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  • 二宮隆朗読小川未明「野ばら」

    野ばら
    小川未明
     大おおきな国くにと、それよりはすこし小ちいさな国くにとが隣となり合あっていました。当座とうざ、その二つの国くにの間あいだには、なにごとも起おこらず平和へいわでありました。
     ここは都みやこから遠とおい、国境こっきょうであります。そこには両方りょうほうの国くにから、ただ一人ひとりずつの兵隊へいたいが派遣はけんされて、国境こっきょうを定さだめた石碑せきひを守まもっていました。大おおきな国くにの兵士へいしは老人ろうじんでありました。そうして、小ちいさな国くにの兵士へいしは青年せいねんでありました。
     二人ふたりは、石碑せきひの建たっている右みぎと左ひだりに番ばんをしていました。いたってさびしい山やまでありました。そして、まれにしかその辺へんを旅たびする人影ひとかげは見みられなかったのです。
     初はじめ、たがいに顔かおを知しり合あわない間あいだは、二人ふたりは敵てきか味方みかたかというような感かんじがして、ろくろくものもいいませんでしたけれど、いつしか二人ふたりは仲なかよしになってしまいました。二人ふたりは、ほかに話はなしをする相手あいてもなく退屈たいくつであったからであります。そして、春はるの日ひは長ながく、うららかに、頭あたまの上うえに照てり輝かがやいているからでありました。
     ちょうど、国境こっきょうのところには、だれが植うえたということもなく、一株ひとかぶの野のばらがしげっていました。その花はなには、朝早あさはやくからみつばちが飛とんできて集あつまっていました。その快こころよい羽音はおとが、まだ二人ふたりの眠ねむっているうちから、夢心地ゆめごこちに耳みみに聞きこえました。
    「どれ、もう起おきようか。あんなにみつばちがきている。」と、二人ふたりは申もうし合あわせたように起おきました。そして外そとへ出でると、はたして、太陽たいようは木きのこずえの上うえに元気げんきよく輝かがやいていました。
     二人ふたりは、岩間いわまからわき出でる清水しみずで口くちをすすぎ、顔かおを洗あらいにまいりますと、顔かおを合あわせました。
    青空文庫より

  • 岡田慎平朗読「三国志」桃園の巻 吉川英治 流行る童歌

     

     

     

     

     

    流行童歌

    驢は、北へ向いて歩いた。
    鞍上の馬元義は、ときどき南を振り向いて、
    「奴らはまだ追いついてこないがどうしたのだろう」と、つぶやいた。
    彼の半月槍をかついで、驢の後からついてゆく手下の甘洪かんこうは、
    「どこかで道を取っ違えたのかも知れませんぜ。いずれ冀州きしゅう(河北省保定の南方)へ行けば落ち合いましょうが」と、いった。
    いずれ賊の仲間のことをいっているのであろう――と劉備りゅうびは察した。とすれば、自分がのがれてきた黄河の水村を襲ったあの連中を待っているのかも知れない、と思った。
    (何しろ、従順をよそおっているに如しくはない。そのうちには、逃げる機会があるだろう)
    劉備は、賊の荷物を負って、黙々と、驢と半月槍のあいだに挟まれながら歩いた。丘陵と河と平原ばかりの道を、四日も歩きつづけた。
    幸い雨のない日が続いた。十方碧落へきらく、一朶だの雲もない秋だった。黍きびのひょろ長い穂に、時折、驢も人の背丈せたけもつつまれる。
    「ああ――」
    旅に倦うんで、馬元義は大きなあくびを見せたりした。甘も気けだるそうに居眠り半分、足だけを動かしていた。
    そんな時、劉備はふと、
    ――今だっ。
    という衝動にかられて、幾度か剣に手をやろうとしたが、もし仕損じたらと、母を想い、身の大望を考えて、じっと辛抱していた。
    「おう、甘洪」
    「へえ」
    「飯が食えるぞ。冷たい水にありつけるぞ――見ろ、むこうに寺があら」
    「寺が」
    黍の間から伸び上がって、
    「ありがてえ。大方だいほう、きっと酒もありますぜ。坊主は酒が好きですからね」
    夜は冷え渡るが、昼間は焦げつくばかりな炎熱であった。――水と聞くと、劉備も思わず伸び上がった。
    低い丘陵が彼方に見える。
    丘陵に抱かれている一叢ひとむらの木立と沼があった。沼には紅白の蓮花はちすがいっぱい咲いていた。
    そこの石橋を渡って、荒れはてた寺門の前で、馬元義は驢をおりた。門の扉は、一枚はこわれ、一枚は形だけ残っていた。それに黄色の紙が貼ってあって、次のような文が書いてあった。
    青空文庫