朗読カフェメンバー情報

  • 中原中也「その一週間」津田一真朗読

    Feb 20, 2018

    青空文庫 名作文学の朗読

  • 太宰治「貨幣」石丸絹子朗読

    Jan 25, 2018

    異国語においては、名詞にそれぞれ男女の性別あり。
    然して、貨幣を女性名詞とす。

    私は、七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。あるいは私はその中に、はいっているかも知れません。もう私は、くたくたに疲れて、自分がいま誰の懐の中にいるのやら、あるいは屑籠の中にでもほうり込まれているのやら、さっぱり見当も附かなくなりました。ちかいうちには、モダン型の紙幣が出て、私たち旧式の紙幣は皆焼かれてしまうのだとかいう噂も聞きましたが、もうこんな、生きているのだか、死んでいるのだかわからないような気持でいるよりは、いっそさっぱり焼かれてしまって昇天しとうございます。焼かれた後で、天国へ行くか地獄へ行くか、それは神様まかせだけれども、ひょっとしたら、私は地獄へ落ちるかも知れないわ。生れた時には、今みたいに、こんないやしいていたらくではなかったのです。後になったらもう二百円紙幣やら千円紙幣やら、私よりも有難がられる紙幣がたくさん出て来ましたけれども、私の生れたころには、百円紙幣が、お金の女王で、はじめて私が東京の大銀行の窓口からある人の手に渡された時には、その人の手は少し震えていました。あら、本当ですわよ。その人は、若い大工さんでした。その人は、腹掛けのどんぶりに、私を折りたたまずにそのままそっといれて、おなかが痛いみたいに左の手のひらを腹掛けに軽く押し当て、道を歩く時にも、電車に乗っている時にも、つまり銀行から家へと、その人はさっそく私を神棚にあげて拝みました。私の人生への門出は、このように幸福でした。私はその大工さんのお宅にいつまでもいたいと思ったのです。けれども私は、その大工さんのお宅には、一晩しかいる事が出来ませんでした。その夜は大工さんはたいへん御機嫌がよろしくて、晩酌などやらかして、そうして若い小柄なおかみさんに向かい、『馬鹿にしちゃいけねえ。おれにだって、男の働きというものがある』などといって威張り時々立ち上がって私を神棚からおろして、両手でいただくような恰好で拝んで見せて、若いおかみさんを笑わせていましたが、そのうちに夫婦の間に喧嘩が起り、とうとう私は四つに畳まれておかみさんの小さい財布の中にいれられてしまいました。そうしてその翌る朝、おかみさんに質屋に連れて行かれて、おかみさんの着物十枚とかえられ、私は質屋の冷くしめっぽい金庫の中にいれられました。妙に底冷えがして、おなかが痛くて困っていたら、私はまた外に出されて日の目を見る事が出来ました。こんどは私は、医学生の顕微鏡一つとかえられたのでした。私はその医学生に連れられて、ずいぶん遠くへ旅行しました。そうしてとうとう、瀬戸内海のある小さい島の旅館で、私はその医学生に捨てられました。それから一箇月近く私はその旅館の、帳場の小箪笥の引出しにいれられていましたが、何だかその医学生は、私を捨てて旅館を出てから間もなく瀬戸内海に身を投じて死んだという、女中たちの取沙汰をちらと小耳にはさみました。『ひとりで死ぬなんて阿呆あほらしい。あんな綺麗な男となら、わたしはいつでも一緒に死んであげるのにさ』とでっぷり太った四十くらいの、吹出物だらけの女中がいって、皆を笑わせていました。それから私は五年間四国、九州と渡り歩き、めっきりけ込んでしまいました。そうしてしだいに私は軽んぜられ、六年振りでまた東京へ舞い戻った時には、あまり変り果てた自分の身のなりゆきに、つい自己嫌悪しちゃいましたわ。東京へ帰って来てからは私はただもう闇屋の使い走りを勤める女になってしまったのですもの。五、六年東京から離れているうちに私も変りましたけれども、まあ、東京の変りようったら。夜の八時ごろ、ほろ酔いのブローカーに連れられて、東京駅から日本橋、それから京橋へ出て銀座を歩き新橋まで、その間、ただもうまっくらで、深い森の中を歩いているような気持で人ひとり通らないのはもちろん、路を横切る猫の子一匹も見当りませんでした。おそろしい死の街の不吉な形相を呈していました。それからまもなく、れいのドカンドカン、シュウシュウがはじまりましたけれども、あの毎日毎夜の大混乱の中でも、私はやはり休むひまもなくあの人の手から、この人の手と、まるでリレー競走のバトンみたいに目まぐるしく渡り歩き、おかげでこのようなしわくちゃの姿になったばかりでなく、いろいろなものの臭気がからだに附いて、もう、恥ずかしくて、やぶれかぶれになってしまいました。あのころは、もう日本も、やぶれかぶれになっていた時期でしょうね。私がどんな人の手から、どんな人の手に、何の目的で、そうしてどんなむごい会話をもって手渡されていたか、それはもう皆さんも、十二分にご存じのはずで、聞き飽き見飽きていらっしゃることでしょうから、くわしくは申し上げませんが、けだものみたいになっていたのは、軍閥とやらいうものだけではなかったように私には思われました。それはまた日本の人に限ったことでなく、人間性一般の大問題であろうと思いますが、今宵死ぬかも知れぬという事になったら、物慾も、色慾も綺麗に忘れてしまうのではないかしらとも考えられるのに、どうしてなかなかそのようなものでもないらしく、人間は命の袋小路に落ち込むと、笑い合わずに、むさぼりくらい合うものらしうございます。この世の中のひとりでも不幸な人のいる限り、自分も幸福にはなれないと思う事こそ、本当の人間らしい感情でしょうに、自分だけ、あるいは自分の家だけのつかの安楽を得るために、隣人をののしり、あざむき、押し倒し、(いいえ、あなただって、いちどはそれをなさいました。無意識でなさって、ご自身それに気がつかないなんてのは、さらに怒るべき事です。恥じて下さい。人間ならば恥じて下さい。恥じるというのは人間だけにある感情ですから)まるでもう地獄の亡者がつかみ合いの喧嘩をしているような滑稽で悲惨な図ばかり見せつけられてまいりました。けれども、私はこのように下等な使い走りの生活においても、いちどや二度は、ああ、生れて来てよかったと思ったこともないわけではございませんでした。いまはもうこのように疲れ切って、自分がどこにいるのやら、それさえ見当がつかなくなってしまったほど、まるで、もうろくの形ですが、それでもいまもって忘れられぬほのかに楽しい思い出もあるのです。その一つは、私が東京から汽車で、三、四時間で行き着けるある小都会に闇屋の婆さんに連れられてまいりました時のことですが、ただいまは、それをちょっとお知らせ致しましょう。私はこれまで、いろんな闇屋から闇屋へ渡り歩いて来ましたが、どうも女の闇屋のほうが、男の闇屋よりも私を二倍にも有効に使うようでございました。女の慾というものは、男の慾よりもさらに徹底してあさましく、すさまじいところがあるようでございます。私をその小都会に連れて行った婆さんも、ただものではないらしくある男にビールを一本渡してそのかわりに私を受け取り、そうしてこんどはその小都会に葡萄酒の買出しに来て、ふつう闇値の相場は葡萄酒一升五十円とか六十円とかであったらしいのに、婆さんは膝をすすめてひそひそひそひそいって永い事ねばり、時々いやらしく笑ったり何かしてとうとう私一枚で四升を手に入れ重そうな顔もせず背負って帰りましたが、つまり、この闇婆さんの手腕一つでビール一本が葡萄酒四升、少し水を割ってビール瓶につめかえると二十本ちかくにもなるのでしょう、とにかく、女の慾は程度を越えています。それでもその婆さんは、少しもうれしいような顔をせず、どうもまったくひどい世の中になったものだ、と大真面目で愚痴ぐちをいって帰って行きました。私は葡萄酒の闇屋の大きい財布の中にいれられ、うとうと眠りかけたら、すぐにまたひっぱり出されて、こんどは四十ちかい陸軍大尉に手渡されました。この大尉もまた闇屋の仲間のようでした。「ほまれ」という軍人専用の煙草を百本(とその大尉はいっていたのだそうですが、あとで葡萄酒の闇屋が勘定してみましたら八十六本しかなかったそうで、あのインチキ野郎めが、とその葡萄酒の闇屋が大いに憤慨していました)とにかく、百本在中という紙包とかえられて、私はその大尉のズボンのポケットに無雑作にねじ込まれ、その夜、まちはずれの薄汚い小料理屋の二階へお供をするという事になりました。大尉はひどい酒飲みでした。葡萄酒のブランデーとかいう珍しい飲物をチビチビやって、そうして酒癖もよくないようで、お酌の女をずいぶんしつこく罵るのでした。
    「お前の顔は、どう見たって狐以外のものではないんだ。(狐をケツネと発音するのです。どこの方言かしら)よく覚えて置くがええぞ。ケツネのつらは、口がとがってひげがある。あの髭は右が三本、左が四本、ケツネのというものは、たまらねえ。そこらいちめん黄色い煙がもうもうとあがってな、犬はそれをぐとくるくるくるっとまわって、ぱたりとたおれる。いや、嘘でねえ。お前の顔は黄色いな。妙に黄色い。われとわが屁で黄色く染まったに違いない。や、臭い。さては、お前、やったな。いや、やらかした。どだいお前は失敬じゃないか。いやしくも軍人の鼻先で、屁をたれるとは非常識きわまるじゃないか。おれはこれでも神経質なんだ。鼻先でケツネのへなどやらかされて、とても平気では居られねえ」などそれは下劣な事ばかり、大まじめでいって罵り、階下で赤子の泣き声がしたら耳ざとくそれを聞きとがめて、「うるさい餓鬼だ、興がさめる。おれは神経質なんだ。馬鹿にするな。あれはお前の子か。これは妙だ。ケツネの子でも人間の子みたいな泣き方をするとは、おどろいた。どだいお前は、けしからんじゃないか、子供を抱えてこんな商売をするとは、虫がよすぎるよ。お前のような身のほど知らずのさもしい女ばかりいるから日本は苦戦するのだ。お前なんかは薄のろの馬鹿だから、日本は勝つとでも思っているんだろう。ばか、ばか。どだい、もうこの戦争は話にならねえのだ。ケツネと犬さ。くるくるっとまわって、ぱたりとたおれるやつさ。勝てるもんかい。だから、おれは毎晩こうして、酒を飲んで女を買うのだ。悪いか」
    「悪い」とお酌の女のひとは、顔を蒼くしていいました。
    「狐がどうしたっていうんだい。いやなら来なけれあいいじゃないか。いまの日本で、こうして酒を飲んで女にふざけているのは、お前たちだけだよ。お前の給料は、どこから出てるんだ。考えても見ろ。あたしたちの稼ぎの大半は、おかみに差し上げているんだ。おかみはその金をお前たちにやって、こうして料理屋で飲ませているんだ。馬鹿にするな。女だもの、子供だって出来るさ。いま乳呑児をかかえている女は、どんなにつらい思いをしているか、お前たちにはわかるまい。あたしたちの乳房からはもう、一滴の乳も出ないんだよ。からの乳房をピチャピチャ吸って、いや、もうこのごろは吸う力さえないんだ。ああ、そうだよ、狐の子だよ。あごがとがって、皺だらけの顔で一日中ヒイヒイ泣いているんだ。見せてあげましょうかね。それでも、あたしたちは我慢しているんだ。それをお前たちは、なんだい」といいかけた時、空襲警報が出て、それとほとんど同時に爆音が聞え、れいのドカンドカンシュウシュウがはじまり、部屋の障子がまっかに染まりました。
    「やあ、来た。とうとう来やがった」と叫んで大尉は立ち上がりましたが、ブランデーがひどくきいたらしく、よろよろです。
    お酌のひとは、鳥のように素早く階下に駆け降り、やがて赤ちゃんをおんぶして、二階にあがって来て、「さあ、逃げましょう、早く。それ、危い、しっかり」ほとんど骨がないみたいにぐにゃぐにゃしている大尉を、うしろから抱き上げるようにして歩かせ、階下へおろして靴をはかせ、それから大尉の手を取ってすぐ近くの神社の境内まで逃げ、大尉はそこでもう大の字に仰向あおむけに寝ころがってしまって、そうして、空の爆音にむかってさかんに何やら悪口をいっていました。ばらばらばら、火の雨が降って来ます。神社も燃えはじめました。
    「たのむわ、兵隊さん。も少し向こうのほうへ逃げましょうよ。ここで犬死にしてはつまらない。逃げられるだけは逃げましょうよ」
    人間の職業の中で、最も下等な商売をしているといわれているこの蒼黒く痩せこけた婦人が、私の暗い一生涯において一ばん尊く輝かしく見えました。ああ、欲望よ、去れ。虚栄よ、去れ。日本はこの二つのために敗れたのだ。お酌の女は何の慾もなく、また見栄もなく、ただもう眼前の酔いどれの客を救おうとして、こん身の力で大尉を引き起し、わきにかかえてよろめきながら田圃たんぼのほうに避難します。避難した直後にはもう、神社の境内は火の海になっていました。
    麦を刈り取ったばかりの畑に、その酔いどれの大尉をひきずり込み、小高い土手の蔭に寝かせ、お酌の女自身もその傍にくたりと坐り込んで荒い息を吐いていました。大尉は、すでにぐうぐう高鼾たかいびきです。
    その夜は、その小都会の隅から隅まで焼けました。夜明けちかく、大尉は眼をさまし、起き上がって、なお燃えつづけている大火事をぼんやり眺め、ふと、自分の傍でこくりこくり居眠りをしているお酌の女のひとに気づき、なぜだかひどく狼狽の気味で立ち上がり、逃げるように五、六歩あるきかけて、また引返し、上衣の内ポケットから私の仲間の百円紙幣を五枚取り出し、それからズボンのポケットから私を引き出して六枚重ねて二つに折り、それを赤ちゃんの一ばん下の肌着のその下の地肌の背中に押し込んで、荒々しく走って逃げて行きました。私が自身に幸福を感じたのは、この時でございました。貨幣がこのような役目ばかりに使われるんだったらまあ、どんなに私たちは幸福だろうと思いました。赤ちゃんの背中は、かさかさ乾いて、そうして痩せていました。けれども私は仲間の紙幣にいいました。
    「こんないいところはほかにないわ。あたしたちは仕合せだわ。いつまでもここにいて、この赤ちゃんの背中をあたため、ふとらせてあげたいわ」
    仲間はみんな一様に黙ってうなずきました。

    青空文庫 名作文学の朗読

  • 新美南吉「一年生たちとひよめ」飯田桃子朗読

    3.70
    Dec 12, 2017

    一年生たちとひよめ

    新美南吉

    学校へいくとちゅうに、大きないけがありました。
    一年生たちが、朝そこを通りかかりました。
    池の中にはひよめが五六っぱ、黒くうかんでおりました。
    それをみると一年生たちは、いつものように声をそろえて、ひイよめ、
    ひよめ、
    だんごやアるに
    くウぐウれッ、

    とうたいました。
    するとひよめは頭からぷくりと水のなかにもぐりました。だんごがもらえるのをよろこんでいるようにみえました。
    けれど一年生たちは、ひよめにだんごをやりませんでした。学校へゆくのにだんごなどもっている子はありません。
    一年生たちは、それから学校にきました。
    学校では先生が教えました。
    「みなさん、うそをついてはなりません。うそをつくのはたいへんわるいことです。むかしの人は、うそをつくと死んでから赤鬼あかおにに、したべろをくぎぬきでひっこぬかれるといったものです。うそをついてはなりません。さあ、わかった人は手をあげて。」
    みんなが手をあげました。みんなよくわかったからであります。
    さて学校がおわると、一年生たちはまた池のふちを通りかかったのでありました。
    ひよめはやはりおりました。一年生たちのかえりを待っていたかのように、水の上からこちらをみていました。

    ひイよめ、
    ひよめ、

    と一年生たちは、いつものくせでうたいはじめました。
    しかし、そのあとをつづけてうたうものはありませんでした。「だんごやるに、くぐれ」とうたったら、それはうそをいったことになります。うそをいってはならない、と今日きょう学校でおそわったばかりではありませんか。
    さて、どうしたものでしょう。
    このままいってしまうのもざんねんです。そしたらひよめのほうでも、さみしいと思うにちがいありません

  • 福娘童話集 青森県の民話「友助たぬき」飯田桃子朗読

    5.82
    Nov 22, 2017

    福娘童話集より

  • 芥川龍之介「妙な話」石丸絹子朗読

    17.13
    Nov 08, 2017

    妙な話

    芥川龍之介

    ある冬のわたしは旧友の村上むらかみと一しょに、銀座ぎんざ通りを歩いていた。
    「この間千枝子ちえこから手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。」
    村上はふと思い出したように、今は佐世保させほに住んでいる妹の消息を話題にした。
    「千枝子さんも健在たっしゃだろうね。」
    「ああ、この頃はずっと達者のようだ。あいつも東京にいる時分は、随分ずいぶん神経衰弱もひどかったのだが、――あの時分は君も知っているね。」
    「知っている。が、神経衰弱だったかどうか、――」
    「知らなかったかね。あの時分の千枝子と来た日には、まるで気違いも同様さ。泣くかと思うと笑っている。笑っているかと思うと、――妙な話をし出すのだ。」
    「妙な話?」
    村上は返事をする前に、ある珈琲店カッフェ硝子扉ガラスどを押した。そうして往来の見える卓子テーブルに私と向い合って腰を下した。
    「妙な話さ。君にはまだ話さなかったかしら。これはあいつが佐世保へ行く前に、僕に話して聞かせたのだが。――」

    君も知っている通り、千枝子の夫は欧洲おうしゅう戦役中、地中海ちちゅうかい方面へ派遣された「A――」の乗組将校だった。あいつはその留守るすあいだ、僕の所へ来ていたのだが、いよいよ戦争も片がつくと云う頃から、急に神経衰弱がひどくなり出したのだ。その主な原因は、今まで一週間に一度ずつはきっと来ていた夫の手紙が、ぱったり来なくなったせいかも知れない。何しろ千枝子は結婚後まだ半年はんとしと経たない内に、夫と別れてしまったのだから、その手紙を楽しみにしていた事は、遠慮のない僕さえひやかすのは、残酷ざんこくな気がするくらいだった。
    ちょうどその時分の事だった。ある日、――そうそう、あの日は紀元節きげんせつだっけ。何でも朝から雨の降り出した、寒さの厳しい午後だったが、千枝子は久しぶりに鎌倉かまくらへ、遊びに行って来ると云い出した。鎌倉にはある実業家の細君になった、あいつの学校友だちが住んでいる。――そこへ遊びに行くと云うのだが、何もこの雨の降るのに、わざわざ鎌倉くんだりまで遊びに行く必要もないと思ったから、僕は勿論僕のさいも、再三明日あしたにした方が好くはないかと云って見た。しかし千枝子は剛情に、どうしても今日行きたいと云う。そうしてしまいには腹を立てながら、さっさと支度して出て行ってしまった。

  • 太宰治「女生徒」萩柚月朗読

    115.28
    Nov 03, 2017

  • 島崎藤村「三人の訪問者」 物袋綾子朗読

    13.43
    Oct 29, 2017

    三人の訪問者

    島崎藤村

    「冬」が訪ねて来た。
    私が待受けて居たのは正直に言うと、もっと光沢つやのない、単調な眠そうな、貧しそうに震えた、醜く皺枯れた老婆であった。私は自分の側に来たものの顔をつくづくと眺めて、まるで自分の先入主となった物の考え方や自分の予想して居たものとは反対であるのに驚かされた。私は尋ねて見た。
    「お前が『冬』か。」
    「そういうお前は一体私を誰だと思うのだ。そんなにお前は私を見損なって居たのか。」
    と「冬」が答えた。
    「冬」は私にいろいろな樹木を指して見せた。あの満天星どうだんを御覧、と言われて見ると旧い霜葉はもうくに落尽して了ったが、茶色を帯びた細く若い枝の一つ一つには既に新生の芽が見られて、そのみずみずしい光沢のある若枝にも、勢いこんで出て来たような新芽にも、冬の焔が流れて来て居た。満天星ばかりではない、梅の素生すばえは濃い緑色に延びて、早や一尺に及ぶのもある。ちいさくなって蹲踞しゃがんで居るのは躑躅だが、でもがつがつ震えるような様子はすこしも見えない。あの椿の樹を御覧と「冬」が私に言った。日を受けて光る冬の緑葉には言うに言われぬかがやきがあって、密集した葉と葉の間からは大きな蕾が顔を出して居た。何かの深い微笑のように咲くあの椿の花の中には霜の来る前に早や開落したのさえあった。
    「冬」は私に八つ手の樹を指して見せた。そこにはまた白に近い淡緑の色彩の新しさがあって、その力のある花の形は周囲の単調を破って居た。
    三年の間、私は異郷の客舎の方で暗い冬を送って来た。寒い雨でも来て障子の暗い日なぞにはよくあの巴里の冬を思出す。そこでは一年のうちの最も日の短いという冬至前後になると、朝の九時頃に漸く夜が明けて午後の三時半には既に日が暮れて了った。あのボオドレエルの詩の中にあるような赤熱の色に燃えてしかも凍り果てるという太陽は、必ずしも北極のはてを想像しない迄も、巴里の町を歩いて居てよく見らるるものであった。枯々としたマロニエの並木の間に冬が来ても青々として枯れずに居る草地の眺めばかりは、特別な冬景色ではあったけれども、あの灰色な深い静寂なシャ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ンヌの「冬」の色調こそ彼地の自然にはふさわしいものであった。

  • 江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」朗読カフェ 青空文庫名作文学の朗読

    104.85
    Oct 27, 2017

    多分それは一種の精神病ででもあったのでしょう。郷田三郎ごうださぶろうは、どんな遊びも、どんな職業も、何をやって見ても、一向この世が面白くないのでした。
    学校を出てから――その学校とても一年に何日と勘定の出来る程しか出席しなかったのですが――彼に出来そうな職業は、片端かたっぱしからやって見たのです、けれど、これこそ一生を捧げるに足ると思う様なものには、まだ一つもでっくわさないのです。恐らく、彼を満足させる職業などは、この世に存在しないのかも知れません。長くて一年、短いのは一月位で、彼は職業から職業へと転々しました。そして、とうとう見切りをつけたのか、今では、もう次の職業を探すでもなく、文字通り何もしないで、面白くもない其日そのひ其日を送っているのでした。
    遊びの方もその通りでした。かるた、球突き、テニス、水泳、山登り、碁、将棊しょうぎ、さては各種の賭博とばくに至るまで、とてもここには書き切れない程の、遊戯という遊戯は一つ残らず、娯楽百科全書という様な本まで買込んで、探し廻っては試みたのですが、職業同様、これはというものもなく、彼はいつも失望させられていました。だが、この世には「女」と「酒」という、どんな人間だって一生涯飽きることのない、すばらしい快楽があるではないか。諸君はきっとそう仰有おっしゃるでしょうね。ところが、我が郷田三郎は、不思議とその二つのものに対しても興味を感じないのでした。酒は体質に適しないのか、一滴も飲めませんし、女の方は、無論むろんその慾望がない訳ではなく、相当遊びなどもやっているのですが、そうかとって、これあるがため甲斐がいを感じるという程には、どうしても思えないのです。
    「こんな面白くない世の中に生きながらえているよりは、いっそ死んでしまった方がましだ」
    ともすれば、彼はそんなことを考えました。しかし、そんな彼にも、生命いのちしむ本能けはそなわっていたと見えて、二十五歳の今日が日まで「死ぬ死ぬ」といいながら、つい死切れずに生き長えているのでした。
    親許おやもとから月々いくらかの仕送りを受けることの出来る彼は、職業を離れても別に生活には困らないのです。一つはそういう安心が、彼をこんな気まま者にして了ったのかも知れません。そこで彼は、その仕送り金によって、せめていくらかでも面白く暮すことに腐心しました。例えば、職業や遊戯と同じ様に、頻繁ひんぱんに宿所を換えて歩くことなどもその一つでした。彼は、少し大げさに云えば、東京中の下宿屋を、一軒残らず知っていました。一月か半月もいると、すぐに次の別の下宿屋へと住みかえるのです。無論その間には、放浪者の様に旅をして歩いたこともあります。あるいは又、仙人の様に山奥へ引込んで見たこともあります。でも、都会にすみなれた彼には、迚も淋しい田舎に長くいることは出来ません。一寸ちょっと旅に出たかと思うと、いつのまにか、都会の燈火に、雑沓ざっとうに、引寄せられる様に、彼は東京へ帰ってくるのでした。そして、その度毎たびごとに下宿を換えたことは云うまでもありません。

  • O・ヘンリー 翻訳 山本ゆうじ「魔女のパン」石丸絹子朗読

    11.75
    Oct 18, 2017

    青空文庫より

  • O・ヘンリー 翻訳 山本ゆうじ「魔女のパン」石丸絹子朗読

    11.75
    Oct 18, 2017

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