宮沢賢治「シグナルとシグナレス」喜多川拓郎 朗読

宮沢賢治「シグナルとシグナレス」喜多川拓郎 朗読

43.27
Dec 18, 2017

シグナルとシグナレス

宮沢賢治

「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
さそりの赤眼あかめが 見えたころ、
四時から今朝けさも やって来た。
遠野とおの盆地ぼんちは まっくらで、
つめたい水の 声ばかり。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
こごえた砂利じゃりに げをき、
火花をやみに まきながら、
蛇紋岩サアペンテインの がけに来て、
やっと東が えだした。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
鳥がなきだし 木は光り、
青々川は ながれたが、
おかもはざまも いちめんに、
まぶしいしもを せていた。
ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
やっぱりかけると あったかだ、
ぼくはほうほう あせが出る。
もう七、八 はせたいな、
今日も一日 霜ぐもり。
ガタンガタン、ギー、シュウシュウ」

軽便鉄道けいべんてつどうの東からの一番列車れっしゃが少しあわてたように、こう歌いながらやって来てとまりました。機関車きかんしゃの下からは、力のないげがげ出して行き、ほそ長いおかしな形の煙突えんとつからは青いけむりが、ほんの少うし立ちました。
そこで軽便鉄道づきの電信柱でんしんばしらどもは、やっと安心あんしんしたように、ぶんぶんとうなり、シグナルの柱はかたんと白い腕木うできを上げました。このまっすぐなシグナルの柱は、シグナレスでした。
シグナレスはほっと小さなためいきをついて空を見上げました。空にはうすい雲がしまになっていっぱいにち、それはつめたい白光しろびかりこおった地面じめんらせながら、しずかに東にながれていたのです。
シグナレスはじっとその雲のをながめました。それからやさしい腕木を思い切りそっちの方へばしながら、ほんのかすかに、ひとりごとをいました。
今朝けさ伯母おばさんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」
シグナレスはいつまでもいつまでも、そっちに気をとられておりました。
「カタン」
うしろの方のしずかな空で、いきなり音がしましたのでシグナレスはいそいでそっちをふりきました。ずうっとまれた黒い枕木まくらぎの向こうに、あの立派りっぱ本線ほんせんのシグナルばしらが、今はるかの南から、かがやく白けむりをあげてやって来る列車れっしゃむかえるために、その上のかたうでを下げたところでした。
「お早う今朝はあたたかですね」本線のシグナル柱は、キチンと兵隊へいたいのように立ちながら、いやにまじめくさってあいさつしました。
「お早うございます」シグナレスはふし目になって、声をとしてこたえました。
わかさま、いけません。これからはあんなものにやたらに声を、おかけなさらないようにねがいます」本線のシグナルに夜電気をおくふと電信柱でんしんばしらがさももったいぶってもうしました。
本線のシグナルはきまりわるそうに、もじもじしてだまってしまいました。気の弱いシグナレスはまるでもうえてしまうかんでしまうかしたいと思いました。けれどもどうにもしかたがありませんでしたから、やっぱりじっと立っていたのです。
雲のしまうす琥珀こはくいたのようにうるみ、かすかなかすかな日光がって来ましたので、本線シグナルつきの電信柱はうれしがって、向こうの野原のはらを行く小さな荷馬車にばしゃを見ながらひく調子ちょうしはずれの歌をやりました。

「ゴゴン、ゴーゴー、
うすい雲から
さけりだす、
酒の中から
しもがながれる。
ゴゴン、ゴーゴー、
ゴゴン、ゴーゴー、
霜がとければ、
つちはまっくろ。
馬はふんごみ、
人もぺちゃぺちゃ。
ゴゴン、ゴーゴー」

それからもっともっとつづけざまに、わけのわからないことを歌いました。
その間に本線ほんせんのシグナルばしらが、そっと西風にたのんでこういました。
「どうか気にかけないでください。こいつはもうまるで野蛮やばんなんです。礼式れいしきも何も知らないのです。実際じっさい私はいつでもこまってるんですよ」
軽便鉄道けいべんてつどうのシグナレスは、まるでどぎまぎしてうつむきながらひくく、
「あら、そんなことございませんわ」といましたがなにぶん風下かざしもでしたから本線ほんせんのシグナルまで聞こえませんでした。
ゆるしてくださるんですか。本当を言ったら、ぼくなんかあなたにおこられたら生きているかいもないんですからね」
「あらあら、そんなこと」軽便鉄道の木でつくったシグナレスは、まるでこまったというようにかたをすぼめましたが、じつはその少しうつむいた顔は、うれしさにぽっと白光しろびかりを出していました。
「シグナレスさん、どうかまじめで聞いてください。僕あなたのためなら、つぎの十時の汽車が来る時うでを下げないで、じっとがんばり通してでも見せますよ」わずかばかりヒュウヒュウっていた風が、この時ぴたりとやみました。
「あら、そんなこといけませんわ」
「もちろんいけないですよ。汽車が来る時、腕を下げないでがんばるなんて、そんなことあなたのためにも僕のためにもならないから僕はやりはしませんよ。けれどもそんなことでもしようとうんです。僕あなたくらい大事だいじなものは世界中せかいじゅうないんです。どうか僕をあいしてください」
シグナレスは、じっと下の方を見てだまって立っていました。本線シグナルつきのせいのひく電信柱でんしんばしらは、まだでたらめの歌をやっています。

 

2017年12月29日

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