2016年7月

  • 別役みか朗読 「少年探偵団」1黒い魔物江戸川乱歩

  • 二宮隆朗読小川未明「ぴかぴかする夜」

    都会とかいから、あまりとおはなれていないところに、一ぽんたかっていました。
    あるなつがたのこと、そのは、おそろしさのために、ぶるぶるとぶるいをしていました。は、とおくのそらで、かみなりおとをきいたからです。
    ちいさな時分じぶんから、は、かみなりおそろしいのをよくっていました。かぜをよけて、自分じぶんをかばってくれた、あのやさしいおじさんの大木たいぼくも、あるとしなつ晩方ばんがたのこと、もくらむばかりの、いなずまといっしょにちた、かみなりのために、もとのところまでかれてしまったのでした。そればかりでない、このひろ野原のはらのそこここに、どれほどおおくのが、かみなりのために、たれてれてしまったことでしょう。
    「あまり、おおきく、たかくならないうちが、安心あんしんだ。」といわれていましたのを、は、おもました。
    しかし、いま、このは、いつしか、たかおおきくなっていたのでした。それをどうすることもできませんでした。
    は、それがために、かみなりをおそれていました。そして、いま、遠方えんぽうかみなりおとをきくと、ぶるいせずにはいられませんでした。
    このとき、どこからともなく、湿しめっぽいかぜおくられてきたように、一のたかがんできて、のいただきにまりました。
    わたしは、やまほうからけてきた。どうか、すこし、はねやすめさしておくれ。」と、たかはいいました。
    しかし、は、ぶるいしていて、よくそれにこたえることができませんでした。
    「そ、そんなことは、おやすいごようです。た、ただ、あなたのに、さわりがなければいいがとおもっています。」と、やっと、は、それだけのことをいうことができました。
    「それは、どういうわけですか。なにを、そんなに、おまえさんは、おそれているのですか?」と、たかは、かっていました。は、かみなりのくるのをおそろしがっていると、たかにかって、これまでいたり、たりしたことを、子細しさい物語ものがたったのでありました。これをいて、たかはうなずきました。
    「おまえさんのおそれるのも無理むりのないことです。かみなりは、こちらにくるかもしれません。いま、わたしは、あちらのやまのふもとをけてきたときに、ちょうど、そのちかくのむらうえあばれまわっていました。しかしそんなに心配しんぱいなさいますな。わたしが、かみなりを、こちらへ寄越よこさずに、ほかへいくようにいってあげます。」と、たかはいいました。
    は、これをくと、安心あんしんいたしました。しかし、このとりのいうことを、はたして、かみなりがききいれるだろうかと不安ふあんおもいました。そのことをは、たかにたずねますと、
    わたしは、やまにいれば、かみなりともだちとしてあそぶこともあるのですから、きくも、きかぬもありません。」と、たかは、うけあって、いいました。ちょうど、そのとき、まえよりは、いっそう、おおきくなって、かみなりおとが、とどろいたのでした。は、顔色かおいろうしなって、あおざめて、ふるえはじめたのです。たかは、そらにまきこった、黒雲くろくもがけて、たかく、たかく、がりました。そして、その姿すがたくもなかに、ぼっしてしまいました。たかは、黒雲くろくもなかけりながら、かみなりかって、さけびました。

  • 朗読カフェ第6回ライブ「ありときのこ」宮沢賢治 朗読喜多川拓郎 別役みか 福山美奈子

    ありときのこ

    宮沢賢治

    こけいちめんに、きりがぽしゃぽしゃって、あり歩哨ほしょうてつ帽子ぼうしのひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大きな羊歯しだの森の前をあちこち行ったり来たりしています。
    こうからぷるぷるぷるぷる一ぴきのあり兵隊へいたいが走って来ます。
    まれ、だれかッ」
    だい百二十八聯隊れんたい伝令でんれい!」
    「どこへ行くか」
    「第五十聯隊 聯隊本部ほんぶ
    歩哨はスナイドルしき銃剣じゅうけんを、こうのむねななめにつきつけたまま、そのの光りようやあごのかたち、それから上着うわぎそで模様もようくつのぐあい、いちいちくわしく調しらべます。
    「よし、通れ」
    伝令はいそがしく羊歯しだの森のなかへはいって行きました。
    きりつぶはだんだん小さく小さくなって、いまはもう、うすいちちいろのけむりにわり、草や木の水をいあげる音は、あっちにもこっちにもいそがしく聞こえだしました。さすがの歩哨もとうとうねむさにふらっとします。
    ひきあり子供こどもらが、手をひいて、何かひどくわらいながらやって来ました。そしてにわかにこうのならの木の下を見てびっくりして立ちどまります。
    「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」
    「家じゃない山だ」
    「昨日はなかったぞ」
    兵隊へいたいさんにきいてみよう」
    「よし」
    二疋の蟻は走ります。
    「兵隊さん、あすこにあるのなに?」
    「なんだうるさい、帰れ」
    「兵隊さん、いねむりしてんだい。あすこにあるのなに?」
    「うるさいなあ、どれだい、おや!」
    「昨日はあんなものなかったよ」
    「おい、大変たいへんだ。おい。おまえたちはこどもだけれども、こういうときには立派りっぱにみんなのおやくにたつだろうなあ。いいか。おまえはね、この森をはいって行ってアルキル中佐ちゅうさどのにお目にかかる。それからおまえはうんと走って陸地測量部りくちそくりょうぶまで行くんだ。そして二人ともこううんだ。北緯ほくい二十五東経とうけいりんところに、目的もくてきのわからない大きな工事こうじができましたとな。二人とも言ってごらん」
    北緯ほくい二十五東経とうけいりんところ目的もくてきのわからない大きな工事こうじができました」
    「そうだ。では早く。そのうち私はけっしてここをはなれないから」
    あり子供こどもらはいちもくさんにかけて行きます。
    歩哨ほしょうは剣をかまえて、じっとそのまっしろな太いはしらの、大きな屋根やねのある工事をにらみつけています。
    それはだんだん大きくなるようです。だいいち輪廓りんかくのぼんやり白く光ってぶるぶるぶるぶるふるえていることでもわかります。

     

  • 高木弘司朗読「あどけない話」高村光太郎

    智恵子抄

    高村光太郎

    あどけない話

    智恵子は東京に空が無いといふ、
    ほんとの空が見たいといふ。
    私は驚いて空を見る。
    桜若葉の間に在るのは、
    切つても切れない
    むかしなじみのきれいな空だ。
    どんよりけむる地平のぼかしは
    うすもも色の朝のしめりだ。
    智恵子は遠くを見ながら言ふ。
    阿多多羅山あたたらやまの山の上に
    毎日出てゐる青い空が
    智恵子のほんとの空だといふ。
    あどけない空の話である。

    昭和三・五

  • 第二回録音会郷圭子朗読「尾生の信」芥川龍之介

    尾生の信

    芥川龍之介

    尾生びせいは橋の下にたたずんで、さっきから女の来るのを待っている。
    見上げると、高い石の橋欄きょうらんには、蔦蘿つたかずらが半ばいかかって、時々その間を通りすぎる往来の人の白衣はくいの裾が、鮮かな入日に照らされながら、悠々と風に吹かれて行く。が、女は未だに来ない。
    尾生はそっと口笛を鳴しながら、気軽く橋の下のを見渡した。
    橋の下の黄泥こうでいの洲は、二坪ばかりの広さをあまして、すぐに水と続いている。水際みずぎわあしの間には、大方おおかたかに棲家すみかであろう、いくつもまるい穴があって、そこへ波が当る度に、たぶりと云うかすかな音が聞えた。が、女は未だに来ない。
    尾生はやや待遠しそうに水際までを移して、舟一艘いっそう通らない静な川筋を眺めまわした。
    川筋には青いあしが、隙間すきまもなくひしひしと生えている。のみならずその蘆の間には、所々ところどころ川楊かわやなぎが、こんもりと円く茂っている。だからその間を縫う水のおもても、川幅の割には広く見えない。ただ、おびほどの澄んだ水が、雲母きららのような雲の影をたった一つ鍍金めっきしながら、ひっそりと蘆の中にうねっている。が、女は未だに来ない。
    尾生は水際から歩をめぐらせて、今度は広くもないの上を、あちらこちらと歩きながら、おもむろに暮色を加えて行く、あたりの静かさに耳を傾けた。
    橋の上にはしばらくの間、行人こうじんの跡を絶ったのであろう。くつの音も、ひづめの音も、あるいはまた車の音も、そこからはもう聞えて来ない。風の音、蘆の音、水の音、――それからどこかでけたたましく、蒼鷺あおさぎの啼く声がした。と思って立止ると、いつか潮がさし出したと見えて、黄泥こうでいを洗う水の色が、さっきよりは間近に光っている。が、女は未だに来ない。
    尾生は険しくまゆをひそめながら、橋の下のうす暗い洲を、いよいよ足早に歩き始めた。その内に川の水は、一寸ずつ、一尺ずつ、次第に洲の上へ上って来る。同時にまた川から立昇たちのぼ※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)においや水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)も、冷たく肌にまつわり出した。見上げると、もう橋の上には鮮かな入日の光が消えて、ただ、石の橋欄きょうらんばかりが、ほのかに青んだ暮方くれがたの空を、黒々と正しく切り抜いている。が、女は未だに来ない。
    尾生はとうとう立ちすくんだ。
    川の水はもう沓を濡しながら、鋼鉄よりも冷やかな光をたたえて、漫々と橋の下に広がっている。すると、ひざも、腹も、胸も、恐らくは頃刻けいこくを出ない内に、この酷薄こくはくな満潮の水に隠されてしまうのに相違あるまい。いや、そう云う内にも水嵩みずかさますます高くなって、今ではとうとう両脛りょうはぎさえも、川波の下に没してしまった。が、女は未だに来ない。
    尾生は水の中に立ったまま、まだ一縷いちるの望を便りに、何度も橋の空へ眼をやった。
    腹をひたした水の上には、とうに蒼茫そうぼうたる暮色が立ちめて、遠近おちこちに茂った蘆や柳も、寂しい葉ずれの音ばかりを、ぼんやりしたもやの中から送って来る。と、尾生の鼻をかすめて、すずきらしい魚が一匹、ひらりと白い腹をひるがえした。その魚の躍った空にも、まばらながらもう星の光が見えて、蔦蘿つたかずらのからんだ橋欄きょうらんの形さえ、いち早い宵暗の中にまぎれている。が、女は未だに来ない。……

    ―――――――――――――――――――――――――

    夜半、月の光が一川いっせんの蘆と柳とにあふれた時、川の水と微風とは静にささやき交しながら、橋の下の尾生の死骸を、やさしく海の方へ運んで行った。が、尾生の魂は、寂しい天心の月の光に、思いこがれたせいかも知れない。ひそかに死骸を抜け出すと、ほのかに明るんだ空の向うへ、まるで水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)におい※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)が音もなく川から立ち昇るように、うらうらと高く昇ってしまった。……
    それから幾千年かを隔てたのち、この魂は無数の流転るてんけみして、また生を人間じんかんに託さなければならなくなった。それがこう云う私に宿っている魂なのである。だから私は現代に生れはしたが、何一つ意味のある仕事が出来ない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、ただ、何かきたるべき不可思議なものばかりを待っている。ちょうどあの尾生が薄暮はくぼの橋の下で、永久に来ない恋人をいつまでも待ち暮したように。

    (大正八年十二月)

  • 喜多川拓郎朗読 高村光太郎 智恵子抄「レモン哀歌」

    智恵子抄

    高村光太郎

    レモン哀歌

    そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
    かなしく白くあかるい死の床で
    わたしの手からとつた一つのレモンを
    あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
    トパアズいろの香気が立つ
    その数滴の天のものなるレモンの汁は
    ぱつとあなたの意識を正常にした
    あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
    わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
    あなたの咽喉のどに嵐はあるが
    かういふ命の瀬戸ぎはに
    智恵子はもとの智恵子となり
    生涯の愛を一瞬にかたむけた
    それからひと時
    山巓さんてんでしたやうな深呼吸を一つして
    あなたの機関はそれなり止まつた
    写真の前に挿した桜の花かげに
    すずしく光るレモンを今日も置かう

    昭和一四・二

  • 久永 亮子朗読「笑わなかった少年」小川未明

     

  • 朗読カフェSTUDIO海渡みなみ朗読、新美南吉「おじ いさんのランプ」

    かくれんぼで、倉のすみにもぐりこんだ東一とういち君がランプを持って出て来た。
    それは珍らしい形のランプであった。八十センチぐらいの太い竹のつつが台になっていて、その上にちょっぴり火のともる部分がくっついている、そしてほやは、細いガラスの筒であった。はじめて見るものにはランプとは思えないほどだった。
    そこでみんなは、昔の鉄砲とまちがえてしまった。
    「何だア、鉄砲かア」と鬼の宗八そうはち君はいった。
    東一君のおじいさんも、しばらくそれが何だかわからなかった。眼鏡めがねしにじっと見ていてから、はじめてわかったのである。
    ランプであることがわかると、東一君のおじいさんはこういって子供たちをしかりはじめた。
    「こらこら、お前たちは何を持出すか。まことに子供というものは、黙って遊ばせておけば何を持出すやらわけのわからん、油断もすきもない、ぬすっとねこのようなものだ。こらこら、それはここへ持って来て、お前たちは外へ行って遊んで来い。外に行けば、電信柱でんしんばしらでも何でも遊ぶものはいくらでもあるに」
    こうして叱られると子供ははじめて、自分がよくない行いをしたことがわかるのである。そこで、ランプを持出した東一君はもちろんのこと、何も持出さなかった近所の子供たちも、自分たちみんなで悪いことをしたような顔をして、すごすごと外の道へ出ていった。
    外には、春の昼の風が、ときおり道のほこりを吹立ててすぎ、のろのろと牛車が通ったあとを、白いちょうがいそがしそうに通ってゆくこともあった。なるほど電信柱があっちこっちに立っている。しかし子供たちは電信柱なんかで遊びはしなかった。大人おとなが、こうして遊べといったことを、いわれたままに遊ぶというのは何となくばかげているように子供には思えるのである。
    そこで子供たちは、ポケットの中のラムネ玉をカチカチいわせながら、広場の方へとんでいった。そしてまもなく自分たちの遊びで、さっきのランプのことは忘れてしまった。
    日ぐれに東一君は家へ帰って来た。奥の居間いまのすみに、あのランプがおいてあった。しかし、ランプのことを何かいうと、またおじいさんにがみがみいわれるかも知れないので、黙っていた。
    夕御飯のあとの退屈な時間が来た。東一君はたんすにもたれて、ひき出しのかんをカタンカタンといわせていたり、店に出てひげをやした農学校の先生が『大根だいこん栽培の理論と実際』というような、むつかしい名前の本を番頭に注文するところを、じっと見ていたりした。
    そういうことにも飽くと、また奥の居間にもどって来て、おじいさんがいないのを見すまして、ランプのそばへにじりより、そのほやをはずしてみたり、五銭白銅貨はくどうかほどのねじをまわして、ランプのしんを出したりひっこめたりしていた。
    すこしいっしょうけんめいになっていじくっていると、またおじいさんにみつかってしまった。けれどこんどはおじいさんは叱らなかった。ねえやにお茶をいいつけておいて、すっぽんと煙管筒きせるづつをぬきながら、こういった。
    「東坊、このランプはな、おじいさんにはとてもなつかしいものだ。長いあいだ忘れておったが、きょう東坊が倉の隅から持出して来たので、また昔のことを思い出したよ。こうおじいさんみたいに年をとると、ランプでも何でも昔のものに出合うのがとてもうれしいもんだ」
    東一君はぽかんとしておじいさんの顔を見ていた。おじいさんはがみがみと叱りつけたから、おこっていたのかと思ったら、昔のランプにうことができて喜んでいたのである。
    「ひとつ昔の話をしてやるから、ここへ来てすわれ」
    とおじいさんがいった。
    東一君は話が好きだから、いわれるままにおじいさんの前へいって坐ったが、何だかお説教をされるときのようで、いごこちがよくないので、いつもうちで話をきくときにとる姿勢をとって聞くことにした。つまり、寝そべって両足をうしろへ立てて、ときどき足の裏をうちあわせる芸当げいとうをしたのである。
    おじいさんの話というのは次のようであった。
    青空文庫より

  • 二宮隆朗読小川未明「時計のない村」

     

    まちからとおはなれた田舎いなかのことであります。そのむらには、あまりんだものがありませんでした。むらじゅうで、時計とけいが、たった二つぎりしかなかったのです。
    ながあいだ、このむら人々ひとびとは、時計とかいがなくてすんできました。太陽たいようのぼりぐあいをて、およその時刻じこくをはかりました。けれど、この文明ぶんめいなかに、時計とけいもちいなくてははなしにならぬというので、むらうちでの金持かねもちの一人ひとりが、まちたときに、そのまち時計屋とけいやから、一つの時計とけいもとめたのであります。
    その金持かねもちは、いま、自分じぶんはたくさんのかねはらって、時計とけいもとめることをこころうちほこりとしました。今日きょうから、むらのものたちは、万事ばんじあつまりや、約束やくそく時間じかんを、この時計とけいによってしなければならぬとおもったからであります。
    「この時計とけいは、くるうようなことはないだろうな。」と、金持かねもちは、時計屋とけいや番頭ばんとうにたずねました。
    「けっして、くるうようなことはありません。そんなおしなではございません。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「それなら、安心あんしんだが。」と、金持かねもちは、ほほえみました。
    「このみせ時間じかんは、まちがいがないだろうな。」と、金持かねもちは、またききました。
    「けっして、まちがってはいません。標準時ひょうじゅんじわせてございます。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「それなら、安心あんしんだ。」と、金持かねもちはおもったのであります。
    金持かねもちは、った時計とけい大事だいじにして、自分じぶんむらってかえりました。
    これまで、時計とけいというものをなれなかったむら人々ひとびとは、毎日まいにちのように、その金持かねもちのうちしかけてきました。そして、ひとりでにうごはりて、不思議ふしぎおもいました。また、金持かねもちから時間じかん見方みかたおそわって、かれらは、はたけにいっても、やまにいっても、ると時計とけいはなしをしたのであります。
    このむらに、もう一人ひとり金持かねもちがありました。そのおとこは、むらのものが、一ぽう金持かねもちのうちにばかり出入でいりするのをねたましくおもいました。時計とけいがあるばかりに、みんなが、そのうちへゆくのがしゃくにさわったのであります。
    「どれ、おれも、ひとつ時計とけいってこよう。そうすれば、きっとおれのところへもみんながやってくるにちがいない。」と、そのおとこおもったのです。
    おとこは、まちました。そして、もう一人ひとり金持かねもちが時計とけいったみせと、ちがったみせへゆきました。そのみせも、まちでのおおきな時計屋とけいやであったのです。おとこは、いろいろなかたち時計とけいをこのみせました。なるたけ、めずらしいとおもったのを、おとこえらびました。
    「この時計とけいは、くるわないだろうか。」と、おとこは、みせ番頭ばんとういました。
    「そんなことは、けっしてございません。保険付ほけんつきでごさいます。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「その時計とけい時間じかんは、っているだろうか。」と、おとこはたずねました。
    標準時ひょうじゅんじっています。」と、番頭ばんとうこたえました。
    ねじさえかけておけは、いつまでたってもまちがいはないだろうか。」と、おとこは、ねんのためにいました。
    「この時計とけいは、幾年いくねんたっても、くるうようなことはございません。」と、番頭ばんとうこたえました。
    おとこは、これをってかえれば、むらのものたちが、みんなにやってくるとおもって、その時計とけいって大事だいじにしてむりかえりました。
    もう一人ひとり金持かねもちが、べつ時計とけいまちからってきたといううわさがむらにたつと、はたして、みんながやってきました。
    青空文庫より

  • 別役みか朗読 宮原晃一郎「虹猫の大女退治」


    虹猫の大女退治

    宮原晃一郎
     木精こだまの国をたつて行つた虹猫にじねこは、しばらく旅行をしてゐるうち、ユタカの国といふ大へん美しい国につきました。
     こゝはふしぎな国でした。大きな森もあれば、えもいはれぬ色や匂にほひのする花の一ぱいに生えた大きな/\野原もありました。空はいつも青々とすみわたつて、その国に住まつてゐる人たちはいつも何の不平もなささうに、にこ/\してゐます。でも、たつた一つのことが気にかゝつてゐるのでした。
     そのわけは、この国のまん中の、高い岩のがけの上に、一つの大きなお城がたつてゐます。そのお城には――土地の人たちが虹猫に話したところによると――一人の悪い大女がゐて、この国の人たちをさかんにいぢめ、しじう、物を盗んで行きます。ひどいことには、子供までもさらつて行くのでした。

     虹猫は、じつさいに、目のあたりこの大女を見たといふ人には、誰たれともあひませんでした。が、大女の恐ろしい顔や、そのすることについて、身の毛もよだつやうな話を聞かされました。
     なんでも、その大女は、あたりまへの人間のせいの三倍も高くて、その髪はふとい繩なはのやうによれて目からは焔ほのほが吹ふき出してゐる。くさめをすると、まるで雷が鳴るやうな、凄すごい音がして、木や草は嵐あらしにあつたやうに吹きなびかされる。ぢだんだをふむと小さな村なんか一ぺんで、ひつくり返つてしまふ。そればかりでなく、その大女は魔物だけあつて、魔法をつかふことができるといふので、土地の人たちは何よりもそれを一ばん恐こはがつてゐました。

     暗い夜など、大女は六疋ぴきの竜にひかせた車にのつて、お城から降りてくるといふのでした。で、土地の人たちはそのすごい音を聞くと、めい/\自分の家ににげこんで戸をしめ、窓に錠をかけて、ぶるぶるふるへてゐるのでした。うちにゐても、納屋だの倉だの小屋だのを大女が家やさがしして、牛や馬をひき出して行く音が聞えるのでした。
     さうかと思ふと、闇やみのうちに大きな声がして、
    「こら、きさまたちの宝を出せ、出さないと子供をとつて行くぞ。」といふ叫びが聞えるのです。土地の人たちは、仕方なしに窓を開けて、こは/″\、その宝物を外に投げ出すのです。
     又ときには、いつか知ら、立札が出て、これ/\の品物をお城の門のところへ持つて来て置かないと大女が降りて来て、みんなをひどい目にあはすぞと書いてあることもあります。土地の人たちは、その立札どほり品物を持つて行つて、お城の門へ置いて来ますが、そのたんびに、そこで見て来たいろんな恐ろしい話を伝へます。

     或人あるひとは、大女の靴くつを女中が磨みがいてゐるのを見たと言ひます。その靴は、ちやうど乾草ほしくさをつんだ大きな荷車ほどあつたといふ話です。
     又他ほかの者は、大女が洗濯物せんたくものを繩に干してゐるのを見て、腰をぬかさんばかりに驚いて、走つて自分の家に帰つたが、一週間ばかりは起きることができなかつたとも言ひます。
     けれども、一ばん悪いことは家うちのそばを少し遠くはなれた子供が、ふつと姿を隠して、それつきり帰つて来ないことでした。
     取り残された子供の話によると、とほうもなく大きなマントを頭からかぶつた、えたいの知れないものが、どこからかヒヨツクリ飛び出して、自分たちの仲間の一人を引つさらつて森の中へ走つてにげたといふのでした。
     だから、親たちは、ちよつとの間でもその子供から目をはなすことができなくなつていつ大女が出てくるかと、そればかり心配してゐるので、仕合せといふものが、国ぢうから、だん/\消えてなくなりました。
    青空文庫より