朗読カフェ第5回ライブ より 岩見聖次朗読「女」芥川龍之介


青空文庫名作文学の朗読 朗読カフェ第5回ライブ 岩見聖次朗読「女」芥川龍之介

芥川龍之介
 雌蜘蛛めぐもは真夏の日の光を浴びたまま、紅い庚申薔薇こうしんばらの花の底に、じっと何か考えていた。
 すると空に翅音はおとがして、たちまち一匹の蜜蜂が、なぐれるように薔薇の花へ下りた。蜘蛛くもは咄嗟とっさに眼を挙げた。ひっそりした真昼の空気の中には、まだ蜂はちの翅音の名残なごりが、かすかな波動を残していた。
 雌蜘蛛はいつか音もなく、薔薇の花の底から動き出した。蜂はその時もう花粉にまみれながら、蕊しべの下にひそんでいる蜜へ嘴くちばしを落していた。
 残酷な沈黙の数秒が過ぎた。
 紅い庚申薔薇こうしんばらの花びらは、やがて蜜に酔よった蜂の後へ、おもむろに雌蜘蛛の姿を吐はいた。と思うと蜘蛛は猛然と、蜂の首もとへ跳おどりかかった。蜂は必死に翅はねを鳴らしながら、無二無三に敵を刺さそうとした。花粉はその翅に煽あおられて、紛々と日の光に舞い上った。が、蜘蛛はどうしても、噛みついた口を離さなかった。
青空文庫より

2015年10月14日

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