小川未明

  • 小川未明「金の輪」駒形美英朗読

    6.68 Jul 19, 2018

    +目次

    太郎は長いあいだ、病気びょうきでふしていましたが、ようやくとこからはなれて出られるようになりました。けれどまだ三月の末で、朝と晩には寒いことがありました。
    だから、日のあたっているときには、外へ出てもさしつかえなかったけれど、晩がたになると早く家へはいるように、おかあさんからいいきかされていました。
    まだ、さくらの花も、ももの花も咲くには早うございましたけれど、うめだけが、かきねのきわに咲いていました。そして、雪もたいてい消えてしまって、ただ大きな寺のうらや、はたけのすみのところなどに、いくぶんか消えずにのこっているくらいのものでありました。
    太郎は、外に出ましたけれど、往来おうらいにはちょうど、だれも友だちが遊んでいませんでした。みんな天気がよいので、遠くの方まで遊びに行ったものとみえます。もし、この近所であったら、自分も行ってみようと思って、耳をすましてみましたけれど、それらしい声などはきこえなかったのであります。
    ひとりしょんぼりとして、太郎は家のまえに立っていましたが、畑には去年とりのこした野菜やさいなどが、新しくみどり色の芽をふきましたので、それを見ながら細い道を歩いていました。
    すると、よい金の輪のふれあう音がして、ちょうどすずを鳴らすようにきこえてきました。
    かなたを見ますと、往来の上をひとりの少年が、輪をまわしながら、走ってきました。そして、その輪は金色きんいろに光っていました。太郎は目を見はりました。かつてこんなに美しく光る輪を見なかったからであります。しかも、少年のまわしてくる金の輪は二つで、それがたがいにふれあって、よい音色ねいろをたてるのであります。太郎はかつてこんなに手ぎわよく輪をまわす少年を見たことがありません。いったいだれだろうと思って、かなたの往来を走って行く少年の顔をながめましたが、まったく見おぼえのない少年でありました。
    この知らぬ少年は、その往来をすぎるときに、ちょっと太郎の方をむいて微笑びしょうしました。ちょうど知った友だちにむかってするように、なつかしげに見えました。

    輪をまわして行く少年のすがたは、やがて白い道の方に消えてしまいました。けれど、太郎はいつまでも立って、そのゆくえを見まもっていました。
    太郎は、「だれだろう。」と、その少年のことを考えました。いつこの村へこしてきたのだろう? それとも遠い町の方から、遊びにきたのだろうかと思いました。
    あくる日の午後、太郎はまた畑の中に出てみました。すると、ちょうどきのうとおなじ時刻じこくに輪の鳴る音がきこえてきました。太郎はかなたの往来を見ますと、少年が二つの輪をまわして、走ってきました。その輪は金色にかがやいて見えました。少年はその往来をすぎるときに、こちらをむいて、きのうよりもいっそうなつかしげに、ほおえんだのであります。そして、なにかいいたげなようすをして、ちょっとくびをかしげましたが、ついそのまま行ってしまいました。
    太郎は畑の中に立って、しょんぼりとして、少年のゆくえを見おくりました。いつしかそのすがたは、白い道のかなたに消えてしまったのです。けれど、いつまでもその少年の白い顔と、微笑とが太郎の目にのこっていて、とれませんでした。
    「いったい、だれだろう。」と、太郎はふしぎに思えてなりませんでした。今まで一ども見たことがない少年だけれど、なんとなくいちばんしたしい友だちのような気がしてならなかったのです。
    あしたばかりは、ものをいってお友だちになろうと、いろいろ空想をえがきました。やがて、西の空が赤くなって、日暮れがたになりましたから、太郎は家の中にはいりました。
    その晩、太郎は母親にむかって、二日もおなじ時刻に、金の輪をまわして走っている少年のことを語りました。母親は信じませんでした。
    太郎は、少年と友だちになって、自分は少年から金の輪を一つわけてもらって、往来の上をふたりでどこまでも走って行くゆめを見ました。そして、いつしかふたりは、赤い夕やけ空の中にはいってしまった夢をみました。
    あくる日から、太郎はまたねつが出ました。そして、二三日めに七つでなくなりました。

  • 小川未明「銀のつえ」駒形美英朗読

    13.98 Jul 10, 2018

    あるところに、いつもあそあるいているおとこがありました。にいさんや、いもうとは、いくたびかれに、仕事しごとをはげむようにいったかしれません。けれど、それにはみみかたむけず、まちのカフェーへいって、外国がいこくさけんだり、紅茶こうちゃきっしたりして、終日いちんちぼんやりとらすことがおおかったのでした。
    かれは、そこで蓄音機ちくおんき音楽おんがくをきいたり、また、あるときは劇場げきじょうへオペラをにいったり、おもしろくらしていたのでありました。
    あるのこと、かれは、テーブルのうえに、いくつもコップをならべて、いい気持きもちにってしまったのです。そして、コップのなかにはいった、みどりあおあか、いろいろのさけいろに、ぼんやりとれていますと、うとうとと居眠いねむりをしたのでした。
    もう、いつのまにか、は、とっぷりとれてしまいました。
    「ああ、もうかえらなければならない。」と、かれはいって、そのカフェーからそとたのでした。かれあしは、ふらふらしていました。そして、まだ、みみには、けさしがたまでいていた、いい音楽おんがくのしらべがついているようでありました。
    よるそらは、ぬぐったガラスのように、うるおいをふくんでいました。つきがまんまるくそらがって、あたりの建物たてものや、また森影もりかげなどが、たようにられたのであります。
    かれは、さびしい、ひろ往来おうらいあるいてきますと、ふいに、そこへわきたように、一人ひとりのおじいさんがあらわれました。そのおじいさんは、しろいひげをはやしていました。そして、ひかるつえをっていました。そのつえは、ぎんつくられたようにおもわれます。
    おじいさんは、かれあるいているって、みちをふさぎました。かれは、あたまげて、おじいさんをだまってながめたのです。
    おじいさんは、なにか、ものをいいたげなかおをしながら、しばらく、くちをつぐんでかれのようすを見守みまもっていました。かれは、このおじいさんをると、なんとなくからだじゅうが、ぞっとして、がよだちました。おじいさんのは、こおりのようにつめたいひかりはなって、すようにするどかったからであります。
    それよりも、かれは、このおじいさんを、かつてどこかでたことがあるようながしました。子供こども時分じぶんにきいたお伽噺とぎばなしなかてきたおじいさんのようにも、また、なにかのほんいてあったなかのおじいさんのようにも、また、かれ音楽おんがくいている時分じぶんに、あたまなか空想くうそうしたおじいさんのようにも、……であったかもしれなかったのでありました。
    「おまえは、わしたことがない。けれど、空想くうそうしたことはあったはずだ。おまえはわしをなんとおもうのだ。」と、おじいさんは、重々おもおもしい口調くちょうでいいました。
    かれは、こたえることをらずに、うなだれていました。
    「おまえは、わしおもうようにしなければならないだろう……。おまえは、まだとしわかいのに、あそぶことしかかんがえていない。そして、いくら、いましめるものがあっても、おまえは、それにたいしてみみをかさなかった。」と、おじいさんは、いいました。
    かれは、ちからなくうなだれていたのです。
    「おまえのいのちってしまってはやくにたたない。いま、ほんとうにころすのではない。一、おまえをねむらせるまでだ。なんでもおまえは、わしのいうことにしたがわなければならない。おまえは、わしこすときまで、はかなかにはいってねむれ……。」と、おじいさんはいって、ひかったつえで地面じめんつよくたたきました。かれは、そのままみちうえたおれてしまったのです。
    おじいさんの姿すがたは、まもなく、どこかにえてしまいました。そして、みちうえに、おとこは、たおれていました。
    かれあにや、いもうとや、また、カフェーのおかみさんたちは、みんな年若としわかくしてんだ、かれをかわいそうにおもいました。かれからだくろはこなかれて、墓地ぼちへはこんでほうむったのであります。
    くろはこは、おとこをいれてなかめられました。それから、はるあめは、この墓地ぼちにもりそそぎました。はかほとりにあった木々きぎは、いくたびも若芽わかめをふきました。そして、あきになると、それらのは、かなしいうたをうたって、そらんだのであります。おとこつちなかで、オペラのゆめていました。こちょうのような、少女しょうじょ舞台ぶたいんでいます。おとこは、また、いつものカフェーにいって、テーブルのうえに、いろいろのいろをしたさけいであるコップをならべて、それをながめながらんでいるゆめていました。おとこにとっては、それは、ほんのわずかばかりのあいだでした。ふいに、かれは、こされたのであります。
    「さあ、わしについてくるがいい。」と、ぎんのつえをったおじいさんがいいましたので、おとこは、ついてゆきますと、やがて、かれは、さびしい墓場はかばたのであります。
    「おまえのはかは、これだった。このしたに、いままでおまえは、ねむっていたのだ。」と、おじいさんは、一つの墓石はかいししました。
    しろ大理石だいりせきはかてられていました。そして、それには、自分じぶんきざまれていました。にいさんが、てられたということがすぐわかりました。
    また、はかのまわりには、うつくしいはながたくさんえられていました。それは、やさしい自分じぶんいもうとえてくれたということがわかりました。かれは、んでからも、自分じぶんにやさしかった、あにや、いもうとおもうと、なつかしきにたえられなかったのです。はやかえって、あにや、いもうとに、あいたいとおもいました。
    「いや、おまえは、自由じゆうに、どこへもゆくことはできないのだ。ただ、わしについてくればいい。わしは、おまえがたいというひとたちに、あわせてやろう……。」と、おじいさんは、つめたいでじっとながらいいました。
    「おまえは、にいさんをたいだろう?」と、ぎんのつえをった、おじいさんは、いいました。
    かれは、うなずきました。
    「つれていってやろう。けれど、こえをみだりにたててはならない。もし、わしのいうことをきかないときは、このつえでなぐる。するとおまえのからだは、微塵みじんくだけてしまうぞ。」と、おじいさんはいいました。
    かれは、おじいさんのあとについてゆきました。そして、なつかしいまえつと、だいぶんあたりのようすがわっていました。
    「どうして、わずかのあいだに、あたりがわったのだろう?」と、かれは、不思議ふしぎおもいました。
    「あの白髪しらがはたらいているひとは、だれだろう?」と、かれは、たずねました。
    「おまえのにいさんだ。」と、おじいさんは、いいました。
    かれは、びっくりしてしまいました。どうして、なにもかもわずかなうちにわってしまったのだろう?
    いもうとは、どうしたろうか。」と、かれは、いいました。
    「いま、つれていってやる――だまって、ついてこい。」と、おじいさんは、さきになってあるきました。そして、いろいろのまちとおって、あるいえまえにきました。
    「あすこにすわっているのが、おまえのいもうとだ。」と、おじいさんは、いいました。
    そこには、かおじわのったおんながすわって、針仕事はりしごとをしていました。子供こども二人ふたりばかりそばであそんでいました。かれは、よく、そのおんなていましたが、まったく、自分じぶんいもうとかおであるとりますと、ふかい、ためいきをもらしたのです。
    「おまえのよくいった、カフェーをたいだろう。」と、おじいさんはいいました。
    かれは、うなずきますと、おじいさんは、さきになってあるきました。やがて、見覚みおぼえのあるまちました。そこには、かれのよくいったカフェーがありました。
    らないおとこが、さけんだり、ソーダすいんだり、また、蓄音機ちくおんきをかけたりして時間じかんついやしていました。いつか、自分じぶんがそうであったのだ、かれおもってていました。そのとき、しろいエプロンをかけた、ひくおんなが、帳場ちょうばにあらわれました。そのおんなこそ、かれがいった時分じぶんには、まだわかかったこのみせのおかみさんであったのです。
    「ああ。」と、かれは、ためいきをもらしました。
    おじいさんは、さきになって、そのみせまえり、あちらへあるいてゆきました。かれは、だまって、そのあとについてゆきますと、いつしか、さびしいところにて、はしうえにきたのであります。
    おじいさんは、このとき、かれほういて、
    「おまえは、兄妹きょうだい、カフェーのひとたちに、もう一あって、はなしをしたいとおもうか。それとも、あのしずかなはかなかかえりたいとおもうか。」とたずねました。
    かれは、どういって、返事へんじをしたらいいかわかりませんでした。
    「どうか、しばらくかんがえさしてください。」と、かれたのみました。
    日暮ひぐがたわしは、また、ここへやってくる。それまでによくかんがえたがいい。」と、おじいさんはいって、どこへか姿すがたしてしまいました。
    かれは、ひとり、はし欄干らんかんにもたれて、みずながれをながらかんがえていました。もうあきで、あちらの木立こだちは、いろづいて、かぜに、っていました。
    ふとがついて、かれは、自身じしんからだまわしますと、いつのまに、としったものか、みすぼらしい老人ろうじんになっていました。昔話むかしばなしに、よくこれにたことがあったのをききましたが、かれは、いまそれが自分じぶんうえであることにおどろき、おそれたのであります。
    れて、つきました。そのひかりはさびしくみずうえかがやきました。そのときかれは、おじいさんのついているぎんのつえがつきひかりらされて青白あおじろひかったのをました。おじいさんはかれまえっていました。
    わたしは、はかかえります。」と、かれは、いいました。
    おじいさんはさきって、かれはあとについて、だまってあるいてゆきました。

  • 小川未明「青い草」駒形美英朗読

    12.33 Jun 05, 2018

    うさぎいしかのやま ぶなりしかのかわ
    ゆめいまもめぐりて わすれがたき故郷ふるさと

    みちいそ人々ひとびとなかには、まって、じっとみみをすます青年せいねんがありました。また、おんなひとがありました。そのひとたちは、しまいまでそのうたきとれていました。

    こころざしをはたして いつのにかかえらん
    やまはあおき故郷ふるさと みずきよ故郷ふるさと

    と、父親ちちおやが、うたいわったときに、あちらからも、こちらからも、おあし二人ふたりまえちたのであります。義坊よしぼうひろうのに夢中むちゅうでありました。
    やがて、くさしろはなが、うすやみなかにほんのりとわからなくなるころ、あわれな父親ちちおやのたもとにすがりながら、いさんでかえっていく子供こどもがありました。それは義坊よしぼうであります。
    しずみがちにある父親ちちおやかって、
    「ねえ、おとうちゃん、きょうはよかったね。また、あしたもあんなうたきなさいよ。」と、いったのでありました。

  • 小川未明「金の輪」物袋綾子朗読

    太郎は長いあいだ、病気びょうきでふしていましたが、ようやくとこからはなれて出られるようになりました。けれどまだ三月の末で、朝と晩には寒いことがありました。
    だから、日のあたっているときには、外へ出てもさしつかえなかったけれど、晩がたになると早く家へはいるように、おかあさんからいいきかされていました。
    まだ、さくらの花も、ももの花も咲くには早うございましたけれど、うめだけが、かきねのきわに咲いていました。そして、雪もたいてい消えてしまって、ただ大きな寺のうらや、はたけのすみのところなどに、いくぶんか消えずにのこっているくらいのものでありました。
    太郎は、外に出ましたけれど、往来おうらいにはちょうど、だれも友だちが遊んでいませんでした。みんな天気がよいので、遠くの方まで遊びに行ったものとみえます。もし、この近所であったら、自分も行ってみようと思って、耳をすましてみましたけれど、それらしい声などはきこえなかったのであります。
    ひとりしょんぼりとして、太郎は家のまえに立っていましたが、畑には去年とりのこした野菜やさいなどが、新しくみどり色の芽をふきましたので、それを見ながら細い道を歩いていました。
    すると、よい金の輪のふれあう音がして、ちょうどすずを鳴らすようにきこえてきました。
    かなたを見ますと、往来の上をひとりの少年が、輪をまわしながら、走ってきました。そして、その輪は金色きんいろに光っていました。太郎は目を見はりました。かつてこんなに美しく光る輪を見なかったからであります。しかも、少年のまわしてくる金の輪は二つで、それがたがいにふれあって、よい音色ねいろをたてるのであります。太郎はかつてこんなに手ぎわよく輪をまわす少年を見たことがありません。いったいだれだろうと思って、かなたの往来を走って行く少年の顔をながめましたが、まったく見おぼえのない少年でありました。
    この知らぬ少年は、その往来をすぎるときに、ちょっと太郎の方をむいて微笑びしょうしました。ちょうど知った友だちにむかってするように、なつかしげに見えました。

  • 小川未明「駄馬と百姓」田中智之朗読

  • 福山美奈子朗読小川未明「赤い魚と子供」

    かわなかに、さかながすんでいました。
    はるになると、いろいろのはなかわのほとりにきました。が、えだかわうえひろげていましたから、こずえにいた、真紅まっかはなや、またうすくれないはなは、そのうつくしい姿すがたみずおもてうつしたのであります。
    なんのたのしみもない、このかわさかなたちは、どんなにうえいて、みずおもてうつったはなをながめてうれしがったでありましょう。
    「なんというきれいなはなでしょう。みずうえ世界せかいにはあんなにうつくしいものがたくさんあるのだ。こんどのには、どうかしてわたしたちはみずうえ世界せかいまれわってきたいものです。」と、さかなたちははなっていました。
    なかにも、さかな子供こどもらはおどがって、とどきもしないはなかって、びつこうとさわいだのです。
    「おかあさん、あのきれいなはながほしいのです。」といいました。
    すると、さかな母親ははおやは、その子供こどもをいましめて、いいますのには、
    「あれは、ただとおくからながめているものです。けっして、あのはなみずうえちてきたとてべてはなりません。」とおしえました。
    子供こどもらは、母親ははおやのいうことが、なぜだかしんじられなかった。
    「なぜ、おかあさん、あのはなびらがちてきたら、べてはなりませんのですか。」ときました。
    母親ははおやは、思案顔しあんがおをして、子供こどもらを見守みまもりながら、
    むかしから、はなべてはいけないといわれています。あれをべると、からだわりができるということです。べるなというものは、なんでもべないほうがいいのです。」といいました。
    「あんなにきれいなはなを、なぜべてはいけないのだろう。」と、一ぴきの子供こどもさかなは、かしらをかしげました。
    「あのはなが、このみずうえに、みんなちてきたら、どんなにきれいだろう。」と、ほかの一ぴきはかがやかしながらいいました。
    そして、子供こどもらは、毎日まいにちみずおもて見上みあげて、はなをたのしみにしてっていました。ひとり、母親ははおやだけは、子供こどもらが自分じぶんのいましめをきかないのを心配しんぱいしていました。
    「どうか、はなわたしらぬまにべてくれぬといいけれど。」と、ひとごとをしていました。
    木々きぎいたはなには、あさから、ばんになるまで、ちょうや、はちがきてにぎやかでありましたが、がたつにつれて、はなひらききってしまいました。そして、あるのこと、ひとしきりかぜいたときに、はなはこぼれるようにみずおもてにちりかかったのであります。
    「ああ、はなってきた。」と、かわなかさかなは、みんな大騒おおさわぎをしました。
    「まあ、なんというりっぱさでしょう。しかし、子供こどもらが、うっかりこのはなをのまなければいいが。」と、おおきなさかな心配しんぱいしていました。
    はなは、みずうえかんで、ながながれてゆきました。しかし、あとから、あとから、はながこぼれてちてきました。
    「どんなに、おいしかろう。」といって、三びきのさかな子供こどもは、ついに、そのはなびらをのんでしまいました。
    その子供こどもらの母親ははおやは、その翌日よくじつ姿すがたて、さめざめといたのです。
    「あれほど、はなびらをたべてはいけないといったのに。」といいました。
    くろ子供こどもからだは、いつのまにか、二ひきは、あかいろに、一ぴきはしろあか斑色ぶちいろになっていたからです。
    母親ははおやなげいたのも、無理むりはありませんでした。この三びきの子供こどもが、川中かわなかでいちばん目立めだってうつくしくえたからであります。そして、かわみずは、よくんでいましたから、うえからでものぞけば、この三びきの子供こどもらがあそんでいる姿すがたがよくわかったのであります。
    人間にんげんが、おまえらをつけたら、きっとらえるから、けっしてみずうえいてはならないぞ。」と、母親ははおやは、その子供こどもらをいましめました。
    まちからは、こんどは、人間にんげん子供こどもたちが毎日まいにちかわあそびにやってきました。
    まち子供こどもたちのなかで、かわにすむ、あかさかなつけたものがあります。
    「このかわなかに、金魚きんぎょがいるよ。」と、そのさかな子供こどもがいいました。
    「なんで、このかわなか金魚きんぎょなんかがいるもんか、きっとひごいだろう。」と、ほかの子供こどもがいいました。
    「ひごいなんか、なんでこのかわなかにいるもんか。それはおけだよ。」と、ほかの子供こどもがいいました。
    けれど、子供こどもたちは、どうかして、そのあかさかならえたいばかりに、毎日まいにちかわのほとりへやってきました。
    まちでは、子供こどもたちの母親ははおや心配しんぱいいたしました。
    「どうして、そう毎日まいにちかわへばかりゆくのだえ。」と、子供こどもたちをしかりました。
    「だって、あかさかながいるんですもの。」と、子供こどもこたえました。
    「ああ、むかしから、あのかわにはあかさかながいるんですよ。しかし、それをらえるとよくないことがあるというから、けっして、かわなどへいってはいけません。」と、母親ははおやはいいました。
    子供こどもたちは、母親ははおやがいったことをほんとうにしませんでした。どうかして、あかさかなつかまえたいものだと、毎日まいにちかわのふちへきてはうろついていました。
    あるのこと、子供こどもたちは、とうとうあかさかなを三びきともつかまえてしまいました。そして、うちってかえりました。
    「おかあさん、あかさかなつかまえてきましたよ。」と、子供こどもたちはいいました。
    かあさんは、子供こどもたちのつかまえてきたあかさかなました。
    「おお、ちいさいかわいらしいさかなだね! どんなにか、このさかな母親ははおやが、いまごろかなしんでいるでしょう。」と、おかあさんはいいました。
    「おかあさん、このさかなにもおかあさんがあるのですか?」と、子供こどもたちはききました。
    「ありますよ。そして、いまごろ、子供こどもがいなくなったといって心配しんぱいしているでしょう。」と、おかあさんはこたえました。
    子供こどもたちは、そのはなしをきくとかわいそうになりました。
    「このさかながしてやろうか。」と、一人ひとりがいいました。
    「ああもう、だれもつかまえないようにおおきなかわがしてやろう。」と、もう一人ひとりがいいました。子供こどもたちは、三びきのきれいなさかなまちはずれのおおきなかわがしてやりました、そのあと子供こどもたちは、はじめてがついていいました。
    「あの三びきのあかさかなは、はたして、さかなのおかあさんにあえるのだろうか?」
    しかし、それはだれにもわからなかったのです。子供こどもたちはそののちにかかるので、いつか三びきのあかさかなつかまえたかわにいってみましたけれど、ついにふたたびあかさかな姿すがたませんでした。
    なつ夕暮ゆうぐがた西にしそらの、ちょうどまちのとがったとううえに、そのあかさかなのようなくもが、しばしばかぶことがありました。子供こどもたちは、それをると、なんとなくかなしくおもったのです。

  • 二宮隆朗読小川未明「ぴかぴかする夜」

    都会とかいから、あまりとおはなれていないところに、一ぽんたかっていました。
    あるなつがたのこと、そのは、おそろしさのために、ぶるぶるとぶるいをしていました。は、とおくのそらで、かみなりおとをきいたからです。
    ちいさな時分じぶんから、は、かみなりおそろしいのをよくっていました。かぜをよけて、自分じぶんをかばってくれた、あのやさしいおじさんの大木たいぼくも、あるとしなつ晩方ばんがたのこと、もくらむばかりの、いなずまといっしょにちた、かみなりのために、もとのところまでかれてしまったのでした。そればかりでない、このひろ野原のはらのそこここに、どれほどおおくのが、かみなりのために、たれてれてしまったことでしょう。
    「あまり、おおきく、たかくならないうちが、安心あんしんだ。」といわれていましたのを、は、おもました。
    しかし、いま、このは、いつしか、たかおおきくなっていたのでした。それをどうすることもできませんでした。
    は、それがために、かみなりをおそれていました。そして、いま、遠方えんぽうかみなりおとをきくと、ぶるいせずにはいられませんでした。
    このとき、どこからともなく、湿しめっぽいかぜおくられてきたように、一のたかがんできて、のいただきにまりました。
    わたしは、やまほうからけてきた。どうか、すこし、はねやすめさしておくれ。」と、たかはいいました。
    しかし、は、ぶるいしていて、よくそれにこたえることができませんでした。
    「そ、そんなことは、おやすいごようです。た、ただ、あなたのに、さわりがなければいいがとおもっています。」と、やっと、は、それだけのことをいうことができました。
    「それは、どういうわけですか。なにを、そんなに、おまえさんは、おそれているのですか?」と、たかは、かっていました。は、かみなりのくるのをおそろしがっていると、たかにかって、これまでいたり、たりしたことを、子細しさい物語ものがたったのでありました。これをいて、たかはうなずきました。
    「おまえさんのおそれるのも無理むりのないことです。かみなりは、こちらにくるかもしれません。いま、わたしは、あちらのやまのふもとをけてきたときに、ちょうど、そのちかくのむらうえあばれまわっていました。しかしそんなに心配しんぱいなさいますな。わたしが、かみなりを、こちらへ寄越よこさずに、ほかへいくようにいってあげます。」と、たかはいいました。
    は、これをくと、安心あんしんいたしました。しかし、このとりのいうことを、はたして、かみなりがききいれるだろうかと不安ふあんおもいました。そのことをは、たかにたずねますと、
    わたしは、やまにいれば、かみなりともだちとしてあそぶこともあるのですから、きくも、きかぬもありません。」と、たかは、うけあって、いいました。ちょうど、そのとき、まえよりは、いっそう、おおきくなって、かみなりおとが、とどろいたのでした。は、顔色かおいろうしなって、あおざめて、ふるえはじめたのです。たかは、そらにまきこった、黒雲くろくもがけて、たかく、たかく、がりました。そして、その姿すがたくもなかに、ぼっしてしまいました。たかは、黒雲くろくもなかけりながら、かみなりかって、さけびました。

  • 久永 亮子朗読「笑わなかった少年」小川未明

     

  • 二宮隆朗読小川未明「時計のない村」

     

    まちからとおはなれた田舎いなかのことであります。そのむらには、あまりんだものがありませんでした。むらじゅうで、時計とけいが、たった二つぎりしかなかったのです。
    ながあいだ、このむら人々ひとびとは、時計とかいがなくてすんできました。太陽たいようのぼりぐあいをて、およその時刻じこくをはかりました。けれど、この文明ぶんめいなかに、時計とけいもちいなくてははなしにならぬというので、むらうちでの金持かねもちの一人ひとりが、まちたときに、そのまち時計屋とけいやから、一つの時計とけいもとめたのであります。
    その金持かねもちは、いま、自分じぶんはたくさんのかねはらって、時計とけいもとめることをこころうちほこりとしました。今日きょうから、むらのものたちは、万事ばんじあつまりや、約束やくそく時間じかんを、この時計とけいによってしなければならぬとおもったからであります。
    「この時計とけいは、くるうようなことはないだろうな。」と、金持かねもちは、時計屋とけいや番頭ばんとうにたずねました。
    「けっして、くるうようなことはありません。そんなおしなではございません。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「それなら、安心あんしんだが。」と、金持かねもちは、ほほえみました。
    「このみせ時間じかんは、まちがいがないだろうな。」と、金持かねもちは、またききました。
    「けっして、まちがってはいません。標準時ひょうじゅんじわせてございます。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「それなら、安心あんしんだ。」と、金持かねもちはおもったのであります。
    金持かねもちは、った時計とけい大事だいじにして、自分じぶんむらってかえりました。
    これまで、時計とけいというものをなれなかったむら人々ひとびとは、毎日まいにちのように、その金持かねもちのうちしかけてきました。そして、ひとりでにうごはりて、不思議ふしぎおもいました。また、金持かねもちから時間じかん見方みかたおそわって、かれらは、はたけにいっても、やまにいっても、ると時計とけいはなしをしたのであります。
    このむらに、もう一人ひとり金持かねもちがありました。そのおとこは、むらのものが、一ぽう金持かねもちのうちにばかり出入でいりするのをねたましくおもいました。時計とけいがあるばかりに、みんなが、そのうちへゆくのがしゃくにさわったのであります。
    「どれ、おれも、ひとつ時計とけいってこよう。そうすれば、きっとおれのところへもみんながやってくるにちがいない。」と、そのおとこおもったのです。
    おとこは、まちました。そして、もう一人ひとり金持かねもちが時計とけいったみせと、ちがったみせへゆきました。そのみせも、まちでのおおきな時計屋とけいやであったのです。おとこは、いろいろなかたち時計とけいをこのみせました。なるたけ、めずらしいとおもったのを、おとこえらびました。
    「この時計とけいは、くるわないだろうか。」と、おとこは、みせ番頭ばんとういました。
    「そんなことは、けっしてございません。保険付ほけんつきでごさいます。」と、番頭ばんとうこたえました。
    「その時計とけい時間じかんは、っているだろうか。」と、おとこはたずねました。
    標準時ひょうじゅんじっています。」と、番頭ばんとうこたえました。
    ねじさえかけておけは、いつまでたってもまちがいはないだろうか。」と、おとこは、ねんのためにいました。
    「この時計とけいは、幾年いくねんたっても、くるうようなことはございません。」と、番頭ばんとうこたえました。
    おとこは、これをってかえれば、むらのものたちが、みんなにやってくるとおもって、その時計とけいって大事だいじにしてむりかえりました。
    もう一人ひとり金持かねもちが、べつ時計とけいまちからってきたといううわさがむらにたつと、はたして、みんながやってきました。
    青空文庫より

  • 二宮隆朗読小川未明「野ばら」

    野ばら
    小川未明
     大おおきな国くにと、それよりはすこし小ちいさな国くにとが隣となり合あっていました。当座とうざ、その二つの国くにの間あいだには、なにごとも起おこらず平和へいわでありました。
     ここは都みやこから遠とおい、国境こっきょうであります。そこには両方りょうほうの国くにから、ただ一人ひとりずつの兵隊へいたいが派遣はけんされて、国境こっきょうを定さだめた石碑せきひを守まもっていました。大おおきな国くにの兵士へいしは老人ろうじんでありました。そうして、小ちいさな国くにの兵士へいしは青年せいねんでありました。
     二人ふたりは、石碑せきひの建たっている右みぎと左ひだりに番ばんをしていました。いたってさびしい山やまでありました。そして、まれにしかその辺へんを旅たびする人影ひとかげは見みられなかったのです。
     初はじめ、たがいに顔かおを知しり合あわない間あいだは、二人ふたりは敵てきか味方みかたかというような感かんじがして、ろくろくものもいいませんでしたけれど、いつしか二人ふたりは仲なかよしになってしまいました。二人ふたりは、ほかに話はなしをする相手あいてもなく退屈たいくつであったからであります。そして、春はるの日ひは長ながく、うららかに、頭あたまの上うえに照てり輝かがやいているからでありました。
     ちょうど、国境こっきょうのところには、だれが植うえたということもなく、一株ひとかぶの野のばらがしげっていました。その花はなには、朝早あさはやくからみつばちが飛とんできて集あつまっていました。その快こころよい羽音はおとが、まだ二人ふたりの眠ねむっているうちから、夢心地ゆめごこちに耳みみに聞きこえました。
    「どれ、もう起おきようか。あんなにみつばちがきている。」と、二人ふたりは申もうし合あわせたように起おきました。そして外そとへ出でると、はたして、太陽たいようは木きのこずえの上うえに元気げんきよく輝かがやいていました。
     二人ふたりは、岩間いわまからわき出でる清水しみずで口くちをすすぎ、顔かおを洗あらいにまいりますと、顔かおを合あわせました。
    青空文庫より