宮沢賢治

  • 宮沢賢治 「ツェねずみ」朗読 喜多川拓郎

    Feb 18, 2018

    ツェねずみ

    宮沢賢治

     ある古い家の、まっくらな天井裏に、「ツェ」という名まえのねずみがすんでいました。
    ある日ツェねずみは、きょろきょろ四方を見まわしながら、床下街道ゆかしたかいどうを歩いていますと、向こうからいたちが、何かいいものをたくさんもって、風のように走って参りました。そしてツェねずみを見て、ちょっとたちどまって早口に言いました。
    「おい、ツェねずみ。お前んとこの戸棚とだなの穴から、金米糖こんぺいとうがばらばらこぼれているぜ。早く行ってひろいな。」
    ツェねずみは、もうひげもぴくぴくするくらいよろこんで、いたちにはお礼も言わずに、いっさんにそっちへ走って行きました。ところが戸棚の下まで来たとき、いきなり足がチクリとしました。そして、「止まれ、だれかっ。」と言う小さな鋭い声がします。
    ツェねずみはびっくりしてよく見ますと、それはありでした。蟻の兵隊は、もう金米糖のまわりに四重の非常線を張って、みんな黒いまさかりをふりかざしています。二三十匹は金米糖を片っぱしから砕いたり、とかしたりして、巣へはこぶしたくです。ツェねずみはぶるぶるふるえてしまいました。
    「ここから内へはいってならん。早く帰れ。帰れ、帰れ。」蟻の特務曹長とくむそうちょうが、低い太い声で言いました。
    ねずみはくるっと一つまわって、いちもくさんに天井裏へかけあがりました。そして巣の中へはいって、しばらくねころんでいましたが、どうもおもしろくなくて、おもしろくなくて、たまりません。ありはまあ兵隊だし、強いからしかたもないが、あのおとなしいいたちめに教えられて、戸棚とだなの下まで走って行ってあり曹長そうちょうにけんつくを食うとは、なんたるしゃくにさわることだとツェねずみは考えました。そこでねずみは巣からまたちょろちょろはい出して、木小屋の奥のいたちの家にやって参りました。
    いたちはちょうど、とうもろこしのつぶを、歯でこつこつかんで粉にしていましたが、ツェねずみを見て言いました。
    「どうだ。金米糖がなかったかい。」
    「いたちさん。ずいぶんお前もひどい人だね。わたしのような弱いものをだますなんて。」
    「だましゃせん。たしかにあったのや。」
    「あるにはあっても、もう蟻が来てましたよ。」
    「蟻が、へい。そうかい。早いやつらだね。」
    「みんな蟻がとってしまいましたよ。私のような弱いものをだますなんて、まどうてください。償うてください。」
    「それはしかたない。お前の行きようが少しおそかったのや。」
    「知らん、知らん。私のような弱いものをだまして。償うてください。償うてください。」
    「困ったやつだな。ひとの親切をさかさまにうらむとは。よしよし。そんならおれの金米糖をやろう。」
    「償うてください。償うてください。」
    「えい、それ。持って行け。てめえの持てるだけ持ってうせちまえ。てめえみたいな、ぐにゃぐにゃした男らしくもねえやつは、つらも見たくねえ。早く持てるだけ持ってどっかへうせろ。」いたちはプリプリして、金米糖を投げ出しました。ツェねずみはそれを持てるだけたくさんひろって、おじぎをしました。いたちはいよいよおこって叫びました。
    「えい、早く行ってしまえ。てめえの取った、のこりなんかうじむしにでもくれてやらあ。」
    ツェねずみは、いちもくさんに走って、天井裏の巣へもどって、金米糖をコチコチ食べました。
    こんなぐあいですから、ツェねずみはだんだんきらわれて、たれもあんまり相手にしなくなりました。そこでツェねずみはしかたなしに、こんどは、柱だの、こわれたちりとりだの、バケツだの、ほうきだのと交際をはじめました。中でも柱とは、いちばん仲よくしていました。
    柱がある日、ツェねずみに言いました。
    「ツェねずみさん、もうじき冬になるね。ぼくらはまたかわいてミリミリ言わなくちゃならない。お前さんも今のうちに、いい夜具のしたくをしておいた方がいいだろう。幸いぼくのすぐ頭の上に、すずめが春持って来た鳥の毛やいろいろ暖かいものがたくさんあるから、いまのうちに、すこしおろして運んでおいたらどうだい。ぼくの頭は、まあ少し寒くなるけれど、僕は僕でまたくふうをするから。」
    ツェねずみはもっともと思いましたので、さっそく、その日から運び方にかかりました。
    ところが、途中に急な坂が一つありましたので、ねずみは三度目に、そこからストンところげ落ちました。
    柱もびっくりして、
    「ねずみさん、けがはないかい。けがはないかい。」と一生けん命、からだを曲げながら言いました。ねずみはやっと起き上がって、それからかおをひどくしかめながら言いました。
    「柱さん。お前もずいぶんひどい人だ。僕のような弱いものをこんな目にあわすなんて。」
    柱はいかにも申しわけがないと思ったので、
    「ねずみさん、すまなかった。ゆるしてください。」と一生けん命わびました。
    ツェねずみは図にのって、
    「許してくれもないじゃないか。お前さえあんなこしゃくなさしずをしなければ、私はこんな痛い目にもあわなかったんだよ。まどっておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれよ。」
    「そんなことを言ったって困るじゃありませんか。許してくださいよ。」
    「いいや、弱いものをいじめるのは私はきらいなんだから、償っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれ。」
    柱は困ってしまって、おいおい泣きました。そこでねずみも、しかたなく、巣へかえりました。それからは、柱はもうこわがって、ねずみに口をききませんでした。
    さてそののちのことですが、ちりとりはある日、ツェねずみに半分になった最中もなかを一つやりました。するとちょうどその次の日、ツェねずみはおなかが痛くなりました。さあ、いつものとおりツェねずみは、まどっておくれを百ばかりも、ちりとりに言いました。ちりとりもあきれて、もうねずみとの交際はやめました。
    また、そののちのことですが、ある日バケツはツェねずみに、せんたくソーダのかけらをすこしやって、
    「これで毎朝お顔をお洗いなさい。」と言いましたら、ねずみはよろこんで次の日から、毎日それで顔を洗っていましたが、そのうちにねずみのおひげが十本ばかり抜けました。さあツェねずみは、さっそくバケツへやって来て、まどっておくれ償っておくれを、二百五十ばかり言いました。しかしあいにくバケツにはおひげもありませんでしたし、償うわけにも行かず、すっかり参ってしまって、泣いてあやまりました。そして、もうそれからは、ちょっとも口をききませんでした。
    道具仲間は、みんな順ぐりにこんなめにあって、こりてしまいましたので、ついにはだれもツェねずみの顔を見るといそいでわきの方を向いてしまうのでした。
    ところがその道具仲間に、ただ一人だけ、まだツェねずみとつきあってみないものがありました。
    それは針がねを編んでこさえたねずみりでした。
    ねずみ捕りは全体、人間の味方なはずですが、ちかごろは、どうも毎日の新聞にさえ、ねこといっしょにお払い物という札をつけた絵にまでして、広告されるのですし、そうでなくても、元来人間は、この針金のねずみ捕りを、一ぺんも優待したことはありませんでした。ええ、それはもうたしかにありませんとも。それに、さもさわるのさえきたないようにみんなから思われています。それですから実は、ねずみ捕りは人間よりはねずみの方に、よけい同情があるのです。けれども、たいていのねずみはなかなかこわがって、そばへやって参りません。ねずみ捕りは、毎日やさしい声で、
    「ねずちゃん、おいで。今夜のごちそうはあじのおつむだよ。お前さんの食べる間、わたしはしっかり押えておいてあげるから。ね、安心しておいで。入り口をパタンとしめるようなそんなことをするもんかね。わたしも人間にはもうこりこりしてるんだから。おいでよ。そら。」
    なんてねずみを呼びかけますが、ねずみはみんな、
    「へん、うまく言ってらあ。」とか、
    「へい、へい。よくわかりましてございます。いずれ、おやじや、せがれとも相談の上で。」とか言ってそろそろ逃げて行ってしまいます。
    そして朝になると、顔のまっ下男げなんが来て見て、
    「またはいらない。ねずみももう知ってるんだな。ねずみの学校で教えるんだな。しかしまあもう一日だけかけてみよう。」と言いながら、新しいえさととりかえるのでした。
    今夜も、ねずみ捕りは叫びました。
    「おいでおいで。今夜はやわらかな半ぺんだよ。えさだけあげるよ。大丈夫さ。早くおいで。」
    ツェねずみが、ちょうど通りかかりました。そして、
    「おや、ねずみ捕りさん、ほんとうにえさだけをくださるんですか。」と言いました。
    「おや、お前は珍しいねずみだね。そうだよ。えさだけあげるんだよ。そら、早くお食べ。」
    ツェねずみはプイッと中にはいって、むちゃむちゃむちゃっと半ぺんを食べて、またプイッと外へ出て言いました。
    「おいしかったよ。ありがとう。」
    「そうかい。よかったね。またあすの晩おいで。」
    次の朝、下男が来て見ておこって言いました。
    「えい。えさだけとって行きやがった。ずるいねずみだな。しかしとにかく中にはいったというのは感心だ。そら、きょうはいわしだぞ。」
    そして鰯を半分つけて行きました。
    ねずみ捕りは、鰯をひっかけて、せっかくツェねずみの来るのを待っていました。
    夜になって、ツェねずみはすぐ出て来ました。そしていかにも恩に着せたように、
    「今晩は、お約束どおり来てあげましたよ。」と言いました。
    ねずみ捕りは少しむっとしたが、無理にこらえて、
    「さあ、食べなさい。」とだけ言いました。
    ツェねずみはプイッとはいって、ピチャピチャピチャッと食べて、またプイッと出て来て、それから大風おおふうに言いました。
    「じゃ、あした、また、来て食べてあげるからね。」
    「ブウ。」とねずみ捕りは答えました。
    次の朝、下男が来て見て、ますますおこって言いました。
    「えい。ずるいねずみだ。しかし、毎晩、そんなにうまくえさだけ取られるはずがない。どうも、このねずみ捕りめは、ねずみからわいろをもらったらしいぞ。」
    「もらわん。もらわん。あんまり人を見そこなうな。」とねずみ捕りはどなりましたが、もちろん、下男の耳には聞こえません。きょうも腐った半ぺんをくっつけていきました。
    ねずみ捕りは、とんだ疑いを受けたので、一日ぷんぷんおこっていました。夜になりました。ツェねずみが出て来て、さも大儀たいぎらしく言いました。
    「あああ、毎日ここまでやって来るのも、並みたいていのこっちゃない。それにごちそうといったら、せいぜいさかなの頭だ。いやになっちまう。しかしまあ、せっかく来たんだからしかたない。食ってやるとしようか。ねずみ捕りさん。今晩は。」
    ねずみ捕りは、はりがねをぷりぷりさせておこっていましたので、ただ一こと、
    「お食べ。」と言いました。ツェねずみはすぐプイッと飛びこみましたが、半ぺんのくさっているのを見て、おこって叫びました、。
    「ねずみとりさん。あんまりひどいや。この半ぺんはくさってます。僕のような弱いものをだますなんて、あんまりだ。まどってください。償ってください。」
    ねずみ捕りは、思わず、はり金をりゅうりゅうと鳴らすくらい、おこってしまいました。そのりゅうりゅうが悪かったのです。
    「ピシャッ。シインン。」えさについていたかぎがはずれて、ねずみ捕りの入り口が閉じてしまいました。さあもうたいへんです。
    ツェねずみはきちがいのようになって、
    「ねずみ捕りさん。ひどいや。ひどいや。うう、くやしい。ねずみ捕りさん。あんまりだ。」と言いながら、はりがねをかじるやら、くるくるまわるやら、地だんだふむやら、わめくやら、泣くやら、それはそれは大さわぎです。それでも、償ってください、償ってくださいは、もう言う力がありませんでした。
    ねずみ捕りの方も、痛いやら、しゃくにさわるやら、ガタガタ、ブルブル、リュウリュウとふるえました。一晩そうやってとうとう朝になりました。
    顔のまっな下男が来て見て、こおどりして言いました。
    「しめた。しめた。とうとう、かかった。意地の悪そうなねずみだな。さあ、出て来い。こぞう。」
    青空文庫 名作文学の朗読

  • 宮沢賢治「シグナルとシグナレス」喜多川拓郎 朗読

    43.27
    Dec 18, 2017

    シグナルとシグナレス

    宮沢賢治

    「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
    さそりの赤眼あかめが 見えたころ、
    四時から今朝けさも やって来た。
    遠野とおの盆地ぼんちは まっくらで、
    つめたい水の 声ばかり。
    ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
    こごえた砂利じゃりに げをき、
    火花をやみに まきながら、
    蛇紋岩サアペンテインの がけに来て、
    やっと東が えだした。
    ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
    鳥がなきだし 木は光り、
    青々川は ながれたが、
    おかもはざまも いちめんに、
    まぶしいしもを せていた。
    ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
    やっぱりかけると あったかだ、
    ぼくはほうほう あせが出る。
    もう七、八 はせたいな、
    今日も一日 霜ぐもり。
    ガタンガタン、ギー、シュウシュウ」

    軽便鉄道けいべんてつどうの東からの一番列車れっしゃが少しあわてたように、こう歌いながらやって来てとまりました。機関車きかんしゃの下からは、力のないげがげ出して行き、ほそ長いおかしな形の煙突えんとつからは青いけむりが、ほんの少うし立ちました。
    そこで軽便鉄道づきの電信柱でんしんばしらどもは、やっと安心あんしんしたように、ぶんぶんとうなり、シグナルの柱はかたんと白い腕木うできを上げました。このまっすぐなシグナルの柱は、シグナレスでした。
    シグナレスはほっと小さなためいきをついて空を見上げました。空にはうすい雲がしまになっていっぱいにち、それはつめたい白光しろびかりこおった地面じめんらせながら、しずかに東にながれていたのです。
    シグナレスはじっとその雲のをながめました。それからやさしい腕木を思い切りそっちの方へばしながら、ほんのかすかに、ひとりごとをいました。
    今朝けさ伯母おばさんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」
    シグナレスはいつまでもいつまでも、そっちに気をとられておりました。
    「カタン」
    うしろの方のしずかな空で、いきなり音がしましたのでシグナレスはいそいでそっちをふりきました。ずうっとまれた黒い枕木まくらぎの向こうに、あの立派りっぱ本線ほんせんのシグナルばしらが、今はるかの南から、かがやく白けむりをあげてやって来る列車れっしゃむかえるために、その上のかたうでを下げたところでした。
    「お早う今朝はあたたかですね」本線のシグナル柱は、キチンと兵隊へいたいのように立ちながら、いやにまじめくさってあいさつしました。
    「お早うございます」シグナレスはふし目になって、声をとしてこたえました。
    わかさま、いけません。これからはあんなものにやたらに声を、おかけなさらないようにねがいます」本線のシグナルに夜電気をおくふと電信柱でんしんばしらがさももったいぶってもうしました。
    本線のシグナルはきまりわるそうに、もじもじしてだまってしまいました。気の弱いシグナレスはまるでもうえてしまうかんでしまうかしたいと思いました。けれどもどうにもしかたがありませんでしたから、やっぱりじっと立っていたのです。
    雲のしまうす琥珀こはくいたのようにうるみ、かすかなかすかな日光がって来ましたので、本線シグナルつきの電信柱はうれしがって、向こうの野原のはらを行く小さな荷馬車にばしゃを見ながらひく調子ちょうしはずれの歌をやりました。

    「ゴゴン、ゴーゴー、
    うすい雲から
    さけりだす、
    酒の中から
    しもがながれる。
    ゴゴン、ゴーゴー、
    ゴゴン、ゴーゴー、
    霜がとければ、
    つちはまっくろ。
    馬はふんごみ、
    人もぺちゃぺちゃ。
    ゴゴン、ゴーゴー」

    それからもっともっとつづけざまに、わけのわからないことを歌いました。
    その間に本線ほんせんのシグナルばしらが、そっと西風にたのんでこういました。
    「どうか気にかけないでください。こいつはもうまるで野蛮やばんなんです。礼式れいしきも何も知らないのです。実際じっさい私はいつでもこまってるんですよ」
    軽便鉄道けいべんてつどうのシグナレスは、まるでどぎまぎしてうつむきながらひくく、
    「あら、そんなことございませんわ」といましたがなにぶん風下かざしもでしたから本線ほんせんのシグナルまで聞こえませんでした。
    ゆるしてくださるんですか。本当を言ったら、ぼくなんかあなたにおこられたら生きているかいもないんですからね」
    「あらあら、そんなこと」軽便鉄道の木でつくったシグナレスは、まるでこまったというようにかたをすぼめましたが、じつはその少しうつむいた顔は、うれしさにぽっと白光しろびかりを出していました。
    「シグナレスさん、どうかまじめで聞いてください。僕あなたのためなら、つぎの十時の汽車が来る時うでを下げないで、じっとがんばり通してでも見せますよ」わずかばかりヒュウヒュウっていた風が、この時ぴたりとやみました。
    「あら、そんなこといけませんわ」
    「もちろんいけないですよ。汽車が来る時、腕を下げないでがんばるなんて、そんなことあなたのためにも僕のためにもならないから僕はやりはしませんよ。けれどもそんなことでもしようとうんです。僕あなたくらい大事だいじなものは世界中せかいじゅうないんです。どうか僕をあいしてください」
    シグナレスは、じっと下の方を見てだまって立っていました。本線シグナルつきのせいのひく電信柱でんしんばしらは、まだでたらめの歌をやっています。

     

  • 宮沢賢治「水仙月の四日」喜多川拓郎朗読

    25.23
    Nov 12, 2017

    水仙月の四日

    宮沢賢治

    雪婆ゆきばんごは、遠くへ出かけてりました。
    ねこのやうな耳をもち、ぼやぼやした灰いろの髪をした雪婆んごは、西の山脈の、ちぢれたぎらぎらの雲を越えて、遠くへでかけてゐたのです。
    ひとりの子供が、赤い毛布けつとにくるまつて、しきりにカリメラのことを考へながら、大きな象の頭のかたちをした、雪丘のすそを、せかせかうちの方へ急いで居りました。
    (そら、新聞紙しんぶんがみとがつたかたちに巻いて、ふうふうと吹くと、炭からまるで青火が燃える。ぼくはカリメラなべに赤砂糖を一つまみ入れて、それからザラメを一つまみ入れる。水をたして、あとはくつくつくつと煮るんだ。)ほんたうにもう一生けん命、こどもはカリメラのことを考へながらうちの方へ急いでゐました。
    お日さまは、空のずうつと遠くのすきとほつたつめたいとこで、まばゆい白い火を、どしどしおきなさいます。
    その光はまつすぐに四方に発射し、下の方に落ちて来ては、ひつそりした台地の雪を、いちめんまばゆい雪花石膏せつくわせきかうの板にしました。
    ひき雪狼ゆきおいのが、べろべろまつ赤な舌を吐きながら、象の頭のかたちをした、雪丘の上の方をあるいてゐました。こいつらは人の眼には見えないのですが、一ぺん風に狂ひ出すと、台地のはづれの雪の上から、すぐぼやぼやの雪雲をふんで、空をかけまはりもするのです。
    「しゆ、あんまり行つていけないつたら。」雪狼のうしろから白熊しろくまの毛皮の三角帽子をあみだにかぶり、顔を苹果りんごのやうにかがやかしながら、雪童子ゆきわらすがゆつくり歩いて来ました。
    雪狼どもは頭をふつてくるりとまはり、またまつ赤な舌を吐いて走りました。
    「カシオピイア、
    もう水仙すゐせんが咲き出すぞ
    おまへのガラスの水車みづぐるま
    きつきとまはせ。」
    雪童子はまつ青なそらを見あげて見えない星に叫びました。その空からは青びかりが波になつてわくわくと降り、雪狼どもは、ずうつと遠くでほのほのやうに赤い舌をべろべろ吐いてゐます。
    「しゆ、戻れつたら、しゆ、」雪童子がはねあがるやうにしてしかりましたら、いままで雪にくつきり落ちてゐた雪童子の影法師は、ぎらつと白いひかりに変り、狼どもは耳をたてて一さんに戻つてきました。
    「アンドロメダ、
    あぜみの花がもう咲くぞ、
    おまへのラムプのアルコホル、
    しゆうしゆと噴かせ。」
    雪童子ゆきわらすは、風のやうに象の形の丘にのぼりました。雪には風で介殻かひがらのやうなかたがつき、その頂には、一本の大きなくりの木が、美しい黄金きんいろのやどりぎのまりをつけて立つてゐました。

  • 宮沢賢治「耕耘部の時計」喜多川拓郎朗読

    12.88
    Oct 26, 2017

    耕耘部の時計

    宮沢賢治

    一、午前八時五分

    農場の耕耘部かううんぶの農夫室は、雪からの反射で白びかりがいっぱいでした。
    まん中の大きなかまからは湯気が盛んにたち、農夫たちはもう食事もすんで、脚絆きゃはんを巻いたり藁沓わらぐつをはいたり、はたらきに出る支度をしてゐました。
    にはかに戸があいて、赤い毛布けっとでこさへたシャツを着た若い血色のいゝ男がはひって来ました。
    みんなは一ぺんにそっちを見ました。
    その男は、黄いろなゴムの長靴ながぐつをはいて、脚をきちんとそろへて、まっすぐに立ってひました。
    「農夫長の宮野目さんはどなたですか。」
    「おれだ。」
    かゞんで炉に靴下を乾かしてゐたせいの低い犬の毛皮を着た農夫が、腰をのばして立ちあがりました。
    「何か用かい。」
    「私は、今事務所から、こちらで働らけと云はれてやって参りました。」
    農夫長はうなづきました。
    「さうか。丁度いゝ所だった。昨夜はどこへ泊った。」
    「事務所へ泊りました。」
    「さうか。丁度よかった。この人について行ってれ。玉蜀黍きみの脱穀をしてるんだ。機械は八時半から動くからな。今からすぐ行くんだ。」農夫長は隣りで脚絆を巻いてゐる顔のまっ赤な農夫を指しました。
    「承知しました。」
    みんなはそれっきり黙って仕度しました。赤シャツはみんなの仕度する間、入口にまっすぐに立って、へやの中を見まはしてゐましたが、ふと室の正面にかけてある円い柱時計を見あげました。
    その盤面ダイアルは青じろくて、ツルツル光って、いかにも舶来の上等らしく、どこでも見たことのないやうなものでした。
    赤シャツは右腕をあげて自分の腕時計を見て何気なく低くつぶやきました。
    「あいつは十五分進んでゐるな。」それから腕時計の竜頭りゅうづを引っぱって針を直さうとしました。そしたらさっきから仕度ができてめづらしさうにこの新らしい農夫の近くに立ってそのやうすを見てゐた子供の百姓が俄かにくすりと笑ひました。
    するとどう云ふわけかみんなもどっと笑ったのです。一斉にその青じろい美しい時計の盤面ダイアルを見あげながら。
    赤シャツはすっかりどきまぎしてしまひました。そしてきまりの悪いのを軽く足ぶみなどをしてごまかしながらみんなの仕度のできるのを待ってゐました。

    二、午前十二時

    る、る、る、る、る、る、る、る、る、る、る。
    脱穀器は小屋やそこら中の雪、それからすきとほったつめたい空気をふるはせてまはりつゞけました。
    小屋の天井にのぼった人たちは、器械の上の方からどんどん乾いた玉蜀黍たうもろこしをはふり込みました。
    それはたちまち器械の中で、きれいな黄色の穀粒と白い細長いしんとにわかれて、器械の両側に落ちて来るのでした。今朝来たばかりの赤シャツの農夫は、シャベルで落ちて来る穀粒をしゃくって向ふに投げ出してゐました。それはもう黄いろの小山を作ってゐたのです。二人の農夫は次から次とせはしく落ちて来る芯を集めて、小屋のうしろの汽罐室きくゎんしつに運びました。
    ほこりはいっぱいに立ち、ひるちかくの日光は四つの窓から四本の青い棒になって小屋の中に落ちました。赤シャツの農夫はすっかりちりにまみれ、しきりに汗をふきました。
    にはかにピタッとたうもろこしの粒の落ちて来るのがとまりました。それからもう四粒ばかりぽろぽろっところがって来たと思ふとあとは器械ばかりまるで今までとちがった楽なやうな音をたてながらまはりつゞけました。
    「無くなったな。」赤シャツの農夫はつぶやいて、も一度シャツのそででひたひをぬぐひ、胸をはだけて脱穀小屋の戸口に立ちました。
    「これで午だ。」天井でも叫んでゐます。
    る、る、る、る、る、る、る、る、る、る。
    器械はやっぱり凍ったはたけや牧草地の雪をふるはせてまはってゐます。
    脱穀小屋のひさしの下に、貯蔵庫から玉蜀黍のそりをいて来た二ひきの馬が、首を垂れてだまって立って居ました。
    赤シャツの農夫は馬に近よってくびを平手でたたかうとしました。
    その時、向ふの農夫室のうしろの雪の高みの上に立てられた高い柱の上の小さな鐘が、前後にゆれ出し音はカランカランカランカランとうつくしく雪を渡って来ました。今までじっと立ってゐた馬は、この時一緒に頸をあげ、いかにもきれいに歩調を踏んで、うまやの方へ歩き出し、からのそりはひとりでに馬について雪を滑って行きました。赤シャツの農夫はすこしわらってそれを見送ってゐましたが、ふと思ひ出したやうに右手をあげて自分の腕時計を見ました。そして不思議さうに、
    「今度は合ってゐるな。」とつぶやきました。

    三、午后零時五十分

    ひるの食事が済んでから、みんなは農夫室の火を囲んでしばらくやすんで居ました。炭火はチラチラ青いほのほを出し、窓ガラスからはうるんだ白い雲が、額もかっと痛いやうなまっ青なそらをあてなく流れて行くのが見えました。
    「お前、郷里くにはどこだ。」農夫長は石炭函せきたんばこにこしかけて両手を火にあぶりながら今朝来た赤シャツにたづねました。
    「福島です。」
    「前はどこに居たね。」
    六原ろくはらりました。」
    「どうして向ふをやめたんだい。」
    「一ペん郷国くにへ帰りましてね、あすこも陰気でいやだから今度はこっちへ来たんです。」
    「さうかい。六原に居たんぢゃ馬は使へるだらうな。」
    「使へます。」
    「いつまでこっちに居る積りだい。」
    「ずっと居ますよ。」
    「さうか。」農夫長はだまってしまひました。
    一人の農夫が兵隊の古外套ふるぐゎいたうをぬぎながら入って来ました。
    「場長は帰ってゐるかい。」
    「まだ帰らないよ。」
    「さうか。」
    時計ががちっと鳴りました。あの蒼白あをじろいつるつるの瀬戸でできてゐるらしい立派な盤面ダイアルの時計です。
    「さあぢき一時だ、みんな仕事に行って呉れ。」農夫長が云ひました。
    赤シャツの農夫はまたこっそりと自分の腕時計を見ました。
    たしかに腕時計は一時五分前なのにその大きな時計は一時二十分前でした。農夫長はぢき一時だと云ひ、時計もたしかにがちっと鳴り、それに針は二十分前、今朝は進んでさっきは合ひ、今度は十五分おくれてゐる、赤シャツはぼんやりダイアルを見てゐました。
    にはかにたれかがクスクス笑ひました。みんなは続いてどっと笑ひました。すっかり今朝の通りです。赤シャツの農夫はきまり悪さうに、急いで戸をあけて脱穀小屋の方へ行きました。あとではまだみんなの気のよささうな笑ひ声にまじって、
    「あいつは仲々気取ってるな。」
    「時計ばかり苦にしてるよ。」といふやうな声が聞えました。

    四、

    日暮れからすっかり雪になりました。
    外ではちらちらちらちら雪が降ってゐます。
    農夫室には電燈が明るくき、火はまっ赤におこりました。
    赤シャツの農夫は炉のそばの土間に燕麦オートわらを一束敷いて、その上に足を投げ出して座り、小さな手帳に何か書き込んでゐました。
    みんなは本部へ行ったり、停車場まで酒をみに行ったりして、へやにはたゞ四人だけでした。
    (一月十日、玉蜀黍きみ脱穀)と赤シャツは手帳に書きました。
    「今夜積るぞ。」
    「一尺は積るな。」
    帝釈たいしゃくの湯で、くま又捕れたってな。」
    「さうか。今年は二疋目だな。」
    その時です。あの蒼白い美しい柱時計がガンガンガンガン六時を打ちました。
    わらの上の若い農夫はぎょっとしました。そして急いで自分の腕時計を調べて、それからまるで食ひ込むやうに向ふの怪しい時計を見つめました。腕時計も六時、柱時計の音も六時なのにその針は五時四十五分です。今度はおくれたのです。さっき仕事を終って帰ったときは十分進んでゐました。さあ、今だ。赤シャツの農夫はだまって針をにらみつけました。二人の炉ばたの百姓たちは、それを見て又面白さうに笑ったのです。
    さあ、その時です。いままで五時五十分を指してゐた長い針がにはかにいなづまのやうに飛んで、一ぺんに六時十五分の所まで来てぴたっととまりました。
    「何だ、この時計、針のねぢが緩んでるんだ。」
    赤シャツの農夫は大声で叫んで立ちあがりました。みんなもも一度わらひました。
    赤シャツの農夫は、窓ぶちにのぼって、時計のふたをひらき、針をがたがた動かして見てから、盤に書いてある小さな字を読みました。
    「この時計、上等だな。巴里パリ製だ。針がゆるんだんだ。」
    農夫は針の上のねぢをまはしました。
    「修繕したのか。うな、時計屋に居たな。」炉のそばの年老としとった農夫が云ひました。若い農夫は、も一度自分の腕時計に柱時計の針を合せて、安心したやうに蓋をしめ、ぴょんと土間にはね降りました。
    外では雪がこんこんこんこん降り、酒呑みに出掛けた人たちも、停車場まで行くのはやめたらうと思はれたのです。

  • 宮沢賢治「或る農学生の日誌」喜多川拓郎朗読

    40.62
    Oct 23, 2017

    或る農学生の日誌

    宮沢賢治

    ぼくはのう学校の三年生になったときから今日まで三年の間のぼくの日誌にっし公開こうかいする。どうせぼくは字も文章ぶんしょう下手へただ。ぼくと同じように本気に仕事しごとにかかった人でなかったらこんなものじついや面白おもしろくもないものにちがいない。いまぼくが読みかえしてみてさえ実に意気地いくじなく野蛮やばんなような気のするところがたくさんあるのだ。ちょうど小学校の読本の村のことを書いたところのようにじつにうそらしくてわざとらしくていやなところがあるのだ。けれどもぼくのはほんとうだから仕方しかたない。ぼくらは空想くうそうでならどんなことでもすることができる。けれどもほんとうの仕事はみんなこんなにじみなのだ。そしてその仕事をまじめにしているともう考えることも考えることもみんなじみな、そうだ、じみというよりはやぼな所謂いわゆる田舎臭いなかくさいものにかわってしまう。
    ぼくはひがんでうのでない。けれどもぼくが父とふたりでいろいろな仕事のことを云いながらはたらいているところを読んだら、ぼくをけいべつする人がきっと沢山たくさんあるだろう。そんなやつをぼくはたたきつけてやりたい。ぼくは人を軽べつするかそうでなければねたむことしかできないやつらはいちばん卑怯ひきょうなものだと思う。ぼくのようにはたらいている仲間なかまよ、仲間よ、ぼくたちはこんな卑怯さを世界せかいからくしてしまおうでないか

  • 宮沢賢治「或る農学生の日誌」喜多川拓郎朗読

    40.62
    Oct 23, 2017

  • 海野十三「成層圏飛行と私のメモ」田中智之朗読

    8.47
    Sep 18, 2017

    成層圏飛行と私のメモ

    海野十三

    成層圏飛行について、なにか書けという注文である。
    素人しろうとの私に、なにが書けるわけのものでない。が、素人をむき出しにして、専門家のいわないことをのべてみるのも、一興いっきょうであろうと思い、ペンをとりあげた。
    一体、成層圏とは、どんな高さの空で、そこではどんなことが特徴になっているのか、これは素人のわれわれが一番初めに知りたいところである。これについては、何べんか調べて、そのときは憶えているくせに、間もなく忘れてしまう。身につかないことは、仕方のないものである。
    私の調べによって、素人の一等知りたいところをべると、成層圏の高さは、まず海面から測って、十キロメートル以上五十五キロ以下の空中をいうのである。この成層圏の性質は、もちろん、空気は稀薄きはくであり、水蒸気は殆どなく、温度も摂氏せっしの氷点下五十何度という寒冷さにおかれ高層にのぼるほど多少温度が上昇する傾向がある。それから高気圧も低気圧もあらわれず、風はいつもしずかに一定方向に吹いていると云う。
    下から成層圏へのぼっていくと、白昼はくちゅうでもまず十キロのあたりでは、空が暗青色あんせいしょくとなり、それからだんだん暗さを増して、暗紫色となり、二十キロをえるころには黒紫色となり、それ以上は黒灰色になって、われわれが普段見ている晴れた夜空と同じようになる。
    以上が、成層圏についての私の常識である。
    さてこの成層圏を飛行することであるが、なぜこんな高いところをとぶかというと、それは空気の抵抗がすくないため、相当のスピードが経済的に出せるところを狙ったものである。また、低空では、とても出せないようなスピードも、成層圏では比較的楽に出せる。
    そういうわけで、遠距離へとぶときには、一旦いったん成層圏へとびあがって、そこを飛行するのが時間的にも燃料消費の上にも経済である。
    そういうわけなら、大いに成層圏飛行が行われてもいい筈であるが、これがまだあまり行われていないのは、どういうわけであるか。その答は、きわめて簡単である。成層圏飛行は目下研究中に属していて、われわれの目にふれるところまでに発達していない。
    今日各国は、それぞれ秘密裡ひみつりに、この成層圏飛行の研究をすすめているが、ドイツとアメリカが最もさかんのようであり、ソ連でも中々やっているようである。が、われわれの目にふれるものは、成層圏よりも幾分低いところを飛ぶ亜成層圏飛行であるらしい。その高度は六千メートル附近であるらしいから、もう四千メートルぐらい上に、成層圏があるわけである。
    このような亜成層圏飛行でも、やはり右にのべた恩沢おんたくはある程度あるらしい。そこでは、いつも西風が吹いているという。そして、この亜成層圏でも、空中に酸素が少いから、呼吸がかなり困難であり、また前にのべたように、摂氏の氷点下五十何度とか、ところによると八十何度のところもあるので、この寒さにもたねばならず、それぞれ特別の用意が必要となる。
    酸素問題は、酸素のボンベをもっていって、いよいよ苦しくなったら、せんをひらき、酸素をゴムかんで出し、それを口にくわえるとか鼻にあてるとかする。しかしもっといいのは、搭乗者の座席を、空気のれない、いわゆる気密室にして置き、ちょうど潜航中の潜水艦内に於けると同じような空気清浄装置や酸素放出器などをそなえることだ。気密室にすることは、本当の成層圏飛行となれば、いよいよ必要のものであるから、亜成層圏飛行にもつけておくのがいいことは分っているが、ただ問題は、気密にするのはいいが、そのためにいろいろの器械を持ちこまなければならないので、飛行機がだんだん複雑大仕掛のものとなる。
    寒さをしのぐ方は、軍用機その他でも既にやっていることだから、さまでむつかしい問題ではない。しかし、短時間の戦闘や偵察のときとはちがい、遠距離へ飛ぶこととなれば、長時間寒冷の中を行くこととて、保温装置も大仕掛にしておく必要がある。
    さて、話の方向をかえ、成層圏飛行の研究はなぜ大切かという問題であるが、これはまず第一に、前にも述べたように、遠距離飛行には、成層圏を飛ぶのがいいことは、よく分る。太平洋を越えるのに、今日ではいくら早く飛行艇で行っても、二日とか三日とかかかるが、これを理想的に完成された成層圏機でもって成層圏飛行をすると、一、二時間でいけるというような時代が来るのではあるまいか。いや、この時間は、もっと短縮できるかもしれない。
    しかし、成層圏飛行の研究の目標は、やがてわれわれ人類が、はるかに月に飛行し、火星に飛行するための前提ぜんていとして、宇宙飛行の技術を完成することにあるのだと云ってよろしいと思う。別言すると、成層圏飛行は、やがて宇宙飛行にまで発展するであろう。そしてわれわれ人類は、既に宇宙飛行の技術習得に手をめたのだとも云えると思う。そしてこれと並行して、新動力の研究が完成すると、われわれ人類は、どんどん宇宙飛行に出かけるであろう。そういう時代になったら、火星と地球との間を、一週間で往復することが出来るかもしれないし、それとともに、大宇宙にむ他の高等生物とめぐり合って、奇妙な交際が始まるかもしれない。そういう未来を考えると、われわれは、飛行技術といわず、あらゆる科学について、どんなに馬力ばりきをかけ金をかけて研究を急いでも、決して早すぎる、やりすぎる、ということはないのである。
    次に話は、また現在に逆もどりするが、飛行機の無電操縦が既に可能なる今日、多数の爆弾を抱いて無人の成層圏機の大群たいぐんを無電操縦で敵国てきこくめがけて飛ばし、無人であるがゆえに、勇猛果敢ゆうもうかかん(?)なる自爆的じばくてき爆撃をやらせることも可能ではないかと思う。それが出来るなら、空襲警報も間に合わないほどの急襲きゅうしゅうをやることが出来、殊に雨夜の空襲をかけると、敵の防空隊の照空灯も届かず、聴音機も間に合わず、従って高射砲で狙い撃つ方法もなく、大いに戦果をあげることが出来ようと思う。が、これも例の素人考えである。

  • 宮沢賢治「谷」喜多川拓郎 朗読

    17.63
    Sep 15, 2017

    宮沢賢治

    楢渡ならわたりのとこのがけはまっ赤でした。
    それにひどく深くて急でしたからのぞいて見ると全くくるくるするのでした。
    谷底には水もなんにもなくてたゞ青いこずゑ白樺しらかばなどの幹が短く見えるだけでした。
    向ふ側もやっぱりこっち側と同じやうでその毒々しく赤い崖には横に五本の灰いろの太い線が入ってゐました。ぎざぎざになって赤い土からみ出してゐたのです。それは昔山の方から流れて走って来て又火山灰にうづもれた五層の古い熔岩流ようがんりうだったのです。
    崖のこっち側と向ふ側と昔は続いてゐたのでせうがいつかの時代に裂けるかれるかしたのでせう。霧のあるときは谷の底はまっ白でなんにも見えませんでした。
    私がはじめてそこへ行ったのはたしか尋常三年生か四年生のころです。ずうっと下の方の野原でたった一人野葡萄のぶだうを喰べてゐましたら馬番の理助が欝金うこんの切れを首に巻いて木炭すみの空俵をしょって大股おほまたに通りかかったのでした。そして私を見てずゐぶんな高声で言ったのです。
    「おいおい、どこからこぼれて此処ここらへ落ちた? さらはれるぞ。きのこのうんと出来る処へ連れてってやらうか。お前なんかには持てない位蕈のある処へ連れてってやらうか。」
    私は「うん。」とひました。すると理助は歩きながら又言ひました。
    「そんならついて来い。葡萄などもうてちまへ。すっかりくちびるも歯も紫になってる。早くついて来い、来い。おくれたら棄てて行くぞ。」
    私はすぐ手にもった野葡萄の房を棄ていっしんに理助について行きました。ところが理助は連れてってやらうかと云っても一向私などは構はなかったのです。自分だけ勝手にあるいて途方もない声で空に噛ぶりつくやうに歌って行きました。私はもうほんたうに一生けんめいついて行ったのです。
    私どもはかしはの林の中に入りました。
    影がちらちらちらちらして葉はうつくしく光りました。曲った黒い幹の間を私どもはだんだんくぐって行きました。林の中に入ったら理助もあんまり急がないやうになりました。又じっさい急げないやうでした。傾斜もよほど出てきたのでした。
    十五分も柏の中を潜ったとき理助は少し横の方へまがってからだをかゞめてそこらをしらべてゐましたが間もなく立ちどまりました。そしてまるで低い声で、
    「さあ来たぞ。すきな位とれ。左の方へは行くなよ。崖だから。」
    そこは柏や楢の林の中の小さな空地でした。私はまるでぞくぞくしました。はぎぼだしがそこにもこゝにも盛りになって生えてゐるのです。理助は炭俵をおろしてもっともらしく口をふくらせてふうと息をついてから又言ひました。
    「いゝか。はぎぼだしには茶いろのと白いのとあるけれど白いのは硬くて筋が多くてだめだよ。茶いろのをとれ。」
    「もうとってもいゝか。」私はききました。
    「うん。何へ入れてく。さうだ。羽織へ包んで行け。」
    「うん。」私は羽織をぬいで草に敷きました。
    理助はもう片っぱしからとって炭俵の中へ入れました。私もとりました。ところが理助のとるのはみんな白いのです。白いのばかりえらんでどしどし炭俵の中へ投げ込んでゐるのです。私はそこでしばらくあきれて見てゐました。
    「何をぼんやりしてるんだ。早くとれとれ。」理助が云ひました。
    「うん。けれどお前はなぜ白いのばかりとるの。」私がききました。
    「おれのは漬物つけものだよ。お前のうちぢゃきのこの漬物なんか喰べないだらうから茶いろのを持って行った方がいゝやな。煮て食ふんだらうから。」
    私はなるほどと思ひましたので少し理助を気の毒なやうな気もしながら茶いろのをたくさんとりました。羽織に包まれないやうになってもまだとりました。
    日がてって秋でもなかなか暑いのでした。
    間もなく蕈も大ていなくなり理助は炭俵一ぱいに詰めたのをゆるく両手で押すやうにしてそれから羊歯しだの葉を五六枚のせてなはで上をからげました。
    「さあ戻るぞ。谷を見て来るかな。」理助は汗をふきながら右の方へ行きました。私もついて行きました。しばらくすると理助はぴたっととまりました。それから私をふり向いて私の腕を押へてしまひました。
    「さあ、見ろ、どうだ。」
    私は向ふを見ました。あのまっ赤な火のやうながけだったのです。私はまるで頭がしいんとなるやうに思ひました。そんなにその崖が恐ろしく見えたのです。
    「下の方ものぞかしてやらうか。」理助は云ひながらそろそろと私を崖のはじにつき出しました。私はちらっと下を見ましたがもうくるくるしてしまひました。
    「どうだ。こはいだらう。ひとりで来ちゃきっとこゝへ落ちるから来年でもいつでもひとりで来ちゃいけないぞ。ひとりで来たら承知しないぞ。第一みちがわかるまい。」
    理助は私の腕をはなして大へん意地の悪い顔つきになってう云ひました。
    「うん、わからない。」私はぼんやり答へました。
    すると理助は笑って戻りました。
    それから青ぞらを向いて高く歌をどなりました。
    さっきの蕈を置いた処へ来ると理助はどっかり足を投げ出して座って炭俵をしょひました。それから胸で両方からなはを結んで言ひました。
    「おい、起してれ。」
    私はもうふところへ一杯にきのこをつめ羽織を風呂敷包みのやうにして持って待ってゐましたがう言はれたので仕方なく包みを置いてうしろから理助の俵を押してやりました。理助は起きあがってうれしさうに笑って野原の方へ下りはじめました。私も包みを持ってうれしくて何べんも「ホウ。」と叫びました。
    そして私たちは野原でわかれて私は大威張おほゐばりで家に帰ったのです。すると兄さんが豆をたたいてゐましたが笑って言ひました。
    「どうしてこんな古いきのこばかり取って来たんだ。」
    「理助がだって茶いろのがいゝって云ったもの。」
    「理助かい。あいつはずるさ。もうはぎぼだしも過ぎるな。おれもあしたでかけるかな。」
    私も又ついて行きたいと思ったのでしたが次の日は月曜ですから仕方なかったのです。
    そしてその年は冬になりました。
    次の春理助は北海道の牧場へ行ってしまひました。そして見るとあすこのきのこはほかにたれかに理助が教へて行ったかも知れませんがまあ私のものだったのです。私はそれを兄にもはなしませんでした。今年こそ白いのをうんととって来て手柄を立ててやらうと思ったのです。
    そのうち九月になりました。私ははじめたった一人で行かうと思ったのでしたがどうも野原から大分奥でこはかったのですし第一どの辺だったかあまりはっきりしませんでしたから誰か友だちを誘はうときめました。
    そこで土曜日に私は藤原慶次郎にその話をしました。そして誰にもその場所をはなさないなら一緒に行かうと相談しました。すると慶次郎はまるでよろこんで言ひました。
    楢渡ならわたりなら方向はちゃんとわかってゐるよ。あすこでしばらく木炭すみを焼いてゐたのだから方角はちゃんとわかってゐる。行かう。」
    私はもう占めたと思ひました。
    次の朝早く私どもは今度は大きなかごを持ってでかけたのです。実際それを一ぱいとることを考へると胸がどかどかするのでした。
    ところがその日は朝も東がまっ赤でどうも雨になりさうでしたが私たちがかしはの林に入ったころはずゐぶん雲がひくくてそれにぎらぎら光って柏の葉も暗く見え風もカサカサ云って大へん気味が悪くなりました。
    それでも私たちはずんずん登って行きました。慶次郎は時々向ふをすかすやうに見て
    「大丈夫だよ。もうすぐだよ。」と云ふのでした。実際山を歩くことなどは私よりも慶次郎の方がずうっとなれてゐて上手でした。
    ところがうまいことはいきなり私どもははぎぼだしにはしました。そこはたしかに去年の処ではなかったのです。ですから私は
    「おい、こゝは新らしいところだよ。もう僕らはきのこ山を二つ持ったよ。」と言ったのです。すると慶次郎も顔を赤くしてよろこんでや鼻や一緒になってどうしてもそれが直らないといふ風でした。
    「さあ、取ってかう。」私は云ひました。そして白いのばかりえらんで二人ともせっせと集めました。昨年のことなどはすっかり途中で話して来たのです。
    間もなくかごが一ぱいになりました。丁度そのときさっきからどうしても降りさうに見えた空から雨つぶがポツリポツリとやって来ました。
    「さあぬれるよ。」私は言ひました。
    「どうせずぶぬれだ。」慶次郎も云ひました。
    雨つぶはだんだん数が増して来てまもなくザアッとやって来ました。ならの葉はパチパチ鳴りしづくの音もポタッポタッと聞えて来たのです。私と慶次郎とはだまって立ってぬれました。それでもうれしかったのです。
    ところが雨はまもなくぱたっとやみました。五六つぶを名残なごりに落してすばやく引きあげて行ったといふ風でした。そしてがさっと落ちて来ました。見上げますと白い雲のきれ間から大きな光る太陽が走って出てゐたのです。私どもは思はず歓呼の声をあげました。楢やかしはの葉もきらきら光ったのです。
    「おい、こゝはどの辺だか見て置かないと今度来るときわからないよ。」慶次郎が言ひました。
    「うん。それから去年のもさがして置かないと。兄さんにでも来てもらはうか。あしたは来れないし。」
    「あした学校を下ってからでもいゝぢゃないか。」慶次郎は私の兄さんには知らせたくない風でした。
    「帰りに暗くなるよ。」
    「大丈夫さ。とにかくさがして置かう。がけはぢきだらうか。」
    私たちは籠はそこへ置いたまま崖の方へ歩いて行きました。そしたらまだまだと思ってゐた崖がもうすぐ目の前に出ましたので私はぎくっとして手をひろげて慶次郎の来るのをとめました。
    「もう崖だよ。あぶない。」
    慶次郎ははじめて崖を見たらしくいかにもどきっとしたらしくしばらくなんにも云ひませんでした。
    「おい、やっぱり、すると、あすこは去年のところだよ。」私は言ひました。
    「うん。」慶次郎は少しつまらないといふやうにうなづきました。
    「もう帰らうか。」私は云ひました。
    「帰らう。あばよ。」と慶次郎は高く向ふのまっ赤な崖に叫びました。
    「あばよ。」がけからこだまが返って来ました。
    私はにはかに面白くなって力一ぱい叫びました。
    「ホウ、居たかぁ。」
    「居たかぁ。」崖がこだまを返しました。
    「また来るよ。」慶次郎が叫びました。
    「来るよ。」崖が答へました。
    馬鹿ばか。」私が少し大胆になって悪口をしました。
    「馬鹿。」崖も悪口を返しました。
    「馬鹿野郎」慶次郎が少し低く叫びました。
    ところがその返事はたゞごそごそごそっとつぶやくやうに聞えました。どうも手がつけられないと云ったやうにも又そんなやつらにいつまでも返事してゐられないなと自分ら同志で相談したやうにも聞えました。
    私どもは顔を見合せました。それからにはかにこはくなって一緒に崖をはなれました。
    それからかごを持ってどんどん下りました。二人ともだまってどんどん下りました。しづくですっかりぬればらや何かに引っかゝれながらなんにも云はずに私どもはどんどんどんどんげました。遁げれば遁げるほどいよいよ恐くなったのです。うしろでハッハッハと笑ふやうな声もしたのです。
    ですから次の年はたうとう私たちは兄さんにも話して一緒にでかけたのです。

  • 宮沢賢治 烏の北斗七星 喜多川拓郎朗読

    19.88 Aug 21, 2017

    烏の北斗七星

    宮沢賢治

    つめたいいぢの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだかわからないやうになりました。
    からすの義勇艦隊は、その雲にしつけられて、しかたなくちよつとの間、亜鉛とたんの板をひろげたやうな雪の田圃たんぼのうへに横にならんで仮泊といふことをやりました。
    どのふねもすこしも動きません。
    まつ黒くなめらかな烏の大尉、若い艦隊長もしやんと立つたまゝうごきません。
    からすの大監督はなほさらうごきもゆらぎもいたしません。からすの大監督は、もうずゐぶんの年老としよりです。眼が灰いろになつてしまつてゐますし、くとまるで悪い人形のやうにギイギイひます。
    それですから、烏の年齢としを見分ける法を知らない一人の子供が、いつかう云つたのでした。
    「おい、この町には咽喉のどのこはれた烏が二ひきゐるんだよ。おい。」
    これはたしかに間違ひで、一疋しかをりませんでしたし、それも決してのどが壊れたのではなく、あんまり永い間、空で号令したために、すつかり声がびたのです。それですから烏の義勇艦隊は、その声をあらゆる音の中で一等だと思つてゐました。
    雪のうへに、仮泊といふことをやつてゐる烏の艦隊は、石ころのやうです。胡麻ごまつぶのやうです。また望遠鏡でよくみると、大きなのや小さなのがあつて馬鈴薯ばれいしよのやうです。
    しかしだんだん夕方になりました。
    雲がやつと少し上の方にのぼりましたので、とにかく烏の飛ぶくらゐのすき間ができました。
    そこで大監督が息を切らして号令を掛けます。
    「演習はじめいおいつ、出発」
    艦隊長烏の大尉が、まつさきにぱつと雪をたたきつけて飛びあがりました。烏の大尉の部下が十八隻、順々に飛びあがつて大尉に続いてきちんと間隔をとつて進みました。
    それから戦闘艦隊が三十二隻、次々に出発し、その次に大監督の大艦長が厳かに舞ひあがりました。
    そのときはもうまつ先の烏の大尉は、四へんほど空で螺旋うづを巻いてしまつて雲の鼻つ端まで行つて、そこからこんどはまつぐに向ふのもりに進むところでした。
    二十九隻の巡洋艦、二十五隻の砲艦が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまひの二隻は、いつしよに出発しました。こゝらがどうも烏の軍隊の不規律なところです。
    烏の大尉は、杜のすぐ近くまで行つて、左に曲がりました。
    そのとき烏の大監督が、「大砲撃てつ。」と号令しました。
    艦隊は一斉に、があがあがあがあ、大砲をうちました。
    大砲をうつとき、片脚をぷんとうしろへ挙げるふねは、この前のニダナトラの戦役での負傷兵で、音がまだ脚の神経にひびくのです。

  • 宮沢賢治「貝の火」喜多川拓郎朗読