朗読カフェメンバー情報

  • 新美南吉「一年生たちとひよめ」飯田桃子朗読

    3.70
    Dec 12, 2017

    一年生たちとひよめ

    新美南吉

    学校へいくとちゅうに、大きないけがありました。
    一年生たちが、朝そこを通りかかりました。
    池の中にはひよめが五六っぱ、黒くうかんでおりました。
    それをみると一年生たちは、いつものように声をそろえて、ひイよめ、
    ひよめ、
    だんごやアるに
    くウぐウれッ、

    とうたいました。
    するとひよめは頭からぷくりと水のなかにもぐりました。だんごがもらえるのをよろこんでいるようにみえました。
    けれど一年生たちは、ひよめにだんごをやりませんでした。学校へゆくのにだんごなどもっている子はありません。
    一年生たちは、それから学校にきました。
    学校では先生が教えました。
    「みなさん、うそをついてはなりません。うそをつくのはたいへんわるいことです。むかしの人は、うそをつくと死んでから赤鬼あかおにに、したべろをくぎぬきでひっこぬかれるといったものです。うそをついてはなりません。さあ、わかった人は手をあげて。」
    みんなが手をあげました。みんなよくわかったからであります。
    さて学校がおわると、一年生たちはまた池のふちを通りかかったのでありました。
    ひよめはやはりおりました。一年生たちのかえりを待っていたかのように、水の上からこちらをみていました。

    ひイよめ、
    ひよめ、

    と一年生たちは、いつものくせでうたいはじめました。
    しかし、そのあとをつづけてうたうものはありませんでした。「だんごやるに、くぐれ」とうたったら、それはうそをいったことになります。うそをいってはならない、と今日きょう学校でおそわったばかりではありませんか。
    さて、どうしたものでしょう。
    このままいってしまうのもざんねんです。そしたらひよめのほうでも、さみしいと思うにちがいありません

  • 福娘童話集 青森県の民話「友助たぬき」飯田桃子朗読

    5.82
    Nov 22, 2017

    福娘童話集より

  • 芥川龍之介「妙な話」石丸絹子朗読

    17.13
    Nov 08, 2017

    妙な話

    芥川龍之介

    ある冬のわたしは旧友の村上むらかみと一しょに、銀座ぎんざ通りを歩いていた。
    「この間千枝子ちえこから手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。」
    村上はふと思い出したように、今は佐世保させほに住んでいる妹の消息を話題にした。
    「千枝子さんも健在たっしゃだろうね。」
    「ああ、この頃はずっと達者のようだ。あいつも東京にいる時分は、随分ずいぶん神経衰弱もひどかったのだが、――あの時分は君も知っているね。」
    「知っている。が、神経衰弱だったかどうか、――」
    「知らなかったかね。あの時分の千枝子と来た日には、まるで気違いも同様さ。泣くかと思うと笑っている。笑っているかと思うと、――妙な話をし出すのだ。」
    「妙な話?」
    村上は返事をする前に、ある珈琲店カッフェ硝子扉ガラスどを押した。そうして往来の見える卓子テーブルに私と向い合って腰を下した。
    「妙な話さ。君にはまだ話さなかったかしら。これはあいつが佐世保へ行く前に、僕に話して聞かせたのだが。――」

    君も知っている通り、千枝子の夫は欧洲おうしゅう戦役中、地中海ちちゅうかい方面へ派遣された「A――」の乗組将校だった。あいつはその留守るすあいだ、僕の所へ来ていたのだが、いよいよ戦争も片がつくと云う頃から、急に神経衰弱がひどくなり出したのだ。その主な原因は、今まで一週間に一度ずつはきっと来ていた夫の手紙が、ぱったり来なくなったせいかも知れない。何しろ千枝子は結婚後まだ半年はんとしと経たない内に、夫と別れてしまったのだから、その手紙を楽しみにしていた事は、遠慮のない僕さえひやかすのは、残酷ざんこくな気がするくらいだった。
    ちょうどその時分の事だった。ある日、――そうそう、あの日は紀元節きげんせつだっけ。何でも朝から雨の降り出した、寒さの厳しい午後だったが、千枝子は久しぶりに鎌倉かまくらへ、遊びに行って来ると云い出した。鎌倉にはある実業家の細君になった、あいつの学校友だちが住んでいる。――そこへ遊びに行くと云うのだが、何もこの雨の降るのに、わざわざ鎌倉くんだりまで遊びに行く必要もないと思ったから、僕は勿論僕のさいも、再三明日あしたにした方が好くはないかと云って見た。しかし千枝子は剛情に、どうしても今日行きたいと云う。そうしてしまいには腹を立てながら、さっさと支度して出て行ってしまった。

  • O・ヘンリー 翻訳 山本ゆうじ「魔女のパン」石丸絹子朗読

    11.75
    Oct 18, 2017

    青空文庫より

  • O・ヘンリー 翻訳 山本ゆうじ「魔女のパン」石丸絹子朗読

    11.75
    Oct 18, 2017

  • 刑事弁護士の尾形博士は法廷から戻ると、久しぶりにゆっくりとした気分になって晩酌の膳にむかった。庭の新緑はいつか青葉になって、月は中空にかかっていた。
    うっすらと化粧をした夫人が静かに入って来て、葡萄酒の瓶をとりあげ、
    「ずいぶん、お疲れになったでしょう?」と上眼使いに夫を見上げながら、ワイン・グラスになみなみと酒を注いだ。
    「うむ。だが、――長い間の責任をすましたので、肩の荷を下したように楽々した」
    「そうでしょう? 今日の弁論、とても素晴らしかったんですってね。私、傍聴したかった。霜山弁護士さんが先刻おいでになって、褒めていらしたわ、あんな熱のこもった弁論を聴くのは全く珍らしい事だ、あれじゃたとえ被告が死刑の判決を下されたって、満足して、尾形君に感謝を捧げながら冥土へ行くだろうって、仰しゃっていらしたわ」
    「霜山君はお世辞がいいからなアハ……。しかし、少しでも被告の罪が軽くなってくれればねえ、僕はそればっかり祈っている」
    「あなたに救われた被告は今日までに随分おおぜいあるんでしょうねえ。刑事弁護士なんて云うと恐い人のように世間では思うらしいけれど、ほんとは人を助ける仕事で、仏様のようなものなんですからね」
    「その代り金にならないよ。だから、いつでもピイピイさ」と笑った。
    「殺人犯だの、強盗だのなんかにはあんまりお金持ちはいないんですものねえ、でも、あなたは金銭にかえがたい喜びがあるから、と、いつも仰しゃいますが、減刑になったなんて聞くと私まで胸がすうっとしますわ。その人のために弁護なさるあなたの身になったらどんなに愉快だろうと思いますのよ」と云っているところに、玄関のベルが臆病らしくチリッと鳴った、まるで爪か、指先でもちょっと触れたように。
    「おやッ」と夫人は口の中でつぶやいた。
    ふたりは何という事なしに眼を見合せたのだった。すると、こんどはややしっかりしたベルの音がした。
    夫人は小首を傾げて、
    「普通のお客様のようじゃないわね、きっと何かまた」と、云いながら席を起って行ったが、間もなく引返して来ると、まるでおびえたような顔をして、
    「何んだか、気味が悪いのよ。まるで幽霊のような女の人が、しょんぼりと立っていてね、薄暗い蔭の方へ顔を向けているので、年頃も何もまるで分らないけれど、みなりは迚も立派なの。正面まともに私の顔も見ないで、先生に折入ってお願いしたい事がありまして夜中伺いましたって、この御紹介状を差出したんですが、その手がまたぶるぶると震るえて、その声ったらまるで泣いているよう、――」
    博士はその紹介状を受取って、封をきり、眼を通していたが、
    「不思議な人からの紹介だな」と云って、ぽいと夫人の手へ投げた。
    「まあ、ミシェル神父様からの御紹介状ですのねえ、あなた、神父様御存じなの?」
    「うむ。僕は若い頃熱心な天主教徒だったんだよ。いまは大なまけだが――、しかし、形式的のつとめこそ怠っているが、心は昔と少しも変らない信者なんだ。二十何年前僕はミシェル神父様の手で洗礼をさずけて頂いた。しかし、よくまあ神父様は覚えていられたものだなあ」と、博士は愉快そうに起って、自ら玄関に訪問客を迎え、横手の応接室に通した。
    「どんな御用件なんでしょうか?」と、ゆったりと煙草に火を点けた。
    女は夫人の言葉通りに小刻みに体を震わせながら、暗い隅に腰かけて顔も上げ得ないのだった。三十か、あるいは四五にもなっているかも知れないが、痩せた青い顔に憂慮と不安のいろが漂い、神経質らしい太い眉を深く寄せている。紹介状には川島浪子とだけ書いてあって、人妻か未亡人か、どういう身分の婦人であるかがまるでわからなかった。夜中、殊に突然飛び込んで来る客には何かしら深い事情のある人が多かったので、彼は心の中で仔細があるなとうなずいた。
    ややしばらくしてから、婦人は低い声で、
    「お願いがあって、突然上りまして」と云って、面を伏せた。
    「神父様の御紹介状にはただお名前だけしか書いてありません、委しい事は御当人から直接訊いてくれ、と、ありますが――」
    「はい。私はある小さな会社の重役をつとめている者の妻でございます。思いあまったことがありまして、教会へ告白にまいりましたところ、神父様が、先生にお縋りしてみよと仰しゃいましたので、恥を忍んでまいりました」と、割合にはっきりした口調で云って、はじめて顔を上げ、正面から彼を見た。その顔をじいと見ていた博士は、
    「あッ、あなたは――」思わずおどろきの叫び声をあげて、
    「秋田さん秋田浪子さんじゃありませんか?」
    「先生、よく覚えていて下さいました」と、彼女は淋しくほほ笑んだ。
    「随分変られましたな、すっかりお見それしてしまった、川島さんだなどと仰しゃるもんだから、なおわからなかったんです」
    「でも、私、川島へ再婚したんですの」
    「秋田さんなら、何も御紹介状をお持ちになる必要もなかった」
    「だって、もうお忘れになったろうと思って、――先生と御交際させて頂いていたのはもう二十年も音の事ですもの」
    「何十年たったって、あなたを忘れるなんて――」そんなことがあって、どうするものかと、つい口の先まで出かかったのをぐっと呑み込んで、
    「いくら健忘症の僕でも、あの頃のことだけは忘れませんよ」
    「じゃあ、いまでも怒っていらっしゃる? 私が結婚したことを――」
    博士は烈しく首を振って、
    「いいや。決して、――あなたは僕のような貧乏書生と結婚しては幸福になれないからいやだとはっきり云ってくれたから、僕は反って思い切れたんですよ。間もなく浪子さんが金持の後妻になったと聞いた時、その方があなたのためには幸福なんだろうと思って、祝福していた位ですもの、そのかたとは?」
    「死別しました。先妻の息子が相続人だったので、私は離婚して川島と再婚しました」
    「それで、――あなたは幸福に暮らしていられるんでしょうな」と云ったが、みなりこそ立派だが、見違えるほど面瘻れした彼女を見ては幸福な生活をしている者とはどうしたって思われなかった。
    彼女は悲しげに少時しょんぼりとうなだれていたが、
    「先生は、今朝の新聞を御らんになりましたか?」
    と、きっと顔を上げて訊いた。
    「見ましたが?」
    「あの、――ある青年が、あやまって赤ン坊を殺した記事をお読みになったでしょう?」
    博士はうなずいて、
    「無意識のうちに殺したという、あの事件ですか?」
    「私、その事で先生にお縋りに上ったんですの」
    「すると、あの青年は?」
    「私の従弟ですの」
    「なるほど、あなたの旧姓と同じですね、秋田弘とか云いましたね」
    「父の弟の息子です。秀才だったのですが、大学を出る一年前に応召して、戦争に行ってからすっかり人間が変ってしまいました。終戦と同時に帰還しましたが、もう大学へかえる気持ちもなく、それかと云って就職もせず、働く気もないという風で、前途に希望を全く失ってしまい、毎日ただぶらぶらと遊んでその日その日を送っているというようなので、親も段々愛想をつかし、最近では小遣銭にも不自由しておりましてね、度々私のところへ無心を云いに来るようになりました」
    「ちょいと待って下さい」
    博士はベルを鳴らして、夫人に今朝の新聞を持って来させ、もう一度その記事に眼を通してから、びっくりしたように、
    「殺人はあなたの家で行われたんですか?」
    「そうなんです」
    「ふうむ」
    彼は始めてこの訪問の容易ならぬことを知ったのだった。
    「して、その赤ン坊は?」
    「私の子なんですの」
    「えッ? あなたのお子さんが殺されたんだと仰しゃるんですか?」
    「ええ。ですけれど、――先生、弘さんは可哀想な青年なんですのよ。私、自分の赤ン坊が殺されたんですけれど、弘さんを恨む気にはなれません、それで、――それで実は私、先生にお願いするんです。どうぞ、あのひとを救ってやって下さいませ」と云って、手を合せ、
    「あの、先生、弘さんは死刑になるんでございましょう?」とおろおろ声で訊くのだった。
    「さあ」
    「もしも、弘さんが死刑にでもなるようでしたら、――私は生きていられませんの。あんまり可哀想で、――どうぞ、お願いです、助けてやって――」
    と、婦人は縋りつかないばかりに嘆願するのだった。
    「と、いって、僕がどうしようもないじゃありませんか。犯行がこうはっきりしていて、あなたの家を訪問し、あなたの赤ン坊を殺した、それをあなたは目撃していたが、どうにもとめようがなかった、というのでしょう?」
    「新聞に書いてあるのはそれだけです、が、それにはいろいろとわけがありまして――」
    「そのわけというのをすっかり話してみて下さい。その上で、僕の力に及ぶことなら何んとでもして上げますから」
    「ほんとにお願いします。恐らく私が先生にお願いすることの、これが最初で最後だろうと思います。先生、私の涙のお願い、きいて下さいね」と云って、婦人はむせび泣くのだった。
    「よろしい。その代り何もかもありのままを云って下さい。少しでもかくしたりしてはいけませんよ。嘘が交じると困ることになりますからね」
    「決して、誓って嘘は申しません、かくしだてもいたしません、すっかり洗いざらいお話しいたしてしまいますわ」

    青空文庫より

  • 竹久夢二「おさなき燈台守」石丸絹子朗読

    6.43
    Sep 05, 2017

    おさなき燈台守

    竹久夢二

    この物語はさほど遠い昔のことでは無い。
    北の海に添うたある岬に燈台があった。北海の常として秋口から春先へかけて、海はいかったように暴狂あれくるい、波の静かな日は一日も無かった。とりわけこの岬のあたりは、暗礁の多いのと、潮流の急なのとで、海は湧立わきたちかえり、狂瀾怒濤きょうらんどとうがいまにも燈台をくつがえすかと思われた。
    しかし住馴すみなれた親子三人の燈台守は、何の恐れる景色もなく、安らかに住んでいた。
    今日も今日、父なる燈台守は、やぐらのうえに立って望遠鏡を手にし、霧笛きりぶえならしながら海の上を見戍みまもっていた。昼の間はあかりをつけることが出来ないからこの岬をまわる船のために、霧笛を鳴して海路の地理を示していたのであった。今日はわけても霧の深い日で、ポー、ポーとならす笛の音も、何となく不吉ふきちなしらせをするように聞かれるのであった。
    「姉さん、今日は何だかぼく、あの笛の音がさびしくて仕方が無いよ、そう思わない?」
    「そうね、あたしも先刻さっきからそう思っていたけれど、摩耶まやちゃんが淋しがると思って言わなかった。」
    「また難破船でもあるのじゃないかしら。」
    姉と弟とがこんな話をしているところへ、父はあたふたと階上にかいから降りて来て
    須美すみ、浜へ出て見ておで、何だか変な物が望遠鏡に映ったから」
    「はい」
    健気けなげな姉娘の須美は父の声のもと立上たちあがると
    「姉さん、僕も行くよ」
    と弟の摩耶はうしろについた。
    浜へ出て見ると、果して其処そこの砂浜の帆柱マストの折れたような木に、水兵の着る赤いジャケツが絡みついているのが見えた。二人はそれを持って急いで帰った。父はそれを見るや否や、
    「ああまたやられたか」と言って「おれはこうしては居られない。ぐに救いのボートを出すから、須美は村の者に直ぐこのことを知らせるよう、それから摩耶はやぐらの上で霧笛きりぶえを吹いているんだぞ、しっかり吹かないと、お父さんまで難船してしまうぞ。いか」
    「大丈夫お父さん」
    摩耶は元気よく答えた。
    「それじゃって来るぞ」
    そう言って父はもうボートを卸して、暗い波の上に乗り出した。
    「じゃ摩耶さん、あたしも村の方へ行ってきてよ。霧笛は大丈夫?……しっかり頼んでよ」
    「日本男児だ!」
    「本当にお父さんはじめ、難船した人達のためなのよ。しっかりやって頂戴ちょうだい
    姉は流石さすがに女の気もやさしく、父の身の上、弟のことを気づかいながら、村の方へ走って行った。この燈台とうだいから村へは、一里に余る山路である。
    父のボートは暗い波とはげしい風とにまれ乍ら、濃霧のうちを進んだ。やがて、船の最後と思われる非常汽笛の音をたよりに、つかれた腕に全力をこめて、ボートをやった。行って見ると、船の破片にすがった半死の人が五人だけ見えた。
    一人一人ボートへ助け入れたが、どの人も口を利くどころか、さえ見えぬようであった。ボートのかじを返して燈台とうだいの方へいだが、霧はいよいよ深くなり、海はますます暗くなり、ともすれば暗礁に乗り上げそうであった。半死の人を乗せたボートの重みと、つかれ切った腕にとったオールは、とかく波にさらわれがちであった。
    ここに燈台のやぐらでは、父のため、多くの難船した人のため、摩耶まやはあらん限りの力で霧笛きりぶえを吹いた。
    しかし今年十二の少年の力では容易でない。たちまちへとへとに労れてしまって、霧笛の音は、とぎれとぎれになった。
    しかしいま吹きやめたら、父はどんなに困るかも知れぬ。そう思うと死んでもめられない。ポーと吹いては休み、ブウと吹いては休んだ。しかし父のためだ! 多くの人人のためだ! それでこそ日本男児だ! 吹く吹く、死んでも吹く……
    また海の上では、かすかながらも鳴っている霧笛の音を聞いては、父は新しい力を腕にこめて、ボートを漕いだ。
    ようやくにして父のボートがみぎわへたどりついた。折もよし、村の人人は須美すみに連れられて走って来た。
    遭難の人人の手当は、村人にまかせて、須美は急いで櫓の上にあがって見た。摩耶は霧笛を唇にあてたままそこに死んだように倒れていた。
    「摩耶ちゃん、摩耶ちゃん」
    姉は泣声で呼んだ。すると勇敢なる日本男児はすぐよみがえった。
    五人の遭難者も死んではいなかった。

  • 倉沢はすみ作「モシカアンニャ」朗読 森川らら

    81.75 Jul 31, 2017

    ■あらすじ
    昭和 30 年代。
    小学 4 年生の昭夫は、三人兄弟の次男坊。中学生の兄と幼い弟に挟まれ、ちょっぴり
    影が薄いことを自覚している。父は村に一軒の餅屋で忙しく、体の弱い母に甘える機会も
    少ない。だが、母が一度だけ、兄弟たちに内緒で昭夫にだけカステラの味見をさせてくれ
    たことがあった。以来、昭夫のなかでは、カステラこそが最もおいしい、特別な菓子に
    なっていた。
    ある日、昭夫は習字教室を開いている寺の「お楽しみ会」に招かれる。弟と共に出掛け
    た昭夫は、後片付けの途中で住職から「この寺が好きか」と聞かれる。寺の境内は格好の
    遊び場であり、習字も教えてもらっている以上、嫌いなはずがない。だが「では寺の子に
    なるか」と予想外の言葉を掛けられ、戸惑ってしまう。
    昭夫の住む地域では、次男は「モシカアンニャ」と呼ばれていた。
    アンニャ(長男)ではない、「もしかしたら」アンニャになるかもしれない次男坊。
    そんな昭夫に、実子のない住職は養子の話を持ちかけて来たのだった。昭夫は驚いて
    逃げ帰るが、数日後、住職が来訪する。両親不在のなか、昭夫は住職が自分をもらいに
    来たのだと緊張するが、兄が帰宅して昭夫を助ける。
    それからまた数日後、昭夫は寺へ使いに出される。住職は昭夫をねぎらい、ほうびに
    カステラを供する。大振りに切られたカステラに興奮する昭夫。遠慮なく取って食べ、
    すすめられるままに二つ目に手を伸ばした昭夫に、住職が再び養子の話を持ちかける。
    寺の子にはなりたくないとうつむく昭夫に、住職は寂しそうに笑いながら、生き別れに
    なった甥がいることを語る。昭夫は「その甥もどこかで親切な人に出会い、自分と同じ
    ように美味しいお菓子をもらっているに違いない」と言い、出されたカステラを完食する。
    後日、本家の伯父が間に入って正式に養子縁組の話を持って来るが、母親がきっぱりと
    断る。それを聞いて、昭夫は涙ぐむほど安堵するのだった。

    倉沢はすみ

  • 今回も四人の方に録音会に出演していただきました。ありがとうございます。

     

  • 第二回録音会郷圭子朗読「尾生の信」芥川龍之介

    尾生の信

    芥川龍之介

    尾生びせいは橋の下にたたずんで、さっきから女の来るのを待っている。
    見上げると、高い石の橋欄きょうらんには、蔦蘿つたかずらが半ばいかかって、時々その間を通りすぎる往来の人の白衣はくいの裾が、鮮かな入日に照らされながら、悠々と風に吹かれて行く。が、女は未だに来ない。
    尾生はそっと口笛を鳴しながら、気軽く橋の下のを見渡した。
    橋の下の黄泥こうでいの洲は、二坪ばかりの広さをあまして、すぐに水と続いている。水際みずぎわあしの間には、大方おおかたかに棲家すみかであろう、いくつもまるい穴があって、そこへ波が当る度に、たぶりと云うかすかな音が聞えた。が、女は未だに来ない。
    尾生はやや待遠しそうに水際までを移して、舟一艘いっそう通らない静な川筋を眺めまわした。
    川筋には青いあしが、隙間すきまもなくひしひしと生えている。のみならずその蘆の間には、所々ところどころ川楊かわやなぎが、こんもりと円く茂っている。だからその間を縫う水のおもても、川幅の割には広く見えない。ただ、おびほどの澄んだ水が、雲母きららのような雲の影をたった一つ鍍金めっきしながら、ひっそりと蘆の中にうねっている。が、女は未だに来ない。
    尾生は水際から歩をめぐらせて、今度は広くもないの上を、あちらこちらと歩きながら、おもむろに暮色を加えて行く、あたりの静かさに耳を傾けた。
    橋の上にはしばらくの間、行人こうじんの跡を絶ったのであろう。くつの音も、ひづめの音も、あるいはまた車の音も、そこからはもう聞えて来ない。風の音、蘆の音、水の音、――それからどこかでけたたましく、蒼鷺あおさぎの啼く声がした。と思って立止ると、いつか潮がさし出したと見えて、黄泥こうでいを洗う水の色が、さっきよりは間近に光っている。が、女は未だに来ない。
    尾生は険しくまゆをひそめながら、橋の下のうす暗い洲を、いよいよ足早に歩き始めた。その内に川の水は、一寸ずつ、一尺ずつ、次第に洲の上へ上って来る。同時にまた川から立昇たちのぼ※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)においや水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)も、冷たく肌にまつわり出した。見上げると、もう橋の上には鮮かな入日の光が消えて、ただ、石の橋欄きょうらんばかりが、ほのかに青んだ暮方くれがたの空を、黒々と正しく切り抜いている。が、女は未だに来ない。
    尾生はとうとう立ちすくんだ。
    川の水はもう沓を濡しながら、鋼鉄よりも冷やかな光をたたえて、漫々と橋の下に広がっている。すると、ひざも、腹も、胸も、恐らくは頃刻けいこくを出ない内に、この酷薄こくはくな満潮の水に隠されてしまうのに相違あるまい。いや、そう云う内にも水嵩みずかさますます高くなって、今ではとうとう両脛りょうはぎさえも、川波の下に没してしまった。が、女は未だに来ない。
    尾生は水の中に立ったまま、まだ一縷いちるの望を便りに、何度も橋の空へ眼をやった。
    腹をひたした水の上には、とうに蒼茫そうぼうたる暮色が立ちめて、遠近おちこちに茂った蘆や柳も、寂しい葉ずれの音ばかりを、ぼんやりしたもやの中から送って来る。と、尾生の鼻をかすめて、すずきらしい魚が一匹、ひらりと白い腹をひるがえした。その魚の躍った空にも、まばらながらもう星の光が見えて、蔦蘿つたかずらのからんだ橋欄きょうらんの形さえ、いち早い宵暗の中にまぎれている。が、女は未だに来ない。……

    ―――――――――――――――――――――――――

    夜半、月の光が一川いっせんの蘆と柳とにあふれた時、川の水と微風とは静にささやき交しながら、橋の下の尾生の死骸を、やさしく海の方へ運んで行った。が、尾生の魂は、寂しい天心の月の光に、思いこがれたせいかも知れない。ひそかに死骸を抜け出すと、ほのかに明るんだ空の向うへ、まるで水の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)におい※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)が音もなく川から立ち昇るように、うらうらと高く昇ってしまった。……
    それから幾千年かを隔てたのち、この魂は無数の流転るてんけみして、また生を人間じんかんに託さなければならなくなった。それがこう云う私に宿っている魂なのである。だから私は現代に生れはしたが、何一つ意味のある仕事が出来ない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、ただ、何かきたるべき不可思議なものばかりを待っている。ちょうどあの尾生が薄暮はくぼの橋の下で、永久に来ない恋人をいつまでも待ち暮したように。

    (大正八年十二月)