海渡みなみ

  • 太宰治「きりぎりす」海渡みなみ朗読

    きりぎりす

    太宰治

     おわかれいたします。あなたは、うそばかりついていました。私にも、いけない所が、あるのかも知れません。けれども、私は、私のどこが、いけないのか、わからないの。私も、もう二十四です。このとしになっては、どこがいけないと言われても、私には、もう直す事が出来ません。いちど死んで、キリスト様のように復活でもしない事には、なおりません。自分から死ぬという事は、一ばんの罪悪のような気も致しますから、私は、あなたと、おわかれして私の正しいと思う生きかたで、しばらく生きて努めてみたいと思います。私には、あなたが、こわいのです。きっと、この世では、あなたの生きかたのほうが正しいのかも知れません。けれども、私には、それでは、とても生きて行けそうもありません。私が、あなたのところへ参りましてから、もう五年になります。十九の春に見合いをして、それからすぐに、私は、ほとんど身一つで、あなたのところへ参りました。今だから申しますが、父も、母も、この結婚には、ひどく反対だったのでございます。弟も、あれは、大学へはいったばかりのころでありましたが、姉さん、大丈夫かい? 等と、ませた事を言って、不機嫌ふきげんな様子を見せていました。あなたが、いやがるだろうと思いましたから、きょうまで黙ってりましたが、あの頃、私には他に二つ、縁談がございました。もう記憶も薄れている程なのですが、おひとりは、何でも、帝大の法科を出たばかりの、お坊ちゃんで外交官志望とやら聞きました。お写真も拝見しました。楽天家らしい晴やかな顔をしていました。これは、池袋の大姉さんの御推薦でした。もうひとりのお方は、父の会社に勤めて居られる、三十歳ちかくの技師でした。五年も前の事ですから、記憶もはっきり致しませんが、なんでも、大きい家の総領で、人物も、しっかりしているとやら聞きました。父のお気に入りらしく、父も母も、それは熱心に、支持していました。お写真は、拝見しなかった、と思います。こんな事はどうでもいいのですが、また、あなたに、ふふんと笑われますと、つらいので、記憶しているだけの事を、はっきり申し上げました。いま、こんな事を申し上げるのは、決して、あなたへのいやがらせのつもりでも何でもございません。それは、お信じ下さい。私は、困ります。他のいいところへお嫁に行けばよかった等と、そんな不貞な、ばかな事は、みじんも考えて居りませんのですから。あなた以外の人は、私には考えられません。いつもの調子で、お笑いになると、私は困ってしまいます。私は本気で、申し上げているのです。おしまいまでお聞き下さい。あの頃も、いまも、私は、あなた以外の人と結婚する気は、少しもありません。それは、はっきりしています。私は子供の時から、愚図々々が何より、きらいでした。あの頃、父に、母に、また池袋の大姉さんにも、いろいろ言われ、とにかく見合いだけでも等と、すすめられましたが、私にとっては、見合いもお祝言しゅうげんも同じものの様な気がしていましたから、かるがると返事は出来ませんでした。そんなおかたと結婚する気は、まるっきり無かったのです。みんなの言う様に、そんな、申しぶんの無いおかただったら、殊更ことさらに私でなくても、他にいお嫁さんが、いくらでも見つかる事でしょうし、なんだか張り合いの無いことだと思っていました。この世界中に(などと言うと、あなたは、すぐお笑いになります)私でなければ、お嫁に行けないような人のところへ行きたいものだと、私はぼんやり考えて居りました。丁度その時に、あなたのほうからの、あのお話があったのでした。ずいぶん乱暴な話だったので、父も母も、はじめから不機嫌でした。だって、あの骨董屋こっとうや但馬たじまさんが、父の会社へ画を売りに来て、れいのおしゃべりを、さんざんした揚句の果に、この画の作者は、いまにきっと、ものになります。どうです、お嬢さんを等と不謹慎な冗談を言い出して、父は、いい加減に聞き流し、とにかく画だけは買って会社の応接室の壁に掛けて置いたら、二、三日して、また但馬さんがやって来て、こんどは本気に申し込んだというじゃありませんか。乱暴だわ。お使者の但馬さんも但馬さんなら、その但馬さんにそんな事を頼む男も男だ、と父も母もあきれていました。でも、あとで、あなたにお伺いして、それは、あなたの全然ご存じなかった事で、すべては但馬さんの忠義な一存からだったという事が、わかりました。但馬さんには、ずいぶんお世話になりました。いまの、あなたの御出世も、但馬さんのお蔭よ。本当に、あなたには、商売を離れて尽して下さった。あなたを見込んだというわけね。これからも、但馬さんを忘れては、いけません。あの時、私は但馬さんの無鉄砲な申し込みの話を聞いて、少し驚きながらも、ふっと、あなたにお逢いしてみたくなりました。なんだか、とてもうれしかったの。私は、る日こっそり父の会社に、あなたの画を見に行きました。その時のことを、あなたにお話し申したかしら。私は父に用事のある振りをして応接室にはいり、ひとりで、つくづくあなたの画を見ました。あの日は、とても寒かった。火の気の無い、広い応接室のすみに、ぶるぶる震えながら立って、あなたの画を見ていました。あれは、小さい庭と、日当りのいい縁側の画でした。縁側には、誰もすわっていないで、白い座蒲団ざぶとんだけが一つ、置かれていました。青と黄色と、白だけの画でした。見ているうちに、私は、もっとひどく、立って居られないくらいに震えて来ました。この画は、私でなければ、わからないのだと思いました。真面目まじめに申し上げているのですから、お笑いになっては、いけません。私は、あの画を見てから、二、三日、夜も昼も、からだが震えてなりませんでした。どうしても、あなたのとこへ、お嫁に行かなければ、と思いました。蓮葉はすはな事で、からだが燃えるように恥ずかしく思いましたが、私は母にお願いしました。母は、とても、いやな顔をしました。私はけれども、それは覚悟していた事でしたので、あきらめずに、こんどは直接、但馬さんに御返事いたしました。但馬さんは大声で、えらい! とおっしゃって立ち上り、椅子につまずいて転びましたが、あの時は、私も但馬さんも、ちっとも笑いませんでした。それからの事は、あなたも、よく御承知のはずでございます。私の家では、あなたの評判は、日がつにつれて、いよいよ悪くなる一方でした。あなたが、瀬戸内海の故郷から、親にも無断で東京へ飛び出して来て、御両親は勿論もちろん、親戚の人ことごとくが、あなたに愛想づかしをしている事、お酒を飲む事、展覧会に、いちども出品していない事、左翼らしいという事、美術学校を卒業しているかどうか怪しいという事、その他たくさん、どこで調べて来るのか、父も母も、さまざまの事実を私に言い聞かせてしかりました。けれども、但馬さんの熱心なとりなしで、どうやら見合いまでにはぎつけました。千疋屋せんびきやの二階に、私は母と一緒にまいりました。あなたは、私の思っていたとおりの、おかたでした。ワイシャツの袖口そでぐちが清潔なのに、感心いたしました。私が、紅茶の皿を持ち上げた時、意地悪くからだが震えて、スプーンが皿の上でかちゃかちゃ鳴って、ひどく困りました。家へ帰ってから、母は、あなたの悪口を、一そう強く言っていました。あなたが煙草たばこばかり吸って、母には、ろくに話をして上げなかったのが、何より、いけなかったようでした。人相が悪い、という事も、しきりに言っていました。見込みがないというのです。けれども私は、あなたのところへ行く事に、きめていました。ひとつき、すねて、とうとう私が勝ちました。但馬さんとも相談して、私は、ほとんど身一つで、あなたのところへ参りました。淀橋よどばしのアパートで暮した二年ほど、私にとって楽しい月日つきひは、ありませんでした。毎日毎日、あすの計画で胸が一ぱいでした。あなたは、展覧会にも、大家たいかの名前にも、てんで無関心で、勝手な画ばかり描いていました。貧乏になればなるほど、私はぞくぞく、へんに嬉しくて、質屋にも、古本屋にも、遠い思い出の故郷のようななつかしさを感じました。お金が本当に何も無くなった時には、自分のありったけの力を、ためす事が出来て、とても張り合いがありました。だって、お金の無い時の食事ほど楽しくて、おいしいのですもの。つぎつぎに私は、いいお料理を、発明したでしょう? いまは、だめ。なんでも欲しいものを買えると思えば、何の空想もいて来ません。市場へ出掛けてみても私は、虚無です。よその叔母さんたちの買うものを、私も同じ様に買って帰るだけです。あなたが急にお偉くなって、あの淀橋のアパートを引き上げ、この三鷹みたか町の家に住むようになってからは、楽しい事が、なんにもなくなってしまいました。私の、腕の振いどころが無くなりました。あなたは、急におくちもお上手になって、私を一そう大事にして下さいましたが、私は自身が何だか飼い猫のように思われて、いつも困って居りました。私は、あなたを、この世で立身なさるおかたとは思わなかったのです。死ぬまで貧乏で、わがまま勝手な画ばかり描いて、世の中の人みんなに嘲笑ちょうしょうせられて、けれども平気で誰にも頭を下げず、たまには好きなお酒を飲んで一生、俗世間に汚されずに過して行くお方だとばかり思って居りました。私は、ばかだったのでしょうか。でも、ひとりくらいは、この世に、そんな美しい人がいる筈だ、と私は、あの頃も、いまもなお信じて居ります。その人のひたい月桂樹げっけいじゅの冠は、他の誰にも見えないので、きっと馬鹿扱いを受けるでしょうし、誰もお嫁に行ってあげてお世話しようともしないでしょうから、私が行って一生お仕えしようと思っていました。私は、あなたこそ、その天使だと思っていました。私でなければ、わからないのだと思っていました。それが、まあ、どうでしょう。急に、何だか、お偉くなってしまって。私は、どういうわけだか、恥ずかしくてたまりません。

  • 海渡みなみ朗読、「三角と四角」巖谷小波

    三角と四角

    巖谷小波

     数学のうちに幾何というものがある。幾何を学ぶにわ、是非とも定木じょうぎが入る。その定木の中に、三角定木というのがある。――これわ大方諸君みなさんも御存じでしょう。
    ところがこの三角定木、自分の体にわ、三方にとがった角のあるのを、大層自慢に致し、世間に品も多いが、乃公おれほど角のあるものわあるまい、角にかけてわ乃公が一番だと、たった三つよりない角を、ひどく鼻にかけておりました。
    するとる日、同じ机の上にあった鉛筆が来ていうにわ、

    (筆)三角さん三角さん、お前わ平常ふだんから大層その角を自慢しているし、わしらもまたお前ほど角の多いものわないと思っていたが、この間来た画板がばんを見たかイ。あれわお前よりまた角が多いぜ。
    と、いいますから、三角わ少し不平の顔色で、
    (三)ナニ僕より角の多いやつがおる。馬鹿いいたもうな。およそ世界わ広しといえども、僕より余計に角をもった奴わないはずだ。
    (筆)ところがあるから仕方がない。
    (三)ナニそれわ君の眼が如何どうかしてるのだ。
    (筆)ナニ如何どうも仕てるものか、うそだと思うならいって見給え!
    (三)そんならいって見よう。嘘だったら承知しないよ。
    (筆)いいとも嘘なら首でもやるワ。

    と、これから連れ立って行て見ますと、なるほど画板わ真ッ四角で、自分よりわ一角多く、しかも今まで自分をめていた連中が、今でわみんな画板の方ばかり向いて、しきりにその角を褒めている様子です。

    (筆)どうだイ嘘じゃあるまい。
    (三)なるほど此奴こいつわ恐れいった。

    と、さすがの三角定木も、こうなると頭をくよりほかわありません。大いに面目を失いましたが、しかし心のうちでわ、まだ負惜しみという奴があって、おのれ生意気な画板め、余計な角をもって来やがって、よくも乃公おれに赤恥をかかせやがったな。どうするか覚えていろと、はてくやしまぎれに良くない了簡りょうけんを起しました。
    で、そのまま帰ると、直ぐに近所のはさみところえ参り、

    (三)鋏君、申兼もうしかねたが今夜一ト晩、君の体を貸してくれまいか。

    鋏わこれを聞いて、

    (鋏)なるほど、次第によってわ貸すまいものでもないが、一体何を切るのだ。
    (三)ちっとかたいものを切りたいのだが、よく切れるかイ。
    (鋏)大抵なものならきって見せるが、それでもむずかしいと思うならまア一遍いで行くさ。
    (三)そうか、そんなら磨がしてくれたまえ。痛かろうけども頼まれたが因果だ、ちっとの間辛抱頼む。

    と、これから三角定木わ、くだんの鋏をば磨ぎ立てまして、もうこれならば大丈夫と、その日の暮れるのを、今か今かと待ちかまえておりました。
    そのうちに日も暮れて、夜もけて、四隣あたりも寝静まったと思う頃、三角定木わムクムクと床を出て例の鋏をば小脇こわきにかかえ、さし足ぬき足で、の画板の寝ている処え、そっと忍んで参りました。
    見ると画板わ、前後も知らぬ高鼾たかいびきで、さも心持さそうに寝ておりますから、めた! おのれ画板め、今乃公おれが貴様の角を、残らず取り払ってやるからにわ、もう明日あしたからわ角なしだ、いくら威張っても追い付かんぞと、腹の中で散々悪態をきながら、突然チョキリ! 一角きって落しましたが、まだ気が付かない様子ですから、また一角をチョキリ! それでもめないから、こりゃよくよく寝坊だわイ、といいながら、チョキリ! チョキリ! とうとう四角とも切り落し、まずこれで溜飲りゅういんが下がった。どりゃ帰って寝よう、鋏さん大きに御苦労だったと、急いでわがえ帰って、そのまま寝てしまいました。
    さてその翌朝、何わぬ顔で床を出て見ますと、世間でわ大評判で、う者ごとに、
    「画板わえらいえらい。」
    と、しきりに画板を褒め立てますから、如何どうした事かといって見ますと、こわいかに、昨日まで四角であった画板わ、今朝けさわ八角に成って、意気揚々と歩行あるいております。
    四角の角々を切り落せば、角の数が倍になって、八角に成るのわ当然あたりまえ、しかもそれわ自分の所業しわざであるのに、そうとわ心付かぬ三角定木、驚いたの驚かないの!

    (三)ヒヤーこりゃ如何どうじゃ。アノ四角、一夜のうちに八角に成りよった。この分でわまた明日わ、十角や二十角にも成るだろう、こりゃ所詮しょせんかなわぬわイ。

    と、とうとうかぶとを脱いで降参しましたとわ、身のほど知らぬ大白痴おおたわけ

  • 海渡みなみ朗読「一房の葡萄」有島武郎

    一房の葡萄

    有島武郎

    僕は小さい時に絵をくことが好きでした。僕のかよっていた学校は横浜よこはまやまという所にありましたが、そこいらは西洋人ばかり住んでいる町で、僕の学校も教師は西洋人ばかりでした。そしてその学校の行きかえりにはいつでもホテルや西洋人の会社などがならんでいる海岸の通りを通るのでした。通りの海添いに立って見ると、真青まっさおな海の上に軍艦だの商船だのが一ぱいならんでいて、煙突から煙の出ているのや、ほばしらから檣へ万国旗をかけわたしたのやがあって、眼がいたいように綺麗きれいでした。僕はよく岸に立ってその景色けしきを見渡して、いえに帰ると、覚えているだけを出来るだけ美しく絵にいて見ようとしました。けれどもあの透きとおるような海の藍色あいいろと、白い帆前船などの水際みずぎわ近くに塗ってある洋紅色ようこうしょくとは、僕の持っている絵具えのぐではどうしてもうまく出せませんでした。いくら描いても描いても本当の景色で見るような色には描けませんでした。
    ふと僕は学校の友達の持っている西洋絵具を思い出しました。その友達は矢張やはり西洋人で、しかも僕より二つ位齢としが上でしたから、身長せいは見上げるように大きい子でした。ジムというその子の持っている絵具は舶来の上等のもので、軽い木の箱の中に、十二いろの絵具が小さな墨のように四角な形にかためられて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは喫驚びっくりするほど美しいものでした。ジムは僕より身長せいが高いくせに、絵はずっと下手へたでした。それでもその絵具をぬると、下手な絵さえがなんだか見ちがえるように美しく見えるのです。僕はいつでもそれをうらやましいと思っていました。あんな絵具さえあれば僕だって海の景色を本当に海に見えるようにいて見せるのになあと、自分の悪い絵具を恨みながら考えました。そうしたら、その日からジムの絵具がほしくってほしくってたまらなくなりました。けれども僕はなんだか臆病おくびょうになってパパにもママにも買って下さいと願う気になれないので、毎日々々その絵具のことを心の中で思いつづけるばかりで幾日か日がたちました。
    今ではいつのころだったか覚えてはいませんが秋だったのでしょう。葡萄ぶどうの実が熟していたのですから。天気は冬が来る前の秋によくあるように空の奥の奥まで見すかされそうにれわたった日でした。僕達は先生と一緒に弁当をたべましたが、その楽しみな弁当の最中でも僕の心はなんだか落着かないで、その日の空とはうらはらに暗かったのです。僕は自分一人で考えこんでいました。たれかが気がついて見たら、顔も屹度きっと青かったかも知れません。僕はジムの絵具がほしくってほしくってたまらなくなってしまったのです。胸が痛むほどほしくなってしまったのです。ジムは僕の胸の中で考えていることを知っているにちがいないと思って、そっとその顔を見ると、ジムはなんにも知らないように、面白そうに笑ったりして、わきにすわっている生徒とはなしをしているのです。でもその笑っているのが僕のことを知っていて笑っているようにも思えるし、何か話をしているのが、「いまに見ろ、あの日本人が僕の絵具を取るにちがいないから。」といっているようにも思えるのです。僕はいやな気持ちになりました。けれどもジムが僕を疑っているように見えれば見えるほど、僕はその絵具がほしくてならなくなるのです。

  • 海渡みなみ朗読「星あかり」泉鏡花

    星あかり

    泉鏡花

    もとより何故なにゆゑといふわけはないので、墓石はかいしたふれたのを引摺ひきずりせて、ふたツばかりかさねてだいにした。
    うへつて、雨戸あまど引合ひきあはせのうへはうを、ガタ/\うごかしてたが、きさうにもない。雨戸あまどうちは、相州さうしう西鎌倉にしかまくら亂橋みだればし妙長寺めうちやうじといふ、法華宗ほつけしうてらの、本堂ほんだうとなつた八でふの、よこなが置床おきどこいた座敷ざしきで、むかつて左手ゆんでに、葛籠つゞら革鞄かばんなどをいたきはに、山科やましなといふ醫學生いがくせいが、四六しろく借蚊帳かりかやつてるのである。
    こゑけて、たゝいて、けておくれとへば、なん造作ざうさはないのだけれども、せ、とめるのをかないで、墓原はかはら夜中よなか徘徊はいくわいするのは好心持いゝこゝろもちのものだと、ふた言爭いひあらそつてた、いまのさき、うち心張棒しんばりぼうかまへたのは、自分じぶん閉出しめだしたのだとおもふから、我慢がまんにもたのむまい。……
    つめた石塔せきたふせたり、濕臭しめりくさ塔婆たふばつかんだり、花筒はなづつ腐水くされみづほしうつるのをのぞいたり、漫歩そゞろあるきをしてたが、やぶちかく、ひどいから、座敷ざしき蚊帳かやなつかしくなつて、うちはひらうとおもつたので、けようとすると閉出しめだされたことにがついた。
    それから墓石はかいしつてしてたが、もとよりうすればくであらうといふのぞみがあつたのではなく、たゞるよりもと、いたづらにこゝろみたばかりなのであつた。
    なんにもならないで、ばたりとちからなく墓石はかいしからりて、うでこまぬき、差俯向さしうつむいて、ぢつとしてつてると、しつきりなしにたかる。毒蟲どくむしくるしいから、もつと樹立こだちすくない、廣々ひろ/″\とした、うるさくないところをと、てら境内けいだいがついたから、あるして、卵塔場らんたふば開戸ひらきどからて、本堂ほんだうまへつた。
    までおほきくもないてらで、和尚をしやうばあさんと二人ふたりむ。もんまでわづか三四けん左手ゆんでほこらまへ一坪ひとつぼばかり花壇くわだんにして、松葉牡丹まつばぼたん鬼百合おにゆり夏菊なつぎくなど雜植まぜうゑしげつたなかに、向日葵ひまはりはなたかはすごと押被おつかぶさつて、何時いつにかほしかくれた。鼠色ねずみいろそらはどんよりとして、ながるゝくもなんにもない。なか/\晴々せい/\しないから、一層いつそ海端うみばたつてようとおもつて、さて、ぶら/\。
    もん左側ひだりがはに、井戸ゐど一個ひとつ飮水のみみづではないので、きはめてしほからいが、そこあさい、かゞんでざぶ/″\、さるぼうでらるゝ。石疊いしだたみ穿下ほりおろした合目あはせめには、のあたりにさんするなんとかいふかに甲良かふら黄色きいろで、あしあかい、ちひさなのが數限かずかぎりなくむらがつてうごいてる。毎朝まいあさみづかほあらふ、一ぱいあたまからびようとしたけれども、あんなかには、夜中よなかなにをするかわからぬとおもつてやめた。
    もんると、右左みぎひだり二畝ふたうねばかりなぐさみにゑた青田あをたがあつて、むか正面しやうめん畦中あぜなかに、琴彈松ことひきまつといふのがある。一昨日をとつひばんよひくちに、まつのうらおもてに、ちら/\ともしびえたのを、海濱かいひん別莊べつさう花火はなびくのだといひ、いや狐火きつねびだともいつた。ときれたやうな眞黒まつくろ暗夜やみよだつたから、まつもすら/\と透通すきとほるやうにあをえたが、いまは、あたかくもつた一面いちめん銀泥ぎんでいゑがいた墨繪すみゑのやうだと、ぢつながら、敷石しきいしんだが、カラリ/\と日和下駄ひよりげたおとえるのがみゝはひつて、フと立留たちとまつた。
    門外おもてみちは、弓形ゆみなり一條ひとすぢ、ほの/″\としろく、比企ひきやつやまから由井ゆゐはま磯際いそぎはまで、なゝめかさゝぎはしわたしたやうなり

  • 海渡みなみ朗読、「或る女」林芙美子

    或る女

    林芙美子

    何時ものやうに歸つて來ると、跫音をしのばせて梯子段へ足さぐりで行つたが、梯子段の下の暗がりで、良人の堂助が矢庭に懷中電燈をとぼした。たか子はぎくつとして小さい叫び聲を擧げた。
    「何さ‥‥まだ、あなた、起きていらつしたの?」
    「寢てればよかつたのかい?」
    「厭アな方ねえ、一寸遲くなるとこれなンですもの‥‥あなたのお時計、いま幾時なンですの?」
    さう云つて、たか子は暗がりの中へつつ立つてゐる堂助の方へ手を泳がせて良人の腕時計のある手首をつかんだ。
    「パパ一寸それ照らして頂戴」
    堂助は素直に懷中電燈をつけた。腕時計の針は丁度十二時に十五分前を差してゐる。
    「あら、本當ねえ、隨分遲いわ‥‥ごめんなさい」
    「‥‥‥‥」
    「でも、吃驚したわ、パパそこへ立つていらつして‥‥」
    「俺が立つてゐたからつて、そんなに驚くこたアないぢやないか‥‥」
    「誰だとおもつたからよ‥‥」
    「ふふん、佐々のおばけとでもおもつたかい?」
    「まア、厭だ! それ皮肉でおつしやるの?」
    「皮肉ぢやないよ‥‥」
    堂助は、ふふんと口のなかで笑つて、懷中電燈を照しながら、さつさと二階へあがつて行つた。(何だつて、あのひとは懷中電燈など持ち出したンだらう‥‥)
    たか子はわざと荒々しく、廊下のスヰイツチをひねつた。四圍が森閑としてゐるので、堂助が書齋の革椅子をきしませて腰をかけてゐるのまで階下へきこえて來る。
    たか子は化粧部屋へ這入つて着物をぬいだ。着物をぬぎながら、たか子は瞼に涙のたまるやうな熱いものを感じた。
    寢卷きに着替へて二階の寢室へあがつて行つたが、堂助は書齋の灯をつけて何時までも起きてゐる樣子だつた。
    「パパ、おやすみにならないの?」
    「ああ」
    「何故? 何を怒つてらつしやるの?」
    たか子は寢床から起きあがると、良人の部屋へはいつて行つた。堂助は窓を明けて、星空を眺めながら煙草を吸つてゐた。
    「あら、綺麗なお星樣だこと‥‥」
    たか子は、太つた躯を堂助の膝の處へ持つて行つたが、堂助は小さい聲で、
    「厭だ」と云つて、窓ぶちへ立つて行つた。
    「何、そんな怖い顏して憤つてらつしやるの、だつて、今日は遠藤さんの出版記念の會ぢやありませんか、遲くなるの仕方ないわ」
    何時までも堂助が默つてゐるので、たか子は、たよりなささうに良人のそばへ行き、
    「怒つてるンだつたら、かんにんして頂戴、そんな怖い顏してるの厭よ‥‥」
    「もういいよ。寢ておしまひ。怒つてなンかゐないよ‥‥」
    「さう、でも‥‥」
    たか子は、良人の机の灯を消すと、久しぶりに堂助とむきあつて窓ぶちに腰をおろした。
    星が飛んでゐる。明日も天氣なのだらう、寺院の天井のやうに、高い星空で、秋の夜風が、たか子の髮を頬にふきよせてゐる。

  • 海渡みなみ朗読、「利休と遠州」薄田泣菫

    利休と遠州

    薄田泣菫

    むかし、堺衆の一人に某といふ数寄者がありました。その頃の流行にかぶれて、大枚の金子を払つて出入りの道具屋から、雲山といふ肩衝かたつきの茶入を手に入れました。太閤様御秘蔵の北野肩衝も、徳川家御自慢の初花肩衝も、よもやこれに見勝るやうなことはあるまいと思ふにつけて、某はその頃の名高い茶博士から、何とか折紙つきの歎賞の言葉を得て、雲山の誉れとしたいものだと思つてゐました。
    機会は来ました。ある日のこと、某は当時の大宗匠千利休を招いて、茶会を催すこととなりました。
    かねて主人の口から、この茶入について幾度ならず吹聴せられてゐた利休は、主人の手から若狭盆に載せられたこの茶入を受け取つてぢつと見入りました。名だたる宗匠の口から歎美の一言を待ち設けた主人の眼は、火のやうに燃えながら、利休の眼を追つて幾度か茶入の肩から置形おきがたの上を走りました。
    あらゆる物の形をとほしてその心を見、その心の上に物の調和を味はふことに馴れてゐる利休の眼は、最初にちらとこの肩衝を見た時から、この茶入の持つ心持がどうも気に入らなかつた。しかしできるだけその物の持つてゐる美しい点を見逃すまいとする利休の平素ふだんからの心掛けは、隠れた美しさを求めて、幾度か掌面てのひらの茶入を見直さしました。肩の張りやうにも難がありました。置形にも批の打ちどころがありました。一口に言へば衒気げんきに満ちた作品でした。
    利休は何にも言はないで、静かにその肩衝を若狭盆の上に返さうとしました。その折でした。利休が自分に注がれた主人の鋭い眼付きを発見しましたのは。その眼には驕慢けうまんと押しつけがましさとが光つてゐました。利休はその一刹那に、主人の表情に茶入の心持を見てとりました。茶入の表情に主人の心持を味はひました。
    主人は得意さうに利休の一言を待ち構へてゐました。利休は何にも言ひませんでした。狭い茶室はこの沈黙に息づまるやうに感ぜられました。
    湯はしづかに煮えたぎつてゐました。主人の顔からはいつのまにか押しつけがましさが消えて、物を頼むときのやうな弱々しい表情が見え出しました。利休は眼ざとくそれを見て取りましたが、何事にも気のつかない振りをしてゐました。いつだつたか、利休は前田玄以げんいの茶会で、主人の玄以が胴高どうたかの茶入を持ち出してきて、
    「この肩衝が……」
    と、茶入の胴高なのに気がつかないで、しきりと肩衝を繰り返して、利休の意見を聞きたがつてゐるのに出会つたことがありました。利休はいまさらそれを胴高だと教へもならず、をかしさをこらへてただ黙つてゐると、それがひどく玄以の機嫌を損じたかして、その後はうばうで自分のことを悪様あしざまに言ひふらし、果ては太閤殿下にまで讒訴ざんそを試みてゐるといふことを聞いてゐるので、こんな場合の沈黙が、どうかすると自分の一身にとんでもない災難をもたらさないものでもないことをよく知つてゐました。しかし自分はこの道の宗匠である。自分の一挙手一投足は長くこの道の規範として残り、自分の一言は器の真の価値を定める最後の判断であるのを思ふと、滅多なことは口に出せませんでした。利休はただ黙つてゐました。

  • 海渡みなみ朗読、六の宮の姫君 芥川龍之介

    六の宮の姫君

    芥川龍之介

    六の宮の姫君の父は、古い宮腹みやばらの生れだつた。が、時勢にも遅れ勝ちな、昔気質むかしかたぎの人だつたから、官も兵部大輔ひやうぶのたいふより昇らなかつた。姫君はさう云ふ父母ちちははと一しよに、六の宮のほとりにある、木高こだか屋形やかたに住まつてゐた。六の宮の姫君と云ふのは、その土地の名前につたのだつた。
    父母は姫君を寵愛ちようあいした。しかしやはり昔風に、進んでは誰にもめあはせなかつた。誰か云ひ寄る人があればと、心待ちに待つばかりだつた。姫君も父母の教へ通り、つつましい朝夕を送つてゐた。それは悲しみも知らないと同時に、喜びも知らない生涯だつた。が、世間見ずの姫君は、格別不満も感じなかつた。「父母さへ達者でゐてくれれば好い。」――姫君はさう思つてゐた。
    古い池に枝垂しだれた桜は、年毎に乏しい花を開いた。その内に姫君も何時いつの間にか、大人寂おとなさびた美しさを具へ出した。が、頼みに思つた父は、年頃酒を過ごした為に、突然故人になつてしまつた。のみならず母も半年ほどの内に、返らない歎きを重ねた揚句、とうとう父の跡を追つて行つた。姫君は悲しいと云ふよりも、途方に暮れずにはゐられなかつた。実際ふところ子の姫君にはたつた一人の乳母うばの外に、たよるものは何もないのだつた。
    乳母はけなげにも姫君の為に、骨身を惜まず働き続けた。が、家に持ち伝へた螺鈿らでん手筥てばこや白がねの香炉は、何時か一つづつ失はれて行つた。と同時に召使ひの男女も、誰からか暇をとり始めた。姫君にも暮らしのつらい事は、だんだんはつきりわかるやうになつた。しかしそれをどうする事も、姫君の力には及ばなかつた。姫君は寂しい屋形のたいに、やはり昔と少しも変らず、琴を引いたり歌をんだり、単調な遊びを繰返してゐた。
    すると或秋の夕ぐれ、乳母は姫君の前へ出ると、考へ考へこんな事を云つた。
    をひの法師の頼みますには、丹波たんば前司ぜんじなにがしの殿が、あなた様に会はせて頂きたいとか申して居るさうでございます。前司はかたちも美しい上、心ばへも善いさうでございますし、前司の父も受領ずりやうとは申せ、近い上達部かんだちめの子でもございますから、お会ひになつては如何いかがでございませう? かやうに心細い暮しをなさいますよりも、少しはしかと存じますが。……」
    姫君は忍びに泣き初めた。その男に肌身を任せるのは、不如意な暮しをたすける為に、体を売るのも同様だつた。勿論それも世の中には多いと云ふ事は承知してゐた。が、現在さうなつて見ると、悲しさは又格別だつた。姫君は乳母と向き合つた儘、くずの葉を吹き返す風の中に、何時までも袖を顔にしてゐた。……

    青空文庫より

  • 朗読カフェSTUDIO海渡みなみ朗読、新美南吉「おじ いさんのランプ」

    かくれんぼで、倉のすみにもぐりこんだ東一とういち君がランプを持って出て来た。
    それは珍らしい形のランプであった。八十センチぐらいの太い竹のつつが台になっていて、その上にちょっぴり火のともる部分がくっついている、そしてほやは、細いガラスの筒であった。はじめて見るものにはランプとは思えないほどだった。
    そこでみんなは、昔の鉄砲とまちがえてしまった。
    「何だア、鉄砲かア」と鬼の宗八そうはち君はいった。
    東一君のおじいさんも、しばらくそれが何だかわからなかった。眼鏡めがねしにじっと見ていてから、はじめてわかったのである。
    ランプであることがわかると、東一君のおじいさんはこういって子供たちをしかりはじめた。
    「こらこら、お前たちは何を持出すか。まことに子供というものは、黙って遊ばせておけば何を持出すやらわけのわからん、油断もすきもない、ぬすっとねこのようなものだ。こらこら、それはここへ持って来て、お前たちは外へ行って遊んで来い。外に行けば、電信柱でんしんばしらでも何でも遊ぶものはいくらでもあるに」
    こうして叱られると子供ははじめて、自分がよくない行いをしたことがわかるのである。そこで、ランプを持出した東一君はもちろんのこと、何も持出さなかった近所の子供たちも、自分たちみんなで悪いことをしたような顔をして、すごすごと外の道へ出ていった。
    外には、春の昼の風が、ときおり道のほこりを吹立ててすぎ、のろのろと牛車が通ったあとを、白いちょうがいそがしそうに通ってゆくこともあった。なるほど電信柱があっちこっちに立っている。しかし子供たちは電信柱なんかで遊びはしなかった。大人おとなが、こうして遊べといったことを、いわれたままに遊ぶというのは何となくばかげているように子供には思えるのである。
    そこで子供たちは、ポケットの中のラムネ玉をカチカチいわせながら、広場の方へとんでいった。そしてまもなく自分たちの遊びで、さっきのランプのことは忘れてしまった。
    日ぐれに東一君は家へ帰って来た。奥の居間いまのすみに、あのランプがおいてあった。しかし、ランプのことを何かいうと、またおじいさんにがみがみいわれるかも知れないので、黙っていた。
    夕御飯のあとの退屈な時間が来た。東一君はたんすにもたれて、ひき出しのかんをカタンカタンといわせていたり、店に出てひげをやした農学校の先生が『大根だいこん栽培の理論と実際』というような、むつかしい名前の本を番頭に注文するところを、じっと見ていたりした。
    そういうことにも飽くと、また奥の居間にもどって来て、おじいさんがいないのを見すまして、ランプのそばへにじりより、そのほやをはずしてみたり、五銭白銅貨はくどうかほどのねじをまわして、ランプのしんを出したりひっこめたりしていた。
    すこしいっしょうけんめいになっていじくっていると、またおじいさんにみつかってしまった。けれどこんどはおじいさんは叱らなかった。ねえやにお茶をいいつけておいて、すっぽんと煙管筒きせるづつをぬきながら、こういった。
    「東坊、このランプはな、おじいさんにはとてもなつかしいものだ。長いあいだ忘れておったが、きょう東坊が倉の隅から持出して来たので、また昔のことを思い出したよ。こうおじいさんみたいに年をとると、ランプでも何でも昔のものに出合うのがとてもうれしいもんだ」
    東一君はぽかんとしておじいさんの顔を見ていた。おじいさんはがみがみと叱りつけたから、おこっていたのかと思ったら、昔のランプにうことができて喜んでいたのである。
    「ひとつ昔の話をしてやるから、ここへ来てすわれ」
    とおじいさんがいった。
    東一君は話が好きだから、いわれるままにおじいさんの前へいって坐ったが、何だかお説教をされるときのようで、いごこちがよくないので、いつもうちで話をきくときにとる姿勢をとって聞くことにした。つまり、寝そべって両足をうしろへ立てて、ときどき足の裏をうちあわせる芸当げいとうをしたのである。
    おじいさんの話というのは次のようであった。
    青空文庫より

  • 海渡みなみ朗読、菊池寛「極楽」


    極楽
    菊池寛
     京師室町姉小路下る染物悉皆商近江屋宗兵衛の老母おかんは、文化二年二月二十三日六十六歳を一期として、卒中の気味で突然物故した。穏やかな安らかな往生であった。配偶の先代宗兵衛に死別れてから、おかんは一日も早く、往生の本懐を遂ぐる日を待って居たと云ってもよかった。先祖代々からの堅い門徒で、往生の一義に於ては、若い時からしっかりとした安心を懐いて居た。殊に配偶に別れてからは、日も夜も足りないようにお西様へお参りをして居たから、その点では家内の人達に遉さすがはと感嘆させたほど、立派な大往生であった。
     信仰に凝り固まった老人としよりの常として、よく嫁いじめなどをして、若い人達から、早く死ねよがしに扱われるものだが、おかんはその点でも、立派であった。一家の者は、此の人のよい、思いやりの深い親切な、それで居て快活な老婦人が、半年でも一年でも、生き延びて呉れるようにと、祈らないものはなかった。従って、おかんが死際に、耳にした一家の人々の愁嘆の声に、微塵虚偽や作為の分子は、交って居ない訳だった。
     おかんは、浄土に対する確かな希望を懐いて、一家の心からの嘆きの裡に、安らかな往生を遂げたのである。万人の免れない臨終の苦悶をさえ、彼女は十分味わずに済んだ。死に方としては此の上の死に方はなかった。死んで行くおかん自身でさえ、段々消えて行く、狭霧のような取とめもない意識の中で、自分の往生の安らかさを、それとなく感じた位である。
     宗兵衛の長女の今年十一になるお俊の――おかんは、彼女に取っては初孫ういまごであったお俊を、どんなに心から愛して居たか分らなかった――絶え間もない欷すゝり泣の声が、初はじめは死にかけて居るおかんの胸をも、物悲しく掻き擾さずには居なかった。が、おかんの意識が段々薄れて来るに従って、最愛の孫女の泣き声も、少しの実感も引き起さないで、霊を永い眠にさそう韻律的な子守歌か何かのようにしか聞えなくなってしまって居た。枕許の雑音が、だん/\遠のくと同時に、それが快い微妙な、小鳥の囀か何かのように、意味もない音声に変ってしまって居た。その中うちに、鉦の音が何時とはなく聞えて来た。その鉦の音が、彼女の生涯に聞いた如何なる場合の鉦の音と比べても、一段秀れた微妙なひびきを持って居た。御門跡様が御自身叩かれた鉦の音でも、彼女をこうまで有難く快くはしなかった。その鉦の音が後あとの一音は、前の一音よりも少しずつ低くなって行った。感じられないほどの、わずかな差で段々衰えて行った。それが段々衰えて行って、いつしか消えてなくなってしまったと同時に、おかんの現世に対する意識は、烟のように消失してしまって居た
    青空文庫


  • 青空文庫名作文学の朗読
    朗読カフェSTUDIO
    海渡みなみ朗読、
    芥川龍之介「たね子の憂鬱」
    たね子の憂鬱
    芥川龍之介
    たね子はおっとの先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式ひろうしきの通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。
    「あたしも出なければ悪いでしょうか?」
    「それは悪いさ。」
    夫はタイを結びながら、鏡の中のたね子に返事をした。もっともそれは箪笥たんすの上に立てた鏡に映っていた関係上、たね子よりもむしろたね子のまゆに返事をした――のに近いものだった。
    「だって帝国ホテルでやるんでしょう?」
    「帝国ホテル――か?」
    「あら、御存知ごぞんじなかったの?」
    「うん、……おい、チョッキ!」
    たね子は急いでチョッキをとり上げ、もう一度この披露式の話をし出した。
    「帝国ホテルじゃ洋食でしょう?」
    「当り前なことを言っている。」
    「それだからあたしは困ってしまう。」
    「なぜ?」
    「なぜって……あたしは洋食の食べかたを一度も教わったことはないんですもの。」
    「誰でも教わったり何かするものか!……」
    夫は上着うわぎをひっかけるが早いか、無造作むぞうさに春の中折帽なかおれぼうをかぶった。それからちょっと箪笥たんすの上の披露式の通知に目を通し「何だ、四月の十六日じゅうろくんちじゃないか?」と言った。
    「そりゃ十六日だって十七日じゅうしちんちだって……」
    「だからさ、まだ三日みっかもある。そのうちに稽古けいこをしろと言うんだ。」
    「じゃあなた、あしたの日曜にでもきっとどこかへつれて行って下さる!」
    しかし夫はなんとも言わずにさっさと会社へ出て行ってしまった。たね子は夫を見送りながら、ちょっと憂鬱ゆううつにならずにはいられなかった。それは彼女の体の具合ぐあいも手伝っていたことは確かだった。子供のない彼女はひとりになると、長火鉢の前の新聞をとり上げ、何かそう云う記事はないかと一々欄外へも目を通した。が、「今日きょう献立こんだて」はあっても、洋食の食べかたなどと云うものはなかった。洋食の食べかたなどと云うものは?――彼女はふと女学校の教科書にそんなことも書いてあったように感じ、早速用箪笥ようだんす抽斗ひきだしから古い家政読本かせいどくほんを二冊出した。それ等の本はいつのにか手ずれのあとさえすすけていた。のみならずまた争われない過去のにおいを放っていた。たね子は細い膝の上にそれ等の本を開いたまま、どう云う小説を読む時よりも一生懸命に目次を辿たどって行った。
    青空文庫より