福山美奈子

  • 蘭郁二郎 「息を止める男」福山美奈子朗読

    13.60
    Sep 28, 2017

    息を止める男

    蘭郁二郎

    無くて七癖というように誰れでも癖は持っているものだが、水島の癖は又一風変っていた。それは貴方にお話してもおそらくは信じてくれないだろうと思うがその癖は『息を止める』ということなのである。
    私も始め友人から聞いた時は冗談かと信じなかったが、一日彼の家に遊びに行った時に笑いながら訊いてみると、彼はすこぶる真面目でそれを肯定するのである。私も不思議に思ってどうしてそんなことをするのかと聞いてみたが彼は首を振るばかりでなかなか話してくれなかった。
    しかし話してくれないと尚聞き度くなるものであるし、又あまり変なことなので好奇心に馳られた私はどこまでも五月蠅うるさく追窮したので、水島もとうとう笑いながら話してくれた。
    『その話はね、誰れでも五月蠅く聞くんだ、その癖皆んな途中で莫迦ばからしいと笑ってしまうんだ。それで僕もあまり話したくないんだ。まあ話を聞くよりは自分で一寸ちょっと息を止めてみ給え、始めの二三十秒はなんでもないかも知れないが、仕舞いになるとこめかみの辺の脈管の搏動が頭のしんまで響いて来る。胸の中は空っぽになってわくわくと込み上げる様になる――遂、堪らなくなって、ハアーと大きく息を吸うと胸の中の汚いものがすっかり嘔き出されたようにすがすがしい気持になって、虐げられた心臓は嬉しそうに生れ変ったような新らしい力でドキンドキンと動き出す。
    僕はその胸のわくわくする快感が堪らなく好きなのだ。ハアーと大きく息する時の気持、快よい心臓の響き。僕は是等の快感を味わう為には何物も惜しくないと思っている』
    水島はそう言って、この妙な話を私が真面目に聞いているかどうかを確かめるように私の顔を見てから又話しを続けた。
    『しかし、近頃一つ心配な事が起って来たのだ、よく阿片アヘン中毒者――イヤそんな例をとらなくてもいい、煙草のみでも酒のみでも――などが始めの中はこんなものが、と思ってそれを続けて行く中には何時しかそれが恍惚の夢を齎すのだ、う習慣になってくると今度はその吸飲量を増さなければ満足しなくなる、馥郁ふくいくたる幻を追うことが出来なくなる。それと同じに僕も最初のうちは四五十秒から一分もすると全身がうずうずして言い知れぬ快感に身をもだえたものなのに、それがこの頃は五分になり、十分になり、今では十五分以上も息を止めていても平気なのだ、だけど僕は少しも恐れていない、この素晴らしい快感の為には僕の命位は余りに小さいものだ、それに海女なども矢張り必要上の練習から、随分長く海に潜っていられるということも聞いているからね、海女といえばどうして彼女等はあの戦慄的な業に満足しているのだろうか、僕は矢張あの舟べりにもたれて大きく息する時の快感が潜在的にある為だと思うね』
    水島はそう言って又私の顔を覗くようにして笑った。
    然し私はまだそれが信じられなかった、息を止めてその快感を味う! 私はそれがとてつもない大嘘のように思われたり、本当かも知れないという気もした、その上十五分以上も息を止めて平気だというのだから――
    水島は私の信じられないような様子を見てか、子供にでもいうように、
    『君は嘘だと思うんだね、そりゃ誰だってすぐには信じられないだろうさ。嘘か本当か今実験して見様じゃないか』
    私はぼんやりしていたが水島はそんなことにお構いなく、
    『さあ、時計でも見てくれ給え』
    斯ういうと彼は椅子に深か深かと腰を掛けなおした。
    彼が斯う無造作にして来ると、私にも又持前の好奇心が動き始めた。
    『一寸。今三時三十八分だからもう二分してきっちり四十分からにしよう』
    というと水島は相変らず無造作に『ウン』と軽くいったきり目をつぶっている、斯うなると私の好奇心はもう押えきれなくなって了った。
    『よおし、四十分だ』
    私は胸を躍らせながら言った、水島はそれと同時に大きく息を吸い込んで悪戯っ子のように眼をぱちぱちして見せた。
    私は十五分間やっとこらえた、私は不安になって来たのである、耐えられない沈黙と重苦しい雰囲気が部屋一杯に覆いかかっている、墓石のような顔色をした彼の額には青黒い静脈が絛虫さなだむしのようにうねって、高くつき出た頬骨の下の青白いくぼみには死の影が浮動している。
    私はこの洞穴のような空虚に堪えられなくなった、そして追い立てられるように椅子から立つと彼に近寄って、恰度ちょうど取合せた仁丹の容器に付いている鏡をとり出すとよく検死医がするようにそれを口元に近付けて見た、矢張り鏡は曇らない、彼は完全に呼吸をしてないのだ……私は押しもどされるように椅子に帰って腰を掛けなおした。
    四時。もう二十分も経った。その瞬間不吉な想像が後頭部に激しい痛みを残して通り過ぎた。彼は自殺したのではないかしら、日頃変り者で通っている彼のことだ、自殺するに事を欠いて親しい友人の私の面前で一生に一度の大きな芝居を仕乍しながら死んで行こうとしているのではないだろうか、死の道程を見詰めている。そんな不吉な幻が私に軽い眩暈めまいを感ぜしめた。
    彼の顔は不自然にゆがんで来た、歪んだ頬はひきつけたように震えた。私は自分を落付ける為に勢一杯の努力をした、然し遂にはこの重苦しい雰囲気の重圧には耐えられなくなって了った、そうして、死の痙攣けいれん、断末魔の苦悶、そんな妙な形容詞が脳裏に浮んだ瞬間私は腰掛けていた椅子をはねのけて彼を抱き起し、力一杯ゆすぶって目をさまさせようと大声で水島の名を呼んでいたのだった――。
    私のこの狂人染みた動作が効を奏してか、彼の青白い顔には次第に血の気が表われて来た。然しそうして少しの後、口がけるようになると直ぐ乾からびた声で、
    『駄目だなァ君は、今やっと最後の快感にはいり始めたのに……』そういって力のない瞳で私を見詰めるのだった。けれど私は水島にそういわれ乍らもなんとなく安心した様な気持になって、彼の言葉を淡く聞いていたのである。

    私はあの息を止めるという不可能な実験の後、私の好奇心は急に水島に興味を覚えて、暇をみては彼の家に遊びに行くのが何時からとはなく例になっていた。
    所が或る日、何時もの通り水島を訪れると恰度又彼があの不可思議な『眠り』をして居るところに行き合った、今見た彼の様子はいかにも幸福そうな、物静かな寝顔であった、この前は初めての事なので無意識の不安が彼の顔に死の連想を見せたのかも知れない……。
    私はこの前のように周章あわてて起して機嫌を悪くされてもつまらぬから、そっと其儘にして見ているとしばらくして彼は目をさました。
    そうして二十分も息を止めている間の奇怪な幻覚を話してくれたのである。それがどんな妖しい話であったか。
    『僕が息を止めている間に様々な幻の世界を彷徨するというとさも大嘘のように思うだろうがまあ聞いてくれ給え。
    例えばこの「息を止める」ということに一番近い状態は外界からの一切の刺激を断った「眠り」という状態だ、この不可思議な状態は凡ての人々が余りにも多く経験するので、それに就いて少しでも深く考えようとしないのは随分軽卒だということが出来る、君、この「眠り」の中にどんな知られぬ世界がうごめいていることか……、そして又君は屡々しばしば寝ている間にどうしても解けなかった試験問題の解を得たり、或は素晴らしい小説の筋を思い付いたりして所謂いわゆる霊感を感じるというようなことを聞いたり、或は君自身も経験したことがあると思う、それというのも皆この第二次以上の空間を隙見して来たに過ぎないのだ、ところが君、この「眠り」にも未だ現世との連絡がある、それは呼吸だ、それがある為に人々はまだ幻の世界に遊ぶことが出来ないのだ、併し僕は其唯一の連絡を切断して了ったのだ――。
    人は皆胎児の間に一度は必ず是等の幻の世界に遊び、そうして其途上に何か収穫のあったものが生を享けてからこの現実の世界に於て学者となり、芸術家となり、又は犯罪者となるのだ。
    幻の世界は一つではない、清澄な詩の国もあれば、陰惨な犯罪の国もある。昔、仏教はおしえた、次の世界に極楽と地獄のあることを、それを思い合わせて見ると、この地獄極楽を訓えた者も或は僕の如くこの幻の世界の彷徨者であったかも知れぬ』

     

  • 新美南吉 「赤とんぼ」福山美奈子朗読

    11.22
    Sep 11, 2017

    赤とんぼ

    新美南吉

    赤とんぼは、三回ほど空をまわって、いつも休む一本の垣根かきねの竹の上に、チョイととまりました。
    山里の昼は静かです。
    そして、初夏の山里は、真実ほんとうに緑につつまれています。
    赤とんぼは、クルリと眼玉めだまてんじました。
    赤とんぼの休んでいる竹には、朝顔あさがおのつるがまきついています。昨年さくねんの夏、この別荘べっそうの主人がえていった朝顔の結んだ実が、またえたんだろう――と赤とんぼは思いました。
    今はこの家にはだれもいないので、雨戸がさびしくしまっています。
    赤とんぼは、ツイと竹の先からからだをはなして、高い空にい上がりました。

    三四人の人が、こっちへやって来ます。
    赤とんぼは、さっきの竹にまたとまって、じっと近づいて来る人々を見ていました。
    一番最初にかけて来たのは、赤いリボンの帽子ぼうしをかぶったかあいいおじょうちゃんでした。それから、おじょうちゃんのお母さん、荷物にもつをドッサリ持った書生しょせいさん――と、こう三人です。
    赤とんぼは、かあいいおじょうちゃんの赤いリボンにとまってみたくなりました。
    でも、おじょうちゃんがおこるとこわいな――と、赤とんぼは頭をかたげました。
    けど、とうとう、おじょうちゃんが前へ来たとき、赤とんぼは、おじょうちゃんの赤いリボンに飛びうつりました。
    「あッ、おじょうさん、帽子ぼうしに赤とんぼがとまりましたよ。」と、書生さんがさけびました。
    赤とんぼは、今におじょうちゃんの手が、自分をつかまえに来やしないかと思って、すぐ飛ぶ用意をしました。
    しかし、おじょうちゃんは、赤とんぼをつかまえようともせず、
    「まア、あたしの帽子ぼうしに! うれしいわ!」といって、うれしさにび上がりました。
    つばくらが、風のようにかけて行きます。

    かあいいおじょうちゃんは、今まで空家あきやだったその家に住みこみました。もちろん、お母さんや書生しょせいさんもいっしょです。
    赤とんぼは、今日も空をまわっています。
    夕陽ゆうひが、そのはねをいっそう赤くしています。

    「とんぼとんぼ
    赤とんぼ
    すすきの中は
    あぶないよ」

    あどけない声で、こんな歌をうたっているのが、聞こえて来ました。
    赤とんぼは、あのおじょうちゃんだろうと思って、そのまま、声のする方へ飛んで行きました。
    思った通り、うたってるのは、あのおじょうちゃんでした。
    おじょうちゃんは、庭で行水ぎょうずいをしながら、一人うたってたのです。
    赤とんぼが、頭の上へ来ると、おじょうちゃんは、持ってたおもちゃの金魚をにぎったまま、
    「あたしの赤とんぼ!」とさけんで、両手を高くさし上げました。
    赤とんぼは、とても愉快ゆかいです。
    書生しょせいさんが、シャボンを持ってやって来ました。
    「おじょうさん、背中せなかあらいましょうか?」
    「いや――」
    「だって――」
    「いや! いや! お母さんでなくっちゃ――」
    こまったおじょうさん。」
    書生しょせいさんは、頭をかきながら歩き出しましたが、朝顔の葉にとまって、ふたりの話をきいてる赤とんぼを見つけると、右手を大きくグルーッと一回まわしました。
    みょうな事をするな――と思って、赤とんぼはその指先を見ていました。
    つづけて、グルグルと書生さんは右手をまわします。そして、だんだん、その円を小さくして赤とんぼに近づいて来ます。
    赤とんぼは、大きなをギョロギョロ動かして、書生さんの指先をみつめています。
    だんだん、円は小さく近く、そして早くまわって来ます。
    赤とんぼは、まいをしてしまいました。
    つぎの瞬間しゅんかん、赤とんぼは、書生しょせいさんの大きな指にはさまれていました。
    「おじょうさん、赤とんぼをつかまえましたよ。あげましょうか?」
    「ばか! あたしの赤とんぼをつかまえたりなんかして――山田のばか!」
    おじょうちゃんは、口をとがらして、を書生さんにぶっかけました。
    書生さんは、赤とんぼをはなしてげて行きました。
    赤とんぼは、ホッとして空へ飛び上がりました。良いおじょうちゃんだな、と思いながら――

    空は真青まっさおに晴れています。どこまでもんでいます。
    赤とんぼは、まどはねを休めて、書生さんのお話に耳をかたむけています、かあいいおじょうちゃんと同じように。
    「それからね、そのとんぼは、おこって大蜘蛛ぐものやつにくいかかりました。くいつかれた大蜘蛛ぐもは、いたい! いたい! 助けてくれってね、大声にさけんだのですよ。すると、出て来たわ、出て来たわ、小さな蜘蛛くもが、雲のように出て来ました。けれども、とんぼは、もともと強いんですから、片端かたはしから蜘蛛くもにくいついて、とうとう一ぴきのこらずころしてしまいました。ホッとしてそのとんぼが、自分の姿すがたを見ると、これはまあどうでしょう、蜘蛛くもの血が、まっかについてるじゃありませんか。さあ大変だって、とんぼは、泉へ飛んで行って、からだをあらいました。が、赤い血はちっともとれません。で、神様におねがいしてみると、お前は、つみの無い蜘蛛くもをたくさんころしたから、そのたたりでそんなになったんだと、しかられてしまいました。そのとんぼが今の赤とんぼなんですよ。だから、赤とんぼは良くないとんぼです。」
    書生しょせいさんのお話は終わりました。
    わたしは、そんなむごい事をしたおぼえはないがと、赤とんぼが、首をひねって考えましたとき、おじょうちゃんが大声でさけびました。
    うそうそだ! 山田のお話は、みんなうそだよ。あんなかあいらしい赤とんぼが、そんなむごい事をするなんて、蜘蛛くもの赤血だなんて――みんなうそだよ。」
    赤とんぼは、真実ほんとうにうれしく思いました。
    例の書生さんは、顔をあかくして行ってしまいました。
    まどからはなれて、赤とんぼは、おじょうちゃんのかたにつかまりました。
    「まア! あたしの赤とんぼ! かあいい赤とんぼ!」
    おじょうちゃんのひとみは、黒くんでいました。
    あつかった夏は、いつの間にかすぎさってしまいました。
    朝顔あさがおは、垣根かきねにまきついたまま、しおれました。
    鈴虫すずむしが、すずしい声でなくようになりました。
    今日も、赤とんぼは、おじょうちゃんに会いにやって来ました。
    赤とんぼは、ちょっとびっくりしました。それは、いつも開いているまどが、みなしまっているからです。
    どうしたのかしら? と、赤とんぼが考えたとき、玄関げんかんからだれび出して来ました。
    おじょうちゃんです。あのかあいいおじょうちゃんです。
    けれども、今日のおじょうちゃんは、悲しい顔つきでした。そして、この別荘べっそうへはじめて来たときかぶってた、赤いリボンの帽子ぼうしを着け、きれいなふくを着ていました。
    赤とんぼはいつものように飛んで行って、おじょうちゃんのかたにとまりました。
    「あたしの赤とんぼ……かあいい赤とんぼ……あたし、東京へ帰るのよ、もうお別れよ。」
    おじょうちゃんは、小さい細い声でくように言いました。
    赤とんぼは悲しくなりました。自分もおじょうちゃんといっしょに東京へ行きたいなと思いました。
    そのとき、おじょうちゃんのお母さんと、赤とんぼにいたずらをした書生しょせいさんが、出てまいりました。
    「ではまいりましょう。」
    みな、歩き出しました。
    赤とんぼは、やがておじょうちゃんのかたはなれて、垣根かきねの竹の先にうつりました。
    「あたしの赤とんぼよ、さようなら――」
    かあいいおじょうちゃんは、なんべんもふりかえっていいました。
    けど、とうとう、みな姿すがたは見えなくなってしまったのです。
    もう、これからは、この家は空家あきやになるのかな――赤とんぼは、しずかに首をかたむけました。

    さびしい秋の夕方など、赤とんぼは、尾花おばな穂先ほさきにとまって、あのかあいいおじょうちゃんを思い出しています。

  • ストリンドベルヒ August Strindberg 「真夏の夢」 有島武郎訳 福山美奈 子朗読

    32.75 Jul 21, 2017

    真夏の夢

    ストリンドベルヒ August Strindberg

    有島武郎訳

    北の国も真夏のころは花よめのようなよそおいをこらして、大地は喜びに満ち、小川は走り、牧場の花はまっすぐに延び、小鳥は歌いさえずります。その時一はとが森のおくから飛んで来て、ついたなりで日をくらす九十に余るおばあさんの家のまど近く羽を休めました。
    物の二十年もせったなりのこのおばあさんは、二人ふたりのむすこが耕すささやかな畑地はたちのほかに、窓越まどごしに見るものはありませなんだが、おばあさんの窓のガラスは、にじのようなさまざまな色のをはめてあったから、そこからのぞく人間も世間も、普通のものとは異なっていました。まくらの上でちょっと頭さえ動かせば、目に見える景色けしきが赤、黄、緑、青、鳩羽はとばというように変わりました。冬になって木々のこずえが、銀色の葉でも連ねたようにしもで包まれますと、おばあさんはまくらの上で、ちょっと身動きしたばかりでそれを緑にしました。実際は灰色はいいろでも野は緑に空はあおく、世の中はもう夏のとおりでした。おばあさんはこんなふうで、魔術まじゅつでも使える気でいるとたいくつをしませんでした。そればかりではありません。この窓ガラスにはもう一つ変わった所があって、ガラスのきざみ具合で見るものを大きくも小さくもする事ができるようになっておりました。だからもし大きなむすこがはらをたてて帰って来て、庭先でどなりでもするような事があると、おばあさんは以前のような、小さい、言う事をきく子どもにしようと思っただけで、即座そくざにちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見るにつけ、そのおい先を考えると、ワン、ツー、スリー、拡大のガラスからのぞきさえすれば、見るまにの高い、育ち上がったみごとな大男になってしまいました。
    こんなおもしろい窓ではありますが、夏が来るとおばあさんはその窓をあけ放させました。いかな窓でも夏の景色ほどな景色は見せてくれませんから。さて夏の中でもすぐれた美しい聖ヨハネ祭に、そのおばあさんが畑と牧場とを見わたしていますと、ひょっくり鳩が歌い始めました。声も美しくエス・キリスト、さては天国の歓喜をほめたたえて、重荷に苦しむものや、浮き世のつらさの限りをなめたものは、残らず来いとよび立てました。
    おばあさんはそれを聞きましたが、その日はこの世も天国ほどに美しくって、これ以上のものをほしいとも思いませんでしたから、礼を言ってことわってしまいました。
    で鳩は今度は牧場をして、ある百姓ひゃくしょうがしきりと井戸を掘っている山の中の森に来ました。その百姓は深い所にはいって、頭の上に六しゃくも土のある様子ようすはまるで墓のあなの底にでもいるようでした。

  • 中原中也「夜汽車の食堂」福山美奈子朗読

  • 福山美奈子朗読「ようか月の晩」宮本百合子

    ようか月の晩

    宮本百合子

     夜、銀座などを歩いていると、賑やかに明るい店の直ぐ傍から、いきなり真闇まっくらなこわい横丁が見えることがあるでしょう。これから話すお婆さんは、ああいう横町を、どこ迄もどこ迄も真直に行って、曲ってもう一つ角を曲ったような隅っこに住んでいました。それは貧乏で、居る横町も穢なければ家もぼろでした。天井も張ってない三角の屋根の下には、お婆さんと、古綿の巣を持つ三匹の鼠と、五匹のげじげじがいるばかりです。
    朝眼を覚ますと、お婆さんは先ず坊主になった箒で床を掃き、欠けた瀬戸物鉢で、赤鼻の顔を洗いました。それから、小さな木鉢に御飯を出し、八粒の飯を床に撒いてから、朝の食事を始めます。八粒の米は、三匹の鼠と五匹のげじげじの分でした。さっきから眼を覚まし、むき出しの梁の上で巣を片づけていた鼠やげじげじは、木鉢に箸の鳴る音を聞くと、揃って床に降りて来て、お婆さんの御招伴をするのでした。
    お婆さんも鼠達も、食べるものは沢山持っていません。食事はすぐ済んでしまいます。皆が行儀よくまた元の梁の巣に戻って行くと、お婆さんは、「やれやれ」と立ち上って、毎日の仕事にとりかかりました。仕事というのは、ぬいとりです。大きな眼鏡を赤鼻の先に掛け、布の張った枠に向うと、お婆さんは、飽きるの疲れるのということを知らず、夜までチカチカと一本の針を光らせて、いろいろ綺麗な模様を繍い出して行くのでした。
    下絵などというものはどこにもないのに、お婆さんの繍ったものは、皆ほんとに生きているようでした。彼女の繍った小鳥なら吹く朝風にさっと舞い立って、瑠璃色の翼で野原を翔けそうです。彼女の繍った草ならば、布の上でも静かに育って、秋には赤い実でもこぼしそうです。
    町では誰一人、お婆さんの繍とり上手を知らないものはありませんでした。また、誰一人、彼女を「一本針の婆さん」と呼んでこわがらない者もありませんでした。
    何故なら、お婆さんは、どんな模様の繍をするにも、決して一本の針しか使いません。その上、如何程見事な繍いとりを仕ようが、それがちゃんと出来上ってしまう迄は、たとい頼んだ人にでも、仕事の有様は見せませんでした。そして、あんな貧乏だのに御礼に金はどうしても貰わず、ただ、よい布と美しい絹糸を下さいというばかりなのです。お婆さんの家へ行くと、いつも鼠やげじげじが、まるで人間のように遊んでいるのも、皆には気味が悪かったのでしょう。
    一本針の婆さんの処では、滅多によその人の声がしませんでした。けれども、目の覚めるような色の布と糸とで、燈光あかりをつけないでも夜部屋の隅々がぽうと明るい程でした。

  • 福山美奈子朗読小川未明「赤い魚と子供」

    かわなかに、さかながすんでいました。
    はるになると、いろいろのはなかわのほとりにきました。が、えだかわうえひろげていましたから、こずえにいた、真紅まっかはなや、またうすくれないはなは、そのうつくしい姿すがたみずおもてうつしたのであります。
    なんのたのしみもない、このかわさかなたちは、どんなにうえいて、みずおもてうつったはなをながめてうれしがったでありましょう。
    「なんというきれいなはなでしょう。みずうえ世界せかいにはあんなにうつくしいものがたくさんあるのだ。こんどのには、どうかしてわたしたちはみずうえ世界せかいまれわってきたいものです。」と、さかなたちははなっていました。
    なかにも、さかな子供こどもらはおどがって、とどきもしないはなかって、びつこうとさわいだのです。
    「おかあさん、あのきれいなはながほしいのです。」といいました。
    すると、さかな母親ははおやは、その子供こどもをいましめて、いいますのには、
    「あれは、ただとおくからながめているものです。けっして、あのはなみずうえちてきたとてべてはなりません。」とおしえました。
    子供こどもらは、母親ははおやのいうことが、なぜだかしんじられなかった。
    「なぜ、おかあさん、あのはなびらがちてきたら、べてはなりませんのですか。」ときました。
    母親ははおやは、思案顔しあんがおをして、子供こどもらを見守みまもりながら、
    むかしから、はなべてはいけないといわれています。あれをべると、からだわりができるということです。べるなというものは、なんでもべないほうがいいのです。」といいました。
    「あんなにきれいなはなを、なぜべてはいけないのだろう。」と、一ぴきの子供こどもさかなは、かしらをかしげました。
    「あのはなが、このみずうえに、みんなちてきたら、どんなにきれいだろう。」と、ほかの一ぴきはかがやかしながらいいました。
    そして、子供こどもらは、毎日まいにちみずおもて見上みあげて、はなをたのしみにしてっていました。ひとり、母親ははおやだけは、子供こどもらが自分じぶんのいましめをきかないのを心配しんぱいしていました。
    「どうか、はなわたしらぬまにべてくれぬといいけれど。」と、ひとごとをしていました。
    木々きぎいたはなには、あさから、ばんになるまで、ちょうや、はちがきてにぎやかでありましたが、がたつにつれて、はなひらききってしまいました。そして、あるのこと、ひとしきりかぜいたときに、はなはこぼれるようにみずおもてにちりかかったのであります。
    「ああ、はなってきた。」と、かわなかさかなは、みんな大騒おおさわぎをしました。
    「まあ、なんというりっぱさでしょう。しかし、子供こどもらが、うっかりこのはなをのまなければいいが。」と、おおきなさかな心配しんぱいしていました。
    はなは、みずうえかんで、ながながれてゆきました。しかし、あとから、あとから、はながこぼれてちてきました。
    「どんなに、おいしかろう。」といって、三びきのさかな子供こどもは、ついに、そのはなびらをのんでしまいました。
    その子供こどもらの母親ははおやは、その翌日よくじつ姿すがたて、さめざめといたのです。
    「あれほど、はなびらをたべてはいけないといったのに。」といいました。
    くろ子供こどもからだは、いつのまにか、二ひきは、あかいろに、一ぴきはしろあか斑色ぶちいろになっていたからです。
    母親ははおやなげいたのも、無理むりはありませんでした。この三びきの子供こどもが、川中かわなかでいちばん目立めだってうつくしくえたからであります。そして、かわみずは、よくんでいましたから、うえからでものぞけば、この三びきの子供こどもらがあそんでいる姿すがたがよくわかったのであります。
    人間にんげんが、おまえらをつけたら、きっとらえるから、けっしてみずうえいてはならないぞ。」と、母親ははおやは、その子供こどもらをいましめました。
    まちからは、こんどは、人間にんげん子供こどもたちが毎日まいにちかわあそびにやってきました。
    まち子供こどもたちのなかで、かわにすむ、あかさかなつけたものがあります。
    「このかわなかに、金魚きんぎょがいるよ。」と、そのさかな子供こどもがいいました。
    「なんで、このかわなか金魚きんぎょなんかがいるもんか、きっとひごいだろう。」と、ほかの子供こどもがいいました。
    「ひごいなんか、なんでこのかわなかにいるもんか。それはおけだよ。」と、ほかの子供こどもがいいました。
    けれど、子供こどもたちは、どうかして、そのあかさかならえたいばかりに、毎日まいにちかわのほとりへやってきました。
    まちでは、子供こどもたちの母親ははおや心配しんぱいいたしました。
    「どうして、そう毎日まいにちかわへばかりゆくのだえ。」と、子供こどもたちをしかりました。
    「だって、あかさかながいるんですもの。」と、子供こどもこたえました。
    「ああ、むかしから、あのかわにはあかさかながいるんですよ。しかし、それをらえるとよくないことがあるというから、けっして、かわなどへいってはいけません。」と、母親ははおやはいいました。
    子供こどもたちは、母親ははおやがいったことをほんとうにしませんでした。どうかして、あかさかなつかまえたいものだと、毎日まいにちかわのふちへきてはうろついていました。
    あるのこと、子供こどもたちは、とうとうあかさかなを三びきともつかまえてしまいました。そして、うちってかえりました。
    「おかあさん、あかさかなつかまえてきましたよ。」と、子供こどもたちはいいました。
    かあさんは、子供こどもたちのつかまえてきたあかさかなました。
    「おお、ちいさいかわいらしいさかなだね! どんなにか、このさかな母親ははおやが、いまごろかなしんでいるでしょう。」と、おかあさんはいいました。
    「おかあさん、このさかなにもおかあさんがあるのですか?」と、子供こどもたちはききました。
    「ありますよ。そして、いまごろ、子供こどもがいなくなったといって心配しんぱいしているでしょう。」と、おかあさんはこたえました。
    子供こどもたちは、そのはなしをきくとかわいそうになりました。
    「このさかながしてやろうか。」と、一人ひとりがいいました。
    「ああもう、だれもつかまえないようにおおきなかわがしてやろう。」と、もう一人ひとりがいいました。子供こどもたちは、三びきのきれいなさかなまちはずれのおおきなかわがしてやりました、そのあと子供こどもたちは、はじめてがついていいました。
    「あの三びきのあかさかなは、はたして、さかなのおかあさんにあえるのだろうか?」
    しかし、それはだれにもわからなかったのです。子供こどもたちはそののちにかかるので、いつか三びきのあかさかなつかまえたかわにいってみましたけれど、ついにふたたびあかさかな姿すがたませんでした。
    なつ夕暮ゆうぐがた西にしそらの、ちょうどまちのとがったとううえに、そのあかさかなのようなくもが、しばしばかぶことがありました。子供こどもたちは、それをると、なんとなくかなしくおもったのです。

  • 朗読カフェ第6回ライブ「ありときのこ」宮沢賢治 朗読喜多川拓郎 別役みか 福山美奈子

    ありときのこ

    宮沢賢治

    こけいちめんに、きりがぽしゃぽしゃって、あり歩哨ほしょうてつ帽子ぼうしのひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大きな羊歯しだの森の前をあちこち行ったり来たりしています。
    こうからぷるぷるぷるぷる一ぴきのあり兵隊へいたいが走って来ます。
    まれ、だれかッ」
    だい百二十八聯隊れんたい伝令でんれい!」
    「どこへ行くか」
    「第五十聯隊 聯隊本部ほんぶ
    歩哨はスナイドルしき銃剣じゅうけんを、こうのむねななめにつきつけたまま、そのの光りようやあごのかたち、それから上着うわぎそで模様もようくつのぐあい、いちいちくわしく調しらべます。
    「よし、通れ」
    伝令はいそがしく羊歯しだの森のなかへはいって行きました。
    きりつぶはだんだん小さく小さくなって、いまはもう、うすいちちいろのけむりにわり、草や木の水をいあげる音は、あっちにもこっちにもいそがしく聞こえだしました。さすがの歩哨もとうとうねむさにふらっとします。
    ひきあり子供こどもらが、手をひいて、何かひどくわらいながらやって来ました。そしてにわかにこうのならの木の下を見てびっくりして立ちどまります。
    「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」
    「家じゃない山だ」
    「昨日はなかったぞ」
    兵隊へいたいさんにきいてみよう」
    「よし」
    二疋の蟻は走ります。
    「兵隊さん、あすこにあるのなに?」
    「なんだうるさい、帰れ」
    「兵隊さん、いねむりしてんだい。あすこにあるのなに?」
    「うるさいなあ、どれだい、おや!」
    「昨日はあんなものなかったよ」
    「おい、大変たいへんだ。おい。おまえたちはこどもだけれども、こういうときには立派りっぱにみんなのおやくにたつだろうなあ。いいか。おまえはね、この森をはいって行ってアルキル中佐ちゅうさどのにお目にかかる。それからおまえはうんと走って陸地測量部りくちそくりょうぶまで行くんだ。そして二人ともこううんだ。北緯ほくい二十五東経とうけいりんところに、目的もくてきのわからない大きな工事こうじができましたとな。二人とも言ってごらん」
    北緯ほくい二十五東経とうけいりんところ目的もくてきのわからない大きな工事こうじができました」
    「そうだ。では早く。そのうち私はけっしてここをはなれないから」
    あり子供こどもらはいちもくさんにかけて行きます。
    歩哨ほしょうは剣をかまえて、じっとそのまっしろな太いはしらの、大きな屋根やねのある工事をにらみつけています。
    それはだんだん大きくなるようです。だいいち輪廓りんかくのぼんやり白く光ってぶるぶるぶるぶるふるえていることでもわかります。

     

  • 福山美奈子朗読小泉八雲「葬られたる秘密」

    葬られたる秘密
    A DEAD SECRET
    小泉八雲 Lafcadio Hearn
    戸川明三訳
     むかし丹波の国に稻村屋源助という金持ちの商人が住んでいた。この人にお園という一人の娘があった。お園は非常に怜悧で、また美人であったので、源助は田舎の先生の教育だけで育てる事を遺憾に思い、信用のある従者をつけて娘を京都にやり、都の婦人達の受ける上品な芸事を修業させるようにした。こうして教育を受けて後、お園は父の一族の知人――ながらやと云う商人に嫁かたづけられ、ほとんど四年の間その男と楽しく暮した。二人の仲には一人の子――男の子があった。しかるにお園は結婚後四年目に病気になり死んでしまった。
     その葬式のあった晩にお園の小さい息子は、お母さんが帰って来て、二階のお部屋に居たよと云った。お園は子供を見て微笑んだが、口を利きはしなかった。それで子供は恐わくなって逃げて来たと云うのであった。そこで、一家の内の誰れ彼れが、お園のであった二階の部屋に行ってみると、驚いたことには、その部屋にある位牌の前に点ともされた小さい灯明の光りで、死んだ母なる人の姿が見えたのである。お園は箪笥すなわち抽斗になっている箱の前に立っているらしく、その箪笥にはまだお園の飾り道具や衣類が入っていたのである。お園の頭と肩とはごく瞭然はっきり見えたが、腰から下は姿がだんだん薄くなって見えなくなっている――あたかもそれが本人の、はっきりしない反影のように、また、水面における影の如く透き通っていた。
     それで人々は、恐れを抱き部屋を出てしまい、下で一同集って相談をしたところ、お園の夫の母の云うには『女というものは、自分の小間物が好きなものだが、お園も自分のものに執著していた。たぶん、それを見に戻ったのであろう。死人でそんな事をするものもずいぶんあります――その品物が檀寺にやられずにいると。お園の著物や帯もお寺へ納めれば、たぶん魂も安心するであろう』
     で、出来る限り早く、この事を果すという事に極められ、翌朝、抽斗を空からにし、お園の飾り道具や衣裳はみな寺に運ばれた。しかしお園はつぎの夜も帰って来て、前の通り箪笥を見ていた。それからそのつぎの晩も、つぎのつぎの晩も、毎晩帰って来た――ためにこの家は恐怖の家となった。
    青空文庫より


  • 青空文庫名作文学の朗読 朗読カフェSTUDIO 福山美奈子朗読 林芙美子「ふしぎな岩」


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