喜多川拓郎

  • 江戸川乱歩「妻に失恋した男」 朗読カフェ喜多川拓郎朗読 


    21.27

    日本文学

  • 朗読カフェ喜多川拓郎朗読 青空文庫名作文学の朗読

    38.02

  • 江戸川乱歩「木馬は廻る」 朗読カフェ喜多川拓郎朗読

    39.53 May 21, 2019

  • 宮沢賢治「紫紺染について」 朗読カフェ喜多川拓郎朗読

    17.58 May 13, 2019

  • 宮沢賢治「鳥箱先生とフウねずみ」 喜多川拓郎 朗読

  • 宮沢賢治「雪渡り」朗読カフェメンバーによる群読

  • 夏目漱石 夢十夜 第四夜 喜多川拓郎朗読

    7.03 May 29, 2018

    第四夜

    広い土間の真中に涼み台のようなものをえて、その周囲まわりに小さい床几しょうぎが並べてある。台は黒光りに光っている。片隅かたすみには四角なぜんを前に置いてじいさんが一人で酒を飲んでいる。さかなは煮しめらしい。
    爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやしてしわと云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白いひげをありたけやしているから年寄としよりと云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏のかけひから手桶ておけに水をんで来たかみさんが、前垂まえだれで手をきながら、
    「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張ほおばった煮〆にしめみ込んで、
    「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間にはさんで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗ちゃわんのような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、
    「御爺さんのうちはどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
    へその奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突込つっこんだまま、
    「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
    「あっちへ行くよ」と云った。
    真直まっすぐかい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子しょうじを通り越して柳の下を抜けて、河原かわらの方へ真直まっすぐに行った。
    爺さんが表へ出た。自分もあとから出た。爺さんの腰に小さい瓢箪ひょうたんがぶら下がっている。肩から四角な箱をわきの下へ釣るしている。浅黄あさぎ股引ももひき穿いて、浅黄の袖無そでなしを着ている。足袋たびだけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。
    爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭てぬぐいを出した。それを肝心綯かんじんよりのように細長くった。そうして地面じびたの真中に置いた。それから手拭の周囲まわりに、大きな丸い輪をいた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮しんちゅうこしらえた飴屋あめやふえを出した。
    「今にその手拭がへびになるから、見ておろう。見ておろう」と繰返くりかえして云った。
    子供は一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。
    「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。
    爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋わらじ爪立つまだてるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。こわそうにも見えた。面白そうにもあった。
    やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいとつまんで、ぽっとほうんだ。
    「こうしておくと、箱の中でへびになる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでもいて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、
    「今になる、蛇になる、
    きっとなる、笛が鳴る、」
    うたいながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入はいり出した。始めはひざくらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水につかって見えなくなる。それでも爺さんは
    「深くなる、夜になる、
    真直になる」
    と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうしてひげも顔も頭も頭巾ずきんもまるで見えなくなってしまった。
    自分は爺さんが向岸むこうぎしへ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、あしの鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。

    青空文庫より

  • 宮沢賢治「クンねずみ」喜多川拓郎朗読

    20.90
    Apr 06, 2018

    クねずみ

    宮沢賢治

    クという名前のねずみがありました。たいへん高慢でそれにそねみ深くって、自分をねずみの仲間の一番の学者と思っていました。ほかのねずみが何か生意気なことを言うとエヘンエヘンと言うのが癖でした。
    クねずみのうちへ、ある日、友だちのタねずみがやって来ました。
    さてタねずみはクねずみに言いました。
    今日こんにちは、クさん。いいお天気です。」
    「いいお天気です。何かいいものを見つけましたか。」
    「いいえ。どうも不景気ですね。どうでしょう。これからの景気は。」
    「さあ、あなたはどう思いますか。」
    「そうですね。しかしだんだんよくなるのじゃないでしょうか。オウベイのキンユウはしだいにヒッパクをテイしたそう……。」
    「エヘン、エヘン。」いきなりクねずみが大きなせきばらいをしましたので、タねずみはびっくりして飛びあがりました。クねずみは横を向いたまま、ひげを一つぴんとひねって、それから口の中で、
    「ヘイ、それから。」と言いました。
    タねずみはやっと安心してまたおひざに手を置いてすわりました。
    クねずみもやっとまっすぐを向いて言いました。
    せんころの地震にはおどろきましたね。」
    「全くです。」
    「あんな大きいのは私もはじめてですよ。」
    「ええ、ジョウカドウでしたねえ。シンゲンはなんでもトウケイ四十二度二分ナンイ……。」
    「エヘン、エヘン。」
    クねずみはまたどなりました。
    タねずみはまためんくらいましたが、さっきほどではありませんでした。
    クねずみはやっと気を直して言いました。
    「天気もよくなりましたね。あなたは何かうまい仕掛けをしておきましたか。」
    「いいえ、なんにもしておきません。しかし、今度天気が長くつづいたら、私は少し畑の方へ出てみようと思うんです。」
    「畑には何かいいことがありますか。」
    「秋ですからとにかく何かこぼれているだろうと思います。天気さえよければいいのですがね。」
    「どうでしょう。天気はいいでしょうか。」
    「そうですね、新聞に出ていましたが、オキナワレットウにハッセイしたテイキアツは次第にホクホクセイのほうへシンコウ……。」
    「エヘン、エヘン。」クねずみはまたいやなせきばらいをやりましたので、タねずみはこんどというこんどはすっかりびっくりして半分立ちあがって、ぶるぶるふるえて目をパチパチさせて、黙りこんでしまいました。
    クねずみは横の方を向いて、おひげをひっぱりながら、横目でタねずみの顔を見ていましたが、ずうっとしばらくたってから、あらんかぎり声をひくくして、
    「へい。そして。」と言いました。ところがタねずみはもうすっかりこわくなって物が言えませんでしたから、にわかに一つていねいにおじぎをしました。そしてまるで細いかすれた声で、
    「さよなら。」と言ってクねずみのおうちを出て行きました。
    クねずみは、そこであおむけにねころんで、
    「ねずみ競争新聞」を手にとってひろげながら、
    「ヘッ。タなどはなってないんだ。」とひとりごとを言いました。
    さて、「ねずみ競争新聞」というのは実にいい新聞です。これを読むと、ねずみ仲間の競争のことはなんでもわかるのでした。ペねずみが、たくさんとうもろこしのつぶをぬすみためて、大砂糖持ちのパねずみと意地ばりの競争をしていることでも、ハねずみヒねずみフねずみの三匹のむすめねずみが学問の競争をやって、比例の問題まで来たとき、とうとう三匹とも頭がペチンと裂けたことでも、なんでもすっかり出ているのでした。
    さあ、さあ、みなさん。失礼ですが、クねずみのきょうの新聞を読むのを、お聞きなさい。
    「ええと、カマジン国の飛行機、プハラを襲うと。なるほどえらいね。これはたいへんだ。まあしかし、ここまでは来ないから大丈夫だ。ええと、ツェねずみの行くえ不明。ツェねずみというのはあの意地わるだな。こいつはおもしろい。
    天井裏街一番地、ツェ氏は昨夜行くえ不明となりたり。本社のいちはやく探知するところによればツェ氏は数日前よりはりがねせいねずみとり氏と交際を結びおりしが一昨夜に至りて両氏の間に多少感情の衝突ありたるもののごとし。台所街四番地ネ氏の談によれば昨夜もツェ氏は、はりがねせいねずみとり氏を訪問したるがごとし、と。なお床下通り二十九番地ポ氏は、昨夜深更より今朝にかけて、ツェ氏並びにはりがねせいねずみとり氏の激しき争論、時に格闘の声を聞きたりと。以上を総合するに、本事件には、はりがねせいねずみとり氏、最も深き関係を有するがごとし。本社はさらに深く事件の真相を探知の上、大いにはりがねせいねずみとり氏に筆誅ひっちゅうを加えんと欲す。と。ははは、ふん、これはもう疑いもない。ツェのやつめ、ねずみとりに食われたんだ。おもしろい。そのつぎはと。なんだ、ええと、新任ねずみ会議員テ氏。エヘン、エヘン。エン。エッヘン。ヴェイヴェイ。なんだちくしょう。テなどがねずみ会議員だなんて。えい、おもしろくない。おれでもすればいいんだ。えい。おもしろくもない、散歩に出よう。」
    そこでクねずみは散歩に出ました。そしてプンプンおこりながら、天井裏街の方へ行く途中で、二匹のむかでが親孝行の蜘蛛くもの話をしているのを聞きました。
    「ほんとうにね、そうはできないもんだよ。」
    「ええ、ええ、全くですよ。それにあの子は、自分もどこかからだが悪いんですよ。それだのにね、朝は二時ごろから起きて薬を飲ませたり、おかゆをたいてやったり、夜だって寝るのはいつもおそいでしょう。たいてい三時ごろでしょう。ほんとうにからだがやすまるってないんでしょう。感心ですねえ。」
    「ほんとうにあんな心がけのいい子は今ごろあり……。」
    「エヘン、エヘン。」と、いきなりクねずみはどなって、おひげを横の方へひっぱりました。
    むかではびっくりして、はなしもなにもそこそこに別れて逃げて行ってしまいました。
    クねずみはそれからだんだん天井裏街の方へのぼって行きました。天井裏街のガランとした広い通りでは、ねずみ会議員のテねずみがもう一ぴきのねずみとはなしていました。
    クねずみはこわれたちり取りのかげで立ちぎきをしておりました。
    テねずみが、
    「それで、その、わたしの考えではね、どうしてもこれは、その、共同一致、団結、和睦わぼくの、セイシンで、やらんと、いかんね。」と言いました。
    クねずみは、
    「エヘン、エヘン。」と聞こえないようにせきばらいをしました。相手のねずみは、「へい。」と言って考えているようです。
    テねずみははなしをつづけました。
    「もしそうでないとすると、つまりその、世界のシンポハッタツ、カイゼンカイリョウがそのつまりテイタイするね。」
    「エン、エン、エイ、エイ。」クねずみはまたひくくせきばらいをしました。
    相手のねずみは、「へい。」と言って考えています。
    「そこで、その、世界文明のシンポハッタツ、カイリョウカイゼンがテイタイすると、政治はもちろんケイザイ、ノウギョウ、ジツギョウ、コウギョウ、キョウイク、ビジュツそれからチョウコク、カイガ、それからブンガク、シバイ、ええと、エンゲキ、ゲイジュツ、ゴラク、そのほかタイイクなどが、ハッハッハ、たいへんそのどうもわるくなるね。」テねずみはむつかしいことをあまりたくさん言ったので、もう愉快でたまらないようでした。クねずみはそれがまたむやみにしゃくにさわって、「エン、エン。」と聞こえないように、そしてできるだけ高くせきばらいをやって、にぎりこぶしをかためました。
    相手のねずみはやはり「へい。」と言っております。
    テねずみはまたはじめました。
    「そこでそのケイザイやゴラクが悪くなるというと、不平を生じてブンレツを起こすというケッカにホウチャクするね。そうなるのは実にそのわれわれのシンガイでフホンイであるから、やはりその、ものごとは共同一致団結和睦のセイシンでやらんといかんね。」
    クねずみはあんまりテねずみのことばが立派で、議論がうまくできているのがしゃくにさわって、とうとうあらんかぎり、
    「エヘン、エヘン。」とやってしまいました。するとテねずみはぶるるっとふるえて、目を閉じて、小さく小さくちぢまりましたが、だんだんそろりそろりと延びて、そおっと目をあいて、それから大声で叫びました。
    「こいつは、ブンレツだぞ。ブンレツ者だ。しばれ、しばれ。」と叫びました。すると相手のねずみは、まるでつぶてのようにクねずみに飛びかかってねずみのなわを出して、クルクルしばってしまいました。
    クねずみはくやしくてくやしくてなみだが出ましたが、どうしてもかないそうがありませんでしたから、しばらくじっとしておりました。するとテねずみは紙切れを出してするするするっと何か書いて捕り手のねずみに渡しました。
    捕り手のねずみは、しばられてごろごろころがっているクねずみの前に来て、すてきにおごそかな声でそれを読みはじめました。
    「クねずみはブンレツ者によりて、みんなの前にて暗殺すべし。」クねずみは声をあげてチュウチュウ泣きました。
    「さあ、ブンレツ者。あるけ、早く。」と、捕り手のねずみは言いました。さあ、そこでクねずみはすっかり恐れ入ってしおしおと立ちあがりました。あっちからもこっちからもねずみがみんな集まって来て、
    「どうもいい気味だね。いつでもエヘンエヘンと言ってばかりいたやつなんだ。」
    「やっぱり分裂していたんだ。」
    「あいつが死んだらほんとうにせいせいするだろうね。」というような声ばかりです。
    捕り手のねずみは、いよいよ白いたすきをかけて、暗殺のしたくをはじめました。
    その時みんなのうしろの方で、フウフウと言うひどい音が聞こえ、二つの目玉が火のように光って来ました。それは例の猫大将ねこたいしょうでした。
    「ワーッ。」とねずみはみんなちりぢり四方に逃げました。
    「逃がさんぞ。コラッ。」と猫大将はその一匹を追いかけましたが、もうせまいすきまへずうっと深くもぐり込んでしまったので、いくら猫大将が手をのばしてもとどきませんでした。
    猫大将は「チェッ。」と舌打ちをして戻って来ましたが、クねずみのただ一匹しばられて残っているのを見て、びっくりして言いました。
    「貴様はなんと言うものだ。」クねずみはもう落ち着いて答えました。
    「クと申します。」
    「フ、フ、そうか、なぜこんなにしているんだ。」
    「暗殺されるためです。」
    「フ、フ、フ。そうか。それはかあいそうだ。よしよし、おれが引き受けてやろう。おれのうちへ来い。ちょうどおれのうちでは、子供が四人できて、それに家庭教師がなくて困っているところなんだ。来い。」
    猫大将はのそのそ歩きだしました。
    クねずみはこわごわあとについて行きました。猫のおうちはどうもそれは立派なもんでした。紫色の竹で編んであって中はわらや布きれでホクホクしていました。おまけにちゃあんとご飯を入れる道具さえあったのです。
    そしてその中に、猫大将ねこたいしょうの子供が四人、やっと目をあいて、にゃあにゃあと鳴いておりました。
    猫大将は子供らを一つずつなめてやってから言いました。
    「お前たちはもう学問をしないといけない。ここへ先生をたのんで来たからな。よく習うんだよ。決して先生を食べてしまったりしてはいかんぞ。」
    子供らはよろこんでニヤニヤ笑って口々に、
    「おとうさん、ありがとう。きっと習うよ。先生を食べてしまったりしないよ。」と言いました。
    クねずみはどうも思わず足がブルブルしました。
    猫大将が言いました。
    「教えてやってくれ。おもに算術をな。」
    「へい。しょう、しょう、承知いたしました。」とクねずみが答えました。
    猫大将はきげんよくニャーと鳴いてするりと向こうへ行ってしまいました。
    子供らが叫びました。
    「先生、早く算術を教えてください。先生。早く。」
    クねずみはさあ、これはいよいよ教えないといかんと思いましたので、口早に言いました。
    「一に一をたすと二です。」
    「そうだよ。」子供らが言いました。
    「一から一を引くとなんにもなくなります。」
    「わかったよ。」
    子供らが叫びました。
    「一に一をかけると一です。」
    「きまってるよ。」と猫の子供らが目をりんと張ったまま答えました。
    「一を一で割ると一です。」
    「それでいいよ。」と猫の子供らがよろこんで叫びました。そこでクねずみはすっかりのぼせてしまいました。
    「一に二をたすと三です。」
    「合ってるよ。」
    「一から二を引くと……」と言おうとしてクねずみは、はっとつまってしまいました。
    すると猫の子供らは一度に叫びました。
    「一から二は引かれないよ。」
    クねずみはあんまり猫の子供らがかしこいので、すっかりむしゃくしゃして、また早口に言いました。そうでしょう。クねずみはいちばんはじめの一に一をたして二をおぼえるのに半年かかったのです。
    「一に二をかけると二です。」
    「そうともさ。」
    「一を二で割ると……。」クねずみはまたつまってしまいました。すると猫の子供らはまた一度に声をそろえて、
    「一割る二では半分だよ。」と叫びました。
    クねずみはあんまりねこの子供らの賢いのがしゃくにさわって、思わず「エヘン。エヘン。エイ。エイ。」
    とやりました。すると猫の子供らは、しばらくびっくりしたように、顔を見合わせていましたが、やがてみんな一度に立ちあがって、
    「なんだい。ねずめ、人をそねみやがったな。」と言いながらクねずみの足を一ぴきが一つずつかじりました。
    クねずみは非常にあわててばたばたして、急いで「エヘン、エヘン、エイ、エイ。」とやりましたがもういけませんでした。
    クねずみはだんだん四方の足から食われて行って、とうとうおしまいに四ひきの子猫は、クねずみの胃ののところで頭をコツンとぶっつけました。
    そこへ猫大将が帰って来て、
    「何か習ったか。」とききました。
    「ねずみをとることです。」と四ひきがいっしょに答えました。

     

  • 宮沢賢治 「氷河鼠の毛皮」 喜多川拓郎朗読

    25.23
    Mar 26, 2018

    このおはなしは、ずゐぶん北の方の寒いところからきれぎれに風に吹きとばされて来たのです。氷がひとでや海月くらげやさまざまのお菓子の形をしてゐる位寒い北の方から飛ばされてやつて来たのです。
    十二月の二十六日の夜八時ベーリング行の列車に乗つてイーハトヴをつた人たちが、どんなにあつたかきつとどなたも知りたいでせう。これはそのおはなしです。

    ×

    ぜんたい十二月の二十六日はイーハトヴはひどい吹雪でした。町の空や通りはまるつきり白だか水色だか変にばさ/\した雪の粉でいつぱい、風はひつきりなしに電線や枯れたポプラを鳴らし、からすなども半分凍つたやうになつてふら/\と空を流されて行きました。たゞ、まあ、その中から馬そりの鈴のチリンチリン鳴る音が、やつと聞えるのでやつぱりたれか通つてゐるなといふことがわかるのでした。
    ところがそんなひどい吹雪でも夜の八時になつて停車場に行つて見ますと暖炉の火は愉快に赤く燃えあがり、ベーリング行の最大急行に乗る人たちはもうその前にまつ黒に立つてゐました。
    何せ北極のぢき近くまで行くのですからみんなはすつかり用意してゐました。着物はまるで厚い壁のくらゐ着込み、馬油を塗つた長靴ながぐつをはきトランクにまで寒さでひびが入らないやうに馬油を塗つてみんなほう/\してゐました。
    汽罐車きくわんしやはもうすつかり支度ができて暖さうな湯気を吐き、客車にはみな明るく電燈がともり、赤いカーテンもおろされて、プラツトホームにまつすぐにならびました。
    『ベーリング行、午後八時発車、ベーリング行。』一人の駅夫が高く叫びながら待合室に入つて来ました。
    すぐ改札のベルが鳴りみんなはわい/\切符を切つてもらつてトランクや袋を車の中にかつぎ込みました。
    間もなくパリパリ呼子が鳴り汽罐車は一つポーとほえて、汽車は一目散に飛び出しました。何せベーリング行の最大急行ですから実にはやいもんです。見る間にそのおしまひの二つの赤い火が灰いろの夜のふゞきの中に消えてしまひました。こゝまではたしかに私も知つてゐます。

    ×

    列車がイーハトヴの停車場をはなれて荷物がたなや腰掛の下に片附き、席がすつかりきまりますとみんなはまづつくづくと同じ車の人たちの顔つきを見まはしました。
    一つの車には十五人ばかりの旅客が乗つてゐましたがそのまん中には顔の赤いふとつた紳士がどつしりと腰掛けてゐました。その人は毛皮を一杯に着込んで、二人前の席をとり、アラスカ金の大きな指環ゆびわをはめ、十連発のぴかぴかする素敵な鉄砲を持つていかにも元気さう、声もきつとよほどがらがらしてゐるにちがひないと思はれたのです。
    近くにはやつぱり似たやうななりの紳士たちがめいめい眼鏡めがねを外したり時計を見たりしてゐました。どの人も大へん立派でしたがまん中の人にくらべては少しやせてゐました。向ふのすみには痩た赤ひげの人が北極狐ほくきよくぎつねのやうにきよとんとすまして腰を掛けこちらのはすかひの窓のそばにはかたい帆布はんぷの上着を着て愉快さうに自分にだけ聞えるやうなかすかな口笛を吹いてゐる若い船乗りらしい男が乗つてゐました。そのほか痩てまゆも深く刻み陰気な顔を外套ぐわいたうのえりに埋てゐる人さつぱり何でもないといふやうにもうねむりはじめた商人風の人など三四人りました。

    ×

    汽車は時々素通りする停車場の踏切でがたつと横にゆれながら一生けん命ふゞきの中をかけました。しかしその吹雪もだん/\をさまつたのかそれとも汽車が吹雪の地方を越したのか、まもなくみんなは外の方から空気にしつけられるやうな気がし、もう外では雪が降つてゐないといふやうに思ひました。黄いろな帆布の青年は立つて自分の窓のカーテンを上げました。そのカーテンのうしろには湯気の凍り付いたぎらぎらの窓ガラスでした。たしかにその窓ガラスは変に青く光つてゐたのです。船乗りの青年はポケツトから小さなナイフを出してその窓の羊歯しだの葉の形をした氷をガリガリ削り落しました。
    削り取られた分の窓ガラスはつめたくて実によく透とほり向ふでは山脈の雪が耿々かうかうとひかり、その上の鉄いろをしたつめたい空にはまるでたつたいまみがきをかけたやうな青い月がすきつとかゝつてゐました。
    野原の雪は青じろく見え煙の影は夢のやうにかけたのです。唐檜たうひやとゞ松がまつ黒に立つてちらちら窓を過ぎて行きます。じつと外を見てゐる若者のくちびるは笑ふやうに又泣くやうにかすかにうごきました。それは何か月に話し掛けてゐるかとも思はれたのです。みんなもしんとして何か考へ込んでゐました。まん中の立派な紳士もまた鉄砲を手に持つて何か考へてゐます。けれどもにはかに紳士は立ちあがりました。鉄砲を大切にたなに載せました。それから大きな声で向ふの役人らしい葉巻をくはへてゐる紳士に話し掛けました。
    『何せ向ふは寒いだらうね。』
    向ふの紳士が答へました。
    『いや、それはもう当然です。いくら寒いと云つてもこつちのは相対的ですがなあ、あつちはもう絶対です。寒さがちがひます。』
    『あなたは何べん行つたね。』
    『私は今度二遍目ですが。』
    『どうだらう、わしの防寒の設備は大丈夫だらうか。』
    『どれ位ご支度なさいました。』
    『さあ、まあイーハトヴの冬の着物の上に、ラツコ裏の内外套うちぐわいたうね、海狸びばあの中外套ね、黒狐くろぎつね表裏の外外套ね。』
    『大丈夫でせう、ずゐぶんいゝお支度です。』
    『さうだらうか、それから北極兄弟商会パテントの緩慢燃焼外套ね………。』
    『大丈夫です』
    『それから氷河鼠ひようがねずみくびのとこの毛皮だけでこさへた上着ね。』
    『大丈夫です。しかし氷河鼠の頸のとこの毛皮はぜい沢ですな。』
    『四百五十ぴき分だ。どうだらう。こんなことで大丈夫だらうか。』
    『大丈夫です。』
    『わしはね、主に黒狐をとつて来るつもりなんだ。黒狐の毛皮九百枚持つて来てみせるといふかけをしたんだ。』
    『さうですか。えらいですな。』
    『どうだ。祝盃しゆくはいを一杯やらうか。』紳士はステームでだんだん暖まつて来たらしく外套を脱ぎながらウヱスキーのびんを出しました。
    すぢ向ひではさつきの青年が額をつめたいガラスにあてるばかりにして月とオリオンとの空をじつとながめ、向ふすみではあのやせ赤髯あかひげの男が眼をきよろきよろさせてみんなの話を聞きすまし、酒をみ出した紳士のまはりの人たちは少しうらやましさうにこの豪勢な北極近くまで猟に出かける暢気のんきな大将を見てゐました。

    ×

    毛皮外套をあんまり沢山もつた紳士はもうひとりの外套を沢山もつた紳士と喧嘩けんくわをしましたがそのあとの方の人はたうとう負て寝たふりをしてしまひました。
    紳士はそこでつゞけさまにウヰスキーの小さなコツプを十二ばかりやりましたらすつかり酔ひがまはつてもう目を細くしてくちびるをなめながらそこら中の人に見あたり次第くだを巻きはじめました。
    『ね、おい、氷河鼠の頸のところの毛皮だけだぜ。えゝ、氷河鼠の上等さ。君、君、百十六疋の分なんだ。君、君う見渡すといふと外套二枚ぐらゐのお方もずゐぶんあるやうだが外套二枚ぢやだめだねえ、君は三枚だからいいね、けれども、君、君、君のその外套ぐわいたうは全体それは毛ぢやないよ。君はさつきモロツコぎつねだとかつたねえ。どうしてどうしてちやんとわかるよ。それはほんとの毛ぢやないよ。ほんとの毛皮ぢやないんだよ』
    『失敬なことを云ふな。失敬な』
    『いゝや、ほんとのことを云ふがね、たしかにそれはにせものだ。絹糸でこしらへたんだ』
    『失敬なやつだ。君はそれでも紳士かい』
    『いゝよ。僕は紳士でもせり売屋でも何でもいゝ。君のその毛皮はにせものだ』
    野蕃やばんなやつだ。実に野蕃だ』
    『いゝよ。おこるなよ向ふへ行つて寒かつたら僕のとこへおいで』
    『頼まない』
    よその紳士はすつかりぶり/\してそれでもきまり悪さうにやはりうつ/\寝たふりをしました。
    氷河鼠ひようがねずみの上着をつた大将はくちびるをなめながらまはりを見まはした。
    『君、おい君、その窓のところのお若いの。失敬だが君は船乗りかね』
    若者はやつぱり外を見てゐました。月の下にはまつ白な蛋白石たんぱくせきのやうな雲の塊が走つて来るのです。
    『おい、君、何と云つても向ふは寒い、その帆布一枚ぢやとてもやり切れたもんぢやない。けれども君はなか/\豪儀なとこがある。よろしい貸てやらう。僕のを一枚貸てやらう。さうしよう』
    けれども若者はそんなげんが耳にも入らないといふやうでした。つめたく唇を結んでまるでオリオン座のとこの鋼いろの空の向ふを見透かすやうな眼をして外を見てゐました。
    『ふん。バースレーかね。黒狐だよ。なかなか寒いからね、おい、君若いお方、失敬だが外套を一枚お貸申すとしようぢやないか。黄いろの帆布一枚ぢやどうしてどうして零下の四十度を防ぐもなにもできやしない。黒狐だから。おい若いお方。君、君、おいなぜ返事せんか。無礼なやつだ君は我輩を知らんか。わしはねイーハトヴのタイチだよ。イーハトヴのタイチを知らんか。こんな汽車へ乗るんぢやなかつたな。わしの持船で出かけたらだまつて殿さまで通るんだ。ひとりで出掛けて黒狐を九百疋とつて見せるなんて下らないかけをしたもんさ』
    こんな馬鹿ばかげた大きな子供の酔どれをもうたれも相手にしませんでした。みんな眠るかねむる支度でした。きちんと起きてゐるのはさつきの窓のそばの一人の青年と客車のすみでしきりに鉛筆をなめながらきよときよと聴き耳をたてて何か書きつけてゐるあのやせ赤髯あかひげの男だけでした。
    『紅茶はいかゞですか。紅茶はいかゞですか』
    白服のボーイが大きな銀の盆に紅茶のコツプを十ばかり載せてしづかに大股おほまたにやつて来ました。
    『おい、紅茶をおくれ』イーハトヴのタイチが手をのばしました。ボーイはからだをかゞめてすばやく一つを渡し銀貨を一枚受け取りました。
    そのとき電燈がすうつと赤く暗くなりました。
    窓は月のあかりでまるで螺鈿らでんのやうに青びかりみんなの顔もにはかさびしく見えました。
    『まつくらでござんすなおばけが出さう』ボーイは少しかがんであの若い船乗りののぞいてゐる窓からちよつと外を見ながら云ひました。
    『おや、変な火が見えるぞ。たれかかがりをいてるな。をかしい』
    この時電燈がまたすつとつきボーイは又
    『紅茶はいかがですか』と云ひながら大股おほまたにそして恭しく向ふへ行きました。
    これが多分風の飛ばしてよこした切れ切れの報告の第五番目にあたるのだらうと思ひます。

    ×

    夜がすつかり明けて東側の窓がまばゆくまつ白に光り西側の窓が鈍い鉛色になつたとき汽車が俄にとまりました。みんな顔を見合せました。
    『どうしたんだらう。まだベーリングに着くはずがないし故障ができたんだらうか。』
    そのとき俄に外ががや/\してそれからいきなりとびらががたつと開き朝日はビールのやうにながれ込みました。赤ひげがまるで違つた物凄ものすごい顔をしてピカ/\するピストルをつきつけてはひつて来ました。
    そのあとから二十人ばかりのすさまじい顔つきをした人がどうもそれは人といふよりは白熊しろくまといつた方がいゝやうな、いや、白熊といふよりは雪狐ゆきぎつねと云つた方がいいやうなすてきにもく/\した毛皮を着た、いや、着たといふよりは毛皮で皮ができてるというた方がいゝやうな、ものが変な仮面をかぶつたりえり巻を眼まで上げたりしてまつ白ないきをふう/\吐きながら大きなピストルをみんな握つて車室の中にはひつて来ました。
    先登の赤ひげは腰かけにうつむいてまだねむつてゐたゆふべの偉らい紳士を指さして云ひました。
    『こいつがイーハトヴのタイチだ。ふらちなやつだ。イーハトヴの冬の着物の上にねラツコ裏の内外套うちぐわいたう海狸びばあの中外套と黒狐裏表の外外套を着ようといふんだ。おまけにパテント外套と氷河鼠ひようがねずみくびのとこの毛皮だけでこさへた上着も着ようといふやつだ。これから黒狐の毛皮九百枚とるとぬかすんだ、たたき起せ。』
    二番目の黒と白のぶちの仮面をかぶつた男がタイチの首すぢをつかんで引きずり起しました。残りのものは油断なく車室中にピストルを向けてにらみつけてゐました。
    三番目のが云ひました。
    『おい、立て、きさまこいつだなあの電気網をテルマの岸に張らせやがつたやつは。連れてかう』
    『うん、立て。さあ立ていやなつらをしてるなあさあ立て』
    紳士は引つたてられて泣きました。ドアがあけてあるのでへやの中はにはかに寒くあつちでもこつちでもクシヤンクシヤンとまじめ腐つたくしやみの声がしました。
    二番目がしつかりタイチをつかまへて引つぱつて行かうとしますと三番目のはまだ立つたまゝきよろきよろ車中を見まはしました。
    ほかにはないか。そこのとこに居るやつも毛皮の外套ぐわいたうを三枚持つてるぞ』
    『ちがふちがふ』赤ひげはせはしく手を振つて云ひました。『ちがふよ。あれはほんとの毛皮ぢやない絹糸でこさへたんだ』
    『さうか』
    ゆふべのその外套をほんとのモロツコぎつねだと云つた人は変な顔をしてしやちほこばつてゐました。
    『よし、さあでは引きあげ、おいたれでもおれたちがこの車を出ないうちに一寸ちよつとでも動いたやつは胸にスポンと穴をあけるから、さう思へ』
    その連中はぢりぢりとあと退ずさりして出て行きました。
    そして一人づつだんだん出て行つておしまひ赤ひげがこつちへピストルを向けながらせなかでタイチを押すやうにして出て行かうとしました。タイチは髪をばちやばちやにして口をびくびくまげながら前からはひつぱられうしろからは押されてもうとびらの外へ出さうになりました。
    にはかに窓のとこに居た帆布の上着の青年がまるで天井にぶつつかる位のろしのやうに飛びあがりました。
    ズドン。ピストルが鳴りました。落ちたのはたゞの黄いろの上着だけでした。と思つたらあの赤ひげがもう足をすくつて倒され青年はふとつた紳士を又車室の中に引つぱり込んで右手には赤ひげのピストルを握つてすごい顔をして立つてゐました。
    赤ひげがやつと立ちあがりましたら青年はしつかりそのえり首をつかみピストルを胸につきつけながら外の方へ向いて高く叫びました。
    『おい、くまども。きさまらのしたことはもつともだ。けれどもなおれたちだつて仕方ない。生きてゐるにはきものも着なけあいけないんだ。おまへたちが魚をとるやうなもんだぜ。けれどもあんまり無法なことはこれから気を付けるやうに云ふから今度はゆるしてれ。ちよつと汽車が動いたらおれの捕虜にしたこの男は返すから』
    『わかつたよ。すぐ動かすよ』外で熊どもが叫びました。
    『レールを横の方へ敷いたんだな』誰かが云ひました。
    氷ががりがり鳴つたりばたばたかけまはる音がしたりして汽車は動き出しました。
    『さあけがをしないやうに降りるんだ』船乗りが云ひました。赤ひげは笑つてちよつと船乗りの手を握つて飛び降りました。
    『そら、ピストル』船乗りはピストルを窓の外へはふり出しました。
    『あの赤ひげはくまの方の間諜かんてふだつたね』たれかが云ひました。わかものは又窓の氷を削りました。
    氷山のかどが桃色や青やぎらぎら光つて窓の外にぞろつとならんでゐたのです。これが風のとばしてよこしたお話のおしまひの一切れです。