宮沢賢治

  • 海野十三「成層圏飛行と私のメモ」田中智之朗読

    8.47
    Sep 18, 2017

    成層圏飛行と私のメモ

    海野十三

    成層圏飛行について、なにか書けという注文である。
    素人しろうとの私に、なにが書けるわけのものでない。が、素人をむき出しにして、専門家のいわないことをのべてみるのも、一興いっきょうであろうと思い、ペンをとりあげた。
    一体、成層圏とは、どんな高さの空で、そこではどんなことが特徴になっているのか、これは素人のわれわれが一番初めに知りたいところである。これについては、何べんか調べて、そのときは憶えているくせに、間もなく忘れてしまう。身につかないことは、仕方のないものである。
    私の調べによって、素人の一等知りたいところをべると、成層圏の高さは、まず海面から測って、十キロメートル以上五十五キロ以下の空中をいうのである。この成層圏の性質は、もちろん、空気は稀薄きはくであり、水蒸気は殆どなく、温度も摂氏せっしの氷点下五十何度という寒冷さにおかれ高層にのぼるほど多少温度が上昇する傾向がある。それから高気圧も低気圧もあらわれず、風はいつもしずかに一定方向に吹いていると云う。
    下から成層圏へのぼっていくと、白昼はくちゅうでもまず十キロのあたりでは、空が暗青色あんせいしょくとなり、それからだんだん暗さを増して、暗紫色となり、二十キロをえるころには黒紫色となり、それ以上は黒灰色になって、われわれが普段見ている晴れた夜空と同じようになる。
    以上が、成層圏についての私の常識である。
    さてこの成層圏を飛行することであるが、なぜこんな高いところをとぶかというと、それは空気の抵抗がすくないため、相当のスピードが経済的に出せるところを狙ったものである。また、低空では、とても出せないようなスピードも、成層圏では比較的楽に出せる。
    そういうわけで、遠距離へとぶときには、一旦いったん成層圏へとびあがって、そこを飛行するのが時間的にも燃料消費の上にも経済である。
    そういうわけなら、大いに成層圏飛行が行われてもいい筈であるが、これがまだあまり行われていないのは、どういうわけであるか。その答は、きわめて簡単である。成層圏飛行は目下研究中に属していて、われわれの目にふれるところまでに発達していない。
    今日各国は、それぞれ秘密裡ひみつりに、この成層圏飛行の研究をすすめているが、ドイツとアメリカが最もさかんのようであり、ソ連でも中々やっているようである。が、われわれの目にふれるものは、成層圏よりも幾分低いところを飛ぶ亜成層圏飛行であるらしい。その高度は六千メートル附近であるらしいから、もう四千メートルぐらい上に、成層圏があるわけである。
    このような亜成層圏飛行でも、やはり右にのべた恩沢おんたくはある程度あるらしい。そこでは、いつも西風が吹いているという。そして、この亜成層圏でも、空中に酸素が少いから、呼吸がかなり困難であり、また前にのべたように、摂氏の氷点下五十何度とか、ところによると八十何度のところもあるので、この寒さにもたねばならず、それぞれ特別の用意が必要となる。
    酸素問題は、酸素のボンベをもっていって、いよいよ苦しくなったら、せんをひらき、酸素をゴムかんで出し、それを口にくわえるとか鼻にあてるとかする。しかしもっといいのは、搭乗者の座席を、空気のれない、いわゆる気密室にして置き、ちょうど潜航中の潜水艦内に於けると同じような空気清浄装置や酸素放出器などをそなえることだ。気密室にすることは、本当の成層圏飛行となれば、いよいよ必要のものであるから、亜成層圏飛行にもつけておくのがいいことは分っているが、ただ問題は、気密にするのはいいが、そのためにいろいろの器械を持ちこまなければならないので、飛行機がだんだん複雑大仕掛のものとなる。
    寒さをしのぐ方は、軍用機その他でも既にやっていることだから、さまでむつかしい問題ではない。しかし、短時間の戦闘や偵察のときとはちがい、遠距離へ飛ぶこととなれば、長時間寒冷の中を行くこととて、保温装置も大仕掛にしておく必要がある。
    さて、話の方向をかえ、成層圏飛行の研究はなぜ大切かという問題であるが、これはまず第一に、前にも述べたように、遠距離飛行には、成層圏を飛ぶのがいいことは、よく分る。太平洋を越えるのに、今日ではいくら早く飛行艇で行っても、二日とか三日とかかかるが、これを理想的に完成された成層圏機でもって成層圏飛行をすると、一、二時間でいけるというような時代が来るのではあるまいか。いや、この時間は、もっと短縮できるかもしれない。
    しかし、成層圏飛行の研究の目標は、やがてわれわれ人類が、はるかに月に飛行し、火星に飛行するための前提ぜんていとして、宇宙飛行の技術を完成することにあるのだと云ってよろしいと思う。別言すると、成層圏飛行は、やがて宇宙飛行にまで発展するであろう。そしてわれわれ人類は、既に宇宙飛行の技術習得に手をめたのだとも云えると思う。そしてこれと並行して、新動力の研究が完成すると、われわれ人類は、どんどん宇宙飛行に出かけるであろう。そういう時代になったら、火星と地球との間を、一週間で往復することが出来るかもしれないし、それとともに、大宇宙にむ他の高等生物とめぐり合って、奇妙な交際が始まるかもしれない。そういう未来を考えると、われわれは、飛行技術といわず、あらゆる科学について、どんなに馬力ばりきをかけ金をかけて研究を急いでも、決して早すぎる、やりすぎる、ということはないのである。
    次に話は、また現在に逆もどりするが、飛行機の無電操縦が既に可能なる今日、多数の爆弾を抱いて無人の成層圏機の大群たいぐんを無電操縦で敵国てきこくめがけて飛ばし、無人であるがゆえに、勇猛果敢ゆうもうかかん(?)なる自爆的じばくてき爆撃をやらせることも可能ではないかと思う。それが出来るなら、空襲警報も間に合わないほどの急襲きゅうしゅうをやることが出来、殊に雨夜の空襲をかけると、敵の防空隊の照空灯も届かず、聴音機も間に合わず、従って高射砲で狙い撃つ方法もなく、大いに戦果をあげることが出来ようと思う。が、これも例の素人考えである。

  • 宮沢賢治「谷」喜多川拓郎 朗読

    17.63
    Sep 15, 2017

    宮沢賢治

    楢渡ならわたりのとこのがけはまっ赤でした。
    それにひどく深くて急でしたからのぞいて見ると全くくるくるするのでした。
    谷底には水もなんにもなくてたゞ青いこずゑ白樺しらかばなどの幹が短く見えるだけでした。
    向ふ側もやっぱりこっち側と同じやうでその毒々しく赤い崖には横に五本の灰いろの太い線が入ってゐました。ぎざぎざになって赤い土からみ出してゐたのです。それは昔山の方から流れて走って来て又火山灰にうづもれた五層の古い熔岩流ようがんりうだったのです。
    崖のこっち側と向ふ側と昔は続いてゐたのでせうがいつかの時代に裂けるかれるかしたのでせう。霧のあるときは谷の底はまっ白でなんにも見えませんでした。
    私がはじめてそこへ行ったのはたしか尋常三年生か四年生のころです。ずうっと下の方の野原でたった一人野葡萄のぶだうを喰べてゐましたら馬番の理助が欝金うこんの切れを首に巻いて木炭すみの空俵をしょって大股おほまたに通りかかったのでした。そして私を見てずゐぶんな高声で言ったのです。
    「おいおい、どこからこぼれて此処ここらへ落ちた? さらはれるぞ。きのこのうんと出来る処へ連れてってやらうか。お前なんかには持てない位蕈のある処へ連れてってやらうか。」
    私は「うん。」とひました。すると理助は歩きながら又言ひました。
    「そんならついて来い。葡萄などもうてちまへ。すっかりくちびるも歯も紫になってる。早くついて来い、来い。おくれたら棄てて行くぞ。」
    私はすぐ手にもった野葡萄の房を棄ていっしんに理助について行きました。ところが理助は連れてってやらうかと云っても一向私などは構はなかったのです。自分だけ勝手にあるいて途方もない声で空に噛ぶりつくやうに歌って行きました。私はもうほんたうに一生けんめいついて行ったのです。
    私どもはかしはの林の中に入りました。
    影がちらちらちらちらして葉はうつくしく光りました。曲った黒い幹の間を私どもはだんだんくぐって行きました。林の中に入ったら理助もあんまり急がないやうになりました。又じっさい急げないやうでした。傾斜もよほど出てきたのでした。
    十五分も柏の中を潜ったとき理助は少し横の方へまがってからだをかゞめてそこらをしらべてゐましたが間もなく立ちどまりました。そしてまるで低い声で、
    「さあ来たぞ。すきな位とれ。左の方へは行くなよ。崖だから。」
    そこは柏や楢の林の中の小さな空地でした。私はまるでぞくぞくしました。はぎぼだしがそこにもこゝにも盛りになって生えてゐるのです。理助は炭俵をおろしてもっともらしく口をふくらせてふうと息をついてから又言ひました。
    「いゝか。はぎぼだしには茶いろのと白いのとあるけれど白いのは硬くて筋が多くてだめだよ。茶いろのをとれ。」
    「もうとってもいゝか。」私はききました。
    「うん。何へ入れてく。さうだ。羽織へ包んで行け。」
    「うん。」私は羽織をぬいで草に敷きました。
    理助はもう片っぱしからとって炭俵の中へ入れました。私もとりました。ところが理助のとるのはみんな白いのです。白いのばかりえらんでどしどし炭俵の中へ投げ込んでゐるのです。私はそこでしばらくあきれて見てゐました。
    「何をぼんやりしてるんだ。早くとれとれ。」理助が云ひました。
    「うん。けれどお前はなぜ白いのばかりとるの。」私がききました。
    「おれのは漬物つけものだよ。お前のうちぢゃきのこの漬物なんか喰べないだらうから茶いろのを持って行った方がいゝやな。煮て食ふんだらうから。」
    私はなるほどと思ひましたので少し理助を気の毒なやうな気もしながら茶いろのをたくさんとりました。羽織に包まれないやうになってもまだとりました。
    日がてって秋でもなかなか暑いのでした。
    間もなく蕈も大ていなくなり理助は炭俵一ぱいに詰めたのをゆるく両手で押すやうにしてそれから羊歯しだの葉を五六枚のせてなはで上をからげました。
    「さあ戻るぞ。谷を見て来るかな。」理助は汗をふきながら右の方へ行きました。私もついて行きました。しばらくすると理助はぴたっととまりました。それから私をふり向いて私の腕を押へてしまひました。
    「さあ、見ろ、どうだ。」
    私は向ふを見ました。あのまっ赤な火のやうながけだったのです。私はまるで頭がしいんとなるやうに思ひました。そんなにその崖が恐ろしく見えたのです。
    「下の方ものぞかしてやらうか。」理助は云ひながらそろそろと私を崖のはじにつき出しました。私はちらっと下を見ましたがもうくるくるしてしまひました。
    「どうだ。こはいだらう。ひとりで来ちゃきっとこゝへ落ちるから来年でもいつでもひとりで来ちゃいけないぞ。ひとりで来たら承知しないぞ。第一みちがわかるまい。」
    理助は私の腕をはなして大へん意地の悪い顔つきになってう云ひました。
    「うん、わからない。」私はぼんやり答へました。
    すると理助は笑って戻りました。
    それから青ぞらを向いて高く歌をどなりました。
    さっきの蕈を置いた処へ来ると理助はどっかり足を投げ出して座って炭俵をしょひました。それから胸で両方からなはを結んで言ひました。
    「おい、起してれ。」
    私はもうふところへ一杯にきのこをつめ羽織を風呂敷包みのやうにして持って待ってゐましたがう言はれたので仕方なく包みを置いてうしろから理助の俵を押してやりました。理助は起きあがってうれしさうに笑って野原の方へ下りはじめました。私も包みを持ってうれしくて何べんも「ホウ。」と叫びました。
    そして私たちは野原でわかれて私は大威張おほゐばりで家に帰ったのです。すると兄さんが豆をたたいてゐましたが笑って言ひました。
    「どうしてこんな古いきのこばかり取って来たんだ。」
    「理助がだって茶いろのがいゝって云ったもの。」
    「理助かい。あいつはずるさ。もうはぎぼだしも過ぎるな。おれもあしたでかけるかな。」
    私も又ついて行きたいと思ったのでしたが次の日は月曜ですから仕方なかったのです。
    そしてその年は冬になりました。
    次の春理助は北海道の牧場へ行ってしまひました。そして見るとあすこのきのこはほかにたれかに理助が教へて行ったかも知れませんがまあ私のものだったのです。私はそれを兄にもはなしませんでした。今年こそ白いのをうんととって来て手柄を立ててやらうと思ったのです。
    そのうち九月になりました。私ははじめたった一人で行かうと思ったのでしたがどうも野原から大分奥でこはかったのですし第一どの辺だったかあまりはっきりしませんでしたから誰か友だちを誘はうときめました。
    そこで土曜日に私は藤原慶次郎にその話をしました。そして誰にもその場所をはなさないなら一緒に行かうと相談しました。すると慶次郎はまるでよろこんで言ひました。
    楢渡ならわたりなら方向はちゃんとわかってゐるよ。あすこでしばらく木炭すみを焼いてゐたのだから方角はちゃんとわかってゐる。行かう。」
    私はもう占めたと思ひました。
    次の朝早く私どもは今度は大きなかごを持ってでかけたのです。実際それを一ぱいとることを考へると胸がどかどかするのでした。
    ところがその日は朝も東がまっ赤でどうも雨になりさうでしたが私たちがかしはの林に入ったころはずゐぶん雲がひくくてそれにぎらぎら光って柏の葉も暗く見え風もカサカサ云って大へん気味が悪くなりました。
    それでも私たちはずんずん登って行きました。慶次郎は時々向ふをすかすやうに見て
    「大丈夫だよ。もうすぐだよ。」と云ふのでした。実際山を歩くことなどは私よりも慶次郎の方がずうっとなれてゐて上手でした。
    ところがうまいことはいきなり私どもははぎぼだしにはしました。そこはたしかに去年の処ではなかったのです。ですから私は
    「おい、こゝは新らしいところだよ。もう僕らはきのこ山を二つ持ったよ。」と言ったのです。すると慶次郎も顔を赤くしてよろこんでや鼻や一緒になってどうしてもそれが直らないといふ風でした。
    「さあ、取ってかう。」私は云ひました。そして白いのばかりえらんで二人ともせっせと集めました。昨年のことなどはすっかり途中で話して来たのです。
    間もなくかごが一ぱいになりました。丁度そのときさっきからどうしても降りさうに見えた空から雨つぶがポツリポツリとやって来ました。
    「さあぬれるよ。」私は言ひました。
    「どうせずぶぬれだ。」慶次郎も云ひました。
    雨つぶはだんだん数が増して来てまもなくザアッとやって来ました。ならの葉はパチパチ鳴りしづくの音もポタッポタッと聞えて来たのです。私と慶次郎とはだまって立ってぬれました。それでもうれしかったのです。
    ところが雨はまもなくぱたっとやみました。五六つぶを名残なごりに落してすばやく引きあげて行ったといふ風でした。そしてがさっと落ちて来ました。見上げますと白い雲のきれ間から大きな光る太陽が走って出てゐたのです。私どもは思はず歓呼の声をあげました。楢やかしはの葉もきらきら光ったのです。
    「おい、こゝはどの辺だか見て置かないと今度来るときわからないよ。」慶次郎が言ひました。
    「うん。それから去年のもさがして置かないと。兄さんにでも来てもらはうか。あしたは来れないし。」
    「あした学校を下ってからでもいゝぢゃないか。」慶次郎は私の兄さんには知らせたくない風でした。
    「帰りに暗くなるよ。」
    「大丈夫さ。とにかくさがして置かう。がけはぢきだらうか。」
    私たちは籠はそこへ置いたまま崖の方へ歩いて行きました。そしたらまだまだと思ってゐた崖がもうすぐ目の前に出ましたので私はぎくっとして手をひろげて慶次郎の来るのをとめました。
    「もう崖だよ。あぶない。」
    慶次郎ははじめて崖を見たらしくいかにもどきっとしたらしくしばらくなんにも云ひませんでした。
    「おい、やっぱり、すると、あすこは去年のところだよ。」私は言ひました。
    「うん。」慶次郎は少しつまらないといふやうにうなづきました。
    「もう帰らうか。」私は云ひました。
    「帰らう。あばよ。」と慶次郎は高く向ふのまっ赤な崖に叫びました。
    「あばよ。」がけからこだまが返って来ました。
    私はにはかに面白くなって力一ぱい叫びました。
    「ホウ、居たかぁ。」
    「居たかぁ。」崖がこだまを返しました。
    「また来るよ。」慶次郎が叫びました。
    「来るよ。」崖が答へました。
    馬鹿ばか。」私が少し大胆になって悪口をしました。
    「馬鹿。」崖も悪口を返しました。
    「馬鹿野郎」慶次郎が少し低く叫びました。
    ところがその返事はたゞごそごそごそっとつぶやくやうに聞えました。どうも手がつけられないと云ったやうにも又そんなやつらにいつまでも返事してゐられないなと自分ら同志で相談したやうにも聞えました。
    私どもは顔を見合せました。それからにはかにこはくなって一緒に崖をはなれました。
    それからかごを持ってどんどん下りました。二人ともだまってどんどん下りました。しづくですっかりぬればらや何かに引っかゝれながらなんにも云はずに私どもはどんどんどんどんげました。遁げれば遁げるほどいよいよ恐くなったのです。うしろでハッハッハと笑ふやうな声もしたのです。
    ですから次の年はたうとう私たちは兄さんにも話して一緒にでかけたのです。

  • 宮沢賢治 烏の北斗七星 喜多川拓郎朗読

    19.88 Aug 21, 2017

    烏の北斗七星

    宮沢賢治

    つめたいいぢの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだかわからないやうになりました。
    からすの義勇艦隊は、その雲にしつけられて、しかたなくちよつとの間、亜鉛とたんの板をひろげたやうな雪の田圃たんぼのうへに横にならんで仮泊といふことをやりました。
    どのふねもすこしも動きません。
    まつ黒くなめらかな烏の大尉、若い艦隊長もしやんと立つたまゝうごきません。
    からすの大監督はなほさらうごきもゆらぎもいたしません。からすの大監督は、もうずゐぶんの年老としよりです。眼が灰いろになつてしまつてゐますし、くとまるで悪い人形のやうにギイギイひます。
    それですから、烏の年齢としを見分ける法を知らない一人の子供が、いつかう云つたのでした。
    「おい、この町には咽喉のどのこはれた烏が二ひきゐるんだよ。おい。」
    これはたしかに間違ひで、一疋しかをりませんでしたし、それも決してのどが壊れたのではなく、あんまり永い間、空で号令したために、すつかり声がびたのです。それですから烏の義勇艦隊は、その声をあらゆる音の中で一等だと思つてゐました。
    雪のうへに、仮泊といふことをやつてゐる烏の艦隊は、石ころのやうです。胡麻ごまつぶのやうです。また望遠鏡でよくみると、大きなのや小さなのがあつて馬鈴薯ばれいしよのやうです。
    しかしだんだん夕方になりました。
    雲がやつと少し上の方にのぼりましたので、とにかく烏の飛ぶくらゐのすき間ができました。
    そこで大監督が息を切らして号令を掛けます。
    「演習はじめいおいつ、出発」
    艦隊長烏の大尉が、まつさきにぱつと雪をたたきつけて飛びあがりました。烏の大尉の部下が十八隻、順々に飛びあがつて大尉に続いてきちんと間隔をとつて進みました。
    それから戦闘艦隊が三十二隻、次々に出発し、その次に大監督の大艦長が厳かに舞ひあがりました。
    そのときはもうまつ先の烏の大尉は、四へんほど空で螺旋うづを巻いてしまつて雲の鼻つ端まで行つて、そこからこんどはまつぐに向ふのもりに進むところでした。
    二十九隻の巡洋艦、二十五隻の砲艦が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまひの二隻は、いつしよに出発しました。こゝらがどうも烏の軍隊の不規律なところです。
    烏の大尉は、杜のすぐ近くまで行つて、左に曲がりました。
    そのとき烏の大監督が、「大砲撃てつ。」と号令しました。
    艦隊は一斉に、があがあがあがあ、大砲をうちました。
    大砲をうつとき、片脚をぷんとうしろへ挙げるふねは、この前のニダナトラの戦役での負傷兵で、音がまだ脚の神経にひびくのです。

  • 宮沢賢治「貝の火」喜多川拓郎朗読

  • 宮沢賢治「土神と狐」喜多川拓郎朗読

    土神と狐

    宮沢賢治

    一本木の野原の、北のはづれに、少し小高く盛りあがった所がありました。いのころぐさがいっぱいに生え、そのまん中には一本の奇麗な女のかばの木がありました。
    それはそんなに大きくはありませんでしたが幹はてかてか黒く光り、枝は美しく伸びて、五月には白き雲をつけ、秋は黄金きんや紅やいろいろの葉を降らせました。
    ですから渡り鳥のくゎくこうや百舌もずも、又小さなみそさゞいや目白もみんなこの木にまりました。たゞもしも若いたかなどが来てゐるときは小さな鳥は遠くからそれを見付けて決して近くへ寄りませんでした。
    この木に二人の友達がありました。一人は丁度、五百歩ばかり離れたぐちゃぐちゃの谷地やちの中に住んでゐる土神で一人はいつも野原の南の方からやって来る茶いろのきつねだったのです。
    樺の木はどちらかとへば狐の方がすきでした。なぜなら土神の方は神といふ名こそついてはゐましたがごく乱暴で髪もぼろぼろの木綿糸の束のやうも赤くきものだってまるでわかめに似、いつもはだしでつめも黒く長いのでした。ところが狐の方は大へんに上品な風で滅多めったに人を怒らせたり気にさはるやうなことをしなかったのです。
    たゞもしよくよくこの二人をくらべて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかも知れません。

  • 喜多川拓郎朗読「月夜のでんしんばしら」宮沢賢治

    月夜のでんしんばしら

    宮沢賢治

    ある晩、恭一はぞうりをはいて、すたすた鉄道線路の横の平らなところをあるいてりました。
    たしかにこれは罰金ばっきんです。おまけにもし汽車がきて、窓から長い棒などが出ていたら、一ぺんになぐり殺されてしまったでしょう。
    ところがその晩は、線路見まわりの工夫もこず、窓から棒の出た汽車にもあいませんでした。そのかわり、どうもじつに変てこなものを見たのです。
    九日の月がそらにかかっていました。そしてうろこ雲が空いっぱいでした。うろこぐもはみんな、もう月のひかりがはらわたの底までもしみとおってよろよろするというふうでした。その雲のすきまからときどき冷たい星がぴっかりぴっかり顔をだしました。
    恭一はすたすたあるいて、もう向うに停車場ていしゃばのあかりがきれいに見えるとこまできました。ぽつんとしたまっ赤なあかりや、硫黄いおうのほのおのようにぼうとしたむらさきいろのあかりやらで、をほそくしてみると、まるで大きなお城があるようにおもわれるのでした。
    とつぜん、右手のシグナルばしらが、がたんとからだをゆすぶって、上の白い横木をななめに下の方へぶらさげました。これはべつだん不思議でもなんでもありません。
    つまりシグナルがさがったというだけのことです。一晩に十四じゅうし回もあることなのです。
    ところがそのつぎが大へんです。
    さっきから線路の左がわで、ぐゎあん、ぐゎあんとうなっていたでんしんばしらの列が大威張おおいばりで一ぺんに北のほうへ歩きだしました。みんなつの瀬戸せともののエボレットをかざり、てっぺんにはりがねのやりをつけた亜鉛とたんのしゃっぽをかぶって、片脚かたあしでひょいひょいやって行くのです。そしていかにも恭一をばかにしたように、じろじろ横めでみて通りすぎます。
    うなりもだんだん高くなって、いまはいかにもむかしふうの立派な軍歌に変ってしまいました。

    「ドッテテドッテテ、ドッテテド、
    でんしんばしらのぐんたいは
    はやさせかいにたぐいなし
    ドッテテドッテテ、ドッテテド
    でんしんばしらのぐんたいは
    きりつせかいにならびなし。」

    一本のでんしんばしらが、ことにかたをそびやかして、まるでうで木もがりがり鳴るくらいにして通りました。
    みると向うの方を、六本うで木の二十二の瀬戸もののエボレットをつけたでんしんばしらの列が、やはりいっしょに軍歌をうたって進んで行きます。

    「ドッテテドッテテ、ドッテテド
    二本うで木の工兵隊
    六本うで木の竜騎兵りゅうきへい
    ドッテテドッテテ、ドッテテド
    いちれつ一万五千人
    はりがねかたくむすびたり

  • 喜多川拓郎朗読 「なめとこ山の熊全編」宮沢賢治

    なめとこ山の熊

    宮沢賢治

    なめとこ山のくまのことならおもしろい。なめとこ山は大きな山だ。淵沢ふちざわ川はなめとこ山から出て来る。なめとこ山は一年のうち大ていの日はつめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりしている。まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。山のなかごろに大きな洞穴ほらあなががらんとあいている。そこから淵沢川がいきなり三百尺ぐらいの滝になってひのきやいたやのしげみの中をごうと落ちて来る。
    中山街道はこのごろはたれも歩かないからふきやいたどりがいっぱいに生えたり牛がげて登らないようにさくをみちにたてたりしているけれどもそこをがさがさ三里ばかり行くと向うの方で風が山の頂を通っているような音がする。気をつけてそっちを見ると何だかわけのわからない白い細長いものが山をうごいて落ちてけむりを立てているのがわかる。それがなめとこ山の大空滝だ。そして昔はそのへんには熊がごちゃごちゃ居たそうだ。ほんとうはなめとこ山も熊のも私は自分で見たのではない。人から聞いたり考えたりしたことばかりだ。間ちがっているかもしれないけれども私はそう思うのだ。とにかくなめとこ山の熊のは名高いものになっている。
    腹の痛いのにもきけば傷もなおる。鉛の湯の入口になめとこ山の熊のありという昔からの看板もかかっている。だからもう熊はなめとこ山で赤い舌をべろべろ吐いて谷をわたったり熊の子供らがすもうをとっておしまいぽかぽかなぐりあったりしていることはたしかだ。熊捕りの名人の淵沢小十郎がそれを片っぱしから捕ったのだ。
    淵沢小十郎はすがめの赭黒あかぐろいごりごりしたおやじで胴は小さなうすぐらいはあったしてのひらは北島の毘沙門びしゃもんさんの病気をなおすための手形ぐらい大きく厚かった。小十郎は夏なら菩提樹マダの皮でこさえたけらを着てはむばきをはき生蕃せいばんの使うような山刀とポルトガル伝来というような大きな重い鉄砲をもってたくましい黄いろな犬をつれてなめとこ山からしどけ沢から三つ又からサッカイの山からマミ穴森から白沢からまるで縦横にあるいた。木がいっぱい生えているから谷をのぼっているとまるで青黒いトンネルの中を行くようで時にはぱっと緑と黄金きんいろに明るくなることもあればそこら中が花が咲いたように日光が落ちていることもある。そこを小十郎が、まるで自分の座敷の中を歩いているというふうでゆっくりのっしのっしとやって行く。犬はさきに立ってがけ横這よこばいに走ったりざぶんと水にかけ込んだり淵ののろのろした気味の悪いとこをもう一生けん命に泳いでやっと向うの岩にのぼるとからだをぶるぶるっとして毛をたてて水をふるい落しそれから鼻をしかめて主人の来るのを待っている。小十郎はひざから上にまるで屏風びょうぶのような白い波をたてながらコンパスのように足を抜き差しして口を少し曲げながらやって来る。そこであんまり一ぺんに言ってしまって悪いけれどもなめとこ山あたりの熊は小十郎をすきなのだ。その証拠には熊どもは小十郎がぼちゃぼちゃ谷をこいだり谷の岸の細い平らないっぱいにあざみなどの生えているとこを通るときはだまって高いとこから見送っているのだ。木の上から両手で枝にとりついたり崖の上で膝をかかえて座ったりしておもしろそうに小十郎を見送っているのだ。まったく熊どもは小十郎の犬さえすきなようだった。けれどもいくら熊どもだってすっかり小十郎とぶっつかって犬がまるで火のついたまりのようになって飛びつき小十郎がをまるで変に光らして鉄砲をこっちへ構えることはあんまりすきではなかった。そのときは大ていの熊は迷惑そうに手をふってそんなことをされるのを断わった。けれども熊もいろいろだから気のはげしいやつならごうごうえて立ちあがって、犬などはまるで踏みつぶしそうにしながら小十郎の方へ両手を出してかかって行く。小十郎はぴったり落ち着いてをたてにして立ちながら熊の月の輪をめがけてズドンとやるのだった。すると森までががあっと叫んで熊はどたっと倒れ赤黒い血をどくどく吐き鼻をくんくん鳴らして死んでしまうのだった。小十郎は鉄砲を木へたてかけて注意深くそばへ寄って来てこう言うのだった。
    「熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ。おれも商売ならてめえもたなけぁならねえ。ほかの罪のねえ仕事していんだが畑はなし木はお上のものにきまったし里へ出てもたれも相手にしねえ。仕方なしに猟師なんぞしるんだ。てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生れなよ」
    そのときは犬もすっかりしょげかえって眼を細くして座っていた。

  • 喜多川拓郎朗読宮沢賢治「いちょうの実」

    そらのてっぺんなんかつめたくてつめたくてまるでカチカチのやきをかけたはがねです。
    そしてほしがいっぱいです。けれどもひがしそらはもうやさしいききょうのはなびらのようにあやしい底光そこびかりをはじめました。
    そのがたそらした、ひるのとりでもゆかないたかいところをするどいしものかけらがかぜながされてサラサラサラサラみなみのほうへとんでゆきました。
    じつにそのかすかなおとおかうえの一ぽんいちょうのこえるくらいすみきったがたです。
    いちょうのはみんないちどにをさましました。そしてドキッとしたのです。きょうこそはたしかにたびだちのでした。みんなもまえからそうおもっていましたし、きのうの夕方ゆうがたやってきた二わのカラスもそういいました。
    「ぼくなんかちるとちゅうでがまわらないだろうか。」一つのがいいました。
    「よくをつぶっていけばいいさ。」も一つがこたえました。
    「そうだ。わすれていた。ぼくすいとうにみずをつめておくんだった。」
    「ぼくはね、すいとうのほかにはっかすい用意よういしたよ。すこしやろうか。たびてあんまり心持こころもちのわるいときはちょっとむといいっておっかさんがいったぜ。」
    「なぜおっかさんはぼくへはくれないんだろう。」
    「だから、ぼくあげるよ。おっかさんをわるくおもっちゃすまないよ。」
    そうです。このいちょうのはおかあさんでした。
    ことしは千にん黄金色きんいろどもがまれたのです。
    そしてきょうこそどもらがみんないっしょにたびにたつのです。おかあさんはそれをあんまりかなしんでおうぎがた黄金きんかみをきのうまでにみんなとしてしまいました。
    「ね、あたしどんなとこへいくのかしら。」ひとりのいちょうのおんなそらあげてつぶやくようにいいました。
    「あたしだってわからないわ、どこへもいきたくないわね。」もひとりがいいました。
    「あたしどんなめにあってもいいから、おっかさんとこにいたいわ。」
    「だっていけないんですって。かぜ毎日まいにちそういったわ。」
    「いやだわね。」
    「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまうんでしょう。」
    「ええ、そうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」
    「あたしもよ。いままでいろいろわがままばっかしいってゆるしてくださいね。」
    「あら、あたしこそ。あたしこそだわ。ゆるしてちょうだい。」
    ひがしそらのききょうのはなびらはもういつかしぼんだようにちからなくなり、あさ白光しろびかりがあらわれはじめました。ほしが一つずつきえてゆきます。
    のいちばんいちばんたかいところにいたふたりのいちょうのおとこがいいました。
    「そら、もうあかるくなったぞ。うれしいなあ。ぼくはきっと黄金色きんいろのおほしさまになるんだよ。」
    「ぼくもなるよ。きっとここからちればすぐ北風きたかぜそらへつれてってくれるだろうね。」
    「ぼくは北風きたかぜじゃないとおもうんだよ。北風きたかぜはしんせつじゃないんだよ。ぼくはきっとからすさんだろうとおもうね。」
    「そうだ。きっとからすさんだ。からすさんはえらいんだよ。ここからとおくてまるでえなくなるまでひといきんでゆくんだからね。たのんだら、ぼくらふたりぐらいきっといっぺんにあおぞらまでつれていってくれるぜ。」
    「たのんでみようか。はやくるといいな。」
    そのすこししたでもうふたりがいいました。
    「ぼくはいちばんはじめにあんずの王様おうさまのおしろをたずねるよ。そしておひめさまをさらっていったばけものを退治たいじするんだ。そんなばけものがきっとどこかにあるね。」
    「うん。あるだろう。けれどもあぶないじゃないか。ばけものはおおきいんだよ。ぼくたちなんか、はなでふきとばされちまうよ。」
    「ぼくね、いいものっているんだよ。だからだいじょうぶさ。せようか。そら、ね。」
    「これおっかさんのかみでこさえたあみじゃないの。」
    「そうだよ。おっかさんがくだすったんだよ。なにかおそろしいことのあったときはこのなかにかくれるんだって。ぼくね、このあみをふところにいれてばけものにってね。もしもし。こんにちは、ぼくをのめますかのめないでしょう。とこういうんだよ。ばけものはおこってすぐのむだろう。ぼくはそのときばけもののぶくろのなかでこのあみをだしてね、すっかりかぶっちまうんだ。それからおなかじゅうをめっちゃめちゃにこわしちまうんだよ。そら、ばけものはチブスになってぬだろう。そこでぼくはでてきてあんずのおひめさまをつれておしろかえるんだ。そしておひめさまをもらうんだよ。」
    「ほんとうにいいね。そんならそのときぼくはお客様きゃくさまになっていってもいいだろう。」
    「いいともさ。ぼく、くに半分はんぶんわけてあげるよ。それからおっかさんへは毎日まいにちおかしやなんかたくさんあげるんだ。」
    ほしがすっかりきえました。ひがしそらしろくもえているようです。がにわかにざわざわしました。もう出発しゅっぱつもないのです。
    「ぼく、くつがちいさいや。めんどうくさい。はだしでいこう。」
    「そんならぼくのとかえよう。ぼくのはすこしおおきいんだよ。」
    「かえよう。あ、ちょうどいいぜ。ありがとう。」
    「わたしこまってしまうわ、おっかさんにもらったあたらしい外套がいとうえないんですもの。」
    「はやくおさがしなさいよ。どのえだにおいたの。」
    「わすれてしまったわ。」
    「こまったわね。これからひじょうにさむいんでしょう。どうしてもつけないといけなくってよ。」
    「そら、ね。いいぱんだろう。ほしぶどうがちょっとかおをだしてるだろう。はやくかばんへれたまえ。もうおさまがおでましになるよ。」
    「ありがとう。じゃもらうよ。ありがとう。いっしょにいこうね。」
    「こまったわ、わたし、どうしてもないわ。ほんとうにわたしどうしましょう。」
    「わたしとふたりでいきましょうよ。わたしのをときどきかしてあげるわ。こごえたらいっしょににましょうよ。」
    ひがしそらしろくもえ、ユラリユラリとゆれはじめました。おっかさんのはまるでんだようになってじっとっています。
    とつぜんひかりのたばが黄金きんのように一にとんできました。どもらはまるでとびあがるくらいかがやきました。
    きたからこおりのようにつめたいすきとおったかぜがゴーッとふいてきました。
    「さよなら、おっかさん。」「さよなら、おっかさん。」どもらはみんな一あめのようにえだからとびおりました。
    北風きたかぜがわらって、
    「ことしもこれでまずさよならさよならっていうわけだ。」といいながらつめたいガラスのマントをひらめかしてむこうへいってしまいました。
    日様ひさまはもえる宝石ほうせきのようにひがしそらにかかり、あらんかぎりのかがやきをかなしむ母親ははおやたびにでたどもらとにげておやりなさいました。


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