二宮隆

  • 二宮隆朗読「手品師」豊島与志雄

    手品師

    豊島与志雄

    昔ペルシャの国に、ハムーチャという手品師てじなしがいました。妻も子もない一人者で、村や町をめぐり歩いて、広場に毛布を敷き、その上でいろんな手品を使い、いくらかのお金をもらって、その日その日を暮らしていました。赤と白とのだんだらの服をつけ三角の帽子をかぶって、十二本のナイフを両手で使い分けたり、逆立さかだちして両足で金のまり手玉てだまに取ったり、鼻の上に長い棒を立ててその上で皿廻さらまわしをしたり、飛び上がりながらくるくるととんぼ返りをしたり、その他いろいろなおもしろい芸をしましたので、あたりに立ち並んでる見物人から、たくさんのお金が毛布の上に投げられました。けれどもハムーチャは、そのお金で酒ばかり飲んでいましたので、いつもひどく貧乏でした。「ああああ、いつになったら、お金がたまることだろう」と嘆息たんそくしながらも、ありったけのお金を酒の代にしてしまいました。雨が降って手品が出来ないと、水ばかり飲んでいました。そしてだんだん世の中がつまらなくなりました。
    ある日の夕方、ハムーチャは長い街道を歩き疲れて、ぼんやり道ばたに屈み込みました。すると、遠くから来たらしい一人の旅人が通りかかりました。旅人はハムーチャのようすをじろじろ見ていましたが、ふいに立ち止まってたずねました。
    「お前さんは奇妙な服装なりをしているが、一体いったい何をする人かね」
    「私ですか」とハムーチャは答えました。「私は手品師てじなしですよ」
    「ほほう、どんな手品を使うか一つ見せてもらいたいものだね」
    そこでハムーチャは、いくらかの金をもらって、早速得意な手品を使ってみせました。
    「なるほど」と旅人は言いました、「お前さんはなかなか器用だ。だが私は、お前さんよりもっと不思議な手品を使う人の話を聞いたことがある。世界にただ一人きりという世にも不思議な手品師だ」
    「へえー、どんな手品師ですか」
    そこで旅人は、その人のことを話してきかせました。――それは手品師というよりもむしろ立派な坊さんで、ぜんの火の神オルムーズドに仕えてるマージでした。長い間の修行しゅぎょうをして、ついに火の神オルムーズドから、どんな物でも煙にしてしまう術をさずかりました。何でも北の方の山奥に住んでいて、そこへ行くには、闇の森や火の砂漠や、いろんな怪物が住んでる洞穴ほらあななど、恐ろしいところを通らなければならないそうです。そのマージの不思議な術を見ようと思って、幾人いくにんもの人が出かけましたが、一人として向こうに行きついた者はないそうです。
    「本当ですか」とハムーチャはたずねました。
    「本当だとも、私は確かな人から聞いたのだ」と旅人は言いました。
    「だがお前さんには、とてもそのマージの所まで行けやしない。それよりか、自分の手品てじなの術をせいぜいみがきなさるがよい」
    そして旅人は行ってしまいました。
    ハムーチャは後に一人残って、じっと考え込みました。――こんな手品なんか使っていたって 一生[#「使っていたって 一生」はママ]つまらなく終わるだけのものだ。それよりはいっそ、その不思議なマージをたずねていってみよう。途中で死んだってかまうものか。もし運よく向こうへ行けて どんな物でも[#「行けて どんな物でも」はママ]煙にしてしまうという術をさずかったら、それこそ素敵すてきだ。世間せけんの者はどんなにびっくりすることだろう。
    ハムーチャは命がけの決心をしました。マージをたずねて北へ北へとやって行きました。途中でも村や町で手品を使って、もらったお金を旅費にして、酒もあまり飲まないことにいたしました。

  • 二宮隆朗読「日記帳」江戸川乱歩

    ちょうど初七日の夜のことでした。私は死んだ弟の書斎に入って、何かと彼の書き残したものなどを取出しては、ひとり物思いにふけっていました。
    まだ、さして夜もふけていないのに、家中は涙にしめって、しんとしずまり返っています。そこへ持って来て、何だか新派のお芝居めいていますけれど、遠くの方からは、物売りの呼声などが、さも悲しげな調子で響いて来るのです。私は長い間忘れていた、幼い、しみじみした気持になって、ふと、そこにあった弟の日記帳をくりひろげて見ました。
    この日記帳を見るにつけても、私は、恐らく恋も知らないでこの世を去った、はたちの弟をあわれに思わないではいられません。
    内気者で、友達も少かった弟は、自然書斎に引こもっている時間が多いのでした。細いペンでこくめいに書かれた日記帳からだけでも、そうした彼の性質は十分うかがうことが出来ます。そこには、人生に対する疑いだとか、信仰に関する煩悶はんもんだとか、彼の年頃にはたれでもが経験するところの、いわゆる青春の悩みについて、幼稚ではありますけれど如何いかにも真摯しんしな文章が書きつづってあるのです。
    私は自分自身の過去の姿を眺めるような心持で、一枚一枚とペイジをはぐって行きました。それらのペイジには到るところに、そこに書かれた文章の奥から、あの弟の鳩のような臆病らしい目が、じっと私の方を見つめているのです。
    そうして、三月九日のところまで読んで行った時に、感慨に沈んでいた私が、思わず軽い叫声を発した程も、私の目をひいたものがありました。それは、純潔なその日記の文章の中に、始めてポッツリと、はなやかな女の名前が現われたのです。そして「発信欄」と印刷した場所に「北川雪枝きたがわゆきえ(葉書)」と書かれた、その雪枝さんは、私もよく知っている、私達とは遠縁に当る家の、若い美しい娘だったのです。

  • 二宮隆朗読「詩と官能」寺田寅彦

    詩と官能

    寺田寅彦

    清楚せいそな感じのする食堂で窓から降りそそぐ正午の空の光を浴びながらひとり静かに食事をして最後にサーヴされたコーヒーに砂糖をそっと入れ、さじでゆるやかにかき交ぜておいて一口だけすする。それから上着の右のかくしから一本煙草たばこを出して軽くくわえる。それからチョッキのかくしからライターをぬき出して顔の正面の「明視の距離」に持って来ておいてパチリと火ぶたを切る。すると小さな炎が明るい部屋へやの陽光にけおされて鈍く透明にともる。その薄明の中に、きわめて細かい星くずのような点々が燦爛さんらんとして青白く輝く、輝いたかと思った瞬間にはもう消えてしまっている。
    この星のような光を見る瞬間に突然不思議な幻覚に襲われることがしばしばある。それはちょっと言葉で表わすことのむつかしい夢のようなものであるが、たとえば、深く降り積もった雪の中に一本大きなクリスマス・トリーが立っていてそれに、無数の蝋燭ろうそくがともり、それがもみの枝々につるしたいろいろの飾りものに映ってきらめいている。紫紺色に寒々とさえた空には星がいっぱいに銀砂子のように散らばっている。町の音楽隊がセレナーデを奏して通るのを高い窓からグレーチヘンが見おろしている、といったようなきわめて甘いたわいのない子供らしい夢の中からあらゆる具体的な表象を全部抜き去ったときに残るであろうと思われるような、全く形態のない幻想のようなものである。
    天気が悪かったり、食堂がきたなかったり、騒がしかったり、また食事がまずいような場合には、同じライターの同じ炎の中に同じような星が輝いても決してこうした幻覚が起こらないから不思議である。
    胃のの適当な充血と消化液の分泌、それから眼底網膜に映ずる適当な光像の刺激の系列、そんなものの複合作用から生じた一種特別な刺激が大脳に伝わって、そこでこうした特殊の幻覚を起こすのではないかと想像される。「胃の腑」と「詩」との間にはまだだれも知らないような複雑微妙の多様な関係がかくされているのではないかと思われる。

    青空文庫より

     

  • 二宮隆朗読「言語と道具」寺田寅彦

  • 二宮隆朗読,芥川龍之介「沼」

    芥川龍之介

    おれは沼のほとりを歩いてゐる。
    昼か、よるか、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺あをさぎの啼く声がしたと思つたら、蔦葛つたかづらおほはれた木々のこずゑに、薄明りのほのめく空が見えた。
    沼にはおれのたけよりも高いあしが、ひつそりと水面をとざしてゐる。水も動かない。も動かない。水の底にんでゐる魚も――魚がこの沼に棲んでゐるであらうか。
    昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、この沼のほとりばかり歩いてゐた。寒い朝日の光と一しよに、水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)にほひあし※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)ひがおれの体を包んだ事もある。と思ふと又枝蛙えだかはづの声が、蔦葛つたかづらおほはれた木々の梢から、一つ一つかすかな星を呼びさました覚えもあつた。
    おれは沼のほとりを歩いてゐる。
    沼にはおれのたけよりも高い芦が、ひつそりと水面をとざしてゐる。おれは遠い昔から、その芦の茂つた向うに、不思議な世界のある事を知つてゐた。いや、今でもおれの耳には、Invitation au Voyage の曲が、絶え絶えに其処そこからただよつて来る。さう云へば水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)や芦の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)と一しよに、あの「スマトラの忘れなぐさの花」も、蜜のやうな甘い※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)を送つて来はしないであらうか。
    昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、その不思議な世界にあこがれて、蔦葛つたかづらに掩はれた木々のあひだを、夢現ゆめうつつのやうに歩いてゐた。が、此処ここに待つてゐても、唯芦と水とばかりがひつそりと拡がつてゐる以上、おれは進んで沼の中へ、あの「スマトラの忘れなぐさの花」を探しにかなければならぬ。見ればさいはひ、芦の中からなかば沼へさし出てゐる、年経としへた柳が一株ある。あすこから沼へ飛びこみさへすれば、造作ざうさなく水の底にある世界へかれるのに違ひない。
    おれはとうとうその柳の上から、思ひ切つて沼へ身を投げた。
    おれのたけより高い芦が、その拍子ひやうしに何かしやべり立てた。水がつぶやく。が身ぶるひをする。あの蔦葛つたかづらおほはれた、枝蛙えだかはづの鳴くあたりの木々さへ、一時はさも心配さうに吐息といきらし合つたらしい。おれは石のやうに水底みなそこへ沈みながら、数限りもない青い焔が、目まぐるしくおれの身のまはりに飛びちがふやうな心もちがした。
    昼か、夜か、それもおれにはわからない。
    おれの死骸は沼の底のなめらかな泥によこたはつてゐる。死骸の周囲にはどこを見ても、まつさをな水があるばかりであつた。この水の下にこそ不思議な世界があると思つたのは、やはりおれのまよひだつたのであらうか。事によると Invitation au Voyage の曲も、この沼の精が悪戯いたづらに、おれの耳をだましてゐたのかも知れない。が、さう思つてゐる内に、何やら細い茎が一すぢ、おれの死骸の口の中から、すらすらと長く伸び始めた。さうしてそれが頭の上の水面へやつと届いたと思ふと、忽ち白い睡蓮すゐれんの花が、丈の高い芦に囲まれた、藻の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)のする沼の中に、※(「白+樂」、第3水準1-88-69)てきれきあざやかつぼみを破つた。
    これがおれのあこがれてゐた、不思議な世界だつたのだな。――おれの死骸はかう思ひながら、その玉のやうな睡蓮すゐれんの花を何時いつまでもぢつと仰ぎ見てゐた。

    青空文庫より

  • 二宮隆朗読 芥川龍之介「女体」

    女体

    芥川龍之介

    楊某ようぼうと云う支那人が、ある夏の夜、あまり蒸暑いのに眼がさめて、頬杖をつきながら腹んばいになって、とりとめのない妄想もうぞうに耽っていると、ふと一匹のしらみが寝床のふちを這っているのに気がついた。部屋の中にともした、うす暗いの光で、虱は小さな背中を銀のこなのように光らせながら、隣に寝ている細君の肩を目がけて、もずもず這って行くらしい。細君は、裸のまま、さっきから楊の方へ顔を向けて、安らかな寝息を立てているのである。
    楊は、その虱ののろくさい歩みを眺めながら、こんな虫の世界はどんなだろうと思った。自分が二足か三足で行ける所も、虱には一時間もかからなければ、歩けない。しかもその歩きまわる所が、せいぜい寝床の上だけである。自分も虱に生れたら、さぞ退屈だった事であろう。……
    そんな事を漫然と考えている中に、楊の意識は次第におぼろげになって来た。勿論夢ではない。そうかと云ってまた、うつつでもない。ただ、妙に恍惚たる心もちの底へ、沈むともなく沈んで行くのである。それがやがて、はっと眼がさめたような気に帰ったと思うと、いつか楊の魂はあの虱の体へはいって、汗臭い寝床の上を、蠕々然ぜんぜんぜんとして歩いている。楊は余りに事が意外なので、思わず茫然と立ちすくんだ。が、彼を驚かしたのは、独りそればかりではない。――
    彼の行く手には、一座の高い山があった。それがまたおのずからなまるみを暖く抱いて、眼のとどかない上の方から、眼の先の寝床の上まで、大きな鍾乳石しょうにゅうせきのように垂れ下っている。その寝床についている部分は、中に火気を蔵しているかと思うほど、うす赤い柘榴ざくろの実の形を造っているが、そこを除いては、山一円、どこを見ても白くない所はない。その白さがまた、凝脂ぎょうしのような柔らかみのある、なめらかな色の白さで、山腹のなだらかなくぼみでさえ、丁度雪にさす月の光のような、かすかに青い影をたたえているだけである。まして光をうけている部分は、融けるような鼈甲色べっこういろの光沢を帯びて、どこの山脈にも見られない、美しい弓なりの曲線を、はるかな天際にえがいている。……
    ようは驚嘆の眼を見開いて、この美しい山の姿を眺めた。が、その山が彼の細君の乳の一つだと云う事を知った時に、彼の驚きは果してどれくらいだった事であろう。彼は、愛もにくしみも、乃至ないしまた性欲も忘れて、この象牙ぞうげの山のような、巨大な乳房ちぶさを見守った。そうして、驚嘆の余り、寝床の汗臭いにおいも忘れたのか、いつまでも凝固こりかたまったように動かなかった。――楊は、虱になって始めて、細君の肉体の美しさを、如実に観ずる事が出来たのである。
    しかし、芸術の士にとって、虱の如く見る可きものは、独り女体にょたいの美しさばかりではない。

    青空文庫より

  • 二宮隆朗読小川未明「ぴかぴかする夜」

    都会とかいから、あまりとおはなれていないところに、一ぽんたかっていました。
    あるなつがたのこと、そのは、おそろしさのために、ぶるぶるとぶるいをしていました。は、とおくのそらで、かみなりおとをきいたからです。
    ちいさな時分じぶんから、は、かみなりおそろしいのをよくっていました。かぜをよけて、自分じぶんをかばってくれた、あのやさしいおじさんの大木たいぼくも、あるとしなつ晩方ばんがたのこと、もくらむばかりの、いなずまといっしょにちた、かみなりのために、もとのところまでかれてしまったのでした。そればかりでない、このひろ野原のはらのそこここに、どれほどおおくのが、かみなりのために、たれてれてしまったことでしょう。
    「あまり、おおきく、たかくならないうちが、安心あんしんだ。」といわれていましたのを、は、おもました。
    しかし、いま、このは、いつしか、たかおおきくなっていたのでした。それをどうすることもできませんでした。
    は、それがために、かみなりをおそれていました。そして、いま、遠方えんぽうかみなりおとをきくと、ぶるいせずにはいられませんでした。
    このとき、どこからともなく、湿しめっぽいかぜおくられてきたように、一のたかがんできて、のいただきにまりました。
    わたしは、やまほうからけてきた。どうか、すこし、はねやすめさしておくれ。」と、たかはいいました。
    しかし、は、ぶるいしていて、よくそれにこたえることができませんでした。
    「そ、そんなことは、おやすいごようです。た、ただ、あなたのに、さわりがなければいいがとおもっています。」と、やっと、は、それだけのことをいうことができました。
    「それは、どういうわけですか。なにを、そんなに、おまえさんは、おそれているのですか?」と、たかは、かっていました。は、かみなりのくるのをおそろしがっていると、たかにかって、これまでいたり、たりしたことを、子細しさい物語ものがたったのでありました。これをいて、たかはうなずきました。
    「おまえさんのおそれるのも無理むりのないことです。かみなりは、こちらにくるかもしれません。いま、わたしは、あちらのやまのふもとをけてきたときに、ちょうど、そのちかくのむらうえあばれまわっていました。しかしそんなに心配しんぱいなさいますな。わたしが、かみなりを、こちらへ寄越よこさずに、ほかへいくようにいってあげます。」と、たかはいいました。
    は、これをくと、安心あんしんいたしました。しかし、このとりのいうことを、はたして、かみなりがききいれるだろうかと不安ふあんおもいました。そのことをは、たかにたずねますと、
    わたしは、やまにいれば、かみなりともだちとしてあそぶこともあるのですから、きくも、きかぬもありません。」と、たかは、うけあって、いいました。ちょうど、そのとき、まえよりは、いっそう、おおきくなって、かみなりおとが、とどろいたのでした。は、顔色かおいろうしなって、あおざめて、ふるえはじめたのです。たかは、そらにまきこった、黒雲くろくもがけて、たかく、たかく、がりました。そして、その姿すがたくもなかに、ぼっしてしまいました。たかは、黒雲くろくもなかけりながら、かみなりかって、さけびました。

  • 二宮隆朗読小川未明「時計のない村」

     

    まちからとおはなれた田舎いなかのことであります。そのむらには、あまりんだものがありませんでした。むらじゅうで、時計とけいが、たった二つぎりしかなかったのです。
    ながあいだ、このむら人々ひとびとは、時計とかいがなくてすんできました。太陽たいようのぼりぐあいをて、およその時刻じこくをはかりました。けれど、この文明ぶんめいなかに、時計とけいもちいなくてははなしにならぬというので、むらうちでの金持かねもちの一人ひとりが、まちたときに、そのまち時計屋とけいやから、一つの時計とけいもとめたのであります。
    その金持かねもちは、いま、自分じぶんはたくさんのかねはらって、時計とけいもとめることをこころうちほこりとしました。今日きょうから、むらのものたちは、万事ばんじあつまりや、約束やくそく時間じかんを、この時計とけいによってしなければならぬとおもったからであります。
    「この時計とけいは、くるうようなことはないだろうな。」と、金持かねもちは、時計屋とけいや番頭ばんとうにたずねました。
    「けっして、くるうようなことはありません。そんなおしなではございません。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「それなら、安心あんしんだが。」と、金持かねもちは、ほほえみました。
    「このみせ時間じかんは、まちがいがないだろうな。」と、金持かねもちは、またききました。
    「けっして、まちがってはいません。標準時ひょうじゅんじわせてございます。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「それなら、安心あんしんだ。」と、金持かねもちはおもったのであります。
    金持かねもちは、った時計とけい大事だいじにして、自分じぶんむらってかえりました。
    これまで、時計とけいというものをなれなかったむら人々ひとびとは、毎日まいにちのように、その金持かねもちのうちしかけてきました。そして、ひとりでにうごはりて、不思議ふしぎおもいました。また、金持かねもちから時間じかん見方みかたおそわって、かれらは、はたけにいっても、やまにいっても、ると時計とけいはなしをしたのであります。
    このむらに、もう一人ひとり金持かねもちがありました。そのおとこは、むらのものが、一ぽう金持かねもちのうちにばかり出入でいりするのをねたましくおもいました。時計とけいがあるばかりに、みんなが、そのうちへゆくのがしゃくにさわったのであります。
    「どれ、おれも、ひとつ時計とけいってこよう。そうすれば、きっとおれのところへもみんながやってくるにちがいない。」と、そのおとこおもったのです。
    おとこは、まちました。そして、もう一人ひとり金持かねもちが時計とけいったみせと、ちがったみせへゆきました。そのみせも、まちでのおおきな時計屋とけいやであったのです。おとこは、いろいろなかたち時計とけいをこのみせました。なるたけ、めずらしいとおもったのを、おとこえらびました。
    「この時計とけいは、くるわないだろうか。」と、おとこは、みせ番頭ばんとういました。
    「そんなことは、けっしてございません。保険付ほけんつきでごさいます。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「その時計とけい時間じかんは、っているだろうか。」と、おとこはたずねました。
    標準時ひょうじゅんじっています。」と、番頭ばんとうこたえました。
    ねじさえかけておけは、いつまでたってもまちがいはないだろうか。」と、おとこは、ねんのためにいました。
    「この時計とけいは、幾年いくねんたっても、くるうようなことはございません。」と、番頭ばんとうこたえました。
    おとこは、これをってかえれば、むらのものたちが、みんなにやってくるとおもって、その時計とけいって大事だいじにしてむりかえりました。
    もう一人ひとり金持かねもちが、べつ時計とけいまちからってきたといううわさがむらにたつと、はたして、みんながやってきました。
    青空文庫より

  • 二宮隆朗読夢野久作「豚と猪」

     

    豚と猪

    夢野久作

     豚が猪に向って自慢をしました。
    「私ぐらい結構な身分はない。食べる事から寝る事まですっかり人間に世話をして貰って、御馳走はイヤと言う程たべるからこんなにふとっている。ひとと喧嘩をしなくてもいいから牙なんぞは入り用がない。私とお前さんとは親類だそうだが、おなじ親類でもこんなに身分が違うものか」
    猪はこれを聞くと笑いました。
    「人間と言うものはただでいつまでも御馳走を食わせて置くような親切なものじゃないよ。ひとの厄介になって威張るものは今にきっと罰が当るから見ておいで」
    猪の言った事はとうとう本当になりました。豚は間もなく人間に殺されて食われてしまいました。

    二宮隆 朗読

    夢野久作「蛇と蛙」

    蛇と蛙

    夢野久作

    冬になると蛇も蛙も何もたべなくなって土の中へもぐってしまいます。
    秋の末になって一匹の蛇が蛙に近づいて、
    「どうだい。今までは敵同士だったが、もう君をたべなくてもいいから仲直りをして一緒の穴へ入ろうじゃないか」
    と言いますと、蛙は眼をパチクリさして頭をふりました。
    「嫌なこった。そんなことを言って来年の春あたたかくなったら一番に私をたべる積りだろう。私と仲よくしたいならふだんから私たちをたべないようにするがいい」

    二宮隆朗読

    夢野久作「ペンとインキ」

    ペンとインキ

    夢野久作

    ペン先がインキにこう言いました。
    「お前位イヤなものはない。私がいくら金の衣服を着ていても、お前はすぐに錆さして役に立たなくしてしまう。私はお前みたいなもの大嫌いさ」
    インキはこう答えました。
    「ペンは錆るのが役目じゃない。インキはなくなるのがつとめじゃない。一緒になって字を書くのが役目さ。錆るのがイヤなら鉄に生まれて来ない方がいいじゃないか。インキがイヤなら何だってペンに生まれて来たんだえ」

    二宮隆朗読

    夢野久作「懐中時計」

    懐中時計

    夢野久作

    懐中時計が箪笥の向う側へ落ちて一人でチクタクと動いておりました。
    鼠が見つけて笑いました。
    「馬鹿だなあ。誰も見る者はないのに、何だって動いているんだえ」
    「人の見ない時でも動いているから、いつ見られても役に立つのさ」
    と懐中時計は答えました。
    「人の見ない時だけか、又は人が見ている時だけに働いているものはどちらも泥棒だよ」
    鼠は恥かしくなってコソコソと逃げて行きました。

    二宮隆朗読

    夢野久作「蚤と蚊」

    蚤と蚊

    夢野久作

    夏の暑い日になまけものがひるねをしておりますと、蚤と蚊が代る代るやって来て刺したり食いついたりしました。なまけ者は怒りだして、
    「折角ひとが寝ているのに何だっていたずらをするのだ」
    と叱りつけました。
    蚤と蚊とは声をそろえて答えました。
    「私たちはあなたのように寝ころんでいるなまけものがすきなのです。私たちに好かれないようになりたいならば、起き上ってセッセとお働きなさい」

  • 二宮隆朗読小川未明「野ばら」

    野ばら
    小川未明
     大おおきな国くにと、それよりはすこし小ちいさな国くにとが隣となり合あっていました。当座とうざ、その二つの国くにの間あいだには、なにごとも起おこらず平和へいわでありました。
     ここは都みやこから遠とおい、国境こっきょうであります。そこには両方りょうほうの国くにから、ただ一人ひとりずつの兵隊へいたいが派遣はけんされて、国境こっきょうを定さだめた石碑せきひを守まもっていました。大おおきな国くにの兵士へいしは老人ろうじんでありました。そうして、小ちいさな国くにの兵士へいしは青年せいねんでありました。
     二人ふたりは、石碑せきひの建たっている右みぎと左ひだりに番ばんをしていました。いたってさびしい山やまでありました。そして、まれにしかその辺へんを旅たびする人影ひとかげは見みられなかったのです。
     初はじめ、たがいに顔かおを知しり合あわない間あいだは、二人ふたりは敵てきか味方みかたかというような感かんじがして、ろくろくものもいいませんでしたけれど、いつしか二人ふたりは仲なかよしになってしまいました。二人ふたりは、ほかに話はなしをする相手あいてもなく退屈たいくつであったからであります。そして、春はるの日ひは長ながく、うららかに、頭あたまの上うえに照てり輝かがやいているからでありました。
     ちょうど、国境こっきょうのところには、だれが植うえたということもなく、一株ひとかぶの野のばらがしげっていました。その花はなには、朝早あさはやくからみつばちが飛とんできて集あつまっていました。その快こころよい羽音はおとが、まだ二人ふたりの眠ねむっているうちから、夢心地ゆめごこちに耳みみに聞きこえました。
    「どれ、もう起おきようか。あんなにみつばちがきている。」と、二人ふたりは申もうし合あわせたように起おきました。そして外そとへ出でると、はたして、太陽たいようは木きのこずえの上うえに元気げんきよく輝かがやいていました。
     二人ふたりは、岩間いわまからわき出でる清水しみずで口くちをすすぎ、顔かおを洗あらいにまいりますと、顔かおを合あわせました。
    青空文庫より