夏目漱石「こころ」下 39 40 山口雄介朗読

夏目漱石「こころ」下 39 40 山口雄介朗読

13.72
Oct 10, 2017

三十九

「Kの生返事なまへんじ翌日よくじつになっても、その翌日になっても、彼の態度によく現われていました。彼は自分から進んで例の問題に触れようとする気色けしきを決して見せませんでした。もっとも機会もなかったのです。奥さんとお嬢さんがそろって一日うちけでもしなければ、二人はゆっくり落ち付いて、そういう事を話し合う訳にも行かないのですから。わたくしはそれをよく心得ていました。心得ていながら、変にいらいらし出すのです。その結果始めは向うから来るのを待つつもりで、あんに用意をしていた私が、折があったらこっちで口を切ろうと決心するようになったのです。
同時に私は黙ってうちのものの様子を観察して見ました。しかし奥さんの態度にもお嬢さんの素振そぶりにも、別に平生へいぜいと変った点はありませんでした。Kの自白以前と自白以後とで、彼らの挙動にこれという差違が生じないならば、彼の自白は単に私だけに限られた自白で、肝心かんじんの本人にも、またその監督者たる奥さんにも、まだ通じていないのはたしかでした。そう考えた時私は少し安心しました。それで無理に機会をこしらえて、わざとらしく話を持ち出すよりは、自然の与えてくれるものを取り逃さないようにする方が好かろうと思って、例の問題にはしばらく手を着けずにそっとしておく事にしました。
こういってしまえば大変簡単に聞こえますが、そうした心の経過には、しお満干みちひと同じように、色々の高低たかびくがあったのです。私はKの動かない様子を見て、それにさまざまの意味を付け加えました。奥さんとお嬢さんの言語動作を観察して、二人の心がはたしてそこに現われている通りなのだろうかとうたがってもみました。そうして人間の胸の中に装置された複雑な器械が、時計の針のように、明瞭めいりょういつわりなく、盤上ばんじょうの数字を指しるものだろうかと考えました。要するに私は同じ事をこうも取り、ああも取りした揚句あげくようやくここに落ち付いたものと思って下さい。更にむずかしくいえば、落ち付くなどという言葉は、この際決して使われた義理でなかったのかも知れません。
そのうち学校がまた始まりました。私たちは時間の同じ日には連れ立ってうちを出ます。都合がよければ帰る時にもやはりいっしょに帰りました。外部から見たKと私は、何にも前と違ったところがないように親しくなったのです。けれども腹の中では、各自てんでん各自てんでんの事を勝手に考えていたに違いありません。ある日私は突然往来でKに肉薄しました。私が第一に聞いたのは、この間の自白が私だけに限られているか、または奥さんやお嬢さんにも通じているかの点にあったのです。私のこれから取るべき態度は、この問いに対する彼の答え次第でめなければならないと、私は思ったのです。すると彼はほかの人にはまだだれにも打ち明けていないと明言しました。私は事情が自分の推察通りだったので、内心うれしがりました。私はKの私より横着なのをよく知っていました。彼の度胸にもかなわないという自覚があったのです。けれども一方ではまた妙に彼を信じていました。学資の事で養家ようかを三年もあざむいていた彼ですけれども、彼の信用は私に対して少しも損われていなかったのです。私はそれがためにかえって彼を信じ出したくらいです。だからいくら疑い深い私でも、明白な彼の答えを腹の中で否定する気は起りようがなかったのです。
私はまた彼に向って、彼の恋をどう取り扱うつもりかと尋ねました。それが単なる自白に過ぎないのか、またはその自白についで、実際的の効果をも収める気なのかと問うたのです。しかるに彼はそこになると、何にも答えません。黙って下を向いて歩き出します。私は彼にかくし立てをしてくれるな、すべて思った通りを話してくれと頼みました。彼は何も私に隠す必要はないと判然はっきり断言しました。しかし私の知ろうとする点には、一言いちごんの返事も与えないのです。私も往来だからわざわざ立ち留まってそこまで突き留める訳にいきません。ついそれなりにしてしまいました。

四十

「ある日私は久しぶりに学校の図書館に入りました。私は広い机の片隅で窓から射す光線を半身に受けながら、新着の外国雑誌を、あちらこちらとり返して見ていました。私は担任教師から専攻の学科に関して、次の週までにある事項を調べて来いと命ぜられたのです。しかし私に必要な事柄がなかなか見付からないので、私は二度も三度も雑誌を借り替えなければなりませんでした。最後に私はやっと自分に必要な論文を探し出して、一心にそれを読み出しました。すると突然幅の広い机の向う側から小さな声で私の名を呼ぶものがあります。私はふと眼を上げてそこに立っているKを見ました。Kはその上半身を机の上に折り曲げるようにして、彼の顔を私に近付けました。ご承知の通り図書館ではほかの人の邪魔になるような大きな声で話をする訳にゆかないのですから、Kのこの所作しょさは誰でもやる普通の事なのですが、私はその時に限って、一種変な心持がしました。
Kは低い声で勉強かと聞きました。私はちょっと調べものがあるのだと答えました。それでもKはまだその顔を私から放しません。同じ低い調子でいっしょに散歩をしないかというのです。私は少し待っていればしてもいいと答えました。彼は待っているといったまま、すぐ私の前の空席に腰をおろしました。すると私は気が散って急に雑誌が読めなくなりました。何だかKの胸に一物いちもつがあって、談判でもしに来られたように思われて仕方がないのです。私はやむをえず読みかけた雑誌を伏せて、立ち上がろうとしました。Kは落ち付き払ってもう済んだのかと聞きます。私はどうでもいいのだと答えて、雑誌を返すと共に、Kと図書館を出ました。
二人は別に行く所もなかったので、竜岡町たつおかちょうからいけはたへ出て、上野うえのの公園の中へ入りました。その時彼は例の事件について、突然向うから口を切りました。前後の様子を綜合そうごうして考えると、Kはそのために私をわざわざ散歩にしたらしいのです。けれども彼の態度はまだ実際的の方面へ向ってちっとも進んでいませんでした。彼は私に向って、ただ漠然と、どう思うというのです。どう思うというのは、そうした恋愛のふちおちいった彼を、どんな眼で私がながめるかという質問なのです。一言いちごんでいうと、彼は現在の自分について、私の批判を求めたいようなのです。そこに私は彼の平生へいぜいと異なる点を確かに認める事ができたと思いました。たびたび繰り返すようですが、彼の天性はひとの思わくをはばかるほど弱くでき上ってはいなかったのです。こうと信じたら一人でどんどん進んで行くだけの度胸もあり勇気もある男なのです。養家ようか事件でその特色を強く胸のうちり付けられた私が、これは様子が違うと明らかに意識したのは当然の結果なのです。
私がKに向って、この際んで私の批評が必要なのかと尋ねた時、彼はいつもにも似ない悄然しょうぜんとした口調で、自分の弱い人間であるのが実際恥ずかしいといいました。そうして迷っているから自分で自分が分らなくなってしまったので、私に公平な批評を求めるよりほかに仕方がないといいました。私はかさず迷うという意味を聞きただしました。彼は進んでいいか退しりぞいていいか、それに迷うのだと説明しました。私はすぐ一歩先へ出ました。そうして退こうと思えば退けるのかと彼に聞きました。すると彼の言葉がそこで不意に行き詰りました。彼はただ苦しいといっただけでした。実際彼の表情には苦しそうなところがありありと見えていました。もし相手がお嬢さんでなかったならば、私はどんなに彼に都合のいい返事を、そのかわき切った顔の上に慈雨じうの如くそそいでやったか分りません。私はそのくらいの美しい同情をもって生れて来た人間と自分ながら信じています。しかしその時の私は違っていました。

青空文庫より

2017年11月7日

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