2016年5月

  • 西村俊彦朗読「闇の絵巻」梶井基次郎

    闇の絵巻

    梶井基次郎

    最近東京を騒がした有名な強盗がつかまって語ったところによると、彼は何も見えない闇の中でも、一本の棒さえあれば何里でも走ることができるという。その棒を身体の前へ突き出し突き出しして、畑でもなんでも盲滅法めくらめつぽうに走るのだそうである。
    私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに爽快そうかい戦慄せんりつを禁じることができなかった。
    やみ! そのなかではわれわれは何を見ることもできない。より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る。こんななかでは思考することさえできない。何がるかわからないところへ、どうして踏み込んでゆくことができよう。勿論われわれはすり足でもして進むほかはないだろう。しかしそれは苦渋や不安や恐怖の感情で一ぱいになった一歩だ。その一歩を敢然と踏み出すためには、われわれは悪魔を呼ばなければならないだろう。裸足はだしあざみを踏んづける! その絶望への情熱がなくてはならないのである。
    闇のなかでは、しかし、もしわれわれがそうした意志を捨ててしまうなら、なんという深い安堵あんどがわれわれを包んでくれるだろう。この感情を思い浮かべるためには、われわれが都会で経験する停電を思い出してみればいい。停電して部屋が真暗になってしまうと、われわれは最初なんともいえない不快な気持になる。しかしちょっと気を変えて呑気のんきでいてやれと思うと同時に、その暗闇は電燈の下では味わうことのできないさわやかな安息に変化してしまう。
    深い闇のなかで味わうこの安息はいったいなにを意味しているのだろう。今は誰の眼からも隠れてしまった――今は巨大な闇と一如いちにょになってしまった――それがこの感情なのだろうか。
    私はながい間ある山間の療養地に暮らしていた。私はそこで闇を愛することを覚えた。昼間は金毛の兎が遊んでいるように見える谿たに向こうの枯萱山かれかややまが、夜になると黒ぐろとした畏怖いふに変わった。昼間気のつかなかった樹木が異形いぎょうな姿を空に現わした。夜の外出には提灯ちょうちんを持ってゆかなければならない。月夜というものは提灯のらない夜ということを意味するのだ。――こうした発見は都会から不意に山間へ行ったものの闇を知る第一階梯かいていである。
    私は好んで闇のなかへ出かけた。溪ぎわの大きなしいの木の下に立って遠い街道の孤独の電燈を眺めた。深い闇のなかから遠い小さな光を跳めるほど感傷的なものはないだろう。私はその光がはるばるやって来て、闇のなかの私の着物をほのかに染めているのを知った。またあるところでは溪の闇へ向かって一心に石を投げた。闇のなかには一本のゆずの木があったのである。石が葉を分けて戞々かつかつと崖へ当った。ひとしきりすると闇のなかからは芳烈な柚の匂いが立ちのぼって来た。
    こうしたことは療養地の身を噛むような孤独と切り離せるものではない。あるときは岬の港町へゆく自動車に乗って、わざと薄暮の峠へ私自身を遺棄された。深い溪谷が闇のなかへ沈むのを見た。夜が更けて来るにしたがって黒い山々の尾根が古い地球の骨のように見えて来た。彼らは私のいるのも知らないで話し出した。
    「おい。いつまで俺達はこんなことをしていなきゃならないんだ」
    私はその療養地の一本の闇の街道を今も新しい印象で思い出す。それはたにの下流にあった一軒の旅館から上流の私の旅館まで帰って来る道であった。溪に沿って道は少し上りになっている。三四町もあったであろうか。その間にはごく稀にしか電燈がついていなかった。今でもその数が数えられるように思うくらいだ。最初の電燈は旅館から街道へ出たところにあった。夏はそれに虫がたくさん集まって来ていた。一匹の青蛙あおがえるがいつもそこにいた。電燈の真下の電柱にいつもぴったりと身をつけているのである。しばらく見ていると、その青蛙はきまったように後足を変なふうに曲げて、背中をねをした。電燈から落ちて来る小虫がひっつくのかもしれない。いかにも五月蠅うるさそうにそれをやるのである。私はよくそれを眺めて立ち留っていた。いつも夜けでいかにも静かな眺めであった。

  • 別役みか朗読 「虹猫と木精」宮原晃一郎

    虹猫と木精

    宮原晃一郎

     第一回の旅行をすまして、おうちへ帰つた虹猫にじねこは、第二回の旅行にかゝりました。
    或日あるひ、れいのとほり、仕度をして、ぶらりとうちを出て、どことはなしに、やつて行きますと、とうとう木精こだまの国に来てしまひました。木精といふやつは面白い、愉快な妖精えうせいで、人に害をするやうなこともなく、たゞ鳥のやうに木にすまつてゐるのです。けれども鳥とちがつて、飛ぶことはできないのです。もつとも、鳥とはだいの仲よしで、鳥の言葉がよくわかりますから、郵便や電信などによらないで、おたがひに通信ができるのでした。

    冬になりますと、木精は木からうつゝて、地の下の穴の中に入るのです。何しろ、はれ/″\とした木の上から、じめ/\して、きたならしい土の下に行くのですもの、大へんなちがひです。だから木精はだれもみな、春になるのを待ちどほしがつて、草が芽をふき、鳥がのどを鳴らして、春を知らせると、もう大よろこびなのです。
    木精の国にはほかに動物はゐません。けれども虹猫は、古くから、この国に出入りして、おなじみですから、いつか雲の国に行つたと同様、かんげいされたのです。
    木精は風がはりなたちで、人は人、自分は自分といふ風で、ほかの妖精を自分の国に住まはせません。それだからといつて、別だん、他の妖精と喧嘩けんくわをするわけでもありません。いや/\、かへつて、みんなと仲好くしてゐます。さうして、木精は、音楽をよくしますけれど、そのおもな仕事は、妖精の着物をこしらへることなのです。
    その着物といふのは、とても想像も及ばぬほど、小さな/\、微妙な織物で、いろ/\さま/″\な、美しい、価のたかい材料で出来てゐるのです。たとへば、金蜘蛛きんぐも銀蜘蛛ぎんぐもといふ、とくべつな蜘蛛の糸はもちろんのこと、その外に月の光り、蚕からとつた、それは/\柔かい生糸、魔術の井戸水にひたして色のさめないやうにした花びら、もうせんごけ、水のあわ、草の葉の筋など、そのほか、数かぎりのない材料が使はれるのです。

    さて、この着物ができあがると、鳥がそれをもつて、妖精のところへ行き、代りの註文を受取つてくるのです。
    ごくとくべつの場合には、註文ちゆうもんをした妖精が寸法を合はせに来たり、服地やら、スタイルやらをえらびに、自分から出かけてくることもありますが、そんなことは、さう、たび/\ではありません。なぜかといふに、木精の縫つた服は、よくからだに合ひスタイルも見事だからです。

    虹猫にじねこは木精の国に行くことが、大へん好きでした。
    虹猫は、木精の国では、美しい、ぶなの木に住まつてゐました。朝日が、木の葉をとほして、射すときには、その小さなおうちは、なんともいへない、可愛らしい薔薇色ばらいろにそまつて、それはきれいに見えるのです。毎朝、小さな鳥が声をそろへて、歌をうたつて、虹猫に聞かせ、又夕方になると、いつも子守歌をうたつて、すや/\ねむらせてくれます。
    小さな鳥どもは、虹猫を、大へん立派な、きれいな人だと思つてゐました。そしてそれはじつさいのことです。

  • 二宮隆朗読夢野久作「豚と猪」

     

    豚と猪

    夢野久作

     豚が猪に向って自慢をしました。
    「私ぐらい結構な身分はない。食べる事から寝る事まですっかり人間に世話をして貰って、御馳走はイヤと言う程たべるからこんなにふとっている。ひとと喧嘩をしなくてもいいから牙なんぞは入り用がない。私とお前さんとは親類だそうだが、おなじ親類でもこんなに身分が違うものか」
    猪はこれを聞くと笑いました。
    「人間と言うものはただでいつまでも御馳走を食わせて置くような親切なものじゃないよ。ひとの厄介になって威張るものは今にきっと罰が当るから見ておいで」
    猪の言った事はとうとう本当になりました。豚は間もなく人間に殺されて食われてしまいました。

    二宮隆 朗読

    夢野久作「蛇と蛙」

    蛇と蛙

    夢野久作

    冬になると蛇も蛙も何もたべなくなって土の中へもぐってしまいます。
    秋の末になって一匹の蛇が蛙に近づいて、
    「どうだい。今までは敵同士だったが、もう君をたべなくてもいいから仲直りをして一緒の穴へ入ろうじゃないか」
    と言いますと、蛙は眼をパチクリさして頭をふりました。
    「嫌なこった。そんなことを言って来年の春あたたかくなったら一番に私をたべる積りだろう。私と仲よくしたいならふだんから私たちをたべないようにするがいい」

    二宮隆朗読

    夢野久作「ペンとインキ」

    ペンとインキ

    夢野久作

    ペン先がインキにこう言いました。
    「お前位イヤなものはない。私がいくら金の衣服を着ていても、お前はすぐに錆さして役に立たなくしてしまう。私はお前みたいなもの大嫌いさ」
    インキはこう答えました。
    「ペンは錆るのが役目じゃない。インキはなくなるのがつとめじゃない。一緒になって字を書くのが役目さ。錆るのがイヤなら鉄に生まれて来ない方がいいじゃないか。インキがイヤなら何だってペンに生まれて来たんだえ」

    二宮隆朗読

    夢野久作「懐中時計」

    懐中時計

    夢野久作

    懐中時計が箪笥の向う側へ落ちて一人でチクタクと動いておりました。
    鼠が見つけて笑いました。
    「馬鹿だなあ。誰も見る者はないのに、何だって動いているんだえ」
    「人の見ない時でも動いているから、いつ見られても役に立つのさ」
    と懐中時計は答えました。
    「人の見ない時だけか、又は人が見ている時だけに働いているものはどちらも泥棒だよ」
    鼠は恥かしくなってコソコソと逃げて行きました。

    二宮隆朗読

    夢野久作「蚤と蚊」

    蚤と蚊

    夢野久作

    夏の暑い日になまけものがひるねをしておりますと、蚤と蚊が代る代るやって来て刺したり食いついたりしました。なまけ者は怒りだして、
    「折角ひとが寝ているのに何だっていたずらをするのだ」
    と叱りつけました。
    蚤と蚊とは声をそろえて答えました。
    「私たちはあなたのように寝ころんでいるなまけものがすきなのです。私たちに好かれないようになりたいならば、起き上ってセッセとお働きなさい」

  • 岡田慎平朗読「三国志」桃園の巻吉川英治 白芙蓉一

    びゃくふよう

    白芙蓉

    それは約五十名ほどの賊の小隊であった。中にに乗っている二、三の賊将が鉄鞭てつべんして、何かいっていたように見えたが、やがて、馬元義の姿を見かけたか、寺のほうへ向って、一散に近づいてきた。
    「やあ、李朱氾りしゅはん。遅かったじゃないか」
    こなたの馬元義も、石段から伸び上がっていうと、
    「おう大方だいほう、これにいたか」と、李と呼ばれた男も、そのほかの仲間も、つづいて驢の鞍から降りながら、
    「峠の孔子廟こうしびょうで待っているというから、あれへ行った所、姿が見えないので、俺たちこそ、大まごつきだ。遅いどころじゃない」と、汗をふきふき、かえって馬元義に向って、不平を並べたが、同類の冗談半分とみえて、責められたのほうも、げらげら笑うのみだった。
    「ところで、ゆうべの収穫みいりはどうだな。洛陽船をあてに、だいぶ諸方の商人あきんどが泊っていた筈だが」
    「大していう程の収穫もなかったが、一村焼き払っただけの物はあった。その財物は皆、荷駄にして、例の通りわれわれの営倉へ送っておいたが」
    「近頃は人民どもも、金はけて隠しておく方法をおぼえたり、商人なども、隊伍を組んで、俺たちが襲うまえに、うまく逃げ散ってしまうので、だんだん以前のようにうまいわけには行かなくなったなあ」
    「ウム、そういえば、先夜も一人惜しいやつを取逃がしたよ」
    「惜しい奴? ――それは何か高価な財宝でも持っていたのか」
    「なあに、砂金や宝石じゃないが、洛陽船から、茶を交易した男があるんだ。知っての通り、盟主張角様には、茶ときては、眼のない好物。これはぜひかすめとって、大賢良師だいけんりょうしへご献納もうそうと、そいつの泊った旅籠はたごも目ぼしをつけておき、その近所から焼き払って踏みこんだところ、いつの間にか、逃げせてしまって、とうとう見つからない。――こいつあ近頃の失策だったよ」
    賊の李朱氾りしゅはんは、劉備のすぐそばで、それを大声で話しているのだった。
    劉備は、驚いた。
    そして思わず、懐中ふところに秘していたすずの小さい茶壺ちゃつぼをそっとさわってみた。
    すると、馬元義は、
    「ふーむ」と、うめきながら、改めて後ろにいる劉青年を振向いてから、さらに、李へ向って、
    「それは、幾歳いくつぐらいな男か」
    「そうさな。俺も見たわけでないが、ぎつけた部下のはなしによると、まだ若いみすぼらしい風態ふうていの男だが、どこか凛然りんぜんとしているから、油断のならない人間かも知れないといっていたが」
    「じゃあ、この男ではないのか」
    馬元義は、すぐ傍らにいる劉備を指さして、いった。
    「え?」
    李は、意外な顔をしたが、馬元義から仔細しさいを聞くとにわかに怪しみ疑って、
    「そいつかもしれない。――おういっ、丁峰ていほう、丁峰」
    と、池畔にたむろさせてある部下の群れへ向ってどなった。
    手下の丁峰は、呼ばれて、屯の中から馳けてきた。李は、黄河で茶を交易した若者は、この男ではないかと、劉の顔を指さして、質問した。
    丁は、劉青年を見ると、惑うこともなくすぐ答えた。
    「あ。この男です。この若い男に違いありません」
    「よし」
    李は、そういって、丁峰を退けると、馬元義と共に、いきなり劉備の両手を左右からねじあげた。

    「こら、貴様は茶をかくしているというじゃないか。その茶壺をこれへ出してしまえ」
    馬元義も責め、李朱氾りしゅはんも共に、劉備のきき腕を、ねじ抑えながらおどした。
    「出さぬと、ぶった斬るぞ。今もいった通り、張角良師のご好物だが、良師のご威勢でさえ、めったに手にはいらぬ程の物だ。貴様のような下民げみんなどが、茶を持ったところで、何となるものか。われわれの手を経て、良師へ献納してしまえ」
    劉備は、云いのがれのきかないことを、はやくも観念した。しかし、故郷くにの母が、いかにそれを楽しみに待っているかを思うと、自分の生命いのちを求められたより辛かった。
    (何とか、ここをのがれる工夫はないものか)
    となお、未練をもって、両手の痛みをこらえていると、李朱氾の靴は、気早に劉備の腰を蹴とばして、「おしか、つんぼか、おのれは」と、ののしった。
    そして、よろめく劉備の襟がみを、つかみもどして、
    「あれに、血に飢えている五十の部下がこちらを見て、を欲しがっているのが、眼に見えないか。返辞をしろ」と、威猛高いたけだかにいった。
    劉備は二人の土足の前へ、そうしてひれ伏したまま、まだ、母の歓びを売って、この場を助かる気持になれないでいたが、ふと、眼を上げると、寺門の陰にたたずんで、こちらを覗いていた最前の老僧が、
    (物など惜しむことはない。求める物は、何でも与えてしまえ、与えてしまえ)
    と、手真似をもって、しきりと彼の善処をうながしている。
    劉備もすぐ、(そうだ。この身体を傷つけたら、母にも大不孝となる)と思って、心をきめたが、それでもまだ懐中ふところの茶壺は出さなかった。腰にいている剣の帯革を解いて、
    「これこそは、父の遺物かたみですから、自分の生命いのちの次の物ですが、これを献上します。ですから、茶だけは見のがして下さい」と哀願した。
    すると、馬元義は、
    「おう、その剣は、俺がさっきから眼をつけていたのだ。貰っておいてやる」とり上げて、「茶のことは、俺は知らん」と、空うそぶいた。
    李朱氾りしゅはんは、前にもまして怒りだして、一方へ剣を渡して、俺になぜ茶壺を渡さないかと責めた。
    劉備は、やむなく、肌深く持っていたすずの小壺まで出してしまった。李は、宝珠ほうしゅをえたように、両掌りょうてを捧げて、
    「これだ、これだ。洛陽の銘葉めいように違いない。さだめし良師がおよろこびになるだろう」と、いった。
    賊の小隊はすぐ先へ出発する予定らしかったが、ひとりの物見が来て、ここから十里ほどの先の河べりに、県の吏軍が約五百ほど野陣を張り、われわれを捜索しているらしいという報告をもたらした。で、にわかに、「では、今夜はここへ泊れ」となって、約五十の黄巾賊は、そのまま寺を宿舎にして、携帯の糧嚢りょうのうを解きはじめた。
    夕方の炊事の混雑をうかがって、劉備は今こそ逃げるによいしおと、薄暮の門を、そっと外へ踏みだしかけた。
    「おい。どこへ行く」
    賊の哨兵しょうへいは、見つけるとたちまち、大勢して彼を包囲し、奥にいる馬元義と李朱氾へすぐ知らせた。

    青空文庫より

     

  • 有り難うございます。

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  • 田中智之朗読 「京都日記」芥川龍之介

    京都日記

    芥川龍之介

    光悦寺

    光悦寺くわうえつじへ行つたら、本堂の横手の松の中に小さな家が二軒立つてゐる。それがいづれも妙にをさまつてゐる所を見ると、物置きなんぞの類ではないらしい。らしいどころか、その一軒には大倉喜八郎おほくらきはちらう氏の書いたがくさへもかかつてゐる。そこで案内をしてくれた小林雨郊こばやしうかう君をつかまへて、「これはなんです」と尋ねたら、「光悦会くわうえつくわいで建てた茶席です」と云ふ答へがあつた。
    自分は急に、光悦会がくだらなくなつた。
    「あの連中は光悦に御出入おでいりを申しつけた気でゐるやうぢやありませんか。」
    小林君は自分の毒口どくぐちを聞いて、にやにや笑ひ出した。
    「これが出来たのでたかみねわしみねとが続いてゐる所が見えなくなりました。茶席など造るより、あの辺の雑木ざふきでも払へばよろしいにな。」
    小林君が洋傘かうもりで指さしたはうを見ると、成程なるほどもぢやもぢや生え繁つた初夏しよか雑木ざふきこずゑが鷹ヶ峯の左の裾を、鬱陶うつたうしく隠してゐる。あれがなくなつたら、山ばかりでなく、向うに光つてゐる大竹藪おほたけやぶもよく見えるやうになるだらう。第一その方が茶席を造るよりは、手数てすうがかからないのに違ひない。
    それから二人ふたり庫裡くりへ行つて、住職の坊さんに宝物はうもつを見せて貰つた。その中に一つ、銀の桔梗ききやうきんすすきとが入り乱れた上に美しい手蹟しゆせきで歌を書いた、八寸四方くらゐの小さなぢくがある。これはすすきの葉の垂れた工合ぐあひが、殊に出来が面白い。小林君は専門家だけに、それを床柱とこばしらにぶら下げて貰つて、「よろしいな。銀もよう焼けてゐる」とかなんとか云つてゐる。自分は敷島しきしまくはへて、まだ仏頂面ぶつちやうづらをしてゐたが、やはりこの絵を見てゐると、落着きのある、ほがらかい心もちになつて来た。
    が、しばらくすると住職の坊さんが、小林君の方を向いて、こんな事を云った。
    「もう少しすると、又一つ茶席が建ちます。」
    小林君もこれにはいささか驚いたらしい。
    「又光悦会ですか。」
    「いいえ、今度は個人でございます。」
    自分は忌々いまいましいのを通り越して、へんな心もちになつた。一体光悦くわうえつをどう思つてゐるのだか、光悦寺をどう思つてゐるのだか、もう一つついでに鷹ヶ峯をどう思つてゐるのだか、かうなると、到底たうてい自分には分らない。そんなに茶席が建てたければ、茶屋四郎次郎ちややしらうじらう邸跡やしきあとや何かの麦畑でも、もつと買占めて、むやみに囲ひを並べたらよからう。さうしてその茶席ののきがくでも提灯ちやうちんでもべた一面に懸けるがい。さうすれば自分も始めから、わざわざ光悦寺などへやつて来はしない。さうとも。誰が来るものか。
    あとで外へ出たら、小林君が「い時に来ました。この上茶席が建つたらどうもなりません。」と云つた。さう思つて見ればたしかに好い時に来たのである。が、一つの茶席もない、更に好い時に来なかつたのは、返す返すも遺憾ゐかんに違ひない。――自分は依然として仏頂面ぶつちやうづらをしながら、小林君と一しよに竹藪のうしろに立つてゐる寂しい光悦寺の門を出た。

    青空文庫より

  • 西村俊彦朗読「愛撫」梶井基次郎

    愛撫
    梶井基次郎
     猫の耳というものはまことに可笑おかしなものである。薄べったくて、冷たくて、竹の子の皮のように、表には絨毛じゆうもうが生えていて、裏はピカピカしている。硬かたいような、柔らかいような、なんともいえない一種特別の物質である。私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやってみたくて堪たまらなかった。これは残酷な空想だろうか?
     否。まったく猫の耳の持っている一種不可思議な示唆しさ力によるのである。私は、家へ来たある謹厳な客が、膝へあがって来た仔猫の耳を、話をしながら、しきりに抓つねっていた光景を忘れることができない。
     このような疑惑は思いの外に執念深いものである。「切符切り」でパチンとやるというような、児戯に類した空想も、思い切って行為に移さない限り、われわれのアンニュイのなかに、外観上の年齢を遙はるかにながく生き延びる。とっくに分別のできた大人が、今もなお熱心に――厚紙でサンドウィッチのように挾んだうえから一思いに切ってみたら? ――こんなことを考えているのである! ところが、最近、ふとしたことから、この空想の致命的な誤算が曝露ばくろしてしまった。
     元来、猫は兎のように耳で吊つり下げられても、そう痛がらない。引っ張るということに対しては、猫の耳は奇妙な構造を持っている。というのは、一度引っ張られて破れたような痕跡が、どの猫の耳にもあるのである。その破れた箇所には、また巧妙な補片つぎが当っていて、まったくそれは、創造説を信じる人にとっても進化論を信じる人にとっても、不可思議な、滑稽な耳たるを失わない。そしてその補片つぎが、耳を引っ張られるときの緩ゆるめになるにちがいないのである。そんなわけで、耳を引っ張られることに関しては、猫はいたって平気だ。それでは、圧迫に対してはどうかというと、これも指でつまむくらいでは、いくら強くしても痛がらない。さきほどの客のように抓つねって見たところで、ごく稀まれにしか悲鳴を発しないのである。こんなところから、猫の耳は不死身のような疑いを受け、ひいては「切符切り」の危険にも曝さらされるのであるが、ある日、私は猫と遊んでいる最中に、とうとうその耳を噛かんでしまったのである。これが私の発見だったのである。噛まれるや否や、その下らない奴は、直ちに悲鳴をあげた。私の古い空想はその場で壊こわれてしまった。猫は耳を噛まれるのが一番痛いのである。悲鳴は最も微かすかなところからはじまる。だんだん強くするほど、だんだん強く鳴く。Crescendo のうまく出る――なんだか木管楽器のような気がする。
     私のながらくの空想は、かくの如くにして消えてしまった。しかしこういうことにはきりがないと見える。この頃、私はまた別なことを空想しはじめている。
     それは、猫の爪をみんな切ってしまうのである。猫はどうなるだろう? おそらく彼は死んでしまうのではなかろうか?
    青空文庫より

  • 福山美奈子朗読小泉八雲「葬られたる秘密」

    葬られたる秘密
    A DEAD SECRET
    小泉八雲 Lafcadio Hearn
    戸川明三訳
     むかし丹波の国に稻村屋源助という金持ちの商人が住んでいた。この人にお園という一人の娘があった。お園は非常に怜悧で、また美人であったので、源助は田舎の先生の教育だけで育てる事を遺憾に思い、信用のある従者をつけて娘を京都にやり、都の婦人達の受ける上品な芸事を修業させるようにした。こうして教育を受けて後、お園は父の一族の知人――ながらやと云う商人に嫁かたづけられ、ほとんど四年の間その男と楽しく暮した。二人の仲には一人の子――男の子があった。しかるにお園は結婚後四年目に病気になり死んでしまった。
     その葬式のあった晩にお園の小さい息子は、お母さんが帰って来て、二階のお部屋に居たよと云った。お園は子供を見て微笑んだが、口を利きはしなかった。それで子供は恐わくなって逃げて来たと云うのであった。そこで、一家の内の誰れ彼れが、お園のであった二階の部屋に行ってみると、驚いたことには、その部屋にある位牌の前に点ともされた小さい灯明の光りで、死んだ母なる人の姿が見えたのである。お園は箪笥すなわち抽斗になっている箱の前に立っているらしく、その箪笥にはまだお園の飾り道具や衣類が入っていたのである。お園の頭と肩とはごく瞭然はっきり見えたが、腰から下は姿がだんだん薄くなって見えなくなっている――あたかもそれが本人の、はっきりしない反影のように、また、水面における影の如く透き通っていた。
     それで人々は、恐れを抱き部屋を出てしまい、下で一同集って相談をしたところ、お園の夫の母の云うには『女というものは、自分の小間物が好きなものだが、お園も自分のものに執著していた。たぶん、それを見に戻ったのであろう。死人でそんな事をするものもずいぶんあります――その品物が檀寺にやられずにいると。お園の著物や帯もお寺へ納めれば、たぶん魂も安心するであろう』
     で、出来る限り早く、この事を果すという事に極められ、翌朝、抽斗を空からにし、お園の飾り道具や衣裳はみな寺に運ばれた。しかしお園はつぎの夜も帰って来て、前の通り箪笥を見ていた。それからそのつぎの晩も、つぎのつぎの晩も、毎晩帰って来た――ためにこの家は恐怖の家となった。
    青空文庫より

  • 萩柚月朗読、銭形平次捕物控 城の絵図面 









    錢形平次捕物控
    城の繪圖面
    野村胡堂

    「親分、大變な野郎が來ましたぜ」
     ガラツ八の八五郎は、拇指おやゆびで自分の肩越しに指し乍ら、入口の方へ頤あごをしやくつて見せます。
    「大變な野郎――?」
     錢形の平次は、岡つ引には過ぎた物の本に吸付いて、顏を擧げようともしません。
    「二本差りやんこが二人――」
    「馬鹿野郎、御武家を野郎呼ばはりする奴があるものか、無禮討にされても俺の知つたことぢやないぜ」
    「でもね親分、立派なお武家が二人、敷居を舐なめるやうにして、――平次殿御在宿ならば御目にかゝりたい、主人姓名の儀は仔細あつて申兼ねるが、拙者は石津右門いしづうもん、大垣伊右衞門と申すもの――てやがる。まるでお芝居だね、へツ、へツ、へツ、へツ」
     ガラツ八は、箍たがの拔けた桶をけのやうに、手の付けやうのない馬鹿笑ひをするのです。
    「御身分の方だらう、丁寧にお通し申すんだ。――その馬鹿笑ひだけなんとか片附けろ、呆れた野郎だ」
     小言をいひ乍ら平次は、取散らかした部屋の中を片附けて、少し煎餅せんべいになつた座蒲團を二枚、上座らしい方角へ直します。
    「これは、平次殿か、飛んだ邪魔をいたす。拙者は石津右門――」
    「拙者は大垣伊右衞門と申す者」
     二人の武家は開き直つて挨拶するのです。――石津右門といふのは、五十前後の鬼が霍亂くわくらんを思つたやうな惡相の武家、眼も鼻も口も大きい上に、澁紙しぶがみ色の皮膚、山のやうな兩肩、身扮みなりも、腰の物も、代表型テイピカルな淺黄あさぎ裏のくせに、聲だけは妙に物優しく、折目正しい言葉にも、女のやうな柔かい響があります。
     大垣伊右衞門といふのは、それより四つ五つ若く、これは美男と言つてもいゝでせう、秀ひいでた眉、高い鼻、少し大きいが紅い唇、謠うたひの地があるらしい錆さびを含んだ聲、口上も江戸前でハキハキして居ります。
    「私が平次でございますが――御用は?」
     平次は靜かに顏をあげました。
    「外ではない。町方の御用を勤める平次殿には、筋違ひの仕事であらうが、人間二人三人の命に係はる大事、折入つて頼みたいことがあつて參つた――」
     石津右門は口を切るのです。
    「拙者はさる大藩の國家老、こゝに居られる大垣殿は江戸の御留守居ぢや。耻を申さねば判らぬが、三日前、當江戸上屋敷に、不測ふそくの大事が起り、拙者と大垣殿は既に腹まで掻切らうといたしたが、一藩の興廢こうはいに拘かゝはる大事、一人や二人腹を切つて濟むことではない。――兎やかう思案の果、さる人から平次殿の大名たいめいを承はり、良き智慧を拜借に參つたやうなわけぢや――」
     四角几帳面きちやうめんな話、聽いて居るだけでも肩の凝りさうなのを、ガラツ八はたまり兼ねて次の間へ避難しました。――平次殿の大名――から――良き智慧を拜借――が可笑しかつたのです。
    「旦那、お言葉中でございますが、あつしは町方の御用聞で、御武家や御大名方の紛紜いざこざに立ち入るわけには參りません。承はる前に、それはお斷り申上げた方が宜しいやうで――」
     平次が尻ごみしたのも無理はありません。腹を切り損ねて飛込んで來た武家などには、どうも附き合ひ切れないと思つたのです。石津右門の辭色じしよくは、何樣以て容易のことではなかつたのでした
    青空文庫より

  • 西村俊彦朗読 「駈込み訴え」 太宰治

    駈込み訴え
    太宰治
     申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷ひどい。酷い。はい。厭いやな奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
     はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇かたきです。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所いどころを知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月ふたつきおそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈だ。人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。それなのに私はきょう迄まであの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄ちょうろうされて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそり庇かばってあげたか。誰も、ご存じ無いのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。知っているからこそ、尚更あの人は私を意地悪く軽蔑けいべつするのだ。あの人は傲慢ごうまんだ。私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜くやしいのだ。あの人は、阿呆なくらいに自惚うぬぼれ屋だ。私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引目ひけめででもあるかのように思い込んでいなさるのです。あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。あの人に一体、何が出来ましょう。なんにも出来やしないのです。私から見れば青二才だ。私がもし居らなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死じにしていたに違いない。「狐には穴あり、鳥には塒ねぐら、されども人の子には枕するところ無し」それ、それ、それだ。ちゃんと白状していやがるのだ。ペテロに何が出来ますか。ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴こけの集り、ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣、左大臣にでもなるつもりなのか、馬鹿な奴らだ。その日のパンにも困っていて、私がやりくりしてあげないことには、みんな飢え死してしまうだけじゃないのか。私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭さいせんを巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変な贅沢ぜいたくを言い、五つのパンと魚が二つ在るきりの時でさえ、目前の大群集みなに食物を与えよ、などと無理難題を言いつけなさって、私は陰で実に苦しいやり繰りをして、どうやら、その命じられた食いものを、まあ、買い調えることが出来るのです。謂いわば、私はあの人の奇蹟の手伝いを、危い手品の助手を、これまで幾度となく勤めて来たのだ。私はこう見えても、決して吝嗇りんしょくの男じゃ無い。それどころか私は、よっぽど高い趣味家なのです。私はあの人を、美しい人だと思っている。私から見れば、子供のように慾が無く、私が日々のパンを得るために、お金をせっせと貯ためたっても、すぐにそれを一厘残さず、むだな事に使わせてしまって。けれども私は、それを恨みに思いません。あの人は美しい人なのだ。
    青空文庫