夏目漱石

  • 夏目漱石「草枕」 三 山口雄介朗読

    Feb 20, 2018

    昨夕ゆうべは妙な気持ちがした。
    宿へ着いたのは夜の八時頃であったから、家の具合ぐあい庭の作り方は無論、東西の区別さえわからなかった。何だか廻廊のような所をしきりに引き廻されて、しまいに六畳ほどの小さな座敷へ入れられた。むかし来た時とはまるで見当が違う。晩餐ばんさんを済まして、湯にって、へやへ帰って茶を飲んでいると、小女こおんなが来てとこべよかとう。
    不思議に思ったのは、宿へ着いた時の取次も、晩食ばんめしの給仕も、湯壺ゆつぼへの案内も、床を敷く面倒も、ことごとくこの小女一人で弁じている。それで口は滅多めったにきかぬ。と云うて、田舎染いなかじみてもおらぬ。赤い帯を色気いろけなく結んで、古風な紙燭しそくをつけて、廊下のような、梯子段はしごだんのような所をぐるぐる廻わらされた時、同じ帯の同じ紙燭で、同じ廊下とも階段ともつかぬ所を、何度もりて、湯壺へ連れて行かれた時は、すでに自分ながら、カンヴァスの中を往来しているような気がした。
    給仕の時には、近頃は客がないので、ほかの座敷は掃除がしてないから、普段ふだん使っている部屋で我慢してくれと云った。床を延べる時にはゆるりと御休みと人間らしい、言葉を述べて、出て行ったが、その足音が、例の曲りくねった廊下を、次第に下の方へとおざかった時に、あとがひっそりとして、人のがしないのが気になった。
    生れてから、こんな経験はただ一度しかない。昔し房州ぼうしゅう館山たてやまから向うへ突き抜けて、上総かずさから銚子ちょうしまで浜伝いに歩行あるいた事がある。その時ある晩、ある所へ宿とまった。ある所と云うよりほかに言いようがない。今では土地の名も宿の名も、まるで忘れてしまった。第一宿屋へとまったのかが問題である。むねの高い大きな家に女がたった二人いた。余がとめるかと聞いたとき、年を取った方がはいと云って、若い方がこちらへと案内をするから、ついて行くと、荒れ果てた、広いをいくつも通り越して一番奥の、中二階ちゅうにかいへ案内をした。三段登って廊下から部屋へ這入はいろうとすると、板庇いたびさしの下にかたむきかけていた一叢ひとむら修竹しゅうちくが、そよりと夕風を受けて、余の肩から頭をでたので、すでにひやりとした。椽板えんいたはすでにちかかっている。来年はたけのこが椽を突き抜いて座敷のなかは竹だらけになろうと云ったら、若い女が何にも云わずににやにやと笑って、出て行った。
    その晩は例の竹が、枕元で婆娑ばさついて、寝られない。障子しょうじをあけたら、庭は一面の草原で、夏の夜の月明つきあきらかなるに、眼をしらせると、垣もへいもあらばこそ、まともに大きな草山に続いている。草山の向うはすぐ大海原おおうなばらでどどんどどんと大きななみが人の世を威嚇おどかしに来る。余はとうとう夜の明けるまで一睡もせずに、怪し気な蚊帳かやのうちに辛防しんぼうしながら、まるで草双紙くさぞうしにでもありそうな事だと考えた。
    その旅もいろいろしたが、こんな気持になった事は、今夜この那古井へ宿るまではかつて無かった。
    仰向あおむけに寝ながら、偶然目をけて見ると欄間らんまに、朱塗しゅぬりのふちをとったがくがかかっている。文字もじは寝ながらも竹影ちくえい払階かいをはらって塵不動ちりうごかずと明らかに読まれる。大徹だいてつという落款らっかんもたしかに見える。余は書においては皆無鑒識かいむかんしきのない男だが、平生から、黄檗おうばく高泉和尚こうせんおしょう筆致ひっちを愛している。隠元いんげん即非そくひ木庵もくあんもそれぞれに面白味はあるが、高泉こうせんの字が一番蒼勁そうけいでしかも雅馴がじゅんである。今この七字を見ると、筆のあたりから手の運び具合、どうしても高泉としか思われない。しかしげんに大徹とあるからには別人だろう。ことによると黄檗に大徹という坊主がいたかも知れぬ。それにしては紙の色が非常に新しい。どうしても昨今のものとしか受け取れない。
    横を向く。とこにかかっている若冲じゃくちゅうの鶴の図が目につく。これは商売柄しょうばいがらだけに、部屋に這入はいった時、すでに逸品いっぴんと認めた。若冲の図は大抵精緻せいちな彩色ものが多いが、この鶴は世間に気兼きがねなしの一筆ひとふでがきで、一本足ですらりと立った上に、卵形たまごなりの胴がふわっとのっかっている様子は、はなはだ吾意わがいを得て、飄逸ひょういつおもむきは、長いはしのさきまでこもっている。床の隣りは違い棚を略して、普通の戸棚につづく。戸棚の中には何があるか分らない。
    すやすやと寝入る。夢に。
    長良ながら乙女おとめが振袖を着て、青馬あおに乗って、峠を越すと、いきなり、ささだ男と、ささべ男が飛び出して両方から引っ張る。女が急にオフェリヤになって、柳の枝へのぼって、河の中を流れながら、うつくしい声で歌をうたう。救ってやろうと思って、長い竿さおを持って、向島むこうじま追懸おっかけて行く。女は苦しい様子もなく、笑いながら、うたいながら、行末ゆくえも知らず流れを下る。余は竿をかついで、おおいおおいと呼ぶ。
    そこで眼がめた。わきの下から汗が出ている。妙に雅俗混淆がぞくこんこうな夢を見たものだと思った。昔しそう大慧禅師だいえぜんじと云う人は、悟道ののち、何事も意のごとくに出来ん事はないが、ただ夢の中では俗念が出て困ると、長い間これを苦にされたそうだが、なるほどもっともだ。文芸を性命せいめいにするものは今少しうつくしい夢を見なければはばかない。こんな夢では大部分画にも詩にもならんと思いながら、寝返りを打つと、いつの間にか障子しょうじに月がさして、木の枝が二三本ななめに影をひたしている。えるほどの春のだ。
    気のせいか、誰か小声で歌をうたってるような気がする。夢のなかの歌が、この世へ抜け出したのか、あるいはこの世の声が遠き夢の国へ、うつつながらにまぎれ込んだのかと耳をそばだてる。たしかに誰かうたっている。細くかつ低い声には相違ないが、眠らんとする春の一縷いちるの脈をかすかにたせつつある。不思議な事に、その調子はとにかく、文句をきくと――枕元でやってるのでないから、文句のわかりようはない。――その聞えぬはずのものが、よく聞える。あきづけば、をばなが上に、おく露の、けぬべくもわは、おもほゆるかもと長良ながら乙女おとめの歌を、繰り返し繰り返すように思われる。
    初めのうちはえんに近く聞えた声が、しだいしだいに細く遠退とおのいて行く。突然とやむものには、突然の感はあるが、あわれはうすい。ふっつりと思い切ったる声をきく人の心には、やはりふっつりと思い切ったる感じが起る。これと云う句切りもなく自然じねんほそりて、いつの間にか消えるべき現象には、われもまたびょうを縮め、ふんいて、心細さの細さが細る。死なんとしては、死なんとする病夫びょうふのごとく、消えんとしては、消えんとする灯火とうかのごとく、今やむか、やむかとのみ心を乱すこの歌の奥には、天下の春のうらみをことごとくあつめたる調べがある。
    今まではとこの中に我慢して聞いていたが、聞く声の遠ざかるに連れて、わが耳は、釣り出さるると知りつつも、その声を追いかけたくなる。細くなればなるほど、耳だけになっても、あとをしたって飛んで行きたい気がする。もうどう焦慮あせっても鼓膜こまくこたえはあるまいと思う一刹那いっせつなの前、余はたまらなくなって、われ知らず布団ふとんをすり抜けると共にさらりと障子しょうじけた。途端とたんに自分のひざから下がななめに月の光りを浴びる。寝巻ねまきの上にも木の影が揺れながら落ちた。
    障子をあけた時にはそんな事には気がつかなかった。あの声はと、耳の走る見当を見破ると――向うにいた。花ならば海棠かいどうかと思わるる幹をに、よそよそしくも月の光りを忍んで朦朧もうろうたる影法師かげぼうしがいた。あれかと思う意識さえ、しかとは心にうつらぬ間に、黒いものは花の影を踏みくだいて右へ切れた。わがいる部屋つづきのむねかどが、すらりと動く、せいの高い女姿を、すぐにさえぎってしまう。
    借着かりぎ浴衣ゆかた一枚で、障子へつらまったまま、しばらく茫然ぼうぜんとしていたが、やがて我に帰ると、山里の春はなかなか寒いものと悟った。ともかくもと抜け出でた布団の穴に、再び帰参きさんして考え出した。くくまくらのしたから、袂時計たもとどけいを出して見ると、一時十分過ぎである。再び枕の下へ押し込んで考え出した。よもや化物ばけものではあるまい。化物でなければ人間で、人間とすれば女だ。あるいは此家ここの御嬢さんかも知れない。しかし出帰でがえりの御嬢さんとしては夜なかに山つづきの庭へ出るのがちと不穏当ふおんとうだ。何にしてもなかなか寝られない。枕の下にある時計までがちくちく口をきく。今まで懐中時計の音の気になった事はないが、今夜に限って、さあ考えろ、さあ考えろと催促するごとく、寝るな寝るなと忠告するごとく口をきく。しからん。
    こわいものもただ怖いものそのままの姿と見れば詩になる。すごい事も、おのれを離れて、ただ単独に凄いのだと思えばになる。失恋が芸術の題目となるのも全くその通りである。失恋の苦しみを忘れて、そのやさしいところやら、同情の宿やどるところやら、うれいのこもるところやら、一歩進めて云えば失恋の苦しみそのもののあふるるところやらを、単に客観的に眼前がんぜんに思い浮べるから文学美術の材料になる。世には有りもせぬ失恋を製造して、みずからいて煩悶はんもんして、愉快をむさぼるものがある。常人じょうにんはこれを評してだと云う、気違だと云う。しかし自から不幸の輪廓をえがいてこのんでそのうち起臥きがするのは、自から烏有うゆうの山水を刻画こくがして壺中こちゅう天地てんちに歓喜すると、その芸術的の立脚地りっきゃくちを得たる点において全く等しいと云わねばならぬ。この点において世上幾多の芸術家は(日常の人としてはいざ知らず)芸術家として常人よりも愚である、気違である。われわれは草鞋旅行わらじたびをするあいだ、朝から晩まで苦しい、苦しいと不平を鳴らしつづけているが、人に向って曾遊そうゆうを説く時分には、不平らしい様子は少しも見せぬ。面白かった事、愉快であった事は無論、昔の不平をさえ得意に喋々ちょうちょうして、したり顔である。これはあえてみずかあざむくの、人をいつわるのと云う了見りょうけんではない。旅行をする間は常人の心持ちで、曾遊を語るときはすでに詩人の態度にあるから、こんな矛盾が起る。して見ると四角な世界から常識と名のつく、一角いっかく磨滅まめつして、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。

    青空文庫 名作文学の朗読

  • 夏目漱石 草枕 二 山口雄介 朗読

    Jan 31, 2018

    「おい」と声を掛けたが返事がない。
    軒下のきしたから奥をのぞくとすすけた障子しょうじが立て切ってある。向う側は見えない。五六足の草鞋わらじさびしそうにひさしからつるされて、屈托気くったくげにふらりふらりと揺れる。下に駄菓子だがしの箱が三つばかり並んで、そばに五厘銭と文久銭ぶんきゅうせんが散らばっている。
    「おい」とまた声をかける。土間のすみに片寄せてあるうすの上に、ふくれていたにわとりが、驚ろいて眼をさます。ククク、クククと騒ぎ出す。敷居の外に土竈どべっついが、今しがたの雨に濡れて、半分ほど色が変ってる上に、真黒な茶釜ちゃがまがかけてあるが、土の茶釜か、銀の茶釜かわからない。幸い下はきつけてある。
    返事がないから、無断でずっと這入はいって、床几しょうぎの上へ腰をおろした。にわとり羽摶はばたきをしてうすから飛び下りる。今度は畳の上へあがった。障子しょうじがしめてなければ奥までけぬける気かも知れない。雄が太い声でこけっこっこと云うと、雌が細い声でけけっこっこと云う。まるで余を狐かいぬのように考えているらしい。床几の上には一升枡いっしょうますほどな煙草盆たばこぼんが閑静に控えて、中にはとぐろをいた線香が、日の移るのを知らぬ顔で、すこぶる悠長ゆうちょういぶっている。雨はしだいに収まる。
    しばらくすると、奥の方から足音がして、すすけた障子がさらりとく。なかから一人の婆さんが出る。
    どうせ誰か出るだろうとは思っていた。へついに火は燃えている。菓子箱の上に銭が散らばっている。線香は呑気のんきに燻っている。どうせ出るにはきまっている。しかし自分の見世みせけ放しても苦にならないと見えるところが、少し都とは違っている。返事がないのに床几に腰をかけて、いつまでも待ってるのも少し二十世紀とは受け取れない。ここらが非人情で面白い。その上出て来た婆さんの顔が気に入った。
    二三年前宝生ほうしょうの舞台で高砂たかさごを見た事がある。その時これはうつくしい活人画かつじんがだと思った。ほうきかついだ爺さんが橋懸はしがかりを五六歩来て、そろりと後向うしろむきになって、婆さんと向い合う。その向い合うた姿勢が今でも眼につく。余の席からは婆さんの顔がほとんどむきに見えたから、ああうつくしいと思った時に、その表情はぴしゃりと心のカメラへ焼き付いてしまった。茶店の婆さんの顔はこの写真に血を通わしたほど似ている。
    「御婆さん、ここをちょっと借りたよ」
    「はい、これは、いっこう存じませんで」
    「だいぶ降ったね」
    「あいにくな御天気で、さぞ御困りで御座んしょ。おおおおだいぶおれなさった。今火をいてかわかして上げましょ」
    「そこをもう少ししつけてくれれば、あたりながら乾かすよ。どうも少し休んだら寒くなった」
    「へえ、ただいま焚いて上げます。まあ御茶を一つ」
    と立ち上がりながら、しっしっと二声ふたこえにわとりを追いげる。こここことけ出した夫婦は、焦茶色こげちゃいろの畳から、駄菓子箱の中を踏みつけて、往来へ飛び出す。雄の方が逃げるとき駄菓子の上へふんれた。
    「まあ一つ」と婆さんはいつのにかり抜き盆の上に茶碗をのせて出す。茶の色の黒くげている底に、一筆ひとふでがきの梅の花が三輪無雑作むぞうさに焼き付けられている。
    「御菓子を」と今度は鶏の踏みつけた胡麻ごまねじと微塵棒みじんぼうを持ってくる。ふんはどこぞに着いておらぬかとながめて見たが、それは箱のなかに取り残されていた。
    婆さんは袖無そでなしの上から、たすきをかけて、へっついの前へうずくまる。余はふところから写生帖を取り出して、婆さんの横顔を写しながら、話しをしかける。
    「閑静でいいね」
    「へえ、御覧の通りの山里やまざとで」
    うぐいすは鳴くかね」
    「ええ毎日のように鳴きます。此辺ここらは夏も鳴きます」
    「聞きたいな。ちっとも聞えないとなお聞きたい」
    「あいにく今日きょうは――先刻さっきの雨でどこぞへ逃げました」
    折りから、竈のうちが、ぱちぱちと鳴って、赤い火がさっと風を起して一尺あまり吹き出す。
    「さあ、あたり。さぞ御寒かろ」と云う。軒端のきばを見ると青い煙りが、突き当ってくずれながらに、かすかなあとをまだ板庇いたびさしにからんでいる。

    青空文庫 名作文学の朗読

  • 夏目漱石「草枕」 一 山口雄介朗読

    Jan 23, 2018

    山路やまみちを登りながら、こう考えた。
    に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。
    住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。
    人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りょうどなりにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
    越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容くつろげて、つかの命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命がくだる。あらゆる芸術の士は人の世を長閑のどかにし、人の心を豊かにするがゆえたっとい。
    住みにくき世から、住みにくきわずらいを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、である。あるは音楽と彫刻である。こまかにえば写さないでもよい。ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌もく。着想を紙に落さぬとも※(「王+膠のつくり」、第3水準1-88-22)きゅうそうおん胸裏きょうりおこる。丹青たんせい画架がかに向って塗抹とまつせんでも五彩ごさい絢爛けんらんおのずから心眼しんがんに映る。ただおのが住む世を、かくかんじ得て、霊台方寸れいだいほうすんのカメラに澆季溷濁ぎょうきこんだくの俗界を清くうららかに収めればる。この故に無声むせいの詩人には一句なく、無色むしょくの画家には※(「糸+賺のつくり」、第3水準1-90-17)せっけんなきも、かく人世じんせいを観じ得るの点において、かく煩悩ぼんのう解脱げだつするの点において、かく清浄界しょうじょうかい出入しゅつにゅうし得るの点において、またこの不同不二ふどうふじ乾坤けんこん建立こんりゅうし得るの点において、我利私慾がりしよく覊絆きはん掃蕩そうとうするの点において、――千金せんきんの子よりも、万乗ばんじょうの君よりも、あらゆる俗界の寵児ちょうじよりも幸福である。
    世に住むこと二十年にして、住むに甲斐かいある世と知った。二十五年にして明暗は表裏ひょうりのごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十の今日こんにちはこう思うている。――喜びの深きときうれいいよいよ深く、たのしみの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。かたづけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものがえればも心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足をささえている。背中せなかには重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えばらぬ。存分食えばあとが不愉快だ。……
    かんがえがここまで漂流して来た時に、余の右足うそくは突然すわりのわるい角石かくいしはしを踏みくなった。平衡へいこうを保つために、すわやと前に飛び出した左足さそくが、仕損しそんじのあわせをすると共に、余の腰は具合よくほう三尺ほどな岩の上にりた。肩にかけた絵の具箱がわきの下からおどり出しただけで、幸いとなんの事もなかった。
    立ち上がる時に向うを見ると、みちから左の方にバケツを伏せたような峰がそびえている。杉かひのきか分からないが根元ねもとからいただきまでことごとく蒼黒あおぐろい中に、山桜が薄赤くだんだらに棚引たなびいて、しかと見えぬくらいもやが濃い。少し手前に禿山はげやまが一つ、ぐんをぬきんでてまゆせまる。禿げた側面は巨人のおのけずり去ったか、鋭どき平面をやけに谷の底にうずめている。天辺てっぺんに一本見えるのは赤松だろう。枝の間の空さえ判然はっきりしている。行く手は二丁ほどで切れているが、高い所から赤い毛布けっとが動いて来るのを見ると、登ればあすこへ出るのだろう。路はすこぶる難義なんぎだ。
    土をならすだけならさほど手間てまるまいが、土の中には大きな石がある。土はたいらにしても石は平らにならぬ。石は切り砕いても、岩は始末がつかぬ。掘崩ほりくずした土の上に悠然ゆうぜんそばだって、吾らのために道を譲る景色けしきはない。向うで聞かぬ上は乗り越すか、廻らなければならん。いわのない所でさえるきよくはない。左右が高くって、中心がくぼんで、まるで一間はばを三角に穿って、その頂点が真中まんなかつらぬいていると評してもよい。路を行くと云わんより川底をわたると云う方が適当だ。もとより急ぐ旅でないから、ぶらぶらと七曲ななまがりへかかる。
    たちまち足の下で雲雀ひばりの声がし出した。谷を見下みおろしたが、どこで鳴いてるか影も形も見えぬ。ただ声だけが明らかに聞える。せっせとせわしく、絶間たえまなく鳴いている。方幾里ほういくりの空気が一面にのみに刺されていたたまれないような気がする。あの鳥の鳴くには瞬時の余裕もない。のどかな春の日を鳴き尽くし、鳴きあかし、また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。その上どこまでも登って行く、いつまでも登って行く。雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。登り詰めた揚句あげくは、流れて雲にって、ただようているうちに形は消えてなくなって、ただ声だけが空のうちに残るのかも知れない。
    巌角いわかどを鋭どく廻って、按摩あんまなら真逆様まっさかさまに落つるところを、きわどく右へ切れて、横に見下みおろすと、の花が一面に見える。雲雀はあすこへ落ちるのかと思った。いいや、あの黄金こがねの原から飛び上がってくるのかと思った。次には落ちる雲雀と、あが雲雀ひばりが十文字にすれ違うのかと思った。最後に、落ちる時も、上る時も、また十文字にれ違うときにも元気よく鳴きつづけるだろうと思った。
    春は眠くなる。猫は鼠をる事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分のたましい居所いどころさえ忘れて正体なくなる。ただ菜の花を遠く望んだときに眼がめる。雲雀の声を聞いたときに魂のありかが判然はんぜんする。雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない、魂全体が鳴くのだ。魂の活動が声にあらわれたもののうちで、あれほど元気のあるものはない。ああ愉快だ。こう思って、こう愉快になるのが詩である。
    たちまちシェレーの雲雀の詩を思い出して、口のうちで覚えたところだけ暗誦あんしょうして見たが、覚えているところは二三句しかなかった。その二三句のなかにこんなのがある。

    青空文庫 名作文学の朗読

  • 夏目漱石「こころ」下 55 56 山口雄介朗読

    15.63

    Dec 20, 2017

    五十五

    「死んだつもりで生きて行こうと決心した私の心は、時々外界の刺戟しげきおどり上がりました。しかし私がどの方面かへ切って出ようと思い立つやいなや、恐ろしい力がどこからか出て来て、私の心をぐいと握り締めて少しも動けないようにするのです。そうしてその力が私にお前は何をする資格もない男だとおさえ付けるようにいって聞かせます。すると私はその一言いちげんすぐぐたりとしおれてしまいます。しばらくしてまた立ち上がろうとすると、また締め付けられます。私は歯を食いしばって、何でひとの邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力はひややかな声で笑います。自分でよく知っているくせにといいます。私はまたぐたりとなります。
    波瀾はらんも曲折もない単調な生活を続けて来た私の内面には、常にこうした苦しい戦争があったものと思って下さい。さいが見て歯痒はがゆがる前に、私自身が何層倍なんぞうばい歯痒い思いを重ねて来たか知れないくらいです。私がこの牢屋ろうやうちじっとしている事がどうしてもできなくなった時、またその牢屋をどうしても突き破る事ができなくなった時、必竟ひっきょう私にとって一番楽な努力で遂行すいこうできるものは自殺よりほかにないと私は感ずるようになったのです。あなたはなぜといって眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはるかも知れませんが、いつも私の心を握り締めに来るその不可思議な恐ろしい力は、私の活動をあらゆる方面で食い留めながら、死の道だけを自由に私のために開けておくのです。動かずにいればともかくも、少しでも動く以上は、その道を歩いて進まなければ私には進みようがなくなったのです。
    私は今日こんにちに至るまですでに二、三度運命の導いて行く最も楽な方向へ進もうとした事があります。しかし私はいつでも妻に心をかされました。そうしてその妻をいっしょに連れて行く勇気は無論ないのです。妻にすべてを打ち明ける事のできないくらいな私ですから、自分の運命の犠牲ぎせいとして、妻の天寿てんじゅを奪うなどという手荒てあら所作しょさは、考えてさえ恐ろしかったのです。私に私の宿命がある通り、妻には妻のまわり合せがあります、二人を一束ひとたばにして火にべるのは、無理という点から見ても、痛ましい極端としか私には思えませんでした。
    同時に私だけがいなくなったあとの妻を想像してみるといかにも不憫ふびんでした。母の死んだ時、これから世の中で頼りにするものは私より外になくなったといった彼女の述懐じゅっかいを、私ははらわたみ込むように記憶させられていたのです。私はいつも躊躇ちゅうちょしました。妻の顔を見て、してよかったと思う事もありました。そうしてまたじっすくんでしまいます。そうして妻から時々物足りなそうな眼でながめられるのです。
    記憶して下さい。私はこんなふうにして生きて来たのです。始めてあなたに鎌倉かまくらで会った時も、あなたといっしょに郊外を散歩した時も、私の気分に大した変りはなかったのです。私の後ろにはいつでも黒い影がいていました。私はさいのために、命を引きずって世の中を歩いていたようなものです。あなたが卒業して国へ帰る時も同じ事でした。九月になったらまたあなたに会おうと約束した私は、うそいたのではありません。全く会う気でいたのです。秋が去って、冬が来て、その冬が尽きても、きっと会うつもりでいたのです。
    すると夏の暑い盛りに明治天皇めいじてんのう崩御ほうぎょになりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、そのあとに生き残っているのは必竟ひっきょう時勢遅れだという感じがはげしく私の胸を打ちました。私は明白あからさまに妻にそういいました。妻は笑って取り合いませんでしたが、何を思ったものか、突然私に、では殉死じゅんしでもしたらよかろうと調戯からかいました。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「こころ」下 53 54 山口雄介朗読

    13.22
    Dec 05, 2017

    五十三

    「書物の中に自分を生埋いきうめにする事のできなかった私は、酒に魂をひたして、おのれを忘れようと試みた時期もあります。私は酒が好きだとはいいません。けれども飲めば飲めるたちでしたから、ただ量を頼みに心をつぶそうとつとめたのです。この浅薄せんぱくな方便はしばらくするうちに私をなお厭世的えんせいてきにしました。私は爛酔らんすい真最中まっさいちゅうにふと自分の位置に気が付くのです。自分はわざとこんな真似まねをして己れをいつわっている愚物ぐぶつだという事に気が付くのです。すると身振みぶるいと共に眼も心もめてしまいます。時にはいくら飲んでもこうした仮装状態にさえはいり込めないでむやみに沈んで行く場合も出て来ます。その上技巧で愉快を買ったあとには、きっと沈鬱ちんうつな反動があるのです。私は自分の最も愛しているさいとその母親に、いつでもそこを見せなければならなかったのです。しかも彼らは彼らに自然な立場から私を解釈してかかります。
    妻の母は時々気拙きまずい事を妻にいうようでした。それを妻は私に隠していました。しかし自分は自分で、単独に私を責めなければ気が済まなかったらしいのです。責めるといっても、決して強い言葉ではありません。妻から何かいわれたために、私が激したためしはほとんどなかったくらいですから。妻はたびたびどこが気に入らないのか遠慮なくいってくれと頼みました。それから私の未来のために酒をめろと忠告しました。ある時は泣いて「あなたはこのごろ人間が違った」といいました。それだけならまだいいのですけれども、「Kさんが生きていたら、あなたもそんなにはならなかったでしょう」というのです。私はそうかも知れないと答えた事がありましたが、私の答えた意味と、妻の了解した意味とは全く違っていたのですから、私は心のうちで悲しかったのです。それでも私は妻に何事も説明する気にはなれませんでした。
    私は時々妻にあやまりました。それは多く酒に酔って遅く帰った翌日あくるひの朝でした。妻は笑いました。あるいは黙っていました。たまにぽろぽろと涙を落す事もありました。私はどっちにしても自分が不愉快でたまらなかったのです。だから私の妻に詫まるのは、自分に詫まるのとつまり同じ事になるのです。私はしまいに酒をめました。妻の忠告で止めたというより、自分でいやになったから止めたといった方が適当でしょう。
    酒は止めたけれども、何もする気にはなりません。仕方がないから書物を読みます。しかし読めば読んだなりで、って置きます。私は妻から何のために勉強するのかという質問をたびたび受けました。私はただ苦笑していました。しかし腹の底では、世の中で自分が最も信愛しているたった一人の人間すら、自分を理解していないのかと思うと、悲しかったのです。理解させる手段があるのに、理解させる勇気が出せないのだと思うとますます悲しかったのです。私は寂寞せきばくでした。どこからも切り離されて世の中にたった一人住んでいるような気のした事もよくありました。
    同時に私はKの死因を繰り返し繰り返し考えたのです。その当座は頭がただ恋の一字で支配されていたせいでもありましょうが、私の観察はむしろ簡単でしかも直線的でした。Kはまさしく失恋のために死んだものとすぐめてしまったのです。しかし段々落ち付いた気分で、同じ現象に向ってみると、そう容易たやすくは解決が着かないように思われて来ました。現実と理想の衝突、――それでもまだ不充分でした。私はしまいにKが私のようにたった一人でさむしくって仕方がなくなった結果、急に所決しょけつしたのではなかろうかと疑い出しました。そうしてまたぞっとしたのです。私もKの歩いたみちを、Kと同じように辿たどっているのだという予覚よかくが、折々風のように私の胸を横過よこぎり始めたからです。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「こころ」下 51 52 山口雄介朗読

    13.22
    Nov 28, 2017

    五十一

    「Kの葬式の帰りみちに、私はその友人の一人から、Kがどうして自殺したのだろうという質問を受けました。事件があって以来私はもう何度となくこの質問で苦しめられていたのです。奥さんもお嬢さんも、国から出て来たKの父兄も、通知を出した知り合いも、彼とは何の縁故もない新聞記者までも、必ず同様の質問を私に掛けない事はなかったのです。私の良心はそのたびにちくちく刺されるように痛みました。そうして私はこの質問の裏に、早くお前が殺したと白状してしまえという声を聞いたのです。
    私の答えは誰に対しても同じでした。私はただ彼の私あてで書き残した手紙を繰り返すだけで、ほか一口ひとくちも附け加える事はしませんでした。葬式の帰りに同じ問いを掛けて、同じ答えを得たKの友人は、ふところから一枚の新聞を出して私に見せました。私は歩きながらその友人によって指し示された箇所を読みました。それにはKが父兄から勘当された結果厭世的えんせいてきな考えを起して自殺したと書いてあるのです。私は何にもいわずに、その新聞をたたんで友人の手に帰しました。友人はこのほかにもKが気が狂って自殺したと書いた新聞があるといって教えてくれました。忙しいので、ほとんど新聞を読む暇がなかった私は、まるでそうした方面の知識を欠いていましたが、腹の中では始終気にかかっていたところでした。私は何よりもうちのものの迷惑になるような記事の出るのを恐れたのです。ことに名前だけにせよお嬢さんが引合いに出たらたまらないと思っていたのです。私はその友人にほかに何とか書いたのはないかと聞きました。友人は自分の眼に着いたのは、ただその二種ぎりだと答えました。
    私が今おる家へしたのはそれから間もなくでした。奥さんもお嬢さんも前の所にいるのをいやがりますし、私もそのの記憶を毎晩繰り返すのが苦痛だったので、相談の上移る事にめたのです。
    移って二カ月ほどしてから私は無事に大学を卒業しました。卒業して半年もたないうちに、私はとうとうお嬢さんと結婚しました。外側から見れば、万事が予期通りに運んだのですから、目出度めでたいといわなければなりません。奥さんもお嬢さんもいかにも幸福らしく見えました。私も幸福だったのです。けれども私の幸福には黒い影がいていました。私はこの幸福が最後に私を悲しい運命に連れて行く導火線ではなかろうかと思いました。
    結婚した時お嬢さんが、――もうお嬢さんではありませんから、さいといいます。――妻が、何を思い出したのか、二人でKの墓参はかまいりをしようといい出しました。私は意味もなくただぎょっとしました。どうしてそんな事を急に思い立ったのかと聞きました。妻は二人そろってお参りをしたら、Kがさぞ喜ぶだろうというのです。私は何事も知らない妻の顔をしけじけながめていましたが、妻からなぜそんな顔をするのかと問われて始めて気が付きました。
    私は妻の望み通り二人連れ立って雑司ヶ谷ぞうしがやへ行きました。私は新しいKの墓へ水をかけて洗ってやりました。妻はその前へ線香と花を立てました。二人は頭を下げて、合掌しました。妻は定めて私といっしょになった顛末てんまつを述べてKに喜んでもらうつもりでしたろう。私は腹の中で、ただ自分が悪かったと繰り返すだけでした。
    その時妻はKの墓をでてみて立派だと評していました。その墓は大したものではないのですけれども、私が自分で石屋へ行って見立みたてたりした因縁いんねんがあるので、妻はとくにそういいたかったのでしょう。私はその新しい墓と、新しい私の妻と、それから地面の下にうずめられたKの新しい白骨とを思い比べて、運命の冷罵れいばを感ぜずにはいられなかったのです。私はそれ以後決して妻といっしょにKの墓参りをしない事にしました。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「こころ」下 49 50 山口雄介朗読

    14.15
    Nov 21, 2017

    四十九

    「私は突然Kの頭をかかえるように両手で少し持ち上げました。私はKの死顔しにがお一目ひとめ見たかったのです。しかし俯伏うつぶしになっている彼の顔を、こうして下からのぞき込んだ時、私はすぐその手を放してしまいました。ぞっとしたばかりではないのです。彼の頭が非常に重たく感ぜられたのです。私は上から今さわった冷たい耳と、平生へいぜいに変らない五分刈ごぶがりの濃い髪の毛を少時しばらくながめていました。私は少しも泣く気にはなれませんでした。私はただ恐ろしかったのです。そうしてその恐ろしさは、眼の前の光景が官能を刺激しげきして起る単調な恐ろしさばかりではありません。私は忽然こつぜんと冷たくなったこの友達によって暗示された運命の恐ろしさを深く感じたのです。
    私は何の分別ふんべつもなくまた私のへやに帰りました。そうして八畳の中をぐるぐるまわり始めました。私の頭は無意味でも当分そうして動いていろと私に命令するのです。私はどうかしなければならないと思いました。同時にもうどうする事もできないのだと思いました。座敷の中をぐるぐる廻らなければいられなくなったのです。おりの中へ入れられたくまのような態度で。
    私は時々奥へ行って奥さんを起そうという気になります。けれども女にこの恐ろしい有様を見せては悪いという心持がすぐ私をさえぎります。奥さんはとにかく、お嬢さんを驚かす事は、とてもできないという強い意志が私をおさえつけます。私はまたぐるぐる廻り始めるのです。
    私はその間に自分の室の洋燈ランプけました。それから時計を折々見ました。その時の時計ほどらちかない遅いものはありませんでした。私の起きた時間は、正確に分らないのですけれども、もう夜明よあけもなかった事だけは明らかです。ぐるぐるまわりながら、その夜明を待ちこがれた私は、永久に暗い夜が続くのではなかろうかという思いに悩まされました。
    我々は七時前に起きる習慣でした。学校は八時に始まる事が多いので、それでないと授業に間に合わないのです。下女げじょはその関係で六時頃に起きる訳になっていました。しかしその日私が下女を起しに行ったのはまだ六時前でした。すると奥さんが今日は日曜だといって注意してくれました。奥さんは私の足音で眼を覚ましたのです。私は奥さんに眼が覚めているなら、ちょっと私のへやまで来てくれと頼みました。奥さんは寝巻の上へ不断着ふだんぎの羽織をけて、私のあといて来ました。私は室へはいるやいなや、今までいていた仕切りのふすまをすぐ立て切りました。そうして奥さんに飛んだ事ができたと小声で告げました。奥さんは何だと聞きました。私はあごで隣の室を指すようにして、「驚いちゃいけません」といいました。奥さんはあおい顔をしました。「奥さん、Kは自殺しました」と私がまたいいました。奥さんはそこに居竦いすくまったように、私の顔を見て黙っていました。その時私は突然奥さんの前へ手を突いて頭を下げました。「済みません。私が悪かったのです。あなたにもお嬢さんにも済まない事になりました」とあやまりました。私は奥さんと向い合うまで、そんな言葉を口にする気はまるでなかったのです。しかし奥さんの顔を見た時不意に我とも知らずそういってしまったのです。Kに詫まる事のできない私は、こうして奥さんとお嬢さんにびなければいられなくなったのだと思って下さい。つまり私の自然が平生へいぜいの私を出し抜いてふらふらと懺悔ざんげの口を開かしたのです。奥さんがそんな深い意味に、私の言葉を解釈しなかったのは私にとって幸いでした。蒼い顔をしながら、「不慮の出来事なら仕方がないじゃありませんか」と慰めるようにいってくれました。しかしその顔には驚きとおそれとが、り付けられたように、かたく筋肉をつかんでいました。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「こころ」下 45 46 山口雄介朗読

    13.73
    Oct 31, 2017

    四十五

    「Kから聞かされた打ち明け話を、奥さんに伝える気のなかった私は、「いいえ」といってしまった後で、すぐ自分のうそこころよからず感じました。仕方がないから、別段何も頼まれた覚えはないのだから、Kに関する用件ではないのだといい直しました。奥さんは「そうですか」といって、あとを待っています。私はどうしても切り出さなければならなくなりました。私は突然「奥さん、お嬢さんを私に下さい」といいました。奥さんは私の予期してかかったほど驚いた様子も見せませんでしたが、それでも少時しばらく返事ができなかったものと見えて、黙って私の顔をながめていました。一度いい出した私は、いくら顔を見られても、それに頓着とんじゃくなどはしていられません。「下さい、ぜひ下さい」といいました。「私の妻としてぜひ下さい」といいました。奥さんは年を取っているだけに、私よりもずっと落ち付いていました。「上げてもいいが、あんまり急じゃありませんか」と聞くのです。私が「急にもらいたいのだ」とすぐ答えたら笑い出しました。そうして「よく考えたのですか」と念を押すのです。私はいい出したのは突然でも、考えたのは突然でないという訳を強い言葉で説明しました。
    それからまだ二つ三つの問答がありましたが、私はそれを忘れてしまいました。男のように判然はきはきしたところのある奥さんは、普通の女と違ってこんな場合には大変心持よく話のできる人でした。「ござんす、差し上げましょう」といいました。「差し上げるなんて威張いばった口のける境遇ではありません。どうぞ貰って下さい。ご存じの通り父親のないあわれな子です」とあとでは向うから頼みました。
    話は簡単でかつ明瞭めいりょうに片付いてしまいました。最初からしまいまでにおそらく十五分とはかからなかったでしょう。奥さんは何の条件も持ち出さなかったのです。親類に相談する必要もない、後から断ればそれで沢山だといいました。本人の意嚮いこうさえたしかめるに及ばないと明言しました。そんな点になると、学問をした私の方が、かえって形式に拘泥こうでいするくらいに思われたのです。親類はとにかく、当人にはあらかじめ話して承諾をるのが順序らしいと私が注意した時、奥さんは「大丈夫です。本人が不承知の所へ、私があの子をやるはずがありませんから」といいました。
    自分のへやへ帰った私は、事のあまりに訳もなく進行したのを考えて、かえって変な気持になりました。はたして大丈夫なのだろうかという疑念さえ、どこからか頭の底にい込んで来たくらいです。けれども大体の上において、私の未来の運命は、これで定められたのだという観念が私のすべてを新たにしました。
    私は午頃ひるごろまた茶の間へ出掛けて行って、奥さんに、今朝けさの話をお嬢さんに何時いつ通じてくれるつもりかと尋ねました。奥さんは、自分さえ承知していれば、いつ話しても構わなかろうというような事をいうのです。こうなると何だか私よりも相手の方が男みたようなので、私はそれぎり引き込もうとしました。すると奥さんが私を引き留めて、もし早い方が希望ならば、今日でもいい、稽古けいこから帰って来たら、すぐ話そうというのです。私はそうしてもらう方が都合がいと答えてまた自分の室に帰りました。しかし黙って自分の机の前にすわって、二人のこそこそ話を遠くから聞いている私を想像してみると、何だか落ち付いていられないような気もするのです。私はとうとう帽子をかぶって表へ出ました。そうしてまた坂の下でお嬢さんに行き合いました。何にも知らないお嬢さんは私を見て驚いたらしかったのです。私が帽子をって「今お帰り」と尋ねると、向うではもう病気はなおったのかと不思議そうに聞くのです。私は「ええ癒りました、癒りました」と答えて、ずんずん水道橋すいどうばしの方へ曲ってしまいました。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「こころ」下 43 44 山口雄介朗読

    13.00
    Oct 25, 2017

    四十三

    「そのころ覚醒かくせいとか新しい生活とかいう文字もんじのまだない時分でした。しかしKが古い自分をさらりと投げ出して、一意いちいに新しい方角へ走り出さなかったのは、現代人の考えが彼に欠けていたからではないのです。彼には投げ出す事のできないほどたっとい過去があったからです。彼はそのために今日こんにちまで生きて来たといってもいいくらいなのです。だからKが一直線に愛の目的物に向って猛進しないといって、決してその愛の生温なまぬるい事を証拠立てる訳にはゆきません。いくら熾烈しれつな感情が燃えていても、彼はむやみに動けないのです。前後を忘れるほどの衝動が起る機会を彼に与えない以上、Kはどうしてもちょっと踏みとどまって自分の過去を振り返らなければならなかったのです。そうすると過去が指し示すみちを今まで通り歩かなければならなくなるのです。その上彼には現代人のもたない強情ごうじょうと我慢がありました。私はこの双方の点においてよく彼の心を見抜いていたつもりなのです。
    上野うえのから帰った晩は、私に取って比較的安静なでした。私はKがへやへ引き上げたあとを追い懸けて、彼の机のそばすわり込みました。そうして取り留めもない世間話をわざと彼に仕向けました。彼は迷惑そうでした。私の眼には勝利の色が多少輝いていたでしょう、私の声にはたしかに得意の響きがあったのです。私はしばらくKと一つ火鉢に手をかざしたあと、自分の室に帰りました。ほかの事にかけては何をしても彼に及ばなかった私も、その時だけは恐るるに足りないという自覚を彼に対してもっていたのです。
    私はほどなく穏やかな眠りに落ちました。しかし突然私の名を呼ぶ声で眼を覚ましました。見ると、間のふすまが二しゃくばかりいて、そこにKの黒い影が立っています。そうして彼の室にはよいの通りまだ燈火あかりいているのです。急に世界の変った私は、少しのあいだ口をく事もできずに、ぼうっとして、その光景をながめていました。
    その時Kはもう寝たのかと聞きました。Kはいつでも遅くまで起きている男でした。私は黒い影法師かげぼうしのようなKに向って、何か用かと聞き返しました。Kは大した用でもない、ただもう寝たか、まだ起きているかと思って、便所へ行ったついでに聞いてみただけだと答えました。Kは洋燈ランプを背中に受けているので、彼の顔色や眼つきは、全く私には分りませんでした。けれども彼の声は不断よりもかえって落ち付いていたくらいでした。

    青空文庫より

  • 夏目漱石「こころ」下 43 44 山口雄介朗読

    13.00
    Oct 25, 2017