西村俊彦

  • 西村俊彦田中智之朗読「火星の芝居」石川啄木

  • 西村俊彦,朗読「風博士」坂口安吾1935年版

    風博士

    坂口安吾

    諸君は、東京市某町某番地なる風博士の邸宅を御存じであろう? 御存じない。それは大変残念である。そして諸君は偉大なる風博士を御存知であろうか? ない。嗚呼ああ。では諸君は遺書だけが発見されて、偉大なる風博士自体はようとして紛失したことも御存知ないであろうか? ない。嗟乎ああ。では諸君は僕が其筋そのすじの嫌疑のために並々ならぬ困難を感じていることも御存じあるまい。しかし警察は知っていたのである。そして其筋の計算に由れば、偉大なる風博士は僕と共謀のうえ遺書を捏造ねつぞうして自殺を装い、かくてかの憎むべきたこ博士の名誉毀損をたくらんだに相違あるまいとにらんだのである。諸君、これは明らかに誤解である。何となれば偉大なる風博士は自殺したからである。果して自殺した乎? しかり、偉大なる風博士は紛失したのである。諸君は軽率に真理を疑っていいのであろうか? なぜならば、それは諸君の生涯に様々な不運をもたらすに相違ないからである。真理は信ぜらるべき性質のものであるから、諸君は偉大なる風博士の死を信じなければならない。そして諸君は、かの憎むべき蛸博士の――あ、諸君はかの憎むべき蛸博士を御存知であろうか? 御存じない。噫呼ああ、それは大変残念である。では諸君は、まず悲痛なる風博士の遺書を一読しなければなるまい。

  • 夾竹桃の家の女

    中島敦

    午後。風がすつかり呼吸を停めた。
    薄く空一面を蔽うた雲の下で、空気は水分に飽和して重く淀んでゐる。暑い。全く、どう逃れようもなく暑い。
    蒸風呂にはひり過ぎた様なけだるさに、一歩一歩重い足を引摺るやうにして、私は歩いて行く。足が重いのは、一週間ばかり寝付いたデング熱がまだ治り切らないせゐでもある。疲れる。呼吸いきが詰まるやうだ。
    眩暈を感じて足をとゞめる。道傍のウカル樹の幹に手を突いて身体を支へ、目を閉ぢた。デングの四十度の熱に浮かされた時の・数日前の幻覚が、再び瞼の裏に現れさうな気がする。其の時と同じ様に、目を閉ぢた闇の中を眩い光を放つ灼熱の白金の渦巻がぐるぐると廻り出す。いけない! と思つて直ぐに目を開く。
    ウカル樹の細かい葉一つそよがない。肩甲骨の下の所に汗が湧き、それが一つの玉となつて背中をツーツと伝はつて行くのがはつきり判る。何といふ静けさだらう! 村中眠つてゐるのだらうか。人も豚も鶏も蜥蜴とかげも、海も樹々も、しわぶき一つしない。
    少し疲れが休まると、又歩き出す。パラオ特有の滑らかな敷石路である。今日のやうな日では、島民達のやうに跣足はだしで此の石の上を歩いて見ても、大して冷たくはなささうだ。五六十歩りて、巨人の頬髯のやうに攀援はんえん類のまとひついた鬱蒼たる大榕樹の下迄来た時、始めて私は物音を聞いた。ピチヤ/\と水を撥ね返す音である。洗身場だなと思つて傍を見ると、敷石路から少し下へれる小径こみちがついてゐる。巨大な芋葉と羊歯しだとを透かしてチラと裸体の影を見たやうに思つた時、鋭い嬌声が響いた。つづいて、水を撥ね返して逃出す音が、忍び笑ひの声と交つて聞え、それが静まると、又元の静寂に返つた。疲れてゐるので、午後の水浴をしてゐる娘共にからかふ気も起らない。又、緩やかな石の坂道を下り続ける。
    夾竹桃が紅い花をむらがらせてゐる家の前まで来た時、私の疲れ(といふか、だるさといふか)は堪へ難いものになつて来た。私は其の島民の家に休ませて貰はうと思つた。家の前に一尺余りの高さに築いた六畳敷ほどの大石畳がある。それが此の家の先祖代々の墓なのだが、其の横を通つて、薄暗い家の中を覗き込むと、誰もゐない。太い丸竹を並べた床の上に、白い猫が一匹ねそべつてゐるだけである。猫は眼をさまして此方を見たが、一寸咎めるやうに鼻の上をしかめたきりで、又目を細くして寝て了つた。島民の家故、別に遠慮することもないので、勝手にあがばなに腰掛けて休むことにした。
    煙草に火をつけながら、家の前の大きな平たい墓と、その周囲に立つ六七本の檳榔びんろうの細い高い幹を眺める。パラオ人は――パラオ人ばかりではない。ポナペ人を除いた凡てのカロリン群島人は――檳榔の実を石灰に和して常に噛みたしなむので、家の前には必ず数本の此の樹を植ゑることにしてゐる。椰子よりも遥かに細くすらりとした檳榔の木立がちくとして立つてゐる姿は仲々に風情がある。檳榔と並んで、ずつと丈の低い夾竹桃が三四本、一杯に花をつけてゐる。墓の石畳の上にも点々と桃色の花が落ちてゐた。何処からか強い甘い匂の漂つて来るのは、多分この裏にでも印度素馨ジヤスミンが植わつてゐるのだらう。其の匂は今日のやうな日には却つて頭を痛くさせる位に強烈である。
    風は依然として無い。空気が濃く重くドロリと液体化して、生温い糊のやうにねば/\と皮膚にまとひつく。生温い糊のやうなものは頭にも浸透して来て、そこに灰色の靄をかける。関節の一つ一つがほごれた様にだるい。

    青空文庫より

  • 女仙

    芥川龍之介

    昔、支那シナある田舎に書生しょせいが一人住んでいました。何しろ支那のことですから、桃の花の咲いた窓の下に本ばかり読んでいたのでしょう。すると、この書生のうちの隣に年の若い女が一人、――それも美しい女が一人、たれも使わずに住んでいました。書生はこの若い女を不思議に思っていたのはもちろんです。実際また彼女の身の上をはじめ、彼女が何をして暮らしているかは誰一人知るものもなかったのですから。
    或風のない春の日の暮、書生はふと外へ出て見ると、何かこの若い女のののしっている声が聞えました。それはまたどこかの庭鳥にわとりがのんびりとときを作っているなかに、如何いかにも物ものしく聞えるのです。書生はどうしたのかと思いながら、彼女のいえの前へ行って見ました。するとまゆり上げた彼女は、年をとった木樵きこりのじいさんを引き据え、ぽかぽか白髪頭しらがあたまなぐっているのです。しかも木樵りの爺さんは顔中かおじゅうに涙を流したまま、ひらあやまりにあやまっているではありませんか!
    「これは一体どうしたのです? 何もこういう年よりを、擲らないでもいじゃありませんか!――」
    書生は彼女の手を抑え、熱心にたしなめにかかりました。
    「第一年上のものを擲るということは、修身の道にもはずれているわけです。」
    「年上のものを? この木樵りはわたしよりも年下です。」
    「冗談を言ってはいけません。」
    「いえ、冗談ではありません。わたしはこの木樵りの母親ですから。」
    書生は呆気あっけにとられたなり、思わず彼女の顔を見つめました。やっと木樵りを突き離した彼女は美しい、――というよりも凜々りりしい顔に血の色を通わせ、じろぎもせずにこう言うのです。
    「わたしはこのせがれのために、どの位苦労をしたかわかりません。けれども倅はわたしの言葉を聞かずに、我儘わがままばかりしていましたから、とうとう年をとってしまったのです。」
    「では、……この木樵りはもう七十位でしょう。そのまた木樵りの母親だというあなたは、一体いくつになっているのです?」
    「わたしですか? わたしは三千六百歳です。」
    書生はこういう言葉と一しょに、この美しい隣の女が仙人だったことに気づきました。しかしもうその時には、何か神々しい彼女の姿はたちまちどこかへ消えてしまいました。うらうらと春の日の照り渡った中に木樵りの爺さんを残したまま。……

  • 青空文庫名作文学の朗読 朗読カフェ 宮沢賢治 いちょうの実

    西村俊彦/二宮隆朗読「一人舞台」ストリンドベルヒ August Strindberg 森鴎外訳


    岡田慎平朗読 菊池寛「形」


    別役みか朗読島崎藤村「足袋」

     

  • 西村俊彦朗読「闇の絵巻」梶井基次郎

    闇の絵巻

    梶井基次郎

    最近東京を騒がした有名な強盗がつかまって語ったところによると、彼は何も見えない闇の中でも、一本の棒さえあれば何里でも走ることができるという。その棒を身体の前へ突き出し突き出しして、畑でもなんでも盲滅法めくらめつぽうに走るのだそうである。
    私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに爽快そうかい戦慄せんりつを禁じることができなかった。
    やみ! そのなかではわれわれは何を見ることもできない。より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る。こんななかでは思考することさえできない。何がるかわからないところへ、どうして踏み込んでゆくことができよう。勿論われわれはすり足でもして進むほかはないだろう。しかしそれは苦渋や不安や恐怖の感情で一ぱいになった一歩だ。その一歩を敢然と踏み出すためには、われわれは悪魔を呼ばなければならないだろう。裸足はだしあざみを踏んづける! その絶望への情熱がなくてはならないのである。
    闇のなかでは、しかし、もしわれわれがそうした意志を捨ててしまうなら、なんという深い安堵あんどがわれわれを包んでくれるだろう。この感情を思い浮かべるためには、われわれが都会で経験する停電を思い出してみればいい。停電して部屋が真暗になってしまうと、われわれは最初なんともいえない不快な気持になる。しかしちょっと気を変えて呑気のんきでいてやれと思うと同時に、その暗闇は電燈の下では味わうことのできないさわやかな安息に変化してしまう。
    深い闇のなかで味わうこの安息はいったいなにを意味しているのだろう。今は誰の眼からも隠れてしまった――今は巨大な闇と一如いちにょになってしまった――それがこの感情なのだろうか。
    私はながい間ある山間の療養地に暮らしていた。私はそこで闇を愛することを覚えた。昼間は金毛の兎が遊んでいるように見える谿たに向こうの枯萱山かれかややまが、夜になると黒ぐろとした畏怖いふに変わった。昼間気のつかなかった樹木が異形いぎょうな姿を空に現わした。夜の外出には提灯ちょうちんを持ってゆかなければならない。月夜というものは提灯のらない夜ということを意味するのだ。――こうした発見は都会から不意に山間へ行ったものの闇を知る第一階梯かいていである。
    私は好んで闇のなかへ出かけた。溪ぎわの大きなしいの木の下に立って遠い街道の孤独の電燈を眺めた。深い闇のなかから遠い小さな光を跳めるほど感傷的なものはないだろう。私はその光がはるばるやって来て、闇のなかの私の着物をほのかに染めているのを知った。またあるところでは溪の闇へ向かって一心に石を投げた。闇のなかには一本のゆずの木があったのである。石が葉を分けて戞々かつかつと崖へ当った。ひとしきりすると闇のなかからは芳烈な柚の匂いが立ちのぼって来た。
    こうしたことは療養地の身を噛むような孤独と切り離せるものではない。あるときは岬の港町へゆく自動車に乗って、わざと薄暮の峠へ私自身を遺棄された。深い溪谷が闇のなかへ沈むのを見た。夜が更けて来るにしたがって黒い山々の尾根が古い地球の骨のように見えて来た。彼らは私のいるのも知らないで話し出した。
    「おい。いつまで俺達はこんなことをしていなきゃならないんだ」
    私はその療養地の一本の闇の街道を今も新しい印象で思い出す。それはたにの下流にあった一軒の旅館から上流の私の旅館まで帰って来る道であった。溪に沿って道は少し上りになっている。三四町もあったであろうか。その間にはごく稀にしか電燈がついていなかった。今でもその数が数えられるように思うくらいだ。最初の電燈は旅館から街道へ出たところにあった。夏はそれに虫がたくさん集まって来ていた。一匹の青蛙あおがえるがいつもそこにいた。電燈の真下の電柱にいつもぴったりと身をつけているのである。しばらく見ていると、その青蛙はきまったように後足を変なふうに曲げて、背中をねをした。電燈から落ちて来る小虫がひっつくのかもしれない。いかにも五月蠅うるさそうにそれをやるのである。私はよくそれを眺めて立ち留っていた。いつも夜けでいかにも静かな眺めであった。

  • 西村俊彦朗読「愛撫」梶井基次郎

    愛撫
    梶井基次郎
     猫の耳というものはまことに可笑おかしなものである。薄べったくて、冷たくて、竹の子の皮のように、表には絨毛じゆうもうが生えていて、裏はピカピカしている。硬かたいような、柔らかいような、なんともいえない一種特別の物質である。私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやってみたくて堪たまらなかった。これは残酷な空想だろうか?
     否。まったく猫の耳の持っている一種不可思議な示唆しさ力によるのである。私は、家へ来たある謹厳な客が、膝へあがって来た仔猫の耳を、話をしながら、しきりに抓つねっていた光景を忘れることができない。
     このような疑惑は思いの外に執念深いものである。「切符切り」でパチンとやるというような、児戯に類した空想も、思い切って行為に移さない限り、われわれのアンニュイのなかに、外観上の年齢を遙はるかにながく生き延びる。とっくに分別のできた大人が、今もなお熱心に――厚紙でサンドウィッチのように挾んだうえから一思いに切ってみたら? ――こんなことを考えているのである! ところが、最近、ふとしたことから、この空想の致命的な誤算が曝露ばくろしてしまった。
     元来、猫は兎のように耳で吊つり下げられても、そう痛がらない。引っ張るということに対しては、猫の耳は奇妙な構造を持っている。というのは、一度引っ張られて破れたような痕跡が、どの猫の耳にもあるのである。その破れた箇所には、また巧妙な補片つぎが当っていて、まったくそれは、創造説を信じる人にとっても進化論を信じる人にとっても、不可思議な、滑稽な耳たるを失わない。そしてその補片つぎが、耳を引っ張られるときの緩ゆるめになるにちがいないのである。そんなわけで、耳を引っ張られることに関しては、猫はいたって平気だ。それでは、圧迫に対してはどうかというと、これも指でつまむくらいでは、いくら強くしても痛がらない。さきほどの客のように抓つねって見たところで、ごく稀まれにしか悲鳴を発しないのである。こんなところから、猫の耳は不死身のような疑いを受け、ひいては「切符切り」の危険にも曝さらされるのであるが、ある日、私は猫と遊んでいる最中に、とうとうその耳を噛かんでしまったのである。これが私の発見だったのである。噛まれるや否や、その下らない奴は、直ちに悲鳴をあげた。私の古い空想はその場で壊こわれてしまった。猫は耳を噛まれるのが一番痛いのである。悲鳴は最も微かすかなところからはじまる。だんだん強くするほど、だんだん強く鳴く。Crescendo のうまく出る――なんだか木管楽器のような気がする。
     私のながらくの空想は、かくの如くにして消えてしまった。しかしこういうことにはきりがないと見える。この頃、私はまた別なことを空想しはじめている。
     それは、猫の爪をみんな切ってしまうのである。猫はどうなるだろう? おそらく彼は死んでしまうのではなかろうか?
    青空文庫より

  • 西村俊彦朗読 「駈込み訴え」 太宰治

    駈込み訴え
    太宰治
     申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷ひどい。酷い。はい。厭いやな奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
     はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇かたきです。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所いどころを知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月ふたつきおそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈だ。人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。それなのに私はきょう迄まであの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄ちょうろうされて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそり庇かばってあげたか。誰も、ご存じ無いのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。知っているからこそ、尚更あの人は私を意地悪く軽蔑けいべつするのだ。あの人は傲慢ごうまんだ。私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜くやしいのだ。あの人は、阿呆なくらいに自惚うぬぼれ屋だ。私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引目ひけめででもあるかのように思い込んでいなさるのです。あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。あの人に一体、何が出来ましょう。なんにも出来やしないのです。私から見れば青二才だ。私がもし居らなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死じにしていたに違いない。「狐には穴あり、鳥には塒ねぐら、されども人の子には枕するところ無し」それ、それ、それだ。ちゃんと白状していやがるのだ。ペテロに何が出来ますか。ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴こけの集り、ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣、左大臣にでもなるつもりなのか、馬鹿な奴らだ。その日のパンにも困っていて、私がやりくりしてあげないことには、みんな飢え死してしまうだけじゃないのか。私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭さいせんを巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変な贅沢ぜいたくを言い、五つのパンと魚が二つ在るきりの時でさえ、目前の大群集みなに食物を与えよ、などと無理難題を言いつけなさって、私は陰で実に苦しいやり繰りをして、どうやら、その命じられた食いものを、まあ、買い調えることが出来るのです。謂いわば、私はあの人の奇蹟の手伝いを、危い手品の助手を、これまで幾度となく勤めて来たのだ。私はこう見えても、決して吝嗇りんしょくの男じゃ無い。それどころか私は、よっぽど高い趣味家なのです。私はあの人を、美しい人だと思っている。私から見れば、子供のように慾が無く、私が日々のパンを得るために、お金をせっせと貯ためたっても、すぐにそれを一厘残さず、むだな事に使わせてしまって。けれども私は、それを恨みに思いません。あの人は美しい人なのだ。
    青空文庫


  • 藪の中
    芥川龍之介
    検非違使けびいしに問われたる木樵きこりの物語

    さようでございます。あの死骸しがいを見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝けさいつもの通り、裏山の杉を伐きりに参りました。すると山陰やまかげの藪やぶの中に、あの死骸があったのでございます。あった処でございますか? それは山科やましなの駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩やせ杉の交まじった、人気ひとけのない所でございます。
    死骸は縹はなだの水干すいかんに、都風みやこふうのさび烏帽子をかぶったまま、仰向あおむけに倒れて居りました。何しろ一刀ひとかたなとは申すものの、胸もとの突き傷でございますから、死骸のまわりの竹の落葉は、蘇芳すほうに滲しみたようでございます。いえ、血はもう流れては居りません。傷口も乾かわいて居ったようでございます。おまけにそこには、馬蠅うまばえが一匹、わたしの足音も聞えないように、べったり食いついて居りましたっけ。
    太刀たちか何かは見えなかったか? いえ、何もございません。ただその側の杉の根がたに、縄なわが一筋落ちて居りました。それから、――そうそう、縄のほかにも櫛くしが一つございました。死骸のまわりにあったものは、この二つぎりでございます。が、草や竹の落葉は、一面に踏み荒されて居りましたから、きっとあの男は殺される前に、よほど手痛い働きでも致したのに違いございません。何、馬はいなかったか? あそこは一体馬なぞには、はいれない所でございます。何しろ馬の通かよう路とは、藪一つ隔たって居りますから。
    検非違使に問われたる旅法師たびほうしの物語
    あの死骸の男には、確かに昨日きのう遇あって居ります。昨日の、――さあ、午頃ひるごろでございましょう。場所は関山せきやまから山科やましなへ、参ろうと云う途中でございます。あの男は馬に乗った女と一しょに、関山の方へ歩いて参りました。女は牟子むしを垂れて居りましたから、顔はわたしにはわかりません。見えたのはただ萩重はぎがさねらしい、衣きぬの色ばかりでございます。馬は月毛つきげの、――確か法師髪ほうしがみの馬のようでございました。丈たけでございますか? 丈は四寸よきもございましたか? ――何しろ沙門しゃもんの事でございますから、その辺ははっきり存じません。男は、――いえ、太刀たちも帯びて居おれば、弓矢も携たずさえて居りました。殊に黒い塗ぬり箙えびらへ、二十あまり征矢そやをさしたのは、ただ今でもはっきり覚えて居ります。
    あの男がかようになろうとは、夢にも思わずに居りましたが、真まことに人間の命なぞは、如露亦如電にょろやくにょでんに違いございません。やれやれ、何とも申しようのない、気の毒な事を致しました。
    検非違使に問われたる放免ほうめんの物語
    わたしが搦からめ取った男でございますか? これは確かに多襄丸たじょうまると云う、名高い盗人ぬすびとでございます。もっともわたしが搦からめ取った時には、馬から落ちたのでございましょう、粟田口あわだぐちの石橋いしばしの上に、うんうん呻うなって居りました。時刻でございますか? 時刻は昨夜さくやの初更しょこう頃でございます。いつぞやわたしが捉とらえ損じた時にも、やはりこの紺こんの水干すいかんに、打出うちだしの太刀たちを佩はいて居りました。ただ今はそのほかにも御覧の通り、弓矢の類さえ携たずさえて居ります。さようでございますか? あの死骸の男が持っていたのも、――では人殺しを働いたのは、この多襄丸に違いございません。革かわを巻いた弓、黒塗りの箙えびら、鷹たかの羽の征矢そやが十七本、――これは皆、あの男が持っていたものでございましょう。はい。馬もおっしゃる通り、法師髪ほうしがみの月毛つきげでございます。その畜生ちくしょうに落されるとは、何かの因縁いんねんに違いございません。それは石橋の少し先に、長い端綱はづなを引いたまま、路ばたの青芒あおすすきを食って居りました。
    この多襄丸たじょうまると云うやつは、洛中らくちゅうに徘徊する盗人の中でも、女好きのやつでございます。昨年の秋鳥部寺とりべでらの賓頭盧びんずるの後うしろの山に、物詣ものもうでに来たらしい女房が一人、女めの童わらわと一しょに殺されていたのは、こいつの仕業しわざだとか申して居りました。その月毛に乗っていた女も、こいつがあの男を殺したとなれば、どこへどうしたかわかりません。差出さしでがましゅうございますが、それも御詮議ごせんぎ下さいまし。
    青空文庫より

  • えうれか 第二回公演岸田國士 短編四作品上演えうれか 第二回公演岸田國士 短編四作品上演

    『岸田國士 短編四作品上演』/えうれか
    2015年11月20日 12:00
    昨年出演しました団体・えうれか
    の公演に、再び出演致します。

    今回は岸田國士作品。

    えうれか 第二回公演
    『岸田國士 短編四作品上演』
    作:岸田國士
    演出:花村雅子

    :演目/出演者:

    「ヂアロオグ・プランタニエ」
    黒沢佳奈<火遊び>
    梢栄

    「命を弄ぶ男ふたり」
    大塚 公祐(劇団InnocentSphere)
    垣内 健吾

    「ぶらんこ」
    上田晃之
    佐々木史(劇団mahoroba+α)

    「恋愛恐怖病」
    西村俊彦
    大森茉利子(あやめ十八番)
    奥田一平

    舞台監督:佐藤秀憲(ステージメイツ)
    照明:松本永(eimatsumoto Co.Ltd)
    照明操作:吉村愛子
    音響:瀬野豪志(蘇音)
    美術:北川 聖子
    演奏:久保山有造[ヴィオラ]、山田直敬[ヴィオラ]、松岡祐子[パーカッション]
    制作/宣伝美術:森慶太(gekipon)
    当日運営にむらかおり

    :日程:

    2015年12月8日(火) ~ 12月13日(日)

    8日(火)18:30(ヂ・命・ぶ・恋) ※公開ゲネプロ
    9日(水)19:00(ヂ・命・ぶ・恋)
    10日(木)15:00 (ヂ・命)/19:30 (ぶ・恋)
    11日(金)15:00(ヂ・命)/19:30 (ぶ・恋)
    12日(土)13:00(ヂ・命・ぶ・恋)/19 :00( ヂ・命・ぶ・恋 )
    13日(日)13:00(ヂ・命・ぶ・恋)

    :会場:
    渋谷 ギャラリー・ルデコ 5階

    :料金:
    四作品上演 2,200円 /二作品上演 1,500円/公開ゲネプロ 1,000円

    ※全席自由です。先着順の入場となります。
    ※四作品上演は途中に10分の休憩が入ります。
    ※二作品上演をご覧のお客様は、他の二作品上演回を700円でご覧いただけます。