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第9回朗読コンサート 朗読カフェライブ 懇親会

2018年1月27日(土曜日)
録音会も同時開催


  • 江戸川乱歩「鏡地獄」岡田慎平朗読

    52.17 Aug 21, 2017

    「珍らしい話とおっしゃるのですか、それではこんな話はどうでしょう」
    ある時、五、六人の者が、怖い話や、珍奇な話を、次々と語り合っていた時、友だちのKは最後にこんなふうにはじめた。ほんとうにあったことか、Kの作り話なのか、その後、尋ねてみたこともないので、私にはわからぬけれど、いろいろ不思議な物語を聞かされたあとだったのと、ちょうどその日の天候が春の終りに近いころの、いやにドンヨリと曇った日で、空気が、まるで深い水の底のように重おもしくよどんで、話すものも、聞くものも、なんとなく気ちがいめいた気分になっていたからでもあったのか、その話は、異様に私の心をうったのである。話というのは、私に一人の不幸な友だちがあるのです。名前は仮りに彼と申して置きましょうか。その彼にはいつの頃からか世にも不思議な病気が取りついたのです。ひょっとしたら、先祖に何かそんな病気の人があって、それが遺伝したのかもしれませんね。というのは、まんざら根のない話でもないので、いったい彼のうちには、おじいさんか、ひいじいさんかが、切支丹キリシタンの邪宗に帰依きえしていたことがあって、古めかしい横文字の書物や、マリヤさまの像や、基督キリストさまのはりつけの絵などが、葛籠つづらの底に一杯しまってあるのですが、そんなものと一緒に、伊賀越道中双六いがごえどうちゅうすごろくに出てくるような、一世紀も前の望遠鏡だとか、妙なかっこうの磁石だとか、当時ギヤマンとかビイドロとかいったのでしょうが、美しいガラスの器物だとかが、同じ葛籠にしまいこんであって、彼はまだ小さい時分から、よくそれを出してもらっては遊んでいたものです。
    考えてみますと、彼はそんな時分から、物の姿の映る物、たとえばガラスとか、レンズとか、鏡とかいうものに、不思議な嗜好しこうを持っていたようです。それが証拠には、彼のおもちゃといえば、幻灯器械だとか、遠目がねだとか、虫目がねだとか、そのほかそれに類した、将門まさかど目がね、万華鏡まんげきょうに当てると人物や道具などが、細長くなったり、平たくなったりする、プリズムのおもちゃだとか、そんなものばかりでした。
    それから、やっぱり彼の少年時代なのですが、こんなことがあったのも覚えております。ある日彼の勉強部屋をおとずれますと、机の上に古いきりの箱が出ていて、多分その中にはいっていたのでしょう、彼は手に昔物の金属の鏡を持って、それを日光に当てて、暗い壁に影を映しているのでした。
    「どうだ、面白おもしろいだろう。あれを見たまえ、こんな平らな鏡が、あすこへ映ると、妙な字ができるだろう」
    彼にそう言われて、壁を見ますと、驚いたことには、白い丸形の中に、多少形がくずれてはいましたけれど「寿」という文字が、白金のような強い光で現われているのです。
    「不思議だね、一体どうしたんだろう」
    なんだか神業かみわざとでもいうような気がして、子供の私には、珍らしくもあり、怖くもあったのです。思わずそんなふうに聞き返しました。
    「わかるまい。種明かしをしようか。種明かしをしてしまえば、なんでもないことなんだよ。ホラ、ここを見たまえ、この鏡の裏を、ね、寿という字が浮彫りになっているだろう。これが表へすき通るのだよ」
    なるほど見れば彼の言う通り、青銅のような色をした鏡の裏には、立派な浮彫りがあるのです。でも、それが、どうして表面まですき通って、あのような影を作るのでしょう。鏡の表は、どの方角からすかして見ても、滑らかな平面で、顔がでこぼこに写るわけでもないのに、それの反射だけが不思議な影を作るのです。まるで魔法みたいな気がするのです。
    「これはね、魔法でもなんでもないのだよ」
    彼は私のいぶかしげな顔を見て、説明をはじめるのでした。
    「おとうさんに聞いたんだがね、金属の鏡というやつは、ガラスと違って、ときどきみがきをかけないと、曇りがきて見えなくなるんだ。この鏡なんか、ずいぶん古くからぼくの家に伝わっている品で、何度となくみがきをかけている。でね、その磨きをかけるたびに、裏の浮彫りの所と、そうでない薄い所とでは、金の減り方が眼に見えぬほどずつ違ってくるのだよ。厚い部分は手ごたえが多く、薄い部分はこれが少ないわけだからね。その眼にも見えぬ減り方の違いが、恐ろしいもので、反射させると、あんなに現われるのだそうだ。わかったかい」
    その説明を聞きますと、一応は理由がわかったものの、今度は、顔を映してもでこぼこに見えない滑らかな表面が、反射させると明きらかに凹凸おうとつが現われるという、このえたいの知れぬ事実が、たとえば顕微鏡で何かをのぞいた時に味わう、微細なるものの無気味さ、あれに似た感じで、私をゾッとさせるのでした。青空文庫より

  • 宮沢賢治 烏の北斗七星 喜多川拓郎朗読

    19.88 Aug 21, 2017

    烏の北斗七星

    宮沢賢治

    つめたいいぢの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだかわからないやうになりました。
    からすの義勇艦隊は、その雲にしつけられて、しかたなくちよつとの間、亜鉛とたんの板をひろげたやうな雪の田圃たんぼのうへに横にならんで仮泊といふことをやりました。
    どのふねもすこしも動きません。
    まつ黒くなめらかな烏の大尉、若い艦隊長もしやんと立つたまゝうごきません。
    からすの大監督はなほさらうごきもゆらぎもいたしません。からすの大監督は、もうずゐぶんの年老としよりです。眼が灰いろになつてしまつてゐますし、くとまるで悪い人形のやうにギイギイひます。
    それですから、烏の年齢としを見分ける法を知らない一人の子供が、いつかう云つたのでした。
    「おい、この町には咽喉のどのこはれた烏が二ひきゐるんだよ。おい。」
    これはたしかに間違ひで、一疋しかをりませんでしたし、それも決してのどが壊れたのではなく、あんまり永い間、空で号令したために、すつかり声がびたのです。それですから烏の義勇艦隊は、その声をあらゆる音の中で一等だと思つてゐました。
    雪のうへに、仮泊といふことをやつてゐる烏の艦隊は、石ころのやうです。胡麻ごまつぶのやうです。また望遠鏡でよくみると、大きなのや小さなのがあつて馬鈴薯ばれいしよのやうです。
    しかしだんだん夕方になりました。
    雲がやつと少し上の方にのぼりましたので、とにかく烏の飛ぶくらゐのすき間ができました。
    そこで大監督が息を切らして号令を掛けます。
    「演習はじめいおいつ、出発」
    艦隊長烏の大尉が、まつさきにぱつと雪をたたきつけて飛びあがりました。烏の大尉の部下が十八隻、順々に飛びあがつて大尉に続いてきちんと間隔をとつて進みました。
    それから戦闘艦隊が三十二隻、次々に出発し、その次に大監督の大艦長が厳かに舞ひあがりました。
    そのときはもうまつ先の烏の大尉は、四へんほど空で螺旋うづを巻いてしまつて雲の鼻つ端まで行つて、そこからこんどはまつぐに向ふのもりに進むところでした。
    二十九隻の巡洋艦、二十五隻の砲艦が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまひの二隻は、いつしよに出発しました。こゝらがどうも烏の軍隊の不規律なところです。
    烏の大尉は、杜のすぐ近くまで行つて、左に曲がりました。
    そのとき烏の大監督が、「大砲撃てつ。」と号令しました。
    艦隊は一斉に、があがあがあがあ、大砲をうちました。
    大砲をうつとき、片脚をぷんとうしろへ挙げるふねは、この前のニダナトラの戦役での負傷兵で、音がまだ脚の神経にひびくのです。

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