小川未明

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  • 小川未明「犬と人と花」あまね朗読

  • 小川未明「犬と古洋傘」小森彩矢朗読

  • 小川未明「生きた人形」別役みか朗読

  • 小川未明「一銭銅貨」別役みか朗読

  • 小川未明「金の輪」駒形美英朗読

    6.68 Jul 19, 2018

    +目次

    太郎は長いあいだ、病気びょうきでふしていましたが、ようやくとこからはなれて出られるようになりました。けれどまだ三月の末で、朝と晩には寒いことがありました。
    だから、日のあたっているときには、外へ出てもさしつかえなかったけれど、晩がたになると早く家へはいるように、おかあさんからいいきかされていました。
    まだ、さくらの花も、ももの花も咲くには早うございましたけれど、うめだけが、かきねのきわに咲いていました。そして、雪もたいてい消えてしまって、ただ大きな寺のうらや、はたけのすみのところなどに、いくぶんか消えずにのこっているくらいのものでありました。
    太郎は、外に出ましたけれど、往来おうらいにはちょうど、だれも友だちが遊んでいませんでした。みんな天気がよいので、遠くの方まで遊びに行ったものとみえます。もし、この近所であったら、自分も行ってみようと思って、耳をすましてみましたけれど、それらしい声などはきこえなかったのであります。
    ひとりしょんぼりとして、太郎は家のまえに立っていましたが、畑には去年とりのこした野菜やさいなどが、新しくみどり色の芽をふきましたので、それを見ながら細い道を歩いていました。
    すると、よい金の輪のふれあう音がして、ちょうどすずを鳴らすようにきこえてきました。
    かなたを見ますと、往来の上をひとりの少年が、輪をまわしながら、走ってきました。そして、その輪は金色きんいろに光っていました。太郎は目を見はりました。かつてこんなに美しく光る輪を見なかったからであります。しかも、少年のまわしてくる金の輪は二つで、それがたがいにふれあって、よい音色ねいろをたてるのであります。太郎はかつてこんなに手ぎわよく輪をまわす少年を見たことがありません。いったいだれだろうと思って、かなたの往来を走って行く少年の顔をながめましたが、まったく見おぼえのない少年でありました。
    この知らぬ少年は、その往来をすぎるときに、ちょっと太郎の方をむいて微笑びしょうしました。ちょうど知った友だちにむかってするように、なつかしげに見えました。

    輪をまわして行く少年のすがたは、やがて白い道の方に消えてしまいました。けれど、太郎はいつまでも立って、そのゆくえを見まもっていました。
    太郎は、「だれだろう。」と、その少年のことを考えました。いつこの村へこしてきたのだろう? それとも遠い町の方から、遊びにきたのだろうかと思いました。
    あくる日の午後、太郎はまた畑の中に出てみました。すると、ちょうどきのうとおなじ時刻じこくに輪の鳴る音がきこえてきました。太郎はかなたの往来を見ますと、少年が二つの輪をまわして、走ってきました。その輪は金色にかがやいて見えました。少年はその往来をすぎるときに、こちらをむいて、きのうよりもいっそうなつかしげに、ほおえんだのであります。そして、なにかいいたげなようすをして、ちょっとくびをかしげましたが、ついそのまま行ってしまいました。
    太郎は畑の中に立って、しょんぼりとして、少年のゆくえを見おくりました。いつしかそのすがたは、白い道のかなたに消えてしまったのです。けれど、いつまでもその少年の白い顔と、微笑とが太郎の目にのこっていて、とれませんでした。
    「いったい、だれだろう。」と、太郎はふしぎに思えてなりませんでした。今まで一ども見たことがない少年だけれど、なんとなくいちばんしたしい友だちのような気がしてならなかったのです。
    あしたばかりは、ものをいってお友だちになろうと、いろいろ空想をえがきました。やがて、西の空が赤くなって、日暮れがたになりましたから、太郎は家の中にはいりました。
    その晩、太郎は母親にむかって、二日もおなじ時刻に、金の輪をまわして走っている少年のことを語りました。母親は信じませんでした。
    太郎は、少年と友だちになって、自分は少年から金の輪を一つわけてもらって、往来の上をふたりでどこまでも走って行くゆめを見ました。そして、いつしかふたりは、赤い夕やけ空の中にはいってしまった夢をみました。
    あくる日から、太郎はまたねつが出ました。そして、二三日めに七つでなくなりました。

  • 小川未明「銀のつえ」駒形美英朗読

    13.98 Jul 10, 2018

    あるところに、いつもあそあるいているおとこがありました。にいさんや、いもうとは、いくたびかれに、仕事しごとをはげむようにいったかしれません。けれど、それにはみみかたむけず、まちのカフェーへいって、外国がいこくさけんだり、紅茶こうちゃきっしたりして、終日いちんちぼんやりとらすことがおおかったのでした。
    かれは、そこで蓄音機ちくおんき音楽おんがくをきいたり、また、あるときは劇場げきじょうへオペラをにいったり、おもしろくらしていたのでありました。
    あるのこと、かれは、テーブルのうえに、いくつもコップをならべて、いい気持きもちにってしまったのです。そして、コップのなかにはいった、みどりあおあか、いろいろのさけいろに、ぼんやりとれていますと、うとうとと居眠いねむりをしたのでした。
    もう、いつのまにか、は、とっぷりとれてしまいました。
    「ああ、もうかえらなければならない。」と、かれはいって、そのカフェーからそとたのでした。かれあしは、ふらふらしていました。そして、まだ、みみには、けさしがたまでいていた、いい音楽おんがくのしらべがついているようでありました。
    よるそらは、ぬぐったガラスのように、うるおいをふくんでいました。つきがまんまるくそらがって、あたりの建物たてものや、また森影もりかげなどが、たようにられたのであります。
    かれは、さびしい、ひろ往来おうらいあるいてきますと、ふいに、そこへわきたように、一人ひとりのおじいさんがあらわれました。そのおじいさんは、しろいひげをはやしていました。そして、ひかるつえをっていました。そのつえは、ぎんつくられたようにおもわれます。
    おじいさんは、かれあるいているって、みちをふさぎました。かれは、あたまげて、おじいさんをだまってながめたのです。
    おじいさんは、なにか、ものをいいたげなかおをしながら、しばらく、くちをつぐんでかれのようすを見守みまもっていました。かれは、このおじいさんをると、なんとなくからだじゅうが、ぞっとして、がよだちました。おじいさんのは、こおりのようにつめたいひかりはなって、すようにするどかったからであります。
    それよりも、かれは、このおじいさんを、かつてどこかでたことがあるようながしました。子供こども時分じぶんにきいたお伽噺とぎばなしなかてきたおじいさんのようにも、また、なにかのほんいてあったなかのおじいさんのようにも、また、かれ音楽おんがくいている時分じぶんに、あたまなか空想くうそうしたおじいさんのようにも、……であったかもしれなかったのでありました。
    「おまえは、わしたことがない。けれど、空想くうそうしたことはあったはずだ。おまえはわしをなんとおもうのだ。」と、おじいさんは、重々おもおもしい口調くちょうでいいました。
    かれは、こたえることをらずに、うなだれていました。
    「おまえは、わしおもうようにしなければならないだろう……。おまえは、まだとしわかいのに、あそぶことしかかんがえていない。そして、いくら、いましめるものがあっても、おまえは、それにたいしてみみをかさなかった。」と、おじいさんは、いいました。
    かれは、ちからなくうなだれていたのです。
    「おまえのいのちってしまってはやくにたたない。いま、ほんとうにころすのではない。一、おまえをねむらせるまでだ。なんでもおまえは、わしのいうことにしたがわなければならない。おまえは、わしこすときまで、はかなかにはいってねむれ……。」と、おじいさんはいって、ひかったつえで地面じめんつよくたたきました。かれは、そのままみちうえたおれてしまったのです。
    おじいさんの姿すがたは、まもなく、どこかにえてしまいました。そして、みちうえに、おとこは、たおれていました。
    かれあにや、いもうとや、また、カフェーのおかみさんたちは、みんな年若としわかくしてんだ、かれをかわいそうにおもいました。かれからだくろはこなかれて、墓地ぼちへはこんでほうむったのであります。
    くろはこは、おとこをいれてなかめられました。それから、はるあめは、この墓地ぼちにもりそそぎました。はかほとりにあった木々きぎは、いくたびも若芽わかめをふきました。そして、あきになると、それらのは、かなしいうたをうたって、そらんだのであります。おとこつちなかで、オペラのゆめていました。こちょうのような、少女しょうじょ舞台ぶたいんでいます。おとこは、また、いつものカフェーにいって、テーブルのうえに、いろいろのいろをしたさけいであるコップをならべて、それをながめながらんでいるゆめていました。おとこにとっては、それは、ほんのわずかばかりのあいだでした。ふいに、かれは、こされたのであります。
    「さあ、わしについてくるがいい。」と、ぎんのつえをったおじいさんがいいましたので、おとこは、ついてゆきますと、やがて、かれは、さびしい墓場はかばたのであります。
    「おまえのはかは、これだった。このしたに、いままでおまえは、ねむっていたのだ。」と、おじいさんは、一つの墓石はかいししました。
    しろ大理石だいりせきはかてられていました。そして、それには、自分じぶんきざまれていました。にいさんが、てられたということがすぐわかりました。
    また、はかのまわりには、うつくしいはながたくさんえられていました。それは、やさしい自分じぶんいもうとえてくれたということがわかりました。かれは、んでからも、自分じぶんにやさしかった、あにや、いもうとおもうと、なつかしきにたえられなかったのです。はやかえって、あにや、いもうとに、あいたいとおもいました。
    「いや、おまえは、自由じゆうに、どこへもゆくことはできないのだ。ただ、わしについてくればいい。わしは、おまえがたいというひとたちに、あわせてやろう……。」と、おじいさんは、つめたいでじっとながらいいました。
    「おまえは、にいさんをたいだろう?」と、ぎんのつえをった、おじいさんは、いいました。
    かれは、うなずきました。
    「つれていってやろう。けれど、こえをみだりにたててはならない。もし、わしのいうことをきかないときは、このつえでなぐる。するとおまえのからだは、微塵みじんくだけてしまうぞ。」と、おじいさんはいいました。
    かれは、おじいさんのあとについてゆきました。そして、なつかしいまえつと、だいぶんあたりのようすがわっていました。
    「どうして、わずかのあいだに、あたりがわったのだろう?」と、かれは、不思議ふしぎおもいました。
    「あの白髪しらがはたらいているひとは、だれだろう?」と、かれは、たずねました。
    「おまえのにいさんだ。」と、おじいさんは、いいました。
    かれは、びっくりしてしまいました。どうして、なにもかもわずかなうちにわってしまったのだろう?
    いもうとは、どうしたろうか。」と、かれは、いいました。
    「いま、つれていってやる――だまって、ついてこい。」と、おじいさんは、さきになってあるきました。そして、いろいろのまちとおって、あるいえまえにきました。
    「あすこにすわっているのが、おまえのいもうとだ。」と、おじいさんは、いいました。
    そこには、かおじわのったおんながすわって、針仕事はりしごとをしていました。子供こども二人ふたりばかりそばであそんでいました。かれは、よく、そのおんなていましたが、まったく、自分じぶんいもうとかおであるとりますと、ふかい、ためいきをもらしたのです。
    「おまえのよくいった、カフェーをたいだろう。」と、おじいさんはいいました。
    かれは、うなずきますと、おじいさんは、さきになってあるきました。やがて、見覚みおぼえのあるまちました。そこには、かれのよくいったカフェーがありました。
    らないおとこが、さけんだり、ソーダすいんだり、また、蓄音機ちくおんきをかけたりして時間じかんついやしていました。いつか、自分じぶんがそうであったのだ、かれおもってていました。そのとき、しろいエプロンをかけた、ひくおんなが、帳場ちょうばにあらわれました。そのおんなこそ、かれがいった時分じぶんには、まだわかかったこのみせのおかみさんであったのです。
    「ああ。」と、かれは、ためいきをもらしました。
    おじいさんは、さきになって、そのみせまえり、あちらへあるいてゆきました。かれは、だまって、そのあとについてゆきますと、いつしか、さびしいところにて、はしうえにきたのであります。
    おじいさんは、このとき、かれほういて、
    「おまえは、兄妹きょうだい、カフェーのひとたちに、もう一あって、はなしをしたいとおもうか。それとも、あのしずかなはかなかかえりたいとおもうか。」とたずねました。
    かれは、どういって、返事へんじをしたらいいかわかりませんでした。
    「どうか、しばらくかんがえさしてください。」と、かれたのみました。
    日暮ひぐがたわしは、また、ここへやってくる。それまでによくかんがえたがいい。」と、おじいさんはいって、どこへか姿すがたしてしまいました。
    かれは、ひとり、はし欄干らんかんにもたれて、みずながれをながらかんがえていました。もうあきで、あちらの木立こだちは、いろづいて、かぜに、っていました。
    ふとがついて、かれは、自身じしんからだまわしますと、いつのまに、としったものか、みすぼらしい老人ろうじんになっていました。昔話むかしばなしに、よくこれにたことがあったのをききましたが、かれは、いまそれが自分じぶんうえであることにおどろき、おそれたのであります。
    れて、つきました。そのひかりはさびしくみずうえかがやきました。そのときかれは、おじいさんのついているぎんのつえがつきひかりらされて青白あおじろひかったのをました。おじいさんはかれまえっていました。
    わたしは、はかかえります。」と、かれは、いいました。
    おじいさんはさきって、かれはあとについて、だまってあるいてゆきました。

  • 小川未明「青い草」駒形美英朗読

    12.33 Jun 05, 2018

    うさぎいしかのやま ぶなりしかのかわ
    ゆめいまもめぐりて わすれがたき故郷ふるさと

    みちいそ人々ひとびとなかには、まって、じっとみみをすます青年せいねんがありました。また、おんなひとがありました。そのひとたちは、しまいまでそのうたきとれていました。

    こころざしをはたして いつのにかかえらん
    やまはあおき故郷ふるさと みずきよ故郷ふるさと

    と、父親ちちおやが、うたいわったときに、あちらからも、こちらからも、おあし二人ふたりまえちたのであります。義坊よしぼうひろうのに夢中むちゅうでありました。
    やがて、くさしろはなが、うすやみなかにほんのりとわからなくなるころ、あわれな父親ちちおやのたもとにすがりながら、いさんでかえっていく子供こどもがありました。それは義坊よしぼうであります。
    しずみがちにある父親ちちおやかって、
    「ねえ、おとうちゃん、きょうはよかったね。また、あしたもあんなうたきなさいよ。」と、いったのでありました。

  • 小川未明「金の輪」物袋綾子朗読

    太郎は長いあいだ、病気びょうきでふしていましたが、ようやくとこからはなれて出られるようになりました。けれどまだ三月の末で、朝と晩には寒いことがありました。
    だから、日のあたっているときには、外へ出てもさしつかえなかったけれど、晩がたになると早く家へはいるように、おかあさんからいいきかされていました。
    まだ、さくらの花も、ももの花も咲くには早うございましたけれど、うめだけが、かきねのきわに咲いていました。そして、雪もたいてい消えてしまって、ただ大きな寺のうらや、はたけのすみのところなどに、いくぶんか消えずにのこっているくらいのものでありました。
    太郎は、外に出ましたけれど、往来おうらいにはちょうど、だれも友だちが遊んでいませんでした。みんな天気がよいので、遠くの方まで遊びに行ったものとみえます。もし、この近所であったら、自分も行ってみようと思って、耳をすましてみましたけれど、それらしい声などはきこえなかったのであります。
    ひとりしょんぼりとして、太郎は家のまえに立っていましたが、畑には去年とりのこした野菜やさいなどが、新しくみどり色の芽をふきましたので、それを見ながら細い道を歩いていました。
    すると、よい金の輪のふれあう音がして、ちょうどすずを鳴らすようにきこえてきました。
    かなたを見ますと、往来の上をひとりの少年が、輪をまわしながら、走ってきました。そして、その輪は金色きんいろに光っていました。太郎は目を見はりました。かつてこんなに美しく光る輪を見なかったからであります。しかも、少年のまわしてくる金の輪は二つで、それがたがいにふれあって、よい音色ねいろをたてるのであります。太郎はかつてこんなに手ぎわよく輪をまわす少年を見たことがありません。いったいだれだろうと思って、かなたの往来を走って行く少年の顔をながめましたが、まったく見おぼえのない少年でありました。
    この知らぬ少年は、その往来をすぎるときに、ちょっと太郎の方をむいて微笑びしょうしました。ちょうど知った友だちにむかってするように、なつかしげに見えました。

  • 小川未明「駄馬と百姓」田中智之朗読