわやすきち 主筆の肥っているだけにせた上にも痩せて見える三十前後の、――ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と呼ぶのに躊躇ちゅうちょすることだけは事実である。
    主筆 今度は一つうちの雑誌に小説を書いては頂けないでしょうか? どうもこの頃は読者も高級になっていますし、在来の恋愛小説には満足しないようになっていますから、……もっと深い人間性に根ざした、真面目まじめな恋愛小説を書いて頂きたいのです。
    保吉 それは書きますよ。実はこの頃婦人雑誌に書きたいと思っている小説があるのです。
    主筆 そうですか? それは結構です。もし書いて頂ければ、大いに新聞に広告しますよ。「堀川氏の筆に成れる、哀婉あいえんきわまりなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。
    保吉 「哀婉極りなき」? しかし僕の小説は「恋愛は至上しじょうなり」と云うのですよ。
    主筆 すると恋愛の讃美さんびですね。それはいよいよ結構です。厨川くりやがわ博士はかせの「近代恋愛論」以来、一般に青年男女の心は恋愛至上主義に傾いていますから。……勿論近代的恋愛でしょうね?
    保吉 さあ、それは疑問ですね。近代的懐疑かいぎとか、近代的盗賊とか、近代的白髪染しらがぞめとか――そう云うものは確かに存在するでしょう。しかしどうも恋愛だけはイザナギイザナミの昔以来余り変らないように思いますが。
    主筆 それは理論の上だけですよ。たとえば三角関係などは近代的恋愛の一例ですからね。少くとも日本の現状では。
    保吉 ああ、三角関係ですか? それは僕の小説にも三角関係は出て来るのです。……ざっと筋を話して見ましょうか?
    主筆 そうして頂ければ好都合こうつごうです。
    保吉 女主人公じょしゅじんこうは若い奥さんなのです。外交官の夫人なのです。勿論東京のやま邸宅ていたくに住んでいるのですね。せいのすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪にった女主人公ですか?
    主筆 耳隠みみかくしでしょう。
    保吉 じゃ耳隠しにしましょう。いつも髪を耳隠しに結った、色の白い、目のえしたちょっとくちびるに癖のある、――まあ活動写真にすれば栗島澄子くりしますみこ役所やくどころなのです。夫の外交官も新時代の法学士ですから、新派悲劇じみたわからずやじゃありません。学生時代にはベエスボールの選手だった、その上道楽に小説くらいは見る、色の浅黒い好男子なのです。新婚の二人は幸福に山の手の邸宅に暮している。一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。………
    主筆 勿論震災しんさい前でしょうね?
    保吉 ええ、震災のずっと前です。……一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。あるいはまた西洋間せいようまの電燈の下に無言むごんの微笑ばかりわすこともある。女主人公はこの西洋間を「わたしたちの巣」と名づけている。壁にはルノアルやセザンヌの複製などもかかっている。ピアノも黒い胴を光らせている。鉢植えの椰子やしも葉を垂らしている。――と云うと多少気がいていますが、家賃は案外安いのですよ。
    主筆 そう云う説明はらないでしょう。少くとも小説の本文には。
    保吉 いや、必要ですよ。若い外交官の月給などはたかの知れたものですからね。
    主筆 じゃ華族かぞく息子むすこにおしなさい。もっとも華族ならば伯爵か子爵ですね。どう云うものか公爵や侯爵は余り小説には出て来ないようです。
    保吉 それは伯爵の息子でもかまいません。とにかく西洋間さえあればいのです。その西洋間か、銀座通りか、音楽会かを第一回にするのですから。……しかし妙子たえこは――これは女主人公じょしゅじんこうの名前ですよ。――音楽家の達雄たつお懇意こんいになった以後、次第にある不安を感じ出すのです。達雄は妙子を愛している、――そう女主人公は直覚するのですね。のみならずこの不安は一日ましにだんだん高まるばかりなのです。
    主筆 達雄はどう云う男なのですか?
    保吉 達雄は音楽の天才です。ロオランの書いたジャン・クリストフとワッセルマンの書いたダニエル・ノオトハフトとを一丸いちがんにしたような天才です。が、まだ貧乏だったり何かするために誰にも認められていないのですがね。これは僕の友人の音楽家をモデルにするつもりです。もっとも僕の友人は美男びなんですが、達雄は美男じゃありません。顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人やばんじんなのです。しかし目だけは天才らしいひらめきを持っているのですよ。彼の目は一塊いっかい炭火すみびのように不断の熱をはらんでいる。――そう云う目をしているのですよ。
    主筆 天才はきっと受けましょう。
    保吉 しかし妙子は外交官の夫に不足のあるわけではないのです。いや、むしろ前よりも熱烈に夫を愛しているのです。夫もまた妙子を信じている。これは云うまでもないことでしょう。そのために妙子の苦しみは一層つのるばかりなのです。
    主筆 つまりわたしの近代的と云うのはそう云う恋愛のことですよ。
    保吉 達雄はまた毎日電燈さえつけば、必ず西洋間へ顔を出すのです。それも夫のいる時ならばまだしも苦労はないのですが、妙子のひとり留守るすをしている時にもやはり顔を出すのでしょう。妙子はやむを得ずそう云う時にはピアノばかりかせるのです。もっとも夫のいる時でも、達雄はたいていピアノの前へ坐らないことはないのですが。
    主筆 そのうちに恋愛に陥るのですか?
    保吉 いや、容易に陥らないのです。しかしある二月の晩、達雄は急にシュウベルトの「シルヴィアに寄する歌」を弾きはじめるのです。あの流れるほのおのように情熱のこもった歌ですね。妙子は大きい椰子やしの葉の下にじっと耳を傾けている。そのうちにだんだん達雄に対する彼女の愛を感じはじめる。同時にまた目の前へ浮かび上った金色こんじきの誘惑を感じはじめる。もう五分、――いや、もう一分たちさえすれば、妙子は達雄のかいなの中へ体を投げていたかも知れません。そこへ――ちょうどその曲の終りかかったところへ幸い主人が帰って来るのです。
    主筆 それから?
    保吉 それから一週間ばかりたったのち、妙子はとうとう苦しさに堪え兼ね、自殺をしようと決心するのです。が、ちょうど妊娠にんしんしているために、それを断行する勇気がありません。そこで達雄に愛されていることをすっかり夫に打ち明けるのです。もっとも夫を苦しめないように、彼女も達雄を愛していることだけは告白せずにしまうのですが。
    主筆 それから決闘にでもなるのですか?
    保吉 いや、ただ夫は達雄の来た時に冷かに訪問を謝絶しゃぜつするのです。達雄は黙然もくねんくちびるを噛んだまま、ピアノばかり見つめている。妙子は戸の外にたたずんだなりじっと忍び泣きをこらえている。――そののち二月ふたつきとたたないうちに、突然官命を受けた夫は支那しな漢口ハンカオの領事館へ赴任ふにんすることになるのです。
    主筆 妙子も一しょに行くのですか?
    保吉 勿論一しょに行くのです。しかし妙子は立つ前に達雄へ手紙をやるのです。「あなたの心には同情する。が、わたしにはどうすることも出来ない。お互に運命だとあきらめましょう。」――大体そう云う意味ですがね。それ以来妙子は今日までずっと達雄に会わないのです。
    主筆 じゃ小説はそれぎりですね。
    保吉 いや、もう少し残っているのです。妙子は漢口ハンカオへ行ったのちも、時々達雄を思い出すのですね。のみならずしまいには夫よりも実は達雄を愛していたと考えるようになるのですね。いですか? 妙子を囲んでいるのは寂しい漢口ハンカオの風景ですよ。あのとう※(「景+頁」、第3水準1-94-5)さいこうの詩に「晴川歴歴せいせんれきれき漢陽樹かんようじゅ 芳草萋萋ほうそうせいせい鸚鵡洲おうむしゅう」と歌われたことのある風景ですよ。妙子はとうとうもう一度、――一年ばかりたったのちですが、――達雄へ手紙をやるのです。「わたしはあなたを愛していた。今でもあなたを愛している。どうかみずかあざむいていたわたしを可哀かわいそうに思って下さい。」――そう云う意味の手紙をやるのです。その手紙を受けとった達雄は……
    主筆 早速さっそく支那へ出かけるのでしょう。
    保吉 とうていそんなことは出来ません。何しろ達雄は飯を食うために、浅草あさくさのある活動写真館のピアノをいているのですから。
    主筆 それは少し殺風景ですね。
    保吉 殺風景でも仕かたはありません。達雄は場末ばすえのカフェのテエブルに妙子の手紙の封を切るのです。窓の外の空は雨になっている。達雄は放心したようにじっと手紙を見つめている。何だかそのぎょうあいだに妙子の西洋間せいようまが見えるような気がする。ピアノのふたに電燈の映った「わたしたちの巣」が見えるような気がする。……
    主筆 ちょっともの足りない気もしますが、とにかく近来の傑作ですよ。ぜひそれを書いて下さい。
    保吉 実はもう少しあるのですが。
    主筆 おや、まだおしまいじゃないのですか?
    保吉 ええ、そのうちに達雄は笑い出すのです。と思うとまたいまいましそうに「畜生ちくしょう」などと怒鳴どなり出すのです。
    主筆 ははあ、発狂したのですね。
    保吉 何、莫迦莫迦ばかばかしさにごうやしたのです。それは業を煮やすはずでしょう。元来達雄は妙子などを少しも愛したことはないのですから。……
    主筆 しかしそれじゃ。……
    保吉 達雄はただ妙子のうちへピアノを弾きたさに行ったのですよ。云わばピアノを愛しただけなのですよ。何しろ貧しい達雄にはピアノを買う金などはないはずですからね。
    主筆 ですがね、堀川さん。
    保吉 しかし活動写真館のピアノでも弾いていられた頃はまだしも達雄には幸福だったのです。達雄はこの間の震災以来、巡査になっているのですよ。護憲運動ごけんうんどうのあった時などは善良なる東京市民のために袋叩ふくろだたきにされているのですよ。ただ山の手の巡回中、まれにピアノのでもすると、その家の外にたたずんだまま、はかない幸福を夢みているのですよ。
    主筆 それじゃ折角せっかくの小説は……
    保吉 まあ、お聞きなさい。妙子はその間も漢口ハンカオの住いに不相変あいかわらず達雄を思っているのです。いや漢口ハンカオばかりじゃありません。外交官の夫の転任する度に、上海シャンハイだの北京ペキンだの天津テンシンだのへ一時の住いを移しながら、不相変あいかわらず達雄を思っているのです。勿論もう震災の頃には大勢おおぜいの子もちになっているのですよ。ええと、――年児としご双児ふたごを生んだものですから、四人の子もちになっているのですよ。おまけにまた夫はいつのまにか大酒飲みになっているのですよ。それでもぶたのようにふとった妙子はほんとうに彼女と愛し合ったものは達雄だけだったと思っているのですね。恋愛は実際至上なりですね。さもなければとうてい妙子のように幸福になれるはずはありません。少くとも人生のぬかるみをにくまずにいることは出来ないでしょう。――どうです、こう云う小説は?
    主筆 堀川さん。あなたは一体真面目まじめなのですか?
    保吉 ええ、勿論真面目です。世間の恋愛小説を御覧なさい。女主人公じょしゅじんこうはマリアでなければクレオパトラじゃありませんか? しかし人生の女主人公は必ずしも貞女じゃないと同時に、必ずしもまた婬婦いんぷでもないのです。もし人のい読者のうちに、一人でもああ云う小説をに受ける男女があって御覧なさい。もっとも恋愛の円満えんまん成就じょうじゅした場合は別問題ですが、万一失恋でもした日には必ず莫迦莫迦ばかばかしい自己犠牲じこぎせいをするか、さもなければもっと莫迦莫迦しい復讐的精神を発揮しますよ。しかもそれを当事者自身は何か英雄的行為のようにうぬれ切ってするのですからね。けれどもわたしの恋愛小説には少しもそう云う悪影響を普及する傾向はありません。おまけに結末は女主人公の幸福を讃美さんびしているのです。
    主筆 常談じょうだんでしょう。……とにかくうちの雑誌にはとうていそれは載せられません。
    保吉 そうですか? じゃどこかほかへ載せて貰います。広い世の中には一つくらい、わたしの主張をれてくれる婦人雑誌もあるはずですから。
    保吉の予想の誤らなかった証拠はこの対話のここに載ったことである。

    (大正十三年三月)

  • 夏目漱石「草枕」 八 山口雄介朗読

    28.77
    May 01, 2018

    御茶の御馳走ごちそうになる。相客あいきゃくは僧一人、観海寺かんかいじ和尚おしょうで名は大徹だいてつと云うそうだ。ぞく一人、二十四五の若い男である。
    老人の部屋は、余がしつの廊下を右へ突き当って、左へ折れたどまりにある。おおきさは六畳もあろう。大きな紫檀したんの机を真中にえてあるから、思ったより狭苦しい。それへと云う席を見ると、布団ふとんの代りに花毯かたんが敷いてある。無論支那製だろう。真中を六角に仕切しきって、妙な家と、妙な柳が織り出してある。周囲まわりは鉄色に近いあいで、四隅よすみ唐草からくさの模様を飾った茶のを染め抜いてある。支那ではこれを座敷に用いたものか疑わしいが、こうやって布団に代用して見るとすこぶる面白い。印度インド更紗さらさとか、ペルシャの壁掛かべかけとか号するものが、ちょっとが抜けているところに価値があるごとく、この花毯もこせつかないところにおもむきがある。花毯ばかりではない、すべて支那の器具は皆抜けている。どうしても馬鹿で気の長い人種の発明したものとほか取れない。見ているうちに、ぼおっとするところがとうとい。日本は巾着切きんちゃくきりの態度で美術品を作る。西洋は大きくてこまかくて、そうしてどこまでも娑婆気しゃばっけがとれない。まずこう考えながら席に着く。若い男は余とならんで、花毯のなかばを占領した。
    和尚は虎の皮の上へ坐った。虎の皮の尻尾が余のひざの傍を通り越して、頭は老人のしりの下に敷かれている。老人は頭の毛をことごとく抜いて、頬とあごへ移植したように、白いひげをむしゃむしゃとやして、茶托ちゃたくせた茶碗を丁寧に机の上へならべる。
    今日きょうは久し振りで、うちへ御客が見えたから、御茶を上げようと思って、……」と坊さんの方を向くと、
    「いや、御使おつかいをありがとう。わしも、だいぶ御無沙汰ごぶさたをしたから、今日ぐらい来て見ようかと思っとったところじゃ」と云う。この僧は六十近い、丸顔の、達磨だるま草書そうしょくずしたような容貌ようぼうを有している。老人とは平常ふだんからの昵懇じっこんと見える。
    「このかたが御客さんかな」
    老人は首肯うなずきながら、朱泥しゅでい急須きゅうすから、緑を含む琥珀色こはくいろ玉液ぎょくえきを、二三滴ずつ、茶碗の底へしたたらす。清いかおりがかすかに鼻をおそう気分がした。
    「こんな田舎いなか一人ひとりでは御淋おさみしかろ」と和尚おしょうはすぐ余に話しかけた。
    「はああ」となんともかとも要領を得ぬ返事をする。さびしいと云えば、いつわりである。淋しからずと云えば、長い説明が入る。
    「なんの、和尚さん。このかたはを書かれるために来られたのじゃから、御忙おいそがしいくらいじゃ」
    「おお左様さようか、それは結構だ。やはり南宗派なんそうはかな」
    「いいえ」と今度は答えた。西洋画だなどと云っても、この和尚にはわかるまい。
    「いや、例の西洋画じゃ」と老人は、主人役に、また半分引き受けてくれる。
    「ははあ、洋画か。すると、あの久一きゅういちさんのやられるようなものかな。あれは、わしこの間始めて見たが、随分奇麗にかけたのう」
    「いえ、詰らんものです」と若い男がこの時ようやく口を開いた。
    「御前何ぞ和尚さんに見ていただいたか」と老人が若い男に聞く。言葉から云うても、様子から云うても、どうも親類らしい。
    「なあに、見ていただいたんじゃないですが、かがみいけで写生しているところを和尚さんに見つかったのです」
    「ふん、そうか――さあ御茶がげたから、一杯」と老人は茶碗を各自めいめいの前に置く。茶の量は三四滴に過ぎぬが、茶碗はすこぶる大きい。生壁色なまかべいろの地へ、げたたんと、薄いで、絵だか、模様だか、鬼の面の模様になりかかったところか、ちょっと見当のつかないものが、べたにいてある。
    杢兵衛もくべえです」と老人が簡単に説明した。
    「これは面白い」と余も簡単にめた。
    「杢兵衛はどうも偽物にせものが多くて、――その糸底いとぞこを見て御覧なさい。めいがあるから」と云う。
    取り上げて、障子しょうじの方へ向けて見る。障子には植木鉢の葉蘭はらんの影が暖かそうに写っている。首をげて、のぞき込むと、もくの字が小さく見える。銘は観賞の上において、さのみ大切のものとは思わないが、好事者こうずしゃはよほどこれが気にかかるそうだ。茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃くあまく、湯加減ゆかげんに出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落してあじわって見るのは閑人適意かんじんてきい韻事いんじである。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭ぜっとうへぽたりとせて、清いものが四方へ散れば咽喉のどくだるべき液はほとんどない。ただ馥郁ふくいくたるにおいが食道から胃のなかへみ渡るのみである。歯を用いるはいやしい。水はあまりに軽い。玉露ぎょくろに至ってはこまやかなる事、淡水たんすいきょうを脱して、あごを疲らすほどのかたさを知らず。結構な飲料である。眠られぬと訴うるものあらば、眠らぬも、茶を用いよと勧めたい。
    老人はいつの間にやら、青玉せいぎょくの菓子皿を出した。大きなかたまりを、かくまで薄く、かくまで規則正しく、りぬいた匠人しょうじん手際てぎわは驚ろくべきものと思う。すかして見ると春の日影は一面にし込んで、射し込んだまま、がれずるみちを失ったような感じである。中には何も盛らぬがいい。
    「御客さんが、青磁せいじめられたから、今日はちとばかり見せようと思うて、出して置きました」
    「どの青磁を――うん、あの菓子鉢かな。あれは、わしもすきじゃ。時にあなた、西洋画ではふすまなどはかけんものかな。かけるなら一つ頼みたいがな」
    かいてくれなら、かかぬ事もないが、この和尚おしょうの気にるか入らぬかわからない。せっかく骨を折って、西洋画は駄目だなどと云われては、骨の折栄おりばえがない。
    「襖には向かないでしょう」
    「向かんかな。そうさな、このあいだの久一さんののようじゃ、少し派手はで過ぎるかも知れん」
    「私のは駄目です。あれはまるでいたずらです」と若い男はしきりに、はずかしがって謙遜けんそんする。
    「その何とか云う池はどこにあるんですか」と余は若い男に念のため尋ねて置く。
    「ちょっと観海寺の裏の谷の所で、幽邃ゆうすいな所です。――なあに学校にいる時分、習ったから、退屈まぎれに、やって見ただけです」
    「観海寺と云うと……」
    「観海寺と云うと、わしのいる所じゃ。いい所じゃ、海を一目ひとめ見下みおろしての――まあ逗留とうりゅう中にちょっと来て御覧。なに、ここからはつい五六丁よ。あの廊下から、そら、寺の石段が見えるじゃろうが」
    「いつか御邪魔にあがってもいいですか」
    「ああいいとも、いつでもいる。ここの御嬢さんも、よう、来られる。――御嬢さんと云えば今日は御那美おなみさんが見えんようだが――どうかされたかな、隠居さん」
    「どこぞへ出ましたかな、久一きゅういち、御前の方へ行きはせんかな」
    「いいや、見えません」
    「またひとり散歩かな、ハハハハ。御那美さんはなかなか足が強い。このあいだ法用で礪並となみまで行ったら、姿見橋すがたみばしの所で――どうも、善く似とると思ったら、御那美さんよ。尻を端折はしょって、草履ぞうり穿いて、和尚おしょうさん、何をぐずぐず、どこへ行きなさると、いきなり、驚ろかされたて、ハハハハ。御前はそんな形姿なり地体じたいどこへ、行ったのぞいと聴くと、今芹摘せりつみに行った戻りじゃ、和尚さん少しやろうかと云うて、いきなりわしのたもとどろだらけの芹を押し込んで、ハハハハハ」
    「どうも、……」と老人は苦笑にがわらいをしたが、急に立って「実はこれを御覧に入れるつもりで」と話をまた道具の方へそらした。
    老人が紫檀したんの書架から、うやうやしく取りおろした紋緞子もんどんすの古い袋は、何だか重そうなものである。
    「和尚さん、あなたには、御目にけた事があったかな」
    「なんじゃ、一体」
    すずりよ」
    「へえ、どんな硯かい」
    山陽さんようの愛蔵したと云う……」
    「いいえ、そりゃまだ見ん」
    春水しゅんすいの替えぶたがついて……」
    「そりゃ、まだのようだ。どれどれ」
    老人は大事そうに緞子の袋の口を解くと、小豆色あずきいろの四角な石が、ちらりとかどを見せる。
    「いい色合いろあいじゃのう。端渓たんけいかい」
    「端渓で※(「句+鳥」、第3水準1-94-56)※(「谷+鳥」、第3水準1-94-60)くよくがんここのつある」
    「九つ?」と和尚おおいに感じた様子である。
    「これが春水の替え蓋」と老人は綸子りんずで張った薄い蓋を見せる。上に春水の字で七言絶句しちごんぜっくが書いてある。
    「なるほど。春水はようかく。ようかくが、しょ杏坪きょうへいの方が上手じょうずじゃて」
    「やはり杏坪の方がいいかな」
    山陽さんようが一番まずいようだ。どうも才子肌さいしはだ俗気ぞくきがあって、いっこう面白うない」
    「ハハハハ。和尚おしょうさんは、山陽がきらいだから、今日は山陽のふくを懸けえて置いた」
    「ほんに」と和尚さんはうしろを振り向く。とこ平床ひらどこを鏡のようにふき込んで、※(「金+粛」、第3水準1-93-39)さびけを吹いた古銅瓶こどうへいには、木蘭もくらんを二尺の高さに、けてある。じくは底光りのある古錦襴こきんらんに、装幀そうてい工夫くふうめた物徂徠ぶっそらい大幅たいふくである。絹地ではないが、多少の時代がついているから、字の巧拙に論なく、紙の色が周囲のきれ地とよく調和して見える。あの錦襴も織りたては、あれほどのゆかしさも無かったろうに、彩色さいしきせて、金糸きんしが沈んで、華麗はでなところがり込んで、渋いところがせり出して、あんないい調子になったのだと思う。焦茶こげちゃ砂壁すなかべに、白い象牙ぞうげじく際立きわだって、両方に突張っている、手前に例の木蘭がふわりと浮き出されているほかは、とこ全体のおもむきは落ちつき過ぎてむしろ陰気である。
    徂徠そらいかな」と和尚おしょうが、首を向けたまま云う。
    「徂徠もあまり、御好きでないかも知れんが、山陽よりは善かろうと思うて」
    「それは徂徠の方がはるかにいい。享保きょうほ頃の学者の字はまずくても、どこぞにひんがある」
    広沢こうたくをして日本の能書のうしょならしめば、われはすなわち漢人のせつなるものと云うたのは、徂徠だったかな、和尚さん」
    「わしは知らん。そう威張いばるほどの字でもないて、ワハハハハ」
    「時に和尚さんは、誰を習われたのかな」
    「わしか。禅坊主ぜんぼうずは本も読まず、手習てならいもせんから、のう」
    「しかし、誰ぞ習われたろう」
    「若い時に高泉こうせんの字を、少し稽古けいこした事がある。それぎりじゃ。それでも人に頼まれればいつでも、書きます。ワハハハハ。時にその端渓たんけいを一つ御見せ」と和尚が催促する。
    とうとう緞子どんすの袋を取りける。一座の視線はことごとくすずりの上に落ちる。厚さはほとんど二寸に近いから、通例のものの倍はあろう。四寸に六寸の幅も長さもまずなみと云ってよろしい。ふたには、うろこのかたにみがきをかけた松の皮をそのまま用いて、上には朱漆しゅうるしで、わからぬ書体が二字ばかり書いてある。
    「この蓋が」と老人が云う。「この蓋が、ただの蓋ではないので、御覧の通り、松の皮には相違ないが……」
    老人の眼は余の方を見ている。しかし松の皮の蓋にいかなる因縁いんねんがあろうと、画工として余はあまり感服は出来んから、
    「松の蓋は少し俗ですな」
    と云った。老人はまあと云わぬばかりに手をげて、
    「ただ松の蓋と云うばかりでは、俗でもあるが、これはその何ですよ。山陽さんようが広島におった時に庭に生えていた松の皮をいで山陽が手ずから製したのですよ」
    なるほど山陽さんようは俗な男だと思ったから、
    「どうせ、自分で作るなら、もっと不器用に作れそうなものですな。わざとこのうろこのかたなどをぴかぴかぎ出さなくっても、よさそうに思われますが」と遠慮のないところを云って退けた。
    「ワハハハハ。そうよ、このふたはあまり安っぽいようだな」と和尚おしょうはたちまち余に賛成した。
    若い男は気の毒そうに、老人の顔を見る。老人は少々不機嫌のていに蓋を払いのけた。下からいよいよすずり正体しょうたいをあらわす。
    もしこの硯について人の眼をそばだつべき特異の点があるとすれば、その表面にあらわれたる匠人しょうじんこくである。真中まんなか袂時計たもとどけいほどな丸い肉が、ふちとすれすれの高さにり残されて、これを蜘蛛くもかたどる。中央から四方に向って、八本の足が彎曲わんきょくして走ると見れば、先にはおのおの※(「句+鳥」、第3水準1-94-56)※(「谷+鳥」、第3水準1-94-60)くよくがんかかえている。残る一個は背の真中に、しるをしたたらしたごとく煮染にじんで見える。背と足と縁を残して余る部分はほとんど一寸余の深さに掘り下げてある。墨をたたえる所は、よもやこの塹壕ざんごうの底ではあるまい。たとい一合の水を注ぐともこの深さをたすには足らぬ。思うに水盂すいううちから、一滴の水を銀杓ぎんしゃくにて、蜘蛛くもの背に落したるを、とうとき墨にり去るのだろう。それでなければ、名は硯でも、その実は純然たる文房用ぶんぼうようの装飾品に過ぎぬ。
    老人はよだれの出そうな口をして云う。
    「この肌合はだあいと、このがんを見て下さい」
    なるほど見れば見るほどいい色だ。寒く潤沢じゅんたくを帯びたる肌の上に、はっと、一息懸ひといきかけたなら、ただちにって、一朶いちだの雲を起すだろうと思われる。ことに驚くべきは眼の色である。眼の色と云わんより、眼と地の相交あいまじわる所が、次第に色を取り替えて、いつ取り替えたか、ほとんど吾眼わがめあざむかれたるを見出し得ぬ事である。形容して見ると紫色の蒸羊羹むしようかんの奥に、隠元豆いんげんまめを、いて見えるほどの深さにめ込んだようなものである。眼と云えば一個二個でも大変に珍重される。九個と云ったら、ほとんどるいはあるまい。しかもその九個が整然と同距離に按排あんばいされて、あたかも人造のねりものと見違えらるるに至ってはもとより天下の逸品いっぴんをもって許さざるを得ない。
    「なるほど結構です。て心持がいいばかりじゃありません。こうしてさわっても愉快です」と云いながら、余は隣りの若い男に硯を渡した。
    久一きゅういちに、そんなものが解るかい」と老人が笑いながら聞いて見る。久一君は、少々自棄やけの気味で、
    「分りゃしません」と打ちったように云い放ったが、わからん硯を、自分の前へ置いて、ながめていては、もったいないと気がついたものか、また取り上げて、余に返した。余はもう一ぺん丁寧にで廻わしたのち、とうとうこれをうやうやしく禅師ぜんじに返却した。禅師はとくとの上で見済ました末、それではき足らぬと考えたと見えて、鼠木綿ねずみもめんの着物のそでを容赦なく蜘蛛くもの背へこすりつけて、光沢つやの出た所をしきりに賞翫しょうがんしている。
    「隠居さん、どうもこの色が実にいな。使うた事があるかの」
    「いいや、滅多めったには使いとう、ないから、まだ買うたなりじゃ」
    「そうじゃろ。こないなのは支那しなでも珍らしかろうな、隠居さん」
    左様さよう
    「わしも一つ欲しいものじゃ。何なら久一さんに頼もうか。どうかな、買うて来ておくれかな」
    「へへへへ。すずりを見つけないうちに、死んでしまいそうです」
    「本当に硯どころではないな。時にいつ御立ちか」
    二三日にさんちうちに立ちます」
    「隠居さん。吉田まで送って御やり」
    「普段なら、年は取っとるし、まあ見合みあわすところじゃが、ことによると、もうえんかも、知れんから、送ってやろうと思うております」
    御伯父おじさんは送ってくれんでもいいです」
    若い男はこの老人のおいと見える。なるほどどこか似ている。
    「なあに、送って貰うがいい。川船かわふねで行けば訳はない。なあ隠居さん」
    「はい、山越やまごしでは難義だが、廻り路でも船なら……」
    若い男は今度は別に辞退もしない。ただ黙っている。
    「支那の方へおいでですか」と余はちょっと聞いて見た。
    「ええ」
    ええの二字では少し物足らなかったが、その上掘って聞く必要もないからひかえた。障子しょうじを見ると、らんの影が少し位置を変えている。
    「なあに、あなた。やはり今度の戦争で――これがもと志願兵をやったものだから、それで召集されたので」
    老人は当人に代って、満洲のに日ならず出征すべきこの青年の運命を余にげた。この夢のような詩のような春の里に、くは鳥、落つるは花、くは温泉いでゆのみと思いめていたのは間違である。現実世界は山を越え、海を越えて、平家へいけ後裔こうえいのみ住み古るしたる孤村にまでせまる。朔北さくほく曠野こうやを染むる血潮の何万分の一かは、この青年の動脈からほとばしる時が来るかも知れない。この青年の腰にる長きつるぎの先から煙りとなって吹くかも知れない。しかしてその青年は、夢みる事よりほかに、何らの価値を、人生に認め得ざる一画工の隣りに坐っている。耳をそばだつれば彼が胸に打つ心臓の鼓動さえ聞き得るほど近くに坐っている。その鼓動のうちには、百里の平野をく高きうしおが今すでに響いているかも知れぬ。運命は卒然そつぜんとしてこの二人を一堂のうちに会したるのみにて、その他には何事をも語らぬ。

    青空文庫より

  • 太宰治「葉桜と魔笛」石丸絹子朗読

    22.93
    Apr 25, 2018

    葉桜と魔笛

    太宰治

    桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。――と、その老夫人は物語る。――いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿った人口二万余りの或るお城下まちに、中学校長として赴任して来て、恰好かっこうの借家もなかったので、町はずれの、もうすぐ山に近いところに一つ離れてぽつんと建って在るお寺の、離れ座敷、二部屋拝借して、そこに、ずっと、六年目に松江の中学校に転任になるまで、住んでいました。私が結婚致しましたのは、松江に来てからのことで、二十四の秋でございますから、当時としてはずいぶん遅い結婚でございました。早くから母に死なれ、父は頑固一徹の学者気質で、世俗のことには、とんと、うとく、私がいなくなれば、一家の切りまわしが、まるで駄目になることが、わかっていましたので、私も、それまでにいくらも話があったのでございますが、家を捨ててまで、よそへお嫁に行く気が起らなかったのでございます。せめて、妹さえ丈夫でございましたならば、私も、少し気楽だったのですけれども、妹は、私に似ないで、たいへん美しく、髪も長く、とてもよくできる、可愛い子でございましたが、からだが弱く、その城下まちへ赴任して、二年目の春、私二十、妹十八で、妹は、死にました。そのころの、これは、お話でございます。妹は、もう、よほどまえから、いけなかったのでございます。腎臓結核という、わるい病気でございまして、気のついたときには、両方の腎臓が、もう虫食われてしまっていたのだそうで、医者も、百日以内、とはっきり父に言いました。どうにも、手のほどこし様が無いのだそうでございます。ひとつき経ち、ふたつき経って、そろそろ百日目がちかくなって来ても、私たちはだまって見ていなければいけません。妹は、何も知らず、割に元気で、終日寝床に寝たきりなのでございますが、それでも、陽気に歌をうたったり、冗談言ったり、私に甘えたり、これがもう三、四十日経つと、死んでゆくのだ、はっきり、それにきまっているのだ、と思うと、胸が一ぱいになり、総身を縫針で突き刺されるように苦しく、私は、気が狂うようになってしまいます。三月、四月、五月、そうです。五月のなかば、私は、あの日を忘れません。
    野も山も新緑で、はだかになってしまいたいほど温く、私には、新緑がまぶしく、眼にちかちか痛くって、ひとり、いろいろ考えごとをしながら帯の間に片手をそっと差しいれ、うなだれて野道を歩き、考えること、考えること、みんな苦しいことばかりで息ができなくなるくらい、私は、身悶えしながら歩きました。どおん、どおん、と春の土の底の底から、まるで十万億土から響いて来るように、かすかな、けれども、おそろしく幅のひろい、まるで地獄の底で大きな大きな太鼓でも打ち鳴らしているような、おどろおどろした物音が、絶え間なく響いて来て、私には、その恐しい物音が、なんであるか、わからず、ほんとうにもう自分が狂ってしまったのではないか、と思い、そのまま、からだが凝結して立ちすくみ、突然わあっ! と大声が出て、立って居られずぺたんと草原に坐って、思い切って泣いてしまいました。
    あとで知ったことでございますが、あの恐しい不思議な物音は、日本海大海戦、軍艦の大砲の音だったのでございます。東郷提督の命令一下で、露国のバルチック艦隊を一挙に撃滅なさるための、大激戦の最中だったのでございます。ちょうど、そのころでございますものね。海軍記念日は、ことしも、また、そろそろやってまいります。あの海岸の城下まちにも、大砲の音が、おどろおどろ聞えて来て、まちの人たちも、生きたそらが無かったのでございましょうが、私は、そんなこととは知らず、ただもう妹のことで一ぱいで、半気違いの有様だったので、何か不吉な地獄の太鼓のような気がして、ながいこと草原で、顔もあげずに泣きつづけて居りました。日が暮れかけて来たころ、私はやっと立ちあがって、死んだように、ぼんやりなってお寺へ帰ってまいりました。
    「ねえさん。」と妹が呼んでおります。妹も、そのころは、せ衰えて、ちから無く、自分でも、うすうす、もうそんなに永くないことを知って来ている様子で、以前のように、あまり何かと私に無理難題いいつけて甘ったれるようなことが、なくなってしまって、私には、それがまた一そうつらいのでございます。
    「ねえさん、この手紙、いつ来たの?」
    私は、はっと、むねを突かれ、顔の血の気が無くなったのを自分ではっきり意識いたしました。
    「いつ来たの?」妹は、無心のようでございます。私は、気を取り直して、
    「ついさっき。あなたが眠っていらっしゃる間に。あなた、笑いながら眠っていたわ。あたし、こっそりあなたの枕もとに置いといたの。知らなかったでしょう?」
    「ああ、知らなかった。」妹は、夕闇の迫った薄暗い部屋の中で、白く美しく笑って、「ねえさん、あたし、この手紙読んだの。おかしいわ。あたしの知らないひとなのよ。」
    知らないことがあるものか。私は、その手紙の差出人のM・Tという男のひとを知っております。ちゃんと知っていたのでございます。いいえ、お逢いしたことは無いのでございますが、私が、その五、六日まえ、妹の箪笥たんすをそっと整理して、その折に、ひとつの引き出しの奥底に、一束の手紙が、緑のリボンできっちり結ばれて隠されて在るのを発見いたし、いけないことでしょうけれども、リボンをほどいて、見てしまったのでございます。およそ三十通ほどの手紙、全部がそのM・Tさんからのお手紙だったのでございます。もっとも手紙のおもてには、M・Tさんのお名前は書かれておりませぬ。手紙の中にちゃんと書かれてあるのでございます。そうして、手紙のおもてには、差出人としていろいろの女のひとの名前が記されてあって、それがみんな、実在の、妹のお友達のお名前でございましたので、私も父も、こんなにどっさり男のひとと文通しているなど、夢にも気附かなかったのでございます。
    きっと、そのM・Tという人は、用心深く、妹からお友達の名前をたくさん聞いて置いて、つぎつぎとその数ある名前を用いて手紙を寄こしていたのでございましょう。私は、それにきめてしまって、若い人たちの大胆さに、ひそかに舌を巻き、あの厳格な父に知れたら、どんなことになるだろう、と身震いするほどおそろしく、けれども、一通ずつ日附にしたがって読んでゆくにつれて、私まで、なんだか楽しく浮き浮きして来て、ときどきは、あまりの他愛なさに、ひとりでくすくす笑ってしまって、おしまいには自分自身にさえ、広い大きな世界がひらけて来るような気がいたしました。
    私も、まだそのころは二十になったばかりで、若い女としての口には言えぬ苦しみも、いろいろあったのでございます。三十通あまりの、その手紙を、まるで谷川が流れ走るような感じで、ぐんぐん読んでいって、去年の秋の、最後の一通の手紙を、読みかけて、思わず立ちあがってしまいました。雷電に打たれたときの気持って、あんなものかも知れませぬ。のけぞるほどに、ぎょっと致しました。妹たちの恋愛は、心だけのものではなかったのです。もっと醜くすすんでいたのでございます。私は、手紙を焼きました。一通のこらず焼きました。M・Tは、その城下まちに住む、まずしい歌人の様子で、卑怯ひきょうなことには、妹の病気を知るとともに、妹を捨て、もうお互い忘れてしまいましょう、など残酷なこと平気でその手紙にも書いてあり、それっきり、一通の手紙も寄こさないらしい具合でございましたから、これは、私さえ黙って一生ひとに語らなければ、妹は、きれいな少女のままで死んでゆける。誰も、ごぞんじ無いのだ、と私は苦しさを胸一つにおさめて、けれども、その事実を知ってしまってからは、なおのこと妹が可哀そうで、いろいろ奇怪な空想も浮んで、私自身、胸がうずくような、甘酸っぱい、それは、いやな切ない思いで、あのような苦しみは、年ごろの女のひとでなければ、わからない、生地獄でございます。まるで、私が自身で、そんな憂き目に逢ったかのように、私は、ひとりで苦しんでおりました。あのころは、私自身も、ほんとに、少し、おかしかったのでございます。
    「姉さん、読んでごらんなさい。なんのことやら、あたしには、ちっともわからない。」
    私は、妹の不正直をしんから憎く思いました。
    「読んでいいの?」そう小声で尋ねて、妹から手紙を受け取る私の指先は、当惑するほど震えていました。ひらいて読むまでもなく、私は、この手紙の文句を知っております。けれども私は、何くわぬ顔してそれを読まなければいけません。手紙には、こう書かれてあるのです。私は、手紙をろくろく見ずに、声立てて読みました。

    ――きょうは、あなたにおわびを申し上げます。僕がきょうまで、がまんしてあなたにお手紙差し上げなかったわけは、すべて僕の自信の無さからであります。僕は、貧しく、無能であります。あなたひとりを、どうしてあげることもできないのです。ただ言葉で、その言葉には、みじんも嘘が無いのでありますが、ただ言葉で、あなたへの愛の証明をするよりほかには、何ひとつできぬ僕自身の無力が、いやになったのです。あなたを、一日も、いや夢にさえ、忘れたことはないのです。けれども、僕は、あなたを、どうしてあげることもできない。それが、つらさに、僕は、あなたと、おわかれしようと思ったのです。あなたの不幸が大きくなればなるほど、そうして僕の愛情が深くなればなるほど、僕はあなたに近づきにくくなるのです。おわかりでしょうか。僕は、決して、ごまかしを言っているのではありません。僕は、それを僕自身の正義の責任感からと解していました。けれども、それは、僕のまちがい。僕は、はっきり間違って居りました。おわびを申し上げます。僕は、あなたに対して完璧かんぺきの人間になろうと、我慾を張っていただけのことだったのです。僕たち、さびしく無力なのだから、他になんにもできないのだから、せめて言葉だけでも、誠実こめてお贈りするのが、まことの、謙譲の美しい生きかたである、と僕はいまでは信じています。つねに、自身にできる限りの範囲で、それを為し遂げるように努力すべきだと思います。どんなに小さいことでもよい。タンポポの花一輪の贈りものでも、決して恥じずに差し出すのが、最も勇気ある、男らしい態度であると信じます。僕は、もう逃げません。僕は、あなたを愛しています。毎日、毎日、歌をつくってお送りします。それから、毎日、毎日、あなたのお庭の塀のそとで、口笛吹いて、お聞かせしましょう。あしたの晩の六時には、さっそく口笛、軍艦マアチ吹いてあげます。僕の口笛は、うまいですよ。いまのところ、それだけが、僕の力で、わけなくできる奉仕です。お笑いになっては、いけません。いや、お笑いになって下さい。元気でいて下さい。神さまは、きっとどこかで見ています。僕は、それを信じています。あなたも、僕も、ともに神の寵児ちょうじです。きっと、美しい結婚できます。
    待ち待ちて ことし咲きけり 桃の花 白と聞きつつ 花は紅なり
    僕は勉強しています。すべては、うまくいっています。では、また、明日。M・T。

    「姉さん、あたし知っているのよ。」妹は、澄んだ声でそうつぶやき、「ありがとう、姉さん、これ、姉さんが書いたのね。」
    私は、あまりの恥ずかしさに、その手紙、千々に引き裂いて、自分の髪をくしゃくしゃ引き※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)むしってしまいたく思いました。いても立ってもおられぬ、とはあんな思いを指して言うのでしょう。私が書いたのだ。妹の苦しみを見かねて、私が、これから毎日、M・Tの筆蹟ひっせきを真似て、妹の死ぬる日まで、手紙を書き、下手な和歌を、苦心してつくり、それから晩の六時には、こっそり塀の外へ出て、口笛吹こうと思っていたのです。
    恥かしかった。下手な歌みたいなものまで書いて、恥ずかしゅうございました。身も世も、あらぬ思いで、私は、すぐには返事も、できませんでした。
    「姉さん、心配なさらなくても、いいのよ。」妹は、不思議にも落ちついて、崇高なくらいに美しく微笑していました。「姉さん、あの緑のリボンで結んであった手紙を見たのでしょう? あれは、ウソ。あたし、あんまり淋しいから、おととしの秋から、ひとりであんな手紙書いて、あたしにてて投函していたの。姉さん、ばかにしないでね。青春というものは、ずいぶん大事なものなのよ。あたし、病気になってから、それが、はっきりわかって来たの。ひとりで、自分あての手紙なんか書いてるなんて、汚い。あさましい。ばかだ。あたしは、ほんとうに男のかたと、大胆に遊べば、よかった。あたしのからだを、しっかり抱いてもらいたかった。姉さん、あたしは今までいちども、恋人どころか、よその男のかたと話してみたこともなかった。姉さんだって、そうなのね。姉さん、あたしたち間違っていた。お悧巧りこうすぎた。ああ、死ぬなんて、いやだ。あたしの手が、指先が、髪が、可哀そう。死ぬなんて、いやだ。いやだ。」
    私は、かなしいやら、こわいやら、うれしいやら、はずかしいやら、胸が一ぱいになり、わからなくなってしまいまして、妹の痩せた頬に、私の頬をぴったり押しつけ、ただもう涙が出て来て、そっと妹を抱いてあげました。そのとき、ああ、聞えるのです。低くかすかに、でも、たしかに、軍艦マアチの口笛でございます。妹も、耳をすましました。ああ、時計を見ると六時なのです。私たち、言い知れぬ恐怖に、強く強く抱き合ったまま、身じろぎもせず、そのお庭の葉桜の奥から聞えて来る不思議なマアチに耳をすまして居りました。
    神さまは、在る。きっと、いる。私は、それを信じました。妹は、それから三日目に死にました。医者は、首をかしげておりました。あまりに静かに、早く息をひきとったからでございましょう。けれども、私は、そのとき驚かなかった。何もかも神さまの、おぼしめしと信じていました。
    いまは、――年とって、もろもろの物慾が出て来て、お恥かしゅうございます。信仰とやらも少し薄らいでまいったのでございましょうか、あの口笛も、ひょっとしたら、父の仕業しわざではなかったろうかと、なんだかそんな疑いを持つこともございます。学校のおつとめからお帰りになって、隣りのお部屋で、私たちの話を立聞きして、ふびんに思い、厳酷の父としては一世一代の狂言したのではなかろうか、と思うことも、ございますが、まさか、そんなこともないでしょうね。父が在世中なれば、問いただすこともできるのですが、父がなくなって、もう、かれこれ十五年にもなりますものね。いや、やっぱり神さまのお恵みでございましょう。
    私は、そう信じて安心しておりたいのでございますけれども、どうも、年とって来ると、物慾が起り、信仰も薄らいでまいって、いけないと存じます。

     

  • 宮沢賢治「めくらぶどうと虹」駒形美英朗読

    9.08
    Apr 25, 2018

    めくらぶどうと虹(にじ)

    宮沢賢治

    城(しろ)あとのおおばこの実(み)は結(むす)び、赤つめ草の花は枯(か)れて焦茶色(こげちゃいろ)になり、畑(はたけ)の粟(あわ)は刈(か)られました。
    「刈(か)られたぞ」と言(い)いながら一ぺんちょっと顔(かお)を出した野鼠(のねずみ)がまた急(いそ)いで穴(あな)へひっこみました。
    崖(がけ)やほりには、まばゆい銀(ぎん)のすすきの穂(ほ)が、いちめん風に波立(なみだ)っています。
    その城(しろ)あとのまん中に、小さな四(し)っ角山(かくやま)があって、上のやぶには、めくらぶどうの実(み)が虹(にじ)のように熟(う)れていました。
    さて、かすかなかすかな日照(ひで)り雨が降(ふ)りましたので、草はきらきら光り、向(む)こうの山は暗(くら)くなりました。
    そのかすかなかすかな日照(ひで)り雨が霽(は)れましたので、草はきらきら光り、向(む)こうの山は明るくなって、たいへんまぶしそうに笑(わら)っています。
    そっちの方から、もずが、まるで音譜(おんぷ)をばらばらにしてふりまいたように飛(と)んで来て、みんな一度(いちど)に、銀(ぎん)のすすきの穂(ほ)にとまりました。
    めくらぶどうは感激(かんげき)して、すきとおった深(ふか)い息(いき)をつき、葉(は)から雫(しずく)をぽたぽたこぼしました。
    東の灰色(はいいろ)の山脈(さんみゃく)の上を、つめたい風がふっと通って、大きな虹(にじ)が、明るい夢(ゆめ)の橋(はし)のようにやさしく空にあらわれました。
    そこでめくらぶどうの青じろい樹液(じゅえき)は、はげしくはげしく波(なみ)うちました。
    そうです。今日(きょう)こそただの一言(ひとこと)でも、虹(にじ)とことばをかわしたい、丘(おか)の上の小さなめくらぶどうの木が、よるのそらに燃(も)える青いほのおよりも、もっと強い、もっとかなしいおもいを、はるかの美(うつく)しい虹(にじ)にささげると、ただこれだけを伝(つた)えたい、ああ、それからならば、それからならば、実(み)や葉(は)が風にちぎられて、あの明るいつめたいまっ白の冬の眠(ねむ)りにはいっても、あるいはそのまま枯(か)れてしまってもいいのでした。
    「虹(にじ)さん。どうか、ちょっとこっちを見てください」めくらぶどうは、ふだんの透(す)きとおる声もどこかへ行って、しわがれた声を風に半分(はんぶん)とられながら叫(さけ)びました。
    やさしい虹(にじ)は、うっとり西の碧(あお)いそらをながめていた大きな碧(あお)い瞳(ひとみ)を、めくらぶどうに向(む)けました。
    「何かご用でいらっしゃいますか。あなたはめくらぶどうさんでしょう」
    めくらぶどうは、まるでぶなの木の葉(は)のようにプリプリふるえて輝(かがや)いて、いきがせわしくて思うように物(もの)が言(い)えませんでした。
    「どうか私のうやまいを受(う)けとってください」
    虹(にじ)は大きくといきをつきましたので、黄や菫(すみれ)は一つずつ声をあげるように輝(かがや)きました。そして言(い)いました。
    「うやまいを受(う)けることは、あなたもおなじです。なぜそんなに陰気(いんき)な顔をなさるのですか」
    「私はもう死(し)んでもいいのです」
    「どうしてそんなことを、おっしゃるのです。あなたはまだお若(わか)いではありませんか。それに雪が降(ふ)るまでには、まだ二か月あるではありませんか」
    「いいえ。私の命(いのち)なんか、なんでもないんです。あなたが、もし、もっと立派(りっぱ)におなりになるためなら、私なんか、百ぺんでも死(し)にます」
    「あら、あなたこそそんなにお立派(りっぱ)ではありませんか。あなたは、たとえば、消(き)えることのない虹(にじ)です。変(か)わらない私です。私などはそれはまことにたよりないのです。ほんの十分か十五分のいのちです。ただ三秒(びょう)のときさえあります。ところがあなたにかがやく七色はいつまでも変(か)わりません」
    「いいえ、変(か)わります。変(か)わります。私の実(み)の光なんか、もうすぐ風に持(も)って行かれます。雪(ゆき)にうずまって白くなってしまいます。枯(か)れ草(くさ)の中で腐(くさ)ってしまいます」
    虹(にじ)は思わず微笑(わら)いました。
    「ええ、そうです。本とうはどんなものでも変(か)わらないものはないのです。ごらんなさい。向(む)こうのそらはまっさおでしょう。まるでいい孔雀石(くじゃくせき)のようです。けれどもまもなくお日さまがあすこをお通りになって、山へおはいりになりますと、あすこは月見草(つきみそう)の花びらのようになります。それもまもなくしぼんで、やがてたそがれ前の銀色(ぎんいろ)と、それから星をちりばめた夜とが来ます。
    そのころ、私は、どこへ行き、どこに生まれているでしょう。また、この眼(め)の前の、美(うつく)しい丘(おか)や野原(のはら)も、みな一秒(びょう)ずつけずられたりくずれたりしています。けれども、もしも、まことのちからが、これらの中にあらわれるときは、すべてのおとろえるもの、しわむもの、さだめないもの、はかないもの、みなかぎりないいのちです。わたくしでさえ、ただ三秒(びょう)ひらめくときも、半時(はんとき)空にかかるときもいつもおんなじよろこびです」
    「けれども、あなたは、高く光のそらにかかります。すべて草や花や鳥は、みなあなたをほめて歌います」
    「それはあなたも同じです。すべて私に来て、私をかがやかすものは、あなたをもきらめかします。私に与えられたすべてのほめことばは、そのままあなたに贈(おく)られます。ごらんなさい。まことの瞳(ひとみ)でものを見る人は、人の王のさかえの極(きわ)みをも、野の百合(ゆり)の一つにくらべようとはしませんでした。それは、人のさかえをば、人のたくらむように、しばらくまことのちから、かぎりないいのちからはなしてみたのです。もしそのひかりの中でならば、人のおごりからあやしい雲と湧(わ)きのぼる、塵(ちり)の中のただ一抹(いちまつ)も、神(かみ)の子のほめたもうた、聖(せい)なる百合(ゆり)に劣(おと)るものではありません」
    「私を教えてください。私を連(つ)れて行ってください。私はどんなことでもいたします」
    「いいえ私はどこへも行きません。いつでもあなたのことを考えています。すべてまことのひかりのなかに、いっしょにすむ人は、いつでもいっしょに行くのです。いつまでもほろびるということはありません。けれども、あなたは、もう私を見ないでしょう。お日様(ひさま)があまり遠くなりました。もずが飛(と)び立ちます。私はあなたにお別(わか)れしなければなりません」
    停車場(ていしゃじょう)の方で、鋭(するど)い笛(ふえ)がピーと鳴りました。
    もずはみな、一ぺんに飛(と)び立って、気違(きちが)いになったばらばらの楽譜(がくふ)のように、やかましく鳴きながら、東の方へ飛(と)んで行きました。
    めくらぶどうは高く叫(さけ)びました。
    「虹(にじ)さん。私をつれて行ってください。どこへも行かないでください」
    虹(にじ)はかすかにわらったようでしたが、もうよほどうすくなって、はっきりわかりませんでした。
    そして、今はもう、すっかり消(き)えました。
    空は銀色(ぎんいろ)の光を増(ま)し、あまり、もずがやかましいので、ひばりもしかたなく、その空へのぼって、少しばかり調子(ちょうし)はずれの歌をうたいました。

    青空文庫より

  • 伊藤左千夫「奈々子」駒形美英朗読

    36.77
    Apr 19, 2018

    奈々子

    伊藤左千夫

    その日の朝であった、自分は少し常より寝過ごして目を覚ますと、子供たちの寝床は皆からになっていた。自分がうがいに立って台所へ出た時、奈々子ななこは姉なるものの大人下駄おとなげたをはいて、外へ出ようとするところであった。焜炉こんろの火に煙草をすっていて、自分と等しく奈々子の後ろ姿を見送った妻は、
    「奈々ちゃんはね、あなた、きのうから覚えてわたい、わたいっていいますよ」
    「そうか、うむ」
    答えた自分も妻も同じように、愛の笑いがおのずから顔に動いた。
    出口の腰障子こししょうじにつかまって、敷居しきい足越あごそうとした奈々子も、ふり返りさまに両親を見てにっこり笑った。自分はそのまま外へ出る。物置の前では十五になる梅子うめこが、今鶏箱とりばこからひなを出して追い込みに入れている。雪子ゆきこもおもいかにもおもしろそうに笑いながら雛を見ている。
    奈々子もそれを見に降りてきたのだ。さっちゃん
    井戸ばたの流し場に手水ちょうずをすました自分も、鶏にきょうがる子どもたちの声に引かされて、覚えず彼らの後ろに立った。先に父を見つけたお児は、
    「おんちゃんにおんぼしんだ、おんちゃんにおんぼしんだ」さっちゃん
    と叫んで父の膝に取りついた。奈々子もあとから、
    「わたえもおんも、わたえもおんも」
    と同じく父に取りつくのであった。自分はいつものごとくに、おんぼという姉とおんもという妹とをいっしょに背負うて、しばらく彼らを笑わせた。梅子が餌を持ち出してきて鶏にやるので再び四人の子どもは追い込みの前に立った。お児が、
    「おんちゃんおやとり、おんちゃんおやとり」
    というから、お児ちゃん、おやとりがどうしたかと聞くと、お児ちゃんはおやとりっち言葉をこのごろ覚えたからそういうのだと梅子が答える。奈々子は大きい下駄に疲れたらしく、
    「お児ちゃんのかんこ、お児ちゃんのかんこ」
    といい出した。お児の下駄を借りたいというのである。父は幼き姉をすかしてその下駄を貸さした。お児は一つ上の姉でも姉は姉らしいところがある。小さな姉妹は下駄を取り替える。奈々子は満足の色を笑いにたたわして、雪子とお児の間にはさまりつつひなを見る。つぶつぶかすり単物ひとえものに桃色のへこ帯を後ろにたれ、小さな膝を折ってその両膝に罪のない手を乗せてしゃがんでいる。雪子もお児もながら、いちばん小さい奈々子のふうがことに親の目を引くのである。しらみがわいたとかで、つむりをくりくりとバリカンで刈ってしもうた頭つきが、いたずらそうに見えていっそう親の目にかわゆい。妻も台所から顔を出して、
    「三人がよくならんでしゃがんでること、奈々ちゃんや、鶏がおもしろいかい、奈々ちゃんや」
    三児さんじはいちように振り返って母と笑いあうのである。自分は胸に動悸どうきするまで、この光景に深く感を引いた。
    この日は自分は一日家におった。三児は遊びに飽きると時々自分の書見しょけんの室に襲うてくる。
    三人が菓子をもらいに来る、お児がいちばん無遠慮にやってくる。
    「おんちゃん、おんちゃん、かちあるかい、かち、奈子なこちゃんがかちだって」
    続いて奈々子が走り込む。
    「おっちゃんあっこ、おっちゃんあっこ、はんぶんはんぶん」
    といいつついきなり父に取りつく。奈々子が菓子ほしい時に、父は必ずだっこしろ、だっこすれば菓子やるというために、菓子のほしい時彼はあっこあっこと叫んで父の膝に乗るのである。一つではあまり大きいというので、半分ずつだよといい聞かせられるために、自分からはんぶんはんぶんというのである。四歳のお児はがっこといい、三歳の奈々子はあっこという。年の違いもあれど、いくらか性質の差もわかるのである。六歳の雪子はふたりのあとからはいってきて、ただしれしれと笑っている。菓子が三人に分配される、とすぐに去ってしまう、風のいだようにあとは静かになる。静かさが少しく長くなると、どうして遊んでるかなと思う。そう思って庭を見ると、いつの間にか三人は庭の空地に来ておった。くりくり頭に桃色のへこ帯がひとり、角子頭みずらに卵色のへこ帯がふたり、何がおもしろいか笑いもせず声も立てず、何かを摘んでるようすだ。自分はただかぶりの動くのとへこ帯のふらふらするのをしばらく見つめておった。自分も声を掛けなかった、三人も菓子とも思わなかったか、やがてばたばた足音がするから顔を出してみると、奈々子があとになって三人が手を振ってかける後ろ姿が目にとまった。
    ご飯ができたからおんちゃんを呼んでおいでと彼らの母がいうらしかった。奈々ちゃんお先においでよ奈々ちゃんと雪子が叫ぶ。幼きふたりの伝令使は見る間に飛び込んできた。ふたりは同体に父の背に取りつく。
    「おんちゃんごはんおあがんなさいって」
    「おはんなさいははははは」
    父は両手を回し、大きな背にまたふたりをおんぶして立った。出口がせまいので少しからだを横にようやく通る窮屈さをいっそう興がって、ふたりは笑い叫ぶ。父の背を降りないうちから、ふたりでおんちゃんを呼んできたと母にいう騒ぎ、母はなお立ち働いてる。父と三児は向かい合わせに食卓についた。お児は四つでもはし持つことは、まだほんとうでない。少し見ないと左手に箸を持つ。またお箸の手が違ったよといえば、すぐ右に直すけれど、少しするとまた左に持つ。しばしば注意して右に持たせるくらいであるから、飯も盛んにこぼす。奈々子は一年十か月なれど、箸持つ手は始めから正しい。食べ物に着物をよごすことも少ないのである。姉たちがすわるにせまいといえば、身を片寄せてゆずる、彼の母は彼を熟視して、奈々ちゃんはつら構えからしっかりしていますねいという。
    末子であるかららちもなくかわいいというわけではないのだ。この子はと思うのは彼の母ばかりではなく、父の目にもそう見えた。
    午後は奈々子が一昼寝してからであった、雪子もお児もぶらんこに飽き、寝覚ねざめた奈々子を連れて、表のほうにいるようすであったが、格子戸をからりあけてかけ上がりざまに三児はわれ勝ちと父に何か告げんとするのである。
    「お父さん金魚が死んだよ、水鉢の金魚が」
    「おんちゃん金魚がへんだ。金魚がへんだよおんちゃん」
    「へんだ、おっちゃんへんだ」
    奈々子は父の手を取ってしきりに来て見よとの意を示すのである。父はただ気が弱い。口で求めず手で引き立てる奈々子の要求に少しもさからうことはできない。父は引かるるままに三児のあとから表にある水鉢の金魚を見にいった。五、六匹死んだ金魚は外に取り捨てられ、残った金魚はなまこの水鉢の中にくるくる輪をかいてまわっていた。水は青黒くにごってる。自分はさっそく新しい水をバケツに二はいくみ入れてやった。奈々子は水鉢の縁に小さな手を掛け、
    「きんご、おっちゃんきんご、おっちゃんきんご」
    「もう金魚へにゃしないねい。ねいおんちゃん、へにゃしないねい」
    三児は一時金魚の死んだのに驚いたらしかった。父はさらに金魚を買い足してやることを約束して座に返った。三人はなおしきりに金魚をながめて年相当な会話をやってるらしい。

     

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