江戸川乱歩

  • 江戸川乱歩「鏡地獄」岡田慎平朗読

    52.17 Aug 21, 2017

    「珍らしい話とおっしゃるのですか、それではこんな話はどうでしょう」
    ある時、五、六人の者が、怖い話や、珍奇な話を、次々と語り合っていた時、友だちのKは最後にこんなふうにはじめた。ほんとうにあったことか、Kの作り話なのか、その後、尋ねてみたこともないので、私にはわからぬけれど、いろいろ不思議な物語を聞かされたあとだったのと、ちょうどその日の天候が春の終りに近いころの、いやにドンヨリと曇った日で、空気が、まるで深い水の底のように重おもしくよどんで、話すものも、聞くものも、なんとなく気ちがいめいた気分になっていたからでもあったのか、その話は、異様に私の心をうったのである。話というのは、私に一人の不幸な友だちがあるのです。名前は仮りに彼と申して置きましょうか。その彼にはいつの頃からか世にも不思議な病気が取りついたのです。ひょっとしたら、先祖に何かそんな病気の人があって、それが遺伝したのかもしれませんね。というのは、まんざら根のない話でもないので、いったい彼のうちには、おじいさんか、ひいじいさんかが、切支丹キリシタンの邪宗に帰依きえしていたことがあって、古めかしい横文字の書物や、マリヤさまの像や、基督キリストさまのはりつけの絵などが、葛籠つづらの底に一杯しまってあるのですが、そんなものと一緒に、伊賀越道中双六いがごえどうちゅうすごろくに出てくるような、一世紀も前の望遠鏡だとか、妙なかっこうの磁石だとか、当時ギヤマンとかビイドロとかいったのでしょうが、美しいガラスの器物だとかが、同じ葛籠にしまいこんであって、彼はまだ小さい時分から、よくそれを出してもらっては遊んでいたものです。
    考えてみますと、彼はそんな時分から、物の姿の映る物、たとえばガラスとか、レンズとか、鏡とかいうものに、不思議な嗜好しこうを持っていたようです。それが証拠には、彼のおもちゃといえば、幻灯器械だとか、遠目がねだとか、虫目がねだとか、そのほかそれに類した、将門まさかど目がね、万華鏡まんげきょうに当てると人物や道具などが、細長くなったり、平たくなったりする、プリズムのおもちゃだとか、そんなものばかりでした。
    それから、やっぱり彼の少年時代なのですが、こんなことがあったのも覚えております。ある日彼の勉強部屋をおとずれますと、机の上に古いきりの箱が出ていて、多分その中にはいっていたのでしょう、彼は手に昔物の金属の鏡を持って、それを日光に当てて、暗い壁に影を映しているのでした。
    「どうだ、面白おもしろいだろう。あれを見たまえ、こんな平らな鏡が、あすこへ映ると、妙な字ができるだろう」
    彼にそう言われて、壁を見ますと、驚いたことには、白い丸形の中に、多少形がくずれてはいましたけれど「寿」という文字が、白金のような強い光で現われているのです。
    「不思議だね、一体どうしたんだろう」
    なんだか神業かみわざとでもいうような気がして、子供の私には、珍らしくもあり、怖くもあったのです。思わずそんなふうに聞き返しました。
    「わかるまい。種明かしをしようか。種明かしをしてしまえば、なんでもないことなんだよ。ホラ、ここを見たまえ、この鏡の裏を、ね、寿という字が浮彫りになっているだろう。これが表へすき通るのだよ」
    なるほど見れば彼の言う通り、青銅のような色をした鏡の裏には、立派な浮彫りがあるのです。でも、それが、どうして表面まですき通って、あのような影を作るのでしょう。鏡の表は、どの方角からすかして見ても、滑らかな平面で、顔がでこぼこに写るわけでもないのに、それの反射だけが不思議な影を作るのです。まるで魔法みたいな気がするのです。
    「これはね、魔法でもなんでもないのだよ」
    彼は私のいぶかしげな顔を見て、説明をはじめるのでした。
    「おとうさんに聞いたんだがね、金属の鏡というやつは、ガラスと違って、ときどきみがきをかけないと、曇りがきて見えなくなるんだ。この鏡なんか、ずいぶん古くからぼくの家に伝わっている品で、何度となくみがきをかけている。でね、その磨きをかけるたびに、裏の浮彫りの所と、そうでない薄い所とでは、金の減り方が眼に見えぬほどずつ違ってくるのだよ。厚い部分は手ごたえが多く、薄い部分はこれが少ないわけだからね。その眼にも見えぬ減り方の違いが、恐ろしいもので、反射させると、あんなに現われるのだそうだ。わかったかい」
    その説明を聞きますと、一応は理由がわかったものの、今度は、顔を映してもでこぼこに見えない滑らかな表面が、反射させると明きらかに凹凸おうとつが現われるという、このえたいの知れぬ事実が、たとえば顕微鏡で何かをのぞいた時に味わう、微細なるものの無気味さ、あれに似た感じで、私をゾッとさせるのでした。青空文庫より

  • 江戸川乱歩「幽霊」二宮 隆朗読

    49.07 Aug 19, 2017

    辻堂つじどうの奴、とうとう死にましたよ」
    腹心ふくしんのものが、多少手柄顔にこう報告した時、平田ひらた氏は少からず驚いたのである。もっとも大分以前から、彼が病気で床についた切りだということは聞いていたのだけれど、それにしても、あの自分をうるさくつけ狙って、かたきを(あいつは勝手にそうめていたのだ)うつことを生涯の目的にしていた男が、「彼奴きゃつのどてっ腹へ、この短刀をぐっさりと突きさすまでは、死んでも死に切れない」と口癖の様に云っていたあの辻堂が、その目的を果しもしないで死んでしまったとは、どうにも考えられなかった。
    「ほんとうかね」
    平田氏は思わずその腹心の者にこう問い返したのである。
    「ほんとうにんにも、私は今あいつの葬式の出る所を見届けて来たんです。念の為に近所で聞いて見ましたがね。やっぱりそうでした。親子二人暮しの親父おやじが死んだのですから、息子の奴可哀相に、泣顔で棺の側へついて行きましたよ。親父に似合わない、あいつは弱虫ですね」
    それを聞くと、平田氏はがっかりして了った。やしきのまわりに高いコンクリート塀をめぐらしたのも、その塀の上にガラスの破片を植えつけたのも、門長屋を殆どただの様な屋賃で巡査の一家に貸したのも、屈竟くっきょうな二人の書生を置いたのも、夜分は勿論、昼間でも、止むを得ない用事の外はなるべく外出しないことにしていたのも、若し外出する場合には必ず書生を伴う様にしていたのも、それもこれも皆ただ一人の辻堂が怖いからであった。平田氏は一代で今の大身代だいしんだいを作り上げた程の男だから、それは時には随分ずいぶん罪なこともやって来た。彼に深い恨みを抱いているものも二人や三人ではなかった。といって、それを気にする平田氏ではないのだが、あの半狂乱の辻堂老人ばかりは、彼はほとほと持てあましていたのである。その相手が今死んで了ったと聞くと、彼はホッと安心のため息をつくと同時に、何んだか張合はりあいが抜けた様な、淋しい気持もするのであった。
    その翌日、平田氏は念の為に自身で辻堂の住いの近所へ出掛けて行って、それとなく様子を探って見た。そして、腹心のものの報告が間違っていなかったことを確めることが出来た。そこで愈々いよいよ大丈夫だと思った彼は、これまでの厳重な警戒を解いて、久しぶりでゆったりした気分を味わったことである。
    詳しい事情を知らぬ家族の者は、日頃陰気な平田氏が、にわかに快活になって、彼の口からついぞ聞いたことのない笑声わらいごえが洩れるのを、少なからずいぶかしがった。ところが、この彼の快活な様子はあんまり長くは続かなかった。家族の者は、今度は、前よりも一層ひどい主人公の憂鬱に悩されなければならなかった。
    辻堂の葬式があってから、三日の間は何事もなかったが、その次の四日目の朝のことである。書斎の椅子にもたれて、何心なく其日そのひとどいた郵便物を調べていた平田氏は、沢山の封書やはがきの中に混って、一通の、可也かなりみだれてはいたが、確かに見覚えのある手蹟で書かれた手紙を発見して、あおくなった。

    この手紙は、俺が死んでから貴様の所へ届くだろう。貴様はさだめし俺の死んだことを小躍こおどりして喜んでいるだろうな。そして、ヤレヤレこれで安心だと、さぞのうのうした気でいるだろうな。ところが、どっこいそうは行かぬぞ。俺の身体は死んでも、俺の魂は貴様をやっつけるまでは決して死なないのだからな。なる程、貴様のあの馬鹿馬鹿しい用心は生きた人間には利目ききめがあるだろう。たしかに俺は手も足も出なかった。だがな、どんな厳重なしまりでも、すうっと、煙の様に通りぬけることの出来る魂という奴には、いくら貴様が大金持でも策の施しようがないだろう。おい、俺はな、身動きも出来ない大病にとっつかれて寝ている間に、こういうことを誓ったのだよ。この世で貴様をやっつけることが出来なければ、死んでから怨霊おんりょうになってきっと貴様をとり殺してやるということをな。何十日という間、俺は寝床の中でそればっかり考えていたぞ。その思いが通らないでどうするものか。用心しろ、怨霊のたたりというものはな、生きた人間の力よりもよっぽど恐しいものだぞ。

  • 江戸川乱歩「少年探偵団20意外また意外」別役みか朗読

    23.03 Jul 13, 2017
    江戸川乱歩「少年探偵団21 きみが二十面相だ」別役みか朗読

    11.65 Jul 21, 2017
    江戸川乱歩 少年探偵団22「逃走」別役みか朗読

    26.73 Sep 11, 2017

  • 江戸川乱歩「赤い部屋」二宮 隆朗読

    76.00 Jul 03, 2017

    異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろ天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子にもたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異な物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。
    七人の真中には、これも緋色の天鵞絨でおおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラとかすかに揺れながら燃えていた。
    部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かなひだを作って懸けられていた。ロマンチックな蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。
    いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物の心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさをもって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。
    誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛けた人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。
    やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

  • 江戸川乱歩 少年探偵団19「「天井の声」別役みか朗読

    もうこれで安心です。たとえ二十面相が予告どおりにやってきたとしても、黄金塔はまったく安全なのです。賊はとくいそうににせものをぬすみだしていくことでしょう。あの大泥棒をいっぱい食わせてやるなんて、じつにゆかいではありませんか。
    賊が床下などに気のつくはずはありませんが、でも、用心にこしたことはありません。大鳥氏はその晩から、ほんものの黄金塔のうずめてあるあたりの畳の上に、ふとんをしかせてねむることにしました。昼間も、その部屋から一歩も外へ出ない決心です。
    すると、みょうなことに「3」の字がてのひらにあらわれて以来、数字の予告がパッタリととだえてしまいました。ほんとうは、それには深いわけがあったのですけれど、大鳥氏はそこまで気がつきません。ただふしぎに思うばかりです。
    しかし、数字はあらわれないでも、盗難は二十五日の夜とはっきり言いわたされているのですから、けっして安心はできません。大鳥氏はそのあとの三日間を、塔のうずめてある部屋にがんばりつづけました。
    そして、とうとう二十五日の夜がきたのです。
    もう宵のうちから、大鳥氏と門野支配人は、にせ黄金塔をかざった座敷にすわりこんで、出入り口の板戸には中からかぎをかけてゆだんなく見張りをつづけていました。
    店のほうでも、店員一同、今夜こそ二十面相がやってくるのだと、いつもより早く店をしめてしまって、入り口という入り口にすっかりかぎをかけ、それぞれ持ち場をきめて、見はり番をするやら、こん棒片手に家中を巡回するやら、たいへんなさわぎでした。
    いかな魔法使いの二十面相でも、このような二重三重の、げんじゅうな警戒の中へ、どうしてはいってくることができましょう。彼はこんどこそ失敗するにちがいありません。もし、この中へしのびこんで、にせ黄金塔にもまよわされず、ほんものの宝物をぬすむことができるとすれば、二十面相は、もう魔法使いどころではありません。神さまです。盗賊の神さまです。
    警戒のうちに、だんだん夜がふけていきました。十時、十一時、十二時。表通りのざわめきも聞こえなくなり、家の中もシーンと静まりかえってきました。ただ、ときどき、巡回する店員の足音が、廊下にシトシトと聞こえるばかりです。
    奥の間では、大鳥氏と門野支配人が、さし向かいにすわって、置き時計とにらめっこをしていました。
    「門野君、ちょうど十二時だよ。ハハハ……、とうとうやっこさんやってこなかったね。十二時がすぎれば、もう二十六日だからね。約束の期限が切れるじゃないか。ハハハ……。」
    大鳥氏はやっと胸をなでおろして、笑い声をたてるのでした。
    「さようでございますね。さすがの二十面相も、このげんじゅうな見はりには、かなわなかったとみえますね。ハハハ……、いいきみでございますよ。」
    門野支配人も、怪盗をあざけるように笑いました。
    ところが、ふたりの笑い声の消えるか消えないかに、とつじょとして、どこからともなく、異様なしわがれ声がひびいてきたではありませんか。
    「おい、おい、まだ安心するのは早いぜ。二十面相の字引きには、不可能ということばがないのをわすれたかね。」
    それはじつになんともいえない陰気な、まるで墓場の中からでもひびいてくるような、いやあな感じの声でした。
    「おい、門野君、きみいま何か言いやしなかったかい。」
    大鳥氏はギョッとしたように、あたりを見まわしながら、しらがの支配人にたずねるのでした。
    「いいえ、私じゃございません。しかし、なんだかへんな声が聞こえたようでございますね。」
    門野老人は、けげんな声で、同じように左右を見まわしました。
    「おい、へんだぜ。ゆだんしちゃいけないぜ。きみ、廊下を見てごらん。戸の外にだれかいるんじゃないかい。」
    大鳥氏は、もうすっかり青ざめて、歯の根もあわぬありさまです。
    門野支配人は、主人よりもいくらか勇気があるとみえ、さしておそれるようすもなく、立っていって、かぎで戸をひらき、外の廊下を見わたしました。
    「だれもいやしません。おかしいですね。」
    老人がそういって、戸をしめようとすると、またしても、どこからともなく、あのしわがれ声が聞こえてきました。
    「なにをキョロキョロしているんだ、ここだよ。ここだよ。」
    陰にこもって、まるで水の中からでも、ものをいっているような感じです。何かしらゾーッと総毛立つような、お化けじみた声音こわねです。
    「やい、きさまはどこにいるんだ。いったい何者だッ。ここへ出てくるがいいじゃないか。」
    門野老人が、から元気をだして、どことも知れぬ相手にどなりつけました。
    「ウフフ……、どこにいると思うね。あててみたまえ……。だが、そんなことよりも、黄金塔は大じょうぶなのかね。二十面相は約束をたがえたりはしないはずだぜ。」
    「何をいっているんだ。黄金塔はちゃんと床の間にかざってあるじゃないか。盗賊なんかに指一本ささせるものか。」
    門野老人は部屋の中をむやみに歩きまわりながら、姿のない敵とわたりあいました。
    「ウフフフ……、おい、おい、番頭さん、きみは二十面相が、それほどお人よしだと思っているのかい。床の間のはにせもので、ほんものは土の中にうめてあることぐらい、おれが知らないとでもいうのかい。」
    それを聞くと、大鳥氏と支配人とは、ゾッとして顔を見あわせました。ああ、怪盗は秘密を知っていたのです。門野老人のせっかくの苦心はなんの役にも立たなかったのです。
    「おい、あの声は、どうやら天井裏らしいぜ。」
    大鳥氏はふと気がついたように、支配人の腕をつかんで、ヒソヒソとささやきました。
    いかにも、そういえば、声は天井の方角からひびいてくるようです。天井ででもなければ、ほかに人間ひとりかくれる場所なんて、どこにもないのです。
    「はあ、そうかもしれません。この天井の上に、二十面相のやつがかくれているのかもしれません。」
    支配人は、じっと天井を見あげて、ささやきかえしました。
    「早く、店の者を呼んでください。そしてかまわないから、天井板をはがして、泥棒をつかまえるようにいいつけてください。さ、早く、早く。」
    大鳥氏は、両手で門野老人をおしやるようにしながら、せきたてるのです。老人はおされるままに、廊下に出て、店員たちを呼びあつめるために、店のほうへ急いでいきました。
    やがて、三人のくっきょうな店員が、シャツ一枚の姿で、脚立きゃたつやこん棒などを持って、しのび足で、はいってきました。相手にさとられぬよう、ふいに天井板をはがして、賊を手どりにしようというわけです。
    門野老人の手まねのさしずにしたがって、ひとりの店員がこん棒を両手ににぎりしめ、脚立の上に乗ったかと思うと、勢いこめて、ヤッとばかりに、天井板をつきあげました。
    一つき、二つき、三つき、つづけざまにつきあげたものですから、天井板はメリメリという音をたててやぶれ、みるみる大きな穴があいてしまいました。
    「さあ、これで照らしてみたまえ。」
    支配人が懐中電燈をさしだしますと、脚立の上の店員は、それを受けとって、天井の穴から首をさし入れ、屋根裏のやみの中を、アチコチと見まわしました。
    大鳥時計店は、大部分がコンクリート建ての洋館で、この座敷は、あとからべつに建てました一階建ての日本間でしたから、屋根裏といっても、さほど広いわけでなく、一目で全体が見わたせるのです。
    「何もいませんよ。すみからすみまで電燈の光をあててみましたが、ネズミ一ぴきいやあしませんぜ。」
    店員はそういって、失望したように脚立をおりました。
    「そんなはずはないがなあ。わしが見てやろう。」
    こんどは門野支配人が、電燈を持って、脚立にのぼり、天井裏をのぞきこみました。しかし、そこのやみの中には、どこにも人間らしいものの姿はないのです。
    「おかしいですね。たしかに、このへんから聞こえてきたのですが……。」
    「いないのかい。」
    大鳥氏がやや安堵あんどしたらしく、たずねます。
    「ええ、まるっきりからっぽでございます。ほんとうにネズミ一ぴきいやあしません。」
    賊の姿はとうとう発見することができませんでした。では、いったいあのぶきみな声は、どこからひびいてきたのでしょう。むろん、縁の下ではありません。厚い畳の下の声が、あんなにすっきり聞こえるわけはないからです。
    といって、そのほかに、どこにかくれる場所がありましょう。ああ、魔術師二十面相は、またしてもえたいのしれぬ魔法を使いはじめたのです

    青空文庫より

  • 江戸川乱歩「接吻」二宮 隆朗読

  • 江戸川乱歩「心理試験」二宮 隆朗読

  • 江戸川乱歩 少年探偵団12「さかさの首」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団13 「屋上の怪人」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団14 「悪魔の昇天」別役みか朗読


    江戸川乱歩 少年探偵団15「怪軽気球の最後」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団16「黄金の塔」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団17「怪少女」別役みか朗読


    江戸川乱歩少年探偵団18「奇妙なはかりごと」別役みか朗読

  • 江戸川乱歩「算盤が恋を語る話」朗読二宮隆

  • 江戸川乱歩少年探偵団11「四つのなぞ」別役みか朗読

    江戸川乱歩少年探偵団12「さかさの首」別役みか朗読

    さかさの首

    明智探偵は、ふたりのインド人に部屋を貸していた洋館の主人春木氏に、一度会っていろいろきいてみたいというので、さっそく同氏に電話をかけて、つごうをたずねますと、昼間は少しさしつかえがあるから、夜七時ごろおいでくださいという返事でした。
    探偵は電話の約束をすませますと、すぐさま事務所を出かけました。春木氏に会うまでに、ほかにいろいろしらべておきたいことがあるからということでした。
    小林少年は、ぜひ、いっしょにつれていってください、とたのみましたが、きみは、まだつかれがなおっていないだろうからと、るす番を命じられてしまいました。
    それから明智探偵が、どこへ行って、何をしたか、それはまもなく読者諸君にわかるときがきますから、ここにはしるしません。その夜の七時に、探偵が春木氏の洋館をたずねたところから、お話をつづけましょう。
    青年紳士春木氏は、自分で玄関へ出むかえて、明智探偵の顔を見ますと、ニコニコと、さもうれしそうにしながら、
    「よくおいでくださいました。ご高名こうめいは、かねてうかがっております。いつか一度お目にかかってお話をうけたまわりたいものだとぞんじておりましたが、わざわざおたずねくださるなんて、こんなにうれしいことはありません。さあ、どうか。」
    と、二階のりっぱな応接室に案内しました。
    ふたりは、テーブルをはさんで、イスにかけましたが、初対面のあいさつをしているところへ、三十歳ぐらいの白いつめえりの上着を着た召し使いが、紅茶を運んできました。
    「わたしは、妻をなくしまして、ひとりぼっちなんです。家族といっては、このコックとふたりきりで、家が広すぎるものですから、あんなインド人なんかに部屋を貸したりして、とんだめにあいました。でも、たしかな紹介状を持ってきたものですから、つい信用してしまいましてね。」
    春木氏は、立ちさるコックのうしろ姿を、目で追いながら、いいわけするようにいうのでした。
    それをきっかけに、明智探偵は、いよいよ用件にはいりました。
    「じつは、あの夜のことを、あなたご自身のお口から、よくうかがいたいと思って、やってきたのですが、どうも、ふにおちないのは、ふたりのインド人が、わずかのあいだに消えうせてしまったことです。
    もう、ご承知でしょうが、子どもたちがむじゃきな探偵団をつくっていましてね。あの晩、中村係長たちが、ここへかけつける二十分ほどまえに、その子どもたちが、どの部屋ですか、ここの二階にふたりのインド人がいることを、ちゃんと、たしかめておいたのです。それが、警官たちよりも早くあなたがお帰りになったときに、もう、家の中にいなくなっていたというのは、じつにふしぎじゃありませんか。
    そのあいだじゅう、六人の子どもたちが、おたくのまわりに、げんじゅうな見はりをつづけていたのです。表門はもちろん、裏門からでも、あるいは塀を乗りこえてでも、インド人が逃げだしたとすれば、子どもたちの目をのがれることはできなかったはずです。」
    すると、春木氏はうなずいて、
    「ええ、わたしも、その点が、じつにふしぎでしかたがないのです。あいつらは、何かわれわれには想像もできない、妖術のようなものでもこころえていたのではないでしょうか。」
    と、いかにも、きみ悪そうな表情をしてみせました。
    「ところが、もう一つ、みょうなことがあるのですよ。あなたがお帰りになったのは、子どもたちがインド人がいることをたしかめてから、警官がくるまでのあいだでしたね。すると、そのときはもう、子どもたちは、ちゃんと見はりの部署についていたはずなのですが……、あなたは、むろん表門からおはいりになったのでしょうね。」
    「ええ、表門からはいりました。」
    「そのとき、表門には、ふたりの子どもが番をしていたのですよ。その子どもたちを、ごらんになりましたか。門柱のところに、番兵ばんぺいのように立っていたっていうのですが。」
    「ほう、そうですか。わたしはちっとも気がつきませんでしたよ。ちょうどそのとき、子どもたちがわきへ行っていたのかもしれませんね。げんじゅうな見はりといったところで、なにしろ年はもいかない小学生のことですから、あてにはなりませんでしょう。」
    「ところが、子どもというものはばかになりませんよ。何かに一心になると、おとなのように、ほかのことは考えませんからね。ぼくはこういうばあいには、おとなよりも子どものほうが信用がおけると思います。

    青空文庫より