少年探偵団

  • 江戸川乱歩 少年探偵団22「逃走」別役みか朗読

    26.73
    Sep 11, 2017

    逃走

    「ハハハ……、何もおどろくことはありませんよ。二十面相は土の下へ逃げたのです。」
    明智小五郎は、少しもさわがず、あっけにとられている人々を見まわして、説明しました。
    「エッ、土の中へ? いったいそれはどういう意味です。」
    大鳥氏がびっくりして聞きかえします。
    「土の中に秘密のぬけ穴が掘ってあったのです。」
    「エッ、ぬけ穴が?」
    「そうですよ。二十面相は黄金塔をぬすみだすために、あらかじめ、ここの床下へぬけ穴を掘っておいて、支配人に化けて、さも忠義顔に、あなたにほんものの塔を、この床下へうずめることをすすめたのです。そして、部下のものがぬけ穴からしのんできて、ちょうどその穴の入り口にある塔を、なんのぞうさもなく持ちさったというわけですよ。賊の足あとが見あたらなかったのはあたりまえです。土の上を歩いたのではなく、土の中をはってきたのですからね。」
    「しかし、わたしはあれを床下へうずめるのを見ておりましたが、べつにぬけ穴らしいものはなかったようですが。」
    「それはふたがしてあったからですよ。ま、ま、ここへ来てよくごらんなさい。大きな鉄板てっぱんで穴の上をふたして、土がかぶせてあったのです。今、二十面相はその鉄板をひらいて、穴の中にとびこんだのです。かき消すように見えなくなったのは、そのためですよ。」
    大鳥氏も門野老人も小林少年も、急いでそばによって、床下をながめましたが、いかにもそこには一枚の鉄板が投げだしてあって、そのそばに古井戸のような大きな穴が、まっ黒な口をひらいていました。
    「いったい、この穴はどこへつづいているのでしょう。」
    大鳥氏があきれはてたようにたずねますと、明智はそくざに答えました。何から何まで知りぬいているのです。
    「この裏手にあき家があるでしょう。ぬけ穴はそのあき家の床へぬけているのです。」
    「では早く追いかけないと、逃げてしまうじゃありませんか。先生、早くそのあき家のほうへまわってください。」
    大鳥氏は、もう気が気でないというちょうしです。
    「ハハハ……。そこにぬかりがあるものですか。そのあき家のぬけ穴の出口のところには、中村捜査係長の部下が、五人も見はりをしていますよ。今ごろあいつをひっとらえている時分です。」
    「ああ、そうでしたか。よくそこまで準備ができましたねえ、ありがとう、ありがとう、おかげで、私も今夜からまくらを高くして寝られるというものです。」
    大鳥氏は安堵の胸をなでおろして、名探偵のぬけめのない処置を感謝するのでした。
    しかし、二十面相は、明智の予想のとおり、はたして五名の警官に、逮捕されてしまったでしょうか。名にしおう魔術賊のことです。もしや、意外の悪知恵をはたらかせて、名探偵の計略の裏をかくようなことはないでしょうか。ああ、なんとなく心がかりではありませんか。
    そのとき、やみのぬけ穴では、いったいどんなことがおこっていたのでしょう。
    門野老人に化けた二十面相は、人々のゆだんを見すまして、パッとぬけ穴の中にとびこみますと、せまい穴の中をはうようにして、まるでもぐらのようなかっこうで、反対の出口へと急ぎました。
    時計店の裏通りの、あき家というのは、奥座敷からは、せまい庭と塀とをへだててすぐのところにあるのですから、ぬけ穴の長さは二十メートルほどしかありません。二十面相は、まずそのあき家を借りたうえ、部下に命じて、人に知られぬように、大急ぎでぬけ穴を掘らせたのです。ですから、内がわを石がきやレンガできずくひまはなく、ちょうど旧式な炭坑のように、丸太のわくで、土の落ちるのをふせいであるという、みすぼらしいぬけ穴です。広さも、やっとひとり、はって歩けるほどなのです。
    二十面相は、土まみれになって、そこをはっていきましたが、あき家の中の出口の下まで来て、ヒョイと外をのぞいたかと思うと、何かギョッとしたようすで首をひっこめてしまいました。
    「ちくしょうめ、もう手がまわったか。」
    彼は、いまいましそうに舌打ちして、しかたなく、またあともどりをはじめました。
    穴の外の暗やみの中に、大ぜいの黒い人かげが見えたからです。しかも、それがみんな制服の警官らしく、制帽のひさしと拳銃のにぎりが、やみの中にもかすかにピカピカと光って見えたのです。
    ああ、二十面相はとうとう、袋のネズミになってしまいました。いや、穴の中のもぐらになってしまいました。さすがの凶賊きょうぞくももはや運のつきです。前に進めば五人の警官、うしろにもどれば、だれよりもこわい明智名探偵が待ちかまえているのです。進むこともしりぞくこともできません。といって、もぐらではない二十面相は、こんなジメジメした、まっくらな穴の中に、いつまでじっとしていられましょう。
    しかし、なぜか怪盗はさしてこまったようすも見えません。彼はやみの中を、ぬけ穴の中ほどまで引きかえしますと、そこの壁のくぼみになった個所から、何かふろしき包みのようなものを、とりだしました。
    「ヘヘン、どうだい。二十面相はどんなことがあったって、へこたれやしないぞ。敵が五と出せばこちらは十だ。十と出せば二十だ。ここにこんな用意がしてあろうとは、さすがの名探偵どのも、ごぞんじあるまいて。二十面相の字引きに不可能の文字なしっていうわけさ。フフフ……。」
    彼は、そんなふてぶてしいひとりごとをいいながら、ふろしき包みらしいものをひらきました。すると、その中から、警官の制服制帽、警棒、靴などがあらわれました。
    ああ、なんという用心ぶかさでしょう。まんいちのばあいのために、彼はぬけ穴の中へ、こんな変装用の衣装をかくしておいたのです。
    「おっと、わすれちゃいけない。まず髪の毛の染料と顔のしわを落とさなくっちゃあ。」
    二十面相は、じょうだんのようにつぶやきながら、懐中から銀色のケースをとりだし、その中の揮発油きはつゆをしみこませた綿をちぎって頭と顔をていねいにふきとるのです。綿をちぎってはふき、ちぎってはふき、何度となくくりかえしているうちに、老人のしらが頭は、いつのまにか黒々とした頭髪となり、顔のしわもあとかたもなくとれて、若々しい青年にかわってしまいました。
    「これでよしと、さあ、いよいよおまわりさんになるんだ。泥棒がおまわりさんに早がわりとござあい。」
    二十面相は、きゅうくつな思いをして、やみの中の着がえをしながら、さもうれしくてたまらないというように、低く口笛さえ吹きはじめるのでした。

    裏のあき家というのは、日本建ての商家でしたが、その奥座敷でも、ちょうど大鳥時計店の奥座敷と同じように、一枚の畳があげられ、床板がはずされ、その下に黒い土があらわれていました。
    その土のまんなかに、ここには鉄板のふたなどなくて、ポッカリとぬけ穴の口が大きくひらいているのです。
    ぬけ穴のまわりには、五名の制服警官が、あるいは床下に立ち、あるいは畳にこしかけ、あるいは座敷につっ立って、じっと見はりをつづけていました。むろん電燈はつけず、いざというときの用意には、中のふたりが懐中電燈をたずさえているのです。
    「明智さんがもう少し早く、このぬけ穴を発見してくれたら、塔をぬすみだした手下のやつも、ひっとらえることができたんだがなあ。」
    ひとりの警官が、ささやき声で、ざんねんそうにいいました。
    「だが、二十面相さえとらえてしまえば、手下なんか一網打尽いちもうだじんだよ。それにぬすまれた塔はにせものだっていうじゃないか。ともかく親玉さえつかまえてしまえば、こっちのもんだ。ああ、早く出てこないかなあ。」
    べつの警官が、腕をさすりながら、待ちどおしそうに答えるのです。
    たばこをすうのもえんりょして、じっと暗やみの中に待っている待ちどおしさ。まるで時間が止まってしまったような感じです。
    「おい、何か音がしたようだぜ。」
    「エッ、どこに?」
    思わず懐中電燈をつかんで立ちあがったことが、いく度あったでしょう。
    「なあんだ、ネズミじゃないか。」
    当の二十面相は、いつまでたっても、姿をあらわさないのでした。
    しかし、おお、こんどこどは、人間です。人間が穴の中からはいだしてくる物音です。サラサラと土のくずれる音、ハッハッという息づかい、いよいよ二十面相がやってきたのです。
    五名の警官はいっせいに立ちあがって、身がまえました。二つの懐中電燈の丸い光が、左右からパッと穴の入り口を照らしました。
    「おい、ぼくだよ、ぼくだよ。」
    意外にも、穴をはいだしてきた人物が、したしそうな声をかけるではありませんか。
    それは怪盗ではなくて、ひとりの若い警官だったのです。見知らぬ顔ですけれど、きっとこの区の警察署の警官なのでしょう。
    「賊はどうしました。逃げたんですか。」
    見はりをしていた警官のひとりが、ふしんそうにたずねました。
    「いや、もうとらえました。明智さんの手引きで、ぼくの署のものが、しゅびよく逮捕たいほしたのです。あなたがたも早くあちらへ行ってください……。ぼくはこのぬけ穴の検分をおおせつかったのです。もしや同類がかくれてやしないかというのでね。しかし、だれもいなかったですよ。」
    若い警官は、手錠をガチャガチャいわせながら、やっと穴をはいだして、五人の前に立ちました。
    「なあんだ、もう逮捕したんだって?」
    こちらは、せっかく意気ごんだのにむだになったと知って、がっかりしてしまいました。いや、がっかりしたというよりも、他署のものに手がらをうばわれて、すくなからず不平なのです。
    「明智さんから、あなたがたに、もう見はりをしなくっていいから、早くこちらへ来てくださいということでしたよ……。ぼくはちょっと、署まで用事がありますから、これで失敬しっけいします。」
    若い警官はテキパキといって、暗やみの中を、グングンあき家の表口のほうへ歩いていきました。
    とりのこされた五人の警官は、なんとなくふゆかいな気持で、きゅうに動く気にもなれず、
    「なあんだ、つまらない。」
    などとつぶやきながら、ぐずぐずしていましたが、やがて、その中のひとりが、ハッと気づいたようにさけびました。
    「おい、へんだぜ。あの男、ぬけ穴の調査を命じられたといいながら、報告もしないで、署に帰るなんて、少しつじつまがあわないじゃないか。」
    「そういえば、おかしいね。あいつ穴の中をしらべるのに、懐中電燈もつけていなかったじゃないか。」
    警官たちは、なんとも形容のできない、みょうな不安におそわれはじめました。
    「おい、二十面相というやつは、なんにだって化けるんだぜ。いつかは国立博物館長にさえ化けたんだ。もしや今のは……。」
    「エッ、なんだって、それじゃ、あいつが二十面相だっていうのか。」
    「おい、追っかけてみよう。もしそうだったら、ぼくらは係長にあわす顔がないぜ。」
    「よしッ、追っかけろ。ちくしょう逃がすものか。」
    五人は、あわただしくあき家の入り口にかけだして、深夜の町を見わたしました。
    「アッ、あすこを走っている。ためしによんでみようじゃないか。」
    そこで一同声をそろえて、
    「オーイ、オーイ。」とどなったのですが、それを聞きつけた相手は、ヒョイとふりかえったかと思うと、立ちどまるどころか、まえにも増した勢いで、いちもくさんに逃げだしたではありませんか。
    「アッ、やっぱりそうだ。あいつだ。あいつが二十面相だっ。」
    「ちくしょう、逃がすものか。」
    五人はやにわに走りだしました。
    もう一時をすぎた真夜中です。昼間はにぎやかな商店街も、廃墟はいきょのように静まりかえり、光といってはまばらに立ちならぶ街燈ばかり、人っ子ひとり通らないアスファルト道が、はるかにやみの中へ消えています。
    その中を、逃げるひとりの警官、追いかける五人の警官、キツネにでもつままれたような奇妙な追跡がはじまりました。若い警官は、おそろしく足が早いのです。町かどに来るたび、あるいは右に、あるいは左に、めちゃくちゃに方角をかえて、追っ手をまこうとします。
    そして、さしかかったのが、中央区内の、とある小公園の塀外へいそとでした。右がわは公園のコンクリートべい、左がわはすぐ川に面している、さびしい場所です。
    二十面相は、そこまで走ってきますと、ヒョイと立ちどまって、うしろをふりかえりましたが、五人のおまわりさんはまだ町かどの向こうがわを走っているとみえて、追っ手らしい姿はどこにも見えません。
    それをたしかめたうえ、二十面相は何を思ったのか、いきなりそこにうずくまって、地面に手をかけ、ウンとりきみますと、さしわたし五十センチほどの丸い鉄板が、ふたをひらくように持ちあがり、その下に大きな黒い穴があきました。水道のマンホールなのです。
    東京の読者諸君は、水道の係りの人たちが、あの丸い鉄のふたをとって、地中へもぐりこんで、工事をしているのを、よくお見かけになるでしょう。今、二十面相は、その鉄のふたをひらいたのです。そして、ヒョイとそこへとびこむと、すばやく中から、ふたをもとのとおりにしめてしまいました。
    鉄のふたがしまるのと、五人のおまわりさんが町かどをまがるのと、ほとんど同時でした。
    「おや、へんだぞ。たしかにあいつはここをまがったんだが。」
    おまわりさんたちは立ちどまって、死んだように静まりかえった夜ふけの町を見わたしました。
    「向こうのまがりかどまでは百メートル以上もあるんだから、そんなに早く姿が見えなくなるはずはない。塀を乗りこして、公園の中へかくれたんじゃないか。」
    「それとも、川へとびこんだのかもしれんぜ。」
    そんなことをいいかわして、おまわりさんたちは、注意ぶかく左右を見まわしながら、急ぎ足に例のマンホールの上を通りすぎて、公園の入り口のほうへ遠ざかっていきました。
    マンホールの鉄ぶたは、五人の靴でふまれるたびに、ガンガンとにぶい響きをたてました。おまわりさんたちは、そうして、二十面相の頭の上を通りながら、少しもそれと気づかなかったのです。東京の人は、マンホールなどには、なれっこになっていて、そのうえを歩いても、気のつかぬことが多いのです。
    五人の警官がしょうぜんとして大鳥時計店にたちかえり、事のしだいを明智に報告したのは、それから二十分ほどのちのことでした。
    それを聞いて、明智探偵は失望したでしょうか。警官たちの失策にかんしゃくをおこしたでしょうか。いやいや、けっしてそうではありませんでした。読者諸君、ご安心ください。われわれの名探偵はこれしきの失敗に勇気をうしなうような人物ではありません。彼のすばらしい脳髄のうずいに、まだまだとっておきの奥の手が、ちゃんと用意されていたのです。
    「いや、ご苦労でした。ぼくもあいつがぬけ穴の中に変装の衣装をかくしていようとは思いもおよばなかった。しかし、諸君、失望なさることはありませんよ。こういうこともあろうかと、ぼくはちゃんと、もう一だん奥の用意がしてあるのです。
    二十面相はしゅびよく逃げおおせたつもりでいても、まだぼくの張った網の中からのがれることができないのです。見ていてください。明朝までには、きっと諸君のかたきをとってあげますよ。
    ほんとうをいえば、あいつが逃げてくれたのは思うつぼなのです。ぼくはゆかいでたまらないくらいです。なぜといって、そのぼくの奥の手というのは、じつにすばらしい手段なのですからね。諸君、見ていてください。二十面相がどんなに泣きつらをするか。ぼくの部下たちが、どんなみごとなはたらきをするか。
    さあ、小林君、二十面相の最後の舞台へ、急いで出かけるとしよう。」
    名探偵はいつにかわらぬほがらかな笑顔をうかべて、愛弟子小林君をまねきました。そして、大鳥時計店をたちいでますと、そこに待たせてあった自動車に乗って、夜霧の中を、いずこともなく走りさったのでありました。

    さて、わたしたちは、もう一度、あの公園の前に立ちもどって、マンホールの中へかくれた二十面相が、どんなことをするか、それを見さだめなければなりません。
    警官たちがたちさってしまいますと、そのあたりはまた、ヒッソリともとの静けさにかえりました。深夜の二時です。人通りなどあるはずはありません。
    遠くのほうから、犬の鳴き声が聞こえていましたが、それもしばらくしてやんでしまうと、この世から音というものがなくなってしまったような静けさです。
    黒く夜空にそびえている公園の林のこずえが、風もないのにガサガサと動いたかと思うと、夜の鳥が、あやしい声で、ゲ、ゲ、と二声鳴きました。
    空は一面にくもって、星もないやみ夜です。光といっては、ところどころの電柱にとりつけてある街燈ばかり。その街燈の一つが二十面相のかくれたマンホールの黒い鉄板の上を、うすぼんやりと照らしています。
    でも、マンホールのふたは、いつまでたっても動かないのです。ああ、二十面相は、あの暗やみの土の中で、いったい何をしているのでしょう。
    長い長い二時間がすぎて、四時となりました。東の空がうっすらとしらみはじめています。遠い江東区こうとうくの空から、徹夜作業てつやさぎょうの工場の汽笛が夜明けの近づいたことを知らせるように、もの悲しく、かすかにひびいてきました。
    すると、街燈に照らされたマンホールのふたが、生きものででもあるかのように、少しずつ動きはじめました。やがて、鉄板はカタンとみぞをはずれて、ジリジリと地面を横へすべっていきます。そして、その下から、まっ黒な穴の口が、一センチ、二センチと、だんだん大きくひらいていくのです。
    長いあいだかかって、鉄のふたはすっかりひらきました。すると、そこの丸い穴から、新しいネズミ色のソフト帽がニューッとあらわれてきたではありませんか。そして、そのつぎには、鼻の下に黒いひげをはやしたりっぱな青年紳士の顔、それからまっ白なソフト・カラー、はでなネクタイ、折り目の正しい上等の背広服と、胸のへんまで姿を見せて、その紳士は、注意ぶかくあたりを見まわしましたが、どこにも人かげのないのをたしかめると、パッと穴の中から地上にとびだし、すばやく鉄のふたをもとのとおりにしめて、そのまま何くわぬ顔で、歩きはじめました。
    この青年紳士が怪盗二十面相の変装姿であったことは、申すまでもありません。ああ、なんという用心ぶかいやり口でしょう。二十面相は、何か仕事をもくろみますと、まんいちのばあいのために、いつもその付近のマンホールの中へ、変装用の衣装をかくしておくのです。そして、もし警官に追われるようなことがあれば、すばやく、そのマンホールの中へ身をかくし、まったくちがった顔と服装とになって、そしらぬ顔で逃げてしまうのです。
    読者諸君のおうちの近所にも、マンホールがあることでしょうが、もしかすると、その中に、大きな黒いふろしき包みがかくしてあるかもしれませんよ。まんいちそんなふろしき包みが見つかるようなことがあれば、それは二十面相が、そのへんで何かおそろしいもくろみをしたしょうこなのです。
    さて、二十面相の青年紳士は、急ぎ足に近くの大通りへ出ますと、そこの駐車場にならんでいたいちばん前の自動車に近づき、居ねむりをしている運転手を呼びおこしました。
    そして運転手がドアをひらくのを待ちかねて、客席へとびこみ、早口に行く先をつげるのでした。
    自動車は、ガランとした夜明けの町を、ひじょうな速力で走っていきます。銀座通りを出て、新橋しんばしをすぎ、環状線を品川へ、品川から京浜けいひん国道を、西に向かって一キロほど、とある枝道を北へはいってしばらく行きますと、だんだん人家がまばらになり、まがりくねった坂道の向こうに、林につつまれた小さな丘があって、その上にポツンと一軒の古風な洋館が、建っているのがながめられました。
    「よし、ここでいい。」
    二十面相の青年紳士は、自動車をとめさせて、料金をはらいますと、そのまま丘の上へとのぼっていき、木立ちをくぐって、洋館の玄関へはいってしまいました。
    読者諸君、ここが二十面相のかくれがでした。賊はとうとう安全な巣くつへ逃げこんでしまったのです。では、明智探偵のせっかくの苦心も水のあわとなったのでしょうか。二十面相は、かんぜんに探偵の目をくらますことができたのでしょうか。

    青空文庫より

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  • 江戸川乱歩 少年探偵団19「「天井の声」別役みか朗読

    もうこれで安心です。たとえ二十面相が予告どおりにやってきたとしても、黄金塔はまったく安全なのです。賊はとくいそうににせものをぬすみだしていくことでしょう。あの大泥棒をいっぱい食わせてやるなんて、じつにゆかいではありませんか。
    賊が床下などに気のつくはずはありませんが、でも、用心にこしたことはありません。大鳥氏はその晩から、ほんものの黄金塔のうずめてあるあたりの畳の上に、ふとんをしかせてねむることにしました。昼間も、その部屋から一歩も外へ出ない決心です。
    すると、みょうなことに「3」の字がてのひらにあらわれて以来、数字の予告がパッタリととだえてしまいました。ほんとうは、それには深いわけがあったのですけれど、大鳥氏はそこまで気がつきません。ただふしぎに思うばかりです。
    しかし、数字はあらわれないでも、盗難は二十五日の夜とはっきり言いわたされているのですから、けっして安心はできません。大鳥氏はそのあとの三日間を、塔のうずめてある部屋にがんばりつづけました。
    そして、とうとう二十五日の夜がきたのです。
    もう宵のうちから、大鳥氏と門野支配人は、にせ黄金塔をかざった座敷にすわりこんで、出入り口の板戸には中からかぎをかけてゆだんなく見張りをつづけていました。
    店のほうでも、店員一同、今夜こそ二十面相がやってくるのだと、いつもより早く店をしめてしまって、入り口という入り口にすっかりかぎをかけ、それぞれ持ち場をきめて、見はり番をするやら、こん棒片手に家中を巡回するやら、たいへんなさわぎでした。
    いかな魔法使いの二十面相でも、このような二重三重の、げんじゅうな警戒の中へ、どうしてはいってくることができましょう。彼はこんどこそ失敗するにちがいありません。もし、この中へしのびこんで、にせ黄金塔にもまよわされず、ほんものの宝物をぬすむことができるとすれば、二十面相は、もう魔法使いどころではありません。神さまです。盗賊の神さまです。
    警戒のうちに、だんだん夜がふけていきました。十時、十一時、十二時。表通りのざわめきも聞こえなくなり、家の中もシーンと静まりかえってきました。ただ、ときどき、巡回する店員の足音が、廊下にシトシトと聞こえるばかりです。
    奥の間では、大鳥氏と門野支配人が、さし向かいにすわって、置き時計とにらめっこをしていました。
    「門野君、ちょうど十二時だよ。ハハハ……、とうとうやっこさんやってこなかったね。十二時がすぎれば、もう二十六日だからね。約束の期限が切れるじゃないか。ハハハ……。」
    大鳥氏はやっと胸をなでおろして、笑い声をたてるのでした。
    「さようでございますね。さすがの二十面相も、このげんじゅうな見はりには、かなわなかったとみえますね。ハハハ……、いいきみでございますよ。」
    門野支配人も、怪盗をあざけるように笑いました。
    ところが、ふたりの笑い声の消えるか消えないかに、とつじょとして、どこからともなく、異様なしわがれ声がひびいてきたではありませんか。
    「おい、おい、まだ安心するのは早いぜ。二十面相の字引きには、不可能ということばがないのをわすれたかね。」
    それはじつになんともいえない陰気な、まるで墓場の中からでもひびいてくるような、いやあな感じの声でした。
    「おい、門野君、きみいま何か言いやしなかったかい。」
    大鳥氏はギョッとしたように、あたりを見まわしながら、しらがの支配人にたずねるのでした。
    「いいえ、私じゃございません。しかし、なんだかへんな声が聞こえたようでございますね。」
    門野老人は、けげんな声で、同じように左右を見まわしました。
    「おい、へんだぜ。ゆだんしちゃいけないぜ。きみ、廊下を見てごらん。戸の外にだれかいるんじゃないかい。」
    大鳥氏は、もうすっかり青ざめて、歯の根もあわぬありさまです。
    門野支配人は、主人よりもいくらか勇気があるとみえ、さしておそれるようすもなく、立っていって、かぎで戸をひらき、外の廊下を見わたしました。
    「だれもいやしません。おかしいですね。」
    老人がそういって、戸をしめようとすると、またしても、どこからともなく、あのしわがれ声が聞こえてきました。
    「なにをキョロキョロしているんだ、ここだよ。ここだよ。」
    陰にこもって、まるで水の中からでも、ものをいっているような感じです。何かしらゾーッと総毛立つような、お化けじみた声音こわねです。
    「やい、きさまはどこにいるんだ。いったい何者だッ。ここへ出てくるがいいじゃないか。」
    門野老人が、から元気をだして、どことも知れぬ相手にどなりつけました。
    「ウフフ……、どこにいると思うね。あててみたまえ……。だが、そんなことよりも、黄金塔は大じょうぶなのかね。二十面相は約束をたがえたりはしないはずだぜ。」
    「何をいっているんだ。黄金塔はちゃんと床の間にかざってあるじゃないか。盗賊なんかに指一本ささせるものか。」
    門野老人は部屋の中をむやみに歩きまわりながら、姿のない敵とわたりあいました。
    「ウフフフ……、おい、おい、番頭さん、きみは二十面相が、それほどお人よしだと思っているのかい。床の間のはにせもので、ほんものは土の中にうめてあることぐらい、おれが知らないとでもいうのかい。」
    それを聞くと、大鳥氏と支配人とは、ゾッとして顔を見あわせました。ああ、怪盗は秘密を知っていたのです。門野老人のせっかくの苦心はなんの役にも立たなかったのです。
    「おい、あの声は、どうやら天井裏らしいぜ。」
    大鳥氏はふと気がついたように、支配人の腕をつかんで、ヒソヒソとささやきました。
    いかにも、そういえば、声は天井の方角からひびいてくるようです。天井ででもなければ、ほかに人間ひとりかくれる場所なんて、どこにもないのです。
    「はあ、そうかもしれません。この天井の上に、二十面相のやつがかくれているのかもしれません。」
    支配人は、じっと天井を見あげて、ささやきかえしました。
    「早く、店の者を呼んでください。そしてかまわないから、天井板をはがして、泥棒をつかまえるようにいいつけてください。さ、早く、早く。」
    大鳥氏は、両手で門野老人をおしやるようにしながら、せきたてるのです。老人はおされるままに、廊下に出て、店員たちを呼びあつめるために、店のほうへ急いでいきました。
    やがて、三人のくっきょうな店員が、シャツ一枚の姿で、脚立きゃたつやこん棒などを持って、しのび足で、はいってきました。相手にさとられぬよう、ふいに天井板をはがして、賊を手どりにしようというわけです。
    門野老人の手まねのさしずにしたがって、ひとりの店員がこん棒を両手ににぎりしめ、脚立の上に乗ったかと思うと、勢いこめて、ヤッとばかりに、天井板をつきあげました。
    一つき、二つき、三つき、つづけざまにつきあげたものですから、天井板はメリメリという音をたててやぶれ、みるみる大きな穴があいてしまいました。
    「さあ、これで照らしてみたまえ。」
    支配人が懐中電燈をさしだしますと、脚立の上の店員は、それを受けとって、天井の穴から首をさし入れ、屋根裏のやみの中を、アチコチと見まわしました。
    大鳥時計店は、大部分がコンクリート建ての洋館で、この座敷は、あとからべつに建てました一階建ての日本間でしたから、屋根裏といっても、さほど広いわけでなく、一目で全体が見わたせるのです。
    「何もいませんよ。すみからすみまで電燈の光をあててみましたが、ネズミ一ぴきいやあしませんぜ。」
    店員はそういって、失望したように脚立をおりました。
    「そんなはずはないがなあ。わしが見てやろう。」
    こんどは門野支配人が、電燈を持って、脚立にのぼり、天井裏をのぞきこみました。しかし、そこのやみの中には、どこにも人間らしいものの姿はないのです。
    「おかしいですね。たしかに、このへんから聞こえてきたのですが……。」
    「いないのかい。」
    大鳥氏がやや安堵あんどしたらしく、たずねます。
    「ええ、まるっきりからっぽでございます。ほんとうにネズミ一ぴきいやあしません。」
    賊の姿はとうとう発見することができませんでした。では、いったいあのぶきみな声は、どこからひびいてきたのでしょう。むろん、縁の下ではありません。厚い畳の下の声が、あんなにすっきり聞こえるわけはないからです。
    といって、そのほかに、どこにかくれる場所がありましょう。ああ、魔術師二十面相は、またしてもえたいのしれぬ魔法を使いはじめたのです

    青空文庫より

  • 江戸川乱歩 少年探偵団12「さかさの首」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団13 「屋上の怪人」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団14 「悪魔の昇天」別役みか朗読


    江戸川乱歩 少年探偵団15「怪軽気球の最後」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団16「黄金の塔」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団17「怪少女」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団18「奇妙なはかりごと」別役みか朗読

  • 江戸川乱歩少年探偵団11「四つのなぞ」別役みか朗読

    江戸川乱歩少年探偵団12「さかさの首」別役みか朗読

    さかさの首

    明智探偵は、ふたりのインド人に部屋を貸していた洋館の主人春木氏に、一度会っていろいろきいてみたいというので、さっそく同氏に電話をかけて、つごうをたずねますと、昼間は少しさしつかえがあるから、夜七時ごろおいでくださいという返事でした。
    探偵は電話の約束をすませますと、すぐさま事務所を出かけました。春木氏に会うまでに、ほかにいろいろしらべておきたいことがあるからということでした。
    小林少年は、ぜひ、いっしょにつれていってください、とたのみましたが、きみは、まだつかれがなおっていないだろうからと、るす番を命じられてしまいました。
    それから明智探偵が、どこへ行って、何をしたか、それはまもなく読者諸君にわかるときがきますから、ここにはしるしません。その夜の七時に、探偵が春木氏の洋館をたずねたところから、お話をつづけましょう。
    青年紳士春木氏は、自分で玄関へ出むかえて、明智探偵の顔を見ますと、ニコニコと、さもうれしそうにしながら、
    「よくおいでくださいました。ご高名こうめいは、かねてうかがっております。いつか一度お目にかかってお話をうけたまわりたいものだとぞんじておりましたが、わざわざおたずねくださるなんて、こんなにうれしいことはありません。さあ、どうか。」
    と、二階のりっぱな応接室に案内しました。
    ふたりは、テーブルをはさんで、イスにかけましたが、初対面のあいさつをしているところへ、三十歳ぐらいの白いつめえりの上着を着た召し使いが、紅茶を運んできました。
    「わたしは、妻をなくしまして、ひとりぼっちなんです。家族といっては、このコックとふたりきりで、家が広すぎるものですから、あんなインド人なんかに部屋を貸したりして、とんだめにあいました。でも、たしかな紹介状を持ってきたものですから、つい信用してしまいましてね。」
    春木氏は、立ちさるコックのうしろ姿を、目で追いながら、いいわけするようにいうのでした。
    それをきっかけに、明智探偵は、いよいよ用件にはいりました。
    「じつは、あの夜のことを、あなたご自身のお口から、よくうかがいたいと思って、やってきたのですが、どうも、ふにおちないのは、ふたりのインド人が、わずかのあいだに消えうせてしまったことです。
    もう、ご承知でしょうが、子どもたちがむじゃきな探偵団をつくっていましてね。あの晩、中村係長たちが、ここへかけつける二十分ほどまえに、その子どもたちが、どの部屋ですか、ここの二階にふたりのインド人がいることを、ちゃんと、たしかめておいたのです。それが、警官たちよりも早くあなたがお帰りになったときに、もう、家の中にいなくなっていたというのは、じつにふしぎじゃありませんか。
    そのあいだじゅう、六人の子どもたちが、おたくのまわりに、げんじゅうな見はりをつづけていたのです。表門はもちろん、裏門からでも、あるいは塀を乗りこえてでも、インド人が逃げだしたとすれば、子どもたちの目をのがれることはできなかったはずです。」
    すると、春木氏はうなずいて、
    「ええ、わたしも、その点が、じつにふしぎでしかたがないのです。あいつらは、何かわれわれには想像もできない、妖術のようなものでもこころえていたのではないでしょうか。」
    と、いかにも、きみ悪そうな表情をしてみせました。
    「ところが、もう一つ、みょうなことがあるのですよ。あなたがお帰りになったのは、子どもたちがインド人がいることをたしかめてから、警官がくるまでのあいだでしたね。すると、そのときはもう、子どもたちは、ちゃんと見はりの部署についていたはずなのですが……、あなたは、むろん表門からおはいりになったのでしょうね。」
    「ええ、表門からはいりました。」
    「そのとき、表門には、ふたりの子どもが番をしていたのですよ。その子どもたちを、ごらんになりましたか。門柱のところに、番兵ばんぺいのように立っていたっていうのですが。」
    「ほう、そうですか。わたしはちっとも気がつきませんでしたよ。ちょうどそのとき、子どもたちがわきへ行っていたのかもしれませんね。げんじゅうな見はりといったところで、なにしろ年はもいかない小学生のことですから、あてにはなりませんでしょう。」
    「ところが、子どもというものはばかになりませんよ。何かに一心になると、おとなのように、ほかのことは考えませんからね。ぼくはこういうばあいには、おとなよりも子どものほうが信用がおけると思います。

    青空文庫より

  • 江戸川乱歩「少年探偵団」10 別役みか朗読 消えるインド人


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    別役みか朗読「少年探偵団」のろいの宝石江戸川乱歩

    のろいの宝石

    さて、門の前に遊んでいた女の子がさらわれた、その夜のことです。篠崎始君のおとうさまは、ひじょうに心配そうなごようすで、顔色も青ざめて、おかあさまと始君とを、ソッと、奥の座敷へお呼びになりました。
    始君は、おとうさまの、こんなうちしずまれたごようすを、あとにも先にも見たことがありませんでした。
    「いったい、どうなすったのだろう。なにごとがおこったのだろう。」
    と、おかあさまも始君も、気がかりで胸がドキドキするほどでした。
    おとうさまは座敷のとこの間の前に、腕組みをしてすわっておいでになります。その床の間には、いつも花びんのおいてある紫檀したんの台の上に、今夜はみょうなものがおいてあるのです。
    内がわを紫色のビロードではりつめた四角な箱の中に、おそろしいほどピカピカ光る、直径一センチほどの玉がはいっています。
    始君は、こんな美しい宝石が、おうちにあることを、今まで少しも知りませんでした。
    「わたしはまだ、おまえたちに、この宝石にまつわる、おそろしいのろいの話をしたことがなかったね。わたしは、そんな話を信じていなかった。つまらない話を聞かせて、おまえたちを心配させることはないと思って、きょうまでだまっていたのだ。
    けれども、もう、おまえたちにかくしておくことができなくなった。ゆうべからの少女誘かいさわぎは、どうもただごとではないように思う。わたしたちは、用心しなければならぬのだ。」
    おとうさまは、うちしずんだ声で、何かひじょうに重大なことを、お話になろうとするようすでした。

    青空文庫より

  • 別役みか朗読 「少年探偵団」3人さらい江戸川乱歩

    少年探偵団

    江戸川乱歩

    人さらい

    墓地のできごとがあってから二日の後、やっぱり夜の八時ごろ、篠崎始君のおうちの、りっぱなご門から、三十歳ぐらいの上品な婦人と、五つぐらいのかわいらしい洋装の女の子とが、出てきました。婦人は始君のおばさん、女の子は小さいいとこですが、ふたりは夕方から篠崎君のおうちへ遊びに来ていて、今、帰るところなのです。
    おばさんは、大通りへ出て自動車をひろうつもりで、女の子の手を引いて、うす暗いやしき町を、急ぎ足に歩いていきました。
    すると、またしても、ふたりのうしろから、例の黒い影があらわれたのです。
    怪物は塀から塀へと伝わって、足音もなく、少しずつ、少しずつ、ふたりに近づいていき、一メートルばかりの近さになったかと思うと、いきなり、かわいらしい女の子にとびかかって、小わきにかかえてしまいました。
    「アレ、なにをなさるんです。」
    婦人はびっくりして、相手にすがりつこうとしましたが、黒い影は、すばやく片足をあげて、婦人をけたおし、その上にのしかかるようにして、あの白い歯をむきだし、ケラケラケラ……と笑いました。
    婦人はたおれながら、はじめて相手の姿を見ました。そして、うわさに聞く黒い魔物だということがわかると、あまりのおそろしさに、アッとさけんだまま、地面にうつぶしてしまいました。
    そのあいだに、怪物は女の子をつれて、どこかへ走りさってしまったのですが、では、黒い魔物は、おそろしい人さらいだったのかといいますと、べつにそうでもなかったことが、その夜ふけになってわかりました。

    青空文庫より

     

     

  • 別役みか朗読 「少年探偵団」1黒い魔物江戸川乱歩